家庭礼拝 2025年11月12日 ヨブ記 39:1-30 主なる神の言葉②

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起 

 今日の箇所は、動物たちがどのようにして生きているのかを、ヨブは知っているかと語り掛ける神様の言葉が繰り返し出てきます。何故神様はこのようなことを言い、ここから何を学べと言っているのでしょうか。それが今日の問題となります。

前の38章では、神様はヨブに、神様の創造の働きを知っているか、天地が作られる時のことを、お前は何を知っているのかと問いかけ、ヨブの考えていることがいかに小さいことであるかを悟らせようとしたのです。ヨブの小ささとは、自分のことにこだわり、自分が正しいと認められたいと言う思いで一杯なことなのです。だからもっと大きな創造の世界のことを思いなさい、ヨブの思っていることは小さなことだと神様は語っているのです。

ですがその話は、小さな人間にとって、大きすぎる話です。もっと身近なことで話をしてもらえないと理解できません。そこで、今日の章では、神様はもっと身近な動物たちを引き合いに出して、動物たちはどのように生きているか、それをヨブは知っているか、あなたは何をすることが出来るかと問いかけるのです。人間の方がずっと優れていて、動物など人間の比較にもならないので、何時もは、そのことを無視しているのですが、その動物たちでさえも、ヨブが考えているよりもずっと深い知恵をもって、いろいろなことを行っていることを知っているかというのです。そしていろいろな動物の知恵を語るのです。その知恵に学べと言っているのです。  

 これらの動物たちのことを語ったのは、ヨブが今の環境に不満を持ち、どうして私がこんな目に合わなければならないのかと、神様に訴えようとしているけれども、動物たちはそうではないと言うことを言おうとしているのです。動物たちはどんな環境にあってもそれが神様が与えてくださった環境であることを受け入れて、素直に生きているのです。ヨブのようにジタバタ騒いで、自分の正当性だの、神様に訴えようだのと思うことはないのです。そのように、すべてを受け入れて生きている動物たちのことをヨブは知っているか、と問いかけているのです。則ちヨブに、自分の環境に抵抗することなく、神様の恵みとしてそれを受け入れることを教えようとしているのです。

今日は神様がこの様な動物たちの生き方を通してヨブに伝えようとしていることを学んでいきます。

最初は山羊と女鹿の子供を産む様子が語られています。1節から4節です。

ヨブ 39:1 お前は岩場の山羊が子を産む時を知っているか。雌鹿の産みの苦しみを見守ることができるか。

ヨブ 39:2 月が満ちるのを数え/産むべき時を知ることができるか。

ヨブ 39:3 雌鹿はうずくまって産み/子を送り出す。

ヨブ 39:4 その子らは強くなり、野で育ち/出ていくと、もう帰ってこない。

 なぜこの事を最初に語ったのかはよく分かりませんが、ヨブの苦しみが、この山羊や女鹿の生みの苦しみに共通するものがあることを言っているのかもしれません。神様はヨブに、山羊が子供を産むときを知っているかと言い、女鹿の生みの苦しみを見守り、産むべき時を知っているかというのです。女鹿もそんなことは知らなくても月が満ちると、うずくまって子を産み、子を送り出しているではないか。何故ヨブは、自分のその苦しみの時を見守り、時が満ちて、うずくまってそれを生み出すのを待つことが出来ないのかと言っているような気がします。

次は野ロバの話をしてきます。野生のロバがどのように生きているかです。5節から8節です。

ヨブ 39:5 誰が野生のろばに自由を与え/野ろばを解き放ってやったのか。

ヨブ 39:6 その住みかとして荒れ地を与え/ねぐらとして不毛の地を与えたのはわたしだ。

ヨブ 39:7 彼らは町の雑踏を笑い/追い使う者の呼び声に従うことなく

ヨブ 39:8 餌を求めて山々を駆け巡り/緑の草はないかと探す。

この様に語っていますが、ロバと言えばふつうは家畜のロバです。家畜のロバは家につながれて自由はありません。ですが暖かい環境と食事とを与えられて、安心して暮らしています。

ですがここでは野ロバのことを言っています。神様は、誰が野生のロバに自由を与え、解き放ってやったのかと言います。それは私だと言うのです。野生のロバに自由を与えたのは神様で、その住み家として荒れ地を与え、ねぐらとして不毛の地を与えたのは私だと言うのです。野生のロバには自由が与えられた代りに、住処は荒れ地で、ねぐらは不毛の地だと言うのです。則ち、食べる物も少なく、暮らすには厳しい苦しい環境だと言うのです。でもそれは神様が与えてくださった恵みなのだというのです。野生のロバたちはそのような厳しい環境の中にあっても不平を言わず、自由であり、町の雑踏を笑い、追い使う者には縛られず、自由にえさを求めて山々を駆け巡り、緑の草はないかと探していると言います。すなわち、野生のロバは、神様が与えてくださった厳しい環境の中で自由に不満を持つことなく、生き生きと生きているではないかと言っているのです。これは、それに引き換え、ヨブは自分の神様から与えられた環境を呪い、自分がこの様な環境にあるべきものではないと言って、神様に訴えようとし、その環境を受け入れて自由にのびのび生きることを忘れて、ただ意味もなくジタバタしているのだと言っているのです。

次は野生の牛のことを語ります。野牛も自由に生きているのです。9節から12節です。

ヨブ 39:9 野牛が喜んでお前の僕となり/お前の小屋で夜を過ごすことがあろうか。

ヨブ 39:10 お前は野牛に綱をつけて畝を行かせ/お前に従わせて谷間の畑を/掘り起こさせることができるか。

ヨブ 39:11 力が強いといって、頼りにし/仕事を任せることができるか。

ヨブ 39:12 野牛が穀物をもたらし/実りを集めてくれると期待するのか。

これは、ヨブを取り巻く環境がヨブの思い通りにはならないことを言っているのだと思います。ヨブが思い描いている、こうなってほしい、こうあるべきだ。そうならないのはおかしいと思っていることに対して、野牛の例えを用いて、野牛が喜んでお前の言うことを聞くと思うのか、思い通りに従わせることが出来るのか、期待通りに自分に良いものをもたらすことが出来ると思うのかと、ヨブの環境が、いくらヨブがこうあってほしいと思っても、自分の思う様にはならないことを悟らせようとしているのです。

次にダチョウの話をしてきます。これは与えられたもので満足している様子を語ります。ないものねだりをするなという事です。13節から18節です。

ヨブ 39:13 駝鳥は勢いよく羽ばたくが/こうのとりのような羽毛を持っているだろうか。

ヨブ 39:14 駝鳥は卵を地面に置き去りにし/砂の上で暖まるにまかせ

ヨブ 39:15 獣の足がこれを踏みつけ/野の獣が踏みにじることも忘れている。

ヨブ 39:16 その雛を/自分のものではないかのようにあしらい/自分の産んだものが無に帰しても/平然としている。

ヨブ 39:17 神が知恵を貸し与えず/分別を分け与えなかったからだ。

ヨブ 39:18 だが、誇って駆けるときには/馬と乗り手を笑うほどだ。

この様にダチョウはあまりかっこいい鳥ではありません。ダチョウはいくら勢い良く羽ばたいても、空を飛ぶことがないし、きれいな羽毛でもありません。こうのとりは空を飛ぶときには、2メートル以上の羽を伸ばし体毛は白い羽毛に包まれて美しく輝くのに、ダチョウはそうでは無いと言っています。また、ダチョウは卵を産んでも、地面に置き去りにして、砂の温度が適当に温めてくれるのに任せて、子育てしようともしない。だから、獣に卵が踏まれてつぶれても、ひなが生まれても、自分の子供でないようにあしらい、死んでも平然としている。それは神様がダチョウに知恵を与えず分別を与えなかったからであると言います。すなわちダチョウはないならないなりに、それを受け入れて生きているのです。たとえ知恵も分別もなくても、生きていけるのです。それでも神様が与えてくれた恵みもあるのです。駆け出すときには馬と乗り手をあざ笑うことが出来るほど、力強くかけることが出来るのだと言っています。ダチョウはないものはないなりに、あるものはそれを誇りにして生きていることを言っているのです。ヨブのように無いものを求め、苦しんで、ジタバタすることはないのだと言っているのです。ありのままに生きなさいと言っているのです。

次はよく知っているはずの馬の話です。19節から25節です。

ヨブ 39:19 お前は馬に力を与え/その首をたてがみで装うことができるか。

ヨブ 39:20 馬をいなごのように跳ねさせることができるか。そのいななきには恐るべき威力があり

ヨブ 39:21 谷間で砂をけって喜び勇み/武器に怖じることなく進む。

ヨブ 39:22 恐れを笑い、ひるむことなく/剣に背を向けて逃げることもない。

ヨブ 39:23 その上に箙(えびら)が音をたて/槍と投げ槍がきらめくとき

ヨブ 39:24 身を震わせ、興奮して地をかき/角笛の音に、じっとしてはいられない。

ヨブ 39:25 角笛の合図があればいななき/戦いも、隊長の怒号も、鬨の声も/遠くにいながら、かぎつけている。

この話は、よく知っているはずの馬が、危険に対して勇気を持ち立ち向かっていく馬の思いを知っているかと言っているようです。馬はおとなしく人間の言うままに使われているようですが、本当は英雄のような勇気を持ち、困難に対して決してひるむことはないのだと言っているようです。それに対してヨブは困難の中で泣き叫び、神様に訴え、自分を正しいと認めさせようとするのは英雄的な行為ではない、馬にも劣ると言っているようです。

そして最後の動物は鷹と鷲です。鷹と鷲の高い能力を、お前が与えたのかと問いかけます。26節から30節です。

ヨブ 39:26 鷹が翼を広げて南へ飛ぶのは/お前が分別を与えたからなのか。

ヨブ 39:27 鷲が舞い上がり、高い所に巣を作るのは/お前が命令したからなのか。

ヨブ 39:28 鷲は岩場に住み/牙のような岩や砦の上で夜を過ごす。

ヨブ 39:29 その上から餌を探して/はるかかなたまで目を光らせている。

ヨブ 39:30 その雛は血を飲むことを求め/死骸の傍らには必ずいる。

ここでは鷹が、広い翼を広げて飛び回り、鷲が高い険しいところに巣を作り、そこから遥か彼方まで目を光らせて獲物を探している。このような鋭い力と能力をお前が与えたのか。鷹や鷲の方がずっと厳しい環境の中にあっても、雄々しく強く生きているではないかとヨブに言い聞かせているような気がします。

この様に、今日は動物たちの生きざまを通して、ヨブに反省を求めているような個所になります。ヨブは厳しい環境の中で、神様にこの環境を変えてくれ、私は何も悪いことはしていないと言っているのですが、これらの動物たちの環境の方が、よほど厳しくつらいものだと言っているのです。ですがそのことを呪うことも逃げようともせず、その環境の中で受け入れて強くたくましく生きているではないかと、この動物たちに学べとヨブに言っているのです。全ての環境は神様から与えられたものです。その環境から逃げることではなく、受け入れて、そこでたくましく生きていくのが神様の願いなのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様、今日は動物たちの生きざまを通して、すべての環境を神様から与えられたものとして、受け入れ、その中で強く雄々しく生きていくことを教えられました。私達は少し苦しい環境が与えられるとすぐにそこから逃げ出そうとし、どうして私ばかりがこんな目に合わなければならないのですかと呪いたくなるのです。ですがそうではない、みなその環境を受け入れて、雄々しく生きているのだと教えられました。どうか私達も、どんな環境にあっても、素直にすべてを受け入れ、あなたに委ねて歩んでいくことが出来ますように導いてください。

この祈りを主、イエスキリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン

 

<<聖書の箇所(旧約聖書:◇ヨブ記:)>>  

◆主なる神の言葉

ヨブ 39:1 お前は岩場の山羊が子を産む時を知っているか。雌鹿の産みの苦しみを見守ることができるか。

ヨブ 39:2 月が満ちるのを数え/産むべき時を知ることができるか。

ヨブ 39:3 雌鹿はうずくまって産み/子を送り出す。

ヨブ 39:4 その子らは強くなり、野で育ち/出ていくと、もう帰ってこない。

ヨブ 39:5 誰が野生のろばに自由を与え/野ろばを解き放ってやったのか。

ヨブ 39:6 その住みかとして荒れ地を与え/ねぐらとして不毛の地を与えたのはわたしだ。

ヨブ 39:7 彼らは町の雑踏を笑い/追い使う者の呼び声に従うことなく

ヨブ 39:8 餌を求めて山々を駆け巡り/緑の草はないかと探す。

ヨブ 39:9 野牛が喜んでお前の僕となり/お前の小屋で夜を過ごすことがあろうか。

ヨブ 39:10 お前は野牛に綱をつけて畝を行かせ/お前に従わせて谷間の畑を/掘り起こさせることができるか。

ヨブ 39:11 力が強いといって、頼りにし/仕事を任せることができるか。

ヨブ 39:12 野牛が穀物をもたらし/実りを集めてくれると期待するのか。

ヨブ 39:13 駝鳥は勢いよく羽ばたくが/こうのとりのような羽毛を持っているだろうか。

ヨブ 39:14 駝鳥は卵を地面に置き去りにし/砂の上で暖まるにまかせ

ヨブ 39:15 獣の足がこれを踏みつけ/野の獣が踏みにじることも忘れている。

ヨブ 39:16 その雛を/自分のものではないかのようにあしらい/自分の産んだものが無に帰しても/平然としている。

ヨブ 39:17 神が知恵を貸し与えず/分別を分け与えなかったからだ。

ヨブ 39:18 だが、誇って駆けるときには/馬と乗り手を笑うほどだ。

ヨブ 39:19 お前は馬に力を与え/その首をたてがみで装うことができるか。

ヨブ 39:20 馬をいなごのように跳ねさせることができるか。そのいななきには恐るべき威力があり

ヨブ 39:21 谷間で砂をけって喜び勇み/武器に怖じることなく進む。

ヨブ 39:22 恐れを笑い、ひるむことなく/剣に背を向けて逃げることもない。

ヨブ 39:23 その上に箙が音をたて/槍と投げ槍がきらめくとき

ヨブ 39:24 身を震わせ、興奮して地をかき/角笛の音に、じっとしてはいられない。

ヨブ 39:25 角笛の合図があればいななき/戦いも、隊長の怒号も、鬨の声も/遠くにいながら、かぎつけている。

ヨブ 39:26 鷹が翼を広げて南へ飛ぶのは/お前が分別を与えたからなのか。

ヨブ 39:27 鷲が舞い上がり、高い所に巣を作るのは/お前が命令したからなのか。

ヨブ 39:28 鷲は岩場に住み/牙のような岩や砦の上で夜を過ごす。

ヨブ 39:29 その上から餌を探して/はるかかなたまで目を光らせている。

ヨブ 39:30 その雛は血を飲むことを求め/死骸の傍らには必ずいる。