家庭礼拝 2025年10月8日 ヨブ記 35:1-16 エリフの言葉④
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起
今日の、エリフの言葉は短い箇所です。16節しかありません。そして語られていることもただ一つです。それは神がヨブを正しいとしてくださるはずだ、とヨブが考えていることは正しい事か、という事です。すなわち、ヨブは自分が正しいことは神も認めるはずだ、と思っているが、それは正しいか、いう事です。
ヨブの考え方の前提は、自分が正しいか正しくないかという事なのです。そしてその結果は因果応報なのです。正しいものは祝福を与えられ、正しくないものは罰を与えられる。だが今災いである罰を与えられているのは、正しいはずのヨブにはふさわしくない。ヨブが正しいことは神様も認めているはずだから、というのです。だから、神様と直接話をして、この間違いを正したいと思っているのです。神様をさえ、間違えていると思うヨブの思い高ぶりがあるのです。
今日の聖書の箇所のキーワードは、14節のあなたは神を待つべきなのだ。という言葉です。これは、自分に降りかかっている状況を、自分で判断し決めつけるなという事なのです。自分に降りかかっている災いを、ただ悪いものとか罰として決めつけて、それに逆らおうとしてはならないという事なのです。自分で判断し決めつけるのではなく、神様の言葉を待ちなさい。その事がどういう意味を持つことなのか、自分で決めないで神様の教えに耳を傾けなさいと言っているのです。ではその神様の声を聴くまでの間、どうしたらよいのかというと、自分で勝手に解釈して抵抗するのではなく、ただこの災いが神様から与えられているものであることを受け取り、神様から教えられるまで神様の出現を待ち続けなさいという事なのです。
もしかすると待ち続けても、答えはないかもしれません。ですが、この待ち続けることの中に解決があるのです。この試練が神様のものであると受け止めて待ち続けることがすでにその解決になっているのです。ですから、自分が正しいか正しくないか、報われるか報われないかという事はもう問題にはならないのです。そのようなことをヨブ記は語っており、今日の箇所はその中心的な意味を語る箇所なのです。
承
さて、エリフの言葉に戻ると、エリフはヨブの根本的な間違いを二つ指摘します。1節から3節です。
ヨブ 35:1 エリフは更に言った。
ヨブ 35:2 「神はわたしを正しいとしてくださるはずだ」とあなたは言っているが/あなたのこの考えは正当だろうか。
ヨブ 35:3 またあなたは言う。「わたしが過ちを犯したとしても/あなたに何の利益があり/わたしにどれほどの得があるのか。」
この様に、エリフが指摘したのはまず、ヨブが神様は私を正しいとしてくださるはずだ、と言っているがこの考えは正しいだろうかという事です。ヨブにとって、すべての出来事の源はこの自分が正しいか正しくないかで、決められてくるからです。もう一つの間違いはヨブが神様に対して、「わたしが過ちを犯したとしても/あなたに何の利益があり/わたしにどれほどの得があるのか。」と言ったことです。これは私が過ちを犯したとしても、神様に何の関係があるのですかと、居直って言っている言葉なのです。神様に対して喜ばれようとして良い事をしても、罪を犯して悪いことをしてもこの様な目に合うならば、同じことではありませんかと言っているのです。神様に対して敵意さえ持っている感じなのです。この二つのことが間違っているとエリフは言うのです。
ヨブにしても友人たちにしても、ヨブが正しいかどうかという事にこだわり議論し続けてきたことに対して、神様がどのように思うかをエリフは次のように語るのです。4節から8節です。
ヨブ 35:4 あなたに、また傍らにいる友人たちに/わたしはひとこと言いたい。
ヨブ 35:5 天を仰ぎ、よく見よ。頭上高く行く雲を眺めよ。
ヨブ 35:6 あなたが過ちを犯したとしても/神にとってどれほどのことだろうか。繰り返し背いたとしても/神にとってそれが何であろう。
ヨブ 35:7 あなたが正しくあっても/それで神に何かを与えることになり/神があなたの手から/何かを受け取ることになるだろうか。
ヨブ 35:8 あなたが逆らっても、それはあなたと同じ人間に/あなたが正しくても/それは人の子にかかわるだけなのだ。
この様に、ヨブと友人たちに対して、神様がどのように思っているかをエリフは語ったのです。自分たちの目の前で行っている、正しいか正しくないかという議論を捨てて、天を仰ぎ空高くゆく雲を見なさい。そんな議論には関係なく流れていくではないか。ヨブが過ちを犯したとしても、神様にとってどれほどの事だろうか、繰り返し背いたとしてもそれが何であろうか。ヨブが正しかったとしても、それが神様に何かを与えることになるのだろうか、また神様から何か受け取ることになるのだろうか。その事によっては何も変わらないのだ。神様にとってそれは取るに足りないことなのだ。あなた方が正しいと言い、正しくないと言うのは、神様に対してではなく同じ人間同士の中で問題になるだけなのだと言ったのです。だから正しい、正しくないと言う議論は無駄なのだと言ったのです。
転
そして、この世の力あるものが弱いものを虐げ苦しめるとき、どうして神様は放っておかれるのかとヨブが神様に訴えたことに対して、エリフはこう答えるのです。9節から16節です。
ヨブ 35:9 抑圧が激しくなれば人は叫びをあげ/権力者の腕にひしがれて、助けを求める。
ヨブ 35:10 しかし、だれも言わない/「どこにいますのか、わたしの造り主なる神/夜、歌を与える方
ヨブ 35:11 地の獣によって教え/空の鳥によって知恵を授ける方は」と。
ヨブ 35:12 だから、叫んでも答えてくださらないのだ。悪者が高慢にふるまうからだ。
ヨブ 35:13 神は偽りを聞かれず/全能者はそれを顧みられない。
ヨブ 35:14 あなたは神を見ることができないと言うが/あなたの訴えは御前にある。あなたは神を待つべきなのだ。
ヨブ 35:15 今はまだ、怒りの時ではなく/神はこの甚だしい無駄口を無視なさるので
ヨブ 35:16 ヨブは空しく口数を増し/愚かにも言葉を重ねている。
この様にこの世の力あるものが弱いものを苦しめ人々は叫びをあげ、権力者の力のもとに屈して、助けを求めるが、誰も神様により頼み、神様の言葉を本当に聞こうとするものはいないという事をこのように言いました。「どこにいますのか、私の作り主なる主、夜歌を与える方。地の獣によって教え、空の鳥によって知恵を授ける方は」と、真剣に神様に向き合って、神様の助けを求めるものは誰もいないと言うのです。だから、助けを叫んでも神様は答えてくださらないのだ。心がよこしまで高慢だからだ。神様は偽りを聞かれず、全能者はそれを顧みられない。と言ったのです。
そしてヨブに対して、あなたは神を見ることが出来ないと言うが、あなたの訴えは御前にある。と言いました。ヨブが神様は私の言うことを聞いてくれないと言うが、あなたの訴えはすでに神様のもとに届いていると言うのです。だから、あなたはすぐに神様の答えを求めるのではなく、神様が答えてくださる時を待つべきなのだと言います。
神様が答えてくださらないように思えるのは、まだ裁きの時が来ていないので、その時が来るまで、このような人間の軽々しい議論や非難をまだ無視なさっているのだ。その時が来れば全てが明らかになる。今ある苦しみや試練は神様から与えられたものだから、神様の裁きの時が来るまで忍耐して待ち続けるべきなのだ。ヨブはその事を知らずに、黙って忍耐して試練を受け入れて、待つべき時に、無駄に神様に叫び訴え、自分の正当性を語ろうとしているのだ、とエリフは言っているのです。
結
ヨブのように試練に会い苦しみに会うとき、自分の正当性を訴えて、そこからの救いをすぐに求めても無駄であるとエリフは語りました。エリフは神さの時を待ちなさい、忍耐して待ちなさいと言いました。その時にその試練の意味が、苦しみの意味が知らされるからです。ですがそれは神様の答えを待ち続ける間に、いつの間にか知らされているのです。私達が試練にあった時に、自分の正当性を語るのではなく、受け入れて心静かに神様の答えを待っているとき、私達はいつの間にか神様の救いに導かれているのです。
(一分間黙想)(お祈り)
ヨブは自分の正当性を語り訴え続けました。ですがエリフはそれは神様にとってとても小さなことであり取るに足りないことである。それは人間同士の間で大切なだけであると言いました。
神様は答えていないようで、その訴えを聞いており、私達は神様の現れてくださるときをひたすら忍耐して待つようにと教えられています。どうか神様、私達も苦しみにある時、自分を正当化して、そこから逃れようとするのではなく、その苦しみを与えてくださった方のことを思い、受け入れて、ただ神様の解決の時を待ち望むものでありますように。
この祈りを主、イエスキリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(旧約聖書:◇ヨブ記:)>>
◆エリフの言葉
ヨブ 35:1 エリフは更に言った。
ヨブ 35:2 「神はわたしを正しいとしてくださるはずだ」とあなたは言っているが/あなたのこの考えは正当だろうか。
ヨブ 35:3 またあなたは言う。「わたしが過ちを犯したとしても/あなたに何の利益があり/わたしにどれほどの得があるのか。」
ヨブ 35:4 あなたに、また傍らにいる友人たちに/わたしはひとこと言いたい。
ヨブ 35:5 天を仰ぎ、よく見よ。頭上高く行く雲を眺めよ。
ヨブ 35:6 あなたが過ちを犯したとしても/神にとってどれほどのことだろうか。繰り返し背いたとしても/神にとってそれが何であろう。
ヨブ 35:7 あなたが正しくあっても/それで神に何かを与えることになり/神があなたの手から/何かを受け取ることになるだろうか。
ヨブ 35:8 あなたが逆らっても、それはあなたと同じ人間に/あなたが正しくても/それは人の子にかかわるだけなのだ。
ヨブ 35:9 抑圧が激しくなれば人は叫びをあげ/権力者の腕にひしがれて、助けを求める。
ヨブ 35:10 しかし、だれも言わない/「どこにいますのか、わたしの造り主なる神/夜、歌を与える方
ヨブ 35:11 地の獣によって教え/空の鳥によって知恵を授ける方は」と。
ヨブ 35:12 だから、叫んでも答えてくださらないのだ。悪者が高慢にふるまうからだ。
ヨブ 35:13 神は偽りを聞かれず/全能者はそれを顧みられない。
ヨブ 35:14 あなたは神を見ることができないと言うが/あなたの訴えは御前にある。あなたは神を待つべきなのだ。
ヨブ 35:15 今はまだ、怒りの時ではなく/神はこの甚だしい無駄口を無視なさるので
ヨブ 35:16 ヨブは空しく口数を増し/愚かにも言葉を重ねている。