家庭礼拝 2025年7月16日 ヨブ記 24:1-25 ヨブは答えた②

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起 

第三ラウンドのヨブのエリファズに対する答えですが、この答えの後半、すなわち今日学ぶところから、チョット、ヨブの視点が変わってきます。今までは自分と神様の立場で、自分の正しさを主張しようとしていたのですが、それが今日学ぶところでは、自分の事だけでなく、世の中の罪のない人々が、よこしまな人々に苦しめられ、奪われ、悩んでいるのに、神様はその事に心を留めてくださらないことを訴えているのです。そして神に背く人々が、夜になると這い出してきて、貧しい者、乏しいものを殺し、盗みを働き、姦淫をしている。この様に、神様は自分だけでなく、このような罪のない弱い者たちを顧みてくださらず、神に背く者たちの好きなようにさせていると訴えているのです。

ヨブは、私がこの様に神様が悪い者たちを裁かれず、罪のない者たちを顧みてくださらないことを言うと、あなた方はきっとこういうだろうと引用したのが、18節から24節です。ここではそのような、引用文であるとの説明の言葉がないので、まるでヨブの意見のように語られていますが、文脈からすると、これは友人たちの意見で、ヨブの意見は、25節で、だがそうなっていないと反論する部分です。

すなわち今日の聖書の箇所は、神様は悪人たちを野放しにして、貧しいものや罪のないものを顧みてくださらないという事を、ヨブはこれは自分だけではないと激しく訴えているのです。

前の章まではヨブは、どうしたら神様を見出すことが出来るのか、訴えることが出来るのかと語り、自分は神様の道を守って離れた事も、命令に背いたこともないと自分の潔白さを訴えていたのですが、ここからは自分の事だけでなく、社会的に弱者が、どのように虐げられているかを語ります。まず、1節から5節です。

ヨブ 24:1 なぜ、全能者のもとには/さまざまな時が蓄えられていないのか。なぜ、神を愛する者が/神の日を見ることができないのか。

ヨブ 24:2 人は地境を移し/家畜の群れを奪って自分のものとし

ヨブ 24:3 みなしごのろばを連れ去り/やもめの牛を質草に取る。

ヨブ 24:4 乏しい人々は道から押しのけられ/この地の貧しい人々は身を隠す。

ヨブ 24:5 彼らは野ろばのように/荒れ野に出て労し、食べ物を求め/荒れ地で子に食べさせるパンを捜す。

 この様に、ヨブはまず、こう言いました。

ヨブ 24:1 なぜ、全能者のもとには/さまざまな時が蓄えられていないのか。なぜ、神を愛する者が/神の日を見ることができないのか。

ヨブがこの様に言っている、なぜ様々な時が備えられていないのか、という意味は、なぜ弱いものがいつも苦しめられ、悪いものがいつも勝手なことをしているのかという意味だと思います。弱いものが恵を与えられるときがあり、悪いものが裁かれるときがあってもいいではないかというのです。なぜ神を愛するものが、いつまでも神様に会うことが出来ずに、苦しんでいるのかと言って、神様がヨブに会ってくれる時を与えないことをつぶやいた後で、今度は、自分の事ではなく、世の中の出来事を語りだし、悪人たちは、人の地境を移して土地を奪い、家畜の群れまで奪って、自分の物とし、みなしごが飼っているただ一つの財産であるロバを連れ去ったり、やもめのだた一つの財産の牛を質草だと言って取り上げてしまうではないか。何故神様は、これを変えてはくれないのか。貧しい人々は押しのけられ、小さくなって暮らしている。彼らはロバのように荒れ野に出て働かされ、子供に食べさせるパンのために荒れ野で苦労をしている。何故神様は憐れんでくれないのかと、神様がこれらのことを憐れんでくださらず、変えてくれないことを嘆いているのです。

そしてその嘆きは、まだまだ続くのです。6節から12節です。

ヨブ 24:6 自分のものでもない畑で刈り入れをさせられ/悪人のぶどう畑で残った房を集める。

ヨブ 24:7 着る物もなく裸で夜を過ごし/寒さを防ぐための覆いもない。

ヨブ 24:8 山で激しい雨にぬれても/身を避ける所もなく、岩にすがる。

ヨブ 24:9 父のない子は母の胸から引き離され/貧しい人の乳飲み子は人質に取られる。

ヨブ 24:10 彼らは身にまとう物もなく、裸で歩き/麦束を運びながらも自分は飢え

ヨブ 24:11 並び立つオリーブの間で油を搾り/搾り場でぶどうを踏みながらも渇く。

ヨブ 24:12 町では、死にゆく人々が呻き/刺し貫かれた人々があえいでいるが/神はその惨状に心を留めてくださらない。

この様にヨブは、弱いもの貧しいものが悪人たちの暴虐によって搾取され、苦しめられていることを語り、それでも神様はその惨状に心を留めてはくださらないと、神様が何もしてくださらないことを訴えているのです。自分に対しても神様が顧みてくださらないように、他の虐げられた人々をも神様は捨て置かれるのかと訴えているのです。普通ならばこのような思いを抱くと、神様なんていないのではないかと思うのですが、ヨブの場合にはその思いはなく、ただどうして神様は何もしてくださらないのかと思っているのです。

ヨブがこの様に、神様が何もしてくださらないではないかと訴えているあとで、一転してその後、悪人どもは裁かれると言う言葉が続くのです。これはヨブが言っていると言うよりも、3人の友人が言っている因果応報の報いの話であり、ヨブの考えではなく友人たちの言っていることを引用していると考えたほうが良いようです。というのもその後の25節では、実際にはそのような因果応報にはなっていないではないかとヨブが反論するからです。13節から25節です。

ヨブ 24:13 光に背く人々がいる。彼らは光の道を認めず/光の射すところにとどまろうとしない。

ヨブ 24:14 人殺しは夜明け前に起き/貧しい者、乏しい者を殺し/夜になれば盗みを働く。

ヨブ 24:15 姦淫する者の目は、夕暮れを待ち/だれにも見られないように、と言って顔を覆う。

ヨブ 24:16 暗黒に紛れて家々に忍び入り/日中は閉じこもって、光を避ける。

ヨブ 24:17 このような者には、朝が死の闇だ。朝を破滅の死の闇と認めているのだ。

ヨブ 24:18 「大水に遭えば彼はたちまち消え去る。この地で彼の嗣業は呪われ/そのぶどう畑に向かう者もいなくなる。

ヨブ 24:19 暑さと乾燥が雪解け水をも消し去るように/陰府は罪人を消し去るだろう。

ヨブ 24:20 母の胎も彼を忘れ/蛆が彼を好んで食い/彼を思い出す者もなくなる/不正な行いは木のように折れ砕ける。

ヨブ 24:21 彼は不妊の女を不幸に落とし/やもめに幸福を与えることはなかった。

ヨブ 24:22 権力者が力を振るい、成功したとしても/その人生は確かではない。

ヨブ 24:23 安穏に生かされているようでも/その歩む道に目を注いでおられる方がある。

ヨブ 24:24 だから、しばらくは栄えるが、消え去る。すべて衰えてゆくものと共に倒され/麦の穂のように刈り取られるのだ。」

ヨブ 24:25 だが、そうなってはいないのだから/誰が、わたしをうそつきと呼び/わたしの言葉をむなしいものと/断じることができようか。

 この様に、確かにこの世には神に背く悪い者たちがいる。その者たちが貧しい人、乏しい人を殺し、盗みをし、姦淫をする。だがその者たちは朝の光が当たれば死に絶え、大水に合えば消え去る。この罪びとたちは雪どけ水の様に消え去るだろう。その者たちは母親からも忘れ去られ、蛆が食い散らし、誰も思い出すものさえいなくなる。たとえ権力をふるって成功したとしても、その人生はどうなるかわからず、安穏に生きているようでも、神様はその罪びとたちの行いを見ている。だからしばらくは栄えているように見えてもすぐに消え去るのだから、悪人には厳しい罰が与えられるのだ、と言っているのです。ですがこれはヨブの考えというよりも三人の友達がヨブを攻撃するときに使った、因果応報の理屈で、悪いものは懲らしめられ、正しいものは祝福を受けると言う一般的な話をしているのです。そしてヨブは懲らしめられているのだから、悪いものであり、悔い改めなければならないと言っていた理屈なのです。

ですがヨブはこの考えに反論してこう言うのです。あなたたちが言うように、神様が悪いものを懲らしめられ、正しいものが祝福を受けると言う風には、現実にはなっていないではないか。悪いものがいつまでも、繁栄を楽しんでいるではないか。だから私をうそつきだとか空しいと言っても、それは現実のことだから、それを曲げて、因果応報で、言いくるめようとしてはいけないとヨブは叫ぶのです。私は正直に言っているだけだと語るのです。

ヨブの話は自分の世界から、社会へと広がっていきました。私だけがこんな目にあっているのではない。世の中の貧しい人々乏しい人々も同じように悪い者たちに苦しめられているが、悪い者たちは裁かれず、神様は何もしてくれてはいないではないか。だから、私をうそつきだとかむなしい言葉だと言って非難しないでくれ。私はありのままに言っているだけなのだと、三人の友のきれいごとのような因果応報論に、現実の出来事をぶつけて、ヨブはそのようになってはいない、と現実の苦しさを訴え叫んでいるのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様、正しい人や弱い立場の人たちが、悲劇的な事故にあったり、悪い者たちから、被害を受けたりすると、こんなことが起こっていいのだろうか。神様なんかいないのではないかと、訴える人も出てきます。現実は因果応報で割り切れるほど単純ではないのです。それをヨブは訴えているのですが、なかなか友達には理解してもらえません。ですがヨブは決して信仰を捨てることなく、神様に直接訴えることのできるときを待ち望んでいるのです。私達もまた、聖霊によって、あなたの御言葉を聞きあなたに出会うことが出来ますように。そしてあなたの御心を行うものとなることが出来ますように導いてください。

この祈りを主、イエスキリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン

 

<<聖書の箇所(旧約聖書:◇ヨブ記:)>>  

◆ヨブと三人の友の議論三

ヨブ 24:1 なぜ、全能者のもとには/さまざまな時が蓄えられていないのか。なぜ、神を愛する者が/神の日を見ることができないのか。

ヨブ 24:2 人は地境を移し/家畜の群れを奪って自分のものとし

ヨブ 24:3 みなしごのろばを連れ去り/やもめの牛を質草に取る。

ヨブ 24:4 乏しい人々は道から押しのけられ/この地の貧しい人々は身を隠す。

ヨブ 24:5 彼らは野ろばのように/荒れ野に出て労し、食べ物を求め/荒れ地で子に食べさせるパンを捜す。

ヨブ 24:6 自分のものでもない畑で刈り入れをさせられ/悪人のぶどう畑で残った房を集める。

ヨブ 24:7 着る物もなく裸で夜を過ごし/寒さを防ぐための覆いもない。

ヨブ 24:8 山で激しい雨にぬれても/身を避ける所もなく、岩にすがる。

ヨブ 24:9 父のない子は母の胸から引き離され/貧しい人の乳飲み子は人質に取られる。

ヨブ 24:10 彼らは身にまとう物もなく、裸で歩き/麦束を運びながらも自分は飢え

ヨブ 24:11 並び立つオリーブの間で油を搾り/搾り場でぶどうを踏みながらも渇く。

ヨブ 24:12 町では、死にゆく人々が呻き/刺し貫かれた人々があえいでいるが/神はその惨状に心を留めてくださらない。

ヨブ 24:13 光に背く人々がいる。彼らは光の道を認めず/光の射すところにとどまろうとしない。

ヨブ 24:14 人殺しは夜明け前に起き/貧しい者、乏しい者を殺し/夜になれば盗みを働く。

ヨブ 24:15 姦淫する者の目は、夕暮れを待ち/だれにも見られないように、と言って顔を覆う。

ヨブ 24:16 暗黒に紛れて家々に忍び入り/日中は閉じこもって、光を避ける。

ヨブ 24:17 このような者には、朝が死の闇だ。朝を破滅の死の闇と認めているのだ。

ヨブ 24:18 「大水に遭えば彼はたちまち消え去る。この地で彼の嗣業は呪われ/そのぶどう畑に向かう者もいなくなる。

ヨブ 24:19 暑さと乾燥が雪解け水をも消し去るように/陰府は罪人を消し去るだろう。

ヨブ 24:20 母の胎も彼を忘れ/蛆が彼を好んで食い/彼を思い出す者もなくなる/不正な行いは木のように折れ砕ける。

ヨブ 24:21 彼は不妊の女を不幸に落とし/やもめに幸福を与えることはなかった。

ヨブ 24:22 権力者が力を振るい、成功したとしても/その人生は確かではない。

ヨブ 24:23 安穏に生かされているようでも/その歩む道に目を注いでおられる方がある。

ヨブ 24:24 だから、しばらくは栄えるが、消え去る。すべて衰えてゆくものと共に倒され/麦の穂のように刈り取られるのだ。」

ヨブ 24:25 だが、そうなってはいないのだから/誰が、わたしをうそつきと呼び/わたしの言葉をむなしいものと/断じることができようか。