家庭礼拝 2025年6月25日 ヨブ記 21:1-34 ヨブは答えた
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起
今回は、ツォファルに答える形でヨブは答えますが、これは2巡目の最後の答えになります。今回のヨブの答えは、以前よりもその主張がはっきりしているような気がします。今までは自分が正しいのにどうして、こんな目に合うのだ。神様と直接話をしたいと言う感じでした。ですが今回は、ヨブはこう言うのです。あなた方は私に、正しいことをする者は恵みを与えられ、悪いことをする者はそれ相応の裁きを与えられる、これが因果応報というものだ。だからあなたが、ひどい裁きを与えられていると言うのは、あなたが悪い行いをして、神様から裁かれていると考えるのが当然ではないか。と主張している。だがそれが本当に正しいのだろうかと、ヨブは言うのです。今回は、ヨブがその因果応報は必ずしも正しくないと言っているのです。悪事を行うものが何の裁きも受けずに、平安に過ごし、眠りにつき、その財産を子供に託す。その一方で正しいものが、何も悪いことをしていないのに、ひどい災いにあっている。これが現実ではないかと、その因果応報論に反駁しているのです。これで論点がはっきりしてきたのです。神様は因果応報で裁く方なのかどうかということなのです。そして、あなた方が因果応報論で話を片付けようとしているのは、自分がよく知らないことを欺いて、そのように決め付けようとしているだけではないのかとヨブは言うのです。この様に、このヨブの話は、因果応報が、神様の意志なのかどうか、それが正しいのかどうかという議論になってきました。
承
それではヨブの言い分を聞いてみましょう。1節から6節です。
ヨブ 21:1 ヨブは答えた。
ヨブ 21:2 どうか、わたしの言葉を聞いてくれ。聞いてもらうことがわたしの慰めなのだ。
ヨブ 21:3 我慢して、わたしに話をさせてくれ。わたしが話してから、嘲笑うがいい。
ヨブ 21:4 わたしは人間に向かって訴えているのだろうか。なぜ、我慢しなければならないのか。
ヨブ 21:5 わたしに顔を向けてくれ。そして驚き、口に手を当てるがよい。
ヨブ 21:6 わたし自身、これを思うと慄然とし/身震いが止まらない。
ヨブはこのように言いました。どうか私の言葉を聞いてくれ。そう言ったのです。誰も私の言い分を聞こうともしないで頭から否定している。もっと心を静めて、私の言い分にも理があることを理解してくれ。でも聞いてくれるだけでもいい、それが私の慰めなのだ。そう言って、理解されないことの寂しさ、悲しさを訴えるのです。そして、我慢して私の話を聞いてくれ、その後で、あざ笑っても良い。私が訴えているのは人間に対してではない、神様に対してなのだ。何故私はこのような苦しみに我慢しなければならないのだろうか。この様な理不尽なことが行われていることを思うと、慄然とし、身震いが止まらないのだ。何故神様はこのようなことをするのだろうかと言っているのです。この様な事とは、単にヨブに苦しみが与えられているだけでなく、因果応報と思っていた世界の秩序が、実はその通りではなくて、その反対のことも行われていると言うことだったのです。その事を知って、ヨブは身震いが止まらないのです。
その因果応報と反対の事とは、このようなことだと、ヨブは事実を挙げて語るのです。7節から16節です。
ヨブ 21:7 なぜ、神に逆らう者が生き永らえ/年を重ねてなお、力を増し加えるのか。
ヨブ 21:8 子孫は彼らを囲んで確かに続き/その末を目の前に見ることができる。
ヨブ 21:9 その家は平和で、何の恐れもなく/神の鞭が彼らに下ることはない。
ヨブ 21:10 彼らの雄牛は常に子をはらませ/雌牛は子を産んで、死なせることはない。
ヨブ 21:11 彼らは羊の群れのように子供を送り出し/その子らは踊り跳ね
ヨブ 21:12 太鼓や竪琴に合わせて歌い/笛を吹いて楽しむ。
ヨブ 21:13 彼らは幸せに人生を送り/安らかに陰府に赴く。
ヨブ 21:14 彼らは神に向かって言う。「ほうっておいてください。あなたに従う道など知りたくもない。
ヨブ 21:15 なぜ、全能者に仕えなければならないのか。神に祈って何になるのか。」
ヨブ 21:16 だが、彼らは財産を手にしているではないか。神に逆らう者の考えはわたしから遠い。
この様に、ヨブはまず、神に逆らう者が、神の罰を受けずに、力をつけ、裕福に暮らし、平和にその人生を送っている。その子孫たちも繁栄し、その家畜も恵まれて、数を増やしている。この様に神に逆らう者が、人生を楽しみ平安に過ごしており、神様の道に従おうなどとはしていない。それどころか、神様に対して、放っておいてください。あなたのことなど知りたくもない。何故あなたに仕えなければならないのか、祈って何になるのかと、神様に背いている。それなのに、彼らは財産を手にして、豊かに過ごしている。決して裁かれることはない。だが、彼らのような考えは、私とは違う。私は神に従うものだとヨブは主張するのです。それなのに、ヨブは苦しみ、神に逆らう者が罰を受けずに栄えていると言っているのです。それは因果応報の反対ではないかと言っているのです。
そして、そのような神に逆らう者が栄えていることに恨みをもってこう言うのです。17節から21節です。
ヨブ 21:17 神に逆らう者の灯が消され、災いが襲い/神が怒って破滅を下したことが何度あろうか。
ヨブ 21:18 藁のように風に吹き散らされ/もみ殻のように/突風に吹き飛ばされたことがあろうか。
ヨブ 21:19 神は彼への罰を/その子らの代にまで延ばしておかれるのか。彼自身を罰して/思い知らせてくださればよいのに。
ヨブ 21:20 自分の目で自分の不幸を見/全能者の怒りを飲み干せばよいのだ。
ヨブ 21:21 人生の年月が尽きてしまえば/残された家はどうなってもよいのだから。
この様に、ヨブは誰か神に逆らいつつも栄えている人を念頭に置いて、恨みを語っているのです。その人は誰かは分かりません。友達なのか、それともほかの人たちなのか。ヨブもまた、因果応報に従ってその様な人たちを裁いているのです。神に逆らう者の火が消され、災いが襲い、神が怒って破滅を下したことが何度あろうか、と歴史の中に記されているその様な事例を用いて、神に逆らう者が最後には罰を受けることを語っているのです。そしてその人がまだ罰を受けていないことを不満に思い、神様は彼への罰をその子らの代にまで伸ばしておかれるのかと、まだ罰が下りていないことを思い、本人に罰が降って思い知らせてくださればいいのにと言います。自分の目で自分の不幸を見、全能者の怒りを受ければいいのにと、まるで友達が言っているような因果応報を自分でも言っているのです。ですがヨブの違う所は、すべてが因果応報で片付けられるのではなく、実際にはそのような神に逆らう者が罰を受けずに楽しみ平和に生きているではないか。これが因果応報なのかと言いたいのです。神様はいったいどうしているのだと言いたいのです。
そして何か観念したように、この様につぶやくのです。22節から26節です。
ヨブ 21:22 「人が神に知識を授けえようか。彼は高きにいまし、裁きを行われる」と言う。
ヨブ 21:23 ある人は、死に至るまで不自由なく/安泰、平穏の一生を送る。
ヨブ 21:24 彼はまるまると太り/骨の髄まで潤っている。
ヨブ 21:25 また、ある人は死に至るまで悩み嘆き/幸せを味わうこともない。
ヨブ 21:26 だが、どちらも塵に横たわれば/等しく、蛆に覆われるではないか。
この様にヨブは神様に言いたいことがあるのだけれども、人が神様に、こうすればいいなどと言う様な知識を授けることが出来るだろうかと、自分の思っていることが途方もないことであることを自覚しているのです。神様は高いところにいて裁きを行われる方だ。たとえある人が死ぬまで、何不自由なく平穏な一生を送り、又ある人が死に至るまで悩み嘆き、幸せを味わうこともないとしても、どちらも死んでしまえば同じではないか。神様に従っても、逆らっても同じではないかと、虚無的な考えに浸っているのです。
転
そして一転して、友人たちに対して、その偽善的な行為を激しく語るのでした。27節から34節です。
ヨブ 21:27 あなたたちの考えはよく分かっている。わたしに対して不法にも悪をたくらんでいるのだ。
ヨブ 21:28 「あの高潔な人の館はどうなり/この神に逆らう者の住まいとした天幕は/どうなったのか」とあなたたちは問う。
ヨブ 21:29 通りかかる人々に尋ねなかったのか。両者の残した証しを/否定することはできないであろう。
ヨブ 21:30 悪人が災いの日を免れ/怒りの日を逃れているのに
ヨブ 21:31 誰が面と向かってその歩んできた道を暴き/誰がその仕業を罰するだろうか。
ヨブ 21:32 彼は葬式の行列によって運ばれ/その墓には番人も立ち
ヨブ 21:33 谷間の土くれさえ彼には快さそうだ。人は皆彼の後に続き/彼の前にも、人は数えきれない。
ヨブ 21:34 それなのに空しい言葉で/どのようにわたしを慰めるつもりか。あなたたちの反論は欺きにすぎない。
この様にヨブは、友達の態度に対して激しく反論しました。あなた達の考えは良く分かっている。私に対して、不法にも悪をたくらんでいるのだと言って、ヨブを慰めに来たふりをして、実際には、ヨブの落ちぶれ、不幸になっていることを、ヨブの罪のせいだと、決め付けようとしていることを言いました。そして、あなたたちは、「あの高潔な人の館はどうなり/この神に逆らう者のの住まいとした天幕は/どうなったのか」問いかけて、ヨブを皮肉ると言います。この高潔な人と神に逆らう者とがおなじヨブを示すようにも見えますが、その後の文章を考えれば、高潔な人とは悪人であっても災いを逃れ、裕福な平和な生活をしている人であり、神に逆らう者とはヨブのように、災いを与えられて、落ちぶれたものを指しているものと思われます。そしてそれそれの家はどうなったのかと問いかけているのです。それは聞かなくてもだれでもわかることなのです。たとえ悪人であっても栄えているものに対しては、誰もその人の罪を暴こうとはせず、罰しようともせず、葬式があれば皆彼の前にも後ろにも人が続く、そして、その人は高潔な人と呼ばれる。それなのに、私が災いにあって苦しんでいると、それは神に背いたからであると言い、私がそのようなことはしていないと言っても、罪びとが何を言うのかと反論する。それは栄えるものにへつらい、衰えるものを蔑むものであり、さも正しいことを言っているようでそれは欺きにすぎないとヨブは言うのです。すなわち、友達は、因果応報と言っているが、それは正しいものが報われ、悪人は裁かれると言うことではなくて、栄えている人は正しい人であり、衰えている人は罪びとだと、真実とは反対に欺いて言っていることだとヨブは言うのです。
結
ヨブは、因果応報で人を決めつけることは、間違っていることを言いました。正しい人が必ずしも報われるわけではなく、悪人が必ずしも裁かれるわけではない。それなのに、友人たちはただ外見的な事だけで、悪人であっても裕福で平和に過ごしていれば高潔な人と言われてその罪が暴かれることなく、善人であっても、災いに会い苦しんでいると、その人は罪を犯したからであると決めつけてしまっている。それは物事を正しく見ようとしないで、欺いていることだと、その因果応報の論理で人を裁こうとしている友人に対して反論したのです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様。この世には、こんな善い人がどうしてこのようなひどい目に合わなければならないのですかと訴えたくなるような出来事がたくさんあります。それを罪を犯しているからだと裁くような、友人たちの言葉は本当に、心ないものと思われます。なぜそのような出来事が起こるのかは私達にはわかりません。ただ神様だけが知っているのです。ですが神様はいつかきっとその事の正しさを教えてくださるときがあることを信じて、あなたに従わせてください。あなたの聖霊が、私達に真実を教えてくださいますように。
この祈りを主、イエスキリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(旧約聖書:◇ヨブ記:)>>
ヨブ 21:1 ヨブは答えた。
ヨブ 21:2 どうか、わたしの言葉を聞いてくれ。聞いてもらうことがわたしの慰めなのだ。
ヨブ 21:3 我慢して、わたしに話をさせてくれ。わたしが話してから、嘲笑うがいい。
ヨブ 21:4 わたしは人間に向かって訴えているのだろうか。なぜ、我慢しなければならないのか。
ヨブ 21:5 わたしに顔を向けてくれ。そして驚き、口に手を当てるがよい。
ヨブ 21:6 わたし自身、これを思うと慄然とし/身震いが止まらない。
ヨブ 21:7 なぜ、神に逆らう者が生き永らえ/年を重ねてなお、力を増し加えるのか。
ヨブ 21:8 子孫は彼らを囲んで確かに続き/その末を目の前に見ることができる。
ヨブ 21:9 その家は平和で、何の恐れもなく/神の鞭が彼らに下ることはない。
ヨブ 21:10 彼らの雄牛は常に子をはらませ/雌牛は子を産んで、死なせることはない。
ヨブ 21:11 彼らは羊の群れのように子供を送り出し/その子らは踊り跳ね
ヨブ 21:12 太鼓や竪琴に合わせて歌い/笛を吹いて楽しむ。
ヨブ 21:13 彼らは幸せに人生を送り/安らかに陰府に赴く。
ヨブ 21:14 彼らは神に向かって言う。「ほうっておいてください。あなたに従う道など知りたくもない。
ヨブ 21:15 なぜ、全能者に仕えなければならないのか。神に祈って何になるのか。」
ヨブ 21:16 だが、彼らは財産を手にしているではないか。神に逆らう者の考えはわたしから遠い。
ヨブ 21:17 神に逆らう者の灯が消され、災いが襲い/神が怒って破滅を下したことが何ヨブ 21:17 神に逆らう者の灯が消され、災いが襲い/神が怒って破滅を下したことが何度あろうか。
ヨブ 21:18 藁のように風に吹き散らされ/もみ殻のように/突風に吹き飛ばされたことがあろうか。
ヨブ 21:19 神は彼への罰を/その子らの代にまで延ばしておかれるのか。彼自身を罰して/思い知らせてくださればよいのに。
ヨブ 21:20 自分の目で自分の不幸を見/全能者の怒りを飲み干せばよいのだ。
ヨブ 21:21 人生の年月が尽きてしまえば/残された家はどうなってもよいのだから。
ヨブ 21:22 「人が神に知識を授けえようか。彼は高きにいまし、裁きを行われる」と言う。
ヨブ 21:23 ある人は、死に至るまで不自由なく/安泰、平穏の一生を送る。
ヨブ 21:24 彼はまるまると太り/骨の髄まで潤っている。
ヨブ 21:25 また、ある人は死に至るまで悩み嘆き/幸せを味わうこともない。
ヨブ 21:26 だが、どちらも塵に横たわれば/等しく、蛆に覆われるではないか。
ヨブ 21:27 あなたたちの考えはよく分かっている。わたしに対して不法にも悪をたくらんでいるのだ。
ヨブ 21:28 「あの高潔な人の館はどうなり/この神に逆らう者の住まいとした天幕は/どうなったのか」とあなたたちは問う。
ヨブ 21:29 通りかかる人々に尋ねなかったのか。両者の残した証しを/否定することはできないであろう。
ヨブ 21:30 悪人が災いの日を免れ/怒りの日を逃れているのに
ヨブ 21:31 誰が面と向かってその歩んできた道を暴き/誰がその仕業を罰するだろうか。
ヨブ 21:32 彼は葬式の行列によって運ばれ/その墓には番人も立ち
ヨブ 21:33 谷間の土くれさえ彼には快さそうだ。人は皆彼の後に続き/彼の前にも、人は数えきれない。
ヨブ 21:34 それなのに空しい言葉で/どのようにわたしを慰めるつもりか。あなたたちの反論は欺きにすぎない。