庭礼拝 2025年6月18日 ヨブ記 20:1-29 ツォファルは答えた

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起 

 今日は、二回戦の最後になるツォファルです。ですが、いつまでもヨブと三人の友達との話は平行線が続きます。三人の友達は因果応報に従って、このような災いに襲われ、苦しむのはヨブが、神様に対して罪を犯し、悪を行っているからだと現実を見てその原因を語っているのです。ところがヨブの嘆きは、自分は何も悪いことをしていないのにこの様な苦しい災いにあっていると叫んでいるのです。せめて理解できなくても憐れんでくれと嘆いているのです。

因果応報を、決定的なものと信じ切っている友達にはヨブの叫びは聞こえないのです。ヨブが自分は何も悪いことをしていないと言っても、お前が悪いことを行い罪を犯しているのは、ここにお前に与えられている災いがその証拠である。これ以上の証拠があるかと、ヨブの叫びや思いに理解を示すことは全くできないでいるのです。むしろ自分を正しいとしているのは神に対する冒涜だ、だからさらに厳しい裁きが与えられるのだと思っています。信念や、思い込みがいかに互いの理解を妨げるかを思わされます。ですからお互いを理解するためには自分の考えを一度捨てて、相手の身になって考えてみることなのです。この様な議論は話せば話すほど、激しくなり、雄弁になってきます。これで負けると自分の信念が揺らいでしまい、自分の立つところが無くなってしまうからです。ですからこのような議論は相手を理解するためではなくて、自分を守るためにしていることが多いものです。今日のツォファルもまた同様でした。二回目の彼の語る言葉も雄弁になり、自分の優位をさらに語っていくことになるのです。

ツォファルの二回目は、このように切り出しました。彼は反論したくてたまらなかったのです。1節から3節です。

ヨブ 20:1 ナアマ人ツォファルは答えた。

ヨブ 20:2 さまざまな思いがわたしを興奮させるので/わたしは反論せざるをえない。

ヨブ 20:3 あなたの説はわたしに対する非難と聞こえる。明らかにすることを望んで、答えよう。

 ヨブの友達との議論を聞いていたツォファルは、その話を聞いているうちに興奮してきたのです。そうでは無い、それは間違っている。私が教えてやろうと言う気持ちが高ぶって興奮しているのです。そして語り始めたとき、頭から、私は反論せざるを得ないと、対決姿勢を表わすのです。それはなぜかと言うと、ヨブが語っていることは、因果応報にそぐわないことで、そんなことがあったら、世の中がひっくり返ってしまう。そんなことを言うのは因果応報に立つ、私に対する非難とさえ聞こえる。というのです。ヨブが、因果応報だけで私を裁かないでくれ、私は本当に何も悪い事をしていないのだと言うことが、ツォファルには、あなたの考えは間違っているから、考え直してくれと言われているような気がしているのです。だから、ヨブの方が間違っていることを明らかにして、答えようと言って始まったのですから、完全に対決姿勢であって、理解し合おうと言う姿勢ではないのです。

そして神に逆らうものがどうなるかを雄弁に語るのです。4節から11節です。

ヨブ 20:4 あなたも知っているだろうが/昔、人が地上に置かれたときから

ヨブ 20:5 神に逆らう者の喜びは、はかなく/神を無視する者の楽しみは、つかの間にすぎない。

ヨブ 20:6 たとえ彼が天に達するほど/頭が雲に達するほど上って行っても

ヨブ 20:7 自分の汚物と同様、永久に失われ/探す者は、「どこへ行ってしまったのか」と言わなければならなくなる。

ヨブ 20:8 夢のように飛び去り/夜の幻のように消えうせ/だれも見いだすことはないだろう。

ヨブ 20:9 彼を見ていた目はもう彼を見ることなく/彼のいた所も二度と彼を見ない。

ヨブ 20:10 その子らは貧しい人々に償いをし/子孫は奪った富を返済しなければならない。

ヨブ 20:11 若さがその骨に溢れていたが/それも彼と共に塵の上に伏すことになろう。

 この様に、ツォファルは、ヨブが自分を正しいとすることは神に逆らうものだと断定して、神に逆らうものがどうなるかを語りだすのです。ツォファルは神に逆らうものには喜びははかなく、どのように大きくなっても、夢に様に消え、誰も見出すことはなくなる。その子孫たちはその人が貧しい人々から奪った富を返済しなければならない。と言ったのです。ツォファルの論理はこうなのです。多くの災いと苦しみは神様からくるものである。その様な災いが与えられていると言うのは神様に逆らったからである。神様に逆らうものは、つかの間の喜びを味わえてもすぐ幻のように消えて、もう何も見いだせなくなる。貧しい人々から、奪った富で、金持ちになっても、その子孫がその償いをしなければならない。とこう言うことなのです。ヨブは自分を神様に逆らう者とは思っていないのですが、ツォファルは完全にヨブは神に逆らう罪びとであると言う所から出発しているのです。

そしてツォファルはその後、悪人がどのような裁きを受けるかということを、滔々と自分の持論を語り始めます。これは信仰によって啓示されたものというよりも、自分が見つけ出した持論と言ってよいものかもしれません。まず前半の12節から23節です。

ヨブ 20:12 悪が口に甘いからと/舌で抑えて隠しておき

ヨブ 20:13 惜しんで吐き出さず/口の中に含んでいれば

ヨブ 20:14 そのパンは胃の中に入って/コブラの毒と変わる。

ヨブ 20:15 呑み込んだ富は吐き出さなければならない。神は彼の腹からそれを取り上げられる。

ヨブ 20:16 彼の飲んだのはコブラの毒。蝮の舌が彼を殺す。

ヨブ 20:17 彼は蜂蜜と乳脂の流れる川の/その流れを見ることはない。

ヨブ 20:18 労して獲たものをも呑み込まずに返し/商いで富を得ても楽しむことはない。

ヨブ 20:19 なぜなら、貧しい人々を虐げ見捨て/自ら建てもしない家を奪い取ったから。

ヨブ 20:20 その腹は満足することを知らず/欲望から逃れられず

ヨブ 20:21 食い尽くして、何も残さない。それゆえ、彼の繁栄は長くは続かず

ヨブ 20:22 豊かさの極みにあって欠乏に陥り/すべて労苦する手が彼を襲う。

ヨブ 20:23 腹を満たそうとすれば/神は燃える怒りを注ぎ/それをパンとして彼に浴びせかける。

 この様に、ツォファルが描く悪人の姿と、報いですが、いったいこの悪人の姿はどのようになっているのでしょうか。この悪人の姿は悪党ごろつきと言った粗野な感じではないです。むしろ善人の姿を取って、密かに貪欲な欲望を持ち、それが悪いと知っていながら、密かにそれを行い、その利益や快楽を捨てることのできないような人のようです。悪いと知りながらその貪欲と富とを捨てきれないでひそかに行っているので、それはそのうちにコブラの毒の様になってそれがその悪人を滅ぼすと言うのです。または、その貪欲と富とを捨てなければ、神様はそれを取り上げられると言うのです。そしてそのようなものは神様の約束の地の、蜂蜜と乳脂の流れる川の、その流れを見ることはない。すなわち神様の祝福を見ることはないと言うのです。この様な人はどんなに富を得ても、楽しむことがなく満足することなく、自分の欲望に追いまくられていくと言うのです。いくら豊かになっても足りないと思い、そのために苦労するのです。これは何か、現代人の普通の人の思いを語っているとさえ思います。いつも豊かさを追い求めて、満足することなく、むしろいろいろなものに追いまくられて、苦しみに陥っている現代人です。ですがヨブがそうだと言うのでしょうか。それはツォファルがそうだと決めつけているだけで、ヨブは決してそう思ってはいないのです。ですがツォファルにはその思いを理解することはできません。形で決めつけてしまっているからです。

ツォファルの言葉はさらに激しさを増して、ヨブを攻め立てます。まるでヨブが、世界で一番の罪びとであり、神に逆らうものだから、これくらいの罰は当然だとでもいうように、裁きの言葉を語るのです。24節から29節です。

ヨブ 20:24 鉄の武器から逃れても/青銅の弓が彼を射抜き

ヨブ 20:25 矢は彼を貫いて背中に出る。それは胆汁にぬれて光り/神の威力が彼を圧倒する。

ヨブ 20:26 暗黒が彼の宝を待ち構え/吹き起こされたのでもない火が彼をなめ尽くし/天幕に残っているものをも滅ぼし尽くす。

ヨブ 20:27 天は彼の罪を暴き/地は彼に対して立ち上がる。

ヨブ 20:28 神の怒りの日に、洪水が起こり/大水は彼の家をぬぐい去る。

ヨブ 20:29 神に逆らう者が神から受ける分/神の命令による嗣業はこれだ。

 この様に、ツォファルはヨブを神に逆らう重罪人として、考えられる最高の罰と裁きとを与えるのです。もうこれは友達でも何でもなく、ただヨブに対して憎しみを持つ敵のようです。

ヨブを裁いて死を与える、青銅の弓の矢がヨブを射抜いて、体を貫き背中に出ると言います。そして、天から与えられた火が、ヨブをも天幕に残っているものをも滅ぼし尽くすと言います。天も地もヨブに対して立ち上がり責め、洪水が起こり、ヨブの家を拭い去ってしまう。神に逆らうものは神からこのような罰を受けるのだと、激しく語るのです。なぜこれほど、ツォファルは激しく怒るのでしょうか。それはヨブが自分の方が神より正しいと言って、神に逆らう、重罪人だと思っているからです。それはツォファルの信じるものをも否定してしまう考え方だからです。

ツォファルの語る言葉は、ますます雄弁になり激しくなり、自分の感情をぶつけているようにさえ思います。ツォファルの言葉には、神から啓示を受けて語っているような所は見受けられません。自分が今まで学んで調べてきた、知識をヨブに理解させようとむきになっているような気がします。それが受け入れられないとますます語調が高ぶり、力づくでも思い知らせてやると言った気持ちになってきます。人を理解するのは、自分の考えを理解させることではありません。この様な時には神様に立ち返って、心を静めて、どうしたらよいのかを神様に聞くことが大切なのかもしれません。

 

(一分間黙想)(お祈り)

ツォファルは雄弁に、自分の考えを述べますが、とてもヨブには聞き入れてもらえそうにはありません。ますますムキになり、激しくなっていくツォファルの言葉にもう少し冷静さをもって、神様立ち返るならば、ヨブにふさわしい言葉が与えられたかもしれません。どうか、自分達の思いが伝わらなかったとき、あなたに立ち返って、あなたに語るべき言葉を、そして行うべきことを聞いて行うものとなることが出来ますように。あなたのうちに全ての解決があることを信じて歩ませてください。

この祈りを主、イエスキリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン

 

<<聖書の箇所(旧約聖書:◇ヨブ記:)>>  

ヨブ 20:1 ナアマ人ツォファルは答えた。

ヨブ 20:2 さまざまな思いがわたしを興奮させるので/わたしは反論せざるをえない。

ヨブ 20:3 あなたの説はわたしに対する非難と聞こえる。明らかにすることを望んで、答えよう。

ヨブ 20:4 あなたも知っているだろうが/昔、人が地上に置かれたときから

ヨブ 20:5 神に逆らう者の喜びは、はかなく/神を無視する者の楽しみは、つかの間にすぎない。

ヨブ 20:6 たとえ彼が天に達するほど/頭が雲に達するほど上って行っても

ヨブ 20:7 自分の汚物と同様、永久に失われ/探す者は、「どこへ行ってしまったのか」と言わなければならなくなる。

ヨブ 20:8 夢のように飛び去り/夜の幻のように消えうせ/だれも見いだすことはないだろう。

ヨブ 20:9 彼を見ていた目はもう彼を見ることなく/彼のいた所も二度と彼を見ない。

ヨブ 20:10 その子らは貧しい人々に償いをし/子孫は奪った富を返済しなければならない。

ヨブ 20:11 若さがその骨に溢れていたが/それも彼と共に塵の上に伏すことになろう。

ヨブ 20:12 悪が口に甘いからと/舌で抑えて隠しておき

ヨブ 20:13 惜しんで吐き出さず/口の中に含んでいれば

ヨブ 20:14 そのパンは胃の中に入って/コブラの毒と変わる。

ヨブ 20:15 呑み込んだ富は吐き出さなければならない。神は彼の腹からそれを取り上げられる。

ヨブ 20:16 彼の飲んだのはコブラの毒。蝮の舌が彼を殺す。

ヨブ 20:17 彼は蜂蜜と乳脂の流れる川の/その流れを見ることはない。

ヨブ 20:18 労して獲たものをも呑み込まずに返し/商いで富を得ても楽しむことはない。

ヨブ 20:19 なぜなら、貧しい人々を虐げ見捨て/自ら建てもしない家を奪い取ったから。

ヨブ 20:20 その腹は満足することを知らず/欲望から逃れられず

ヨブ 20:21 食い尽くして、何も残さない。それゆえ、彼の繁栄は長くは続かず

ヨブ 20:22 豊かさの極みにあって欠乏に陥り/すべて労苦する手が彼を襲う。

ヨブ 20:23 腹を満たそうとすれば/神は燃える怒りを注ぎ/それをパンとして彼に浴びせかける。

ヨブ 20:24 鉄の武器から逃れても/青銅の弓が彼を射抜き

ヨブ 20:25 矢は彼を貫いて背中に出る。それは胆汁にぬれて光り/神の威力が彼を圧倒する。

ヨブ 20:26 暗黒が彼の宝を待ち構え/吹き起こされたのでもない火が彼をなめ尽くし/天幕に残っているものをも滅ぼし尽くす。

ヨブ 20:27 天は彼の罪を暴き/地は彼に対して立ち上がる。

ヨブ 20:28 神の怒りの日に、洪水が起こり/大水は彼の家をぬぐい去る。

ヨブ 20:29 神に逆らう者が神から受ける分/神の命令による嗣業はこれだ。