家庭礼拝 2025年5月21日 ヨブ記 16:1-22 ヨブと三人の友の議論②ヨブの答え

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起 

今日の箇所では、第二ラウンドに入ったエリファズの攻撃に対して、ヨブが答えるのですが、もう答えるのもおっくうになっている感じです。エリファズはもう友とも言えないほど、ヨブに対して冷淡になり、ヨブは悪人だ、罪びとだと非難します。もう慰めるよりも、神に代わって成敗してやろうと言った気持ちになっているようです。

それに対してヨブは、もうたくさんだ。あなたたちは皆、慰める振りをして苦しめる。と言って、もうこれ以上友達との議論はしたくないと思っています。言葉によって慰められるものはもう何もないと思っているのです。そしてヨブの心は友達に対してではなく神様に対して向かい、一人でつぶやくように、自分の運命の空しさ、みじめさを嘆くのです。神は悪を行う者にわたしを引き渡し/神に逆らう者の手に任せられた。こう言って、もう自分には何の抵抗も出来ずにただ、悪を行うものの暴虐に身をさらすしかないと言っているのです。ですがそのような中にあっても、ヨブは天を見上げて希望を持っているのです。そしてこう言うのです。

ヨブ 16:19 このような時にも、見よ/天にはわたしのために証人があり/高い天には/わたしを弁護してくださる方がある。

ヨブ 16:20 わたしのために執り成す方、わたしの友/神を仰いでわたしの目は涙を流す。

これはまるで、イエスキリストがいて、神にヨブの正しさをとりなしてくださり、弁護してくださるように語っているのではないでしょうか。ですがヨブに、この時イエスキリストのことを知る由もありません。それでもヨブは、私の友、神を仰いで涙を流すと言います。友であり神である方は、イエス様しか考えられないのです。不思議な言葉です。ヨブはいったい、天に何を見たのでしょうか。この事は誰にもわからないことなのです。

ではヨブが友に対してどう語ったのかを見てみましょう。1節から5節です。

ヨブ 16:1 ヨブは答えた。

ヨブ 16:2 そんなことを聞くのはもうたくさんだ。あなたたちは皆、慰める振りをして苦しめる。

ヨブ 16:3 「無駄口はやめよ」とか/「何にいらだって/そんな答えをするのか」と言う。

ヨブ 16:4 わたしがあなたたちの立場にあったなら/そのようなことを言っただろうか。あなたたちに対して多くの言葉を連ね/あなたたちに向かって頭を振り

ヨブ 16:5 口先で励まし/唇を動かすことをやめなかっただろうか。

 このように、ヨブはうんざりしたように、友の語る忠告に、もうたくさんだと言うのです。あなたたちは皆、慰めるふりをして苦しめると言い、言うこととやっていることの違うことを言うのです。偽善だと言うのです。慰める言葉というのは本当に難しいものです。というのは私達が人を慰めようとするとき、そこにはエリファズたちが持っていたように、慰めようとしながら、不幸にあった人たちを、自業自得だと思い、優越感を感じ、本心は喜んでいることがあるからです。そのような欺瞞を、本当に苦しんでいる人たちは敏感にわかるのです。ヨブは、私があなたたちの立場だったら、そんなことは言わないだろうと言うのです。それは本当にそのような苦しみを味わった人にしかわからないことであり、その慰めを語ることのできる人は同じ苦しみを知っている人だけなのです。イエスキリストの慰めは、イエス様が十字架の苦しみを味わったうえで、語っているから、苦しむ人にも素直に受け入れられるのです。そうでない人はただ黙って寄り添うだけが良いかもしれません。下手な慰めはかえって苦しめることになるのです。理解されていないと思われるだけなのです。

ヨブの語る言葉はいつの間にか、友に対してではなく、つぶやきとなり、それは神様に対して、嘆いているようにも思えます。6節から8節です。

ヨブ 16:6 語っても苦しみはやまず/黙っていても、それは去りません。

ヨブ 16:7 もう、わたしは疲れ果てました。わたしの一族をあなたは圧倒し

ヨブ 16:8 わたしを絞り上げられます。このわたしの姿が証人となり/わたしに代わって抗議するでしょう。

 この様にヨブは、自分には何もなすことが出来ず、苦しみの中で、ただ、嘆くだけの存在のようになっています。何をしてもダメだ、語ってもダメ、黙っていてもダメ、その苦しみが止むことはない。どうしたらこの苦しみから逃れられるのですかと訴えているようです。そして、もう私は疲れ果てましたと言います。あなたは、私の一族を滅ぼし、私をさらに苦しめます、と言います。いつの間にかあなたはと言って、神様に対して語り掛けているのです。ですがその語り掛けることにも疲れ果ててしまって、ただこの私のみじめな姿が、あなたがなさったことを訴える証人となって、私に変わって抗議するでしょうと言うのです。

それでも、ヨブは自分のみじめさを神様に訴え、神様に恨みを語るのです。なぜこのように私を苦しめるのかと。9節から17節です。

ヨブ 16:9 神がわたしを餌食として、怒りを表されたので/敵はわたしを憎んで牙をむき、鋭い目を向ける。

ヨブ 16:10 彼らは大口を開けて嘲笑い/頬を打って侮辱し/一団となってわたしに向かって来る。

ヨブ 16:11 神は悪を行う者にわたしを引き渡し/神に逆らう者の手に任せられた。

ヨブ 16:12 平穏に暮らしていたわたしを神は打ち砕き/首を押さえて打ち据え/的として立て

ヨブ 16:13 弓を射る者に包囲させられた。彼らは容赦なく、わたしのはらわたを射抜き/胆汁は地に流れ出た。

ヨブ 16:14 神は戦士のように挑みかかり/わたしを打ち破り、なお打ち破る。

ヨブ 16:15 わたしは粗布を肌に縫い付け/わたしの角と共に塵の中に倒れ伏した。

ヨブ 16:16 泣きはらした顔は赤く/死の闇がまぶたのくまどりとなった。

ヨブ 16:17 わたしの手には不法もなく/わたしの祈りは清かったのに。

 この様に、敵どもが私に挑みかけあざ笑い侮辱するようになったのは、神様が私に対して怒りを表わされ、餌食のように敵どもに渡されたからですと言います。神様のせいだと言いたいのです。私は平穏に暮らしていたのに、神様がそれを打ち砕いて、私を敵どもの攻撃の的として、立てられたので、彼らは容赦なく、私を包囲して、私のはらわたを射抜いたのです。神様はそれでも、私を敵として挑みかかり、私を打倒し、私は惨めな姿で塵の中に倒れています。悲しみと苦しみのために泣きはらした顔は赤くなり、目の周りは死相が現れたように、黒くなってしまいました。私は、何も悪いことをしていないのに、私の祈りは神様の御心に適う清いものであったのに、なぜ神様はこうされるのですかと、神様を恨み、自分の正しさをあくまで神様に訴えているのです。ヨブの、自分の正しさを訴える思いは、神様を思う思いよりも強いようです。

そしてヨブは、神様以外に自分の苦しみを、正しさを訴える方を求めて、こういうのです。18節から22節です。

ヨブ 16:18 大地よ、わたしの血を覆うな/わたしの叫びを閉じ込めるな。

ヨブ 16:19 このような時にも、見よ/天にはわたしのために証人があり/高い天には/わたしを弁護してくださる方がある。

ヨブ 16:20 わたしのために執り成す方、わたしの友/神を仰いでわたしの目は涙を流す。

ヨブ 16:21 人とその友の間を裁くように/神が御自分とこの男の間を裁いてくださるように。

ヨブ 16:22 僅かな年月がたてば/わたしは帰らぬ旅路に就くのだから。

 この様に、ヨブは神様に呼び掛けるのではなく、天に近いところにいる誰かに対して呼びかけるのです。まず最初に、大地に対して呼びかけました。大地よ、わたしの血を覆うな/わたしの叫びを閉じ込めるな、と大地に対して、自分の苦しみ、叫びを覆い隠すなと叫びます。ヨブは決して黙ってはいないのです。自分の正当性をあくまでも貫き通そうとするのです。そして、神様は認めてくれなくとも、ほかの方がいると言ってこの様に言うのです。それは天には私のために証人があり、私を弁護してくださる方がある、というのです。これは本当にそのような方がいると言うよりも、そうであってほしい、そうでなければいけない、とヨブは思っているのです。そしてその方は、私のために神様にとりなして下さる、私の友なのである。私を非難する3人の友の様にではなく、私を理解して、とりなしてくださる方なのである。そしてその方は神なのであり、その方を仰いで私の目は涙を流すと言います。何かちょっと変になってきました。神様が二人いるようです。一人はヨブを裁いてヨブに苦しみを与えられる神様、もう一人はヨブを弁護し、ヨブをとりなしてくださるヨブの友なる神様です。これはまるで、イエス様のことを言っているような気がします。神様にとりなしてくださる友なるイエス様なのです。そして最後に不思議なことを言います。神が御自分とこの男の間を裁いてくださるように。というのです。ヨブはまだイエス様の存在を知りません。ですがそのような神様との間を取り持つもう一人の神様の存在を求めていたのかもしれません。そして神様と自分の間を公平に裁いてくださったら、こんな幸せなことはない。私はいずれにしても、もうすぐ死ぬ運命にあるのだからと言ったのです。

ヨブはもはや、友に反論する気力を持ちませんでした。そして神様に対しても何をしても無駄だと言う気持ちになっていました。でも自分は決して間違っていない。その事を認めてくださって、神様にとりなしてくださる人がいたならどんなに素晴らしい事かと思い描いているのです。そしてそのように公平に扱われるならば、私はもう死んでもかまわないと思うほどだったのです。この様に、ヨブの心は、ヨブをとりなしてくださって、ヨブの証人となってくださる方に心を傾けるのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様。あなたはヨブを追い詰め、ヨブは行き所が無くなって、ヨブをとりなしてくださる、友なる神を追い求めました。そしてその方が自分の正しさを知ってくださって、証人となってくださるとの希望を持ったのです。このヨブの希望はどうなるのでしょうか。

私達には、イエスキリストという、贖い主が居られて、私たちの罪を贖って下さいました。そして私たちの祈りを通して、神様にとりなしてくださいます。私たちに与えられているこの恵みに感謝いたします。私達は神様と争うことなく、イエスキリストによって、神様と和解することが出来たのです。この事を思い、主に感謝を捧げます。

この祈りを主、イエスキリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン

 

<<聖書の箇所(旧約聖書:◇ヨブ記:)>>  

 

ヨブ 16:1 ヨブは答えた。

ヨブ 16:2 そんなことを聞くのはもうたくさんだ。あなたたちは皆、慰める振りをして苦しめる。

ヨブ 16:3 「無駄口はやめよ」とか/「何にいらだって/そんな答えをするのか」と言う。

ヨブ 16:4 わたしがあなたたちの立場にあったなら/そのようなことを言っただろうか。あなたたちに対して多くの言葉を連ね/あなたたちに向かって頭を振り

ヨブ 16:5 口先で励まし/唇を動かすことをやめなかっただろうか。

ヨブ 16:6 語っても苦しみはやまず/黙っていても、それは去りません。

ヨブ 16:7 もう、わたしは疲れ果てました。わたしの一族をあなたは圧倒し

ヨブ 16:8 わたしを絞り上げられます。このわたしの姿が証人となり/わたしに代わって抗議するでしょう。

ヨブ 16:9 神がわたしを餌食として、怒りを表されたので/敵はわたしを憎んで牙をむき、鋭い目を向ける。

ヨブ 16:10 彼らは大口を開けて嘲笑い/頬を打って侮辱し/一団となってわたしに向かって来る。

ヨブ 16:11 神は悪を行う者にわたしを引き渡し/神に逆らう者の手に任せられた。

ヨブ 16:12 平穏に暮らしていたわたしを神は打ち砕き/首を押さえて打ち据え/的として立て

ヨブ 16:13 弓を射る者に包囲させられた。彼らは容赦なく、わたしのはらわたを射抜き/胆汁は地に流れ出た。

ヨブ 16:14 神は戦士のように挑みかかり/わたしを打ち破り、なお打ち破る。

ヨブ 16:15 わたしは粗布を肌に縫い付け/わたしの角と共に塵の中に倒れ伏した。

ヨブ 16:16 泣きはらした顔は赤く/死の闇がまぶたのくまどりとなった。

ヨブ 16:17 わたしの手には不法もなく/わたしの祈りは清かったのに。

ヨブ 16:18 大地よ、わたしの血を覆うな/わたしの叫びを閉じ込めるな。

ヨブ 16:19 このような時にも、見よ/天にはわたしのために証人があり/高い天には/わたしを弁護してくださる方がある。

ヨブ 16:20 わたしのために執り成す方、わたしの友/神を仰いでわたしの目は涙を流す。

ヨブ 16:21 人とその友の間を裁くように/神が御自分とこの男の間を裁いてくださるように。

ヨブ 16:22 僅かな年月がたてば/わたしは帰らぬ旅路に就くのだから。