家庭礼拝 2025年4月23日 ヨブ記 12:1-25 ヨブは答える①

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起 

3人目の友人ソファルの話を受けて、ヨブは答えます。ですがここでの答えは、ソファルに対してだけではなく、三人の友人の言うことに対する、答えでもあるのです。そのヨブの答えは、12章から14まで続く長いものです。ですからこのヨブの答えは、今までの話のまとめのような結論のようなものです。ですがこの議論はこれで終わるものではなく、その後でまた、エリファズから始まって、二回戦が始まるのです。

そもそもこの三人の友人は、ヨブが災難に会い、ヨブ自身もひどい病気になっていると聞いて、ヨブを慰める為に来てくれたはずなのです。それがどうしてこのような議論になり、慰めに来たはずの友人が、ヨブを非難し、嘲り、神を冒涜するものと騒ぎ立てることになってしまったのでしょうか。ここに議論するときのむずかしさがあるのです。最初の目的のヨブを慰めると言うことを忘れないならば大丈夫のはずなのですが、議論している間に、その議論の正しさを主張するために、最初の目的を忘れて、ただ議論に勝てばよいと言う思いになってくるのです。ヨブのためにと語っていたことが、いつの間にか自分の主張の正しさを語るために議論をするようなことになっていて、最初の目的であるヨブを慰めると言うことをすっかり忘れてしまっているのです。でも本人たちは、自分の正しさを証明することがヨブのためだと思っているのです。それが神の側に立つ者の使命だと思っているのです。

ヨブはこう言うのです。確かにあなたたちもひとかどの民である。だが私はあなたたちに劣ってはいない。誰にでもそのくらいの力はある。あなたたちの言うことはみなわかっているのだ。と、三人の友人がさも自分が悟っているが如く、ヨブに言い聞かせることに対して、そんなことはわかっているし、そんなことは誰でも知っていると言うのです。それは人間だけでなく、獣も空の鳥も海の魚もみな知っていると言うのです。神様はすべてをなさることが出来、どのような事でも好きなようにすることが出来るのだと言うことはみんな知っている。でも私は神様に直接呼びかけて答えていただきたいのだ。あなたたちの議論を聞きたいのではない、たとえどのような事になろうと神様に直接言い開きをし、その答えを知りたいのだと言うのが、ヨブの主張なのです。

ヨブは自分の命を懸けて、神様に直接問いかけたいと願っています。それは本当に神様の存在を信じているからなのです。それに対して、友人たちは、神様の側に立って説教しているようで、自分達こそ本当の信仰をもつものだと思っているのですが、それは神様に対してへつらっているのであって、本当に神様を信じ、神様に対しているのとは違うのです。自分たちは安全なところにいて、ただヨブを見下しているような所があるのです。

今日の聖書の箇所は、そのようなヨブの心の叫びを語るところから始まるのですが、今日はその一部の前半だけの箇所です。ですが、聖書に沿って読んでいきましょう。1節から3節です。

ヨブ 12:1 ヨブは答えた。

ヨブ 12:2 確かにあなたたちもひとかどの民。だが、死ねばあなたたちの知恵も死ぬ。

ヨブ 12:3 あなたたち同様、わたしにも心があり/あなたたちに劣ってはいない。だれにもそのくらいの力はある。

 この様に、ヨブはまず、友人たちの教える知恵が、なるほど一丁前のことを語っているようだが、それはあなたたちが死んでしまえば、誰も覚えていないような、軽いものだと言っているのです。そしてあなたたちが語るような考えは誰にでもそのくらいの力はあり、私もあなたたちに劣っていはいない。そんなことはわかっていると言って、友人たちの語ることが、何の役にも立たず、心にも響いていないことを語ったのです。

そして自分がどのように扱われているのかをこう語ったのでした。4節から6節です。

ヨブ 12:4 神に呼びかけて/答えていただいたこともある者が/友人たちの物笑いの種になるのか。神に従う無垢な人間が/物笑いの種になるのか。

ヨブ 12:5 人の不幸を笑い、よろめく足を嘲ってよいと/安穏に暮らす者は思い込んでいるのだ。

ヨブ 12:6 略奪者の天幕は栄え/神を怒らせる者/神さえ支配しようとする者は安泰だ。

この様に、ヨブは自分が神様に呼び掛けて答えていただいたこともある、正しい信仰者である、と自分を誇りつつ、その自分が今は友人たちの物笑いの種になるのか、と言って友人たちの語ることが嘲りであり、ヨブを傷つけていることを言うのです。そして神に従う無垢な人間が、物笑いの種になるのかと友人たちを激しく非難するのです。

ヨブは友人たちのしていることをこの様に言ったのです。ヨブの陥っている苦難を見て、人の不幸を笑い、よろける足を嘲ってよいと、あなたたちは思い込んでいる。自分たちは安穏に暮らすことが出来るのだから、不幸に陥ったものを嘲っても良いのだと思っているのだ、と言ったのです。それはまるで、略奪するような悪いものの家が栄えて、神を怒らせ、神を利用しようとしているものが安泰である、と考えているあなたたちのようなものであると言ったのです。この様にヨブは友人たちに皮肉を言いつつ、非難したのです。

そしてヨブは、友人たちが教えてくれたことは、生きているものなら皆知っていると言ってこの様に言ったのです。7節から10節です。

ヨブ 12:7 獣に尋ねるがよい、教えてくれるだろう。空の鳥もあなたに告げるだろう。

ヨブ 12:8 大地に問いかけてみよ、教えてくれるだろう。海の魚もあなたに語るだろう。

ヨブ 12:9 彼らはみな知っている。主の御手がすべてを造られたことを。

ヨブ 12:10 すべての命あるものは、肉なる人の霊も/御手の内にあることを。

この様に、あなたたちだけでなく、獣も、空の鳥も、大地も、海の魚もすべて命あるものは、主がすべてを造られたことをみな知っていると言い、すべての命あるものは皆、神の御手の内にあることを知っていると言ったのです。それを自分達だけが悟っているように思って、教えることをするなと言っているのです。獣や鳥や魚にも聞いてみるがいい、教えてくれるからと言っているのです。

そして命あるものが神の御手の内にあると言うことはどういうことなのかを、このような言葉で語るのです。11節から25節です。

ヨブ 12:11 耳は言葉を聞き分け/口は食べ物を味わうではないか。

ヨブ 12:12 知恵は老いた者と共にあり/分別は長く生きた者と共にあるというが

ヨブ 12:13 神と共に知恵と力はあり/神と共に思慮分別もある。

ヨブ 12:14 神が破壊したものは建て直されることなく/閉じ込められた人は解放されることがない。

ヨブ 12:15 神が水を止めれば干ばつとなり/水を放てば地の姿は変わる。

ヨブ 12:16 力も策も神と共にあり/迷うこと、迷わせることも神による。

ヨブ 12:17 神は参議をはだしで行かせ/裁判官を狂いまわらせ

ヨブ 12:18 王の権威を解き/腰の帯をもって彼らをつながれる。

ヨブ 12:19 祭司をはだしで行かせ/地位ある者をその地位から引き降ろされる。

ヨブ 12:20 信任厚い者の口を閉ざし/長老の判断を失わせ

ヨブ 12:21 自由な者に嘲りを浴びせかけ/強い者の帯を断ち切られる。

ヨブ 12:22 神は暗黒の深い底をあらわにし/死の闇を光に引き出される。

ヨブ 12:23 国々を興し、また滅ぼし/国々を広げ、また限られる。

ヨブ 12:24 この地の民の頭たちを混乱に陥れ/道もなく茫漠としたさかいをさまよわせられる。

ヨブ 12:25 光もなく、彼らは闇に手探りし/酔いしれたかのように、さまよう。

この様に最初にヨブは、耳は言葉を聞き分け/口は食べ物を味わうではないか。と言いました。これはあなた方には同じように神を知る、知恵と力と思慮分別があるではないかと言っているのです。そしてその知恵と力と思慮分別は、普通は長く生きたものと共にあると言われているが、それは神と共にあるものであって、年齢に関係する者ではないと言っています。

そして神がどのような方であるかを語ります。神がなさった破壊や投獄は人間の力で変えることはできず、神様は全てのことを自由に行うことが出来るとこのように言うのです。

干ばつを起こすことも洪水を起こすことも、迷うことも迷わせることも皆神様の働きによる。人間にどのような権威があっても、神様はそのような王や祭司をも好きなようにあしらわれる。たとえ自由な人でも強い人でも、神の支配のもとにある。死の闇をこの世に持ってくることも、国々を起こし滅ぼし、その地の頭たちを混乱させ、何のあてもないところを、さまよわせることも出来る。

神様がそのような力ある方であることをすべての生き物は知っており、私も知っている。例えこの様な苦難が私に与えられたとしても、それが神様の自由な働きによるものであることを私は知っていると、ヨブは友人たちに言っているのです。だからあなたたちの教えることは、何の励ましにも支えにもならず、反ってあなたたちは神にへつらって罪を犯していると言いたいのです。

今日のヨブの話はここまでです。まだまだヨブの話は続きます。ヨブの語りたいことは、友人たちが得々と語っているような神の力については私も十分知っているし、生き物なら皆知っていると言うことなのです。ですがヨブはそれでも、神様に直接聞きたいのだと、神様をあきらめるのではなくたとえ死んでも、神様がおられることを信じて、どうしてこのようなことをなさるのかを問いただしたいと言うことなのです。3人の友は立派なことを言いますが、それは自分たちは神様から守られているから、神様の側に立って、これからも守られるに違いないと言う保身的な思いがあるのです。でもヨブにはもう取り上げられるものはなくなったので、最後の命さえも奪われても、神様と直接語り合って、自分の何がいけないのかを教えてもらいたい。この事が神様から来ていることは、間違いなく知っているのだからと訴えているのです。この3人の友とヨブの違いは、ヨブが直接神様に直面しようとしているのに対して、3人の友は、自分達が聞いたこと知りえたことを、得々として語るだけで、神様に直接、かかわってはいないのです。ここに真の信仰者との違いが出てくるのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様、ヨブは神様のことをよく知っていることを語り、3人の友の語ることは皆知っていると言いました。ですがヨブはそれでも神様に直接問いただしたかったのです。それはヨブが神様を本当に信じ、神様がそんなことをするはずがないと信じていたからなのです。本当に信じていなかったなら、神様のことはあきらめて、もう考えなくなるはずなのです。ヨブは真剣でした。そしてそのことを友人達に伝えようとしたのです。私たちもその様に、神様に対して真剣に向き合うものとなりますように。通り一遍の知識に満足することなく、直接神様と語り合う勇気をもって、神様に対していくことが出来ますように。

この祈りを主、イエスキリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン

 

<<聖書の箇所(旧約聖書:◇ヨブ記:)>>  

 

ヨブ 12:1 ヨブは答えた。

ヨブ 12:2 確かにあなたたちもひとかどの民。だが、死ねばあなたたちの知恵も死ぬ。

ヨブ 12:3 あなたたち同様、わたしにも心があり/あなたたちに劣ってはいない。だれにもそのくらいの力はある。

ヨブ 12:4 神に呼びかけて/答えていただいたこともある者が/友人たちの物笑いの種になるのか。神に従う無垢な人間が/物笑いの種になるのか。

ヨブ 12:5 人の不幸を笑い、よろめく足を嘲ってよいと/安穏に暮らす者は思い込んでいるのだ。

ヨブ 12:6 略奪者の天幕は栄え/神を怒らせる者/神さえ支配しようとする者は安泰だ。

ヨブ 12:7 獣に尋ねるがよい、教えてくれるだろう。空の鳥もあなたに告げるだろう。

ヨブ 12:8 大地に問いかけてみよ、教えてくれるだろう。海の魚もあなたに語るだろう。

ヨブ 12:9 彼らはみな知っている。主の御手がすべてを造られたことを。

ヨブ 12:10 すべての命あるものは、肉なる人の霊も/御手の内にあることを。

ヨブ 12:11 耳は言葉を聞き分け/口は食べ物を味わうではないか。

ヨブ 12:12 知恵は老いた者と共にあり/分別は長く生きた者と共にあるというが

ヨブ 12:13 神と共に知恵と力はあり/神と共に思慮分別もある。

ヨブ 12:14 神が破壊したものは建て直されることなく/閉じ込められた人は解放されることがない。

ヨブ 12:15 神が水を止めれば干ばつとなり/水を放てば地の姿は変わる。

ヨブ 12:16 力も策も神と共にあり/迷うこと、迷わせることも神による。

ヨブ 12:17 神は参議をはだしで行かせ/裁判官を狂いまわらせ

ヨブ 12:18 王の権威を解き/腰の帯をもって彼らをつながれる。

ヨブ 12:19 祭司をはだしで行かせ/地位ある者をその地位から引き降ろされる。

ヨブ 12:20 信任厚い者の口を閉ざし/長老の判断を失わせ

ヨブ 12:21 自由な者に嘲りを浴びせかけ/強い者の帯を断ち切られる。

ヨブ 12:22 神は暗黒の深い底をあらわにし/死の闇を光に引き出される。

ヨブ 12:23 国々を興し、また滅ぼし/国々を広げ、また限られる。

ヨブ 12:24 この地の民の頭たちを混乱に陥れ/道もなく茫漠としたさかいをさまよわせられる。

ヨブ 12:25 光もなく、彼らは闇に手探りし/酔いしれたかのように、さまよう。