家庭礼拝 2025年3月26日 ヨブ記 9:1-35 ヨブは答えた①
賛美歌4世にある限りの聖書朗読 祈り 奨励説教 一分黙想 全員祈り 主の祈り 賛美歌6つくり主を賛美します
起
今日は、二人目の友人ビルダドの語ったことに対して、ヨブは口を開き答えるのです。ヨブの答えは、この9章だけでなく10章まで続きます。最初のエリファズも、二人目のビルダドの考え方は、基本的には同じ因果応報なのです。罪を犯した者はさばかれて、苦しい災いを受けるし、罪を犯さず善をなすものが神様からの祝福を受けると言う、どこの世界にもある典型的な考え方です。
それに対して、ヨブは、そのようなことはわかっていると言いながら、それでも神様に問わずにはいられない気持ちを語るのです。すなわち、理屈ではそうであるが、実際は気持ちの問題なのだと言うことです。
今苦しみ悩んでいる人に、神様は正しい人で万能であるから、自分の罪を認めて神様に委ねなさいと一般的な話を言われても、そのような言葉だけの話は、何の助けにも慰めにもならないのだと言うのです。本当に手を差し伸べて、手を当て、励まし、共に苦しんでくれる人でなければ、この様に苦しんでいる人を慰めることも励ますこともできないのだ。この様にヨブは思っているのです。
神様は正しく、全能である。だから神様に何を言っても、お前は罪を犯したと言われればそれまでであり、弁明も釈明もすることはできない。それならば正しい人も悪人もみな同じではないか。それでは、生きている意味はないではないかとヨブは思っているのです。ですからたとえ自分が悪いのであっても、神様と直接話をして、身の潔白をのべて、やるべきことをやって、納得したいのだとヨブは言っているのです。
それではこのビルダドの後に話したヨブの言葉はどのようなものであったでしょうか。
承
ビルダドが、先祖たちの過去の教訓や歴史を語り、自然が教えてくれる神様の働きを語って、ヨブに、そのことを悟るように諭すのですが、ヨブはこのように答えたのです。1節から4節です。
ヨブ 9:1 ヨブは答えた。
ヨブ 9:2 それは確かにわたしも知っている。神より正しいと主張できる人間があろうか。
ヨブ 9:3 神と論争することを望んだとしても/千に一つの答えも得られないだろう。
ヨブ 9:4 御心は知恵に満ち、力に秀でておられる。神に対して頑になりながら/なお、無傷でいられようか。
この様に、ヨブは、それは確かに私も知っていると言い、神より正しいと主張できる人間があろうかというのです。そのように言葉の上ではわかっていても、神様に対して、自分は正しい潔白であると主張しようとするヨブがいるのです。ヨブは言いました。神と論争をすることを望んだとしても、先に一つの答えも得られないだろう。神に対してかたくなになりながら、なお無傷でいられようかと、ヨブは自分がしようとしている、神様に対する、働きかけがいかに無謀であるかを知っているのです。 万能の神様に対して、論争し、かたくなに自分の無垢を主張すれば、無傷でいられるわけがない。そのようにわかっていながらも、神様に対して問いたださずを得られない気持ち、神様から顔を背けられない気持ちを言っているのです。
そして神様がいかに偉大で、力ある方であるかを私は知っていると言って、この様に言うのです。5節から13節です。
ヨブ 9:5 神は山をも移される。怒りによって山を覆されるのだと誰が知ろう。
ヨブ 9:6 神は大地をその立つ所で揺り動かし/地の柱は揺らぐ。
ヨブ 9:7 神が禁じられれば太陽は昇らず/星もまた、封じ込められる。
ヨブ 9:8 神は自ら天を広げ、海の高波を踏み砕かれる。
ヨブ 9:9 神は北斗やオリオンを/すばるや、南の星座を造られた。
ヨブ 9:10 神は計り難く大きな業を/数知れぬ不思議な業を成し遂げられる。
ヨブ 9:11 神がそばを通られてもわたしは気づかず/過ぎ行かれてもそれと悟らない。
ヨブ 9:12 神が奪うのに誰が取り返せよう。「何をするのだ」と誰が言いえよう。
ヨブ 9:13 神は怒りを抑えられることなく/ラハブに味方する者も/神の足もとにひれ伏すであろう。
この様に、ヨブは神様がいかに力ある方であるかを十分に知っているのです。山を動かし大地を揺り動かし、星も太陽も支配し、星の数々を造られた。神様の力は測りがたく、不思議な業をなされる。神様は何でもできる方なので神様が奪い去るのに誰がそれを取り戻すことが出来ようか。何をするのだと文句が言えるだろうか言うのです。だから神様がどんなことをしようと自分は全く無力なのは、分かっていると言っているのです。
この様に神様に対して自分が無力であることを語った後で、ヨブは自分の気持ちを言うのです。神様がどんなに偉大でも、私にも自分の気持ちがあるのだとばかりこう言ったのです。14節から22節です。
ヨブ 9:14 わたしのようなものがどうして神に答え/神に対して言うべき言葉を選び出せよう。
ヨブ 9:15 わたしの方が正しくても、答えることはできず/わたしを裁く方に憐れみを乞うだけだ。
ヨブ 9:16 しかし、わたしが呼びかけても返事はなさるまい。わたしの声に耳を傾けてくださるとは思えない。
ヨブ 9:17 神は髪の毛一筋ほどのことでわたしを傷つけ/理由もなくわたしに傷を加えられる。
ヨブ 9:18 息つく暇も与えず、苦しみに苦しみを加えられる。
ヨブ 9:19 力に訴えても、見よ、神は強い。正義に訴えても/証人となってくれるものはいない。
ヨブ 9:20 わたしが正しいと主張しているのに/口をもって背いたことにされる。無垢なのに、曲がった者とされる。
ヨブ 9:21 無垢かどうかすら、もうわたしは知らない。生きていたくない。
ヨブ 9:22 だからわたしは言う、同じことなのだ、と/神は無垢な者も逆らう者も/同じように滅ぼし尽くされる、と。
この様に、ヨブは全能の神の前にあっては、言いたいことがあっても一体どのように言うことが出来るだろう。じぶんは正しいと思っていてもそのことを語る言葉が見つからない。だからただ神様に憐れみを乞うだけになってしまう。
例え言葉が見つかって、神様に呼び掛けても返事をしてくれないだろう。そう言って、自分の苦しい思いを語りだすのです。神様はほんのちょっとしたことで、私を傷つけ、理由もなく私に傷を加えられる。息つく暇も与えず、苦しみに苦しみを加えられる、と今のヨブの苦しい状況を語り、神様がヨブに対して、無情な仕打ちをしていることを恨んでいるのです。
そして、ヨブは本音を語り始めます。神様の暴力に逆らおうとしても、神様の力は強すぎ、自分は正しいと訴えても神様に対して自分の証人になってくれる者はいない。私が正しいと言えばそれは神に背いていると言われ、曲がったものと言われる。こうなると、自分が無垢なのか曲がったものなのかもわからなくなる。もう生きていたくない。そうヨブは訴えるのです。何故ならば神様は、無垢なものも逆らうものも同じように、苦しみを与え、滅ぼし尽くされるのだから、もうどっちでも同じことになってしまう。もう生きていたくないのだとヨブは叫ぶのです。
転
そしてヨブはこのように結論付けるのです。22節から31節です。
ヨブ 9:22 だからわたしは言う、同じことなのだ、と/神は無垢な者も逆らう者も/同じように滅ぼし尽くされる、と。
ヨブ 9:23 罪もないのに、突然、鞭打たれ/殺される人の絶望を神は嘲笑う。
ヨブ 9:24 この地は神に逆らう者の手にゆだねられている。神がその裁判官の顔を覆われたのだ。ちがうというなら、誰がそうしたのか。
ヨブ 9:25 わたしの人生の日々は/飛脚よりも速く飛び去り/幸せを見ることはなかった。
ヨブ 9:26 葦の小舟に乗せられたかのように流れ去り/獲物を襲う鷲のように速い。
ヨブ 9:27 嘆きを忘れよう/この有様を離れて立ち直りたいと言ってみても
ヨブ 9:28 苦しみの一つ一つがわたしに危惧を抱かせ/無罪と認めてもらえないことがよく分かる。
ヨブ 9:29 わたしは必ず罪ありとされるのだ。なぜ、空しく労することがあろうか。
ヨブ 9:30 雪解け水でからだを洗い/灰汁で手を清めても
ヨブ 9:31 あなたはわたしを汚物の中に沈め/着ているものさえわたしにはいとわしい。
この様にヨブは結論付けました。だからわたしは言う、同じことなのだ、と/神は無垢な者も逆らう者も/同じように滅ぼし尽くされる、と。これは大きな災害などがあって、良い人も悪い人も皆死んでしまったりすると、神も仏もある者か、みんな死んでしまうだけではないかと思う気持ちと同じだと思います。ですがヨブの違う所は、神様はいないのではないかというのではなく、神様がいてもみな滅ぼされてしまうと言っているところなのです。たとえ良い人であっても、罪もないのに、突然、鞭打たれ/殺される人の絶望を神は嘲笑うと思っているところなのです。ヨブは神様に絶望しているのです。どんなに良いことをしても、神様は鞭うたれ、殺される。この様なことを嘆いてもしょうがない、嘆く事を忘れよう。立ち直りたいと思っても、無罪と認めてもらえないことはわかっている。必ず罪ありとされるのだ。もう何をしても無駄だ。そのようにヨブは神様に対して絶望しているのです。
この様に、神様に絶望しているヨブですが、最後の力を振り絞って、神様に言い返してみようと思うのです。たとえどんなことになっても自分の正当性を主張してみようと思うのです。32節から35節です。
ヨブ 9:32 このように、人間ともいえないような者だが/わたしはなお、あの方に言い返したい。あの方と共に裁きの座に出ることができるなら
ヨブ 9:33 あの方とわたしの間を調停してくれる者/仲裁する者がいるなら
ヨブ 9:34 わたしの上からあの方の杖を/取り払ってくれるものがあるなら/その時には、あの方の怒りに脅かされることなく
ヨブ 9:35 恐れることなくわたしは宣言するだろう/わたしは正当に扱われていない、と。
ヨブは、力を振り絞ってこう言いました。このように、人間ともいえないような者だが/わたしはなお、あの方に言い返したい。と言ったのです。言ってもしょうがない、言っても傷つけられるだけだと知っていながら、私はなお、あの方に言い返したいと言ったのです。それは神様と自分という関係ではとても言えないが、正式な裁判のように、私と神様の間を正当に裁いてくれる方がいて、調整してくださり、私が何でもいえるように、神様の力を私から取り除いてくれるなら、その時には神様の怒りに脅かされることなく恐れることなく、こう言うであろう。私は正当に扱われていない、と。この様にヨブは自分の正当性を語るのに、神様と自分を裁判にかけて、対等に論ずる場が出来るなら、恐れることなく、私は正当に扱われていない、とはっきり言うであろうと言ったのです。何という強さでしょうか。力では歯が立たなくても、正しく自分を裁いてくれる人がいるならが、神の前でも、神様は自分を正当に扱われていないと主張するだろうと言っているのです。
結
ヨブは本音を言いました。神様の力があまりにも強すぎるために、神様に対して何を言っても無駄であるが、もし自分と神様の間を裁き調停してくれる人がいるならば、私は自分は正当に扱われていないと、神様の前でもいうだろうと言うのです。何でも神様の言う通りですと従うのではなく、たとえ神様に対してでも自分の主張をする、と言うことなのです。これはどのような考え方に発展するのでしょうか。神様が裁かれることがありうるのでしょうか。この調停者というのが、イエス様のことを指しており、苦しむものがイエス様を通して神様にとりなしをしてもらうと言うことが出来ると言うことでしょうか。そのことは、この先に期待します。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様、ヨブはエリファズやビルダドの言うことは十分知っており神様に対して自分が何の抵抗もできない小さなものであることを知っていました。その中で、神様の前では善人も悪人も同じなのかと絶望し、死んでしまいたいとさえ思っていました。ですが、もし神様との間を仲裁し裁判のように語ることが出来るなら、その前では私は正当に扱われていないと主張すると言いました。たとえ神様の力を知っていても、たとえ自分の無力を知っていても自分が本当に思っている自分の正当性を、主張しようとしているヨブの強さを思います。
どうか神様、私達も、自分の気持ちをごまかすことなく、神様に真っすぐに向かって、自分の思いを語り、自分を本分を生かしていくものでありますように。その中であなたに委ねていくものでありますように。この祈りを主、イエスキリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(旧約聖書:◇ヨブ記:)>>
ヨブ 9:1 ヨブは答えた。
ヨブ 9:2 それは確かにわたしも知っている。神より正しいと主張できる人間があろうか。
ヨブ 9:3 神と論争することを望んだとしても/千に一つの答えも得られないだろう。
ヨブ 9:4 御心は知恵に満ち、力に秀でておられる。神に対して頑になりながら/なお、無傷でいられようか。
ヨブ 9:5 神は山をも移される。怒りによって山を覆されるのだと誰が知ろう。
ヨブ 9:6 神は大地をその立つ所で揺り動かし/地の柱は揺らぐ。
ヨブ 9:7 神が禁じられれば太陽は昇らず/星もまた、封じ込められる。
ヨブ 9:8 神は自ら天を広げ、海の高波を踏み砕かれる。
ヨブ 9:9 神は北斗やオリオンを/すばるや、南の星座を造られた。
ヨブ 9:10 神は計り難く大きな業を/数知れぬ不思議な業を成し遂げられる。
ヨブ 9:11 神がそばを通られてもわたしは気づかず/過ぎ行かれてもそれと悟らない。
ヨブ 9:12 神が奪うのに誰が取り返せよう。「何をするのだ」と誰が言いえよう。
ヨブ 9:13 神は怒りを抑えられることなく/ラハブに味方する者も/神の足もとにひれ伏すであろう。
ヨブ 9:14 わたしのようなものがどうして神に答え/神に対して言うべき言葉を選び出せよう。
ヨブ 9:15 わたしの方が正しくても、答えることはできず/わたしを裁く方に憐れみを乞うだけだ。
ヨブ 9:16 しかし、わたしが呼びかけても返事はなさるまい。わたしの声に耳を傾けてくださるとは思えない。
ヨブ 9:17 神は髪の毛一筋ほどのことでわたしを傷つけ/理由もなくわたしに傷を加えられる。
ヨブ 9:18 息つく暇も与えず、苦しみに苦しみを加えられる。
ヨブ 9:19 力に訴えても、見よ、神は強い。正義に訴えても/証人となってくれるものはいない。
ヨブ 9:20 わたしが正しいと主張しているのに/口をもって背いたことにされる。無垢なのに、曲がった者とされる。
ヨブ 9:21 無垢かどうかすら、もうわたしは知らない。生きていたくない。
ヨブ 9:22 だからわたしは言う、同じことなのだ、と/神は無垢な者も逆らう者も/同じように滅ぼし尽くされる、と。
ヨブ 9:23 罪もないのに、突然、鞭打たれ/殺される人の絶望を神は嘲笑う。
ヨブ 9:24 この地は神に逆らう者の手にゆだねられている。神がその裁判官の顔を覆われたのだ。ちがうというなら、誰がそうしたのか。
ヨブ 9:25 わたしの人生の日々は/飛脚よりも速く飛び去り/幸せを見ることはなかった。
ヨブ 9:26 葦の小舟に乗せられたかのように流れ去り/獲物を襲う鷲のように速い。
ヨブ 9:27 嘆きを忘れよう/この有様を離れて立ち直りたいと言ってみても
ヨブ 9:28 苦しみの一つ一つがわたしに危惧を抱かせ/無罪と認めてもらえないことがよく分かる。
ヨブ 9:29 わたしは必ず罪ありとされるのだ。なぜ、空しく労することがあろうか。
ヨブ 9:30 雪解け水でからだを洗い/灰汁で手を清めても
ヨブ 9:31 あなたはわたしを汚物の中に沈め/着ているものさえわたしにはいとわしい。
ヨブ 9:32 このように、人間ともいえないような者だが/わたしはなお、あの方に言い返したい。あの方と共に裁きの座に出ることができるなら
ヨブ 9:33 あの方とわたしの間を調停してくれる者/仲裁する者がいるなら
ヨブ 9:34 わたしの上からあの方の杖を/取り払ってくれるものがあるなら/その時には、あの方の怒りに脅かされることなく
ヨブ 9:35 恐れることなくわたしは宣言するだろう/わたしは正当に扱われていない、と。