家庭礼拝 2025年2月12日 ヨブ記 3:1-26 ヨブの嘆き
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起
今日の三章ではヨブの激しい嘆きが書かれています。文体も一章二章の様に物語風ではなく、ヨブの心の思いを詩のような形で、書き綴られています。2章までは穏やかに、どんな苦しみにあっても、主は与え主は奪う、主の御名は褒め称えられよと言い、私達は神から幸福をいただいたのだから不幸もいただこうではないかとすべての苦しみを受け入れて、決して神様を呪うようなことはしなかったのです。
ですが3章は違うのです。神様を直接呪うようなことはしませんでしたが、自分の生まれたことを呪い、死ぬことを願い、生きていることに疑問を感じ、死にたくても死ねない苦しみ、やり場のない苦しみを語っているのです。
これは神様を呪わず、自分を呪っているように見えますが、実際には神様を呪っているのです。どうして神様は私を生まれさせたのですか、どうしてこんな目にあっても生きなければならないのですか、どうして死なせてくださらないのですかということを、直接神様にぶつけることが出来ず、そのやり場のない苦しみを自分にたたきつけているのです。これは2章までのヨブとはずいぶん違った印象です。ですが、本当に、ヨブの様な災難にあったなら、そのように思うのは当然のような気もします。この三章はヨブが、ただただ、その生きていることを嘆いているだけなので、説明しようもないところがあるのですが、言葉を追って、読んでいきたいと思います。
承
さて、三人の友人がヨブの見まいに来たのですが、その無残な姿に、声をかけることもできず、嘆きの声をあげて、七日七晩ヨブと共に地面に座っていました。ヨブの苦痛を見ると声もかけられなかったのです。ですが、七日七晩過ぎた後、ヨブはその中で口を開きました。友人たちがそこにいることを知って、語ったのだと思います。1節から4節です。
ヨブ 3:1 やがてヨブは口を開き、自分の生まれた日を呪って、
ヨブ 3:2 言った。
ヨブ 3:3 わたしの生まれた日は消えうせよ。男の子をみごもったことを告げた夜も。
ヨブ 3:4 その日は闇となれ。神が上から顧みることなく/光もこれを輝かすな。
この様に、ヨブが最初に語った言葉は、友人に対する挨拶ではありません。いきなり自分の生まれた日を呪ったのです。そして言った言葉は、私の生まれた日は消え失せよ、その日は闇となれ、神が顧みることもなく、光もこれを輝かすなと言ったのです。これは 単に自分が生まれてこなければよかったと言うことではなく、私は生まれてしまったけれども、その事実を知っている人はみなそのことを忘れてしまえ、神によって祝福されたその日を、祝福されなかったものとして、何もなかったことにしてしまえと言っているのです。これはこの世にヨブの命を与えた神様に激しい恨みを持っているような言い方なのです。ですがそのことを正面切って言っているわけではないのです。
そしてさらにヨブは、自分の生まれたことを呪ってこう言うのです。5節から10節です。
ヨブ 3:5 暗黒と死の闇がその日を贖って取り戻すがよい。密雲がその上に立ちこめ/昼の暗い影に脅かされよ。
ヨブ 3:6 闇がその夜をとらえ/その夜は年の日々に加えられず/月の一日に数えられることのないように。
ヨブ 3:7 その夜は、はらむことなく/喜びの声もあがるな。
ヨブ 3:8 日に呪いをかける者/レビヤタンを呼び起こす力ある者が/その日を呪うがよい。
ヨブ 3:9 その日には、夕べの星も光を失い/待ち望んでも光は射さず/曙のまばたきを見ることもないように。
ヨブ 3:10 その日が、わたしをみごもるべき腹の戸を閉ざさず/この目から労苦を隠してくれなかったから。
この様に、ヨブは、その自分の生まれた日を、暗黒と死の闇がその日を贖って取り戻すがよいと言いました。神様は死を贖って、命と光を与えてくださる方なのですが、ここではその反対に、暗黒と死の闇が、その生まれた日を贖って取り戻せと言うのです。その生まれた日の一日は存在しなかったものとなればよいと言うのです。ここでレビヤタンという海の怪獣が出てきますが、これは神に敵対するサタンのようなものです。そのレビヤタンを使ってでも、その日を呪い、何の喜びも光も希望もないものとせよと言っているのです。
転
10節までは、ヨブのやり場のない怒りが、自分自身にぶつけられ、生まれてきたことを呪い、その日が無くなればよいと激しく語っていたのですが、11節からはその怒りが、なぜ、なぜとこの苦しみの中でも生きなければならない不条理を思って問い続けるのです。11節から22節です。
ヨブ 3:11 なぜ、わたしは母の胎にいるうちに/死んでしまわなかったのか。せめて、生まれてすぐに息絶えなかったのか。
ヨブ 3:12 なぜ、膝があってわたしを抱き/乳房があって乳を飲ませたのか。
ヨブ 3:13 それさえなければ、今は黙して伏し/憩いを得て眠りについていたであろうに。
ヨブ 3:14 今は廃虚となった町々を築いた/地の王や参議らと共に
ヨブ 3:15 金を蓄え、館を銀で満たした諸侯と共に。
ヨブ 3:16 なぜわたしは、葬り去られた流産の子/光を見ない子とならなかったのか。
ヨブ 3:17 そこでは神に逆らう者も暴れ回ることをやめ/疲れた者も憩いを得
ヨブ 3:18 捕われ人も、共にやすらぎ/追い使う者の声はもう聞こえない。
ヨブ 3:19 そこには小さい人も大きい人も共にいて/奴隷も主人から自由になる。
ヨブ 3:20 なぜ、労苦する者に光を賜り/悩み嘆く者を生かしておかれるのか。
ヨブ 3:21 彼らは死を待っているが、死は来ない。地に埋もれた宝にもまさって/死を探し求めているのに。
ヨブ 3:22 墓を見いだすことさえできれば/喜び躍り、歓喜するだろう
この様に、ここではヨブは四回の何故を繰り返して、自分が生きなければならない理由、まだ死んでいない理由を探し求めています。最初の何故は、生まれる前に母の胎の中で死ななかったのはなぜなのかということです。次の何故は生まれた後で、どうして、乳を飲ませて生かしてくれたのか、ということです。3番目の何故は、一番目と同じことですが、生まれる前に流産で出て葬られなかったのかということです。そうすれば、神に逆らうことも、疲れることも、囚われて奴隷となくこともなく、憩いを得ることが出来たであろうにと、死ぬことを願っているのです。4番目の何故は、労苦する者に、神様の恵みが与えられ、苦難に悩み嘆くものを生かしておられるのはなぜなのかと問うているのです。死ぬのを待っているのにどうして死ぬことが出来ないのか。死ぬことの方がよほどよいと思って願い求めているのに、と言っているのです。
ここでヨブは何故何故と自分が苦しみの中でも生きなければならないことを尋ねているのですが、これはまだ神様に尋ねているわけではありません。自分に問いかけているのです。ですがその裏にはなぜ神様はこのように苦しみ悩む人生を人間に与えて、生かしているのかという問いかけがあるのです。この様な苦しみの人生を生きるくらいなら、生まれなかったほうが良いし、死んだほうがましなのに、なぜ神様は私達を生かし続けるのですかという、激しい問いかけがその中にはあるのです。ですがヨブは信仰深い人なので、神様に何故と問いかけることは神様を非難することになり、呪うことになるから、自分自身に対して言っているのです。ヨブがこの様な苦しみの中でも死ぬことが出来ずにいるのは、神様が、サタンに、「彼をお前のいいようにするがよい。ただし、命だけは奪うな。」と命じているからなのです。
この様な何故と問いかけをしても行き場のない怒りを感じるヨブは、次のような思いを抱いていたのでした。23節から26節です。
ヨブ 3:23 行くべき道が隠されている者の前を/神はなお柵でふさがれる。
ヨブ 3:24 日ごとのパンのように嘆きがわたしに巡ってくる。湧き出る水のようにわたしの呻(うめ)きはとどまらない。
ヨブ 3:25 恐れていたことが起こった/危惧していたことが襲いかかった。
ヨブ 3:26 静けさも、やすらぎも失い/憩うこともできず、わたしはわななく。
ヨブはこのように思っていたのでした。ヨブはどこに行ったらよいかわからなかったのでした。それなのに神様は、ヨブに前に進むことすら許してくれなかったのです。毎日お腹がすくように、毎日嘆きがやってきます。湧き出る水のように、ヨブの呻きは尽きることはなかったのです。生きることに苦しみ、死ぬことも許されないヨブの人生を、ヨブは激しい怒りをもって呪っているのです。
結
あのように満ち足りて穏やかだったヨブは、この七日七晩のうちに変わってしまったのでしょうか。激しい苦しみの中で、死ぬこともできず呻いている自分の人生を呪って、生まれてこなければよかった、死んでしまえばどんなにうれしい事だろうかと嘆いているのです。これはヨブの飾りのない本心なのです。でもまだ、ヨブは神様を呪うことはしません。自殺することもしません。本当はヨブの妻が言うように、神様を呪って、死んでしまいたいのですが、それもできず、その苦しみの中で呻いているのです。この問題を一体どのように解決することが出来るのでしょうか。まだまだこの物語は続きます。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様。全てを受け入れて神様を決して呪わなかったヨブでしたが、七日七晩の苦しみの後、ヨブは本心から自分が生まれてきたことを呪い、自分が生きていることを呪って、死ぬことがどんなに喜ばしいものかというところまで追い詰められました。普通ならば、神を呪い全てを呪って、自殺するでしょう。ですが神様がヨブを生かすように命じているので、ヨブは死ぬことはできません。ですが、新約聖書のコリント前書では
1コリ 10:13 あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。
この様に、試練の中にあって逃れる道をあなたが備えてくださっていることを信じて、あなたに委ねて歩ませてください。
この祈りを主、イエスキリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(旧約聖書:◇ヨブ記:)>>
◆ヨブの嘆き
ヨブ 3:1 やがてヨブは口を開き、自分の生まれた日を呪って、
ヨブ 3:2 言った。
ヨブ 3:3 わたしの生まれた日は消えうせよ。男の子をみごもったことを告げた夜も。
ヨブ 3:4 その日は闇となれ。神が上から顧みることなく/光もこれを輝かすな。
ヨブ 3:5 暗黒と死の闇がその日を贖って取り戻すがよい。密雲がその上に立ちこめ/昼の暗い影に脅かされよ。
ヨブ 3:6 闇がその夜をとらえ/その夜は年の日々に加えられず/月の一日に数えられることのないように。
ヨブ 3:7 その夜は、はらむことなく/喜びの声もあがるな。
ヨブ 3:8 日に呪いをかける者/レビヤタンを呼び起こす力ある者が/その日を呪うがよい。
ヨブ 3:9 その日には、夕べの星も光を失い/待ち望んでも光は射さず/曙のまばたきを見ることもないように。
ヨブ 3:10 その日が、わたしをみごもるべき腹の戸を閉ざさず/この目から労苦を隠してくれなかったから。
ヨブ 3:11 なぜ、わたしは母の胎にいるうちに/死んでしまわなかったのか。せめて、生まれてすぐに息絶えなかったのか。
ヨブ 3:12 なぜ、膝があってわたしを抱き/乳房があって乳を飲ませたのか。
ヨブ 3:13 それさえなければ、今は黙して伏し/憩いを得て眠りについていたであろうに。
ヨブ 3:14 今は廃虚となった町々を築いた/地の王や参議らと共に
ヨブ 3:15 金を蓄え、館を銀で満たした諸侯と共に。
ヨブ 3:16 なぜわたしは、葬り去られた流産の子/光を見ない子とならなかったのか。
ヨブ 3:17 そこでは神に逆らう者も暴れ回ることをやめ/疲れた者も憩いを得
ヨブ 3:18 捕われ人も、共にやすらぎ/追い使う者の声はもう聞こえない。
ヨブ 3:19 そこには小さい人も大きい人も共にいて/奴隷も主人から自由になる。
ヨブ 3:20 なぜ、労苦する者に光を賜り/悩み嘆く者を生かしておかれるのか。
ヨブ 3:21 彼らは死を待っているが、死は来ない。地に埋もれた宝にもまさって/死を探し求めているのに。
ヨブ 3:22 墓を見いだすことさえできれば/喜び躍り、歓喜するだろうに。
ヨブ 3:23 行くべき道が隠されている者の前を/神はなお柵でふさがれる。
ヨブ 3:24 日ごとのパンのように嘆きがわたしに巡ってくる。湧き出る水のようにわたしの呻きはとどまらない。
ヨブ 3:25 恐れていたことが起こった/危惧していたことが襲いかかった。
ヨブ 3:26 静けさも、やすらぎも失い/憩うこともできず、わたしはわななく。