家庭礼拝 2025年1月22日 列王記下 25:1-30 エルサレムの陥落
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起
今日で列王記下は終わります。列王記上がダビデの死から始まり、最後は預言者ミカヤとアハブ王の死でした。そして列王記下は預言者エリヤとイスラエルの王アハズヤから始まって、エルサレムの陥落で終わるのです。この様にしてダビデ以降のイスラエルとユダの歴史をその王を中心にしてみてきました。それが列王記です。
ここに書かれているのは王様たちの歴史ですが、本当に伝えようとしているのは、その王たちが主に対してどのように歩んだかなのです。主の御前に正しいことを行った王と、主の御前に悪とみられることを行った王がかかれているのです。そして悪を行った王の報いがその何代もあとになって主の裁きとして、災いが起こったりしているのです。
エルサレムの滅亡も、直接的にはマナセ王が主の眼に悪とされることをことごとく行った報いとして与えられていると言うことが何度も出てきます。そのほかにもいろいろ悪を行った王はいたのですが、すべてはこのマナセ王の罪に行きあたるのです。
そしてユダ王国の最後は、ゼデキヤ王が、その最後の幕引きを行い、その王子たちと共にみじめな最期を遂げることになるのです。
ですがその最後に、少しだけ希望の光がさしていることが分かります。王になってたった3か月でバビロンの王ネブガドネツァルに捕囚としてバビロンに連れてこられ、それからずっと37年間も牢に入れられていたのですが、新しくバビロンの王になったエビル・メロダク王によって情けをかけられて、出獄することが出来たのです。そして手厚くもてなされ、毎日欠かさず王と食事を共にすることが出来たのです。これはイスラエルの復活を希望させる事柄で終わっているのです。
承
さて、エルサレム陥落の話はこのように書かれています。1節から6節です。
王下 25:1 ゼデキヤの治世第九年の第十の月の十日に、バビロンの王ネブカドネツァルは全軍を率いてエルサレムに到着し、陣を敷き、周りに堡塁を築いた。
王下 25:2 都は包囲され、ゼデキヤ王の第十一年に至った。
王下 25:3 その月の九日に都の中で飢えが厳しくなり、国の民の食糧が尽き、
王下 25:4 都の一角が破られた。カルデア人が都を取り巻いていたが、戦士たちは皆、夜中に王の園に近い二つの城壁の間にある門を通って逃げ出した。王はアラバに向かって行った。
王下 25:5 カルデア軍は王の後を追い、エリコの荒れ地で彼に追いついた。王の軍隊はすべて王を離れ去ってちりぢりになった。
王下 25:6 王は捕らえられ、リブラにいるバビロンの王のもとに連れて行かれ、裁きを受けた。
この様に最後の王ゼデキヤの9年目の時に、バビロンの王が大軍を率いてエルサレムを包囲したのです。今までも何度か包囲されては、捕囚にされて行ったのですが、今回もゼデキヤ王が、バビロンに対して、反抗的なことをしたのだと思います。24章の最後には、ゼデキヤはバビロンの王に反旗を翻したと書かれています。エルサレムは難攻不落の城壁があったので、大丈夫だろうと思ったのかもしれません。ですが、バビロン王はエルサレムを2年間も包囲して、兵糧攻めを行ったのです。そのためエルサレムでは、食料が尽き、飢えが厳しくなってきたのです。この様な時には、親が子供を煮て食べたようなことも書かれているのです。それほどの激しい飢餓に襲われたのです。
この様な状況だったので、外に出て戦っても勝てる見込みはないし、中に残っていても死ぬのを待つばかりだったので、兵士たちは夜中に王の園に近い二つの城壁の間にある門を通って逃げだしたのです。それは兵士だけでなく、王も逃げ出したのです。するとカルデア軍が王の後を追いかけてきたので、兵士たちは皆王を守るどころか、王を置いて逃げだしたのです。この様にして、王はとらえられて、バビロン王のもとに連れていかれて、裁きを受けたのです。
この後、王とエルサレムはどうなったでしょうか。7節から12節です。
王下 25:7 彼らはゼデキヤの目の前で彼の王子たちを殺し、その上でバビロンの王は彼の両眼をつぶし、青銅の足枷をはめ、彼をバビロンに連れて行った。
王下 25:8 第五の月の七日、バビロンの王ネブカドネツァルの第十九年のこと、バビロンの王の家臣、親衛隊の長ネブザルアダンがエルサレムに来て、
王下 25:9 主の神殿、王宮、エルサレムの家屋をすべて焼き払った。大いなる家屋もすべて、火を放って焼き払った。
王下 25:10 また親衛隊の長と共に来たカルデア人は、軍をあげてエルサレムの周囲の城壁を取り壊した。
王下 25:11 民のうち都に残っていたほかの者、バビロンの王に投降した者、その他の民衆は、親衛隊の長ネブザルアダンによって捕囚とされ、連れ去られた。
王下 25:12 この地の貧しい民の一部は、親衛隊の長によってぶどう畑と耕地にそのまま残された。
この様に、ユダ王国最後の王ゼデキヤは捕らえられ、彼の息子たちは目の前で殺され、そのうえで、王の両眼はつぶされ、青銅の足かせをはめられて、バビロンに連れていかれたのです。何というみじめな姿でしょうか。ひと思いに殺されたほうがよほどよかったことでしょう。その後エルサレムは完全に破壊されるのですがすぐではなかったのです。エルサレムが包囲されて二年目に王たちが捕らえられたのですが、それから8年たった後に、バビロン王の家臣親衛隊長がエルサレムにやってきて、エルサレムの神殿も、王宮も、すべての家も全部焼き払ったのです。さらにエルサレムの城壁まで取り壊したのです。これでエルサレムは完全に破壊され消滅したのです。そこに残っていた人たちは再び捕囚としてバビロンに連れ去られ、貧しい民の一部だけがぶどう畑と耕地に残されたのです。
奪い去られたのは人だけではありません。エルサレムに残されたもので価値のあるものは全部奪い去られたのです。13節から17節です。
王下 25:13 カルデア人は主の神殿の青銅の柱、台車、主の神殿にあった青銅の「海」を砕いて、その青銅をバビロンへ運び去り、
王下 25:14 壺、十能、芯切り鋏、柄杓など、祭儀用の青銅の器をことごとく奪い取った。
王下 25:15 また親衛隊の長は、火皿、鉢など、金製品も銀製品もすべて奪い取った。
王下 25:16 ソロモンが主の神殿のために作らせた二本の柱、一つの「海」、台車についていえば、これらすべてのものの青銅の重量は量りきれなかった。
王下 25:17 一本の柱の高さは十八アンマで、その上に青銅の柱頭があり、その柱頭の高さが三アンマ、柱頭の周りには格子模様の浮き彫りとざくろがあって、このすべてが青銅であった。もう一本の柱も格子模様の浮き彫りまで同様に出来ていた。
この様に奪い去られるのですが、奪い去って行った人たちは二種類あって、一つはカルデア人と呼ばれる人たち、もう一つは親衛隊の長です。このカルデア人と呼ばれる人たちはバビロンに住む民間人で、軍隊と共についてきて、エルサレムにある金目のものは持って行ってもいいと言われて取りに来た人たちだと思います。この人たちは主に神殿で使われた、青銅の金属を、あるものは道具として、あるものは材料として砕いて持って行ったのです。その重量は測りきれないほど豊富にあったのです。親衛隊長の方は、金や銀で作られた貴金属の品物を奪い取って行ったのです。この様にして、残された価値あるものは全部奪い去られてしまいました。
捕らえられた者たちの中には捕囚としてバビロンに連れていかれたものだけでなく、捕らえられてバビロン王のもとに連れていかれて殺された者たちもいました。それは神殿に仕える主だった者達や、王の側近の者たち、税を集める重要な仕事をする者達や地方の責任者たちなどはことごとく殺されたのです。これで政治的にも、宗教的にも二度と立ち上がれないように、破壊しつくされ、殺されたのです。
転
これほど破壊し尽くされても、まだ悲劇は続きました。バビロンの王はユダの地に残されたわずかな貧しい人々統治するために、イスラエル人のゲダルヤを総督として立てました。この時はエルサレムはもう首都としての機能が無くなったので総督はミツパというところにいました。するとそのことを聞きつけた、地方にいたすべての軍の長たちは部下と共にミツパにいるケダルヤのもとに集まってきたのです。また反乱を起こそうと思ってやってきたのです。ですがこの時には軍と言っても主だった人たちはみなバビロンに捕囚となって連れていかれているので、まともな形の軍の組織はなかったはずなのです。10人とか20人の武装集団と言った感じかもしれません。
この集まってきた人たちの不穏な動きを感じたゲダルヤは、彼らとその部下たちに誓って言ったのです。「カルデア人の役人を恐れてはならない。この地にとどまり、バビロンの王に仕えなさい。あなたたちは幸せになる。」この様に言って説得したのですが、彼らは納得しませんでした。反って、ゲダルヤを裏切り者だと思って、王族の一人であったエリシャマの孫でネタンヤの子であるイシュマエルが、十人の部下を率いて来てゲダルヤを打ち殺したのです。彼と共にミツパにいたユダの人々もカルデア人も打ち殺されたのです。これではまた、バビロンに対して反乱を起こしたことになるので、カルデア人の復讐を畏れて、ユダヤ人たちはすぐに、エジプトに逃れるために出発したのです。そこにはユダの軍の長たちもそれを畏れて逃げ出したのです。
これでエルサレムと、ユダの滅亡は徹底的なものとなったのですが、この列王記の最後に、少しだけ希望が見える話が添えられました。それはバビロンで捕囚となっていたヨヤキン王が捕囚から解放されたのです。27節から30節です。これが最後の文章です。
王下 25:27 ユダの王ヨヤキンが捕囚となって三十七年目の第十二の月の二十七日に、バビロンの王エビル・メロダクは、その即位の年にユダの王ヨヤキンに情けをかけ、彼を出獄させた。
王下 25:28 バビロンの王は彼を手厚くもてなし、バビロンで共にいた王たちの中で彼に最も高い位を与えた。
王下 25:29 ヨヤキンは獄中の衣を脱ぎ、生きている間、毎日欠かさず王と食事を共にすることとなった。
王下 25:30 彼は生きている間、毎日、日々の糧を常に王から支給された。
この様に最後はヨヤキン王の話で終わるのですが、このヨヤキン王というのは、すでにバビロンの属国となっていたユダの王ヨヤキムの息子ですが、この父親が起こした反逆のために、父親が死んで、息子のヨヤキンが18才で王になるとその三か月後に、バビロンの王の遣わした武将たちに攻め込まれ、包囲されて、抵抗することなく捕らえられてしまったのです。そしてバビロンに連れていかれて捕囚となっていたのです。たった三か月で王としての責任を取らされたのですからかわいそうな感じがします。ですが、バビロンの王ネブガドネザルが死に、新しい王エビル・メロダクになると、この王はユダの王ヨヤキンに情けをかけて、彼を出獄させたのです。しかも同じ様に捕らえられてきたほかの王たちよりも、高い位を与えて特別待遇の毎日欠かさず王と食事を共にする身分としたのです。この様にして、この捕囚となっていたヨヤキン王はその後生きている間、このような食事をとることが出来たと言うことで、何か、イスラエルの復活を予感させる終わり方になっているのです。
結
エジプトとバビロンの大国に挟まれた小国ユダはその中で揺れ動きながら屈辱を受け時には反抗して、攻め込まれては、人と財産を持っていかれました。当時の人たちはどんな悔しい辛い思いをしたことでしょうか。それでも人々は主に立ち返ることはしませんでした。多くの苦しい時を主の導きによって切り抜けてきた国ですが、主に仕えることのできた王はヨシヤが最後でその後は皆主の眼に悪とされることをしてきたのです。その一番は主に頼るのではなく、異国の神を祭って、それに頼ると言うことだったのです。イスラエル民族の運命は、主に対する思いがどれだけ誠実であったか、忠実であったかによって大きく左右されてきたのです。北イスラエルは滅び、ユダ王国も滅んでイスラエル民族の国はなくなりました。ですが、バビロン捕囚の中にあっても一部の人たちはその主に対する信仰をもち続け、エルサレム再建に道が開かれることになるのです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様、エルサレムは滅びました。バビロンの徹底的な破壊によって、完全な廃墟となるまで人も建物も破壊しつくされました。イスラエル民族の人たちが主に立ち返ることをしなかったために、主がバビロンを用いて、エルサレムを破壊し、人々を異国に引き渡したのです。これを行ったのはバビロンではなく主なのです。ですから、主に対する忠実がまた主の憐れみを受けるものにふさわしくなるまで、その捕囚は続くのです。その間人々はずっと神様の御心について考えたに違いありません。そして神様の御心がどこにあったのかどうしてエルサレムは滅んだのかを考え続けたのです。すべてのことが良いことも悪いこともすべて神様からくるものであると言うことを、私達もまた、謙遜な思いで受け止めていきたいと思うのです。
この祈りを主、イエスキリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(旧約聖書:◇◇列王記下:)>>
◆エルサレムの陥落
王下 25:1 ゼデキヤの治世第九年の第十の月の十日に、バビロンの王ネブカドネツァルは全軍を率いてエルサレムに到着し、陣を敷き、周りに堡塁を築いた。
王下 25:2 都は包囲され、ゼデキヤ王の第十一年に至った。
王下 25:3 その月の九日に都の中で飢えが厳しくなり、国の民の食糧が尽き、
王下 25:4 都の一角が破られた。カルデア人が都を取り巻いていたが、戦士たちは皆、夜中に王の園に近い二つの城壁の間にある門を通って逃げ出した。王はアラバに向かって行った。
王下 25:5 カルデア軍は王の後を追い、エリコの荒れ地で彼に追いついた。王の軍隊はすべて王を離れ去ってちりぢりになった。
王下 25:6 王は捕らえられ、リブラにいるバビロンの王のもとに連れて行かれ、裁きを受けた。
王下 25:7 彼らはゼデキヤの目の前で彼の王子たちを殺し、その上でバビロンの王は彼の両眼をつぶし、青銅の足枷をはめ、彼をバビロンに連れて行った。
王下 25:8 第五の月の七日、バビロンの王ネブカドネツァルの第十九年のこと、バビロンの王の家臣、親衛隊の長ネブザルアダンがエルサレムに来て、
王下 25:9 主の神殿、王宮、エルサレムの家屋をすべて焼き払った。大いなる家屋もすべて、火を放って焼き払った。
王下 25:10 また親衛隊の長と共に来たカルデア人は、軍をあげてエルサレムの周囲の城壁を取り壊した。
王下 25:11 民のうち都に残っていたほかの者、バビロンの王に投降した者、その他の民衆は、親衛隊の長ネブザルアダンによって捕囚とされ、連れ去られた。
王下 25:12 この地の貧しい民の一部は、親衛隊の長によってぶどう畑と耕地にそのまま残された。
王下 25:13 カルデア人は主の神殿の青銅の柱、台車、主の神殿にあった青銅の「海」を砕いて、その青銅をバビロンへ運び去り、
王下 25:14 壺、十能、芯切り鋏、柄杓など、祭儀用の青銅の器をことごとく奪い取った。
王下 25:15 また親衛隊の長は、火皿、鉢など、金製品も銀製品もすべて奪い取った。
王下 25:16 ソロモンが主の神殿のために作らせた二本の柱、一つの「海」、台車についていえば、これらすべてのものの青銅の重量は量りきれなかった。
王下 25:17 一本の柱の高さは十八アンマで、その上に青銅の柱頭があり、その柱頭の高さが三アンマ、柱頭の周りには格子模様の浮き彫りとざくろがあって、このすべてが青銅であった。もう一本の柱も格子模様の浮き彫りまで同様に出来ていた。
王下 25:18 親衛隊の長は、祭司長セラヤ、次席祭司ツェファンヤ、入り口を守る者三人を捕らえた。
王下 25:19 また彼は、戦士の監督をする宦官一人、都にいた王の側近五人、国の民の徴兵を担当する将軍の書記官、および都にいた国の民六十人を都から連れ去った。
王下 25:20 親衛隊の長ネブザルアダンは彼らを捕らえて、リブラにいるバビロンの王のもとに連れて行った。
王下 25:21 バビロンの王はハマト地方のリブラで彼らを打ち殺した。こうしてユダは自分の土地を追われて捕囚となった。
◆ユダの統治者ゲダルヤ
王下 25:22 バビロンの王ネブカドネツァルは、彼が残して、ユダの地にとどまった民の上に、シャファンの孫でアヒカムの子であるゲダルヤを総督として立てた。
王下 25:23 すべての軍の長たちはその部下と共に、バビロンの王がゲダルヤを立てて総督としたことを聞き、ミツパにいるゲダルヤのもとに集まって来た。それはネタンヤの子イシュマエル、カレアの子ヨハナン、ネトファ人タンフメトの子セラヤ、マアカ人の子ヤアザンヤとその部下たちであった。
王下 25:24 ゲダルヤは彼らとその部下たちに誓って言った。「カルデア人の役人を恐れてはならない。この地にとどまり、バビロンの王に仕えなさい。あなたたちは幸せになる。」
王下 25:25 ところが第七の月に、王族の一人、エリシャマの孫でネタンヤの子であるイシュマエルが、十人の部下を率いて来てゲダルヤを打ち殺した。彼と共にミツパにいたユダの人々もカルデア人も打ち殺された。
王下 25:26 民は皆、上の者から下の者まで、また軍の長たちも、カルデア人を恐れて、直ちにエジプトに出発した。
◆ヨヤキンの解放
王下 25:27 ユダの王ヨヤキンが捕囚となって三十七年目の第十二の月の二十七日に、バビロンの王エビル・メロダクは、その即位の年にユダの王ヨヤキンに情けをかけ、彼を出獄させた。
王下 25:28 バビロンの王は彼を手厚くもてなし、バビロンで共にいた王たちの中で彼に最も高い位を与えた。
王下 25:29 ヨヤキンは獄中の衣を脱ぎ、生きている間、毎日欠かさず王と食事を共にすることとなった。
王下 25:30 彼は生きている間、毎日、日々の糧を常に王から支給された。