家庭礼拝 2024年11月6日 列王記下 15:1-38 ユダの王アザルヤ
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起
今日の15章には同じ期間で、ユダの王様2人とイスラエルの王様5人のことが書かれています。これはユダ王国が、安定して王位継承を行うことが出来たので、二人で済んだのに対して、イスラエル王国では、謀反を起こして王位を奪うということが続いて非常に不安定な国となってしまって5人もの王が代わったのです。これは北イスラエルの国の末期的な症状で、この後北イスラエルは滅びることになるのです。一方安定してユダ王国ではアザルヤ王が52年間も王位にあって、ユダの王としてはマナセに次いで2番目に長い在位期間でした。この王は、主の目にかなう正しいことをことごとく行ったのですが、思い皮膚病にかかり、隔離された家で生活し、王の支配を行っていたのです。ですが国は混乱もせず、安定していたのです。
一方イスラエルでは、ヤロブアムの子ゼカルヤが王となりましたが、6か月間だけでした。謀反によって殺されたのです。その謀反によって王となったシャルムは王であった期間が1か月間だけでした。メヘナムという人に殺されたのです。このメヘナムは10年間王位にあって、少しは安定したのですが、アッシリアに攻められて、多大な貢物をしたのです。この王は殺されることなく、先祖の墓に入りました。そしてその子ペカフヤが王位を継いだのです。久しぶりの王位継承です。ですがこの王は2年だけでした。また謀反によって殺されたのです。そして新しく王となったのが謀反を起こしたぺカで、イスラエルでは珍しく20年間王位にありました。ですが在位期間の間にアッシリア王が攻めてきたり、また謀反があったりして、殺されました。そして謀反を起こしたホシェアが王となりました。この様に、イスラエルでは謀反によって王権を奪おうとする者たちがたくさんいて、安定的な王位継承は行えなかったのです。王位継承を息子にしたのはメヘナムだけです。ですがその息子はすぐに殺されました。この様に混乱した国になってしまったので、アッシリアも何度も攻めてきては財産を奪い、人質を奪って、イスラエルの国はどんどん衰退していくのです。そして、ホシェアがイスラエル王国、最後の王となるのです。
この二つの王国では典型的に異なる二つのことが起こっていました。それは主に対して、罪を犯していたか、従順に歩んでいたかという二つのことです。北イスラエルが、誰が王になってもいつも、彼は主の目に悪とされることを行い、イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの罪を離れなかった、ということが言われて、その罪から逃れることはできませんでした。その結果いつも謀反と混乱が起こり、国は不安定になっていたのです。
一方ユダ王国では、父が行ったように、主の目にかなう正しいことをことごとく行った、ということが語られ、その信仰が継承されて、神に祝福され、安定した国となっていたのです。親が子に何を伝えるかによって、その一族がどれほど大きな恵みを受けるか災いを受けるかが語られているような気がします。
承
それでは最初は安定している国ユダの王アザルヤです。1節から7節です。
王下 15:1 イスラエルの王ヤロブアムの治世第二十七年に、ユダの王、アマツヤの子アザルヤが王となった。
王下 15:2 彼は十六歳で王となり、五十二年間エルサレムで王位にあった。その母は名をエコルヤといい、エルサレムの出身であった。
王下 15:3 彼は、父アマツヤが行ったように、主の目にかなう正しいことをことごとく行った。
王下 15:4 ただ聖なる高台は取り除かず、民は依然として聖なる高台でいけにえを屠り、香をたいていた。
王下 15:5 主が王を打たれたので、王は死ぬ日まで重い皮膚病に悩まされ、隔離された家に住んだ。王子ヨタムが王宮を取りしきり、国の民を治めた。
王下 15:6 アザルヤの他の事績、彼の行ったすべての事は、『ユダの王の歴代誌』に記されている。
王下 15:7 アザルヤは先祖と共に眠りにつき、ダビデの町に先祖と共に葬られた。その子ヨタムがアザルヤに代わって王となった。
この様にユダの王アザルヤは、父アマツヤが行ったように、主の目にかなう正しいことをことごとく行って、52年間王位にありました。この様に父の教えを受けて主の眼に正しいことをことごとく行っていた王は、このアザルヤだけでなく、その父のアマツヤも、またその父のヨアシュも、主の眼に適う正しいことを行っていたのです。この流れを作ったのはヨアシュを神殿で育てた、祭司ヨヤダなのです。この様に正しいことは正しく継承され、悪いものは悪いまま継承されていくので、私たちが何を子孫に伝えるかが、大きく問われるのです。
ですがこのアザルヤ王は、何がいけなかったのか分かりませんが、主に打たれて思い皮膚病にかかってしまい、隔離されてしまうのです。ですから、実際に国を治めていたのはその王子ヨタムであり、実質的にはヨタムの方が国を治めていた期間は長かったのだと思います。不思議なことにこの王子ヨタムはアザルヤの子ではなく、32節ではユダの王ウジヤの子ヨタムとなっています。これは調べてみると実は、アザルヤとウジヤは同じ人で、呼び方が違っているようです。アザルヤが主に打たれたのは祭司の忠告に逆らって宮に入って香をたこうとしたために重い皮膚病に襲われて、回復しなかったのだそうです。ですがかなり能力のある力のある王だったようです。その息子と協力して国を治めたのだと思います。
転
さて、これから、イスラエルの王が5人続きます。短命な王が続くのですが、次の二人は謀反のために殺されたり、他の者に襲われて殺されたりして短命に終わった王なのです。8節から16節です。
◆イスラエルの王ゼカルヤ
王下 15:8 ユダの王アザルヤの治世第三十八年に、ヤロブアムの子ゼカルヤがサマリアでイスラエルの王となり、六か月間王位にあった。
王下 15:9 彼は先祖たちが行ったように主の目に悪とされることを行い、イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの罪を離れなかった。
王下 15:10 ヤベシュの子シャルムが謀反を起こし、民の前でゼカルヤを打ち殺し、代わって王となった。
王下 15:11 ゼカルヤの他の事績は、『イスラエルの王の歴代誌』に記されている。
王下 15:12 主はかつてイエフに、「あなたの子孫は四代にわたってイスラエルの王座につく」と告げられたが、そのとおりになった。
◆イスラエルの王シャルム
王下 15:13 ユダの王ウジヤの治世第三十九年に、ヤベシュの子シャルムが王となり、一か月間サマリアで王位にあった。
王下 15:14 ガディの子メナヘムは、ティルツァからサマリアに上って来て、そのサマリアでヤベシュの子シャルムを打ち殺し、代わって王となった。
王下 15:15 シャルムの他の事績、彼が起こした謀反のことは、『イスラエルの王の歴代誌』に記されている。
王下 15:16 そのとき、メナヘムはティフサとそのすべての住民、領地をティルツァから攻撃した。彼らが城門を開かなかったのでこれを討ち、そのすべての妊婦を切り裂いた。
この様に、まずゼカルヤですが、6か月間しか王位にありませんでした。ヤベシュの子シャルムが謀反を起こし、民の前でゼカルヤを打ち殺し、代わって王となった。と書かれています。ゼカルヤの先祖は、エリシャによって油注がれて、王となる権威を与えられて、アハブの家を撃って王となったイエフであり、それから数えて4代目なのです。イエフとはイスラエルに異邦人の信仰をもたらしたあの王妃イゼベルを倒した人です。そのイエフの子孫が4代目で滅びることは主によって予言されており、主はかつてイエフに、「あなたの子孫は四代にわたってイスラエルの王座につく」と告げられましたが、そのとおりになり、4代目で滅びたのです。
ゼカルヤに変わって、謀反を起こしたシャルムが王となりましたが、1か月間しか王位にありませんでした。ガディの子メナヘムが、ティルツァからサマリアに上って来て、そのサマリアでヤベシュの子シャルムを打ち殺し、代わって王となったのです。きっとシャルムは、人民からも、軍隊からも支持を得られなかったのだと思います。それで別の勢力に滅ぼされたのです。王になるのも難しいものです。この様に、イスラエルは短命な王が続いて、非常に不安定な時期だったのです。
この後はメナヘムが王となり、10年間王位にありました。やっと、殺害されずに先祖の墓に入れる王が出てきたのです。そしてメナヘムはその王位を息子のペカフヤに譲ることが出来たのです。ですがこのペカフヤも、侍従のぺカが謀反を起こして、2年間で倒れてしまうのです。王権をなかなか二代目に続けることが出来ません。イスラエルではこの様に、王家の伝統を守るのではなく、王を打倒して王権を奪うというのが当たり前になっていたのです。ですがこのぺカは20年間王位にあることが出来ました。なぜこんなに長くできたのかが不思議です。でもその王権を子孫に受け継がせることはできませんでした。このぺカもアッシリアなどが攻めてきて国を荒らしたので、国力が弱くなり、謀反を起こしたホシェアによって打倒されたのです。この様にイスラエルではほとんど王様が一代で終わってしまって、次の代に続けることが出来ませんでした。この様な混乱ばかりなので、アッシリアなどが攻め寄せて国をさらに荒らしてしまったのです。結局北イスラエルはホシェアの代で滅びるのです。
北イスラエルには、いろいろな王様が出てきますが、一つ共通しているのは、彼等は主の目に悪とされることを行い、イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの罪を一生離れなかった。ということなのです。もともと北イスラエルも南ユダも一つの部族から出て、主なる神の信仰をもっていたはずなのですが、南のユダはエルサレムという神殿があったために、そこで礼拝し、その信仰を守り通すことが出来たのです。ところが北イスラエルにはそのような主の神殿がなかったので、自分達の都合の良い、異邦の神々をまつって、主の眼に悪とされることを行ったのです。どんなに国が乱れ荒れ果ててもだれも主のもとに立ち返ることはしなかったのです。北イスラエルは南のユダよりも面積も人口も部族の数も何倍も大きかったのです。ですが、その中心となるものを持たない国は滅びていくのです。
ユダではアザルヤが52年間エルサレムで王位にありましたが、その間に、イスラエルではゼカルヤ、シャルム、メナヘム、ペカフヤ、ぺカの5人が王位についたのです。そして、ぺカの時になって、やっとユダでは王位継承が行われ、ヨタムが王となりました。ここ32節ではウジヤの子ヨタムと書かれていますが、これはウジヤとはアザルヤの事であり、13節にもユダの王ウジヤの治世第三十九年に、という言葉が使われています。なぜこのように名前がウジヤになったりアザルヤになったりするのかわかりませんが、これは同じ人のことなのです。
南ユダの王は、ダビデの系統を守り、エルサレムで主を礼拝して、主の眼に適う正しいことをことごとく行ってきましたが、ただ一つ共通して悪とされたのは、ただ聖なる高台は取り除かず、民は依然としてその聖なる高台でいけにえをささげ、香をたいていた。ということなのです。これはユダの民の中にも、北イスラエルから嫁いできた者たちなどがおり、一定数の異教信仰をする者達がいたのです。その者たちが、高台でいけにえを捧げ香をたくことまでは禁止しないで残しておいたので、この事が南ユダの傷となってしまっているのです。でも南ユダは基本的に主を礼拝し、律法を守って歩んだので小さいながらもその国を保ち、イスラエルよりも長く生き残ることが出来たのです。
結
主にある信仰を保った南ユダは安定した国となり、その王権は代々その子孫に受け継がれていきました。一方で覇権によって王位を奪い合った北イスラエルでは、その王権は長く続かず、目まぐるしく一代でその王位を変えていったのです。そのために国は荒れ、国力は弱まり、アッシリアから攻められ、滅びの道を進んでいったのです。国はユダよりもずっと大きかったのですが、その国を保つことはできませんでした。国に柱となるものがなかったのです。目に見えない信仰の力が、どのように働いているのかを思わされます。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様、南ユダはあなたによって守られ、その信仰を保ち、国を保つことが出来ました。一方北イスラエルはあなたに背いて悪を行い、その国は乱れ、弱まり、ついには滅ぼされてしまう運命となりました。目に見えない信仰が大きな国さえも左右する力を持っていることを思わされます。私たちの人生もまた、あなたの見えない神の力によって導かれていることを思います。いつもあなたに心を向けて、礼拝し、感謝し、賛美して歩むことが出来ますように。この祈りを主、イエスキリストの御名によって、お祈りいたします。
<<聖書の箇所(旧約聖書:◇◇列王記下:)>>
◆ユダの王アザルヤ
王下 15:1 イスラエルの王ヤロブアムの治世第二十七年に、ユダの王、アマツヤの子アザルヤが王となった。
王下 15:2 彼は十六歳で王となり、五十二年間エルサレムで王位にあった。その母は名をエコルヤといい、エルサレムの出身であった。
王下 15:3 彼は、父アマツヤが行ったように、主の目にかなう正しいことをことごとく行った。
王下 15:4 ただ聖なる高台は取り除かず、民は依然として聖なる高台でいけにえを屠り、香をたいていた。
王下 15:5 主が王を打たれたので、王は死ぬ日まで重い皮膚病に悩まされ、隔離された家に住んだ。王子ヨタムが王宮を取りしきり、国の民を治めた。
王下 15:6 アザルヤの他の事績、彼の行ったすべての事は、『ユダの王の歴代誌』に記されている。
王下 15:7 アザルヤは先祖と共に眠りにつき、ダビデの町に先祖と共に葬られた。その子ヨタムがアザルヤに代わって王となった。
◆イスラエルの王ゼカルヤ
王下 15:8 ユダの王アザルヤの治世第三十八年に、ヤロブアムの子ゼカルヤがサマリアでイスラエルの王となり、六か月間王位にあった。
王下 15:9 彼は先祖たちが行ったように主の目に悪とされることを行い、イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの罪を離れなかった。
王下 15:10 ヤベシュの子シャルムが謀反を起こし、民の前でゼカルヤを打ち殺し、代わって王となった。
王下 15:11 ゼカルヤの他の事績は、『イスラエルの王の歴代誌』に記されている。
王下 15:12 主はかつてイエフに、「あなたの子孫は四代にわたってイスラエルの王座につく」と告げられたが、そのとおりになった。
◆イスラエルの王シャルム
王下 15:13 ユダの王ウジヤの治世第三十九年に、ヤベシュの子シャルムが王となり、一か月間サマリアで王位にあった。
王下 15:14 ガディの子メナヘムは、ティルツァからサマリアに上って来て、そのサマリアでヤベシュの子シャルムを打ち殺し、代わって王となった。
王下 15:15 シャルムの他の事績、彼が起こした謀反のことは、『イスラエルの王の歴代誌』に記されている。
王下 15:16 そのとき、メナヘムはティフサとそのすべての住民、領地をティルツァから攻撃した。彼らが城門を開かなかったのでこれを討ち、そのすべての妊婦を切り裂いた。
◆イスラエルの王メナヘム
王下 15:17 ユダの王アザルヤの治世第三十九年に、ガディの子メナヘムがイスラエルの王となり、サマリアで十年間王位にあった。
王下 15:18 彼は主の目に悪とされることを行い、イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの罪を一生離れなかった。
王下 15:19 アッシリアの王プルがその地に攻めて来たとき、メナヘムは銀一千キカルをプルに貢いだ。それは彼の助けを得て自分の国を強化するためであった。
王下 15:20 メナヘムはアッシリアの王に銀を貢ぐため、イスラエルのすべての有力者に各人銀五十シェケルずつ出させた。アッシリアの王はこの地にとどまらずに引き揚げた。
王下 15:21 メナヘムの他の事績、彼の行ったすべての事は、『イスラエルの王の歴代誌』に記されている。
王下 15:22 メナヘムは先祖と共に眠りにつき、その子ペカフヤがメナヘムに代わって王となった。
◆イスラエルの王ペカフヤ
王下 15:23 ユダの王アザルヤの治世第五十年に、メナヘムの子ペカフヤがサマリアでイスラエルの王となり、二年間王位にあった。
王下 15:24 彼は主の目に悪とされることを行い、イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの罪を離れなかった。
王下 15:25 彼の侍従、レマルヤの子ペカが謀反を起こし、サマリアの宮殿の城郭で、五十人のギレアド人と組んで、アルゴブおよびアルイエと共にペカフヤを打ち殺した。こうしてペカが代わって王となった。
王下 15:26 ペカフヤの他の事績、彼の行ったすべての事は、『イスラエルの王の歴代誌』に記されている。
◆イスラエルの王ペカ
王下 15:27 ユダの王アザルヤの治世第五十二年に、レマルヤの子ペカがサマリアでイスラエルの王となり、二十年間王位にあった。
王下 15:28 彼は主の目に悪とされることを行い、イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの罪を離れなかった。
王下 15:29 イスラエルの王ペカの時代に、アッシリアの王ティグラト・ピレセルが攻めて来て、イヨン、アベル・ベト・マアカ、ヤノア、ケデシュ、ハツォル、ギレアド、ガリラヤ、およびナフタリの全地方を占領し、その住民を捕囚としてアッシリアに連れ去った。
王下 15:30 エラの子ホシェアはレマルヤの子ペカに対して謀反を起こし、彼を打ち殺し、代わって王位についた。それはウジヤの子ヨタムの治世第二十年のことであった。
王下 15:31 ペカの他の事績、彼の行ったすべての事は、『イスラエルの王の歴代誌』に記されている。
◆ユダの王ヨタム
王下 15:32 イスラエルの王、レマルヤの子ペカの治世第二年に、ユダの王ウジヤの子ヨタムが王となった。
王下 15:33 彼は二十五歳で王となり、十六年間エルサレムで王位にあった。その母は名をエルシャといい、ツァドクの娘であった。
王下 15:34 彼は、父ウジヤが行ったように、主の目にかなう正しいことをことごとく行った。
王下 15:35 ただ聖なる高台は取り除かず、民は依然としてその聖なる高台でいけにえをささげ、香をたいていた。彼はまた主の神殿の上の門を建てた。
王下 15:36 ヨタムの他の事績、彼の行った事は、『ユダの王の歴代誌』に記されている。
王下 15:37 そのころから、主はアラムの王レツィンとレマルヤの子ペカをユダに差し向け、これを攻めさせられた。
王下 15:38 ヨタムは先祖と共に眠りにつき、父祖ダビデの町に先祖と共に葬られた。その子アハズがヨタムに代わって王となった。