家庭礼拝 2024年10月30日 列王記下 14:1-29 ユダの王アマツヤ

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起 

今日の主人公の王様はユダのアマツヤですが、久しぶりに、主の眼に適う正しいことを行う王様が続きました。この王様の父親はヨアシュです。アハズヤの母アタルヤが王族すべてを殺そうとしたときにただ一人神殿にかくまわれて、生き延びたダビデの直系の子孫です。この父親のヨアシュ王も神殿で幼い時生活し、祭司ヨヤダによって教育されたので、その生涯を通じて主の眼に適う正しいことを行ったので、40年間も王位にあることが出来ました。ですが最後は家臣たちが謀反を起こして殺されたのです。

 その子のアマツヤが王になったのは25才でした。アマツヤは父親のヨアシュに倣って、主の眼に適う正しいことをことごとく行ったのです。ですから29年間も王位にあることが出来ました。父親のヨアシュが40年間王位にありましたが、7歳の時からですから、47歳までです。それに比べればアマツヤは25歳から29年間王位にあったのですから、54才です。ずっと高齢になるまで王であったのです。

 このアマツヤは、王になるとまず、父親を殺して謀反を起こしたものを撃ち殺しました。ですが、律法に従って、その子供たちは殺さなかったと言います。この時代は誰かが謀反を起こしたら、その家族も一族も皆殺しにされるのが普通なのです。北イスラエルの王イエフもそうしたのです。ですが、アマツヤは、律法に従ってその子供たちを殺すことはしませんでした。

 この時代はアラムだけでなくエドムも攻めてくるようになり、アマツヤはそのエドム人を一万人も攻め落としました。その父親のヨアシュは、戦いをしない平和な王であったのですが、その子のアマツヤはこの戦いで勝ったために天狗になってしまいました。そしてイスラエルの王ヨアシュに戦いを挑みました。すると、イスラエルの王ヨアシュは、あなたはエドムを打ち破って思い上がっているが、なぜそんなことをして災いを招くのかと言っていさめました。ですがアマツヤはそれを聞き入れなかったので、イスラエルの王ヨアシュは上ってきて、ユダのアマツヤ王と戦い、ユダを打ち破ったのです。そしてアマツヤ王を捕らえ、エルサレムの城壁を破壊しました。そしてエルサレムの神殿と王宮の宝物庫にある金銀財宝を持ち去ったのでした。それでもアマツヤ王は生かされて、ヨアシュの死後15年生きて、先祖の墓に眠ることになるのです。

 さて、一方のイスラエルですが、ヨアシュが死んだ後はその子ヤロブアムが王となり41年間王位にあったというのですから、一番長く王位にあった部類になります。ソロモンやダビデでさえも40年でした。ですが、イスラエルの王はみな初代の王ネバトの子ヤロブアムの罪を離れず、異教信仰をしていて、イスラエルに罪を犯させて、主の眼に悪とされることを行っていたのです。

それでは聖書を読んでみます。1節から4節です。

王下 14:1 イスラエルの王、ヨアハズの子ヨアシュの治世第二年に、ユダの王ヨアシュの子アマツヤが王となった。

王下 14:2 彼は二十五歳で王となり、二十九年間エルサレムで王位にあった。その母は名をヨアダンといい、エルサレムの出身であった。

王下 14:3 彼は父祖ダビデほどではなかったが、父ヨアシュが行ったように、主の目にかなう正しいことをことごとく行った。

王下 14:4 ただ聖なる高台は取り除かず、民は依然として聖なる高台で生け贄を屠り、香をたいていた。

この様に、平和の王ヨアシュの後を継いだのはその子アマツヤでした。王になったのが25才でしたから丁度良い時期になったようです。その父のヨアシュが、主に仕えて主の眼に正しいことを行ったように、このアマツヤも、主の眼に適う正しいことをことごとく行いました。ですが父親と同じく、聖なる高台は取り除かず、異教礼拝の名残は残っていたのです。

このユダのアマツヤが王になってしたことが、まず書かれています。5節から7節です。

王下 14:5 彼は国を掌握すると、父ヨアシュ王を殺害した家臣たちを打ち殺した。

王下 14:6 しかし、モーセの律法の書に記されているところに従い、殺害者の子供たちは殺さなかった。主がこう命じておられるからである。「父は子のゆえに死に定められず、子は父のゆえに死に定められない。人は、それぞれ自分の罪のゆえに死に定められる。」

王下 14:7 アマツヤは塩の谷で一万人のエドム人を打ち、セラを攻め落とし、その名をヨクテエルと名付けた。こうしてそれは今日に至っている。

この様にアマツヤはまず国を安定させ、それから、父ヨアシュ王を謀反によって殺した家臣たちを撃ち殺しました。この謀反を起こした家臣たちはその間何をしていたのでしょうか。この時代はこの様な謀反を起こしたり、敵の王を倒したりした場合は、その家族や親族を根絶やしにするのが通例でした。イスラエルの覇権争いでもユダの覇権争いでも勝ったものは負けたものの親族を皆殺しにしていたのです。ですが、このアマツヤはモーセの律法に忠実に従い、その子供たちは殺さないで生かしておいたのです。モーセの律法では「父は子のゆえに死に定められず、子は父のゆえに死に定められない。人は、それぞれ自分の罪のゆえに死に定められる。」と書かれているからでした。

この様なことで国を安定させると、今度は侵略してきたエドム人たちを攻め落として、一万人を撃ち殺しました。この戦いはアマツヤに、とても大きな自信を与え、自信過剰にしてしまったのです。

ユダのアマツヤ王は調子に乗って、イスラエルの王ヨアシュに戦いを挑んだのです。エドム人たちに攻め勝ったことを自分の力によるものだと思ってしまったのです。8節から12節です。

王下 14:8 次いでアマツヤは、イスラエルの王、イエフの孫でヨアハズの子であるヨアシュに使者を遣わし、「来るがよい、戦いを交えよう」と言わせた。

王下 14:9 だが、イスラエルの王ヨアシュは、ユダの王アマツヤに次のような返事を送った。「レバノンのあざみがレバノンの杉に、『あなたの娘をわたしの息子の嫁にくれ』と申し込んだが、レバノンの野の獣が通りかかって、あざみを踏み倒してしまった。

王下 14:10 あなたはエドムを打ち破って思い上がっている。その栄誉に満足して家にとどまっているがよい。なぜ挑発して災いを招き、あなただけでなく、ユダも一緒に倒れるようなことをするのか。」

王下 14:11 しかし、アマツヤはこれを聞き入れなかった。イスラエルの王ヨアシュは上って来て、ユダのベト・シェメシュでユダの王アマツヤと戦いを交えた。

王下 14:12 その結果、ユダはイスラエルに惨敗し、兵はおのおのその天幕に逃げ帰ってしまった。

この様に、ユダのアマツヤ王はエドムを打ち破って思い上がってしまい、イスラエルに戦いを挑んだのです。むしろイスラエルの王はその行為をいさめるように次のような言葉を送ったのです。

「レバノンのあざみがレバノンの杉に、『あなたの娘をわたしの息子の嫁にくれ』と申し込んだが、レバノンの野の獣が通りかかって、あざみを踏み倒してしまった。」と言いました。この事の意味はレバノンノアザミとは、戦いを挑んだユダのことで、レバノンの杉とはイスラエルのことです。このことだけでもイスラエルの王はユダに対して、大きな力の差を示していたのです。あなたはアザミで、この大きな杉に挑戦するのですかと言っているのです。そんなことをしているとレバノンの野の獣が来て、アザミを踏み倒してしまいますよと忠告しているのです。これはレバノンの野の獣とはアッシリアで、より強いものが来て、あなたを征服しますよといさめているのです。そして、あなたはエドムを打ち破って思い上がっている。その栄誉に満足して家にとどまっているがよい。なぜ挑発して災いを招き、あなただけでなく、ユダも一緒に倒れるようなことをするのか。と言って、無駄な災いを招かないようにしなさいと言っているのです。イスラエルの王はユダの王よりもずっと大人だったのです。

しかし、天狗になって人の話を聞く耳を持たなくなったユダのアマツヤはそれを拒否したので、イスラエルの王ヨアシュは上って来て、ユダのベト・シェメシュでユダの王アマツヤと戦いを交えました。その結果、ユダはイスラエルに惨敗し、兵はおのおのその天幕に逃げ帰ってしまったのです。アマツヤは取り残されてしまいました。ユダの王アマツヤを捕らえ、エルサレムに来て、その城壁をエフライムの門から角の門まで四百アンマにわたって破壊しました。400アンマというのは200m弱です。そのくらいの城壁が破壊されたのです。アマツヤは殺されてもおかしくないのですが、殺されませんでした。その代わり、神殿と宮殿の金銀財宝をみな持っていかれ人質まで取られたのです。アマツヤの完敗なのです。ですが、ユダの王、ヨアシュの子アマツヤは、イスラエルの王、ヨアハズの子ヨアシュの死後、なお十五年生き永らえたのです。その後は戦いをしなかったのでしょうか。でも不思議なことにその最後は、父親と同じように、謀反によって殺されたのです。そしてその子の16歳のアザルヤが王となりました。これはユダのすべての民がアザルヤを選んだとありますので、王を選ぶのには民の力も強かったのです。

さて、北イスラエルではアマツヤと戦った、ヨアシュ王が死んで、その子のヤロブアムが王となりました。この王は41年も王位にあったというので、最も長い王様の一人です。ですが、この王も主の眼に悪とされることを行いました。それは異教の神を礼拝するということでした。これはイスラエルの王にみな共通して言えることなのです。

ユダ王国には主の眼に正しいとされる王が二代続きましたが、二代目のアマツヤは思い上がって、イスラエルに戦いを挑み、敗れ去ってイスラエルにとらえられて、神殿や宮殿の金銀財宝や人質までも取られてしまいました。城壁も壊されました。完全に天狗の鼻が折られたのですが、それでも主の眼に正しいことをことごとく行ったとありますから、律法をよく守る信仰深い人だったのです。そして29年間神様に祝福されて、その生涯を送ることが出来ました。でもなぜか、最後は謀反によって、殺されてしまうのです。ですがその息子は、ユダのすべての民に選ばれて、王となることが出来ました。これも神様のご計画なのでしょうか。私達にはすべてを知ることはできないのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様、ユダの王アマツヤは、主の眼に正しいことをことごとく行い、29年間も王位にありましたが、イスラエルとの戦いには敗れて、城壁は壊され、神殿と王宮の金銀財宝はみな持っていかれました。またその最後は謀反によって殺されるという運命でした。神様の御心がどこにあったのかが、測りかねる人生でした。一方イスラエルのヤロブアム王は主の眼に悪とされることを行って41年間王位にありました。これも不思議なことです。私達には神様の行われることをすべて理解することはできません。ただすべてのことをあなたが良しとされたこととして、受け入れていくことが出来ますように。あなたに委ねることが出来ますように。

この祈りを、主イエス・キリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン

 

<<聖書の箇所(旧約聖書:◇◇列王記下:)>>  

 

◆ユダの王アマツヤ

王下 14:1 イスラエルの王、ヨアハズの子ヨアシュの治世第二年に、ユダの王ヨアシュの子アマツヤが王となった。

王下 14:2 彼は二十五歳で王となり、二十九年間エルサレムで王位にあった。その母は名をヨアダンといい、エルサレムの出身であった。

王下 14:3 彼は父祖ダビデほどではなかったが、父ヨアシュが行ったように、主の目にかなう正しいことをことごとく行った。

王下 14:4 ただ聖なる高台は取り除かず、民は依然として聖なる高台でいけにえを屠り、香をたいていた。

王下 14:5 彼は国を掌握すると、父ヨアシュ王を殺害した家臣たちを打ち殺した。

王下 14:6 しかし、モーセの律法の書に記されているところに従い、殺害者の子供たちは殺さなかった。主がこう命じておられるからである。「父は子のゆえに死に定められず、子は父のゆえに死に定められない。人は、それぞれ自分の罪のゆえに死に定められる。」

王下 14:7 アマツヤは塩の谷で一万人のエドム人を打ち、セラを攻め落とし、その名をヨクテエルと名付けた。こうしてそれは今日に至っている。

◆アマツヤとヨアシュの戦い

王下 14:8 次いでアマツヤは、イスラエルの王、イエフの孫でヨアハズの子であるヨアシュに使者を遣わし、「来るがよい、戦いを交えよう」と言わせた。

王下 14:9 だが、イスラエルの王ヨアシュは、ユダの王アマツヤに次のような返事を送った。「レバノンのあざみがレバノンの杉に、『あなたの娘をわたしの息子の嫁にくれ』と申し込んだが、レバノンの野の獣が通りかかって、あざみを踏み倒してしまった。

王下 14:10 あなたはエドムを打ち破って思い上がっている。その栄誉に満足して家にとどまっているがよい。なぜ挑発して災いを招き、あなただけでなく、ユダも一緒に倒れるようなことをするのか。」

王下 14:11 しかし、アマツヤはこれを聞き入れなかった。イスラエルの王ヨアシュは上って来て、ユダのベト・シェメシュでユダの王アマツヤと戦いを交えた。

王下 14:12 その結果、ユダはイスラエルに惨敗し、兵はおのおのその天幕に逃げ帰ってしまった。

王下 14:13 イスラエルの王ヨアシュはベト・シェメシュで、アハズヤの孫でヨアシュの子であるユダの王アマツヤを捕らえ、エルサレムに来て、その城壁をエフライムの門から角の門まで四百アンマにわたって破壊した。

王下 14:14 また彼は、主の神殿と王宮の宝物庫にあるすべての金と銀、祭具および人質を取って、サマリアに凱旋した。

王下 14:15 ヨアシュの成し遂げた他の事績、ユダの王アマツヤと戦った功績については、『イスラエルの王の歴代誌』に記されている。

王下 14:16 ヨアシュは先祖と共に眠りにつき、イスラエルの王たちと共にサマリアに葬られた。その息子ヤロブアムがヨアシュに代わって王となった。

王下 14:17 ユダの王、ヨアシュの子アマツヤは、イスラエルの王、ヨアハズの子ヨアシュの死後、なお十五年生き永らえた。

王下 14:18 アマツヤの他の事績は、『ユダの王の歴代誌』に記されている。

王下 14:19 彼に対する謀反がエルサレムで企てられたため、彼はラキシュに逃れたが、ラキシュに送られた追っ手によって殺された。

王下 14:20 その遺体は馬に乗せてエルサレムに運ばれ、ダビデの町に先祖と共に葬られた。

王下 14:21 ユダのすべての民は当時十六歳であったアザルヤを選び、父アマツヤの代わりに王とした。

王下 14:22 アマツヤが先祖と共に眠りについた後、彼はエイラトの町を再建して、ユダに復帰させた。

◆イスラエルの王ヤロブアム二世

王下 14:23 ユダの王、ヨアシュの子アマツヤの治世第十五年に、イスラエルの王、ヨアシュの子ヤロブアムがサマリアで王となり、四十一年間王位にあった。

王下 14:24 彼は主の目に悪とされることを行い、イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの罪を全く離れなかった。

王下 14:25 しかし、イスラエルの神、主が、ガト・ヘフェル出身のその僕、預言者、アミタイの子ヨナを通して告げられた言葉のとおり、彼はレボ・ハマトからアラバの海までイスラエルの領域を回復した。

王下 14:26 主は、イスラエルの苦しみが非常に激しいことを御覧になったからである。つながれている者も解き放たれている者もいなくなり、イスラエルを助ける者もいなかった。

王下 14:27 しかし、主はイスラエルの名を天の下から消し去ろうとは言われず、ヨアシュの子ヤロブアムによって彼らを救われたのである。

王下 14:28 ヤロブアムの他の事績、彼の行ったすべての事、戦いの功績、またユダのものとなっていたダマスコとハマトをイスラエルに復帰させたことは、『イスラエルの王の歴代誌』に記されている。

王下 14:29 ヤロブアムは先祖と共に、イスラエルの王たちと共に眠りにつき、その子ゼカルヤがヤロブアムに代わって王となった。