家庭礼拝 2024年8月8日 列王記下 4:1-44 エリシャの奇跡

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起 

 今日の聖書の箇所は、エリシャの奇跡物語のオンパレードです。ここにはエリシャにまつわる7つの奇跡物語が語られていますが、そのうちの5つが今日の4章にあげられています。たぶんエリシャが行ったと言われる伝説的なことが伝えられている話を集めたのだと思います。ここでのエリシャの奇跡は、エリシャが主に祈ることをせずに奇跡を行っていることが語られています。奇跡そのものに驚かされて、エリシャの祈りに気が付かなかったのか、本当に祈らずにしたのかはわかりません。エリヤやイエス様や他の預言者たちが主に祈りつつ奇跡をおこなったのに比べると、チョット何かが違うような気がします。

 一つ目の奇跡は、夫を失ったやもめに債権者が来て、子供を奴隷として引き渡せと言ってきたとき、エリシャの命じたように、たった一つの油壷から、多くの器にその油を注いでみたら、みな一杯にすることが出来、その油を売って、借金を返して、自分達も生活できるようになったという奇跡です。

 二つ目の奇跡は、エリシャのために良くしてくれた女性に、その人が願っているだろう、子供を授ける奇跡をおこなったことです。

 三つめの奇跡は、その子供が大きくなって父親と一緒に刈り入れに行っていた時に、日射病のような症状で頭が痛くなり、そのまま死んでしまったのですが、エリシャはその子供に覆いかぶさるようにして、その子供を生き返らせました。この時に初めてこの物語に主と言う言葉が出てきます。この女の人がエリシャのもとに来て子供が死んだことを伝えたとき、エリシャはこう言ったのです。「彼女はひどく苦しんでいる。主はそれをわたしに隠して知らされなかったのだ。」こう言って主の名が出てきます。ですがそれは祈ったわけではなく、自分がそのことを知らなかった理由が、主が知らせてくれなかったからだと言っているのです。そして、子供を生き返らせてくれるのが、エリシャしかいないことを確信して、その女はこう言うのです。「主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。わたしは決してあなたを離れません」こう言って、エリシャから、離れようとしなかったのです。この言葉はエリヤが天にあげられるとき、エリヤがエリシャにあなたはここにとどまっていなさいと言われた時に、同じ言葉「主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。わたしは決してあなたを離れません」と言って離れなかったのです。そしてこの女について行って、エリシャは死んだ子供のところに来た時に、エリシャは中に入って戸を閉じ、二人だけになって主に祈ったのでした。初めて、主に祈って奇跡を行うことになります。そして子供の上に覆いかぶさり、子供をだんだん生き返らせ、そしてその母親に、「あなたの子を受け取りなさい」と言って子どもを渡したのです。

4つ目の奇跡は飢饉に見舞われていた預言者の仲間たちに、煮物の鍋を用意しなさいと命じ、食べ物を取りに行った仲間たちが、食べられない毒の入った野生の瓜を知らずに調理していた時に、これは食べられない毒だ、と気が付いて叫んだ弟子の言葉に対して、「麦粉を持って来るように」と命じ、それを鍋に投げ入れたところ、毒が消えて食べられるようになったのです。

 5つ目の奇跡は、百人の人々の食事の話です。これはイエス様の5000人の人々の食事の話と似ている話です。エリシャの奇跡では、5つのパンと2匹の魚ではなく、それよりずっと多い、大麦パン二十個と新しい穀物を袋に入れて神の人のもとに持って来た男の人がいたのです。初物を神の人に捧げるために持ってきたのです。エリシャはこれを百人の人々に分けなさいと言ったのですが、これでは百人の人には足りないでしょうと召使は言ったのです。ですがエリシャは「人々に与えて食べさせなさい。主は言われる。『彼らは食べきれずに残す。』」と言うので食べさせると、本当に食べきれずに余ったという奇跡です。ここでも主は言われると、主の言葉が出てきますが、エリシャが祈ったということは書かれていません。これらの奇跡の中でエリシャが祈ったのは、子供をよみがえらせる時だけだったのです。

 この様にエリシャは多くの奇跡を行って、人々を驚かせました。エリヤよりも多くの奇跡をおこなったかもしれません。その中にはイエス様の行った奇跡に似ているものもたくさんありました。水を葡萄酒に替えた奇跡のように、少しの油壺の油を、たくさんの容器一杯の油に替えた奇跡、死んだ人をよみがえらせた奇跡、多くの人に少ない食事で満腹させた奇跡などです。

それではこれらの奇跡を聖書から読んでみましょう。最初は油の奇跡です。1節から7節です。

王下 4:1 預言者の仲間の妻の一人がエリシャに助けを求めて叫んだ。「あなたの僕であるわたしの夫が死んでしまいました。ご存じのようにあなたの僕は主を畏れ敬う人でした。ところが債権者が来てわたしの子供二人を連れ去り、奴隷にしようとしています。」

王下 4:2 エリシャが、「何をしてあげられるだろうか。あなたの家に何があるのか言いなさい」と促すと、彼女は、「油の壺一つのほか、はしための家には何もありません」と答えた。

王下 4:3 彼は言った。「外に行って近所の人々皆から器を借りて来なさい。空の器をできるだけたくさん借りて来なさい。

王下 4:4 家に帰ったら、戸を閉めて子供たちと一緒に閉じこもり、その器のすべてに油を注ぎなさい。いっぱいになったものは脇に置くのです。」

王下 4:5 彼女はエリシャのもとから出て行くと、戸を閉めて子供たちと一緒に閉じこもり、子供たちが器を持って来ると、それに油を注いだ。

王下 4:6 器がどれもいっぱいになると、彼女は、「もっと器を持っておいで」と子供に言ったが、「器はもうない」と子供が答えた。油は止まった。

王下 4:7 彼女が神の人のもとに行ってそのことを知らせると、彼は言った。「その油を売りに行き、負債を払いなさい。あなたと子供たちはその残りで生活していくことができる。」

この様に、夫が死んで負債を負っていたやもめが、その負債の肩代わりにその子供を奴隷として連れて行かれそうになりました。この当時はよくあったことで、女性には生活能力がなかったので、借金が返せなかったのです。するとそのやもめはエリシャに泣きついて、助けを求めました。この時エリシャが言ったのは、あなたの家に何があるのかを言いなさいと言ったのです。多くの奇跡は、全くないものから起こすよりも、あるものを用いて行われることが多いのです。5千人の食事の時も5つのパンと2匹の魚でした。このやもめの時はわずかに残った壺の中の油でした。神様が私たちに奇跡を起こしてくださるときも、私たちに残されたわずかな信仰を差し出すことによって、奇跡を起こされるのです。エリシャの奇跡によって、その壺から油がどんどん出てきました。そしてもう入れるものがなくなるまでそれを注いて、このやもめの家族はその油を売って、借金を返し、生活もできるようになったのです。

次は二つ目の奇跡です。子供が与えられた奇跡です。13節から17節です。

王下 4:13 エリシャはゲハジに言った。「彼女に伝えなさい。『あなたはわたしたちのためにこのように何事にも心を砕いてくれた。あなたのために何をしてあげればよいのだろうか。王か/軍の司令官に話してほしいことが何かあるのか。』」彼女は、「わたしは同族の者に囲まれて何不足なく暮らしています」と答えた。

王下 4:14 エリシャは、「彼女のために何をすればよいのだろうか」と言うので、ゲハジは、「彼女には子供がなく、夫は年を取っています」と答えた。

王下 4:15 そこでエリシャは彼女を呼ぶように命じた。ゲハジが呼びに行ったので、彼女は来て入り口に立った。

王下 4:16 エリシャは、「来年の今ごろ、あなたは男の子を抱いている」と告げた。彼女は答えた。「いいえ、わたしの主人、神の人よ、はしためを欺かないでください」と答えた。

王下 4:17 しかし、この婦人は身ごもり、エリシャが告げたとおり翌年の同じころ、男の子を産んだ。

この様に、エリシャのためにいつも良くしてくれて、エリシャが休む部屋まで作ってくれた女性に何とかお返しをしたいとエリシャは考えました。エリシャはその女性に、何をしてあげたら、お返しが出来るだろうかと話をすると、その女性は、何不自由なく暮らしていますので、と断ったのです。それで、従者のゲハジに聞くと、その女性は子供がなく夫は年を取っているということだったので、エリシャはその女性に「来年の今ごろ、あなたは男の子を抱いている」と告げたのです。そしてその予言は実現し、この夫人は男の子を生んだのです。女性が子供を産めないというのは当時は大きな恥だったのです。聖書にはそのような子供のない女性が神様によって子供が与えられる奇跡が多く登場します。この女性もまた、神様に祝福されて子供を与えられたのでした。

三つめはその子供が死んでよみがえった奇跡です。この物語は、18節から37節まで書かれており、ここの奇跡物語の中心です。ここではこの子供が少し大きくなって、父親の刈り入れについて行って、日射病のような頭痛を発症して、死んでしまったのです。するとこの女性はすぐにエリシャのところに行って、「わたしがあなたに子供を求めたことがありましょうか。わたしを欺かないでくださいと申し上げたではありませんか。」と言って、このような悲しみを与えたエリシャに訴えたのでした。それでエリシャはすぐに死んでしまった子供のもとに行くのです。30節からです。

王下 4:30 その子供の母親が、「主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。わたしは決してあなたを離れません」と言ったので、エリシャは立ち上がり、彼女の後について行った。

王下 4:31 ゲハジは二人より先に行って、杖をその子供の顔の上に置いたが、声も出さず、何の反応も示さなかったので、引き返してエリシャに会い、「子供は目を覚ましませんでした」と告げた。

王下 4:32 エリシャが家に着いてみると、彼の寝台に子供は死んで横たわっていた。

王下 4:33 彼は中に入って戸を閉じ、二人だけになって主に祈った。

王下 4:34 そしてエリシャは寝台に上がって、子供の上に伏し、自分の口を子供の口に、目を子供の目に、手を子供の手に重ねてかがみ込むと、子供の体は暖かくなった。

王下 4:35 彼は起き上がり、家の中をあちこち歩き回ってから、再び寝台に上がって子供の上にかがみ込むと、子供は七回くしゃみをして目を開いた。

王下 4:36 エリシャはゲハジを呼び、「あのシュネムの婦人を呼びなさい」と言った。ゲハジに呼ばれて彼女がエリシャのもとに来ると、エリシャは、「あなたの子を受け取りなさい」と言った。

王下 4:37 彼女は近づいてエリシャの足もとに身をかがめ、地にひれ伏し、自分の子供を受け取って出て行った。

この様に母親は、私は決してあなたを離れませんと言って、エリシャがなんとかしてくれることを求めたのです。従者のゲハジは先に行って、エリシャの杖を子供に掲げたのですが反応がありませんでした。預言者の持ち物はその霊力が宿っていると考えられて、その力を発揮するのですが、駄目だったのです。エリヤがつむじ風で天に連れていかれたときに落ちてきた上着をエリシャが川に掲げたときにはその川が開いて、渡ることが出来ましたが、この時の杖ではだめだったのです。エリシャは子供のいる部屋で、二人だけで、主に祈りました。ここで初めてエリシャは主に祈ります。そして奇跡をおこなうのです。それはエリシャの手と顔と体とをその死んだ子供の上に覆いかぶせて、かがみこみそれを何度かやって、子供の体は暖かくなって、よみがえったのです。そして、その女性にあなたの子を受け取りなさいと言いました。たぶんこの蘇りの奇跡が、聖書の中では一番古いのではないかと思われます。

四つ目の奇跡は食べ物の毒を消す奇跡です。38節から41節です。

王下 4:38 エリシャはギルガルに帰った。その地は飢饉に見舞われていた。預言者の仲間たちが彼の前に座っていたときのこと、彼は従者に、「大きな鍋を火にかけ、預言者の仲間たちのために煮物を作りなさい」と命じた。

王下 4:39 彼らの一人が野に草を摘みに出て行き、野生のつる草を見つけ、そこから野生のうりを上着いっぱいに集めて帰って来た。彼らはそれが何であるかを知らなかったので、刻んで煮物の鍋に入れ、

王下 4:40 人々に食べさせようとよそった。だが、その煮物を口にしたとき、人々は叫んで、「神の人よ、鍋には死の毒が入っています」と言った。彼らはそれを食べることができなかった。

王下 4:41 エリシャは、「麦粉を持って来るように」と命じ、それを鍋に投げ入れてから、「よそって人々に食べさせなさい」と言うと、鍋には有害なものはなくなっていた。

この様に、エリシャが飢饉に見舞われている地を訪れたとき、もうその地には食べ物はなく毒瓜だけが残っているような状態でした。それを知らずにとってきた預言者の仲間が鍋に入れて食べようとすると、気が付いた人が、「神の人よ、鍋には死の毒が入っています」と言ったのです。するとエリシャは麦粉を持ってくるように命じて、鍋に投げ入れるとその毒は消えて食べられるようになったのです。この話はエリシャの最初の奇跡の一つのエリコで、水が悪いために、住みにくく作物も育たないと訴えられた時、その水源に行って、塩を投げ込んでその水を清めたという奇跡に似ています。エリシャにはこのように清めの力があったのだと思います。

五つ目は百人の人に食べさせた奇跡です。42節から44節です

王下 4:42 一人の男がバアル・シャリシャから初物のパン、大麦パン二十個と新しい穀物を袋に入れて神の人のもとに持って来た。神の人は、「人々に与えて食べさせなさい」と命じたが、

王下 4:43 召し使いは、「どうしてこれを百人の人々に分け与えることができましょう」と答えた。エリシャは再び命じた。「人々に与えて食べさせなさい。主は言われる。『彼らは食べきれずに残す。』

王下 4:44 召し使いがそれを配ったところ、主の言葉のとおり彼らは食べきれずに残した。

 この話はなんとイエス様のなさった5千人の食事の話に似ているでしょうか。こちらの方は5つのパンと2匹の魚に比べたらずっと多く、初物のパン、大麦パン二十個と新しい穀物を袋に入れて神の人のもとに持って来た食べ物を百人の人々に食べさせるのですが、これでも足りないと召使がエリシャに言うのです。するとエリシャは、主は『彼らは食べきれずに残す。』と言っているから食べさせなさいと言って、その通りにすると、本当に食べきれずに残したという話なのです。神様は少しの物でも大きく用いてくださるのです。

今日の話はエリシャの奇跡物語ばかりでした。エリシャが本当にこの様な奇跡を行ったかどうかはわかりませんが、当時の人たちが、預言者に対してこの様な力を求めていたことはわかります。ですからイエス様に対してもそのような奇跡を求めて多くの人が集ってきたのです。ですがイエス様の一番伝えたかったのは奇跡よりも神の国、愛の国なのです。奇跡はそれを信じるものに与えられる恵のようなものなのです。ですが人々は奇跡ばかりを求めて、イエス様のことを理解しようとはせず、幻滅した人々がイエスを裏切り、イエスを十字架に付けたのです。ですから私達は奇跡を求めるのではなく、イエス様の伝えようとした愛を求め信じるのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様。エリシャは多くの奇跡を行い人々を驚かせました。そして人々は多くの奇跡を預言者に求めました。ですが、私達は奇跡よりも、まず、互いに愛し合いなさい、神を愛しなさいというイエス様の教えを求めます。そうすれば必要なものが与えられるのです。それなくして奇跡だけを求めるものにはなっていけないのです。神様、私たちがイエスキリストの指し示す愛の国を求めて生きることが出来ますように導いてください。

この祈りを、主イエス・キリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン

 

<<聖書の箇所(旧約聖書:◇◇列王記下:)>>  

 

◆エリシャの奇跡

王下 4:1 預言者の仲間の妻の一人がエリシャに助けを求めて叫んだ。「あなたの僕であるわたしの夫が死んでしまいました。ご存じのようにあなたの僕は主を畏れ敬う人でした。ところが債権者が来てわたしの子供二人を連れ去り、奴隷にしようとしています。」

王下 4:2 エリシャが、「何をしてあげられるだろうか。あなたの家に何があるのか言いなさい」と促すと、彼女は、「油の壺一つのほか、はしための家には何もありません」と答えた。

王下 4:3 彼は言った。「外に行って近所の人々皆から器を借りて来なさい。空の器をできるだけたくさん借りて来なさい。

王下 4:4 家に帰ったら、戸を閉めて子供たちと一緒に閉じこもり、その器のすべてに油を注ぎなさい。いっぱいになったものは脇に置くのです。」

王下 4:5 彼女はエリシャのもとから出て行くと、戸を閉めて子供たちと一緒に閉じこもり、子供たちが器を持って来ると、それに油を注いだ。

王下 4:6 器がどれもいっぱいになると、彼女は、「もっと器を持っておいで」と子供に言ったが、「器はもうない」と子供が答えた。油は止まった。

王下 4:7 彼女が神の人のもとに行ってそのことを知らせると、彼は言った。「その油を売りに行き、負債を払いなさい。あなたと子供たちはその残りで生活していくことができる。」

王下 4:8 ある日、エリシャはシュネムに行った。そこに一人の裕福な婦人がいて、彼を引き止め、食事を勧めた。以来彼はそこを通るたびに、立ち寄って食事をするようになった。

王下 4:9 彼女は夫に言った。「いつもわたしたちのところにおいでになるあの方は、聖なる神の人であることが分かりました。

王下 4:10 あの方のために階上に壁で囲った小さな部屋を造り、寝台と机と椅子と燭台を備えましょう。おいでのときはそこに入っていただけます。」

王下 4:11 ある日、エリシャはそこに来て、その階上の部屋に入って横になり、

王下 4:12 従者ゲハジに、「あのシュネムの婦人を呼びなさい」と命じた。ゲハジが呼ぶと、彼女は彼の前に来て立った。

王下 4:13 エリシャはゲハジに言った。「彼女に伝えなさい。『あなたはわたしたちのためにこのように何事にも心を砕いてくれた。あなたのために何をしてあげればよいのだろうか。王か/軍の司令官に話してほしいことが何かあるのか。』」彼女は、「わたしは同族の者に囲まれて何不足なく暮らしています」と答えた。

王下 4:14 エリシャは、「彼女のために何をすればよいのだろうか」と言うので、ゲハジは、「彼女には子供がなく、夫は年を取っています」と答えた。

王下 4:15 そこでエリシャは彼女を呼ぶように命じた。ゲハジが呼びに行ったので、彼女は来て入り口に立った。

王下 4:16 エリシャは、「来年の今ごろ、あなたは男の子を抱いている」と告げた。彼女は答えた。「いいえ、わたしの主人、神の人よ、はしためを欺かないでください」と答えた。

王下 4:17 しかし、この婦人は身ごもり、エリシャが告げたとおり翌年の同じころ、男の子を産んだ。

王下 4:18 その子は大きくなったが、ある日刈り入れをする人々と共にいた父のところに行ったとき、

王下 4:19 「頭が、頭が」と言った。父が従者に、「この子を母親のところに抱いて行ってくれ」と言ったので、

王下 4:20 従者はその子を母親のところに抱いて行った。その子は母の膝の上でじっとしていたが、昼ごろ死んでしまった。

王下 4:21 彼女は上って行って神の人の寝台にその子を横たえ、戸を閉めて出て来た。

王下 4:22 それから夫を呼び、「従者一人と雌ろば一頭をわたしのために出してください。神の人のもとに急いで行って、すぐに戻って来ます」と言った。

王下 4:23 夫は、「どうして、今日その人のもとに行くのか。新月でも安息日でもないのに」と言ったが、「行って参ります」と彼女は言い、

王下 4:24 雌ろばに鞍を置き、従者に、「手綱を引いて進んで行きなさい。わたしが命じないかぎり進むのをやめてはいけません」と命じた。

王下 4:25 こうして彼女は出かけ、カルメル山にいる神の人のもとに来た。神の人は遠くから彼女を見て、従者ゲハジに言った。「見よ、あのシュネムの婦人だ。

王下 4:26 すぐに走って行って彼女を迎え、『お変わりありませんか、御主人はお変わりありませんか。お子さんはお変わりありませんか』と挨拶しなさい。」彼女は、「変わりはございません」と答えたが、

王下 4:27 山の上にいる神の人のもとに来て、その足にすがりついた。ゲハジは近寄って引き離そうとしたが、神の人は言った。「そのままにしておきなさい。彼女はひどく苦しんでいる。主はそれをわたしに隠して知らされなかったのだ。」

王下 4:28 すると彼女は言った。「わたしがあなたに子供を求めたことがありましょうか。わたしを欺かないでくださいと申し上げたではありませんか。」

王下 4:29 そこでエリシャはゲハジに命じた。「腰に帯を締め、わたしの杖を手に持って行きなさい。だれかに会っても挨拶し/てはならない。まただれかが挨拶しても答えてはならない。お前はわたしの杖をその子供の顔の上に置きなさい。」

王下 4:30 その子供の母親が、「主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。わたしは決してあなたを離れません」と言ったので、エリシャは立ち上がり、彼女の後について行った。

王下 4:31 ゲハジは二人より先に行って、杖をその子供の顔の上に置いたが、声も出さず、何の反応も示さなかったので、引き返してエリシャに会い、「子供は目を覚ましませんでした」と告げた。

王下 4:32 エリシャが家に着いてみると、彼の寝台に子供は死んで横たわっていた。

王下 4:33 彼は中に入って戸を閉じ、二人だけになって主に祈った。

王下 4:34 そしてエリシャは寝台に上がって、子供の上に伏し、自分の口を子供の口に、目を子供の目に、手を子供の手に重ねてかがみ込むと、子供の体は暖かくなった。

王下 4:35 彼は起き上がり、家の中をあちこち歩き回ってから、再び寝台に上がって子供の上にかがみ込むと、子供は七回くしゃみをして目を開いた。

王下 4:36 エリシャはゲハジを呼び、「あのシュネムの婦人を呼びなさい」と言った。ゲハジに呼ばれて彼女がエリシャのもとに来ると、エリシャは、「あなたの子を受け取りなさい」と言った。

王下 4:37 彼女は近づいてエリシャの足もとに身をかがめ、地にひれ伏し、自分の子供を受け取って出て行った。

王下 4:38 エリシャはギルガルに帰った。その地は飢饉に見舞われていた。預言者の仲間たちが彼の前に座っていたときのこと、彼は従者に、「大きな鍋を火にかけ、預言者の仲間たちのために煮物を作りなさい」と命じた。

王下 4:39 彼らの一人が野に草を摘みに出て行き、野生のつる草を見つけ、そこから野生のうりを上着いっぱいに集めて帰って来た。彼らはそれが何であるかを知らなかったので、刻んで煮物の鍋に入れ、

王下 4:40 人々に食べさせようとよそった。だが、その煮物を口にしたとき、人々は叫んで、「神の人よ、鍋には死の毒が入っています」と言った。彼らはそれを食べることができなかった。

王下 4:41 エリシャは、「麦粉を持って来るように」と命じ、それを鍋に投げ入れてから、「よそって人々に食べさせなさい」と言うと、鍋には有害なものはなくなっていた。

王下 4:42 一人の男がバアル・シャリシャから初物のパン、大麦パン二十個と新しい穀物を袋に入れて神の人のもとに持って来た。神の人は、「人々に与えて食べさせなさい」と命じたが、

王下 4:43 召し使いは、「どうしてこれを百人の人々に分け与えることができましょう」と答えた。エリシャは再び命じた。「人々に与えて食べさせなさい。主は言われる。『彼らは食べきれずに残す。』」

王下 4:44 召し使いがそれを配ったところ、主の言葉のとおり彼らは食べきれずに残した。