家庭礼拝 2024年2月28日 列王記上 7:1-51宮殿の建築

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起 

今日の聖書の話は、ソロモンの宮殿の建築となっており、その宮殿の大きさや備品などについて詳しく書かれているところです。いかにその宮殿が素晴らしかったかと言うことはわかりますが、それを信仰的にどうとらえてよいのかは何も書かれていません。ここには、単に事実を書いているように見えて、ソロモンの神殿と宮殿に対する、考え方の違いが分かるのです。すなわち、ソロモンが、神様のことよりも自分の生活の方を大切にしていたことが分かってくるのです。ソロモンは決して信仰の薄いものではありませんでした。国内の政治が安定してくるとすぐに、この神殿建築に取り掛かっているのですから、信仰深い人に違いありません。ですがそれは自分の生活の優先しつつも信仰深くある、多くの人と同じような考え方であったのかもしれません。あのレプタ2枚の硬貨を捧げたやもめの様にではなく、有り余る金の中から、差し出した金持ちの様にささげたのだと思います。ですから、これはイエス様の褒め称える、捧げものではなかったかもしれません。今日も説明文が多いので適当に圧縮して、話を進めます。

では1節から6節では、宮殿の外観が語られています。

王上 7:1 ソロモンは十三年の年月をかけて宮殿を築き、その宮殿のすべてを完成させた。

王上 7:2 彼の建てた「レバノンの森の家」は、奥行きが百アンマ、間口が五十アンマ、高さが三十アンマで、レバノン杉の柱を四列に並べ、その柱の上にレバノン杉の角材を渡した。

王上 7:3 各列十五本、計四十五本の柱の上にある脇廊の上にもレバノン杉で天井を造った。

王上 7:4 三列の窓枠にはめられて、窓が三段に向かい合っていた。

王上 7:5 すべての扉と枠組の柱は四角形であり、窓は三段に向かい合っていた。

王上 7:6 彼の建てた柱廊は奥行きが五十アンマ、間口が三十アンマであり、その前にも前廊があり、柱とひさしがあった。

この様にここではこの宮殿の一部であるレバノンの森の家がどのようなものだったのかが書かれています。ただ読んでいると、大きな宮殿を作ったのだなとしか思わないのですが、神殿と比べてみると、ソロモンの思いが分かります。というのも神殿の建築には7年もかかりましたが、この宮殿はその倍の13年かかって作られたのです。しかもその大きさは神殿の奥行が60アンマに対して、レバノンの森の家の奥行は100アンマで1.7倍近く大きくなります。神殿の間口が20アンマに対して、レバノンの森の家の間口は50アンマで2.5倍大きくなります、神殿の高さが30アンマに対して、同じ30アンマです。ですから神殿に比べてはるかに大きなレバノンの森の家なのですなのです。ソロモンが、最初に神殿を作り、そして高さは神殿を超えないようにしたことは評価できますが、そのレバノンの森の家が神殿の4倍以上の規模を持っていることに驚きます。すなわちソロモンは信仰深く神殿を大切にはしていましたが、それ以上に、自分の活動を第一に考えていたのかもしれません。レバノンの森の家と言っているのが宮殿全体を指すのか、一部の建物を指すのかはよくわかりません。イラストでは宮殿の一部の脇廊と呼ばれる部分に相当します。どちらにしてもつじつまを合わせるのが難しいのです。

ソロモンが立てた宮殿の一部はレバノンの森の家と呼ばれたのですが、その意味は貴重なレバノン杉をふんだんに使い、その森の木をどっさりと持ってきたからレバノンの森の家となったのです。レバノン杉の柱を4列に並べ、各列に15本で、合計45本の柱の上に脇廊を作りました、そこには三段の窓も各箇所についていたようです。この建物の下を通る人にはレバノン杉の森のように柱が立っているように見えたのでしょうか。

そしてその宮殿全体のレイアウトは次の様でした。7節から11節です。

王上 7:7 また、彼が裁きを行う所として造った「王座の広間」「裁きの広間」には、床全面にレバノン杉の板が張り詰められていた。

王上 7:8 彼が住居とした建物は、この広間の後方の別の庭にあり、これと同じ造りであった。またソロモンは妻に迎えたファラオの娘のために、この広間と同じ建物を造った。

王上 7:9 これらの建物はすべて内側も外側も、土台から軒まで、また外庭から大庭まで、寸法を合わせて石のみで切り整えられた貴重な石で出来ていた。

王上 7:10 土台には八アンマ、十アンマもある貴重で大きな石が用いられ、

王上 7:11 その上には、寸法に合わせて切り整えられた貴重な石とレバノン杉が用いられた。

王上 7:12 大庭の周囲にも、主の神殿の内庭や前廊と同様に、切り石を三列、レバノン杉の角材を一列重ねて据えた。

この様に、この宮殿にはレバノンの森の家や「王座の広間」「裁きの広間」そして、ソロモンの住居と妻の住居と言うものがありました。「王座の広間」「裁きの広間」と言うのは一つのもので、ここでいろいろな人の訴えを聞き裁きを行うときには「裁きの広間」、また多くの人が集まるお祝いのようなときには「王座の広間」と呼ばれる大広間があったのだと思います。宮殿はこの様な仕事をする場所でもあったので、生活する場所だけではありませんでした。

それでは実際に生活する場はどの様になっていたかと言うと8節にこう書かれています。

王上 7:8 彼が住居とした建物は、この広間の後方の別の庭にあり、これと同じ造りであった。またソロモンは妻に迎えたファラオの娘のために、この広間と同じ建物を造った。

ソロモンが住んでいる建物は、この「王座の広間」「裁きの広間」の後ろ側の別の庭の中に、また同じような建物を作りそこで生活していたのです。また妻のファラオの娘のためにも同じような建物を作ったというのですから、同じような建物が3つ並んでいたのかもしれません。ですが参考に添付したイラストを見ても、必ずしもこの説明の様にはなっていないので、あまり良く分かっていないのかもしれません。

この様に、ソロモンは生涯を戦争に費やすことはありませんでしたが、建物の建築にその生涯を費やしたようです。宮殿を建築した後なのか同時なのかはわかりませんが、ソロモンは神殿の備品をも作り始めました。ソロモンは、人を遣わしてティルスからヒラムを連れて来させて、その備品を作り始めました。このヒラムとは青銅工芸の職人であって、大きな青銅の備品をいくつも作ったので、ここではとても詳しくその大きさやその細工の様子が書かれています。ですがそれを一つ一つ追いかけても時間がかかるので41節から47節にそのまとめが書いてあるのでそれを見てみましょう。

王上 7:41 彼の作ったものは、二本の柱、柱の頂にある柱頭の玉二つ、柱の頂にある柱頭の玉を覆う格子模様の浮き彫り二つ、

王上 7:42 格子模様の浮き彫り二つに付けるざくろの実四百、そのざくろの実は、柱の頂にある二つの柱頭の玉を覆う格子模様の浮き彫りのそれぞれに、二列に並べられていた。

王上 7:43 台車十台、台車に載せる洗盤十、

王上 7:44 「海」一つ、それを支える十二の牛の像、

王上 7:45 壺、十能、鉢。ソロモン王のためにヒラムが主の神殿で製作したこのすべての祭具は青銅製で、磨き上げられていた。

王上 7:46 王は、ヨルダンの低地、スコトとツァレタンの間の粘土の豊かな所でこれらを鋳造した。

王上 7:47 ソロモンがこの祭具のすべてを並べると、それはあまりにも多く、その青銅の重さは量ることができないほどであった。

この様に、ヒラムの作った青銅の備品は、その青銅の重さははかることが出来ないほど多かったのです。一つ一つがとても大きく、青銅の柱一つだけでも高さが8.1m太さが周囲で5.4mでその上に2.5mの高さの柱頭を載せたのですから、全体では高さが10m以上になります。その柱にいろいろな細工が施されているのです。次に台車とありますが、これは荷車のようなもので、4つの車が付いていて、幅が1.8m長さ1.8m高さ1.35mで、実物大くらいの大きさです。その台車にもいろいろな細工がなされていました。これが10台もありました。さらには海と呼ばれる大きな円形の鋳物があってそれが10匹の象の鋳物の上にのせてありました。この直径が4.5mですから、これだけでも相当の重量です。たぶんこれには水が入っていて、大きな海を連想させたのだろうと思います。それ以外にも壺、十能、鉢なども作られて、いかにソロモンの財力がすごかったかが分かります。

ソロモンはこれらの青銅の品物の外にもいろいろな備品を作りました。48節から51節です。

王上 7:48 ソロモンは主の神殿に置くためのあらゆる祭具を作った――金の祭壇、供えのパンを載せる金の聖卓、

王上 7:49 内陣の前に左右に五つずつ置かれる純金の燭台、金の花、ともし火皿、火ばし、

王上 7:50 純金の皿、芯切り鋏、鉢、柄杓、火皿、また神殿の奥の間すなわち至聖所の扉と外陣の扉のための金のちょうつがい。

王上 7:51 ソロモン王は、主の神殿で行われてきた仕事がすべて完了すると、父ダビデが聖別した物、銀、金、その他の祭具を運び入れ、主の神殿の宝物庫に納めた。

この様に、今までは青銅の品物について詳しく語られてきましたが、それ以外にも金の祭具がたくさん作られました。金の祭壇、金の聖卓、純金の燭台、金の花、純金の皿などそのほかにもいろいろ金で作られました。そしてそれらのものは神殿の宝物庫に収められました。この様にして、宮殿と神殿の備品の準備が進められたのです。

 

ソロモンは誰もなしえなかった神殿をいち早く作るなど、信仰深い面はありました。ですがそれはダビデとはちょっと違った信仰でした。金と力によってあらわされる信仰であり、ダビデの様な悔い改めのない信仰でした。立派な神殿は作られましたが、それ以上に立派なのは自分の住む宮殿であり、エジプト人の異教の神を信じる妻の住居でした。これらのことがだんだんと、神様を軽んじる罪へと進んでいくことがこの時にはまだよくわからなかったのです。このソロモンの繁栄がイスラエルの繁栄の頂点であり、あとは衰退していくのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

ソロモンは立派な神殿を作り、それ以上に立派な自分たちの住む宮殿を作りました。ソロモンは知恵と力を与えられて、神様をあがめる人ではありましたが、そこにはダビデとは違う、信仰がありました。見かけでは立派でも、心の中ではだんだんと罪に汚れて行ってしまうのです。

 神様どうか私達もいかに力と知恵とが与えられても、あなたの御前にいつも悔い改めて立ち返るものとなることが出来ますようにお守りください。私達は弱いものです。小さな罪が積み重なり大きな罪を犯してしまいます。あなたが共にいてくださいますように。

この祈りを、主イエス・キリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン

 

<<聖書の箇所(旧約聖書:◇列王記上:)>>  

 

◆宮殿の建築

王上 7:1 ソロモンは十三年の年月をかけて宮殿を築き、その宮殿のすべてを完成させた。

王上 7:2 彼の建てた「レバノンの森の家」は、奥行きが百アンマ、間口が五十アンマ、高さが三十アンマで、レバノン杉の柱を四列に並べ、その柱の上にレバノン杉の角材を渡した。

王上 7:3 各列十五本、計四十五本の柱の上にある脇廊の上にもレバノン杉で天井を造った。

王上 7:4 三列の窓枠にはめられて、窓が三段に向かい合っていた。

王上 7:5 すべての扉と枠組の柱は四角形であり、窓は三段に向かい合っていた。

王上 7:6 彼の建てた柱廊は奥行きが五十アンマ、間口が三十アンマであり、その前にも前廊があり、柱とひさしがあった。

王上 7:7 また、彼が裁きを行う所として造った「王座の広間」「裁きの広間」には、床全面にレバノン杉の板が張り詰められていた。

王上 7:8 彼が住居とした建物は、この広間の後方の別の庭にあり、これと同じ造りであった。またソロモンは妻に迎えたファラオの娘のために、この広間と同じ建物を造った。

王上 7:9 これらの建物はすべて内側も外側も、土台から軒まで、また外庭から大庭まで、寸法を合わせて石のみで切り整えられた貴重な石で出来ていた。

王上 7:10 土台には八アンマ、十アンマもある貴重で大きな石が用いられ、

王上 7:11 その上には、寸法に合わせて切り整えられた貴重な石とレバノン杉が用いられた。

王上 7:12 大庭の周囲にも、主の神殿の内庭や前廊と同様に、切り石を三列、レバノン杉の角材を一列重ねて据えた。

◆神殿の備品の製作

王上 7:13 ソロモンは、人を遣わしてティルスからヒラムを連れて来させた

王上 7:14 その母はナフタリ族出身でやもめであった。父はティルス人で青銅工芸の職人であった。ヒラムは知恵と洞察力と知識に満ち、青銅にかけてはどんな仕事にも通じていた。彼はソロモン王のもとに来て、ゆだねられたあらゆる仕事をした。

王上 7:15 彼は青銅の柱を二本作り上げた。一つの柱の高さは十八アンマ、周囲は十二アンマ、もう一つの柱の周囲も同様であった。

王上 7:16 柱の頂には、青銅を鋳て作った柱頭を据えた。一方の柱頭の高さが五アンマ、もう一方の柱頭の高さも五アンマであった。

王上 7:17 柱の頂にある柱頭に格子模様の浮き彫りを作り、網目模様の房を一方の柱頭に七つ付け、もう一方の柱頭にも七つ付けた。

王上 7:18 このように彼は柱を作ったが、柱の頂にある柱頭を覆う一方の格子模様の浮き彫りの周りにざくろを二列に並べた。もう一方の柱頭にも同じようにした。

王上 7:19 前廊の柱の頂にある柱頭はゆりの花の形になっていて、四アンマあった。

王上 7:20 二本の柱の上にある柱頭には、格子模様の浮き彫りの側面の膨みより上にも、二百個のざくろが列をなして取り巻いていた。もう一つの柱頭も同様であった。

王上 7:21 この柱は外陣の前廊の前に立てられた。一本は南側に立てられて、ヤキンと名付けられ、もう一本は北側に立てられて、ボアズと名付けられた。

王上 7:22 ゆりの花の形が柱の頂に出来上がって、柱の製作は完了した。

王上 7:23 彼は鋳物の「海」を作った。直径十アンマの円形で、高さは五アンマ、周囲は縄で測ると三十アンマであった。

王上 7:24 縁の下をひょうたん模様が取り巻いていた。すなわち、「海」の周囲には、「海」と共に鋳造されたひょうたん模様が、一アンマにつき十の割合で二列に並べられていた。

王上 7:25 「海」は十二頭の牛の像の上に据えられていた。三頭は北を向き、三頭は西を向き、三頭は南を向き、三頭は東を向いて「海」を背負い、牛の後部はすべて内側に向いていた。

王上 7:26 「海」は厚さが一トファ、その縁は、ゆりの花をかたどって、杯の縁のように作られた。その容量は二千バトもあった。

王上 7:27 彼はまた青銅で十台の台車を作った。各台車の長さは四アンマ、幅は四アンマ、高さは三アンマであった。

王上 7:28 その構造は次のとおりである。台車には枠の横木の間に鏡板があり、

王上 7:29 その横木の間の鏡板には獅子と牛とケルビムが描かれ、上の横木にもそうされていた。また獅子と牛の下には唐草模様が彫り込まれていた。

王上 7:30 一つの台車に四つの青銅の車輪が付いており、車軸も青銅であった。また四つの脚があり、支えがそれに付いていて、支えは唐草模様の傍らで洗盤の下に鋳込まれていた。

王上 7:31 その口は冠の内にあって、そこから一アンマ高く出ており、その口は円形で同様の作りで一アンマ半であった。口の上にも彫刻がなされていた。鏡板は四角であって丸くはなかった。

王上 7:32 鏡板の下には四つの車輪があり、車軸が台車に取り付けられていた。車輪の高さはそれぞれ一アンマ半であった。

王上 7:33 車輪は戦車の車輪と同じ作りで、車軸も縁も輻も轂もすべて鋳物であった。

王上 7:34 それぞれの台車の四隅にある支えは台車と一体になっていた。

王上 7:35 台車の頂に高さ半アンマの輪があって、台車の頂でその支柱と鏡板は一体となっていた。

王上 7:36 その支柱の表面と鏡板にはケルビムと獅子となつめやしが、そのそれぞれに空間があれば周りに唐草模様が彫り込まれた。

王上 7:37 彼はこのように同じ鋳型で、同じ寸法、同じ形に台車十台を作った。

王上 7:38 彼はまた青銅の洗盤を十作った。容量はそれぞれ四十バト、直径は四アンマ。十台の台車それぞれに洗盤が一つずつ載せられていた。

王上 7:39 五台は神殿の右側に、五台は左側に配置し、「海」は神殿の右側、すなわち南東の方向に置いた。

王上 7:40 ヒラムは洗盤、十能、鉢を作って、ソロモン王のために主の神殿でしようとしたすべての仕事を終えた。

王上 7:41 彼の作ったものは、二本の柱、柱の頂にある柱頭の玉二つ、柱の頂にある柱頭の玉を覆う格子模様の浮き彫り二つ、

王上 7:42 格子模様の浮き彫り二つに付けるざくろの実四百、そのざくろの実は、柱の頂にある二つの柱頭の玉を覆う格子模様の浮き彫りのそれぞれに、二列に並べられていた。

王上 7:43 台車十台、台車に載せる洗盤十、

王上 7:44 「海」一つ、それを支える十二の牛の像、

王上 7:45 壺、十能、鉢。ソロモン王のためにヒラムが主の神殿で製作したこのすべての祭具は青銅製で、磨き上げられていた。

王上 7:46 王は、ヨルダンの低地、スコトとツァレタンの間の粘土の豊かな所でこれらを鋳造した。

王上 7:47 ソロモンがこの祭具のすべてを並べると、それはあまりにも多く、その青銅の重さは量ることができないほどであった。

王上 7:48 ソロモンは主の神殿に置くためのあらゆる祭具を作った――金の祭壇、供えのパンを載せる金の聖卓、

王上 7:49 内陣の前に左右に五つずつ置かれる純金の燭台、金の花、ともし火皿、火ばし、

王上 7:50 純金の皿、芯切り鋏、鉢、柄杓、火皿、また神殿の奥の間すなわち至聖所の扉と外陣の扉のための金のちょうつがい。

王上 7:51 ソロモン王は、主の神殿で行われてきた仕事がすべて完了すると、父ダビデが聖別した物、銀、金、その他の祭具を運び入れ、主の神殿の宝物庫に納めた。