家庭礼拝 2023年12月13日 サムエル記下 21:1-22 飢饉とサウルの子

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起 

このサムエル記下もあと4章で終わります。今まではダビデの王位継承物語が語り継がれてきましたが、この21章から最後の24章までは、これまでに書き漏らされていた伝承を集めて、書き足しているという形になっています。今日の20章では「飢饉とサウルの子孫」ということがまず書かれています。その後、対ペリシテ戦における武勲という小見出しがありますが、どちらも、今までのダビデ王の物語と少し違うので、差しさわりがあって、あとに残されていたという感じがします。何が差しさわりかというとダビデの評判に傷がつくということです。

まず最初の飢饉とサウルの子孫の小見出しの所では、ダビデの統治するイスラエルに3年間の飢饉が起こりました。飢饉は神の怒りととらえられていました。ですがこの地方は周期的に飢饉の起こる地域だったのです。ダビデはこの飢饉の理由を知るために、主の託宣を求めました。すると、その理由は「ギブオン人を殺害し、血を流したサウルとその家に責任がある。」とお告げがあったのです。ギブオン人というのは先住民のアモリ人系の部族です。他の先住民たちは皆、ヨシュアが、この地に入り込んできたときに滅ぼされたのですが、このギブオン人たちはうまく立ち回って、ヨシュアと協定を結んだのです。ヨシュア記の9章15節には、ヨシュアは彼らと和を講じ、命を保証する協定を結び、共同体の指導者たちもその誓に加わったと書かれています。このギブオン人たちは自分たちがこの地の先住民であることを偽って、遠くからイスラエルの神の評判を聞いてきたようなことを言い、食料を捧げて、この協定を結んだのです。この協定は主の前に結ばれたのですから、騙されたとしても、決して破ってはならないのです。ですがこのギブオン人の偽りはすぐにばれて、イスラエル人は不平を言い始めました。ですが、指導者たちは、「我々はイスラエルの神、主にかけて彼らに誓った。今彼らに手を付けることはできない。我々のなすべきことはこうである。彼らを生かしておこう。彼らに誓った誓のゆえに、御怒りが我々に下ることはないだろう。」そう言って生かしておいたのです。ですが、サウル王はイスラエルとユダに気に入られようとして、このギブオン人を皆殺しにしようとしたのです。この事は聖書にはどこにも書かれていませんが、サウル王は神様との掟や誓を軽々しく破るような所があったので、この様なことがあったのかもしれません。

この飢饉は、神との約束が破られた事が原因だということが分かり、ダビデはギブオン人にどうしたら許してもらえるかを聞きました。するとギブオン人はサウルの子孫から7人を私たちに渡してくれと言いました。まだ、サウルの子孫が残っていたのかと思われる人もいるでしょうが、直系の男子はヨナタンの息子メシュポシェトの外はみんな死んでしまったのです。今残っているサウルの子孫というのはサウルの側室であった、リツパの子の二人の息子と、サウルの娘ミカルとメホラ人との間に生まれた5人の息子なのです。ミカルはサウルの娘で、ダビデがペリシテ人を討伐して与えられた妻ですが、サウルがダビデを殺そうとしたので、ミカルは機転を利かせて、ダビデを窓から逃がしたのです。そのあと、ダビデが逃亡している間に、サウルはパルティエルにミカルを嫁がせたのです。そのサウルもペリシテ人に殺されてしまって、ダビデが王として戻ってきたときダビデは再びミカルを妻として取り戻すのですが、主の箱がエルサレムに運び込まれたとき、ダビデは力の限り喜び踊った姿を見たミカルはダビデを軽蔑したのです。そのために、ミカルには死ぬまで子供が授からなかったという話です。とするとミカルの5人の息子というのはつじつまが合わなくなるのですが、これはメホラ人アドリエルと結婚したのはミカルではなく、姉のメラブなのです。ミカルもダビデの元で大変な目にあいましたが、姉のミカルも最初ダビデと結婚する予定が急にサウルによって、メホラ人と結婚させられることになり、しかも今度は幸せに暮らしていた5人の息子をサウルの子孫だということで、一度に失うことになるのです。

この事は、まだサウルの子孫を担ぎ上げて、ダビデに謀反を起こそうとするサウル残党を一掃する目的があったと言われていますが、信仰深いダビデのことですから、そのことも含めて、神の託宣があったのかもしれません。いずれにしても、この事によって、サウルの子孫はメシュポシェトを除いて、根絶やしにされたのです。もしかするとダビデが、サウルの子孫を根絶やしにしたと言われないようにするために、神の託宣ということにしたのかもしれません。それではダビデに傷がつくので、この物語は、後回しにされたのかもしれません。

もう一つの小見出しの、対ペリシテ戦における武勲という話ですが、ここにはあの有名な巨人ゴリアトが出てきます。これを打倒したのは少年ダビデではなく、ベツレヘム出身のヤアレ・オルギムの子エルハナンなのです。たぶんこちらの方が史実であって、少年ダビデがゴリアトを倒したというのはこの話を用いて、脚色された話なのだろうと思われます。それでこの話もつじつまが合わなくなるので、後回しにされて、付録の様に記述されたのだと思います。

それでは、聖書に基づいて、全体を見てみましょう。最初は飢饉が起こった時ダビデはどうしたかという話です。1節から6節です。

サム下 21:1 ダビデの世に、三年続いて飢饉が襲った。ダビデは主に託宣を求めた。主は言われた。「ギブオン人を殺害し、血を流したサウルとその家に責任がある。」

サム下 21:2 王はギブオン人を招いて言った。――ギブオン人はアモリ人の生き残りで、イスラエルの人々に属する者ではないが、イスラエルの人々は彼らと誓約を交わしていた。ところがサウルは、イスラエルとユダの人々への熱情の余り、ギブオン人を討とうとしたことがあった。

サム下 21:3 ダビデはギブオン人に言った。「あなたたちに何をしたらよいのだろう。どのように償えば主の嗣業を祝福してもらえるだろうか。」

サム下 21:4 ギブオン人はダビデに答えた。「サウルとその家のことで問題なのは金銀ではありません。イスラエルの人々をだれかれなく殺すというのでもありません。」ダビデは言った。「言ってくれれば何でもそのとおりにしよう。」

サム下 21:5 彼らは王に答えた。「わたしたちを滅ぼし尽くし、わたしたちがイスラエルの領土のどこにも定着できないように滅亡を謀った男、

サム下 21:6 あの男の子孫の中から七人をわたしたちに渡してください。わたしたちは主がお選びになった者サウルの町ギブアで、主の御前に彼らをさらし者にします。」王は、「引き渡そう」と言った。

この様に、イスラエルに3年続いた飢饉が起こると、これは主が怒っているのではないかと思いダビデは主の託宣を求めました。すると、神様は「ギブオン人を殺害し、血を流したサウルとその家に責任がある。」と言ったのです。先ほど説明したように。イスラエルとギブオン人にはヨシュアが結んだ協定により、ギブオン人の命が保証されていたのです。それなのにサウルがその協定を破って、ギブオン人を殺し滅亡を謀った、ということは神の協定を破ったということであり、神様の前に償いをしなければならないのです。ダビデはギブオン人にどのように償ったらよいか聞くと、ギブオン人も立派に答えたのです。それは、自分達は金銀の償いを求めてはいない、イスラエルの人を殺したいというのでもない、ただ神との約束を破った、サウルの子孫から7人を私たちに渡してくだされば、サウルの町ギブアで、主のみ前にさらし者にしますと言ったのです。これは神との約束を破ったものは、神の前で償いのために犠牲を捧げなければならないということなのです。あくまでも神の前での罰だというのです。それでダビデは、7人の子孫を引き渡そうと約束しました。

この様にして、ダビデはサウルの7人の子孫を引き渡す約束をしたのですが、誰にするかに悩みました。一番の候補は直系に当たるヨナタンの子メフィポシェトなのですが、ヨナタンとの約束もあったので、メフィポシェトを引き渡すことが出来なかったのです。7節から14節です。

サム下 21:7 しかし、王はサウルの子ヨナタンの息子メフィボシェトを惜しんだ。ダビデとサウルの子ヨナタンとの間には主をさして立てた誓いがあったからである。

サム下 21:8 王はアヤの娘リツパとサウルの間に生まれた二人の息子、アルモニとメフィボシェトと、サウルの娘ミカルとメホラ人バルジライの子アドリエルとの間に生まれた五人の息子を捕らえ、

サム下 21:9 ギブオン人の手に渡した。ギブオンの人々は彼らを山で主の御前にさらした。七人は一度に処刑された。彼らが殺されたのは刈り入れの初め、大麦の収穫が始まるころであった。

サム下 21:10 アヤの娘リツパは粗布を取って岩の上に広げた。収穫の初めのころから、死者たちに雨が天から降り注ぐころまで、リツパは昼は空の鳥が死者の上にとまることを、夜は野の獣が襲うことを防いだ。

サム下 21:11 サウルの側女、アヤの子リツパのこの行いは王に報告された。

サム下 21:12 ダビデはギレアドのヤベシュの人々のところへ行って、サウルの骨とその子ヨナタンの骨を受け取った。その遺骨はギレアドのヤベシュの人々がベト・シャンの広場から奪い取って来たもので、ペリシテ人がギルボアでサウルを討った日に、そこにさらしたものであった。

サム下 21:13 ダビデはそこからサウルの骨とその子ヨナタンの骨を運び、人々は今回さらされた者たちの骨を集め、

サム下 21:14 サウルとその子ヨナタンの骨と共にベニヤミンの地ツェラにあるサウルの父キシュの墓に葬った。人々は王の命令をすべて果たした。この後、神はこの国の祈りにこたえられた。

この様に、ダビデが選んだ犠牲となる7人とは、まず、アヤの娘リツパの息子アルモニとメフィボシェトです。このリツパという人は正室ではなく側室です。サムエル記下の3章6節7節にこう書いてあります。

サム下 3:6 サウル王家とダビデ王家の戦いが続くうちに、サウル王家ではアブネルが実権を握るようになっていた。

サム下 3:7 アヤの娘でリツパという名の女がいた。この女はサウルの側女であった。ある日イシュ・ボシェトはアブネルに、「なぜ父の側女と通じたのか」と言った。

この様に、この疑いをかけられて、憤慨したアブネルは、イスラエルをあきらめて、ユダのダビデのもとにつくことを決心したのです。このリツパという女性はきっと魅力的な女性だったのでしょう。ですが、何も罪のない二人の息子が、父サウルの罪ために犠牲になってしまうのです。

残りの5人は、サウルの娘ミカルとメホラ人バルジライの子アドリエルとの間に生まれた五人の息子でした。ここではサウルの娘ミカルの子となっていますが、メホラ人バルジライの子アドリエルと結婚したのはミカルの姉のメラブなので、メラブの息子5人ということになります。こちらの方は名前すら上げられません。サウルの子供ではなく娘の子供すなわち孫になるからです。何の罪もない7人の子供たちが、父親の罪の罰を受けて犠牲になっていくのです。そうしないと神様の怒りが消えず、飢饉も去らないのです。この様な話は、イエスキリストの犠牲の話とも通じてくるのです。神様は罪を贖うこと無しに許すことのない方なのです。だから犠牲が必要なのです。この7人のサウルの子孫がサウル王の罪のために犠牲になって、神の怒りを解いたように、イエス様も、人々の罪の許しを得るために、罪のないイエス様が犠牲になって、神の怒りを解いたのです。

7人の息子たちは一度に処刑されました。神様の宥めを得るために死体はそのままずっと放っておかれたのです。

その時、二人の息子の母リツパがどのようにしたのかが10節に詳しく書かれています。

サム下 21:10 アヤの娘リツパは粗布を取って岩の上に広げた。収穫の初めのころから、死者たちに雨が天から降り注ぐころまで、リツパは昼は空の鳥が死者の上にとまることを、夜は野の獣が襲うことを防いだ。

この様に、リツパは、何の罪もない二人の息子が殺されたことを不憫に思ったことでしょう。木にかけられた二人の息子が死んでも、その下に荒布を敷いてそこに留まり、昼は空の鳥から守り、夜は野の獣から守ったのです。それは収穫の初めころから雨が降り注ぐころまでということで秋から冬にかけて、2か月くらい居たのかもしれません。この犠牲のさらし者は骨になるまで、半年ほどさらされていたと言います。

サウルの側女、アヤの子リツパのこの行いは王に報告されました。その話を聞いて、ダビデ王も不憫に思ったのか、この犠牲者たちの骨は集められ、サウルとその子ヨナタンの骨と共にベニヤミンの地ツェラにあるサウルの父キシュの墓に葬ったのでした。すなわち、罪びととしてではなく、王家のものとして、鄭重に葬られたのです。これはサウルの残党をもなだめることになりました。

この話の後には、ペリシテとの戦いの話が続きます。これは特につながりがあるわけではなくそれぞれ独立した話として語られています。この戦いの時ダビデは疲れていて、危うくペリシテ人に殺されそうになりましたが、ツェルヤの子アビシャイは、ダビデを助けてこのペリシテ人を打ち殺しました。それ以来、ダビデの家来たちはダビデに誓わせて言いました。「以後、我々と共に戦いに出てはなりません。イスラエルの灯を消さぬよう心掛けてください。」この様に、ダビデが軽はずみに戦場に出て、命の危険を冒すことをさせなかったのです。このダビデを殺そうとしたものは三百シェケルの重さの青銅の槍を持ち、新しい帯を付けてダビデを殺すと言っていたのです。1シュケルが11.4gですから300シュケルで3.42㎏です。これは当時の槍としては相当重かったのでしょう。この男は巨人だったのです。

この後、ペリシテの巨人との戦いの話が続きます。ペリシテにはこのような巨人が普通の人々の中に住んでいたようです。その巨人の家系はラファの子孫にあったようです。全部で4人の巨人が出てきます。まず最初が、今のラファの子孫の一人イシュビ・ベノブであり、二人目は、フシャ人シベカイがラファの子孫の一人サフを打ち殺しました。三人目はエルハナンが、ガト人ゴリアトを打ち殺しました。ゴリアトの槍の柄は機織りの巻き棒ほどもあったということです。このゴリアトが少年ダビデと戦って、石投げ機で打ち倒された物語のもとになっているようで、史実はこちらの方にあるようです。4人目はラファの子孫で、手足の指が六本ずつ、合わせて二十四本ある巨人が出て来て、イスラエルを辱めましたが、ダビデの兄弟シムアの子ヨナタンが彼を討ち取ったと書かれています。少年ダビデが戦った巨人ゴリアトはこの四人が一つになったような巨人でさらにそれが誇張されているようです。そこではこのゴリアトは青銅5000シュケルの鎧を着、槍の柄は機織りの巻き棒のように太く、穂先は鉄600シュケルもあり、イスラエルをさんざん辱めるのです。こちらの方は何倍もスケールが大きくなっていて、いかにも架空の物語になっています。ですから、これもダビデ少年の話とつじつまが合わないので、後回しにされました。

 今日の話の大切なことは、サウルの犯した罪のために、何の罪もないその子孫達が犠牲として捧げられて、神の怒りが解かれたということです。それはイエス・キリストが、何の罪もないのに、人々の罪の贖いとして、十字架に付けられた話と同じなのです。また、アヤの娘リツパは、十字架に付けられた、イエスを見上げる、マリアと同じなのです。リツパは自分の子供たちを見上げて、自分の子供たちが、空の鳥や野の獣に食べられないように必死に守ったように、マリアの思いもこのリツパと同じだったことを思わなければなりません。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様。罪を犯したものは必ず、神の前に償いの犠牲を捧げなければなりません。サウルの子孫たちはサウルの犯した罪のために贖いの犠牲となりました。イエス様の犠牲も、私たちの罪の贖いのために必要だったのです。イエス様はそのために自分から進んで贖いとなったのです。私たちが救われているのはその犠牲の上に立っていることを覚えさせてください。その事を覚えつつ、心を神様に向けて、いつも許しを願い、感謝をささげることが出来ますように。

この祈りを、主イエス・キリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン

 

<<聖書の箇所(旧約聖書:◇サムエル記下)>>  

 

◆飢饉とサウルの子孫

サム下 21:1 ダビデの世に、三年続いて飢饉が襲った。ダビデは主に託宣を求めた。主は言われた。「ギブオン人を殺害し、血を流したサウルとその家に責任がある。」

サム下 21:2 王はギブオン人を招いて言った。――ギブオン人はアモリ人の生き残りで、イスラエルの人々に属する者ではないが、イスラエルの人々は彼らと誓約を交わしていた。ところがサウルは、イスラエルとユダの人々への熱情の余り、ギブオン人を討とうとしたことがあった。

サム下 21:3 ダビデはギブオン人に言った。「あなたたちに何をしたらよいのだろう。どのように償えば主の嗣業を祝福してもらえるだろうか。」

サム下 21:4 ギブオン人はダビデに答えた。「サウルとその家のことで問題なのは金銀ではありません。イスラエルの人々をだれかれなく殺すというのでもありません。」ダビデは言った。「言ってくれれば何でもそのとおりにしよう。」

サム下 21:5 彼らは王に答えた。「わたしたちを滅ぼし尽くし、わたしたちがイスラエルの領土のどこにも定着できないように滅亡を謀った男、

サム下 21:6 あの男の子孫の中から七人をわたしたちに渡してください。わたしたちは主がお選びになった者サウルの町ギブアで、主の御前に彼らをさらし者にします。」王は、「引き渡そう」と言った。

サム下 21:7 しかし、王はサウルの子ヨナタンの息子メフィボシェトを惜しんだ。ダビデとサウルの子ヨナタンとの間には主をさして立てた誓いがあったからである。

サム下 21:8 王はアヤの娘リツパとサウルの間に生まれた二人の息子、アルモニとメフィボシェトと、サウルの娘ミカルとメホラ人バルジライの子アドリエルとの間に生まれた五人の息子を捕らえ、

サム下 21:9 ギブオン人の手に渡した。ギブオンの人々は彼らを山で主の御前にさらした。七人は一度に処刑された。彼らが殺されたのは刈り入れの初め、大麦の収穫が始まるころであった。

サム下 21:10 アヤの娘リツパは粗布を取って岩の上に広げた。収穫の初めのころから、死者たちに雨が天から降り注ぐころまで、リツパは昼は空の鳥が死者の上にとまることを、夜は野の獣が襲うことを防いだ。

サム下 21:11 サウルの側女、アヤの子リツパのこの行いは王に報告された。

サム下 21:12 ダビデはギレアドのヤベシュの人々のところへ行って、サウルの骨とその子ヨナタンの骨を受け取った。その遺骨はギレアドのヤベシュの人々がベト・シャンの広場から奪い取って来たもので、ペリシテ人がギルボアでサウルを討った日に、そこにさらしたものであった。

サム下 21:13 ダビデはそこからサウルの骨とその子ヨナタンの骨を運び、人々は今回さらされた者たちの骨を集め、

サム下 21:14 サウルとその子ヨナタンの骨と共にベニヤミンの地ツェラにあるサウルの父キシュの墓に葬った。人々は王の命令をすべて果たした。この後、神はこの国の祈りにこたえられた。

◆対ペリシテ戦における武勲

サム下 21:15 ペリシテ人は再びイスラエルと戦った。ダビデは家臣を率いて出陣し、ペリシテと戦ったが、ダビデは疲れていた。

サム下 21:16 ラファの子孫の一人イシュビ・ベノブは、三百シェケルの重さの青銅の槍を持ち、新しい帯を付けて、ダビデを討つ、と言った。

サム下 21:17 しかし、ツェルヤの子アビシャイは、ダビデを助けてこのペリシテ人を打ち殺した。それ以来、ダビデの家来たちはダビデに誓わせた。「以後、我々と共に戦いに出てはなりません。イスラエルの灯を消さぬよう心掛けてください。」

サム下 21:18 その後、ゴブの地で、再びペリシテ人との戦いがあった。このときは、フシャ人シベカイがラファの子孫の一人サフを打ち殺した。

サム下 21:19 ゴブで、またペリシテ人との戦いがあったとき、ベツレヘム出身のヤアレ・オルギムの子エルハナンが、ガト人ゴリアトを打ち殺した。ゴリアトの槍の柄は機織りの巻き棒ほどもあった。

サム下 21:20 別の戦いがガトでもあった。ラファの子孫で、手足の指が六本ずつ、合わせて二十四本ある巨人が出て来て、

サム下 21:21 イスラエルを辱めたが、ダビデの兄弟シムアの子ヨナタンが彼を討ち取った。

サム下 21:22 これら四人はガトにいたラファの子孫で、ダビデとその家臣の手によって倒された。