家庭礼拝 2023年9月6日 サムエル記下 10:1-19 アンモン、アラムとの戦い
起
今日の話は、イスラエルに対する、アンモン人とアラム人との戦いの話になります。アンモン人はイスラエルの東側にいる民族で、アラム人は北東にいる民族で、ユーフラテス川の周辺に住んでいる民族です。8章のダビデの戦果と言う所では、東西南北の敵をすべて打ち破って、安定を築いたことが書かれていますが、この時に、ダビデは、アンモン人もアラム人も打ち破って従わせているのです。
所が完全に属国となったわけではなく、それぞれの国を維持しているわけで、その国の国王がなくなるとその状況は変化してくるのです。今日の話ではこの東側のアンモン人の王が死んでその子供の代になった時、ダビデが使節を遣わして、哀悼の意を表わそうとしたとき、アンモン人の高官たちがその使節を疑って、この町を探りに来たに違いないと王様を説き伏せて、その使節に辱めを与えて、追い返したのです。そのためにアンモンとイスラエルの戦争が起こりました。
アンモン人はアラム人と同盟を結んで、イスラエルに戦いをのぞみました。城門の前にはアンモン人、後ろの平原にはアラム人と言う状況の中で、イスラエルの将軍ヨアブは苦境に立たされましたが、ヨアブは後ろのアラム軍に対して戦列を組み、兄弟のアブシャイには城門の前のアンモン軍に戦列を整えさせました。この状況はイスラエルにとって挟み撃ちとなっていて、しかも戦力は敵側の方が多いという状況なのでとても危険な状態だったのです。
この困難な状況の中で、ヨアブは今まで、見せたこともない信仰の力を見せました。ヨアブがこれほど信仰深い人とは思えませんでした。今まではダビデの信仰の力に隠れて、あまり目立たなかったのかもしれません。ヨアブはこの困難な状況の中で兄弟のアブシャイに対してこう言って励ましたのです。11節と12節です。
サム下 10:11 ヨアブは言った。「アラム人がわたしより強ければ、こちらを助けてくれ。アンモン人がお前より強ければ、そちらを助けに行く。
サム下 10:12 我らの民のため、我らの神の町々のため、雄々しく戦おう。主が良いと思われることを行ってくださるように。」
この様に、ヨアブは我らの民のため、神の町々のため雄々しく戦おうと言ったのです。自分が助かるためではなく、民のため、神のために雄々しく戦うことを決意したのです。そして、主が良いと思われることを行ってくださるようにと祈りました。この言葉の陰には、たとえ死んでも主が良いとされることならそれを恐れません、すべてを神様に委ねて受け入れますという決心が込められているのです。ですからこの二人の将軍は、死を覚悟し、死をも恐れず、怖じ惑うことなく敵に対していったのです。
その気迫に押されて、優勢を頼みにしていた敵は、一気に崩れ去って、逃げ去っていったのです。まずアラム軍が逃げ去り、続いてアンモン軍が逃げ去りました。アラム軍はまた体勢を立て直して、イスラエルに戦いを挑んだのですが、再び敗れたので、もうアンモン軍を支援することはせず、イスラエルに隷属するものとなったのです。
承
この様な戦いの話になりますが、まずは、その戦いのもととなった出来事から読んでみましょう。1節から4節です。
サム下 10:1 その後、アンモン人の王が死に、その子ハヌンが代わって王となった。
サム下 10:2 ダビデは、「ハヌンの父ナハシュがわたしに忠実であったのだから、わたしもその子ハヌンに忠実であるべきだ」と言って、使節を遣わして哀悼の意を表そうとした。ところが、ダビデの家臣たちがアンモン人の領地に入ると、
サム下 10:3 アンモン人の高官たちは主君ハヌンに言った。「ダビデがお父上に敬意を表して弔問の使節を送って来たとお考えになってはなりません。この町を探りうかがい、倒そうとして、家臣を送り込んだにちがいありません。」
サム下 10:4 それでハヌンはダビデの家臣を捕らえ、ひげを半分そり落とし、衣服も半分、腰から下を切り落として追い返した。
この様に、事の発端はアンモン人の王が死んだことでした。そのことによって、その子ハヌンが王になったのですが、その時ダビデは弔意を表すために使節を遣わそうとしました。その時ダビデが言った言葉としては「ハヌンの父ナハシュがわたしに忠実であったのだから、わたしもその子ハヌンに忠実であるべきだ」と言って、使節を遣わしたというのです。これはあまり額面どおりは受け取れない言葉です。イスラエルとアンモンはいつも争いが絶えなかったからです。ですから使節がダビデの言葉を伝えたとき、アンモン人の高官たちは新しく王になったヌハンに対して、この様に言って注意を促したのです。「ダビデがお父上に敬意を表して弔問の使節を送って来たとお考えになってはなりません。この町を探りうかがい、倒そうとして、家臣を送り込んだにちがいありません。」この様なことはあり得る話で、ここまではそれほど間違ったことはしていないのです。ですが、そのことを聞いたハヌンはダビデの家臣を捕らえ、ひげを半分そり落とし、衣服も半分、腰から下を切り落として追い返した、と言うのです。こんなことをすれば戦争になるのは当たり前なのです。これほどの侮辱を相手に与えたというのはこの息子ハヌンにも、今までイスラエルと戦って出来ていた憎しみが募っていたのかもしれません。若さのあまり、ちょっとやりすぎてしまったのです。
さて、これを知ったダビデはどうしたでしょうか。5節から7節です。
サム下 10:5 この人たちが甚だしい辱めを受けたという知らせがダビデに届くと、ダビデは人を遣わして彼らを迎えさせ、王の伝言として、「ひげが生えそろうまでエリコにとどまり、それから帰るように」と言わせた。
サム下 10:6 アンモン人は、ダビデの憎しみをかったと悟ると、ベト・レホブおよびツォバのアラム人に人を遣わして歩兵二万を傭兵として要請し、マアカの王には兵一千、トブには兵一万二千を要請した。
サム下 10:7 これを聞いたダビデは、ヨアブをはじめ勇士たちの全軍を送り出した。
この様に、アンモンの王様はいつも過剰反応するようです。ダビデの使節が来た時も何も相手をそこまで刺激することなく返せばよかったのに、最大限の侮辱を加え、その後も、ダビデが兵を起こしたというわけでもないのに、ダビデに憎まれたのだからきっと攻めてくるに違いないと思って、アラム人の傭兵を要請したのです。その数、マアカの王には千人の傭兵を、トブには12000人の傭兵を募り、合計で、13000人の傭兵を準備したのです。この様な動きをダビデが見逃すはずはありません。ダビデはイスラエルの全軍を呼び集めて、前線へと送り出したのです。これもアンモンの王様が過剰反応して、戦う準備をしなければダビデは攻めてこなかったかもしれません。侮辱を受けた使節に対しては、「ひげが生えそろうまでエリコにとどまり、それから帰るように」と言わせたのであって、まだ冷静に対応していたのです。それなのにアンモンの王はさらに挑発するような格好になったのです。
転
さて、いよいよ戦いの場面です。アンモン人とアラム人の兵が攻めてきました。イスラエル軍を指揮するのはヨアブです。8節から10節です。
サム下 10:8 アンモン人は城門の入り口まで出て戦いに備え、ツォバとレホブのアラム兵およびトブとマアカの兵は野にあって戦いに備えた。
サム下 10:9 ヨアブは戦線が前方と後方にあるのを見て、イスラエルの全精鋭から兵をえりすぐり、アラム軍に向かって戦列を整え、
サム下 10:10 残りの兵士を兄弟アビシャイの指揮にゆだねて、アンモン軍に向かって戦列を整えさせた。
この様に、アンモン人は城門の入り口にまで出てきて、戦おうとしています。そして後ろの野には、傭兵として要請した、ツォバとレホブのアラム兵およびトブとマアカの兵が陣取っていました。イスラエルは前後を敵に挟まれているような状況で、一方を攻めれば後ろから攻められ、他方を攻めても後ろから攻められるという困難な状況にあったのです。そこでヨアブはイスラエルの全精鋭からえりすぐりの強い兵士たちを集めて、アラム軍に向かって戦列を整えたのです。そして残りの兵士を兄弟のアビシャイの指揮に委ねて、アンモン軍に向かって戦列を整えて対峙したのです。この様にイスラエル軍は、前と後ろの敵のために兵力を半分分けなければならなかったので、苦しい状況でした。ですがアラム人に対してはえりすぐりの精鋭を準備したので、何かが起こりそうです。
でも敵に前後から攻められて、イスラエルの指揮官ヨアブは緊張していました。そしてこういったのです。11節から14節です。
サム下 10:11 ヨアブは言った。「アラム人がわたしより強ければ、こちらを助けてくれ。アンモン人がお前より強ければ、そちらを助けに行く。
サム下 10:12 我らの民のため、我らの神の町々のため、雄々しく戦おう。主が良いと思われることを行ってくださるように。」
サム下 10:13 ヨアブと彼に従う兵士たちが戦おうと迫ると、アラム軍はヨアブの前から逃げ去った。
サム下 10:14 アラム軍が逃げるのを見ると、アンモン人も、アビシャイの前から逃げ出し、町の中に入った。ヨアブはアンモン人をそのままにして引き揚げ、エルサレムに帰った。
この様に、ヨアブは、アラム人が私より強ければ、こちらを助けてくれ。アンモン人がお前より強ければ、そちらを助けに行く。といったのですが、ヨアブにはイスラエルの劣勢が分かっていたのです。ですから、きっとどちらかが敗れるだろうと思っていたのです。と言うのも軍を二つに分けていたから、数において相手に及ばないことはわかっていたのです。だから負けている方を互いに助けに行こうと励ましあったのです。
そしてヨアブはこう言ったのです。「我らの民のため、我らの神の町々のため、雄々しく戦おう。主が良いと思われることを行ってくださるように。」これはヨアブたちが死を覚悟して言った言葉なのです。自分たちの死を無駄にしないで、自分たちの民のため、神の町々のため、死を覚悟して雄々しく戦おうと言っているのです。そして、主が良いと思われることを行ってくださるようにと祈ったのです。ここでは、私たちを勝たせてくださいと祈っているのではないのです。もし自分たちがここで死に、ここで敗れ去ったとしても、どうか主が良いと思われることを行ってください、御心が行われますようにと、完全に主に委ねたのです。ここにヨアブの信仰が現れました。自分たちの死を前にして、自分たちの運命を神様に委ねました。
ところが結果は意外な形で現れました。13節と14節です。
サム下 10:13 ヨアブと彼に従う兵士たちが戦おうと迫ると、アラム軍はヨアブの前から逃げ去った。
サム下 10:14 アラム軍が逃げるのを見ると、アンモン人も、アビシャイの前から逃げ出し、町の中に入った。ヨアブはアンモン人をそのままにして引き揚げ、エルサレムに帰った。
この様に、ヨアブのイスラエル軍は少人数なのに、大群のアラム軍に死を決意した鬼気迫る迫力でアラム軍に迫っていくと、アラム軍はその気迫に押されて、戦う前にヨアブの前から逃げ去ったのです。きっとイスラエルの神の力を聞き知っていた人々がその力を恐れたのだと思います。アラム軍がこの様に逃げるのを見ると、アンモン人も怖気づいて、アビシャイの前から逃げ出し、町の中に入ったのです。すなわちイスラエル軍は劣勢にもかかわらず、戦わずして、敵を退散させたのです。ヨアブはそれ以上深追いをしませんでした。それは調子に乗って相手を攻めるほどには自分たちの体制が整っていないことを知っていたからです。そしてそこを引き上げて、エルサレムに帰りました。
戦いはこれで終わったわけではありませんでした。戦いに負けたアラム人が今度は傭兵としてではなく、誇りをかけて、イスラエルに立ち向かってきたのです。15節から19節です。
サム下 10:15 イスラエルに打ち負かされたと見ると、アラムは団結し、
サム下 10:16 ハダドエゼルは人を遣わして、ユーフラテスの向こうにいたアラム軍を出動させた。彼らは、ハダドエゼルの軍の司令官ショバクに率いられてヘラムに着いた。
サム下 10:17 報告を受けたダビデもイスラエルの全軍を集結させ、ヨルダン川を渡ってヘラムに向かった。アラム軍は戦列を整えてダビデを迎え撃ち、戦ったが、
サム下 10:18 彼らはイスラエルの前から逃げ去った。ダビデはアラムの戦車兵七百、騎兵四万を殺し、軍の司令官ショバクもその場で打ち殺した。
サム下 10:19 ハダドエゼルに隷属していた王たちは皆、イスラエルに敗北したことを認めて和を請い、イスラエルに隷属した。アラム人は恐れて、二度とアンモン人を支援しなかった。
この様にアラム軍は、イスラエルに打ち負かされたと知って、今度は傭兵としてではなく、自分たちの精鋭のアラム軍を司令官ショバクに率いられてやってきたのです。傭兵の時には単に数を合わせて、それで、見返りをもらうという戦いですが、今度は誇りをかけた真剣勝負です。
その様なアラム軍がやってくるとの知らせを聞いたダビデはイスラエルの全軍を集結させて、ヘラムに向かいアラム軍と戦いました。この時はダビデが最高司令官として戦ったのです。ダビデは彼らを打ち破り、戦車兵700、騎兵4万を殺したというのですから、前回の戦いよりもさらに規模の大きな戦いであったのだと思います。敵の司令官ショバクもその場で撃ち殺されました。アラムのハダドエゼルに隷属していた王たちはみな、イスラエルに下って和を願い、イスラエルに隷属するようになりました。この様なことがあったので、アラム人は二度とアンモン人を支援しなかったと言います。アンモン人は本気で戦わなかったからです。
結
今日の話の中心は、イスラエルの司令官ヨアブの決心です。たとえ自分たちが劣勢であり、困難が待ち受けていようとも、それをすべて神様に委ねて、我らの民のため、我らの神の町々のため、雄々しく戦おう。主が良いと思われることを行ってくださるように。と言って戦ったことが、道を開いたのです。神様が、道を開いてくださったのです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様。ヨアブは困難な状況の中で、すべてをあなたに委ねて、主が良いと思われることを行ってくださるようにと祈り、結果にこだわることなく、自分のなすべきことを行いました。そこにあなたが働いてくださって道が開かれました。私たちが困難にある時にも、じぶんを守ろうとしてジタバタするのではなく只あなたに委ねて、主が良いと思われることを行ってくださるようにと祈ることが出来ますように。そしてすべての結果を神の栄光に帰すことが出来ますように。
この祈りを、主イエス・キリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(旧約聖書:◇サムエル記下)>>
◆アンモン、アラムとの戦い
サム下 10:1 その後、アンモン人の王が死に、その子ハヌンが代わって王となった。
サム下 10:2 ダビデは、「ハヌンの父ナハシュがわたしに忠実であったのだから、わたしもその子ハヌンに忠実であるべきだ」と言って、使節を遣わして哀悼の意を表そうとした。ところが、ダビデの家臣たちがアンモン人の領地に入ると、
サム下 10:3 アンモン人の高官たちは主君ハヌンに言った。「ダビデがお父上に敬意を表して弔問の使節を送って来たとお考えになってはなりません。この町を探りうかがい、倒そうとして、家臣を送り込んだにちがいありません。」
サム下 10:4 それでハヌンはダビデの家臣を捕らえ、ひげを半分そり落とし、衣服も半分、腰から下を切り落として追い返した。
サム下 10:5 この人たちが甚だしい辱めを受けたという知らせがダビデに届くと、ダビデは人を遣わして彼らを迎えさせ、王の伝言として、「ひげが生えそろうまでエリコにとどまり、それから帰るように」と言わせた。
サム下 10:6 アンモン人は、ダビデの憎しみをかったと悟ると、ベト・レホブおよびツォバのアラム人に人を遣わして歩兵二万を傭兵として要請し、マアカの王には兵一千、トブには兵一万二千を要請した。
サム下 10:7 これを聞いたダビデは、ヨアブをはじめ勇士たちの全軍を送り出した。
サム下 10:8 アンモン人は城門の入り口まで出て戦いに備え、ツォバとレホブのアラム兵およびトブとマアカの兵は野にあって戦いに備えた。
サム下 10:9 ヨアブは戦線が前方と後方にあるのを見て、イスラエルの全精鋭から兵をえりすぐり、アラム軍に向かって戦列を整え、
サム下 10:10 残りの兵士を兄弟アビシャイの指揮にゆだねて、アンモン軍に向かって戦列を整えさせた。
サム下 10:11 ヨアブは言った。「アラム人がわたしより強ければ、こちらを助けてくれ。アンモン人がお前より強ければ、そちらを助けに行く。
サム下 10:12 我らの民のため、我らの神の町々のため、雄々しく戦おう。主が良いと思われることを行ってくださるように。」
サム下 10:13 ヨアブと彼に従う兵士たちが戦おうと迫ると、アラム軍はヨアブの前から逃げ去った。
サム下 10:14 アラム軍が逃げるのを見ると、アンモン人も、アビシャイの前から逃げ出し、町の中に入った。ヨアブはアンモン人をそのままにして引き揚げ、エルサレムに帰った。
サム下 10:15 イスラエルに打ち負かされたと見ると、アラムは団結し、
サム下 10:16 ハダドエゼルは人を遣わして、ユーフラテスの向こうにいたアラム軍を出動させた。彼らは、ハダドエゼルの軍の司令官ショバクに率いられてヘラムに着いた。
サム下 10:17 報告を受けたダビデもイスラエルの全軍を集結させ、ヨルダン川を渡ってヘラムに向かった。アラム軍は戦列を整えてダビデを迎え撃ち、戦ったが、
サム下 10:18 彼らはイスラエルの前から逃げ去った。ダビデはアラムの戦車兵七百、騎兵四万を殺し、軍の司令官ショバクもその場で打ち殺した。
サム下 10:19 ハダドエゼルに隷属していた王たちは皆、イスラエルに敗北したことを認めて和を請い、イスラエルに隷属した。アラム人は恐れて、二度とアンモン人を支援しなかった。