家庭礼拝 2023年8月9日 サムエル記下 6:1-23 神の箱をエルサレムへ運び上げる
起
モーセの十戒の石の板が入っている、神の箱は最終的にエルサレム神殿に安置されますが、今日の聖書の話は、その神の箱をエルサレムまで運ぶ話になります。
さて、神の箱の物語は途中からすっかりなくなってしまいましたが、どこから止まっているのでしょうか。神の箱の物語は、サウル王の前のサムエルがまだ若かったころの祭司長エリが元気だったサムエル記上の4章までさかのぼるのです。この時イスラエルはペリシテと戦って劣勢でした。それで、主の契約の箱をシロの神殿から前線に持ってくれば、きっと敵の手から救ってくださるだろうとイスラエルの長老たちは考えたのです。それで契約の箱を担いで運んでこさせたのですが、その時エリの二人の評判の悪い息子もついてきました。神の箱を見てイスラエルの兵士たちは大喜びしたのですが、イスラエル軍はペリシテに打ち負かされて、神の箱は奪われ、エリの二人の息子も死にました。これからずっとこの契約の箱は本来あるべきところに置かれることなくさまよっていたのです。
ペリシテ人は神の箱を奪って、エベン・エゼルからアシュドドに運び、ダゴンの神殿に運び入れたのです。ところがその神殿で、不思議な事ばかり起こったのです。ダゴンの像が倒れたり、頭と両手が切り取られたりしたり、周辺の人々に腫物を生じさせられたりしたので、この箱はここにとどめておいてはならないと言って、ガトと言う所に移すとそこでも腫物が広がりだしたので、神の箱をエクロンと言う所に送ったのです。するとその町の住民たちは私たちを殺すつもりかと騒ぎだし、結局神の箱をイスラエルに送り返すことになったのです。
神の箱は国境のベト・シェメシュまで運ばれると、住民のペリシテ人が神の箱を覗いたので、そこでも70人の民が神に打たれたのです。それでイスラエルのキルヤト・エアリムの住民に使者を送って、神の箱をもっていってくれと頼んで運び出したのです。そして最終的にキルヤト・エアリムのアビナダブの家に運ばれて、そこで主の箱を守ったのです。それから50年ほどもたって、やっとダビデが主の箱をエルサレムに運ぼうとしたのが今日の話になります。そこにもいろいろな出来事が起こりました。そのことを学んでいきたいと思います。
承
それでは、一節から5節までを読んでみましょう。
サム下 6:1 ダビデは更にイスラエルの精鋭三万をことごとく集めた。
サム下 6:2 ダビデは彼に従うすべての兵士と共にバアレ・ユダから出発した。それは、ケルビムの上に座す万軍の主の御名によってその名を呼ばれる神の箱をそこから運び上げるためであった。
サム下 6:3 彼らは神の箱を新しい車に載せ、丘の上のアビナダブの家から運び出した。アビナダブの子ウザとアフヨがその新しい車を御していた。
サム下 6:4 彼らは丘の上のアビナダブの家から神の箱を載せた車を運び出し、アフヨは箱の前を進んだ。
サム下 6:5 ダビデとイスラエルの家は皆、主の御前で糸杉の楽器、竪琴、琴、太鼓、鈴、シンバルを奏でた。
この様に信仰の厚かったダビデは国が統一され、落ち着いたので、神の箱を新しい都エルサレムに運ぶために軍隊3万人をそろえて、神の箱が安置されているアビナダブの家に向かったのです。
アビナダブの子ウザとアフヨは神の箱を新しい車に乗せて丘の上から運び出したのです。その御者となっていたのはこのウザとアフヨです。実は、神の箱は人の手で運び出さなければならないことになっていたのですが、この二人はその労を惜しんだのか、その規定を知らなかったのか、車で運んだほうが楽だろうと思って、車に乗せて運びだしたのです。アフヨは箱の前を進んだと書かれているので、この時はウザが車の御者をしていたのだと思います。ダビデとイスラエルの人々は、主の御前で糸杉の楽器、竪琴、琴、太鼓、鈴、シンバルを奏でたとありますが、出発の時なのか行列の時なのかはわかりません。この様に大勢の人々と、音楽とに包まれながら、この神の箱は運び出されたのです。
牛の車で神の箱を運んでいるとき、思いがけない出来事が起こりました。6節から10節です。
サム下 6:6 一行がナコンの麦打ち場にさしかかったとき、牛がよろめいたので、ウザは神の箱の方に手を伸ばし、箱を押さえた。
サム下 6:7 ウザに対して主は怒りを発し、この過失のゆえに神はその場で彼を打たれた。ウザは神の箱の傍らで死んだ。
サム下 6:8 ダビデも怒った。主がウザを打ち砕かれたためである。その場所をペレツ・ウザ(ウザを砕く)と呼んで今日に至っている。
サム下 6:9 その日、ダビデは主を恐れ、「どうして主の箱をわたしのもとに迎えることができようか」と言って、
サム下 6:10 ダビデの町、自分のもとに主の箱を移すことを望まなかった。ダビデは箱をガト人オベド・エドムの家に向かわせた。
この様に、何が起こったかと言うと、運んでいた車が、牛がよろめいたために、御者のウザはとっさに神の箱を手で押さえたのです。誰でも大切なものが滑り落ちそうになったら手で押さえそうなものですが、神様は怒りを発して、ウザをその場で撃たれて、ウザは神の箱の傍らで死んだのです。ウザは神の箱を守ろうとしたのに何がいけなかったのでしょうか。何が過失だったのでしょうか。民数記4章15節によると、主はモーセとアロンに対し、「彼らは聖なるものに触れてはならない。触れると死ぬであろう。」と言われていたのです。たとえその行為が善意のものであっても、この規定に触れてはいけないと厳しく言われていたのです。さらには人の手で運ばなければならないものを牛の車で運んだということも神の怒りに触れたのかもしれません。当時はもう神の規定を知っている人が少なかったのかもしれません。ですからダビデも、主がウザを打ち砕かれたのを見て、怒ったのです。そして、主を恐れて、「どうして主の箱をわたしのもとに迎えることができようか」と言って、ダビデの町に入れることを望みませんでした。そしてその箱をガト人のオベド・エドムの家に向かわせたのです。
転
主の箱は、直接ダビデの町に入れずに、ガト人オベド・エドムの家に仮置きして様子を見ることになりました。11節から16節です。
サム下 6:11 三か月の間、主の箱はガト人オベド・エドムの家にあった。主はオベド・エドムとその家の者一同を祝福された。
サム下 6:12 神の箱のゆえに、オベド・エドムの一家とその財産のすべてを主は祝福しておられる、とダビデ王に告げる者があった。王は直ちに出かけ、喜び祝って神の箱をオベド・エドムの家からダビデの町に運び上げた。
サム下 6:13 主の箱を担ぐ者が六歩進んだとき、ダビデは肥えた雄牛をいけにえとしてささげた。
サム下 6:14 主の御前でダビデは力のかぎり踊った。彼は麻のエフォドを着けていた。
サム下 6:15 ダビデとイスラエルの家はこぞって喜びの叫びをあげ、角笛を吹き鳴らして、主の箱を運び上げた。
サム下 6:16 主の箱がダビデの町に着いたとき、サウルの娘ミカルは窓からこれを見下ろしていたが、主の御前で跳ね踊るダビデ王を見て、心の内にさげすんだ。
この様に、ダビデは神の箱を直接ダビデの町に持ってくることはせず、いったんガト人オベド・エドムの家に仮置きして様子を見ることにしたのです。それは神の箱によって、禍が起こるのか祝福が起こるのかを確かめようとしたのでした。と言うのも、神の箱を守ろうとして、箱に手を触れて支えようとしたウザをも、主は打たれ死なせてしまったので、ダビデは怒りそして恐れたのです。良いことをしてもこの様なことになるなら、ダビデの町に入れても何が起こるかわからないと思ったのです。そして3か月ほど様子を見ていると、神の箱のゆえに、オベド・エドムの一家とその財産のすべてを主は祝福しておられる、とダビデ王に告げる者があったのです。これを聞いてダビデは喜びました。これこそダビデが願っていたことだからです。そして喜んでそこからダビデの町へ移そうと決心したのです。ダビデは直ちに出かけ、喜び祝って神の箱をオベド・エドムの家からダビデの町に運び上げました。
その神の箱を運ぶ行進は、儀式を行いながら踊りながらのゆっくりしたものでした。主の箱を担ぐ者が六歩進んだとき、ダビデは肥えた雄牛をいけにえとしてささげた、とあるように、6歩進むごとに儀式を行うような行進だったようです。そして、主の箱の前ではダビデは力の限り踊っていました。最初は麻のエフォドをつけていましたが、そのうち暑くなったのか、裸になって踊ったようです。この様にして、ダビデとイスラエルの家はこぞって喜びの叫びをあげ、角笛を吹き鳴らして、主の箱を運び上げたのです。町中が喜び祝ったのです。
ですがその中で、ただ一人冷めた目でダビデを見ている人がいました。サウルの娘でありダビデの妻となったミカルです。16節から19節です。
サム下 6:16 主の箱がダビデの町に着いたとき、サウルの娘ミカルは窓からこれを見下ろしていたが、主の御前で跳ね踊るダビデ王を見て、心の内にさげすんだ。
サム下 6:17 人々が主の箱を運び入れ、ダビデの張った天幕の中に安置すると、ダビデは主の御前に焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげた。
サム下 6:18 焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげ終わると、ダビデは万軍の主の御名によって民を祝福し、
サム下 6:19 兵士全員、イスラエルの群衆のすべてに、男にも女にも、輪形のパン、なつめやしの菓子、干しぶどうの菓子を一つずつ分け与えた。民は皆、自分の家に帰って行った。
この様に、町中が喜び祝って、主の箱がダビデの町についたことを喜んでいるときに、サウルの娘ミカルは窓からこれを見下ろしていて、主のみ前ではね踊るダビデ王を見て、心のうちにさげすんだのです。ミカルの父のサウル王はあまり信仰心はなく、神の箱にも興味を持たなかったので、そのことがミカルにも伝わっていたのかもしれません。ミカルは王家の娘としてのプライドの方が勝って、ダビデが王のようにではなく、あほう者のように踊り狂っているのをみっともないと思ったのです。ミカルは若い時にはダビデに恋をしていたのですが、ダビデから引き離され別の人と結婚し、また引き裂かれてダビデと政略結婚させられて、心が冷めてしまったのだと思います。
ダビデは、主の箱を運び入れ、天幕の中に安置すると、ダビデは主の御前に焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげました。そのあと、ダビデは万軍の主の御名によって民を祝福し、兵士全員、イスラエルの群衆のすべてに、男にも女にも、輪形のパン、なつめやしの菓子、干しぶどうの菓子を一つずつ分け与えて、喜びを分かち合いました。
この様に、ダビデはイスラエル中の人々に喜びのプレゼントを与えて祝福し、家の者にもその祝福を与えようとして戻ってくると、そこには不満と軽蔑のまなざしのサウルの娘ミカルがダビデを待っていました。20節から23節です。
サム下 6:20 ダビデが家の者に祝福を与えようと戻って来ると、サウルの娘ミカルがダビデを迎えて言った。「今日のイスラエル王は御立派でした。家臣のはしためたちの前で裸になられたのですから。空っぽの男が恥ずかしげもなく裸になるように。」
サム下 6:21 ダビデはミカルに言った。「そうだ。お前の父やその家のだれでもなく、このわたしを選んで、主の民イスラエルの指導者として立ててくださった主の御前で、その主の御前でわたしは踊ったのだ。
サム下 6:22 わたしはもっと卑しめられ、自分の目にも低い者となろう。しかし、お前の言うはしためたちからは、敬われるだろう。」
サム下 6:23 サウルの娘ミカルは、子を持つことのないまま、死の日を迎えた。
この様に、喜びに満ちて家に帰ってきたダビデに、迎えに出た妻のミカルは冷たい言葉を浴びせかけてきたのです。「今日のイスラエル王は御立派でした。家臣のはしためたちの前で裸になられたのですから。空っぽの男が恥ずかしげもなく裸になるように。」と皮肉を言って、軽蔑したのです。ミカルには、本当は父のサウル王や家系の者ががこの様に王として迎えられるはずだったのにと言う、嫉妬に似た気持ちがあったのかもしれません。
これに対してダビデはミカルにこう言ったのです。「そうだ。お前の父やその家のだれでもなく、このわたしを選んで、主の民イスラエルの指導者として立ててくださった主の御前で、その主の御前でわたしは踊ったのだ。わたしはもっと卑しめられ、自分の目にも低い者となろう。しかし、お前の言うはしためたちからは、敬われるだろう。」これは、ダビデがミカルが自分の父サウルとダビデを比較していることを知って言った言葉でした。主は、サウルやサウルの家系のものではなく、私をイスラエルの指導者として立ててくださった。その主のみ前で踊ったのだから、自分はもっと卑しめられ自分の目にも低いものとなって、神のみ前にへりくだろう。だがそれでもお前が軽蔑するはしためたちからは敬われ賛美されるだろうということを言ったのです。この事は、ミカルとダビデの決定的な決裂となるのです。この後、サウルの娘ミカルは、子を持つことのないまま、死の日を迎えた、と書かれています。若いときにはダビデを慕ったミカルでしたが、晩年は寂しいものとなったのです。そして子を持つことのないまま死んだということは、これでサウルの王家の家系は完全に途絶えたということになるのです。
結
ダビデは、神の箱をエルサレムのダビデの町に運ぶことにしました。それはこの町が統一したイスラエル王国の都であることを権威づけるにも必要だったのです。この箱には誰も関心を寄せずにほおっておかれたのですが、ダビデがこれを鄭重に運び出すことにしたのです。運ぶ途中で思いがけないアクシデントがあって、ダビデも恐れをなしましたが、結局はダビデの町に運び入れることが出来ました。この事は、ダビデ王国の完成を表し、ミカルが子供を持てなかったことは、サウル王国の終焉を表しているのです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様。ダビデは神様の御前で裸になって踊り狂い、卑しめられることもかまわず、神のみ前にへりくだりました。この様にして神を賛美し、神をほめたたえたのです。この事の喜びは国中にいきわたりました。ダビデの信仰がいきわたったのです。ダビデ王国が完成したのです。ダビデは神のみ前ではこれほどへりくだることが出来たのです。私たちは神のみ前でどれほどへりくだり自分を捨てて神を賛美できるでしょうか。どうかダビデのように、神を賛美しほめたたえるものとさせてください。この祈りを、主イエス・キリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(旧約聖書:◇サムエル記下)>>
◆神の箱をエルサレムへ運び上げる
サム下 6:1 ダビデは更にイスラエルの精鋭三万をことごとく集めた。
サム下 6:2 ダビデは彼に従うすべての兵士と共にバアレ・ユダから出発した。それは、ケルビムの上に座す万軍の主の御名によってその名を呼ばれる神の箱をそこから運び上げるためであった。
サム下 6:3 彼らは神の箱を新しい車に載せ、丘の上のアビナダブの家から運び出した。アビナダブの子ウザとアフヨがその新しい車を御していた。
サム下 6:4 彼らは丘の上のアビナダブの家から神の箱を載せた車を運び出し、アフヨは箱の前を進んだ。
サム下 6:5 ダビデとイスラエルの家は皆、主の御前で糸杉の楽器、竪琴、琴、太鼓、鈴、シンバルを奏でた。
サム下 6:6 一行がナコンの麦打ち場にさしかかったとき、牛がよろめいたので、ウザは神の箱の方に手を伸ばし、箱を押さえた。
サム下 6:7 ウザに対して主は怒りを発し、この過失のゆえに神はその場で彼を打たれた。ウザは神の箱の傍らで死んだ。
サム下 6:8 ダビデも怒った。主がウザを打ち砕かれたためである。その場所をペレツ・ウザ(ウザを砕く)と呼んで今日に至っている。
サム下 6:9 その日、ダビデは主を恐れ、「どうして主の箱をわたしのもとに迎えることができようか」と言って、
サム下 6:10 ダビデの町、自分のもとに主の箱を移すことを望まなかった。ダビデは箱をガト人オベド・エドムの家に向かわせた。
サム下 6:11 三か月の間、主の箱はガト人オベド・エドムの家にあった。主はオベド・エドムとその家の者一同を祝福された。
サム下 6:12 神の箱のゆえに、オベド・エドムの一家とその財産のすべてを主は祝福しておられる、とダビデ王に告げる者があった。王は直ちに出かけ、喜び祝って神の箱をオベド・エドムの家からダビデの町に運び上げた。
サム下 6:13 主の箱を担ぐ者が六歩進んだとき、ダビデは肥えた雄牛をいけにえとしてささげた。
サム下 6:14 主の御前でダビデは力のかぎり踊った。彼は麻のエフォドを着けていた。
サム下 6:15 ダビデとイスラエルの家はこぞって喜びの叫びをあげ、角笛を吹き鳴らして、主の箱を運び上げた。
サム下 6:16 主の箱がダビデの町に着いたとき、サウルの娘ミカルは窓からこれを見下ろしていたが、主の御前で跳ね踊るダビデ王を見て、心の内にさげすんだ。
サム下 6:17 人々が主の箱を運び入れ、ダビデの張った天幕の中に安置すると、ダビデは主の御前に焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげた。
サム下 6:18 焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげ終わると、ダビデは万軍の主の御名によって民を祝福し、
サム下 6:19 兵士全員、イスラエルの群衆のすべてに、男にも女にも、輪形のパン、なつめやしの菓子、干しぶどうの菓子を一つずつ分け与えた。民は皆、自分の家に帰って行った。
サム下 6:20 ダビデが家の者に祝福を与えようと戻って来ると、サウルの娘ミカルがダビデを迎えて言った。「今日のイスラエル王は御立派でした。家臣のはしためたちの前で裸になられたのですから。空っぽの男が恥ずかしげもなく裸になるように。」
サム下 6:21 ダビデはミカルに言った。「そうだ。お前の父やその家のだれでもなく、このわたしを選んで、主の民イスラエルの指導者として立ててくださった主の御前で、その主の御前でわたしは踊ったのだ。
サム下 6:22 わたしはもっと卑しめられ、自分の目にも低い者となろう。しかし、お前の言うはしためたちからは、敬われるだろう。」
サム下 6:23 サウルの娘ミカルは、子を持つことのないまま、死の日を迎えた。