家庭礼拝 2023年7月5日 サムエル記下 2:1-3:1 ダビデ、ユダの王となる
起
ダビデは、サウルが死んだ後に、ユダに戻ってユダの王となります。すでにサムエルから油を注がれていたので、当然と言えば当然なのですが、これはイスラエルの王になったのではなくユダの王になったのです。なぜかと言えばサウルの王家はまだ途絶えていなくて、その息子が残っており、その息子を王と立てた、サウルの軍の司令官アブネルがいたのです。ですからダビデが全イスラエルの王になるのは抵抗していたのですが、このイスラエルの実権は司令官アブネルが握っており、その息子は傀儡政権の王とされただけなのです。
ダビデはサウルが死んだと知らされた後、神様に託宣を求めて、どうしたらよいのかを尋ねると、ユダのヘブロンへ行けとの託宣があったのです。それに従ってヘブロンに行くと、ユダの人々はそこに来てダビデに油を注いで、ユダの王としたのです。ダビデはすでにサムエルから油を注がれて、次の王となることを約束されていたのですから、ユダの人々に油を注がれて、王になることが必要だったのでしょうか。この油注ぎにはそれぞれ意味が違うのです。サムエルが注いだ油注ぎは、神様が、ダビデをイスラエルの王とするという任職を与えたものですが、ユダの人々の油注ぎは、そのダビデを自分たちの王として受け入れるという油注ぎなのです。この様な、受け入れることを表す油注ぎで、あまり気づかれていない新約聖書での油注ぎの物語があります。それは何かというと、ナルドの香油を注いだ女の話です。この話の中で、イエス様はこの女は私の死の支度として、油を注いでくれたのである、ということで記憶されているのですが、この女の側から見れば、自分の持っている最高の香油を全部イエス様に油注いで、あなたを私の王として受け入れますという、信仰告白を行っているのです。この様な油注ぎもあったのだということを覚えておきたいものです。
それにしても、ダビデがいきなりユダの地に乗り込んでヘブロンで王にされるというのは出来すぎではないでしょうか。どうしてこんなにうまくいったのでしょうか。実はこれにはダビデの周到な準備があったのです。
サムエル記上の30章で、ダビデが本拠地のツィクラグに戻ると、アマレク人がそこに侵入して、町に火をかけ、そこに住んでいた家族や財産を皆持ち去って行ってしまった後だったという事件がありました。ダビデはそれを追いかけて、見つけそしてアマレクを滅ぼし、取られた以上の戦利品を持って帰ってくることが出来ました。その時の戦利品を、当時色々と世話になっていたユダの友人の長老たちに贈り物をした、とあります。そこにはこう書かれています。サムエル記上の30章26節から31節です。
サム上 30:26 ダビデはツィクラグに帰ると、友人であるユダの長老たちに戦利品の中から贈り物をして、「これがあなたたちへの贈り物です。主の敵からの戦利品の一部です」と言った。
サム上 30:27 その送り先は、ベテル、ラモト・ネゲブ、ヤティル、
サム上 30:28 アロエル、シフモト、エシュテモア、
サム上 30:29 ラカル、エラフメエル人の町々、カイン人の町々、
サム上 30:30 ホルマ、ボル・アシャン、アタク、
サム上 30:31 ヘブロン、そして、ダビデとその兵がかつてさまよい歩いたすべての所の長老たちである。
この様にダビデはユダに多くの友人を作り、そしてそこで受け入れられる下地を以前から十分にしていたのです。ですから、ダビデがユダのヘブロンに入った時ユダの人々はそれを歓迎したのです。
ですがまだイスラエルにはアブネルの傀儡政権があったのでそれとの戦いになりました。ですがダビデ達は圧勝しましたが、徹底的に戦うことはしないで、それぞれ協定を結んで分かれて住んだのです。ですが、サウルの王家は衰え、ダビデの王家は勢力を増していったのです。
承
では聖書に戻ります。ダビデはユダに戻ります。1節から3節です。
サム下 2:1 その後ダビデは主に託宣を求めて言った。「どこかユダの町に上るべきでしょうか。」主は言われた。「上れ。」更にダビデは尋ねた。「どこへ上ればよいのでしょうか。」「ヘブロンへ」と主はお答えになった。
サム下 2:2 そこでダビデは二人の妻、イズレエルのアヒノアムとカルメルのナバルの妻であったアビガイルを連れて、ヘブロンへ上った。
サム下 2:3 ダビデは彼に従っていた兵をその家族と共に連れて上った。こうして彼らはヘブロンの町々に住んだ。
この様にダビデはサウルがなくなったと聞いた時、自分の国に戻るべき時が来たと思ったのです。それで、神様に託宣を求めて尋ねたのです。まず、ユダに戻るべきかを尋ねました。すると戻れという答えでした。次にどこへ行ったらよいかと尋ねるとヘブロンへ行けと言われました。この託宣を受けてダビデは、二人の妻を連れ、彼に従っていた兵士とその家族を連れて、べブロンへ上って行ってその町々に住んだのです。この町々に住むようになることには何の問題もありませんでした。かねてより手を打っていたので、町の人々はダビデ達を歓迎していたからです。
そして、ユダの人々はダビデをユダの王とすることを喜んで受け入れたのです。4節から7節です。
サム下 2:4 ユダの人々はそこに来て、ダビデに油を注ぎ、ユダの家の王とした。ギレアドのヤベシュの人々がサウルを葬ったと知らされたとき、
サム下 2:5 ダビデはギレアドのヤベシュの人々に使者を送ってこう言わせた。「あなたがたが主に祝福されますように。あなたがたは主君サウルに忠実を尽くし、彼を葬りました。
サム下 2:6 今、主があなたがたに慈しみとまことを尽くしてくださいますように。わたしも、そうしたあなたがたの働きに報いたいと思います。
サム下 2:7 力を奮い起こし、勇敢な者となってください。あなたがたの主君サウルは亡くなられましたが、ユダの家はこのわたしに油を注いで自分たちの王としました。」
この様にユダの人々は、ダビデが来るとそれを歓迎し直ぐにダビデに油を注いでユダ家の王としたのです。この油注ぎは、王として任命するという意味よりも、王であることを受け入れますという承認の油注ぎなのです。
ユダの王となったダビデは、ヤベシュの人々が、サウルに忠実を尽くして葬ったことに感動し、主があなた方に慈しみと誠を尽くしてくださいますようにと祈り、私もあなた方に報いたいと言って、そのことを使者を送ってヤベシュの人々に伝えたのです。そして、ペリシテのすぐ近くに町をもって怯えているヤベシュの人々に対して「力を奮い起こし、勇敢な者となってください。あなたがたの主君サウルは亡くなられましたが、ユダの家はこのわたしに油を注いで自分たちの王としました。」と言って、サウルが亡きあとはユダの王となった私があなた方を守りますからと言って励ましたのです。このヤベシュは北部にありイスラエルの勢力圏にありましたが、そのようなところにもダビデは地道に自分たちの影響力を増やしていったのです。
転
ユダはダビデを王としましたが、イスラエルはサウル亡き後どうしたでしょうか。8節から11節です。
サム下 2:8 サウルの軍の司令官、ネルの子アブネルは、サウルの子イシュ・ボシェトを擁立してマハナイムに移り、
サム下 2:9 彼をギレアド、アシュル人、イズレエル、エフライム、ベニヤミン、すなわち全イスラエルの王とした。
サム下 2:10 サウルの子イシュ・ボシェトは四十歳でイスラエルの王となり、二年間王位にあった。だが、ユダの家はダビデに従った。
サム下 2:11 ダビデがユダの家の王としてヘブロンにとどまった期間は七年六か月であった。
この様にイスラエルはサウルの軍の司令官がイスラエル軍の実権を握っていたので、自分の言いなりになる力のないサウルの子イシュ・ポシェトを擁立して、傀儡政権を作りマナハイムに移ったのです。サウルの三人の息子は父と共に戦いに出て、ギルボア山で撃たれ死にました。ですが、まだ戦いに出ていなかった息子がいたのですが、この人はあまり力がなかったようです。それをいいことに司令官のアブネルはこの人を王として、自分の地位を守ろうとしていたのです。というのもこの司令官アブネルはダビデを迫害攻撃していた時にサウルをよく守っていなかったということで、ダビデに侮辱されていたので、ダビデのもとにつくことはできなかったのです。そして、ギレアド、アシュル人、イズレエル、エフライム、ベニヤミンの人々をまとめて全イスラエルとし、その王を立てたのです。サウルとその息子はベニヤミン族ですが、他の部族もそれほど大きくも強くもない部族ばかりでした。
このように、サウルの子イシュ・ボシェトは四十歳でイスラエルの王となり、二年間王位にありました。だが、ユダの家はダビデに従ったと書かれています。ユダの家の方が大きな部族が多かったのです。イシュ・ボシェトが王位にあったのは2年間だけでしたが、ダビデがヘブロンで王として君臨したのは7年6か月であって安定していたことが書かれています。
この様に一つの国に二人の王が出来たので、争いが起こるのは必定でした。二つの軍隊はにらみ合いを始めました。そしてついに戦いが始まったのです。12節から19節です。
サム下 2:12 ネルの子アブネルは、サウルの子イシュ・ボシェトの家臣と共にマハナイムを出て、ギブオンに向かった。
サム下 2:13 一方、ツェルヤの子ヨアブとダビデの家臣も出陣した。両軍はギブオンの池で出会い、一方は池のこちら側に、他方は向こう側にとどまった。
サム下 2:14 アブネルはヨアブに申し入れた。「若者を立てて、我々の前で勝負させてはどうか。」「よかろう」とヨアブは言った。
サム下 2:15 ベニヤミン族とサウルの子イシュ・ボシェトの側から十二人、ダビデの家臣からも十二人、同数の者が立って次々と出て行った。
サム下 2:16 彼らはそれぞれ相手の頭をとらえ、剣を相手の脇腹に突き刺し、皆共に倒れた。その場所はヘルカト・ツリムと呼ばれ、ギブオンにある。
サム下 2:17 その日、激しい戦いが続き、アブネルとイスラエルの兵がダビデの家臣に打ち負かされた。
サム下 2:18 ツェルヤの三人の息子、ヨアブ、アビシャイ、アサエルも戦いに加わっていたが、アサエルは野のかもしかのように足が速く、
サム下 2:19 アブネルを追跡し、右にも左にもそれることなくアブネルの後を追った。
この様に二つの陣営はギブオンの池で出会いました。一方は池のこちら側に、他方は向こう側で対峙していたのです。イスラエルの司令官アブネルはユダの司令官ヨアブに申し入れて、若者同士を勝負させようと提案しました。そして、12人ずつ選んで戦わせたのですが、みな相打ちとなってしまい勝負が付きませんでした。そのため全面戦争となり、激しい戦いの後、イスラエル軍はダビデ軍に打ち負かされて、逃げ始めたのです。司令官アブネルも逃げ始めました。アブネルを追跡したのはアサエルという若者でした。この若者はダビデの司令官ヨアブの弟で、アブネルを追跡し、右にも左にもそれることなくアブネルの後を追ったのです。この事はとてもかっこよくも見えるのですが、実は危険なことなのです。まっすぐに向かってくるというのは弓や槍に刺し通される危険があるのです。ジグザクに行った方が安全なのです。結局経験の少ないアサエルは、この事によって命を落とすことになるのです。
このアサエルが命を落とすことになった状況は次の通りです。20節から24節です。
サム下 2:20 アブネルは振り向いて言った。「お前はアサエルだな。」「そうだ」と彼は答えた。
サム下 2:21 「右か左にそれて若者の一人でも捕らえ、身につけているものを奪ったらどうだ」とアブネルは言ったが、アサエルはアブネルを追って離れようとしなかった。
サム下 2:22 アブネルは重ねてアサエルに言った。「追うのはやめてくれ。お前を地に打ち倒すわけにはいかない。お前の兄、ヨアブに顔向けできないではないか。」
サム下 2:23 だがアサエルは頑として離れなかった。アブネルは槍の石突きでアサエルの下腹を突いた。槍は背中まで突き抜け、アサエルは倒れ、その場で死んだ。アサエルが倒れて死んでいる所まで来た者は皆、立ち止まったが、
サム下 2:24 ヨアブとアビシャイはアブネルを追い続けた。夕暮れ時となって、彼らはギブオンの荒れ野に続くギアの入り口にあったアンマの丘に着いた。
この様に、アブネルはいつまでも追いかけてくるアサエルに、追うのはやめてくれ、お前を殺したくはないから、と言ったのですが頑として離れなかったので、槍の石突でアサエルをついたら、背中まで突き抜けて死んでしまったのです。
ですが両陣営は、同じ民族同士で最後まで殺し合いを続けることはしませんでした。アブネルの呼びかけによって、両陣営は別れて、別々の国に住むことになったのです。25節から3章1節までです。
サム下 2:25 ベニヤミン族はアブネルに合流し、一団となって一つの丘の頂にとどまった。
サム下 2:26 アブネルはヨアブに呼びかけて言った。「いつまで剣の餌食とし合うのか。悲惨な結末になることを知らぬわけではあるまい。いつになったら、兄弟を追うのはやめよ、と兵士に命じるのか。」
サム下 2:27 ヨアブは答えた。「神は生きておられる。もしお前がそう言い出さなかったなら、兵士は朝までその兄弟を追い続けたことだろう。」
サム下 2:28 ヨアブは角笛を吹いた。兵士は皆、イスラエル軍を追うことをやめ、それ以上戦いを続けなかった。
サム下 2:29 アブネルとその兵はアラバを夜通し歩いてヨルダン川を渡り、更に午前中も歩いて、マハナイムに着いた。
サム下 2:30 ヨアブはアブネルの追跡から戻り、兵士を皆集合させた。ダビデの家臣のうち十九人とアサエルが欠けていた。
サム下 2:31 ダビデの家臣はベニヤミン族とアブネルの兵のうち三百六十人を打ち殺した。
サム下 2:32 アサエルはベツレヘムに運ばれ、父の墓に葬られた。ヨアブとその兵は夜通し歩いて、明け方ヘブロンに着いた。
サム下 3:1 サウル王家とダビデ王家との戦いは長引いたが、ダビデはますます勢力を増し、サウルの家は次第に衰えていった。
この様に、この停戦を呼び掛けたのはアブネルでした。アブネルは自分たちが負けているけれども、同じ神のもとに生きる民族同士で最後まで殺しあうことはないだろうと考えているのです。ですから、「いつまで剣の餌食とし合うのか。悲惨な結末になることを知らぬわけではあるまい。いつになったら、兄弟を追うのはやめよ、と兵士に命じるのか。」とアブネルは言ったのです。すると、ヨアブは答えて言いました。「神は生きておられる。もしお前がそう言い出さなかったなら、兵士は朝までその兄弟を追い続けたことだろう。」この言葉は何を意味しているのでしょうか。ヨアブの言った、神は生きておられる、という言葉にはこの同じ民族同士の戦いを神様は悲しんで見ておられる、という意味で言ったのだと思います。ヨアブはいつでも引き上げる用意はあったのですが、相手が戦いを止めようと言わなければいつまでも続けなければならないと思っていたのです。ですが幸いなことにアブネルはもうやめようと言ってきたので、ヨアブとアブネルはもう戦うことはやめて、それぞれに帰って行くのです。この戦いでの死者はイスラエル軍が360人、ダビデ軍が20人だったのでダビデ軍の圧勝だったのです。きっと、ヨアブはこのアブネルの提案に、神様のご意志を感じたのだと思います。この後両陣営は小競り合いを続けながら続いていくのですが、ダビデはますます勢力を増し、サウルの家は次第に衰えていった、と書かれています。そしてついにはダビデ王国が出来上がるのです。
結
この様に、ダビデは神様の託宣を聞いて、ユダに戻り、そこで王として油を注がれました。ダビデはユダの人々に王として受け入れられたのです。ですがイスラエルはアブネルが実権を握っていて、サウルの子イシュ・ボシェトを擁立して、イスラエルの王としました。この事によって、イスラエルとユダは二人の王がいるために戦いとなったのです。ですがこの戦いは、アブネルもヨアブも神様の御前に良いことではなく、同じ兄弟同士で殺し合いをしてはならないと思っていたのです。ですからアブネルがイスラエル軍に敗れて逃げまどっていた時、もうこんなことはやめようと提案し、ヨアブもそのことを思っていたのでそれぞれ分かれて、国へ帰って行きました。一つの信仰にある者たちだからこそできた、賢明な判断だったのです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様、二つの王国は最後まで戦うことはせず、同じ兄弟の血を、無駄に流しあうことにはなりませんでした。ヨアブはアブネルの提案を聞いて、主は生きておられると言いました。そこに神様の御心を感じたのだと思います。そして、それ以上戦いを続けることをやめました。お互いに神の兄弟であることを自覚したのです。
私達もまた一つの教えのもとに生きるものです。同じ天の父を持ち、イエスキリストの兄弟として、その教えを信じて歩むものです。どうか、私たちも互いに許しあい、同じ兄弟同士で、争うことがありませんように。この事は神様が見ておられると覚えて、すべてのことは神様に委ねて、平和に過ごすことが出来ますように。
この祈りを、主イエス・キリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(旧約聖書:◇サムエル記下)>>
◆ダビデ、ユダの王となる
サム下 2:1 その後ダビデは主に託宣を求めて言った。「どこかユダの町に上るべきでしょうか。」主は言われた。「上れ。」更にダビデは尋ねた。「どこへ上ればよいのでしょうか。」「ヘブロンへ」と主はお答えになった。
サム下 2:2 そこでダビデは二人の妻、イズレエルのアヒノアムとカルメルのナバルの妻であったアビガイルを連れて、ヘブロンへ上った。
サム下 2:3 ダビデは彼に従っていた兵をその家族と共に連れて上った。こうして彼らはヘブロンの町々に住んだ。
サム下 2:4 ユダの人々はそこに来て、ダビデに油を注ぎ、ユダの家の王とした。ギレアドのヤベシュの人々がサウルを葬ったと知らされたとき、
サム下 2:5 ダビデはギレアドのヤベシュの人々に使者を送ってこう言わせた。「あなたがたが主に祝福されますように。あなたがたは主君サウルに忠実を尽くし、彼を葬りました。
サム下 2:6 今、主があなたがたに慈しみとまことを尽くしてくださいますように。わたしも、そうしたあなたがたの働きに報いたいと思います。
サム下 2:7 力を奮い起こし、勇敢な者となってください。あなたがたの主君サウルは亡くなられましたが、ユダの家はこのわたしに油を注いで自分たちの王としました。」
◆イスラエルとユダの戦い
サム下 2:8 サウルの軍の司令官、ネルの子アブネルは、サウルの子イシュ・ボシェトを擁立してマハナイムに移り、
サム下 2:9 彼をギレアド、アシュル人、イズレエル、エフライム、ベニヤミン、すなわち全イスラエルの王とした。
サム下 2:10 サウルの子イシュ・ボシェトは四十歳でイスラエルの王となり、二年間王位にあった。だが、ユダの家はダビデに従った。
サム下 2:11 ダビデがユダの家の王としてヘブロンにとどまった期間は七年六か月であった。
サム下 2:12 ネルの子アブネルは、サウルの子イシュ・ボシェトの家臣と共にマハナイムを出て、ギブオンに向かった。
サム下 2:13 一方、ツェルヤの子ヨアブとダビデの家臣も出陣した。両軍はギブオンの池で出会い、一方は池のこちら側に、他方は向こう側にとどまった。
サム下 2:14 アブネルはヨアブに申し入れた。「若者を立てて、我々の前で勝負させてはどうか。」「よかろう」とヨアブは言った。
サム下 2:15 ベニヤミン族とサウルの子イシュ・ボシェトの側から十二人、ダビデの家臣からも十二人、同数の者が立って次々と出て行った。
サム下 2:16 彼らはそれぞれ相手の頭をとらえ、剣を相手の脇腹に突き刺し、皆共に倒れた。その場所はヘルカト・ツリムと呼ばれ、ギブオンにある。
サム下 2:17 その日、激しい戦いが続き、アブネルとイスラエルの兵がダビデの家臣に打ち負かされた。
サム下 2:18 ツェルヤの三人の息子、ヨアブ、アビシャイ、アサエルも戦いに加わっていたが、アサエルは野のかもしかのように足が速く、
サム下 2:19 アブネルを追跡し、右にも左にもそれることなくアブネルの後を追った。
サム下 2:20 アブネルは振り向いて言った。「お前はアサエルだな。」「そうだ」と彼は答えた。
サム下 2:21 「右か左にそれて若者の一人でも捕らえ、身につけているものを奪ったらどうだ」とアブネルは言ったが、アサエルはアブネルを追って離れようとしなかった。
サム下 2:22 アブネルは重ねてアサエルに言った。「追うのはやめてくれ。お前を地に打ち倒すわけにはいかない。お前の兄、ヨアブに顔向けできないではないか。」
サム下 2:23 だがアサエルは頑として離れなかった。アブネルは槍の石突きでアサエルの下腹を突いた。槍は背中まで突き抜け、アサエルは倒れ、その場で死んだ。アサエルが倒れて死んでいる所まで来た者は皆、立ち止まったが、
サム下 2:24 ヨアブとアビシャイはアブネルを追い続けた。夕暮れ時となって、彼らはギブオンの荒れ野に続くギアの入り口にあったアンマの丘に着いた。
サム下 2:25 ベニヤミン族はアブネルに合流し、一団となって一つの丘の頂にとどまった。
サム下 2:26 アブネルはヨアブに呼びかけて言った。「いつまで剣の餌食とし合うのか。悲惨な結末になることを知らぬわけではあるまい。いつになったら、兄弟を追うのはやめよ、と兵士に命じるのか。」
サム下 2:27 ヨアブは答えた。「神は生きておられる。もしお前がそう言い出さなかったなら、兵士は朝までその兄弟を追い続けたことだろう。」
サム下 2:28 ヨアブは角笛を吹いた。兵士は皆、イスラエル軍を追うことをやめ、それ以上戦いを続けなかった。
サム下 2:29 アブネルとその兵はアラバを夜通し歩いてヨルダン川を渡り、更に午前中も歩いて、マハナイムに着いた。
サム下 2:30 ヨアブはアブネルの追跡から戻り、兵士を皆集合させた。ダビデの家臣のうち十九人とアサエルが欠けていた。
サム下 2:31 ダビデの家臣はベニヤミン族とアブネルの兵のうち三百六十人を打ち殺した。
サム下 2:32 アサエルはベツレヘムに運ばれ、父の墓に葬られた。ヨアブとその兵は夜通し歩いて、明け方ヘブロンに着いた。
サム下 3:1 サウル王家とダビデ王家との戦いは長引いたが、ダビデはますます勢力を増し、サウルの家は次第に衰えていった。