家庭礼拝 2023年6月日21 サムエル記上 31:1-13 ギルボア山での戦闘

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起 

今日で、サムエル記上は終わります。サムエル記上は、サムエルの誕生から始まって、サウルの死によって終わります。このサムエル記上は、サムエルの物語というよりも、サムエルによって油注がれたサウルがイスラエルの初代の王となって、どのように死んでいったのかということを表した書物だと言えます。

サウルは、ベニヤミン人キシの子として生まれた、裕福な家の出であり、9章2節には美しい若者で、彼の美しさに及ぶものはイスラエルには誰もいなかった。民の誰よりも肩から上の分だけ背が高かった。と言われた人でした。とても純真で、自ら王となる野心は持たず、自分が王に指名されると隠れるほどの人だったのです。ですが、王として権力を持つにつれて、自分が神様の力によって王となったことを忘れて、神様の言葉に従わず、自分のつまらない小さな利益のために、神様に背いてしまったのです。そのことが罰せられて、サウルから神様が離れてしまったのです。そして新たにダビデが油注がれました。そしてサウルはそのダビデに妬みをもって、殺そうとしたのです。ですが神様が去ってしまったサウルにはもう力は残されていませんでした。最後はペリシテとの戦いに敗れて死んでしまうのです。最初に3人の息子たちが殺されました。そしてサウルはギルボア山に追い詰められて、剣の上に自ら倒れて自殺したのです。これで、サウルの一生は終わりました。

サウルの遺体はペリシテ人によって持ち去られ、ベト・シャンの城壁にさらされました。それを知ったイスラエルの兵士たちは、その城壁から、サウルとその息子たちの遺体を取り下ろして、ヤベシュに持ち帰って火葬にしたのです。そして彼らの骨を拾ってヤベシュのぎょりゅうの木の下に葬り、7日間断食したと書かれています。この7日間の断食というのは悔い改めを表すのだそうです。イスラエルがペリシテとの戦いに敗れて、王たちが皆殺しになったことを、神様からの罰と受け止めて、そのことを悔い改めて断食したのです。人は誰でも間違いを犯し罪を犯します。でも大切なのは罪を犯してしまっても悔い改めて再生することが大切なのです。悔い改めることのないものは死の闇の中に葬り去られるのです。

それでは最後の章を読んでみましょう。イスラエル軍とペリシテ軍の戦いです。1節から3節です。

サム上 31:1 ペリシテ軍はイスラエルと戦い、イスラエル兵はペリシテ軍の前から逃げ去り、傷ついた兵士たちがギルボア山上で倒れた。

サム上 31:2 ペリシテ軍はサウルとその息子たちに迫り、サウルの息子ヨナタン、アビナダブ、マルキ・シュアを討った。

サム上 31:3 サウルに対する攻撃も激しくなり、射手たちがサウルを見つけ、サウルは彼らによって深手を負った。

このように、イスラエル軍はペリシテ軍に圧倒され、逃げ去った兵士たちは北にあるギルボア山まで逃げましたが、そこで殺され倒されました。今までのイスラエル軍ならば、ここで神様に悔い改めの祈りを捧げ、神様の助けを求めるのですが、今回のイスラエル軍にはそれがないのです。神様の助けを求めることなくどんどん倒されていくのです。サウルの3人の息子たち、ヨナタン、アビナダブ、マルキ・シュアもここで打ち取られました。そして最後のサウルに対する攻撃も激しくなり、弓でサウルを追い詰め、サウルはその弓で深手を負っていました。この様に、イスラエル軍は神様の助けを求めることなく、全滅の危機にあったのです。

そしていよいよサウルの最後の時がやってきます。4節から6節です。

サム上 31:4 サウルは彼の武器を持つ従卒に命じた。「お前の剣を抜き、わたしを刺し殺してくれ。あの無割礼の者どもに襲われて刺し殺され、なぶりものにされたくない。」だが、従卒は非常に恐れ、そうすることができなかったので、サウルは剣を取り、その上に倒れ伏した。

サム上 31:5 従卒はサウルが死んだのを見ると、自分も剣の上に倒れ伏してサウルと共に死んだ。

サム上 31:6 この同じ日に、サウルとその三人の息子、従卒、更に彼の兵は皆死んだ。

この様に深手を負ってしまって、もう駄目だと思ったサウルは、サウルの剣を持っている従卒に、その剣で、私を刺し殺してくれと言いました。あのペリシテ人たちに刺し殺され、なぶりものにされたくないと言ったのです。ですが、従卒は神が油注がれた王を剣で刺し殺すことなど、とても恐ろしくてできなかったので、サウルは自分でその剣を取って、その上に倒れ伏して、自殺したのです。従卒はサウルがそのようにして死んだのを見ると、自分もその剣の上に倒れ伏して、サウルと共に死にました。この様にサウルと三人の息子、そして従卒や彼の兵はみな同じ日に死んだのです。サウルから離れ去った神様はサウルとイスラエルの兵士たちを救うことはしなかったのです。

王を失ったイスラエルはどうなったでしょうか。7節から10節です。

サム上 31:7 谷の向こう側と、ヨルダンの向こう側のイスラエル人は、イスラエル兵が逃げ、サウルとその息子たちが死んだのを見ると、町をことごとく捨てて逃げ去ったので、ペリシテ軍が来てそこにとどまった。

サム上 31:8 翌日、戦死者からはぎ取ろうとやって来たペリシテ軍は、サウルとその三人の息子がギルボア山上に倒れているのを見つけた。

サム上 31:9 彼らはサウルの首を切り落とし、武具を奪った。ペリシテ全土に使者が送られ、彼らの偶像の神殿と民に戦勝が伝えられた。

サム上 31:10 彼らはサウルの武具をアシュトレト神殿に納め、その遺体をベト・シャンの城壁にさらした。

ここに書かれているように、谷の向こう側とヨルダン川の向こう側のイスラエル人はイスラエル軍が敗れ兵は逃げ、サウルとその息子たちも死んだのを聞いて、みな町をことごとく捨てて逃げ去ったと書かれています。この場所はどこでしょうか、エルサレムの近くではなさそうです。サウルがギルボア山で死んだことを考えると、この谷とはイズレエルの谷であり、ガリラヤ湖周辺に住んでいた、北方の領土のイスラエル人たちのことのようです。この北方の領土はこのペリシテ人が支配するイズレエルの谷の周辺で南のイスラエルと分断されていたので、サウルはそれをつなごうとして戦いをのぞみ敗れた結果、この北方の領土はペリシテ人に占領されたのです。ペリシテ人たちはイスラエル人が逃げ去った後にそこに来てとどまったのです。

翌日に戦死者から、何か金目の物をはぎ取ろうとしてやってきたペリシテ軍は、サウルとその三人の息子がギルボア山上に倒れているのを見つけた。と書かれています。サウルの子供たちはペリシテ軍に打たれたのですから、すでにその死を知っていたはずですが、サウルの死はまだ知らなかったのです。そしてギルボア山に来て、初めて、サウルがそこに死んでいるのを見つけて、サウルの首を切り落とし、武具を剝ぎ取ったのです。この様にしてペリシテ軍は自分たちが勝利したことをペリシテ人に伝え、神殿にも伝えられたのです。そして、サウルの武具はその神殿に納め、遺体は、ベト・シャンの城壁にさらされたとあります。ベト・シャンというのはこのイズレエルの谷の先にあるガリラヤ湖の近くにある町でそこにはヨルダン川に流れ込む川の支流がありました。ですから、このベト・シャンというのはイスラエルの町であり、その城壁にサウルの遺体がさらされていたのです。

この様にしてこの戦いは終わりました。この戦いはイスラエルとペリシテの全面戦争ではなく、このイズレエルの谷をめぐる局地戦のような気がします。イスラエルの王は打ち取られましたが、イスラエルの国は存続したからです。11節から13節です。

サム上 31:11 ギレアドのヤベシュの住民は、ペリシテ軍のサウルに対する仕打ちを聞いた。

サム上 31:12 戦士たちは皆立って、夜通し歩き、サウルとその息子たちの遺体をベト・シャンの城壁から取り下ろし、ヤベシュに持ち帰って火葬に付し、

サム上 31:13 彼らの骨を拾ってヤベシュのぎょりゅうの木の下に葬り、七日間、断食した。

 この様に、ギレアドのヤベシュの住民はギルボア山やイズレエルの谷の近くに住んでいたので、この戦いのことがすぐに耳に入りました。北のイスラエルの国から逃げてきた人たちが多かったのでしょう。ヤベシュというのは南イスラエルのヨルダン川の東側に位置する、一番北に近いところでこのペリシテが攻めてきたところの近くですが、ペリシテは北イスラエルの方を攻めたので、このヤベシュはまだ戦火をまぬかれていました。

このヤベシュにいる戦士たちはサウルとその息子たちが、ベト・シャンの城壁にさらし者になっていると聞いて、勇気をもって立ち上がり、夜通し歩いて、サウルとその息子たちの遺体をその城壁から取り下ろし、ヤベシュに持ち帰って火葬にしたのです。この時戦いにならなかったのは、ペリシテ人たちはベト・シャンを略奪した後はサウルたちを城壁にさらし者にして、卑しめ、そして帰って行ったのだと思います。そして火葬にした骨は、ヤベシュのギョリュウの木の下に葬り、七日間、断食したと書かれています。七日間断食したというのは、哀悼の意を表すだけでなく、神様に対する悔い改めをも表しています。サウルとその子供たちが殺され、イスラエルが敗れたのには、イスラエルの罪が関係していると考えて、神様の御前にその罪を悔い改めて、神様の導きと祝福とを願ったのでした。

この様にしてイスラエルはペリシテの前に敗れ去り、最初の王様サウルとその三人の息子は無残にも死んでさらし者になりました。この事に対して、ヤベシュの人々はサウルの遺体を取り戻して火葬にし、その骨を木の下に葬ったのですが、そのあと行った七日間の断食とは神様の御前に悔い改めの断食をしたのです。この様な戦いにもかかわらず、この31章には一度も神様のことが書かれていません。神様が不在の戦いなのです。ですがこの31章の最後のところに、神様という名前は出てきませんが、七日間断食した、という表現で、神様の御前に悔い改めをして、再出発を祈っていることが分かるのです。イスラエルはやはり神様の民なのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様、神様から見放されたサウルはその罰として、死を与えられ、その子供たちの命もたたれました。最後までサウルは、神様に頼ることが出来ませんでした。でもイスラエルの再生は神様の御心にかかっています。イスラエルの人々はサウルたちを火葬にした後、7日間の断食をして、神様に悔い改めの祈りをささげ、新しいイスラエルの歩みをこいねがいました。間違いは誰でもおかしますが、問題なのはそれを悔い改めるかどうかです。神様どうか私たちも犯した罪を悔い改め、あなたの御前にその祈りをささげて、再出発することが出来ますように。この祈りを、主イエス・キリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン

 

<<聖書の箇所(旧約聖書:◇サムエル記上)>>  

 

◆ギルボア山での戦闘

サム上 31:1 ペリシテ軍はイスラエルと戦い、イスラエル兵はペリシテ軍の前から逃げ去り、傷ついた兵士たちがギルボア山上で倒れた。

サム上 31:2 ペリシテ軍はサウルとその息子たちに迫り、サウルの息子ヨナタン、アビナダブ、マルキ・シュアを討った。

サム上 31:3 サウルに対する攻撃も激しくなり、射手たちがサウルを見つけ、サウルは彼らによって深手を負った。

サム上 31:4 サウルは彼の武器を持つ従卒に命じた。「お前の剣を抜き、わたしを刺し殺してくれ。あの無割礼の者どもに襲われて刺し殺され、なぶりものにされたくない。」だが、従卒は非常に恐れ、そうすることができなかったので、サウルは剣を取り、その上に倒れ伏した。

サム上 31:5 従卒はサウルが死んだのを見ると、自分も剣の上に倒れ伏してサウルと共に死んだ。

サム上 31:6 この同じ日に、サウルとその三人の息子、従卒、更に彼の兵は皆死んだ。

サム上 31:7 谷の向こう側と、ヨルダンの向こう側のイスラエル人は、イスラエル兵が逃げ、サウルとその息子たちが死んだのを見ると、町をことごとく捨てて逃げ去ったので、ペリシテ軍が来てそこにとどまった。

サム上 31:8 翌日、戦死者からはぎ取ろうとやって来たペリシテ軍は、サウルとその三人の息子がギルボア山上に倒れているのを見つけた。

サム上 31:9 彼らはサウルの首を切り落とし、武具を奪った。ペリシテ全土に使者が送られ、彼らの偶像の神殿と民に戦勝が伝えられた。

サム上 31:10 彼らはサウルの武具をアシュトレト神殿に納め、その遺体をベト・シャンの城壁にさらした。

サム上 31:11 ギレアドのヤベシュの住民は、ペリシテ軍のサウルに対する仕打ちを聞いた。

サム上 31:12 戦士たちは皆立って、夜通し歩き、サウルとその息子たちの遺体をベト・シャンの城壁から取り下ろし、ヤベシュに持ち帰って火葬に付し、

サム上 31:13 彼らの骨を拾ってヤベシュのぎょりゅうの木の下に葬り、七日間、断食した。