家庭礼拝 2023年4月12日 サムエル記上 21:1-16 アヒメレクのもとでのダビデ

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起 

今日の聖書の箇所は、ダビデ物語の中でも、最もダビデらしくない様子の箇所です。それはサウルがダビデを殺そうとしていることが明確になり、ヨナタンからも安らかに行ってくれと言われて、逃げていくしか方法がなく、どこにも自分を助けてくれる人がいないという状況の中で、恐れと不安にとらわれているダビデなのです。

ダビデは今まではとても勇敢でした。それはライオンに対しても熊に対しても、子供のころから、主が自分を守ってくださると信じて、立ち向かい殺してきたし、あのペリシテの巨人に対しても「お前は剣や槍や投げ槍で私に向かってくるが、私はお前が挑戦したイスラエルの戦列の神、万軍の主の名によってお前に立ち向かう。」と言って、杖と石投げ紐だけでゴリアトに立ち向かい、それを倒したのです。

ですが今日の箇所のダビデはとても恐れ不安になっています。神様のことを忘れて武器に頼ったり、自分を隠して、自分の機転でその危険から逃れようとしたりしているのです。ですから、今日の箇所には、主に頼ろうとするダビデの姿はなく、主という言葉も神という言葉も出てこないのです。

ダビデがサウルのもとから逃亡し、ノブの祭司アヒメレクのところまで逃げてきたときに、おなかをすかしていたので、パンがないかと祭司に頼んだのです。いつものダビデなら、それを祭司に頼むのではなく、神様に対してお願いしたと思うのです。そうすれば必要な食料を与えられたかもしれません。でもこの時は、ダビデは自分の状況を隠しつつ、本来祭司しか食べてはいけない聖別されたパンを求めたのです。祭司がダビデの従者が女を遠ざけているなら差し上げますというと、私が出陣するときにはいつも遠ざけていますと言ってパンをもらったのです。

この祭司のほかに食べてはならないパンの話は、新約聖書の中でもイエス様が、弟子たちが安息日に麦の穂を摘んだ話の中でこう語られています。マルコ2章の23節から28節です。

◆安息日に麦の穂を摘む

マコ 2:23 ある安息日に、イエスが麦畑を通って行かれると、弟子たちは歩きながら麦の穂を摘み始めた。

マコ 2:24 ファリサイ派の人々がイエスに、「御覧なさい。なぜ、彼らは安息日にしてはならないことをするのか」と言った。

マコ 2:25 イエスは言われた。「ダビデが、自分も供の者たちも、食べ物がなくて空腹だったときに何をしたか、一度も読んだことがないのか。

マコ 2:26 アビアタルが大祭司であったとき、ダビデは神の家に入り、祭司のほかにはだれも食べてはならない供えのパンを食べ、一緒にいた者たちにも与えたではないか。」

マコ 2:27 そして更に言われた。「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない。

マコ 2:28 だから、人の子は安息日の主でもある。」

この話は弟子たちが空腹だったので、安息日にしてはならない、麦の穂を摘んだりもんだりするという仕事をしてそれを食べたということを非難された時、イエス様が、ダビデが祭司のほかに食べてはならない備えのパンを一緒に食べたではないか。人間が困っているときには安息日だろうか、祭司のパンであろうが、それを食べても許されるのだということを言っているのです。

ですが、この時のダビデの様子はちょっとおかしいのです。本来のダビデなら、私は無実のことでサウルから追われていて、空腹です。どうか主の憐れみによってその聖別されたパンを私たちに与えてください、と願ったかもしれません。ところがここでは、ダビデは自分がここに来た理由を隠し、追われていることも隠し、本当かどうかわからない、女を遠ざけているので大丈夫ですということを言って、いわばパンをかすめ取ったのです。とても自分のことを知られるのを恐れたのです。

この話の後にすぐ、そこにはその日、サウルの家臣でドエグという者がいたということが書かれています。この人は特に何をするわけでもなく、サウルに報告するわけでもないのですが、ダビデがそのようなことをしているのをじっと見ていたという感じで、不気味な感じがするのです。

ダビデは食事を得ると今度は、武器がないかと言います。自分は剣も武器も持ってくることが出来なかったから、というのです。すると祭司は、あなたが倒したゴリアトの剣ならあります、というとダビデはそれに勝るものはないと言って喜んで持っていくのです。この話なども以前のダビデなら、ゴリアトに対して、「お前は剣や槍や投げ槍で私に向かってくるが、私はお前が挑戦したイスラエルの戦列の神、万軍の主の名によってお前に立ち向かう。」と言って武器などは問題ではない、万軍の主の名によって立ち向かうことよりほかに勝るものはない、と言っていたはずなのですが、今はゴリアトの剣を持つと、「それにまさるものはない。それをください。」というのです。

この時のダビデは、神様から離れていたので恐れにとらわれ、不安から逃れるために嘘を言ったりごまかしたり、剣のようなものに頼ったりして、少しも神様を武器にして戦うダビデではないのです。この事はサウルから逃れてペリシテのガトの王アキシュのもとに来た時も、自分の素性を知られまいとして、気が狂ったふりをして逃れるなど、およそダビデらしくない、みっともないことをしてまで助かろうとする弱いダビデがいたのです。サウルにしてもダビデにしても、神様から離れたら、とても弱い人間になり、ものに頼り、自分に頼って、恐れと不安に生きるものとなっているのです。

では聖書に基づいて、そのようなダビデの姿を見てみましょう。1節から3節です。

サム上 21:1 ダビデは立ち去り、ヨナタンは町に戻った。

サム上 21:2 ダビデは、ノブの祭司アヒメレクのところに行った。ダビデを不安げに迎えたアヒメレクは、彼に尋ねた。「なぜ、一人なのですか、供はいないのですか。」

サム上 21:3 ダビデは祭司アヒメレクに言った。「王はわたしに一つの事を命じて、『お前を遣わす目的、お前に命じる事を、だれにも気づかれるな』と言われたのです。従者たちには、ある場所で落ち合うよう言いつけてあります。

ここに書いてあるように、ダビデはヨナタンと別れて、サウルから逃亡するにあたり、パンも剣も持たず着の身着のままに逃亡しているのです。その後、ダビデはノブの祭司アヒメレクのところに行ったと書いてあります。この人はシロの祭司エリの子孫であったようです。ですから、サムエルが小さいときエリの所にいたときに知っていたのかもしれません。本来シロにいるべき祭司ですが、ペリシテの攻撃を逃れて、ノブに移ったのかもしれません。その祭司のところにダビデは逃げ込んだのです。その時ダビデは一人で供がいなかったとアヒメレクは言います。そのことに不安を感じて、何かあったのだろうと感づいたのです。するとダビデは、従者たちは別の場所で落ち合うことになっている。私は王から特別の使命を与えられて誰にも気づかれないようにしているのだと嘘をつくのです。

するとダビデは次に、飲まず食わずにここまで来たので、何か食べるものパンなどはないかと尋ねます。4節から8節です。

サム上 21:4 それよりも、何か、パン五個でも手もとにありませんか。ほかに何かあるなら、いただけますか。」

サム上 21:5 祭司はダビデに答えた。「手もとに普通のパンはありません。聖別されたパンならあります。従者が女を遠ざけているなら差し上げます。」

サム上 21:6 ダビデは祭司に答えて言った。「いつものことですが、わたしが出陣するときには女を遠ざけています。従者たちは身を清めています。常の遠征でもそうですから、まして今日は、身を清めています。」

サム上 21:7 普通のパンがなかったので、祭司は聖別されたパンをダビデに与えた。パンを供え替える日で、焼きたてのパンに替えて主の御前から取り下げた、供えのパンしかなかった。

サム上 21:8 そこにはその日、サウルの家臣の一人が主の御前にとどめられていた。名をドエグというエドム人で、サウルに属する牧者のつわものであった。

ダビデが頼んだのはパン五個だけでもないか、と頼みました。アヒメレクはこれを、従者たちも食べるパンが欲しいと受け取ったようです。それで祭司は普通のパンはないが聖別されたパンならあると言いました。ですがこれは神様に捧げられたパンなので、普通は祭司しか食べることが出来ないのです。穢れたものが食べたなら、神様のパンを汚すことになるのです。それで、祭司は、従者が女を遠ざけているなら差し上げますと言いました。すなわち従者が身を清めているならばいいということです。するとダビデは、私が出陣するときは女を遠ざけ身を清めています。特に今日は身を清めています、と言ってそのパンをもらえるように話をしました。すると祭司はその話を信じて、聖別された備えのパンをあげました。その日は丁度、備えのパンを新しい焼き立てのパンに入れ替える日なので、普通のパンは食べ尽くして、入れ替えられた古い備えのパンを自分たちの食料として取ってあったのです。それをダビデにあげたのです。

そのあとに、不思議な文章が続きます。それは、

サム上 21:8 そこにはその日、サウルの家臣の一人が主の御前にとどめられていた。名をドエグというエドム人で、サウルに属する牧者のつわものであった。

このドエグという人がこの様子を見てサウルに通報するのか、何をするのかは書かれていないのです。ダビデのことを見ていたかどうかも書かれていないのです。ただその様な人が、主のみ前にとどめられていたとだけ書かれているのです。何か、主の使いがこのダビデの様子を見ているような不気味な感じさえします。

ダビデはこのようにパンを手に入れると、次は武器がないかと要求します。9節と10節です。

サム上 21:9 ダビデは更にアヒメレクに求めた。「ここに、あなたの手もとに、槍か剣がありますか。王の用件が急なことだったので、自分の剣も武器も取って来ることができなかったのです。」

サム上 21:10 祭司は言った。「エラの谷で、あなたが討ち取ったペリシテ人ゴリアトの剣なら、そこ、エフォドの後ろに布に包んであります。もしそれを持って行きたければ持って行ってください。そのほかには何もありません。」ダビデは言った。「それにまさるものはない。それをください。」

この様にダビデは「ここに、あなたの手もとに、槍か剣がありますか。王の用件が急なことだったので、自分の剣も武器も取って来ることができなかったのです。」と噓を言って、武器を要求するのです。するとあなたが打ち取ったゴリアトの剣ならありますと言うと、「それにまさるものはない。それをください。」と言ってそれを喜んで受け取るのです。ゴリアトと戦った時には、「お前は剣や槍や投げ槍で私に向かってくるが、私はお前が挑戦したイスラエルの戦列の神、万軍の主の名によってお前に立ち向かう。」と言って、武器などは必要ないと言ったダビデが、今はそれに勝るものはないと言って、ゴリアトの剣を喜んで持っていくのです。ダビデの信仰はどうなってしまったのでしょうか。ダビデはイスラエルの神に頼るのではなく、パンや武器に頼るものになってしまったのです。恐れがダビデをそうさせたのでしょうか。

この様にダビデはアヒメレクのところで、パンと剣とを手に入れるとすぐにその日のうちに、そこを去ってガトの王アキシュのもとに逃げたのです。11節から13節です。

サム上 21:11 ダビデは立ってその日のうちにサウルから逃れ、ガトの王アキシュのもとに来た。

サム上 21:12 アキシュの家臣は言った。「この男はかの地の王、ダビデではありませんか。この男についてみんなが踊りながら、『サウルは千を討ち、ダビデは万を討った』と歌ったのです。」

サム上 21:13 ダビデはこの言葉が心にかかり、ガトの王アキシュを大変恐れた。

ここで、ダビデが逃げていったガトというのはペリシテの国です。ここならばサウルの追っ手も来まいと思い逃げ込んだのです。ガトというのはダビデがゴリアトを打倒したエラの谷を真ん中にして東がダビデの故郷ベツレヘムで、西が同じくらいの距離でペリシテのガトがあるのです。ですから比較的近いペリシテの町なのですが、そこにはガトの王アキシュという者がいました。その王に家臣が、「この男はかの地の王、ダビデではありませんか。この男についてみんなが踊りながら、『サウルは千を討ち、ダビデは万を討った』と歌ったのです。」と告げたのです。ダビデは王ではありませんでしたが、ペリシテ人にとって、ダビデは王のように思われていたのです。このガトの王アキシュは、見たこともないダビデですが、それを見破りそうになったのです。それで、もしかしてこの男はダビデではないかと疑ったのですが、だれも確証はなかったのです。ですが、ダビデはそれを聞いて恐ろしくなりました。もし自分がイスラエルのダビデであるとわかったなら、きっと殺されてしまうと思ったからでした。

そこでダビデは気が狂ったように演技をし、自分がダビデあることが分からないようにしたのです。14節から16節です。

サム上 21:14 そこで彼は、人々の前で変わったふるまいをした。彼らに捕らえられると、気が狂ったのだと見せかけ、ひげによだれを垂らしたり、城門の扉をかきむしったりした。

サム上 21:15 アキシュは家臣に言った。「見てみろ、この男は気が狂っている。なぜ連れて来たのだ。

サム上 21:16 わたしのもとに気の狂った者が不足しているとでもいうのか。わたしの前で狂態を見せようとして連れて来たのか。この男をわたしの家に入れようというのか。」

この様に、ダビデはとらえられた時、自分がダビデであると知られないように、気が狂ったもののようにふるまったのです。髭によだれを垂らし、城門の扉をかきむしったり、キチガイの様なふるまいをしたのです。それをアキシュは見て、この男は気がくるっているではないか。どうして連れてきたのだと言って、ダビデではなくただのキチガイだと思ったのです。ダビデの演技がうまくいったのです。

この章に現れるダビデは信仰に満ちて、勇敢なダビデではありません。サウルから逃れるため、なりふり構わず、いろいろな策略を使い、ものに頼り、何とか自分の力で逃れの道を見つけようとして、恐れと不安の中でみじめなほどのダビデがいるのです。この時ダビデは、主とともにいるダビデではなかったのです。神様が共におられないものは、神様に委ねることが出来ず、自分の力で何とか道を切り開こうとしてジタバタし、物に頼り、それでも不安と恐れの中にいるのです。それはサウルも同じでした。ダビデとサウルの違いは、ダビデは再び神のもとに戻ってくることです。神と共にあるものだけが本当の強さを持つのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様。ダビデでさえもあなたから離れてしまった時には恐れと不安にとらわれ、物に頼み、自分の策略に頼ろうとします。それは弱くみじめなものです。あなたとともにいるときが最も強いものです。どうかあなたと共にある歩みをすることが出来ますように。あなたに委ねるものとなりますように。この祈りを、主イエス・キリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン

 

<<聖書の箇所(旧約聖書:◇サムエル記上)>>  

 

◆アヒメレクのもとでのダビデ

サム上 21:1 ダビデは立ち去り、ヨナタンは町に戻った。

サム上 21:2 ダビデは、ノブの祭司アヒメレクのところに行った。ダビデを不安げに迎えたアヒメレクは、彼に尋ねた。「なぜ、一人なのですか、供はいないのですか。」

サム上 21:3 ダビデは祭司アヒメレクに言った。「王はわたしに一つの事を命じて、『お前を遣わす目的、お前に命じる事を、だれにも気づかれるな』と言われたのです。従者たちには、ある場所で落ち合うよう言いつけてあります。

サム上 21:4 それよりも、何か、パン五個でも手もとにありませんか。ほかに何かあるなら、いただけますか。」

サム上 21:5 祭司はダビデに答えた。「手もとに普通のパンはありません。聖別されたパンならあります。従者が女を遠ざけているなら差し上げます。」

サム上 21:6 ダビデは祭司に答えて言った。「いつものことですが、わたしが出陣するときには女を遠ざけています。従者たちは身を清めています。常の遠征でもそうですから、まして今日は、身を清めています。」

サム上 21:7 普通のパンがなかったので、祭司は聖別されたパンをダビデに与えた。パンを供え替える日で、焼きたてのパンに替えて主の御前から取り下げた、供えのパンしかなかった。

サム上 21:8 そこにはその日、サウルの家臣の一人が主の御前にとどめられていた。名をドエグというエドム人で、サウルに属する牧者のつわものであった。

サム上 21:9 ダビデは更にアヒメレクに求めた。「ここに、あなたの手もとに、槍か剣がありますか。王の用件が急なことだったので、自分の剣も武器も取って来ることができなかったのです。」

サム上 21:10 祭司は言った。「エラの谷で、あなたが討ち取ったペリシテ人ゴリアトの剣なら、そこ、エフォドの後ろに布に包んであります。もしそれを持って行きたければ持って行ってください。そのほかには何もありません。」ダビデは言った。「それにまさるものはない。それをください。」

サム上 21:11 ダビデは立ってその日のうちにサウルから逃れ、ガトの王アキシュのもとに来た。

サム上 21:12 アキシュの家臣は言った。「この男はかの地の王、ダビデではありませんか。この男についてみんなが踊りながら、『サウルは千を討ち、ダビデは万を討った』と歌ったのです。」

サム上 21:13 ダビデはこの言葉が心にかかり、ガトの王アキシュを大変恐れた。

サム上 21:14 そこで彼は、人々の前で変わったふるまいをした。彼らに捕らえられると、気が狂ったのだと見せかけ、ひげによだれを垂らしたり、城門の扉をかきむしったりした。

サム上 21:15 アキシュは家臣に言った。「見てみろ、この男は気が狂っている。なぜ連れて来たのだ。

サム上 21:16 わたしのもとに気の狂った者が不足しているとでもいうのか。わたしの前で狂態を見せようとして連れて来たのか。この男をわたしの家に入れようというのか。」