家庭礼拝 2023年4月5日 サムエル記上 20:1-42 ダビデとヨナタン
起
今日の聖書の箇所は、ダビデとヨナタンの友情を語る話ですが、サウル王がダビデを殺そうとしている緊迫した中で、必死に息子のヨナタンがダビデを救おうとしている、麗しい話です。この章はとても長いので、半分ずつやろうと思ったのですが、この話を半分に切っても返って物語の面白さを損なうと思い、一気に通読するようにしました。そして、今日の箇所には、あまり解釈を加えるような所はなく、むしろ物語として、その話を味わいながら読んでいった方が良いと思ったのです。ですから、今日はいつものように聖書の言葉を一節づつ読んでいくようなことはせず、物語の流れを追って、全体をつかんでいくようにしたいと思います。この物語で大切なことは、このヨナタンとダビデの友情は単に人と人との友情ということではなく、最後の49節にあるように、ダビデとヨナタンの間に主がとこしえにおられる友情であり、そのダビデの子孫とヨナタンの子孫の間にも主がとこしえにおられるという友情なのです。
人間という字は人と人との間に何があるか、どんな関係があるかということを表す字ですが、普通は人と人との間にはお金であったり、仕事であったり、主人と僕の関係、親子の関係など人と人とを結びつけるものがあります。ダビデとヨナタンはその関係を、神にある関係、神様を間に置く関係の友情を結んだのです。ですからこれは人の思いだけによって結ばされたり、壊されたり、離れたりするものではないのです。すべて神様を通して行われる友情となったのです。そのような友情だったことを今日の聖書の箇所から学んでいきたいと思います。
承
では最初の1節から3節ですが、聖書の箇所は取り上げませんので、その個所は、各自読んでください。ここでは、ダビデが再び、サウルに殺されようとしていることを、ヨナタンに訴えて、どうしたらよいだろうと相談しているのです。ダビデには自分がサウル王に恨まれることも、罪や悪を犯したこともないのにどうして命が狙われているのかわからないと訴えているのです。ここでのヨナタンは、まだ父のサウル王が本気で、ダビデを殺そうとしているのかどうかを、信じかねているようです。本当にそんなことがあるだろうかと、疑っているところがあります。ですがサウル王が本気でダビデを殺そうとしたことは19章の1節で、サウルは、息子のヨナタンと家臣の全員に、ダビデを殺すようにと命じた、と言っていることから明白です。その後も、サウルがヨナタンの言葉を聞き入れて、主は生きておられる、彼を殺しはしないと誓った後でも、ダビデを壁に突き刺して殺そうとしたのです。それでも、ヨナタンは「父は事の大小を問わず、何かするときには必ず私の耳に入れてくれる。そのようなことを父が私に伏せておくはずはない、そのようなことはないと、サウルのことをかばうのです。」それに対して、ダビデは、サウル王は息子のヨナタンに気づかれて苦しませたくないと思って、だまっているのですとサウル王に理解を示しつつも、ダビデを殺そうとしていることが事実であることを言うのです。サウル王はヨナタンにとってはとても良い父親のようです。そのヨナタンに何とか自分の王位を継がせたいと思って、何でも教えているのだと思います。ここにもサウルがダビデを殺そうとしている理由があるのです。ダビデがいる限り、その王位は息子にではなくて、ダビデに行ってしまうのではないかと恐れているのです。言ってみれば、わが子可愛さのあまりダビデを殺そうとしているとさえ思われるのです。
ダビデから、この恐ろしい心配事を打ち明けられたヨナタンはダビデに最善の協力をすると誓います。4節から9節では、ヨナタンの「あなたの望むことは何でもしよう。」と言った言葉に対して、サウル王の真意を探るために、ダビデはヨナタンに願い事をしたのです。それはサウル王が本当にダビデを殺そうとしているのかどうかを確かめる方法なのです。それは、明日は新月祭で、王と一緒に食事をしなければならない日なのですが、ダビデはそれに出席しないで隠れることにしたのです。殺されると思ったからです。そして、新月祭の時、そのことに気が付いたサウル王がダビデはどうしていないのかと言ったなら、『ダビデは、自分の町ベツレヘムへ急いで帰ることを許してください、一族全体のために年ごとのいけにえをささげなければなりません、と頼み込んでいました』と答えてください、とお願いしたのです。その時に、王が、『よろしい』と言われるなら、自分は無事ですが、ひどく立腹されるなら、危害を加える決心をしておられると思ってください。と言ったのです。そして、ダビデはヨナタンに、「あなたは私と契約を結んだのですから、私に慈しみを示してください。もし、わたしに罪があるなら、あなた御自身わたしを殺してください。とさえ言って、自分の潔白を言い表したのです。ここではその二人の友情を示すのに、神の前での契約を盾にして、慈しみを示してくださいとさえ言いました。神を間に置いた友情とはこのようなものなのです。
そしてダビデは、もしサウル王が本当にダビデを殺そうとしているなら、どのようにしてそれを私に伝えてくださるのですかとヨナタンに対して、その方法を尋ねたのです。すると、ヨナタンはダビデにこう言ったのです。
「明日または、明後日の今ごろ、父に探りを入れ、あなたに好意的なら人をやって必ず知らせよう。父が、あなたに危害を加えようと思っているのに、もしわたしがそれを知らせず、あなたを無事に送り出さないなら、主がこのヨナタンを幾重にも罰してくださるように。主が父と共におられたように、あなたと共におられるように。」
この様に、ヨナタンはもしダビデを無事に送り出すことが出来なかったなら、主がヨナタンを幾重にも罰してくださるようにと誓いました。無事に送り出すことが出来なければ、ヨナタンは罰せられて死んだとしてもかまわないということを言っているのです。ここでちょっと不思議な言葉があります。それは主が父と共におられたようにあなたと共におられるようにと祈っている言葉です。私たちはサムエルの言葉によって、サウルから主が離れ去ったことを知っていますが、他の人々はまだサウル王には主が共におられると思っているのです。そしてダビデにも共におられるようにというのは、その王権がダビデにもあるようにということを祈っているのだと解釈する人もいるのです。だからここの箇所は、のちの人が、ダビデに王権が移ったのちに書き足したのではないかという解釈もあるのです。
この様に、ヨナタンは自分の命を神に懸けてダビデを守ると誓うのですが、もしそのことがうまくいかずに、自分の命が亡くなった時のことも考えて、次のように語っているのです。14節から16節です。
サム上 20:14 そのときわたしにまだ命があっても、死んでいても、あなたは主に誓ったようにわたしに慈しみを示し、
サム上 20:15 また、主がダビデの敵をことごとく地の面から断たれるときにも、あなたの慈しみをわたしの家からとこしえに断たないでほしい。」
サム上 20:16 ヨナタンはダビデの家と契約を結び、こう言った。「主がダビデの敵に報復してくださるように。」
この様に、ヨナタンは、もし誓が守られず、自分が敵になってしまったり、神様の裁きで死んでしまった時には、それでも私に慈しみを示してほしい、そして私の子孫にも慈しみを示して、守ってほしいというのです。この二人の友情の契約は二人だけにとどまらず、ダビデの家とヨナタンの家、すなわち子孫たちの上にも互いに慈しみをもって友情を交わすことを誓っているのです。そのうえで、主がダビデの敵に報復してくださるようにと、ダビデを滅ぼそうとするものを滅ぼしてほしいと願っているのです。まるでヨナタンは命を懸けてダビデを守ろうとするのですが、その誓が守り切れず、ダビデの敵となってしまって、自分が神によって滅ぼされてしまうような遺言の言葉にも聞こえるのです。結局その場は、ダビデがのがれることが出来るのですが、サウル王の追撃はやまず、何度もダビデを攻め立てるのです。そして最後は、このヨナタンの誓いの言葉である、ダビデを滅ぼそうとするものを滅ぼしてほしいと願ったように、サウルとヨナタンの二人はペリシテ軍に追い詰められて、山の上で自害するのです。そしてヨナタンの残された子孫をダビデは守ってやるのですが、後に他の部族から、サウルの子孫を差し出して殺せを言われた時、ダビデはこの時のヨナタンとの約束を思い出し、慈しみをもって、ヨナタンの子孫は差し出さなかったのです。代りに、最初にダビデの嫁になるはずだったサウルの長女の子供たちが差し出されるのです。
さて二人のこの様な誓いの言葉とは別に、二人はどのようにサウル王の真意を聞きただし、その答えをヨナタンはダビデに伝えるかという具体的な話に入りました。17節から23節です。
ヨナタンは次のような提案をしました。それは明日の新月祭の時に、招待されているダビデが出席していなければサウル王はどうしてダビデはいないのかと問いただすだろう。その時に、サウル王の本当の考えが分かるだろう。その時はヨナタンは、ダビデに前にもダビデが隠れていた、エゼルの石のそばにいなさいと言いました。そしてそこに向かって、ヨナタンが3本の矢を打って、従者に探しに行かせ、従者に、『矢はお前の手前にある、持って来い』と声をかけたら、出て来なさい。大丈夫だからと言い、だがもし、その従者に、『矢はあなたのもっと先だ』と言ったら、逃げなければならない。主があなたを去らせるのだ。と言ったのです。この様にして、ダビデに危険を知らせる方法を確認しあいました。
転
さて二人の相談は済み、いよいよ新月祭の時がやってきました。24節から34節です。
宴会の席が設けられ、王の隣には司令官のアブネルが座り、たぶんその隣にダビデの座る予定の席があったと思われます。ですがその席にはダビデはいませんでした。サウルはもしかするとダビデは穢れたので、席に座ることが出来なかったのだろうと考えて、その日は何事もありませんでした。ですが、二日目になると、もう穢れも取れたはずなのにどうしてダビデは来ないのかとサウルは疑い始めました。するとヨナタンは計画通りにサウルにこう答えました。「ベツレヘムに帰らせてほしい、という頼みでした。彼はわたしに、『町でわたしたちの一族がいけにえをささげるので、兄に呼びつけられています。御厚意で、出て行かせてくだされば、兄に会えます』と言っていました。それでダビデは王の食事にあずかっておりません。」と言ったのです。すると、サウルはヨナタンに激怒して言いました。「心の曲がった不実な女の息子よ。」とさえ言ったのです。サウルはヨナタンがダビデと結託して逃がしたことが分かったのです。サウルはヨナタンに、そんなことを、このわたしが知らないとでも思っているのか。と言って怒ったのです。ヨナタンをかわいがっているサウルとしては、とても怒りに満ちた言葉だったのです。そしてついに本音を言いました。「エッサイの子がこの地上に生きている限り、お前もお前の王権も確かではないのだ。すぐに人をやってダビデを捕らえて来させよ。彼は死なねばならない。」そう言ったのです。ダビデが生きている限り、王権がヨナタンに行かなくなってしまうということを恐れたのです。ですが、ヨナタンはそんなことは気にせず、一体ダビデがどんな悪いことをしたのですかと食い下がると、サウルは槍を投げつけて殺そうとさえしたので、ヨナタンは怒ってその席を立ち去りました。
ヨナタンはもうあきらめて、サウルが本当にダビデを殺そうとしていることが分かったのでそのことをダビデに教えることにしたのです。35節から42節です。そしてその翌朝、取り決めた時刻に、ヨナタンは年若い従者を連れて野に出ました。ダビデに結果を知らせるためです。そして矢を射ると、従者に「矢はお前のもっと先ではないか。」と言って、サウルが殺そうとしているからダビデにすぐ逃げろと指示したのです。さらに、ヨナタンは従者の後ろから、「早くしろ、急げ、立ち止まるな」と約束にない言葉まで声をかけたのでした。状況が緊迫していることを知らせようとしたのです。従者が矢を集めてきたので、ヨナタンは武器を従者に渡して先に町に帰るように言いました。そして従者がいなくなるとダビデがそっと現れたのです。ダビデは地にひれ伏して、三度礼をしました。彼らは互いに口づけし、共に泣いたのです。ダビデはいっそう激しく泣きました。この様に直接会うことが出来るなら、何も三本の矢で、連絡しなくても直接知らせることができたのではないかと思いますが、それができないときのことを考えてしたのだと思います。この時は丁度良いことに誰もいなくなったので直接会うことが出来たのです。そして最後に、ヨナタンはこう言ったのです。「安らかに行ってくれ。わたしとあなたの間にも、わたしの子孫とあなたの子孫の間にも、主がとこしえにおられる、と主の御名によって誓い合ったのだから。」この約束の誓によって、後に、ヨナタンの子孫はダビデによって守られることになったのです。このあと二人はもう直接会うことはないのです。
結
ダビデとヨナタンの間にはこのような悲劇的ともいうべき友情がありました。そこで二人の間に結ばれた誓は、神様が間におられて、互いに誓い合った友情でした。この誓は最後まで守られました。そしてその子孫までもが守られたのです。神様が間におられる友情は、何があっても壊されることのないものです。人の友情はその時の気分によってすぐに変わってしまいますが、神様が間にある友情は、例え敵になっても、たとえ死んでしまっても、変わることのない友情となったのです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様、ダビデとヨナタンはあなたを間に置かれて友情で結ばれました。その友情の誓は神様にかけて誓われた誓でした。それは例え敵になろうと死んでしまおうと変わらぬ友情の誓でした。私たち人間の間が何によって結ばれているかによって、その人生は変わってきます。どうか私たちのうちにもあなたがその間に入ってくださり、取り持ってくださり、あなたに誓った約束によって結ばれて、歩んでいくことが出来ますように。
この祈りを、主イエス・キリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(旧約聖書:◇サムエル記上)>>
◆ダビデとヨナタン
サム上 20:1 ダビデはラマのナヨトから逃げ帰り、ヨナタンの前に来て言った。「わたしが、何をしたというのでしょう。お父上に対してどのような罪や悪を犯したからといって、わたしの命をねらわれるのでしょうか。」
サム上 20:2 ヨナタンはダビデに答えた。「決してあなたを殺させはしない。父は、事の大小を問わず、何かするときには必ずわたしの耳に入れてくれる。そのような事を父がわたしに伏せておくはずはない。そのような事はない。」
サム上 20:3 それでもダビデは誓って言った。「わたしがあなたの厚意を得ていることをよくご存じのお父上は、『ヨナタンに気づかれてはいけない。苦しませたくない』と考えておられるのです。主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。死とわたしとの間はただの一歩です。」
サム上 20:4 ヨナタンはダビデに言った。「あなたの望むことは何でもしよう。」
サム上 20:5 ダビデはヨナタンに言った。「明日は新月祭で、王と一緒に食事をしなければならない日です。あなたが逃がしてくだされば、三日目の夕方まで野原に隠れています。
サム上 20:6 そのとき、お父上がわたしの不在に気づかれたなら、『ダビデは、自分の町ベツレヘムへ急いで帰ることを許してください、一族全体のために年ごとのいけにえをささげなければなりません、と頼み込んでいました』と答えてください。
サム上 20:7 王が、『よろしい』と言われるなら、僕は無事ですが、ひどく立腹されるなら、危害を加える決心をしておられると思ってください。
サム上 20:8 あなたは主の御前で僕と契約を結んでくださったのですから、僕に慈しみを示してください。もし、わたしに罪があるなら、あなた御自身わたしを殺してください。お父上のもとに引いて行くには及びません。」
サム上 20:9 ヨナタンは言った。「そのような事は決してない。父があなたに危害を加える決心をしていると知ったら、必ずあなたに教えよう。」
サム上 20:10 ダビデはヨナタンに言った。「だが、父上が厳しい答えをなさったら、誰がわたしに伝えてくれるのでしょう。」
サム上 20:11 「来なさい、野に出よう」とヨナタンは言った。二人は野に出た。
サム上 20:12 ヨナタンはダビデに言った。「イスラエルの神、主にかけて誓って言う。明日または、明後日の今ごろ、父に探りを入れ、あなたに好意的なら人をやって必ず知らせよう。
サム上 20:13 父が、あなたに危害を加えようと思っているのに、もしわたしがそれを知らせず、あなたを無事に送り出さないなら、主がこのヨナタンを幾重にも罰してくださるように。主が父と共におられたように、あなたと共におられるように。
サム上 20:14 そのときわたしにまだ命があっても、死んでいても、あなたは主に誓ったようにわたしに慈しみを示し、
サム上 20:15 また、主がダビデの敵をことごとく地の面から断たれるときにも、あなたの慈しみをわたしの家からとこしえに断たないでほしい。」
サム上 20:16 ヨナタンはダビデの家と契約を結び、こう言った。「主がダビデの敵に報復してくださるように。」
サム上 20:17 ヨナタンは、ダビデを自分自身のように愛していたので、更にその愛のゆえに彼に誓わせて、
サム上 20:18 こう言った。「明日は新月祭だ。あなたの席が空いていれば、あなたの不在が問いただされる。
サム上 20:19 明後日に、あなたは先の事件の日に身を隠した場所に下り、エゼルの石の傍らにいなさい。
サム上 20:20 わたしは、その辺りに向けて、的を射るように、矢を三本放とう。
サム上 20:21 それから、『矢を見つけて来い』と言って従者をやるが、そのとき従者に、『矢はお前の手前にある、持って来い』と声をかけたら、出て来なさい。主は生きておられる。あなたは無事だ。何事もない。
サム上 20:22 だがもし、その従者に、『矢はあなたのもっと先だ』と言ったら、逃げなければならない。主があなたを去らせるのだ。
サム上 20:23 わたしとあなたが取り決めたこの事については、主がとこしえにわたしとあなたの間におられる。」
サム上 20:24 ダビデは野に身を隠した。新月祭が来た。王は食卓に臨み、
サム上 20:25 壁に沿ったいつもの自分の席に着いた。ヨナタンはサウル王の向かいにおり、アブネルは王の隣に席を取ったが、ダビデの場所は空席のままであった。
サム上 20:26 その日サウルは、そのことに全く触れなかった。ダビデに何事かあって身が汚れているのだろう、きっと清めが済んでいないのだ、と考えたからである。
サム上 20:27 だが翌日、新月の二日目にも、ダビデの場所が空席だったので、サウルは息子ヨナタンに言った。「なぜ、エッサイの息子は昨日も今日も食事に来ないのか。」
サム上 20:28 ヨナタンはサウルに答えた。「ベツレヘムに帰らせてほしい、という頼みでした。
サム上 20:29 彼はわたしに、『町でわたしたちの一族がいけにえをささげるので、兄に呼びつけられています。御厚意で、出て行かせてくだされば、兄に会えます』と言っていました。それでダビデは王の食事にあずかっておりません。」
サム上 20:30 サウルはヨナタンに激怒して言った。「心の曲がった不実な女の息子よ。お前がエッサイの子をひいきにして自分を辱め、自分の母親の恥をさらしているのを、このわたしが知らないとでも思っているのか。
サム上 20:31 エッサイの子がこの地上に生きている限り、お前もお前の王権も確かではないのだ。すぐに人をやってダビデを捕らえて来させよ。彼は死なねばならない。」
サム上 20:32 ヨナタンは、父サウルに言い返した。「なぜ、彼は死なねばならないのですか。何をしたのですか。」
サム上 20:33 サウルはヨナタンを討とうとして槍を投げつけた。父がダビデを殺そうと決心していることを知ったヨナタンは、
サム上 20:34 怒って食事の席を立った。父がダビデをののしったので、ダビデのために心を痛め、新月の二日目は食事を取らなかった。
サム上 20:35 翌朝、取り決めた時刻に、ヨナタンは年若い従者を連れて野に出た。
サム上 20:36 「矢を射るから走って行って見つけ出して来い」と言いつけると、従者は駆け出した。ヨナタンは彼を越えるように矢を射た。
サム上 20:37 ヨナタンの射た矢の辺りに少年が着くと、ヨナタンは後ろから呼ばわった。「矢はお前のもっと先ではないか。」
サム上 20:38 ヨナタンは従者の後ろから、「早くしろ、急げ、立ち止まるな」と声をかけた。従者は矢を拾い上げ、主人のところに戻って来た。
サム上 20:39 従者は何も知らなかったが、ダビデとヨナタンはその意味を知っていた。
サム上 20:40 ヨナタンは武器を従者に渡すと、「町に持って帰ってくれ」と言った。
サム上 20:41 従者が帰って行くと、ダビデは南側から出て来て地にひれ伏し、三度礼をした。彼らは互いに口づけし、共に泣いた。ダビデはいっそう激しく泣いた。
サム上 20:42 ヨナタンは言った。「安らかに行ってくれ。わたしとあなたの間にも、わたしの子孫とあなたの子孫の間にも、主がとこしえにおられる、と主の御名によって誓い合ったのだから。」