家庭礼拝 2022年12月7日 サムエル記上 6:1-7:1神の箱の帰還
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起
サムエル記は4章から、神の箱が奪われる事件のことを語っており、サムエルのことは一言も語られなくなりました。ですがそれも今日の箇所までです。神の箱が帰ってくるのです。でもそれは祭司エリのいた、シロの町に戻ってきたのではありません。たぶんシロの祭壇には戻れなくなっていたのです。
神の箱はペリシテ人に奪われて、あちこちの町に移されるのですが、そこでは腫物の病気が流行りだして、町の人々は恐れ恐慌に陥ったのです。そこでペリシテの人々はこの箱をイスラエルに返すことにしました。それだけならば、この箱を国境のところまで持って行って、置いて来るだけの話のような気がするのですが、ペリシテの人々はそんな失礼なことをするとイスラエルの神に、災いを与えられると考えて、祭司と占い師に相談し、どのようにしたらよいかを教えてもらったのです。エジプト人は最後までかたくなにイスラエルの神を認めなかったのですが、このペリシテ人たちはイスラエルの神の力を信じ、この神によって災いが与えられないように、鄭重に送り返すことを考えたのです。この相談した祭司たちと占い師たちは5つの金の腫物と、5つの金のネズミを賠償の捧げものとして、牛に車を引かせて、イスラエルに送り届けるように言ったのです。その言葉に従って行った時には、ペリシテの人々は遠くからその牛の車を見ているだけで、牛が勝手にがその荷物を運んでいったのです。
ここでなぜ5つの金の腫物と5つの金のネズミを贈り物にしたのでしょうか。この腫物の病が流行ったのはこの神の箱が運ばれた5つの町であり、この腫物を全部イスラエルにもっていってほしいという意味だと思います。5つの金のネズミは、その腫物の病気を媒介したのはネズミだと考えたのかもしれません。だから腫物と一緒に、ネズミも持っていってほしいと考えたのでしょう。ここからこの腫物の病気というのが、ネズミが媒介するペストではないかという説が挙げられているのです。
神の箱はイスラエルの国境の町ベト・シュメシュに送られたのですが、そこでは70人の人が犠牲になりました。同じように病にかかったのです。それは、ベト・シュメシュの人々が主の箱の中をのぞいたからだというのです。この人々もそのことを恐れて、別の町のキルヤト・エアリムという町に運び込み丘の上のアビナダブの家に運び入れたということになっています。そしてこの神の箱の物語はここで終わるのです。この箱がまた動き出すのは、ずっと後のダビデの時になって、エルサレムに搬入されるまでここに置かれているのです。それはサムエル記下の6章まで待たなければなりません。
承
それでは神の箱がペリシテの地でどうなっていたのかを、聖書から読んでみましょう。1節から3節です。
サム上 6:1 主の箱は、七か月の間ペリシテの地にあった。
サム上 6:2 ペリシテ人は、祭司たちと占い師たちを呼んで尋ねた。「主の箱をどうしたものでしょう。どのようにしてあれを元の所に送り返したらよいのか、教えてください。」
サム上 6:3 彼らは答えた。「イスラエルの神の箱を送り返すにあたっては、何も添えずに送ってはならない。必ず賠償の献げ物と共に返さなければならない。そうすれば、あなたたちはいやされ、神の手があなたたちを離れなかった理由も理解できよう。」
主の箱は7か月もペリシテの地にあったのです。イスラエルはそれを取り戻すことはできなかったのでしょうか。その間にペリシテの地ではこの神の箱の置いている場所で腫物の病が広がっていたのです。そしてどの町でもこの箱を置くのを忌み嫌って、祭司たちと占い師たちを呼んで尋ねたのです。主の箱をどうしたものでしょう。どのようにしてあれを元の所に送り返したらよいのか、教えてください。と言いました。すると彼らは「イスラエルの神の箱を送り返すにあたっては、何も添えずに送ってはならない。必ず賠償の献げ物と共に返さなければならない。そうすれば、あなたたちはいやされ、神の手があなたたちを離れなかった理由も理解できよう。」と言ったのです。
ペリシテ人たちはイスラエルからの分捕り品を送り返すのに賠償の捧げものと一緒に返さなければ、癒されないと言ったのです。これは不思議なことです。敵の神様を分捕ったのに、失礼をして申し訳ありませんでしたと謝り、賠償の捧げものを添えて送り返しなさいというのです。ペリシテの人々はイスラエルの神の力を完全に認めているのです。そして自分たちの神様よりも強いと知っているのです。それはエジプトさえも倒す神様であるということが、広く知られていたからです。この様にして、神の箱は賠償の捧げものを添えて、送り返されることに決定したのです。神の手があなたたちを離れなかった理由というのは、イスラエルの神を崇めなかったと言うことであり、賠償の供え物をして、その許しを願うということなのです。
其れではどんな賠償の捧げものを捧げたのでしょうか4節から6節です。
サム上 6:4 ペリシテ人は言った。「それでは、返すにあたって、賠償の献げ物は何がよいのでしょうか。」彼らは答えた。「同一の災厄があなたたち全員とあなたたちの領主にくだったのだから、ペリシテの領主の数に合わせて、五つの金のはれ物と五つの金のねずみにしなさい。
サム上 6:5 はれ物の模型と大地を荒らすねずみの模型を造って、イスラエルの神に栄光を帰すならば、恐らくイスラエルの神は、あなたたち、あなたたちの神々、そしてあなたたちの土地の上にのしかかっているその手を軽くされるだろう。
サム上 6:6 なぜ、あなたたちは、エジプト人とファラオがその心を固くしたように、心を固くするのか。神が彼らを悩ませたので、彼らはイスラエル人を行かせざるをえなくなり、イスラエル人は去って行ったではないか。
ペリシテの人々は、神の箱を奪って罰が当たったのだと思っていたのです。だから返すときには賠償の捧げものを捧げて返さないとまたとんでもないことが起こると思ったのです。それで占い師や祭司たちに賠償の捧げものは何が良いのでしょうかと尋ねました。すると5つの金の腫物と5つの金のネズミにしなさい、と言いました。どうして5つかというと、災厄が下ったのは5つの領主に対して下ったからだというのです。今までの話では災厄が下ったのは、アユドト、ガト、エクロンの三つの町でしたが、このほかにもガザとアユケロンにも災厄が下ったので5つということになったのです。金の腫物は、神様が下した病ということで、腫物の模型を作りました。それではネズミの模型はどうして作ったのでしょうか。これはネズミが媒介したのかもしれないという説を前に述べましたが、ここでは大地を荒らすネズミとなっています。もしかすると腫物とは別にネズミの大量発生が起こって、大地の作物を食い荒らしたのかもしれません。このことについては何も書いていないのでわかりません。ただ、これらの金の像を作って賠償の捧げものをしなさいと、祭司達や占い師たちが勧めたのは、そうすればイスラエルの神があなたたちにのしかかっているその災厄の手を軽くして下さるに違いないと考えたからでした。神の手は、ペリシテの人々と、神々と、大地の三つに重くのしかかっていたというのです。ペリシテの人々はそれにはあまり賛成しなかったようです。お金がたくさん必要になるからです。それぞれが金の像で全部で10個も作らなければならないからです。それに対して、占い師たちは、なぜ、あなたたちは、エジプト人とファラオがその心を固くしたように、心を固くするのか。と言っていさめて、エジプトと同じ過ちを犯してはいけないと語ったのでした。
転
そして、ペリシテの人々は説得されその勧めに従ってその像を作り、いよいよ送り返すことにしたのです。7節から10節です。
サム上 6:7 今、新しい車一両と、まだ軛をつけたことのない、乳を飲ませている雌牛二頭を用意しなさい。雌牛を車につなぎ、子牛は引き離して小屋に戻しなさい。
サム上 6:8 主の箱を車に載せ、賠償の献げ物として主に返す金の品物を箱に入れ、傍らに置きなさい。それを送り出し、行くがままにしなさい。
サム上 6:9 そして見ていて、それが自分の国に向かう道を、ベト・シェメシュへ上って行くならば、我々に対してこの大きな災難を起こしたのは彼らの神だ。もし、その方向に上って行かなければ、彼らの神の手が我々を打ったのではなく、偶然の災難だったのだということが分かる。」
サム上 6:10 人々はそのとおりに行った。乳を飲ませている二頭の雌牛を連れて来て車につなぎ、子牛を小屋に閉じ込めた。
まず用意するものは、その像の箱を乗せて運ぶ車と、それを運ぶ牝牛2頭でした。その牝牛はまだ軛をつけた事のない、乳を飲ませている牝牛でした。車に主の箱を載せ、その傍らに賠償の捧げものを置いて、その車を牛にひかせていくがままにしなさいと言いました。するとその牛は乳が張ってくるのでその乳を吸ってくれる子牛を求めて探し回るのです。子牛は引き離されて、小屋に閉じ込めてあったのです。そして、その牝牛が、イスラエルの国境の町、ベト・シェメシュに向かっていくならば、この災難を起こしたのはイスラエルの神であり、その方向に行かなければ偶然の災難だったのだと判断したのです。ペリシテの人たちはこの災難が本当に神の箱のせいなのか偶然なのかまだ判断が付かなかったのです。ですから、金の像をこんなに作って、イスラエルに賠償の捧げものとして捧げるのには、反対の人たちもいたのです。ですからそれをはっきりさせるために、その牛が運ぶイスラエルの神の箱が、イスラエルに向かったならば、その災難はイスラエルの神のせいだと判断することが出来たのです。
このような考えのもとで、車に主の箱と賠償の捧げものを載せて、いよいよ牝牛たちを出発させました。どうなるでしょうか。11節から16節です。
サム上 6:11 主の箱を車に載せ、金で造ったねずみとはれ物の模型を入れた箱も載せた。
サム上 6:12 雌牛は、ベト・シェメシュに通じる一筋の広い道をまっすぐに進んで行った。歩きながら鳴いたが、右にも左にもそれなかった。ペリシテの領主たちは、ベト・シェメシュの国境まで後をつけて行った。
サム上 6:13 ベト・シェメシュの人々は谷あいの平野で小麦を刈り入れていたが、目を上げると主の箱が見えた。彼らはそれを見て喜んだ。
サム上 6:14 車はベト・シェメシュの人ヨシュアの畑に着くと、そこに止まった。そこには大きな石があったので、人々は車に使われた木材を割り、雌牛を焼き尽くす献げ物として主にささげた。
サム上 6:15 レビ人たちは主の箱と、その脇に置いてあった金の品物の入った箱とを下ろし、大きな石の上に置いた。その日ベト・シェメシュの人々は、焼き尽くす献げ物や、他のいけにえを主にささげた。
サム上 6:16 ペリシテの五人の領主はこれを見届けると、その日のうちにエクロンへ戻った。
その牝牛によって運ばれた神の箱は、まっすぐにイスラエルのベト・シェメシュに向かって進んでいったと言います。牛は子を求めて泣きました。乳が張っていたのだと思います。それでも、右にも左にそれず、まっすぐに向かって行ったのです。ペリシテの領主たちはその神の箱が運ばれるのを遠くから無事に届くか見ていたのです。ベト・シェメシュの人々は谷あいの平野で小麦を刈り入れていたので、大勢の人たちがそこにいました。するとそこに主の箱が牝牛たちだけに運ばれてきたので、それを見て大喜びしました。ベト・シェメシュの町というのはレビ人の町なのです。その人たちは祭司たちなのでその箱が、主の箱であることにすぐ気が付いたのです。主の箱を乗せた車がそこにある大きな石のところに来ると止まりました。レビ人たちは主の箱と、その脇に置いてあった金の品物の入った箱とを下ろし、大きな石の上に置きました。その日ベト・シェメシュの人々は、焼き尽くす献げ物や、他のいけにえを主にささげたのです。その時、人々は車に使われた木材を割り、雌牛を焼き尽くす献げ物として主にささげたのです。神の箱の後をつけていった、ペリシテの五人の領主たちはこれを見届けると、その日のうちにエクロンへ戻って報告し一安心したのです。この、主の箱が置かれた大きな石は、今日でも、ベト・シェメシュの人ヨシュアの畑にあると言います。
さて、神の箱は無事イスラエルに戻ったのですがその後どうなったでしょうか。19節から7章1節までです。
サム上 6:19 主はベト・シェメシュの人々を打たれた。主の箱の中をのぞいたからである。主は五万のうち七十人の民を打たれた。主が民に大きな打撃を与えられたので、民は喪に服した。
サム上 6:20 ベト・シェメシュの人々は言った。「この聖なる神、主の御前に誰が立つことができようか。我々のもとから誰のもとへ行っていただこうか。」
サム上 6:21 彼らはキルヤト・エアリムの住民に使者を送って言った。「ペリシテ人が主の箱を返してきました。下って来て、主の箱をあなたがたのもとに担ぎ上ってください。」
サム上 7:1 キルヤト・エアリムの人々はやって来て、主の箱を担ぎ上り、丘の上のアビナダブの家に運び入れた。そして、アビナダブの息子エルアザルを聖別して、主の箱を守らせた。
なんと、主の箱を運び入れたイスラエルのベト・シュメシュの人々も主に打たれたのです。その理由は主の箱を覗いたからだと言います。主は五万人のうち七十人の民を打たれたと言いますから、それほど多い人数ではないのですが、イスラエルの民には大打撃となり、イスラエルの民は喪に服したのです。
神様に仕えるレビ人でさえこのような状態なので、「この聖なる神、主の御前に誰が立つことができようか。我々のもとから誰のもとへ行っていただこうか。」と相談しました。手に負えなくなってきたのです。そして、キルヤト・エアリムの住民に使者を送って、主の箱をあなた方のもとに担ぎ上ってくださいと願いました。どうして、キルヤト・エアリムになったのかはわかりません。もしかするとそれを望んだのかもしれません。主の箱はその町の丘の上にあるアビナダブの家に運び入れて、アビナダブの息子エルアザルを聖別して、主の箱を守らせた、とあります。これからはしばらくここに置かれているのです。もともとはシロの町にあるエリのところの祭壇に置かれていたものですが、きっとその時には戻すことが出来ない状態になっていたのだと思います。
結
これで神の箱の物語は終わります。そしてエリの家もすたれて、これからはサムエルの時代になるのです。その間に起こったこの神の箱の物語は、エリの家を絶やすために起こったような話です。神の箱はたとえ奪われても、その町々に災厄をもたらして、人々にそれを返すように、働きかけました。そして、神の箱はイスラエルの人の手によってではなく、神の箱の力によって戻ってきたのです。それにしてもどうしてイスラエルの人々が、神の箱を必死になって取り戻そうとしなかったのかが不思議です。イスラエルで人々が打たれたのもその罪を打たれたのかもしれません。レビ人が神の箱の中を覗けばどのようになるかは分かっていたはずですから。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様。主の箱はイスラエルの力によってではなく、自らの力によって送り返されてきました。たとえイスラエルが何もしなくても、主の箱には元に戻る力があったのです。そのために多くのペリシテの人々と、イスラエルの人々が主によって打たれました。主は生きておられて、裁かれる方なのです。異邦人のペリシテの人々でさえもそう信じたのです。私たちの信仰も私たちの思いを超えて働かれる神様のみ力を信じて、委ねていくことが出来ますように。
この祈りを、主イエス・キリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(旧約聖書:◇サムエル記上)>>
◆神の箱の帰還
サム上 6:1 主の箱は、七か月の間ペリシテの地にあった。
サム上 6:2 ペリシテ人は、祭司たちと占い師たちを呼んで尋ねた。「主の箱をどうしたものでしょう。どのようにしてあれを元の所に送り返したらよいのか、教えてください。」
サム上 6:3 彼らは答えた。「イスラエルの神の箱を送り返すにあたっては、何も添えずに送ってはならない。必ず賠償の献げ物と共に返さなければならない。そうすれば、あなたたちはいやされ、神の手があなたたちを離れなかった理由も理解できよう。」
サム上 6:4 ペリシテ人は言った。「それでは、返すにあたって、賠償の献げ物は何がよいのでしょうか。」彼らは答えた。「同一の災厄があなたたち全員とあなたたちの領主にくだったのだから、ペリシテの領主の数に合わせて、五つの金のはれ物と五つの金のねずみにしなさい。
サム上 6:5 はれ物の模型と大地を荒らすねずみの模型を造って、イスラエルの神に栄光を帰すならば、恐らくイスラエルの神は、あなたたち、あなたたちの神々、そしてあなたたちの土地の上にのしかかっているその手を軽くされるだろう。
サム上 6:6 なぜ、あなたたちは、エジプト人とファラオがその心を固くしたように、心を固くするのか。神が彼らを悩ませたので、彼らはイスラエル人を行かせざるをえなくなり、イスラエル人は去って行ったではないか。
サム上 6:7 今、新しい車一両と、まだ軛をつけたことのない、乳を飲ませている雌牛二頭を用意しなさい。雌牛を車につなぎ、子牛は引き離して小屋に戻しなさい。
サム上 6:8 主の箱を車に載せ、賠償の献げ物として主に返す金の品物を箱に入れ、傍らに置きなさい。それを送り出し、行くがままにしなさい。
サム上 6:9 そして見ていて、それが自分の国に向かう道を、ベト・シェメシュへ上って行くならば、我々に対してこの大きな災難を起こしたのは彼らの神だ。もし、その方向に上って行かなければ、彼らの神の手が我々を打ったのではなく、偶然の災難だったのだということが分かる。」
サム上 6:10 人々はそのとおりに行った。乳を飲ませている二頭の雌牛を連れて来て車につなぎ、子牛を小屋に閉じ込めた。
サム上 6:11 主の箱を車に載せ、金で造ったねずみとはれ物の模型を入れた箱も載せた。
サム上 6:12 雌牛は、ベト・シェメシュに通じる一筋の広い道をまっすぐに進んで行った。歩きながら鳴いたが、右にも左にもそれなかった。ペリシテの領主たちは、ベト・シェメシュの国境まで後をつけて行った。
サム上 6:13 ベト・シェメシュの人々は谷あいの平野で小麦を刈り入れていたが、目を上げると主の箱が見えた。彼らはそれを見て喜んだ。
サム上 6:14 車はベト・シェメシュの人ヨシュアの畑に着くと、そこに止まった。そこには大きな石があったので、人々は車に使われた木材を割り、雌牛を焼き尽くす献げ物として主にささげた。
サム上 6:15 レビ人たちは主の箱と、その脇に置いてあった金の品物の入った箱とを下ろし、大きな石の上に置いた。その日ベト・シェメシュの人々は、焼き尽くす献げ物や、他のいけにえを主にささげた。
サム上 6:16 ペリシテの五人の領主はこれを見届けると、その日のうちにエクロンへ戻った。
サム上 6:17 ペリシテ人が、主に賠償の献げ物として送った金のはれ物は、アシュドドのために一つ、ガザのために一つ、アシュケロンのために一つ、ガトのために一つ、エクロンのために一つである。
サム上 6:18 金のねずみの数は、ペリシテの砦の町から田舎の村まで、五人の領主に属するペリシテ人のすべての町の数に合っていた。主の箱が置かれた大きな石は、今日でも、ベト・シェメシュの人ヨシュアの畑にある。
サム上 6:19 主はベト・シェメシュの人々を打たれた。主の箱の中をのぞいたからである。主は五万のうち七十人の民を打たれた。主が民に大きな打撃を与えられたので、民は喪に服した。
サム上 6:20 ベト・シェメシュの人々は言った。「この聖なる神、主の御前に誰が立つことができようか。我々のもとから誰のもとへ行っていただこうか。」
サム上 6:21 彼らはキルヤト・エアリムの住民に使者を送って言った。「ペリシテ人が主の箱を返してきました。下って来て、主の箱をあなたがたのもとに担ぎ上ってください。」
サム上 7:1 キルヤト・エアリムの人々はやって来て、主の箱を担ぎ上り、丘の上のアビナダブの家に運び入れた。そして、アビナダブの息子エルアザルを聖別して、主の箱を守らせた。