家庭礼拝 2022年11月30日 サムエル記上 5:1-12 神の箱の行方  

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起 

今日の5章には特に小見出しはなく、4章の「神の箱、奪われる」、という小見出しが続いているだけです。ですがこの5章ではペリシテに運ばれた神の箱の周りで何が起こったかということが書かれているので、「神の箱の行方」という小見出しを自分で付け足しました。

神の箱が奪われたと聞いた、祭司エリはその驚きのあまり倒れて首の骨を折って死んでしまいました。それほど、イスラエルのショックは大きかったのです。そのイスラエルの神の箱はペリシテ人たちに運ばれて、アシュドトにあるダゴン神殿の中に運ばれました。イスラエルは一神教ですが、ペリシテ人たちは多神教でご利益宗教です。このダゴンという神様は数ある中の神様の中の主神で、体は人間で胴から下は魚という、魚神だという話もありますが、豊作の神様でもあり、ギリシャ神話で言うとゼウスの様な神様なのです。この当時は戦争で勝って、神殿のものを略奪した時には、敵の神様を自分のところの神様のところに運ぶのが普通だったようです。多神教は神様が多ければ多いほどいいのです。その方がご利益が多いのです。すなわちペリシテ人にとってはこのダゴンの神様の家来の様な神様が一つ増えたことになるのです。まさにこのことがエリの様な祭司にとっては耐えられないことだったのです。

ところがこの神の箱を運んだダゴンの神殿で不思議なことが起こりました。翌朝神殿を見ると、神の箱の前に、ダゴンの像がうつぶせに倒れていたというのです。人々は不思議に思いながらも、その像をまた元の場所に設置しましたが、その翌日また倒れていたのです。今度は頭と、両手は切り取られて、胴体だけが残されていたのです。これらのことはダゴンの神が、主の箱にひれ伏していることを表しているのです。

不思議な出来事はそれだけではありませんでした。このアシュドトの町とその周辺で、不思議な病気が蔓延したのです。体に腫物ができるという病気が広がったのです。伝承によると、この時町の人々は、神様にその腫物の人の像とネズミの像とを捧げて、癒しを願ったようです。ですからこれはネズミが媒介したペストではないかという説もあります。

人々はこの神の箱を怖がり、ほかの町に移しても、そこでやはり同じような腫物の病気が流行ったのです。人々はパニックになり。その箱が運ばれてくると、イスラエルの神の箱をここに移して、私と私の民を殺すつもりかと騒いだのです。人々は恐怖にとらわれて、この箱はイスラエルに送り返そうと相談したのです。

イスラエルの神の箱はこのような異郷の地にあっても、単独で、このような働きができる生きた神様であることを表した出来事でした。祭り上げられるだけの神様ではないのです。この5章の出来事では、一神教のイスラエルの神様と、多神教の偶像の神様の違いが語られています。多神教の神様は人間が人間のために作ったもので、人間のご利益となるように、働いてもらう神様です。ですから神様は人間に従わなくてはならないのです。ですが一神教のイスラエルの神様は、従わせることのできる神様ではありません。むしろ神様を知った人たちは自分から神様に従う人となって行くのです。多神教では人間が神を作りましたが、一神教では神が人間を作ったからです。

今日の箇所は、12節だけの短い箇所です。そしてそこにはイスラエル人は登場せず、ペリシテ人と神の箱だけです。それでは何が起こったのかを聖書から読んでみましょう。まず、1節から5節です。

サム上 5:1 ペリシテ人は神の箱を奪い、エベン・エゼルからアシュドドへ運んだ。

サム上 5:2 ペリシテ人は神の箱を取り、ダゴンの神殿に運び入れ、ダゴンのそばに置いた。

サム上 5:3 翌朝、アシュドドの人々が早く起きてみると、主の箱の前の地面にダゴンがうつ伏せに倒れていた。人々はダゴンを持ち上げ、元の場所に据えた。

サム上 5:4 その翌朝、早く起きてみると、ダゴンはまたも主の箱の前の地面にうつ伏せに倒れていた。しかもダゴンの頭と両手は切り取られて敷居のところにあり、胴体だけが残されていた。

サム上 5:5 そのため、今日に至るまで、ダゴンの祭司やダゴンの神殿に行く者はだれも、アシュドドのダゴンの敷居を踏まない。

イスラエルとペリシテの戦いで劣勢になったイスラエル人たちは、神の箱が陣内にあれば、神様の力で、敵を打ち破ることが出来るだろうと考えて、神の箱を持ってきたのですが、それでも、イスラエルはあっけなく敗れ去り、一番大事な神の箱を守ることもせず、逃げだしてしまったのです。それで、ペリシテ人たちは分捕り品として、神の箱も持っていきました。普通ならば敵の神だと言って打ち壊してしまいそうなのですが、この時代の多神教は、敵の神様でさえも拝んでしまうのです。というのも、神様というものは自分たちの言うことを聞く神様だと思っており、多くの神様の中の一つだとしか考えていないのです。しかも、この神の箱は金の装飾をしている立派なものだったので、そのまま略奪品として持ち帰り、自分たちの神のタゴンの神殿に入れておいたのです。そして、翌朝その場所をのぞいてみると、主の箱の前にタゴンの像がうつぶせに倒れていたのです。これはタゴンの像が主の箱にひれ伏していることを意味しているのです。ですがペリシテの人々は、どうして倒れたのだろうかと不思議に思いながらもその像を元通りに立てておいたのです。そしてまた次の日の朝、そこをのぞいてみると、またタゴンの像が主の箱の前にうつぶせに倒れていたのです。しかもダゴンの頭と両手は切り取られて敷居のところにあり、胴体だけが残されていたのです。たぶんこれは胴体をしっかりと固定したので、頭と手だけが敷居の外で主の箱にひれ伏している格好を取っていたのではないかと想像しています。胴体はもしかすると魚の胴体の形をしていたかもしれません。魚神ではないかと言われているからです。この様なことがあったため、今日に至るまで、ダゴンの祭司やダゴンの神殿に行く者はだれも、アシュドドのダゴンの敷居を踏まないという言い伝えがあります。敷居を踏むと罰が当たるのか、敷居を踏むと体がバラバラになるのかわかりませんが、そのことに恐怖を持ったのだろうと思います。

 このような不思議なことが起こってから、ペリシテのアシュドトの町の人々に災難が起こりました。これは主の御手が、ペリシテの人々を打ったのです。6節から9節です。

サム上 5:6 主の御手はアシュドドの人々の上に重くのしかかり、災害をもたらした。主はアシュドドとその周辺の人々を打って、はれ物を生じさせられた。

サム上 5:7 アシュドドの人々はこれを見て、言い合った。「イスラエルの神の箱を我々のうちにとどめて置いてはならない。この神の手は我々と我々の神ダゴンの上に災難をもたらす。」

サム上 5:8 彼らは人をやってペリシテの領主を全員集め、「イスラエルの神の箱をどうしたものか」と尋ねた。彼らは答えた。「イスラエルの神の箱をガトへ移そう。」イスラエルの神の箱はそこに移された。

サム上 5:9 箱が移されて来ると、主の御手がその町に甚だしい恐慌を引き起こした。町の住民は、小さい者から大きい者までも打たれ、はれ物が彼らの間に広がった。

 ペリシテの町にどのような災害が起こったかというと、このアシュドトとその周辺の人々に腫物の病が流行りだしたのです。この腫物の病で思い出すのはモーセがエジプトにもたらした数々の禍に、疫病の禍の後に腫物の禍をもたらしたことです。それはカマドのすすを両手いっぱい取って天に向かってまき散らすと、エジプト全土を覆う細かい塵となって、エジプト全土の人と家畜に降りかかり膿の出る腫物となったことです。ペリシテの人々はこのようなことも言い合って、恐れました。これはイスラエルの神の箱が自分たちのところにあるせいに違いない。この神の手が我々と我々の神ダゴンの上に災難をもたらすに違いないと考えて、この箱をガトの町へ移そうと言って、そこへ運んだのです。今度はガトの町で、腫物の病がどんどん広がって行って、その町に甚だしい恐慌を起こしたのです。人々は恐れふためいたのです。それで人々はまたもやイスラエルの神の箱を移すことにしたのです。

 今度はエクロンという町に送りました。その神の箱がエクロンに着くと住民は大騒ぎになってしまいました。この腫物の疫病を事を聞いて知っていたからです。10節から12節です。

サム上 5:10 彼らは神の箱をエクロンに送った。神の箱がエクロンに着くと、住民は大声で叫んだ。「イスラエルの神の箱をここに移して、わたしとわたしの民を殺すつもりか。」

サム上 5:11 彼らは人をやってペリシテの領主を全員集め、そして言った。「イスラエルの神の箱を送り返そう。元の所に戻ってもらおう。そうすれば、わたしとわたしの民は殺されはしないだろう。」実際、町全体が死の恐怖に包まれ、神の御手はそこに重くのしかかっていた。

サム上 5:12 死を免れた人々もはれ物で打たれ、町の叫び声は天にまで達した。

 エクロンの人々は、神の箱がこの町に運ばれてきたのを知って憤り怒ってこう叫びました。「イスラエルの神の箱をここに移して、わたしとわたしの民を殺すつもりか。」それほど、この神の箱は恐れられたのです。イスラエルの民はペリシテの民に打ち負かされましたが、神の箱はそこにあるだけで、ペリシテを打ち負かしてしまいました。ペリシテの人々はペリシテの領主を全員集めて、相談してこう決めたのです。それは、「イスラエルの神の箱を送り返そう。元の所に戻ってもらおう。そうすれば、わたしとわたしの民は殺されはしないだろう。」それほど、神の箱の存在が町全体を死の恐怖に陥れ、イスラエルの神の御手がペリシテの人々の上に重くのしかかっていたのです。神の箱は、イスラエルの人々がいなくても、大きな働きをしたのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様。イスラエルの神の箱は、イスラエルから切り離されて、ペリシテにわたってからもその働きを行いました。ペリシテの人々は恐れ、病に襲われ、その町は恐慌に襲われたのです。その時イスラエルの人々は何をしていたのでしょうか。ペリシテの偶像の神は何もできずにイスラエルの神の箱の前にうつぶせになりました。イスラエルの神は生きている神様です。生きて働いておられる神様です。たとえ異邦人であろうともそこに御手の働きが現れるとき、恐れずには居られません。神様が今もなお、生きて働かれる神様であることを信じて、その働きに委ねて歩むことが出来ますように。

この祈りを、主イエス・キリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン

 

<<聖書の箇所(旧約聖書:◇サムエル記上)>>  

 

サム上 5:1 ペリシテ人は神の箱を奪い、エベン・エゼルからアシュドドへ運んだ。

サム上 5:2 ペリシテ人は神の箱を取り、ダゴンの神殿に運び入れ、ダゴンのそばに置いた。

サム上 5:3 翌朝、アシュドドの人々が早く起きてみると、主の箱の前の地面にダゴンがうつ伏せに倒れていた。人々はダゴンを持ち上げ、元の場所に据えた。

サム上 5:4 その翌朝、早く起きてみると、ダゴンはまたも主の箱の前の地面にうつ伏せに倒れていた。しかもダゴンの頭と両手は切り取られて敷居のところにあり、胴体だけが残されていた。

サム上 5:5 そのため、今日に至るまで、ダゴンの祭司やダゴンの神殿に行く者はだれも、アシュドドのダゴンの敷居を踏まない。

サム上 5:6 主の御手はアシュドドの人々の上に重くのしかかり、災害をもたらした。主はアシュドドとその周辺の人々を打って、はれ物を生じさせられた。

サム上 5:7 アシュドドの人々はこれを見て、言い合った。「イスラエルの神の箱を我々のうちにとどめて置いてはならない。この神の手は我々と我々の神ダゴンの上に災難をもたらす。」

サム上 5:8 彼らは人をやってペリシテの領主を全員集め、「イスラエルの神の箱をどうしたものか」と尋ねた。彼らは答えた。「イスラエルの神の箱をガトへ移そう。」イスラエルの神の箱はそこに移された。

サム上 5:9 箱が移されて来ると、主の御手がその町に甚だしい恐慌を引き起こした。町の住民は、小さい者から大きい者までも打たれ、はれ物が彼らの間に広がった。

サム上 5:10 彼らは神の箱をエクロンに送った。神の箱がエクロンに着くと、住民は大声で叫んだ。「イスラエルの神の箱をここに移して、わたしとわたしの民を殺すつもりか。」

サム上 5:11 彼らは人をやってペリシテの領主を全員集め、そして言った。「イスラエルの神の箱を送り返そう。元の所に戻ってもらおう。そうすれば、わたしとわたしの民は殺されはしないだろう。」実際、町全体が死の恐怖に包まれ、神の御手はそこに重くのしかかっていた。

サム上 5:12 死を免れた人々もはれ物で打たれ、町の叫び声は天にまで達した。