家庭礼拝 2022年11月2日 サムエル記上1:21‐2:11ハンナ サムエルを捧げる。祈り  

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起 

今日はハンナがせっかく授かったサムエルを神様に捧げる場面です。これは最初から、もし男の子が授かったら、神様にお捧げし致しますからどうか子供を授けてくださいと、ナジル人の請願というものをして、神様に祈り、そして与えられたからです。ですがどうしてすぐに捧げてしまう子供をそれほど欲しがったのでしょうか。そしてこれをするには夫の同意がなければできないことなのですが、夫のエルカナはそれに同意していたのでしょうか。

それは当時の女性にとって、子供が与えられないことがどれほど屈辱的なことであるかを理解できなければなりません。子供ができないというのは悪い言い方では、神様に呪われたもの、やさしい言い方をしても、神様が心にかけてくれないものということなのです。これは子供が自分の物になるかどうかというよりも、神様の心に留まらないものということが大きな屈辱であり恥であったのです。ですから、子供が与えられて、神様が自分に心を留めてくださったということが分かるだけで大きな満足と喜びが与えられるので、子供は神様に捧げても、何の悔いも残らなかったのです。ハンナの喜びはその恥が取り除かれたという所にとどまらず、その力は神様によって、強められ、大きな希望を持つことが出来るようになったのです。ハンナは、「私の心は主によって喜び、私の力は主によって強められた」と主を賛美したのです。そしてナジル人の請願はその成就後1年以内に約束のものを捧げなければならないのですが、ハンナは夫のエルカナに、この子が乳離れしてからにしましょうと言って、あと3年待つことにしたのです。夫のエルカナはとてもやさしい男で、ハンナのわがままをみな聞いてあげて、その通りにさせるのです。

子供のサムエルを三歳の時に、シロにある主の家、祭司のエリのところに連れて行きました。そしてそのあとで、ハンナは喜びの祈りの歌を歌うのです。この祈りはマリアの祈りの原型とも言われています。イエスの母マリアも、み使いのお告げを聞いた時、神様が自分のようなものにさえ、心にかけてくださると喜んで歌った歌です。ですからこの時のマリアの喜びも子供が与えられるという喜びよりも、主がこのような端女に心をかけてくださったという喜びのほうが勝っているのです。このハンナの祈りの歌は、のちの人が、一つの独立した賛美の歌として歌ったものが、ここに挿入されたものらしく、このハンナの状況にあまり示していない内容もあるのです。ですが、このハンナの心情を表すのに、ふさわしいものとして挿入されたのだと思います。イエスの母マリアは、このハンナの祈りの歌を知っていたらしく、その心情に心を合わせて、マリアも歌ったのです。

さて、サムエルを捧げる時期がやってきました。ハンナはどうしたでしょうか。21節から23節です。

サム上 1:21 さて、夫エルカナが家族と共に年ごとのいけにえと自分の満願の献げ物を主にささげるために上って行こうとしたとき、

サム上 1:22 ハンナは行こうとせず、夫に言った。「この子が乳離れしてから、一緒に主の御顔を仰ぎに行きます。そこにこの子をいつまでもとどまらせましょう。」

サム上 1:23 夫エルカナは妻に言った。「あなたがよいと思うようにしなさい。この子が乳離れするまで待つがよい。主がそのことを成就してくださるように。」ハンナはとどまって子に乳を与え、乳離れするまで育てた。

エルカナは次の年の生贄と満願の捧げものを主にささげるために上って行こうとしました。この満願の捧げものにはサムエルも入っていたのです。夫エルカナはそのことを妻のハンナに言うと、ハンナは行こうとはしませんでした。そしてこう言ったのです。「この子が乳離れしてから、一緒に主の御顔を仰ぎに行きます。そこにこの子をいつまでもとどまらせましょう。」と言ったのです。乳離れするまでというのは三歳になるまでということです。その時に夫と一緒に行って、子供を捧げてくると言ったのです。するとエルカナは怒ることもなく、穏やかに、「あなたがよいと思うようにしなさい。この子が乳離れするまで待つがよい。主がそのことを成就してくださるように。」と言ったのです。エルカナにとってはこの事は神様が決めてくださることだと理解していたのです。ですから主がそのことを成就してくださるようにと言ったのです。そしてハンナはシロの主の家にはいかず、乳離れするまで、サムエルを家で育てたのです。

そしていよいよその乳離れのする3年目が来ました。そして幼いサムエルを祭司のエリのところに連れて行き、神様に捧げるのです。24節から28節です。

サム上 1:24 乳離れした後、ハンナは三歳の雄牛一頭、麦粉を一エファ、ぶどう酒の革袋を一つ携え、その子を連れてシロの主の家に上って行った。この子は幼子にすぎなかったが、

サム上 1:25 人々は雄牛を屠り、その子をエリのもとに連れて行った。

サム上 1:26 ハンナは言った。「祭司様、あなたは生きておられます。わたしは、ここであなたのそばに立って主に祈っていたあの女です。

サム上 1:27 わたしはこの子を授かるようにと祈り、主はわたしが願ったことをかなえてくださいました。

サム上 1:28 わたしは、この子を主にゆだねます。この子は生涯、主にゆだねられた者です。」彼らはそこで主を礼拝した。

ハンナは乳離れした後で、サムエルを捧げるために、三歳の雄牛一頭、麦粉を一エファ、ぶどう酒の革袋を一つ携え、その子を連れてシロの主の家に上って行きました。麦粉一エファというのは23リットルの麦粉ということで、どのくらいの量かというと、最近街歩き用のリュックが23リットルリュックと言われてはやっていますが、山登りのリュックに比べて比較的小さめのリュックに入るくらいの量なのです。それにしてもこの幼子のために、三歳の雄牛一頭、麦粉を一エファ、ぶどう酒の革袋を一つ携えていったというのは相当盛大にやったような感じです。そしてその雄牛を屠って祭司エリのもとに幼いサムエルを連れて行きました。そしてハンナは、私はここであなたのそばに立って主に祈っていたあの女です、と言ってエリに話をしました。それは、「わたしはこの子を授かるようにと祈り、主はわたしが願ったことをかなえてくださいました。わたしは、この子を主にゆだねます。この子は生涯、主にゆだねられた者です。」と言って、サムエルをエリのもとに引き渡したのです。そして、彼らはそこで主を礼拝して帰って行ったのです。ここの場面には夫のエルカナが一度も出てこないので、ハンナだけが行ったのかと思われますがそうではなかったのです。11節の言葉で、エルカナも一緒にいたことが分かります。エルカナは非常に信仰深く、控えめな人なのです。

 サムエルを捧げて、主に礼拝した時に、ハンナは祈りを捧げました。この時の祈りがハンナの祈りと言われるもので、イエスの母マリアもこの祈りをいつも口にしていたのかもしれません。マリアの祈りもこのハンナの祈りに似ているからです。2章1節から3節です。

サム上 2:1 ハンナは祈って言った。「主にあってわたしの心は喜び/主にあってわたしは角を高く上げる。わたしは敵に対して口を大きく開き/御救いを喜び祝う。

サム上 2:2 聖なる方は主のみ。あなたと並ぶ者はだれもいない。岩と頼むのはわたしたちの神のみ。

サム上 2:3 驕り高ぶるな、高ぶって語るな。思い上がった言葉を口にしてはならない。主は何事も知っておられる神/人の行いが正されずに済むであろうか。

 この祈りの中心は優越者と劣等者の地位の逆転を語り、弱いものと貧しいものが救われることに重点が置かれているのです。それはハンナが子を産むことが出来なくて、弱く悩み深い立場にあったのが、子を産むことによって、強いものに変えられ、高ぶるものに打撃を与えることが出来たからです。

ハンナはまず、こう言います。「主にあってわたしの心は喜び/主にあってわたしは角を高く上げる。わたしは敵に対して口を大きく開き/御救いを喜び祝う。」すなわちこれはただの祈りではなくて、賛歌なのです。マリアの祈りもマリアの賛歌と言われるように。「私の魂は主をあがめ、私の霊は救い主である神を喜びたたえます。」という賛美から始まるのです。そして高ぶるものを糾弾します。それはハンナが子を産めなくて、高ぶるものから屈辱を与えられて、苦しみ悩んだからなのです。こう言いました。「驕り高ぶるな、高ぶって語るな。思い上がった言葉を口にしてはならない。主は何事も知っておられる神/人の行いが正されずに済むであろうか。」この様に高ぶるものを糾弾しました。

 そして、強いものと弱いものの立場が主によって逆転することをこの様な言葉で語りました。これこそハンナが待ち望んでいたことなのです。4節から8節です。

サム上 2:4 勇士の弓は折られるが/よろめく者は力を帯びる。

サム上 2:5 食べ飽きている者はパンのために雇われ/飢えている者は再び飢えることがない。子のない女は七人の子を産み/多くの子をもつ女は衰える。

サム上 2:6 主は命を絶ち、また命を与え/陰府に下し、また引き上げてくださる。

サム上 2:7 主は貧しくし、また富ませ/低くし、また高めてくださる。

サム上 2:8 弱い者を塵の中から立ち上がらせ/貧しい者を芥の中から高く上げ/高貴な者と共に座に着かせ/栄光の座を嗣業としてお与えになる。大地のもろもろの柱は主のもの/主は世界をそれらの上に据えられた。

 強いものも弱いものもすべては主が図られることなのだから、強いからと言って、おごり高ぶるな、弱いからと言って、希望を失うな、神様がいつかその立場を逆転させてくださるときがくるから、嘆かず希望を持って祈れと励ましているのです。マリアの賛歌にもこのように書かれています。

ルカ 1:51 主はその腕で力を振るい、/思い上がる者を打ち散らし、

ルカ 1:52 権力ある者をその座から引き降ろし、/身分の低い者を高く上げ、

ルカ 1:53 飢えた人を良い物で満たし、/富める者を空腹のまま追い返されます。

ルカ 1:54 その僕イスラエルを受け入れて、/憐れみをお忘れになりません、

この様に、同じように、主によって立場の逆転が起こることが語られているのです。

ハンナは一番苦しんだ、子供のことを祈る時、「子のない女は7人の子を産み、多くの子を持つ女は衰える」という言葉を語ることによって、救われたのです。

 そして最後にもう一度、神の偉大な力をたたえるのです。9節から11節です。

サム上 2:9 主の慈しみに生きる者の足を主は守り/主に逆らう者を闇の沈黙に落とされる。人は力によって勝つのではない。

サム上 2:10 主は逆らう者を打ち砕き/天から彼らに雷鳴をとどろかされる。主は地の果てまで裁きを及ぼし/王に力を与え/油注がれた者の角を高く上げられる。」

サム上 2:11 エルカナはラマの家に帰った。幼子は祭司エリのもとにとどまって、主に仕えた。

 この様に、主の慈しみに生きるものは、主によって守られ、主に逆らうものは闇に落とされる、とすべてが主の恵み、主の慈しみによるものであることを語るのです。いくら恵まれていても、人は力によって勝つことはできない。主に逆らうものは打ち砕かれて、滅ぼされてしまうことを語り、思い高ぶることを戒めているのです。

そしてここの11節で初めてエルカナが現れます。ずっとハンナと一緒にいたのですが、帰る時になって、やっとその名前が現れます。とても控えめなのです。幼子のサムエルは祭司エリのところにとどまって、主に使えることになったのです。

 結

主のみ前で嘆き悲しみその涙の訴えをしたハンナは神の憐れみを受けて身ごもりました。そしてその子を主にささげることが出来ました。ハンナは喜びにあふれて、恥が取り除かれて力が与えられたことを感謝し、主の慈しみに生きるものがどんなに大きな恵みを与えられるかを賛美するのでした。そして、すべては、主のご計画であって、高ぶるものは低められ、貧しいものは高められることが主の慈しみによっておこることを喜び賛美したのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様、ハンナはサムエルを与えられ、エリのもとで神様に捧げることが出来ました。ハンナにとって、子のないことは神様から、心にとめられていないことであり、それは耐えられないことだったのです。ですが神様はハンナに心を留めて、サムエルを与えました。神様の慈しみを信じて生きるものに神様は答えてくださるのです。神様の深い慈しみと恵とに感謝いたします。そして思い高ぶることなく、すべてを神様に委ねて、歩ませてください。

この祈りを、主イエス・キリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン

 

<<聖書の箇所(旧約聖書:◇サムエル記上)>>  

 

◆ハンナ、サムエルをささげる

サム上 1:21 さて、夫エルカナが家族と共に年ごとのいけにえと自分の満願の献げ物を主にささげるために上って行こうとしたとき、

サム上 1:22 ハンナは行こうとせず、夫に言った。「この子が乳離れしてから、一緒に主の御顔を仰ぎに行きます。そこにこの子をいつまでもとどまらせましょう。」

サム上 1:23 夫エルカナは妻に言った。「あなたがよいと思うようにしなさい。この子が乳離れするまで待つがよい。主がそのことを成就してくださるように。」ハンナはとどまって子に乳を与え、乳離れするまで育てた。

サム上 1:24 乳離れした後、ハンナは三歳の雄牛一頭、麦粉を一エファ、ぶどう酒の革袋を一つ携え、その子を連れてシロの主の家に上って行った。この子は幼子にすぎなかったが、

サム上 1:25 人々は雄牛を屠り、その子をエリのもとに連れて行った。

サム上 1:26 ハンナは言った。「祭司様、あなたは生きておられます。わたしは、ここであなたのそばに立って主に祈っていたあの女です。

サム上 1:27 わたしはこの子を授かるようにと祈り、主はわたしが願ったことをかなえてくださいました。

サム上 1:28 わたしは、この子を主にゆだねます。この子は生涯、主にゆだねられた者です。」彼らはそこで主を礼拝した。

◆ハンナの祈り

サム上 2:1 ハンナは祈って言った。「主にあってわたしの心は喜び/主にあってわたしは角を高く上げる。わたしは敵に対して口を大きく開き/御救いを喜び祝う。

サム上 2:2 聖なる方は主のみ。あなたと並ぶ者はだれもいない。岩と頼むのはわたしたちの神のみ。

サム上 2:3 驕り高ぶるな、高ぶって語るな。思い上がった言葉を口にしてはならない。主は何事も知っておられる神/人の行いが正されずに済むであろうか。

サム上 2:4 勇士の弓は折られるが/よろめく者は力を帯びる。

サム上 2:5 食べ飽きている者はパンのために雇われ/飢えている者は再び飢えることがない。子のない女は七人の子を産み/多くの子をもつ女は衰える。

サム上 2:6 主は命を絶ち、また命を与え/陰府に下し、また引き上げてくださる。

サム上 2:7 主は貧しくし、また富ませ/低くし、また高めてくださる。

サム上 2:8 弱い者を塵の中から立ち上がらせ/貧しい者を芥の中から高く上げ/高貴な者と共に座に着かせ/栄光の座を嗣業としてお与えになる。大地のもろもろの柱は主のもの/主は世界をそれらの上に据えられた。

サム上 2:9 主の慈しみに生きる者の足を主は守り/主に逆らう者を闇の沈黙に落とされる。人は力によって勝つのではない。

サム上 2:10 主は逆らう者を打ち砕き/天から彼らに雷鳴をとどろかされる。主は地の果てまで裁きを及ぼし/王に力を与え/油注がれた者の角を高く上げられる。」

サム上 2:11 エルカナはラマの家に帰った。幼子は祭司エリのもとにとどまって、主に仕えた。