家庭礼拝 2022年6月14日 ヨシュア記 8:1-35 アイの滅亡

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起 

 ヨシュアは、ヨルダン川を渡った後すぐに、平地のエリコを攻めて滅ぼしました。そのあとまた、その山側のエルサレムの方にある大きな町アイを攻めましたが、惨敗しました。最初はこんな町は簡単に攻め落とせると思っていたのですが、あまりの惨敗に、自信を失い、神様に尋ねたところ、エリコの陥落の時に、神様に捧げるべきものを盗んだものがいたからだということが分かり、籤で神様の御心を聞いていったところ、アカンがその罪を犯したということで、その家族もろともアコルの谷で、石打ちの刑にあって、殺され、財産と共に焼かれてしまったのです。

これで神様に対して、罪の償いをしたはずですが、それでもまだヨシュアは不安でした。再びアイを攻めていっても、今度も負けたなら本当に自分たちは周辺の民族から軽く見られて、全滅してしまうのではないかと恐れたのです。自分たちの姿を見れば、アカンを処罰した以外は何の変りもなかったからです。どこにもアイを滅ぼすことのできる、良い材料は見当たらなかったのです。

ところが、神様がヨシュアに現れ、恐れてはならない、おののいてはならない、と言って励まし、アイの王も民も町も周辺の土地もあなたの手に渡すと約束したのです。このことによって、ヨシュアは行動を起こす勇気を与えられ、アイに攻め込むことにしたのです。今度は作戦を考えて、伏兵を町の裏手に置いておいて、本体が町を正面から攻め込み、その時、負けたふりをして前回と同様に逃げ始めれば、相手は調子に乗って全軍を使って攻めてくるので、その間に伏兵がアイの城壁の中に入って、町を滅ぼし、そして火をつけて、敵を動揺させ、挟み撃ちにして滅ぼすというものでした。この作戦はうまくいって、アイの人々はみな滅ぼされてしまったのです。そしてこの時の戦いのときには、エリコの時とは違って、分捕りものと家畜は自分たちのために奪い取っても良いという許可が出たのです。エリコの時にその分捕りものを自分のものにしたために家族全員が殺されたアカンの時とは全く違ったのです。なぜそのように方針が変わったのかは何も書かれてはいません。アカンはイスラエル全体のために犠牲になったのだとしか思われません。

このようにして勝利を収めると、ヨシュアはエバル山に神様のための祭壇を築きました。そして契約の箱を全イスラエルの民の中に置き、半分をゲルジム山の前に立たせ、残りの半分をエバル山の前に立たせました。そしてモーセが命じた律法の言葉を一言残さず、イスラエルの全会衆の前で読み上げたのです。この勝利が、神様によって与えられたものであり、神様の戒めを守ることによって与えられたものであることを思い起こすためでした。

この時、この律法の言葉を、祝福と呪いの言葉と言っているのが印象的です。申命記11章にはこのように書かれています。

申 11:26 見よ、わたしは今日、あなたたちの前に祝福と呪いを置く。

申 11:27 あなたたちは、今日、わたしが命じるあなたたちの神、主の戒めに聞き従うならば祝福を、

申 11:28 もし、あなたたちの神、主の戒めに聞き従わず、今日、わたしが命じる道をそれて、あなたたちとは無縁であった他の神々に従うならば、呪いを受ける。

申 11:29 あなたが入って得ようとしている土地に、あなたの神、主が導き入れられるとき、ゲリジム山に祝福を、エバル山に呪いを置きなさい。

 このように言っているのです。すなわち律法を守ることによって祝福を与えられ、守らないことによって呪いを受ける言葉であるということなのです。そして、あなたが入って得ようとしている土地に、あなたの神、主が導き入れられるとき、ゲリジム山に祝福を、エバル山に呪いを置きなさい。と言いました。今まさにその地に導き入れられて、このエバル山に祭壇を築いて、この二つの山の間で、モーセの律法の言葉をことごとく読み聞かせたのです。不思議なことに祭壇が築かれたエバル山には呪いが置かれて、ゲルジム山に祝福が置かれています。ですからこの後、神殿がエルサレムに築かれるようになってからも、この地方に住むサマリア人たちはゲルジム山で礼拝をおこない、今でもゲルジム山で過ぎ越しの祭りを行っているのだそうです。

イエス様の時代にも、イエス様がサマリアを旅していた時に、人目を避けて水を汲みにきた女にこう言いました。

ヨハ 4:18 あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。あなたは、ありのままを言ったわけだ。」

ヨハ 4:19 女は言った。「主よ、あなたは預言者だとお見受けします。

ヨハ 4:20 わたしどもの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています。」

ヨハ 4:21 イエスは言われた。「婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。

このサマリアの女が言ったこの山で礼拝したというのがゲルジム山です。エルサレムで礼拝することに対して、妬みを感じていたのです。それに対してイエス様は、この山でもエルサレムでもないところで、父を礼拝するときが来ると言って、新しい時代が始まることを教えたのです。

それでは聖書の話に戻りますが、今日の箇所は神様の言葉の部分が少なく、アイとの戦いの場面が多く出てきます。ですからその戦いの部分は多少省略して、神様の言葉の部分を重点的に取り上げます。

 では初めに1節と2節です。ヨシュアがアイを攻めるのに不安に思っていた時に神様が現れて、こう言いました。

ヨシュ 8:1 主はヨシュアに言われた。「恐れてはならない。おののいてはならない。全軍隊を引き連れてアイに攻め上りなさい。アイの王も民も町も周辺の土地もあなたの手に渡す。

ヨシュ 8:2 エリコとその王にしたように、アイとその王にしなさい。ただし、分捕り物と家畜は自分たちのために奪い取ってもよい。あなたは、町を裏手からうかがうように伏兵を置け。」

 最初アイを攻撃した時には、神様の声を聴くこともなく、ただ斥候に情勢を探らせて、その斥候の報告で、とるに足りぬ相手であるという言葉を信じて、攻め込んだのです。その結果は惨敗です。この時はエリコに攻め込んで勝利した時の傲慢な思いがあったので、そのまま自分の力でアイも攻め落とせると思ったのです。ですがそうではなかったので今度は不安に駆られて、神様を求めていたのです。そうすると神様が現れて、「恐れてはならない。おののいてはならない。全軍隊を引き連れてアイに攻め上りなさい。アイの王も民も町も周辺の土地もあなたの手に渡す。」と励まし、約束してくださったのです。ヨシュアはどんなに自信を持っていても神様がともにいなければ何もなしえず、どんなに不安であっても神様がともにいてくだされば、大きな働きをすることができたのです。今度は神様がともにいてくださって約束してくださったのです。そしてエリコとその王にしたようにアイとその王にもそのようにしなさいと言いました。すなわち滅ぼし尽くすということです。ですが一つだけ違っていました。それは、分捕り物と家畜は自分たちのために奪い取ってもよい、という許可が与えられたのです。エリコの時にはその分捕り品を自分のものにしたために、アカンとその家族が石打ちの刑で、みじめな死を迎えましたが、今度はそれをしてもよいというのですが、どう理解してよいのかわかりません。いったいアカンの死は何のためだったのでしょうか。むしろ責められるべきはヨシュアが、最初にアイを攻めるときに、斥候の言葉に従うのではなく、神様の言葉を聞いてそれに従うべきであったのではないでしょうか。その罪も含めて、アカンはイスラエルの犠牲となったような気がします。

 神様はこの時、アイを攻め落とすときの作戦で、アイの裏手に伏兵を置くことをも指示したのです。そしてこの後、3節から17節までは、神様がヨシュアに命じたことをヨシュアが軍隊に命じて、アイを攻め落とすのです。ヨシュアは、今度は自分が本体の先頭に立って、進んでいき、攻撃を仕掛けました。伏兵をアイの裏手に潜ませておき、本体を突撃させ、撤退するように見せかけて敵をおびき出し、その間に伏兵が町の開いたままの門から入って、町を滅ぼし、火をつけたのです。そして動揺したアイの軍勢を挟み撃ちにして、全員を滅ぼし尽くしたのです。

 ヨシュアが、機を見て、伏兵に攻撃の合図をするとき、神様はヨシュアにこう言われたのです。18節と19節です。

ヨシュ 8:18 主はヨシュアに言われた。「あなたが手にしている投げ槍をアイに向かって差し伸べなさい。わたしはアイをあなたの手に渡す。」ヨシュアが手にしていた投げ槍を町に向かって差し伸べると、

ヨシュ 8:19 伏兵は一斉にその場所から立ち上がり、ヨシュアが手を伸ばしている間に町に攻め込んで占領し、直ちに町に火を放った。

 伏兵が、反撃の攻撃を開始したのはヨシュアの手にしている投げ槍をアイの街に向かって差し伸べたときでした。神様はこの時ヨシュアに、私はアイをあなたの手に渡すと約束したのです。伏兵は一斉にその場所から立ち上がって、町を攻め滅ぼし、町に火を放ったのです。

 この時のヨシュアが手を伸ばしている間に攻め込んだというのは、モーセがアマレクと戦った時に、モーセが手を挙げている間は、イスラエルが優勢になり、手を下すとアマレクが優勢になったという話に合わせているところがあります。ここでもヨシュアはモーセと同じ神の使いであることを印象付けようとしているのです。

このようにして、アイに勝利したヨシュアはアイの北側にあるエバル山に神様のための祭壇を築きました。30節から33節です。

ヨシュ 8:30 そのころ、ヨシュアはエバル山にイスラエルの神、主のための祭壇を築いた。

ヨシュ 8:31 この祭壇は、主の僕モーセがイスラエルの人々に命じ、モーセの教えの書に記されたとおり、鉄の道具を使わない自然のままの石で造られた。彼らはその上で、主に焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげた。

ヨシュ 8:32 ヨシュアはこの祭壇の石に、モーセがイスラエルの人々のために記した教えの写しを刻んだ。

ヨシュ 8:33 全イスラエルは、長老、役人、裁判人をはじめ、寄留者もその土地に生まれた者も、主の契約の箱を担ぐレビ人である祭司たちの前で、箱のこちら側とあちら側に、半分はゲリジム山の前に、他の半分はエバル山の前に立った。それは主の僕モーセがかつて命じたように、イスラエルの民を祝福するためであった。

 ヨシュアがこのカナンの地について最初の祭壇を築いたのはエバル山でした。エルサレムよりも前にこの地で祭壇を築き、捧げものを捧げたのです。ここは占領したアイの北側にあり、その手前にはゲリジム山という山があります。この祭壇の石は鉄の道具を使わない自然の石を使ったといいますから、できるだけ四角く大きな石を見つけてきてそれを祭壇としたのだと思います。イスラエルの民はその上で、主に焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげました。そしてこの祭壇の石に、モーセから与えられた律法の言葉を書き記し刻んだのです。

全イスラエルの民はここに集まりました。長老、役人、裁判人をはじめ、寄留者もその土地に生まれた者も全部集まりました。人々は、主の契約の箱を担ぐ祭司たちを挟んで、右と左に分かれました。半分はゲリジム山のほうに、残りの半分はエバル山のほうに集まりました。それは、モーセがかつて命じたように、イスラエルの民を祝福するためであったのでした。

ここでヨシュアはモーセの律法の言葉をすべて律法の書に記されている通りに読み上げたのです。34節と35節です。

ヨシュ 8:34 その後ヨシュアは、律法の言葉すなわち祝福と呪いをことごとく、すべて律法の書に記されているとおりに読み上げた。

ヨシュ 8:35 ヨシュアは、モーセが命じたことをひと言残さず、イスラエルの全会衆、女、子供、彼らの間で生活する寄留者の前で読み上げた。

ここで語られた言葉はイスラエルの全会衆、すなわち男だけではなく、女や子供、奴隷たちや寄留者も含めて、生活を共にするもの全員に対して語られたのです。このようなことはめったにありませんでした。この律法の言葉は祝福の言葉であり呪いの言葉です。この律法を守るものは祝福を与えられ、守らないものにとっては呪いとなる言葉なのです。そして申命記では、祝福はゲリジム山に置かれ、呪いはエバル山に置かれたとあるのです。エルサレムの神殿ができる前は、このサマリアの地のゲリジム山に向かって礼拝していたのです。この儀式はエルサレム民族がこれからカナンの地で生活することのスタートを表す儀式だったのです。

 イスラエルはアイと二度戦い、最初は惨敗し、二回目は勝利しました。イスラエルはこの二回とも何の変りもないのに結果は大きく違いました。それは最初は神様の言葉を聞くことなく行動し、神様がともにおられなかったのです。それはアカンが犯した罪のためだとして、アカンを石打ちの刑で取り除きました。二回目は、ヨシュアが不安の中で、神様に祈り続けていると、神様が恐れてはならない、おののいてはならないと言って勝利を約束してくださいました。イスラエルの民の力には何の変りもなかったのに、神様が付いてくださるだけで、イスラエルは何倍もの大きな力を出すことができたのです。このことに感謝して、ヨシュアはエバル山に祭壇を築き、捧げものを捧げて、全会衆にモーセの律法を語り聞かせて、神様の戒めを守るように伝えたのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様。私たちは人の力を頼っている限りなんと弱いものでしょうか。神様がともにいてくださるときなんと大きな力を発揮するものでしょうか。神様がともにいてくださるように、私たちは神様の戒めを守り、神をあがめて賛美します。私たちが見えるものにではなく見えない神様に頼り導きが与えられますように、祈り求めます。いつも心に感謝と賛美の供え物を捧げることができますように導いてください。

この祈りを、主イエス・キリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン

 

<<聖書の箇所(旧約聖書:◇ヨシュア記)>>  

 

◆アイの滅亡

ヨシュ 8:1 主はヨシュアに言われた。「恐れてはならない。おののいてはならない。全軍隊を引き連れてアイに攻め上りなさい。アイの王も民も町も周辺の土地もあなたの手に渡す。

ヨシュ 8:2 エリコとその王にしたように、アイとその王にしなさい。ただし、分捕り物と家畜は自分たちのために奪い取ってもよい。あなたは、町を裏手からうかがうように伏兵を置け。」

ヨシュ 8:3 ヨシュアは全軍隊を率いて行動を起こし、アイへ攻め上った。ヨシュアは三万の勇士をえりすぐって夜の間に送り込み、

ヨシュ 8:4 彼らに命じた。「見よ、あなたたちは裏手から町をうかがう伏兵であるから、町からあまり離れず、全員、態勢を整えておきなさい。

ヨシュ 8:5 その他の全軍はわたしと共に町に近づく。敵がこの前と同様、我々を迎え撃とうと出て来たなら、我々は退却する。

ヨシュ 8:6 敵は、我々がこの前と同様、退却して行くと思って、追撃して来るであろう。そうすれば彼らを町からおびき出せる。我々が退却している間に、

ヨシュ 8:7 あなたたちは待ち伏せしている所から出て、町を占領しなさい。あなたたちの神、主は町をあなたたちの手に渡してくださる。

ヨシュ 8:8 町を取ったらこれに火を放ち、主の言葉どおり行いなさい。見よ、わたしはこう、あなたたちに命じている。」

ヨシュ 8:9 ヨシュアがこうして、彼らを遣わしたので、彼らはアイの西側、ベテルとアイの間の待ち伏せの場所に行って待機した。民と共にその夜を過ごしたヨシュアは、

ヨシュ 8:10 翌朝早く起きて民を召集し、イスラエルの長老たちと共に、その先頭に立ってアイに向かって上った。

ヨシュ 8:11 ヨシュアに率いられた全軍は攻め上って、町の入り口近くに達し、谷一つ隔ててアイの北側に陣を敷いた。

ヨシュ 8:12 彼は約五千人を選び、伏兵として町の西側、ベテルとアイの間に配置した。

ヨシュ 8:13 その他の兵は町の北側にすべての宿営を張ったが、最後部は町の西に達していた。その晩、ヨシュアは平野へ下って行った。

ヨシュ 8:14 それはアイの王の知るところとなり、町の者も急ぎ起き出し、王とその全軍は、イスラエルを迎え撃とうとアラバに面する戦場に進軍した。王は町の裏手に伏兵がいるとは知らなかった。

ヨシュ 8:15 ヨシュアの率いる全イスラエルが彼らに打ち破られたかのように荒れ野の道を退却すると、

ヨシュ 8:16 町の全軍も追撃のために呼び集められ、ヨシュアの後を追い、彼らはこうして、町からおびき出された。

ヨシュ 8:17 イスラエルを追わずに残った者は、アイにもベテルにも一人もいなかった。しかも、イスラエルの後を追ったとき、町の門は開けたままであった。

ヨシュ 8:18 主はヨシュアに言われた。「あなたが手にしている投げ槍をアイに向かって差し伸べなさい。わたしはアイをあなたの手に渡す。」ヨシュアが手にしていた投げ槍を町に向かって差し伸べると、

ヨシュ 8:19 伏兵は一斉にその場所から立ち上がり、ヨシュアが手を伸ばしている間に町に攻め込んで占領し、直ちに町に火を放った。

ヨシュ 8:20 アイの兵士が振り返って見たときには、既に町の煙は天に達しており、荒れ野に逃げた軍勢も追っ手に対して向き直ったので、彼らはどこにも逃げることができなくなってしまった。

ヨシュ 8:21 ヨシュアの率いる全イスラエルは、伏兵が町を占領し、町から煙が立ち昇るのを見ると、向きを変えてアイの兵士に打ちかかり、

ヨシュ 8:22 伏兵も町を出て彼らに向かったので、彼らはイスラエル軍の挟み撃ちに遭い、生き残った者も落ちのびた者も一人もいなくなるまで打ちのめされた。

ヨシュ 8:23 アイの王は生け捕りにされ、ヨシュアのもとに引き出された。

ヨシュ 8:24 イスラエルは、追って来たアイの全住民を野原や荒れ野で殺し、一人残らず剣にかけて倒した。全イスラエルはアイにとって返し、その町を剣にかけて撃った。

ヨシュ 8:25 その日の敵の死者は男女合わせて一万二千人、アイの全住民であった。

ヨシュ 8:26 ヨシュアはアイの住民をことごとく滅ぼし尽くすまで投げ槍を差し伸べた手を引っ込めなかった。

ヨシュ 8:27 ただし、この町の家畜と分捕り品は、主がヨシュアに命じた言葉どおり、イスラエルが自分たちのために奪い取った。

ヨシュ 8:28 ヨシュアはこうしてアイを焼き払い、とこしえの廃虚の丘として打ち捨てた。それは今日まで残っている。

ヨシュ 8:29 ヨシュアはまた、アイの王を木にかけて夕方までさらし、太陽の沈むころ、命じてその死体を木から下ろさせ、町の門の入り口に投げ捨て、それを覆う大きな石塚を築かせた。それは今日まで残っている。

◆エバル山での律法の朗読

ヨシュ 8:30 そのころ、ヨシュアはエバル山にイスラエルの神、主のための祭壇を築いた。

ヨシュ 8:31 この祭壇は、主の僕モーセがイスラエルの人々に命じ、モーセの教えの書に記されたとおり、鉄の道具を使わない自然のままの石で造られた。彼らはその上で、主に焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげた。

ヨシュ 8:32 ヨシュアはこの祭壇の石に、モーセがイスラエルの人々のために記した教えの写しを刻んだ。

ヨシュ 8:33 全イスラエルは、長老、役人、裁判人をはじめ、寄留者もその土地に生まれた者も、主の契約の箱を担ぐレビ人である祭司たちの前で、箱のこちら側とあちら側に、半分はゲリジム山の前に、他の半分はエバル山の前に立った。それは主の僕モーセがかつて命じたように、イスラエルの民を祝福するためであった。

ヨシュ 8:34 その後ヨシュアは、律法の言葉すなわち祝福と呪いをことごとく、すべて律法の書に記されているとおりに読み上げた。

ヨシュ 8:35 ヨシュアは、モーセが命じたことをひと言残さず、イスラエルの全会衆、女、子供、彼らの間で生活する寄留者の前で読み上げた。