家庭礼拝 2022年4月13日 出エジプト記 40:1-38 幕屋建設の命令
起
いよいよ今日で、出エジプト記は終わります。この出エジプト記はエジプトで増えすぎたイスラエル人を減らすために、男児殺害の命令が出て、それを不憫に思った母親がモーセをナイル川に流して王女に拾われるところから始まりました。そしてこの出エジプト記の最後はモーセが神様に命じられたとおりの幕屋を作って、神様がその幕屋に入り主の栄光に満ちていたというところで終わります。終わりの方は神様が、神殿建築を命ずるところと、それを何一つたがわず実行するところが、内容的にはダブっているため、同じ話を2度も聞かされるような感じで、ちょっと辟易するところもありますが、このことが、出エジプト記が全部で40章の内の25章から40章までを占めているのですから40%近くになります、いかにこのことを大切に思って記録していたのかがわかります。
ちなみに、創世記は全部で50章で最初は天地創造で、最後はヨセフの死までです。その次の出エジプト記は40章で、幕屋の完成までです。このことは比較的覚えやすいですから、覚えておきたい知識です。
承
すべての材料の準備が終わっていよいよ幕屋を立てることになりますが、ここでもまず、神様からの細かい指示がことごとく言い渡されます。1節から15節です。
◆幕屋建設の命令
出 40:1 主はモーセに仰せになった。
出 40:2 第一の月の一日に幕屋、つまり臨在の幕屋を建てなさい。
出 40:3 あなたはそこに掟の箱を置き、垂れ幕を掛けて箱を隔て、
出 40:4 机を運び入れ、その付属品を並べ、燭台を運び入れてともし火をともす。
出 40:5 更に、掟の箱の前に香をたく金の祭壇を置き、幕屋の入り口には幕を掛ける。
出 40:6 また、焼き尽くす献げ物の祭壇を幕屋、つまり臨在の幕屋の入り口の前に据え、
出 40:7 洗盤を臨在の幕屋と祭壇の間に据え、これに水を入れる。
出 40:8 周囲には庭を設け、庭の入り口に幕を掛けなさい。
出 40:9 次に、あなたは聖別の油を取って、幕屋とその中のすべてのものに注ぎ、幕屋とそのすべての祭具を聖別する。それは聖なるものとなる。
出 40:10 次いで、焼き尽くす献げ物の祭壇とそのすべての祭具に油を注ぎ、祭壇を聖別する。祭壇は神聖なものとなる。
出 40:11 あなたは洗盤と台に油を注ぎ、それを聖別しなさい。
出 40:12 次に、アロンとその子らを臨在の幕屋の入り口に進ませ、彼らを水で清めなさい。
出 40:13 アロンに祭服を着せ、彼に油を注いで聖別し、祭司としてわたしに仕えさせ、
出 40:14 彼の子らを前に進ませ、これに衣服を着せる。
出 40:15 あなたは、彼らの父に油を注いだように、彼らにも油を注ぎ、わたしに仕える祭司としなさい。彼らがこのように、油を注がれることによって、祭司職は代々にわたり、永遠に彼らに受け継がれる。
エジプトを脱出していろいろなことがありましたので、ずいぶんと年数がたっているような気がします。ですがこれはまだ一年しかたっていないのです。1月の14日にエジプトで過ぎ越しを過ごして、翌日エジプトを脱出したのですが、この神様からの幕屋建設の命令は、脱出した後の過ぎ越しをこの新しい幕屋で迎えられるようにという指示だったのです。それで神様は新年の1月1日に今まで準備した材料で、幕屋を立てなさいと命令したのです。それにしても、一年のうちにこれだけの材料をよく準備したものだと思います。そして1日には、まず臨在の幕屋を立て、そこに契約の箱を収め、その周囲に必要な備品をおき、その幕屋のうちにあるものに聖別の油をかけて聖別しなさい、と言いました。そしてアロンとその子らを水で清めて、祭服を着せ、そして聖別の油を注いで聖別しなさいと言いました。ここでは、モーセは主が命じられたことを聞いただけで、これを実行するのはその1月1日からです。ここではまず神様の命令が下ったのです。
次の16節から33節は、神様が命じられたことを、モーセがどのように実行したかが書かれてあって、それはすべて主がモーセに命じられたとおりであるので、またもや2度同じことが語られるのです。この16節から33節の17節の間に、この命じられた通りという言葉が9回も出てきます。一言一言に確認を取っているような感じです。では、16節からです。
出 40:16 モーセは主が命じられたとおりにすべてを行った。
出 40:17 第二年の第一の月、その月の一日に、幕屋が建てられた。
出 40:18 モーセは、まず、台座を置き、壁板を立て、横木を渡し、柱を立てて、幕屋を組み立てた。
出 40:19 次に、幕屋の上に天幕を広げ、更にその上に天幕の覆いを掛けた。主がモーセに命じられたとおりであった。
出 40:20 次に、彼は掟の板を取って箱に入れ、箱に棒を差し入れ、箱の上に贖いの座を置き、
出 40:21 その箱を幕屋の奥に運び入れた。そして、至聖所の垂れ幕を掛け、掟の箱を隔てた。主がモーセに命じられたとおりであった。
出 40:22 また、机を臨在の幕屋の中の垂れ幕の手前、幕屋の北側に置き、
出 40:23 その上に供えのパンを並べ、主の御前に供えた。主がモーセに命じられたとおりであった。
出 40:24 更に、燭台を臨在の幕屋の中の、幕屋の南側に机と向かい合わせて置き、
出 40:25 ともし火を主の御前にともした。主がモーセに命じられたとおりであった。
出 40:26 また、金の祭壇を臨在の幕屋の中の垂れ幕の前に置き、
出 40:27 香草の香をその上でたいた。主がモーセに命じられたとおりであった。
出 40:28 次に、幕屋の入り口に幕を掛けた。
出 40:29 この幕屋、つまり臨在の幕屋の入り口に焼き尽くす献げ物の祭壇を設け、焼き尽くす献げ物と穀物の献げ物をその上でささげた。主がモーセに命じられたとおりであった。
出 40:30 次いで、洗盤を臨在の幕屋と祭壇の間に据え、それに清めの水を入れた。
出 40:31 その水でモーセ、アロンおよびその子らは、自分の手足を清めた。
出 40:32 彼らが臨在の幕屋に入るとき、あるいは、祭壇に献げ物をささげるときは、水で清めるのを常とした。主がモーセに命じられたとおりであった。
出 40:33 最後に、幕屋と祭壇の周囲に庭を設け、庭の入り口に幕を掛けた。モーセはこうして、その仕事を終えた。
幕屋が建てられたのはモーセ達がエジプトを脱出してから、2年目の1月1日に建てられたと書かれていますから、もしかすると一日で組み立てられたのかもしれません。そしてそのあと必要なものを所定の場所に収めていくのです。ここではパンのことやともし火のことも詳しく書かれています。全ては主が命じられた通りなのです。アロンとその子らが、身を清めて聖別された後、この幕屋と祭壇の周囲に庭を設けて、庭の入口に幕をかけたとありますから、一番外側の幔幕は、全部が終わった後取り付けられ、完成したのだと思います。これで全部完成しました。これを一日で全部やったのかもしれません。
転
このように、主がモーセに命じられたとおりに、その幕屋を完成させ、聖別が終わると不思議なことが幕屋に起こりました。34節から38節です。
◆主の栄光
出 40:34 雲は臨在の幕屋を覆い、主の栄光が幕屋に満ちた。
出 40:35 モーセは臨在の幕屋に入ることができなかった。雲がその上にとどまり、主の栄光が幕屋に満ちていたからである。
出 40:36 雲が幕屋を離れて昇ると、イスラエルの人々は出発した。旅路にあるときはいつもそうした。
出 40:37 雲が離れて昇らないときは、離れて昇る日まで、彼らは出発しなかった。
出 40:38 旅路にあるときはいつも、昼は主の雲が幕屋の上にあり、夜は雲の中に火が現れて、イスラエルの家のすべての人に見えたからである。
神様が命じられたとおりに作られた幕屋に、神様が降りてこられたのです。34節にあるように、雲は臨在の幕屋を覆い、主の栄光が幕屋に満ちたのです。雲は神様の臨在を表します。ですから神様が幕屋におられることが分かり、幕屋が主の栄光で満ちたのです。これを見て、モーセは臨在の幕屋に入ることが出来なかったと言います。モーセのように神様から特別に愛された人であっても、神様のおられるところに行くのは、畏れ多くて自分から近づくことなどとんでもないと思われたのです。
イスラエルの人々は、この雲の動きとともに移動しました。この雲は神様のいる場所だからです。雲は幕屋から離れるとイスラエルの人々はすぐに出発しました。ですから一日で幕屋をたたんで出発したと思われます。雲が離れて昇らないときはそのままそこにとどまりました。この雲は夜になるとその雲の中に火が現れて、暗くてもよくわかるようになっていたのです。イスラエルの人々はいつも主がどこにいるのかわかるようになっていたのです。
結
このようにして、臨在の幕屋は完成し、そこに神様がイスラエルの人々と共に居て下さることになりました。イスラエルの人々はカナンを目指してはいましたが、次に行くところとその時は、幕屋の上に昇る雲が教えてくれました。全て、神様が教えてくださったように行うのが、イスラエルの生活なのです。結局イスラエルの民は、カナンまではすく近くまで来ていても、この雲の導きによって40年間も荒れ野をさまようことになるのです。この出エジプト記は、イスラエルの人々が、いかに神様が命じたとおりに行ったのかを語る物語なのです。そしてその通り行わなかったときにはその罪の報いがあることを教えている物語なのです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様。イスラエルの人々の出エジプトの物語を読み通すことが出来、感謝です。イスラエルの人々がいかに簡単に神様から離れて罪を犯し、それでも神様から様々な奇跡の業によって恵みを与えられて導かれたかを知ります。そして最後には立派な幕屋をその民のうちに持つことが出来ました。そしていつも神さまと共に歩むことが出来たのです。私たちの内にも、神様の神殿が建てられました。そこに神様が住んでくださいます。どうか私達もまた、神様が命じられたとおりに行い、いつも神さまと共に歩むものとさせてください。御名の栄光があらわされますように。
この祈りを、主イエス・キリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(旧約聖書:◇出エジプト記)>>
◆幕屋建設の命令
出 40:1 主はモーセに仰せになった。
出 40:2 第一の月の一日に幕屋、つまり臨在の幕屋を建てなさい。
出 40:3 あなたはそこに掟の箱を置き、垂れ幕を掛けて箱を隔て、
出 40:4 机を運び入れ、その付属品を並べ、燭台を運び入れてともし火をともす。
出 40:5 更に、掟の箱の前に香をたく金の祭壇を置き、幕屋の入り口には幕を掛ける。
出 40:6 また、焼き尽くす献げ物の祭壇を幕屋、つまり臨在の幕屋の入り口の前に据え、
出 40:7 洗盤を臨在の幕屋と祭壇の間に据え、これに水を入れる。
出 40:8 周囲には庭を設け、庭の入り口に幕を掛けなさい。
出 40:9 次に、あなたは聖別の油を取って、幕屋とその中のすべてのものに注ぎ、幕屋とそのすべての祭具を聖別する。それは聖なるものとなる。
出 40:10 次いで、焼き尽くす献げ物の祭壇とそのすべての祭具に油を注ぎ、祭壇を聖別する。祭壇は神聖なものとなる。
出 40:11 あなたは洗盤と台に油を注ぎ、それを聖別しなさい。
出 40:12 次に、アロンとその子らを臨在の幕屋の入り口に進ませ、彼らを水で清めなさい。
出 40:13 アロンに祭服を着せ、彼に油を注いで聖別し、祭司としてわたしに仕えさせ、
出 40:14 彼の子らを前に進ませ、これに衣服を着せる。
出 40:15 あなたは、彼らの父に油を注いだように、彼らにも油を注ぎ、わたしに仕える祭司としなさい。彼らがこのように、油を注がれることによって、祭司職は代々にわたり、永遠に彼らに受け継がれる。
出 40:16 モーセは主が命じられたとおりにすべてを行った。
出 40:17 第二年の第一の月、その月の一日に、幕屋が建てられた。
出 40:18 モーセは、まず、台座を置き、壁板を立て、横木を渡し、柱を立てて、幕屋を組み立てた。
出 40:19 次に、幕屋の上に天幕を広げ、更にその上に天幕の覆いを掛けた。主がモーセに命じられたとおりであった。
出 40:20 次に、彼は掟の板を取って箱に入れ、箱に棒を差し入れ、箱の上に贖いの座を置き、
出 40:21 その箱を幕屋の奥に運び入れた。そして、至聖所の垂れ幕を掛け、掟の箱を隔てた。主がモーセに命じられたとおりであった。
出 40:22 また、机を臨在の幕屋の中の垂れ幕の手前、幕屋の北側に置き、
出 40:23 その上に供えのパンを並べ、主の御前に供えた。主がモーセに命じられたとおりであった。
出 40:24 更に、燭台を臨在の幕屋の中の、幕屋の南側に机と向かい合わせて置き、
出 40:25 ともし火を主の御前にともした。主がモーセに命じられたとおりであった。
出 40:26 また、金の祭壇を臨在の幕屋の中の垂れ幕の前に置き、
出 40:27 香草の香をその上でたいた。主がモーセに命じられたとおりであった。
出 40:28 次に、幕屋の入り口に幕を掛けた。
出 40:29 この幕屋、つまり臨在の幕屋の入り口に焼き尽くす献げ物の祭壇を設け、焼き尽くす献げ物と穀物の献げ物をその上でささげた。主がモーセに命じられたとおりであった。
出 40:30 次いで、洗盤を臨在の幕屋と祭壇の間に据え、それに清めの水を入れた。
出 40:31 その水でモーセ、アロンおよびその子らは、自分の手足を清めた。
出 40:32 彼らが臨在の幕屋に入るとき、あるいは、祭壇に献げ物をささげるときは、水で清めるのを常とした。主がモーセに命じられたとおりであった。
出 40:33 最後に、幕屋と祭壇の周囲に庭を設け、庭の入り口に幕を掛けた。モーセはこうして、その仕事を終えた。
◆主の栄光
出 40:34 雲は臨在の幕屋を覆い、主の栄光が幕屋に満ちた。
出 40:35 モーセは臨在の幕屋に入ることができなかった。雲がその上にとどまり、主の栄光が幕屋に満ちていたからである。
出 40:36 雲が幕屋を離れて昇ると、イスラエルの人々は出発した。旅路にあるときはいつもそうした。
出 40:37 雲が離れて昇らないときは、離れて昇る日まで、彼らは出発しなかった。
出 40:38 旅路にあるときはいつも、昼は主の雲が幕屋の上にあり、夜は雲の中に火が現れて、イスラエルの家のすべての人に見えたからである。