家庭礼拝 2022年3月2日 出エジプト記 34:17-35 戒めの再授与②

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起 

今日の聖書の個所は、十戒の石の板が、再び与えられる話ですが、注意しなければならないのは、ここで書かれている十戒は一回目の時に語られている十戒と違っているということです。私たちの良く知っている十戒は、一回目の時に語られた、倫理的十戒というもので、これは人間として、神様を信じるものは誰でもこの戒めを守らなければならないといったものです。この言葉は20章の1節から17節に書かれているものです。

これに対して、今日の聖書に書かれているものもまた、十戒と呼ばれますが、これは祭儀的十戒と呼ばれるものです。これは祭りと捧げものに関する律法で、やはり10あるので十戒と呼ばれています。長々と書いてあるので、前の十戒の説明かなと思うと、それは全く違うので、ちょっと整理してこの祭儀的十戒を簡単にまとめてみるとこうなります。

①ほかの神を拝んではならない。

②鋳造の神々を作ってはならない。

③除酵祭を守らなければならない

④初子を神に捧げなければならない

⑤安息日を守らなければならない。

⑥7週祭と取入れの祭りを祝わなければならない。

⑦年に3度、主のみ前に出なければならない。

⑧過ぎ越し祭を守らなければならない

⑨最上の初物を神に捧げなければならない

⑩子ヤギをその母の乳で煮てはならない

このように、前半は神を敬えといった感じで、倫理的十戒と似た感じの所がありますが、後半は全く違っていて、祭りと捧げものに関して記されています。ですからこれは、最初の十戒とは違うものだと考えた方がいいのです。これは後世のダビデやソロモンの時代になってから、その重要性を考えて付け加えられたと考えられていますが、このように旧約聖書には二つの十戒があることを知っておいた方がいいのです。当然私たちの知るべき十戒は最初に教えられた、倫理的十戒なのです。

それでは今日の聖書の個所は、祭儀的十戒の第二戒から始まります。17節から20節です。

出 34:17 あなたは鋳像の神々を造ってはならない。

出 34:18 あなたは除酵祭を守りなさい。七日の間、アビブの月の定めの日に、わたしが命じた酵母を入れないパンを食べなさい。アビブの月に、あなたはエジプトを出たからである。

出 34:19 初めに胎を開くものはすべて、わたしのものである。あなたの家畜である牛や羊の初子が雄であるならば、すべて別にしなければならない。

出 34:20 ただし、ろばの初子の場合は、小羊をもって贖わねばならない。もし贖わない場合は、その首を折りなさい。あなたの初子のうち、男の子はすべて贖わねばならない。何も持たずに、わたしの前に出てはならない。

 第二戒は、鋳造の神々を作ってはならないとなっていて、倫理的十戒の、あなたはいかなる像も作ってはならないと対応しています。このいかなる像も作ってはならないという表現に比べて、鋳造の神々を作ってはならないというのは、土や木の偶像ならよいのかというあいまいさを感じます。

第三戒は「あなたは除酵祭を守りなさい。七日の間、アビブの月の定めの日に、わたしが命じた酵母を入れないパンを食べなさい。アビブの月に、あなたはエジプトを出たからである。」と書かれています。

これはほとんど過ぎ越し祭を守りなさいということと同じです。過ぎ越し祭を守りなさいは第八戒にも出てきます。このような祭りを守りなさいという戒めは、倫理的十戒には出てこなかったものです。アビブの月というのはユダヤ歴の正月で、ニサンの月と言われることもあります。この除酵祭というのは他の所ではたね入れぬパンの祭りとも言われていて同じものを指しています。もともとは農繁期で忙しい時に、パン種を入れないで簡単に作れるパンを食べる習慣の期間のことを言っていましたが、過ぎ越しの後の出エジプトの時に種を入れないパンを急いで作って持って行ったことから、出エジプトの記念として祭りが行われるのです。過ぎ越しの祭りとの関係は、過ぎ越しの祭りの翌日、すなわちアビブの月の15日から21まで一週間、酵母を入れないパンを食べたのです。これが除酵祭となるのです。

第四戒は、初子はすべて神様に捧げるというものです。これは倫理的十戒にはない言葉です。人間の場合には長子を神様に捧げてから贖う、すなわち買い取るという形を取ります。

次は第5戒から第十戒までの言葉です。21節から26節までです。

出 34:21 あなたは六日の間働き、七日目には仕事をやめねばならない。耕作の時にも、収穫の時にも、仕事をやめねばならない。

出 34:22 あなたは、小麦の収穫の初穂の時に、七週祭を祝いなさい。年の終わりに、取り入れの祭りを祝いなさい。

出 34:23 年に三度、男子はすべて、主なるイスラエルの神、主の御前に出ねばならない。

出 34:24 わたしはあなたの前から国々の民を追い出し、あなたの国境を広くするが、あなたが年に三度、あなたの神、主の御前に出るために上るとき、だれもあなたの土地を侵すことはないであろう。

出 34:25 あなたは、わたしにささげるいけにえの血を、酵母を入れたパンと共にささげてはならない。過越祭のいけにえは翌朝まで残しておいてはならない。

出 34:26 あなたは、土地の最上の初物をあなたの神、主の宮に携えて来なければならない。あなたは子山羊をその母の乳で煮てはならない。」

 第5戒では安息日のことが書かれ、7日目には仕事をやめなければならないと書かれています。倫理的十戒ではこれは第四戒に来ています。

第六戒では、7週祭と取入れの祭りを祝わなければならないことが書かれています。七週の祭りとは過ぎ越しの祭りから7週目の、すなわち50日目に、小麦刈の初穂を捧げた祭りで、のちに5旬節と言われます。この日は新約聖書ではペンテコステとなって、弟子たちに聖霊が下った記念の日となるのです。もう一つの取入れの祭りと言われるものは、のちに仮庵の祭りと呼ばれるもので、秋分後の最初の満月から1週間、仮小屋を作ってそこに住み祭りをしたのです。これは奴隷から自由にされたことを覚えこの世は仮の宿であることを覚えるためにしたのです。イスラエルの三大祭りというものがありますが、これは過ぎ越しの祭り(除酵祭)、7週の祭り(5旬節)、取入れの祭り(仮庵の祭り)です。これらはもともと春と秋の農耕の収穫祭に始まったものですが、宗教的意味を帯びて、3大祭りとなったのです。

第七戒は、年に三度、男子はすべて、主なるイスラエルの神、主の御前に出ねばならない、とあります。基本的には、この三大祭りに出ることになるのだと思いますが、そうでなくても年に3度は主のみ前に出て、礼拝しなければならないとされていたのです。遠くの人は大変だったと思います。

第八戒は、過ぎ越し祭について書いてあります。ここでは守らなければならないというよりも、どのように守るべきかが書かれています。

第九戒は、最上の初物を神に捧げなければならないことが書かれています。

第十戒では、子山羊をその母の乳で煮てはならない、と戒められています。動物に対しても憐みを持つことが言われているのです。

祭儀的十戒では、後半は捧げものをどのように扱ったらよいかということで、戒めというよりもマニアルのような感じです。

このように、同じ十戒の話をしていても最初に出てきた倫理的十戒とはずいぶん違う内容なのです。このことを注意して区別していかないといけないのです。もともとの十戒は最初に出てきた倫理的十戒なので、私たちはそちらの方に重点を置いてよいのではないかと思います。

神様はモーセにこれらの言葉を書き記せと命じました。27節と28節です。

出 34:27 主はモーセに言われた。「これらの言葉を書き記しなさい。わたしは、これらの言葉に基づいてあなたと、またイスラエルと契約を結ぶ。」

出 34:28 モーセは主と共に四十日四十夜、そこにとどまった。彼はパンも食べず、水も飲まなかった。そして、十の戒めからなる契約の言葉を板に書き記した。

 神様がモーセに言われたのはこれらの祭儀的十戒を書き記せと命じられ、それを石の板に書き記したのです。そのためにモーセは40日40夜シナイ山にとどまり、パンも水も飲まずに、石の板に書き記したと書かれています。そして神様はその言葉に基づいて、イスラエルと契約を結ぶと言われたのです。ここで前回と違うのは、最初に書かれた十戒は神様自身がその石の板を作られ、筆跡も神様自信のもので書かれたのです。32章15-16節にはこう書かれています。

出 32:15 モーセが身を翻して山を下るとき、二枚の掟の板が彼の手にあり、板には文字が書かれていた。その両面に、表にも裏にも文字が書かれていた。

出 32:16 その板は神御自身が作られ、筆跡も神御自身のものであり、板に彫り刻まれていた。

ですから、一回目と違って二回目の十戒は神様が書いたのではなく、モーセが命じられて書いたものなのですから、大きな違いがあるのです。

この後、モーセはこの十戒をもって降りてくるのですが、モーセの姿は変容していたのです。29節から35節です。

出 34:29 モーセがシナイ山を下ったとき、その手には二枚の掟の板があった。モーセは、山から下ったとき、自分が神と語っている間に、自分の顔の肌が光を放っているのを知らなかった。

出 34:30 アロンとイスラエルの人々がすべてモーセを見ると、なんと、彼の顔の肌は光を放っていた。彼らは恐れて近づけなかったが、

出 34:31 モーセが呼びかけると、アロンと共同体の代表者は全員彼のもとに戻って来たので、モーセは彼らに語った。

出 34:32 その後、イスラエルの人々が皆、近づいて来たので、彼はシナイ山で主が彼に語られたことをことごとく彼らに命じた。

出 34:33 モーセはそれを語り終わったとき、自分の顔に覆いを掛けた。

出 34:34 モーセは、主の御前に行って主と語るときはいつでも、出て来るまで覆いをはずしていた。彼は出て来ると、命じられたことをイスラエルの人々に語った。

出 34:35 イスラエルの人々がモーセの顔を見ると、モーセの顔の肌は光を放っていた。モーセは、再び御前に行って主と語るまで顔に覆いを掛けた。

山から2枚の石の板をもって降りて来たモーセがどのように変容していたかというと、モーセの顔が光を放っていたのです。それは自分自身も気が付きませんでした。ですがイスラエルの人々はそれを見て恐れて近づけなかったと言います。モーセは共同体の代表者を集めて、神様が語られたことを語りことごとく命じたのです。そして語り終えると自分の顔に覆いをかけ、目立たなくしたのです。ですが主のみ前に行って主と語る時には再び覆いを外したので、モーセの顔は光を放ち、神様から命じられたことをイスラエルの人々に語ると、また覆いをかけたと言うのです。このように、神様と共に長くいた人は、清められてその姿が輝き、変容するのかもしれません。

 今日は祭儀的十戒を詳しく学ぶことが出来ました。イスラエルの人々にとっては、倫理的十戒と同じくらいの重要性を持っていたのだと思います。ですから、これもまた神様から与えられた十戒としてここに書かれているのです。神様と40日40夜ともにいたモーセはその顔が光を放っていたと言います。神様と長く一緒にいる人はその姿が変えられていくのだと思います。私たちも神様と共にいて清められ、その姿までが清くなり、輝くようになるよう導かれたいものです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

モーセは再び十戒を神様から授かってきました。今度は自分で石の板にその文字を書き記してきたのです。それには40日40夜神様と共にいることが必要でした。その結果その顔からは光が放つほどになったというのです。私たちの心はこの世の思いに曇らされていますが、どうかあなたに心を寄せて清められ、私たちもあなたの光を放つものへと変えられますように。あなたと似たものとなるようにお導き下さい。

この祈りを、主イエス・キリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン

 

 

<<聖書の箇所(旧約聖書:◇出エジプト記)>>  

 

出 34:17 あなたは鋳像の神々を造ってはならない。

出 34:18 あなたは除酵祭を守りなさい。七日の間、アビブの月の定めの日に、わたしが命じた酵母を入れないパンを食べなさい。アビブの月に、あなたはエジプトを出たからである。

出 34:19 初めに胎を開くものはすべて、わたしのものである。あなたの家畜である牛や羊の初子が雄であるならば、すべて別にしなければならない。

出 34:20 ただし、ろばの初子の場合は、小羊をもって贖わねばならない。もし贖わない場合は、その首を折りなさい。あなたの初子のうち、男の子はすべて贖わねばならない。何も持たずに、わたしの前に出てはならない。

出 34:21 あなたは六日の間働き、七日目には仕事をやめねばならない。耕作の時にも、収穫の時にも、仕事をやめねばならない。

出 34:22 あなたは、小麦の収穫の初穂の時に、七週祭を祝いなさい。年の終わりに、取り入れの祭りを祝いなさい。

出 34:23 年に三度、男子はすべて、主なるイスラエルの神、主の御前に出ねばならない。

出 34:24 わたしはあなたの前から国々の民を追い出し、あなたの国境を広くするが、あなたが年に三度、あなたの神、主の御前に出るために上るとき、だれもあなたの土地を侵すことはないであろう。

出 34:25 あなたは、わたしにささげるいけにえの血を、酵母を入れたパンと共にささげてはならない。過越祭のいけにえは翌朝まで残しておいてはならない。

出 34:26 あなたは、土地の最上の初物をあなたの神、主の宮に携えて来なければならない。あなたは子山羊をその母の乳で煮てはならない。」

出 34:27 主はモーセに言われた。「これらの言葉を書き記しなさい。わたしは、これらの言葉に基づいてあなたと、またイスラエルと契約を結ぶ。」

出 34:28 モーセは主と共に四十日四十夜、そこにとどまった。彼はパンも食べず、水も飲まなかった。そして、十の戒めからなる契約の言葉を板に書き記した。

◆モーセの顔の光

出 34:29 モーセがシナイ山を下ったとき、その手には二枚の掟の板があった。モーセは、山から下ったとき、自分が神と語っている間に、自分の顔の肌が光を放っているのを知らなかった。

出 34:30 アロンとイスラエルの人々がすべてモーセを見ると、なんと、彼の顔の肌は光を放っていた。彼らは恐れて近づけなかったが、

出 34:31 モーセが呼びかけると、アロンと共同体の代表者は全員彼のもとに戻って来たので、モーセは彼らに語った。

出 34:32 その後、イスラエルの人々が皆、近づいて来たので、彼はシナイ山で主が彼に語られたことをことごとく彼らに命じた。

出 34:33 モーセはそれを語り終わったとき、自分の顔に覆いを掛けた。

出 34:34 モーセは、主の御前に行って主と語るときはいつでも、出て来るまで覆いをはずしていた。彼は出て来ると、命じられたことをイスラエルの人々に語った。

出 34:35 イスラエルの人々がモーセの顔を見ると、モーセの顔の肌は光を放っていた。モーセは、再び御前に行って主と語るまで顔に覆いを掛けた。