家庭礼拝 2022年1月26日 出エジプト記 32:17-35 金の子牛②

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起 

今日の聖書の個所の初めの17節では突然ヨシュアが出てきます。ヨシュアが民のどよめく声を聞いて、モーセに、「宿営で戦いの声がします」と言ったのです。いったいヨシュアはどこにいたのでしょうか。少なくともモーセと共にいたのであって、アロンは山の下で民たちと一緒にいたのです。ずっと前の24章のことなのですっかり忘れていましたが、ヨシュアはモーセと共に神の山に入っていたのです。24章の12節から18節を読んでみると、こうなります。

出 24:12 主が、「わたしのもとに登りなさい。山に来て、そこにいなさい。わたしは、彼らを教えるために、教えと戒めを記した石の板をあなたに授ける」とモーセに言われると、

出 24:13 モーセは従者ヨシュアと共に立ち上がった。(ここで、ヨシュアを連れて行ったことが書かれています)モーセは、神の山へ登って行くとき、

出 24:14 長老たちに言った。「わたしたちがあなたたちのもとに帰って来るまで、ここにとどまっていなさい。見よ、アロンとフルとがあなたたちと共にいる。何か訴えのある者は、彼らのところに行きなさい。」(ということでアロンは留守番をし、ヨシュアがモーセについて行ったのです)

出 24:15 モーセが山に登って行くと、雲は山を覆った。

出 24:16 主の栄光がシナイ山の上にとどまり、雲は六日の間、山を覆っていた。七日目に、主は雲の中からモーセに呼びかけられた。

出 24:17 主の栄光はイスラエルの人々の目には、山の頂で燃える火のように見えた。

出 24:18 モーセは雲の中に入って行き、山に登った。モーセは四十日四十夜山にいた。

ここで分かるように、モーセはヨシュアと共に上り、アロンとフルが民と共にあって、民を治めていたのです。そして、モーセは神の山にヨシュアと共に40日40夜ともにいたのです。そして二人で山を下りてきたのです。その途中でイスラエルの民がしていることを見て、モーセは怒りアロンとイスラエルの民を叱責するのです。

では聖書を見てみましょう。17節から20節です。

出 32:17 ヨシュアが民のどよめく声を聞いて、モーセに、「宿営で戦いの声がします」と言うと、

出 32:18 モーセは言った。「これは勝利の叫び声でも/敗戦の叫び声でもない。わたしが聞くのは歌をうたう声だ。」

出 32:19 宿営に近づくと、彼は若い雄牛の像と踊りを見た。モーセは激しく怒って、手に持っていた板を投げつけ、山のふもとで砕いた。

出 32:20 そして、彼らが造った若い雄牛の像を取って火で焼き、それを粉々に砕いて水の上にまき散らし、イスラエルの人々に飲ませた。

 モーセと一緒に神の山シナイ山に登ったヨシュアが、山の下で民のどよめく声を聴いたのです。それで、モーセに「宿営で戦いの声がします」と言いました。そのどよめきはまるで戦いのような感じだったのです。ところがモーセは、その声は戦いの声ではなくて、歌を歌っている声だといったのです。そしてモーセ達が宿営に近づくと、モーセは若い雄牛の像と踊り騒いでいる民を見たのです。それは神様に禁じられていた偶像であり、それを崇めて踊っていたので、モーセは激しく怒って、手に持っていた十戒の板を投げつけ、山のふもとで砕いたのです。そして、彼らが造った若い雄牛の像を取って火で焼き、それを粉々に砕いて水の上にまき散らし、イスラエルの人々に飲ませた。とあります。この金の雄牛の像は鋳造で作ったとありますが、このように、火で焼いたり粉々に砕いたりそれをイスラエルの人々に飲ませたとあるのですから、本当の鋳造品ではなくて、粘土で作った像の上に金の箔をつけたようなものではないかと思います。そうでなくてはこのように粉々にすることはできないはずです。

 そして、モーセは留守役の責任者であるアロンを問い詰めました。21節から24節です。

出 32:21 モーセはアロンに、「この民があなたに一体何をしたというので、あなたはこの民にこんな大きな罪を犯させたのか」と言うと、

出 32:22 アロンは言った。「わたしの主よ、どうか怒らないでください。この民が悪いことはあなたもご存じです。

出 32:23 彼らはわたしに、『我々に先立って進む神々を造ってください。我々をエジプトの国から導き上った人、あのモーセがどうなってしまったのか分からないからです』と言いましたので、

出 32:24 わたしが彼らに、『だれでも金を持っている者は、それをはずしなさい』と言うと、彼らはわたしに差し出しました。わたしがそれを火に投げ入れると、この若い雄牛ができたのです。」

 ここではアロンの言い訳を聞くことになります。モーセが怒ってアロンに、どうしてあなたはイスラエルの民にこんな大きな罪を犯させたのか、と問い詰めると、アロンはまるでアダムやエバが禁断の果実を食べたときに言い訳したように言い訳をするのです。そして悪いのは民であって、彼らが自分に、モーセがどうなったかわからないから、我々に先立って進む神々を造ってください、と強く迫ったのだというのです。それでみんなから集めた金を火に投げ入れると、この若い雄牛が出来たと言ってまるで勝手に出来てきたような言い方をしました。自分の責任を逃れようとして、まるで自分は何もしていないといった言い方なのです。

そしてここから、モーセのすさまじい粛清が始まります。とても今までの柔和なモーセのふるまいとは思えません。25節から28節です。

出 32:25 モーセはこの民が勝手なふるまいをしたこと、アロンが彼らに勝手なふるまいをさせて、敵対する者の嘲りの種となったことを見ると、

出 32:26 宿営の入り口に立ち、「だれでも主につく者は、わたしのもとに集まれ」と言った。レビの子らが全員彼のもとに集まると、

出 32:27 彼らに、「イスラエルの神、主がこう言われる。『おのおの、剣を帯び、宿営を入り口から入り口まで行き巡って、おのおの自分の兄弟、友、隣人を殺せ』」と命じた。

出 32:28 レビの子らは、モーセの命じたとおりに行った。その日、民のうちで倒れた者はおよそ三千人であった。

 モーセは、宿営の入口に立って、「だれでも主につく者は、わたしのもとに集まれ」と言いました。するとレビ族のものが全員彼のもとに集まってきたのです。多分レビ族以外にも大勢モーセのもとに集まってきたはずです。その中には、親や、兄弟や、友人と意見を異にして、モーセに即ち主について人々がたくさんいたはずです。そうでなくては次の言葉が成立しないのです。モーセはこう命じたのです。「イスラエルの神、主がこう言われる。『おのおの、剣を帯び、宿営を入り口から入り口まで行き巡って、おのおの自分の兄弟、友、隣人を殺せ』そして、レビ族の者らはそのように行って、身内のものまで粛清し、その日のうちに、3千人が死んだのです。これはとてもモーセらしくないのです。なぜなら先週の聖書の個所では、神様がイスラエルの民が雄牛の偶像にひれ伏しているのを見て激しく怒った時、モーセはそれを必死になだめとりなしているからです。そこにはこう書いてあります。

出 32:10 今は、わたしを引き止めるな。わたしの怒りは彼らに対して燃え上がっている。わたしは彼らを滅ぼし尽くし、あなたを大いなる民とする。」

出 32:11 モーセは主なる神をなだめて言った。「主よ、どうして御自分の民に向かって怒りを燃やされるのですか。あなたが大いなる御力と強い御手をもってエジプトの国から導き出された民ではありませんか。

出 32:12 どうしてエジプト人に、『あの神は、悪意をもって彼らを山で殺し、地上から滅ぼし尽くすために導き出した』と言わせてよいでしょうか。どうか、燃える怒りをやめ、御自分の民にくだす災いを思い直してください。

出 32:13 どうか、あなたの僕であるアブラハム、イサク、イスラエルを思い起こしてください。あなたは彼らに自ら誓って、『わたしはあなたたちの子孫を天の星のように増やし、わたしが与えると約束したこの土地をことごとくあなたたちの子孫に授け、永久にそれを継がせる』と言われたではありませんか。」

出 32:14 主は御自身の民にくだす、と告げられた災いを思い直された。

このように、神の怒りをなだめ、神が滅ぼしつくすと言っていたのを思い直させたモーセが、今度は自分が、3千人もの同胞を殺害するとは思えないのです。その偶像を祭り上げた何人かの者は殺害したかもしれませんが、こんな大量虐殺が行われたとは思えません。

その殺害が行われた後、モーセは集まったものに、このように言ったのです。29節から30節です。

出 32:29 モーセは言った。「おのおの自分の子や兄弟に逆らったから、今日、あなたたちは主の祭司職に任命された。あなたたちは今日、祝福を受ける。」

出 32:30 翌日になって、モーセは民に言った。「お前たちは大きな罪を犯した。今、わたしは主のもとに上って行く。あるいは、お前たちの罪のために贖いができるかもしれない。」

 モーセのもとに集まったレビ人たちは祝福されると言いました。そして、主の祭司職に任命されたと言いました。レビ人たちは大いに褒められたのです。モーセのもとに集まらなかった民がみんな殺されたわけではありませんでした。それで残りの民についてモーセはこういったのです。「お前たちは大きな罪を犯した。今、わたしは主のもとに上って行く。あるいは、お前たちの罪のために贖いができるかもしれない。」モーセはその残りの罪を犯した民のために、その罪の購いを行うために神様のもとに登っていくと言いました。これこそがモーセの姿なのです。

そしてモーセは神様の元に戻って、とりなしの願いをしたのです。それはとても3千人の同胞を殺害した人とは思えません。自分はどうなっても良いから彼らを許してくださいと願うのです。それはイエス様が十字架の上から、「父よ、彼らをお許しください。自分が何をしているか知らないのです。」ととりなした姿に重なるものです。31節から35節です。

出 32:31 モーセは主のもとに戻って言った。「ああ、この民は大きな罪を犯し、金の神を造りました。

出 32:32 今、もしもあなたが彼らの罪をお赦しくださるのであれば……。もし、それがかなわなければ、どうかこのわたしをあなたが書き記された書の中から消し去ってください。」

出 32:33 主はモーセに言われた。「わたしに罪を犯した者はだれでも、わたしの書から消し去る。

出 32:34 しかし今、わたしがあなたに告げた所にこの民を導いて行きなさい。見よ、わたしの使いがあなたに先立って行く。しかし、わたしの裁きの日に、わたしは彼らをその罪のゆえに罰する。」

出 32:35 主は民がアロンに若い雄牛を造らせたので、民を打たれたのである。

モーセが神様に願った言葉は、「ああ、この民は大きな罪を犯し、金の神を造りました。今、もしもあなたが彼らの罪をお赦しくださるのであれば……。もし、それがかなわなければ、どうかこのわたしをあなたが書き記された書の中から消し去ってください。」と言ったのです。自分の救いよりも、イスラエルの民を許して、救いを与えてくださいと願ったのです。イスラエルの民の救いのためならばいつでも自分が犠牲になる覚悟が出来ていたのです。この言葉を聞いて、神様は許すとは言いませんでした。ですが滅ぼすとも言わなかったのです。そしてこういったのです。「わたしに罪を犯した者はだれでも、わたしの書から消し去る。しかし今、わたしがあなたに告げた所にこの民を導いて行きなさい。」と言ったのです。即ち、罪は許されない、だが今はあなたが民を導いて、約束の地に向かいなさいといったのです。今すぐ滅ぼすことはなかったのです。そして、「わたしの裁きの日に、わたしは彼らをその罪のゆえに罰する。」と言いました。このようにして、イスラエルの罪は裁きの日まで、留保されたのです。

これは私たちも同じなのです。罪を犯した私たちは今は滅ぼされなくても、裁きの日にはその罪のゆえに罰せられるのです。そのことを思いながら、主を畏れて、生きるのが知恵の初めなのです。

モーセは、イスラエルの民が金の雄牛の像を作って祭っていたのを見て、怒り、そして、レビ人に命じて、3千人の命を奪いました。モーセとは思えないような怒りですが、神様ですら怒りに燃えて滅ぼしつくすと言われたような罪なので、やむを得ないことなのかもしれません。ですが残りの民のためにモーセはまた神様にとりなしをしました。自分のことはすべて犠牲にしてでも、イスラエルの民の罪を許してくださいと願ったのです。ここにモーセの本当の思いを知ることが出来ます。ここにはイエス様の思いと通じるものがあるのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様、モーセはイスラエルの民のためにとりなしの願いをしました。

許しの願いががかなわなければ、どうかこのわたしをあなたが書き記された書の中から消し去ってください。とさえ言いました。自分の身命を賭して、人々の許しを願ったのです。私達にはこのような信仰の強さはないかもしれません。ですが、どうか私たちも、モーセやイエス様に倣って、人々のために自分を投げ出してでもとりなしを行うものとなさしめてください。あなたに委ねて、従っていくものでありますように。この祈りを、主イエス・キリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン

 

 

<<聖書の箇所(旧約聖書:◇出エジプト記)>>  

 

◆金の子牛

出 32:17 ヨシュアが民のどよめく声を聞いて、モーセに、「宿営で戦いの声がします」と言うと、

出 32:18 モーセは言った。「これは勝利の叫び声でも/敗戦の叫び声でもない。わたしが聞くのは歌をうたう声だ。」

出 32:19 宿営に近づくと、彼は若い雄牛の像と踊りを見た。モーセは激しく怒って、手に持っていた板を投げつけ、山のふもとで砕いた。

出 32:20 そして、彼らが造った若い雄牛の像を取って火で焼き、それを粉々に砕いて水の上にまき散らし、イスラエルの人々に飲ませた。

出 32:21 モーセはアロンに、「この民があなたに一体何をしたというので、あなたはこの民にこんな大きな罪を犯させたのか」と言うと、

出 32:22 アロンは言った。「わたしの主よ、どうか怒らないでください。この民が悪いことはあなたもご存じです。

出 32:23 彼らはわたしに、『我々に先立って進む神々を造ってください。我々をエジプトの国から導き上った人、あのモーセがどうなってしまったのか分からないからです』と言いましたので、

出 32:24 わたしが彼らに、『だれでも金を持っている者は、それをはずしなさい』と言うと、彼らはわたしに差し出しました。わたしがそれを火に投げ入れると、この若い雄牛ができたのです。」

出 32:25 モーセはこの民が勝手なふるまいをしたこと、アロンが彼らに勝手なふるまいをさせて、敵対する者の嘲りの種となったことを見ると、

出 32:26 宿営の入り口に立ち、「だれでも主につく者は、わたしのもとに集まれ」と言った。レビの子らが全員彼のもとに集まると、

出 32:27 彼らに、「イスラエルの神、主がこう言われる。『おのおの、剣を帯び、宿営を入り口から入り口まで行き巡って、おのおの自分の兄弟、友、隣人を殺せ』」と命じた。

出 32:28 レビの子らは、モーセの命じたとおりに行った。その日、民のうちで倒れた者はおよそ三千人であった。

出 32:29 モーセは言った。「おのおの自分の子や兄弟に逆らったから、今日、あなたたちは主の祭司職に任命された。あなたたちは今日、祝福を受ける。」

出 32:30 翌日になって、モーセは民に言った。「お前たちは大きな罪を犯した。今、わたしは主のもとに上って行く。あるいは、お前たちの罪のために贖いができるかもしれない。」

出 32:31 モーセは主のもとに戻って言った。「ああ、この民は大きな罪を犯し、金の神を造りました。

出 32:32 今、もしもあなたが彼らの罪をお赦しくださるのであれば……。もし、それがかなわなければ、どうかこのわたしをあなたが書き記された書の中から消し去ってください。」

出 32:33 主はモーセに言われた。「わたしに罪を犯した者はだれでも、わたしの書から消し去る。

出 32:34 しかし今、わたしがあなたに告げた所にこの民を導いて行きなさい。見よ、わたしの使いがあなたに先立って行く。しかし、わたしの裁きの日に、わたしは彼らをその罪のゆえに罰する。」

出 32:35 主は民がアロンに若い雄牛を造らせたので、民を打たれたのである。