家庭礼拝 2021年10月27日 出エジプト記 22:15-30人道的律法など⑦‐⑩
起
今日の聖書の個所の契約の内容は、前回学んだ⑥盗みと財産の保管、に書かれたものに比べて、とても短いものが多いです。前回の⑥番目のものが16節あったのに対し、今日の個所の⑦番目の処女の誘惑は2節のみ、⑧番目の死に値する罪も3節のみ、⑨番目の人道的律法は少し長く6節、⑩番目の祭儀的律法では4節という具合です。この契約の内容は小見出しにあるように⑯の項目にわたって、書かれています。モーセの十戒では非常に整理された形で、前半は神様に関すること、真ん中の5番目には天と地をつなぐ父と母のこと、そして後半に人間世界のこと、と緻密な配慮がなされていることがわかります。ところが、この16の契約の内容は、いったいどういう順番で書かれているのか、その意図をまだ見つけかねています。モーセの十戒に対応したものでもなく、内容が同じようなものを集めて書いているわけでもなく、生活に密着したものの順番でもなく、いったいどういう風にこの順番を決めて書いたのかいまだにわかりません。
とにかくこの順番通りに学びを続けていきたいと思います。
承
最初は⑦処女の誘惑と、小見出しの出ている個所です。15節と16節です。
◆(7)処女の誘惑
出 22:15 人がまだ婚約していない処女を誘惑し、彼女と寝たならば、必ず結納金を払って、自分の妻としなければならない。
出 22:16 もし、彼女の父親が彼に与えることを強く拒む場合は、彼は処女のための結納金に相当するものを銀で支払わねばならない。
この時代には略奪結婚というのが、日常的に行われていたのだと思います。ここでは処女を誘惑し、彼女と寝た場合のことが書かれています。表現は易しく書かれていますが、その内容は、乙女を誘拐し、性的関係を結んだ場合ということです。または文字通り、二人が誘惑を感じて、性的関係を結んだ場合かもしれません。その場合には必ず結納金を払って、自分の妻としなければならないということです。それならば、自分の結婚したい相手をどんどん誘拐したり誘惑したりして、結納金を払えばよいのかといえば、そうもできない場合があります。それは、彼女の父親がその結婚に反対する場合です。その場合には結納金に相当する金額を親に支払わなければならないというのです。結局その誘惑した男は、結納金に相当する額を相手の親に対して払わなければならないのですが、うまくいく場合には妻にすることができるし、親が反対する場合には親元に帰さなければならないということでリスクはあるのです。でもこの時代には、よほどのことがない限り、結婚させたのだと思います。
次の、⑧死に値する罪とは、刑法的な死に値する罪ではなく、宗教的に死に値する罪ということになります。17節から19節です。
◆(8)死に値する罪
出 22:17 女呪術師を生かしておいてはならない。
出 22:18 すべて獣と寝る者は必ず死刑に処せられる。
出 22:19 主ひとりのほか、神々に犠牲をささげる者は断ち滅ぼされる
呪術師とはどんな人でしょうか。旧約聖書にも女預言者のような人が出ていますが、呪術師とどう違うのでしょうか。呪術師とは、霊的な力を使って霊と対話したり病気を治療する能力を持つ者です。それならイエス様もそうなのでしょうか。その違いを決めるのはその人が宗教的背景を持っているかどうかです。祭司や預言者やイエス様も含めて、このような霊的な能力を持っている人たちですが、その背景には神様がおり、それを信じる宗教的な人々がいるのです。ところが呪術師にはそのような宗教的な背景がないのです。何かの霊に取り付かれて、霊的な能力を発揮する人たちが呪術師です。中にはカルト集団のように、宗教的装いを持つものもありますが。イスラエルの人々にとって、神様はただ一人の方であり、それ以外に神はないのですから、イスラエルの神を信じるのでなければ、それは呪術師となります。特に女呪術師というのはその能力が高かったのかもしれません。そのようなものは神に反するものであるということで、生かしておいてはならないと言います。またそれ以外でもほかの神々に犠牲をささげるような、異端者もまた死刑にするというのです。自分を神のようにする人は死刑になるのです。
それ以外に穢れたものとして、すべて獣と寝る者は必ず死刑に処せられる、と書かれています。これは自分のかわいいペットと一緒に寝たら死刑にされるのかという問題と違います。この寝るという言葉は、先ほどの処女を誘惑し寝たならば、という場合の寝たと同じで、性的な交わりをした場合ということです。すなわち獣と寝るというのは、獣姦といわれる、獣と性的な交わりをする者のことです。このようなものは汚れたものとして死刑にするということが書かれています。
ここで死刑にされるとされるものは、神様に対して、重大な罪を犯したものです。どちらかというと穢れた罪を犯すものです。そのようなものはこの世から、取り去るのだというのが、この契約の内容なのです。
次の人道的律法はとてもキリスト教的です。それは愛に根差した戒めだからです。というよりももともとユダヤ教はこのような倫理的宗教観を持った宗教です。そこから出たキリスト教もイスラム教もこれと同じような宗教観は持っているのです。20節から26節です。
◆(9)人道的律法
出 22:20 寄留者を虐待したり、圧迫したりしてはならない。あなたたちはエジプトの国で寄留者であったからである。
出 22:21 寡婦や孤児はすべて苦しめてはならない。
出 22:22 もし、あなたが彼を苦しめ、彼がわたしに向かって叫ぶ場合は、わたしは必ずその叫びを聞く。
出 22:23 そして、わたしの怒りは燃え上がり、あなたたちを剣で殺す。あなたたちの妻は寡婦となり、子供らは、孤児となる。
出 22:24 もし、あなたがわたしの民、あなたと共にいる貧しい者に金を貸す場合は、彼に対して高利貸しのようになってはならない。彼から利子を取ってはならない。
出 22:25 もし、隣人の上着を質にとる場合には、日没までに返さねばならない。
出 22:26 なぜなら、それは彼の唯一の衣服、肌を覆う着物だからである。彼は何にくるまって寝ることができるだろうか。もし、彼がわたしに向かって叫ぶならば、わたしは聞く。わたしは憐れみ深いからである。
ここには三つのことが書かれています。寄留者に対してのこと、寡婦や孤児に対してのこと、貧しい人に対する場合のことです。すなわち社会的弱者と呼ばれる人に、神様はどのように考えられているかということが書かれているのです。それはそのような立場の人を苦しめてはいけない、そのようにする人を神様は怒る、ということです。
まず最初に寄留者のことが書かれています。寄留者とはよそ者のことです。自分の国のものでないものが、その国に住んでいるといろいろな差別を受けたのです。そのような寄留者を虐待したり圧迫したりしてはならないと言いました。なぜならば、あなたたちもエジプトでは寄留者でそのように苦しめられたからであり、それを神様が助けてくださったのだからということなのです。今、ヨーロッパで難民となっている人たちも寄留者です。きっと信仰的な人たちはこの、寄留者を虐待したり、圧迫したりしてはならない、という言葉に導かれて、行動していると思います。
次に寡婦や孤児のように弱い立場の人を苦しめてはならないと言います。そのように苦しんでいるものの声を聴く時、神様はその苦しめるような人に怒りを向けて殺すと言います。あなたの妻と子供が寡婦と孤児にならないようにしなさいと言っているのです。
三つめは貧しい人にお金を貸す場合です。その場合にでも高利貸しのようにではなく、その人たちに思いやりをもって、利子を取らず、上着を質に取った場合は寒くなる夕方までに帰してやり、親切にしてあげなさい。その者たちが私に向かって叫ぶならば、私は憐み深い神だから、その声を聞くというのです。当然ですが、普通の人には利子を取ってもいいのです。これは貧しい人に対する配慮なのです。
このようにここではとても弱いものをいたわる、憐み深い神様の思いが語られ、そのように弱い人たちを守ってあげなさいと言っているのです。この思いが新約聖書のイエス様の教えではもっと積極的に、隣人を愛しなさいという言葉に変わってきます。
転
今日の最後は、祭儀的律法と小見出しのついたところです。神様に対して、どのようにしなければならないのかが、言われています。でも禁止項目だけで、罰則はありません。27節から30節です。
◆(10)祭儀的律法
出 22:27 神をののしってはならない。あなたの民の中の代表者を呪ってはならない。
出 22:28 あなたの豊かな収穫とぶどう酒の奉献を遅らせてはならない。あなたの初子をわたしにささげねばならない。
出 22:29 あなたの牛と羊についても同じようにせよ。七日の間、その母と共に置き、八日目にわたしにささげねばならない。
出 22:30 あなたたちは、わたしに属する聖なる者とならねばならない。野外でかみ殺された肉を食べてはならない。それは犬に投げ与えるべきである。
まず最初に、神をののしってはならないと書いてあります。基本的に、ここで言おうとしていることは、神様を敬いなさい、御心にかなうことをしなさいということです。十戒では私をおいてほかに神があってはならないとか、主の名をみだりに唱えてはならないとか、厳しい言葉で命じていますが、神様をののしるなどとはとてもできないような感じです。ののしってはならないの後に、民の中の代表者を呪ってはならないと来ます。民の中の代表者は、神が選んだ代表者だからです。その者を呪うのは神を呪うのと同じことになります。
そして、神様を敬うならば、豊かな収穫と、葡萄酒の奉献を送らせてはならないと言います。すぐにやらないのは、おろそかにすることだからです。神様を第一に考えるならば、そのことをすぐにやるのです。そしてあなたの初子を私に捧げねばならないと言いました。初子というのは長男のことです。それをイサクのように神様に捧げなさいと言っているのです。ですが、これは実際に捧げるのではなく、それを代価を支払って、買い戻すということをします。その一連のことを行いなさいというのです。
そしてそれは人間だけではなく、牛と羊に関しても初子をささげなければなりません。それは神様のものだからです。いつ捧げるのかも書かれていて、7日間は母親のもとに置き、8日目に神様に捧げなさいと言いました。創世記17章にはこう書かれています。
創 17:12 いつの時代でも、あなたたちの男子はすべて、直系の子孫はもちろんのこと、家で生まれた奴隷も、外国人から買い取った奴隷であなたの子孫でない者も皆、生まれてから八日目に割礼を受けなければならない。
この割礼を受けるということと、初子を神様に捧げるというのは密接に関係しています。神様に捧げるのは初子、すなわち長男だけですが、割礼はすべての男子に施され、神のものとなった証拠となるのです。どちらも8日目に行われます。
そして、30節で言われることは、あなたたちは、わたしに属する聖なる者とならねばならない、ということです。イスラエルの民に求められることそして私たち信仰者にも求められること、それは神に属する聖なるものとならねばならない、ということなのです。神様にふさわしいものにならなければなりません。ですから、野外でかみ殺された肉を食べてはならない。それは犬に投げ与えるべきである。と言われるのです。牛や羊が、獣に襲われて死んだときに、その肉がもったいないと思って、食べようとしたがるのですが、獣にかみ殺された肉を食べるのは神に属するものとしてはふさわしくないと、強くいっているのです。
結
今日の4つの戒めは、最初の処女の誘惑だけが前回の財産の損傷の時などと同じ、この世のルールを決める戒めでしたが、そのあとの三つ、⑧番目の死に値する罪、⑨番目の人道的律法、⑩番目の祭儀的律法は、どれも神様にかかわることでした。神様は聖なる方であり、汚れを嫌い慈しみを喜ぶ神様であることを語っています。信仰のないものにとっては、この世のことがすべてですが、信仰をもつ者にとっては、半分は神様のこと、半分はこの世のことです。そのことを思って、生きていくのが信仰者の在り方です。この世のものに対するときも、聖なるものとなり、汚れを避けて、慈しみを喜ぶものとなることが求められているのです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様、あなたは私たち弱いものを憐れんでくださり、苦しめるものを懲らしめてくださる神様です。そしてあなたは聖なる方であり、あなたにふさわしくない穢れたことを嫌い、私達にも聖なるものとして生きることを求められています。どうかあなたにふさわしいものとして、あなたを覚えつつこの世を生きることができますように。私たちにとってこの世はすべてではありません。あなたと共に歩むことが願いです。どうかあなたと共に最後まで歩ませてください。
この祈りを、主イエスキリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(旧約聖書:◇出エジプト記)>>
◆(7)処女の誘惑
出 22:15 人がまだ婚約していない処女を誘惑し、彼女と寝たならば、必ず結納金を払って、自分の妻としなければならない。
出 22:16 もし、彼女の父親が彼に与えることを強く拒む場合は、彼は処女のための結納金に相当するものを銀で支払わねばならない。
◆(8)死に値する罪
出 22:17 女呪術師を生かしておいてはならない。
出 22:18 すべて獣と寝る者は必ず死刑に処せられる。
出 22:19 主ひとりのほか、神々に犠牲をささげる者は断ち滅ぼされる。
◆(9)人道的律法
出 22:20 寄留者を虐待したり、圧迫したりしてはならない。あなたたちはエジプトの国で寄留者であったからである。
出 22:21 寡婦や孤児はすべて苦しめてはならない。
出 22:22 もし、あなたが彼を苦しめ、彼がわたしに向かって叫ぶ場合は、わたしは必ずその叫びを聞く。
出 22:23 そして、わたしの怒りは燃え上がり、あなたたちを剣で殺す。あなたたちの妻は寡婦となり、子供らは、孤児となる。
出 22:24 もし、あなたがわたしの民、あなたと共にいる貧しい者に金を貸す場合は、彼に対して高利貸しのようになってはならない。彼から利子を取ってはならない。
出 22:25 もし、隣人の上着を質にとる場合には、日没までに返さねばならない。
出 22:26 なぜなら、それは彼の唯一の衣服、肌を覆う着物だからである。彼は何にくるまって寝ることができるだろうか。もし、彼がわたしに向かって叫ぶならば、わたしは聞く。わたしは憐れみ深いからである。
◆(10)祭儀的律法
出 22:27 神をののしってはならない。あなたの民の中の代表者を呪ってはならない。
出 22:28 あなたの豊かな収穫とぶどう酒の奉献を遅らせてはならない。あなたの初子をわたしにささげねばならない。
出 22:29 あなたの牛と羊についても同じようにせよ。七日の間、その母と共に置き、八日目にわたしにささげねばならない。
出 22:30 あなたたちは、わたしに属する聖なる者とならねばならない。野外でかみ殺された肉を食べてはならない。それは犬に投げ与えるべきである。