家庭礼拝 2021年10月13日 出エジプト記 21:18-36契約の書④‐⑤
起
今日の十戒の四つ目と五つ目の契約は小見出しでは、(4)身体の傷害(5)財産の損傷、となっていて、一般的な意味での体や財産に損害を与えた場合のような気がします。そして損害を与えた方と与えられた方は対等の関係のような気がします。ですがよく読んでみると、これらは当時の労働環境の中で起こる、事故や事件のような感じです。しかも、それは力の強い主人が、弱い立場の奴隷たちに厳しい労働をさせ、鞭や棒でたたいて働かせているときに怪我をさせたり殺したりした場合のことを想定していることがうかがわれます。一方で財産の損傷となっているところはほとんどが牛のことに関係しています。これも一般的な財産のことではなく、労働に一番よく用いられる動物の牛のことについて、それに関した損害が生じた場合どうしたらよいかということを書いてあるのです。ですからこれらは労働災害法的な意味合いの律法だと理解した方がよいかもしれません。でも、このようなことにまで、細かに配慮した律法を決めてそれに従って、ルールを定めておけば、その後にいろいろな問題が起こった時には、お互いにその解決の基準があるので、それに沿って解決していたものと思われます。これらは必ずしも裁判で行われるのではなく、このルールに従って、示談のような形で行われたようです。ですから、中には自分に都合の良いように決めていく人もいたかとは思います。ですがこれは神様が決めたルールなのでそれに従わない人は罪人であるとの意識があるので、それなりに守られていたかもしれません。
承
それでは、(4)身体の傷害、の内容を見てみましょう。それでは最初は18節と19節です。
出 21:18 人々が争って、一人が他の一人を石、もしくはこぶしで打った場合は、彼が死なないで、床に伏しても、
出 21:19 もし、回復して、杖を頼りに外を歩き回ることができるようになるならば、彼を打った者は罰を免れる。ただし、仕事を休んだ分を補償し、完全に治療させねばならない。
ここでは争って、相手を石やこぶしで打って怪我をさせた場合です。この場合どちらが正しかったかということは問われていません。しかも、殺してしまった場合は別ですが、死ななかった場合には、たとえ一か月の重傷であっても、また回復して杖を突いてでも外を歩くようになったなら、加害者の罪は許されるというのです。ただしその間仕事を休んで得ることのできなかった収入分は保証しなければならないと言います。これはどう見ても、加害者有利です。やくざやごろつきのような人が暴力をふるっても、みんな泣き寝入りの感じがします。これは力のあるものを優位に考えられた、律法なのです。権力者や、奴隷の主人などが、暴力をふるっても限界を超えなければよいとするような律法なのです。でもこのような律法がなければ、その限界を超えて殺してしまったり、ケガさせても保証しなかったりする時代ですから、これでもまだましなのかもしれません。
次は奴隷に対してです。20節と21節です。
出 21:20 人が自分の男奴隷あるいは女奴隷を棒で打ち、その場で死なせた場合は、必ず罰せられる。
出 21:21 ただし、一両日でも生きていた場合は、罰せられない。それは自分の財産だからである。
ここでは主人が男奴隷や女奴隷を棒で打ってその場で死なせた場合のことが言われています。これは主人が奴隷をはたらかせる場合に、そのように棒でたたいて、無理やり仕事をさせていたことが思われます。その時に棒でたたきすぎて、その場で死なせた場合は必ずその主人は罰せられることが書かれています。ですが、これもその場で死なせた場合であって、いきなり死んでしまうことがなければ別なのです。ここでは、一両日でも生きていた場合は罰せられないと書かれています。どうしてでしょうか。重傷を負わせ、即死でなければ、罰せられないのです。ここには不思議な言葉が書かれています。それは自分の財産だからです、というのです。それならば即死の場合であっても同じではないかと思うのですが、違いがあるのでしょうか。多分ここには命は、神様が与えたものであるという、考えがあるのだと思うのです。即死の場合は神様の命を奪ったということで必ず罰せられるのです。ですが一日でも生きていたならば、それはその命を自分が奪ったのではなく、神様が死ぬのを受け入れたということなのかもしれません。命は神様のものだが、奴隷自身は自分の財産であるという考えだと思います。
次は、喧嘩をした場合の話です。妊婦を流産させた場合と、相手を怪我させた場合の話です。
出 21:22 人々がけんかをして、妊娠している女を打ち、流産させた場合は、もしその他の損傷がなくても、その女の主人が要求する賠償を支払わねばならない。仲裁者の裁定に従ってそれを支払わねばならない。
出 21:23 もし、その他の損傷があるならば、命には命、
出 21:24 目には目、歯には歯、手には手、足には足、
出 21:25 やけどにはやけど、生傷には生傷、打ち傷には打ち傷をもって償わねばならない。
妊婦を流産させた場合の話は、妊婦と喧嘩をした場合というよりも、喧嘩に巻き込まれて、妊婦が流産した場合と考えられます。妊婦も、その子供もその女主人の財産なので、その妊婦自身にけががなかったとしても流産した場合にはその女主人の要求する賠償を支払わなければならないとされています。当事者同士で決められなければ、仲裁者が決めてそれに従って支払わなければならないとされています。奴隷はあくまでも財産として考えられ、本人のことには何も触れられていません。その次にはもしその他の損傷があるならばとして、有名な命には命、目には目、歯には歯、手には手、足には足、という同害報復法(タリオ)のことが書かれています。これはイスラエルだけではなく、セム族の社会では一般的なことなのです。いわゆる中東地域で、イラン、イラク、アラビア地方です。この目には目をという法律がとても残酷な法律のように思われますが、これはもっとひどい報復を防ぐための法律なのです。この地域では目をやられたら、命を奪う、歯をやられても手足を損なうといった、倍返し以上のことが当たり前だったのです。そのような過剰な報復を防ぐために、目には目、歯には歯以上の報復をしてはいけないと命じているのですから、本当はとても親切で優しい法律なのです。
でもそれ以上のことを教えてくれた人がいました。イエス様です。イエス様はこの同害報復法(タリオ)には反対の立場でした。それでは何と言っているのでしょうか。イエス様の有名な山上の垂訓の中で復讐してはならないということでこう言っています。マタイの5章38節39節です。「あなた方も聞いている通り、目には目を、歯には歯を、と命じられている。しかし、私は言っておく。悪人に手向かってはならない。誰かがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。」と語って、報復することをしてはならないと言っているのです。そしてその後では「あなた方も聞いている通り、隣人を愛し、敵を憎めと命じられている。しかし私は言っておく、敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」と、敵をも愛することを教えているのです。イエス様の教えは、この十戒の教えをはるかに超えています。
またこのモーセの契約の書ではこのようなことも語っています。26節と27節です。
出 21:26 人が自分の男奴隷あるいは女奴隷の目を打って、目がつぶれた場合、その目の償いとして、その者を自由にして去らせねばならない。
出 21:27 もし、自分の男奴隷あるいは女奴隷の歯を折った場合、その歯の償いとして、その者を自由に去らせねばならない。
ここでは暴力をふるって奴隷の目をつぶしてしまった場合や歯を折ってしまった場合はその者を自由に去らせなければならないと言っています。それだけ目や歯は大切なものだということですが、その前の所で、奴隷を石や棒で打って重傷を負わせても、即死でなければ、罰せられることはないことが言われているのに、目や歯の傷害の場合は自由に去らせるというのが何かバランスに欠けるような感じもします。でも、これでも奴隷たちを保護しようとして、このような律法が作られているのだなと思わされます。
次は牛による傷害事故の場合です。牛は重要な農業の働き手として、よく使われていましたが、それに伴い牛による事故もだいぶ起こっていたようです。そのために次のようなルールが決められていました。28節から32節です。
出 21:28 牛が男あるいは女を突いて死なせた場合、その牛は必ず石で打ち殺されねばならない。また、その肉は食べてはならない。しかし、その牛の所有者に罪はない。
出 21:29 ただし、もし、その牛に以前から突く癖があり、所有者に警告がなされていたのに、彼がその警告を守らず、男あるいは女を死なせた場合は、牛は石で打ち殺され、所有者もまた死刑に処せられる。
出 21:30 もし、賠償金が要求された場合には、自分の命の代償として、要求されたとおりに支払わねばならない。
出 21:31 男の子あるいは女の子を突いた場合も、この規定に準じて処理されねばならない。
出 21:32 もし、牛が男奴隷あるいは女奴隷を突いた場合は、銀三十シェケルをその主人に支払い、その牛は石で打ち殺されねばならない。
ここではまず、牛が人を角で突いて死なせた場合のことが書かれています。この場合、悪いのは牛であって、その持ち主に罪がないことが言われています。牛だけが、石で撃ち殺され、その肉も食べてはいけないことになっています。ただし、その牛に以前から突く癖があり、所有者に警告がなされていたのに、彼がその警告を守らず、男あるいは女を死なせた場合は、牛は石で打ち殺され、所有者もまた死刑に処せられるとなっており、警告されているかどうかで、所有者が、死刑になるかどうかが決まります。これにはお金で解決する方法もあり、被害者から要求されたお金を支払うことができるならば、死刑にならずに済むのです。多分実際にはこの解決法だったと思います。これは大人を死なせた場合だけでなく、子供を死なせた場合にもこの規定に準じて行われるとされています。このように、その事故が予測できるときには厳しい罰が与えられるようになっているのです。ただし相手が奴隷の場合には男であれ女であり、銀30シェケルをその主人に支払い、その牛は石で打ち殺されねばならない、となっています。奴隷は財産としかみなされないので、その損害の相場の銀30シュケルを払うことになるのです。シュケルというのはペルシアの銀貨で、ローマの銀貨のデナリオンよりももう少し大きめの銀貨です。1デナリオンが一日の賃金にあたりますから、この30シェケルというのも1か月分の賃金か1カ月半の賃金に相当するお金だと思います。
転
今までは体の傷害についてでしたが、次は財産の損害に対してどのような規則が与えられたのかを見てみましょう。33節から36節です。
出 21:33 人が水溜めをあけたままにしておくか、水溜めを掘って、それに蓋をしないでおいたため、そこに牛あるいはろばが落ちた場合、
出 21:34 その水溜めの所有者はそれを償い、牛あるいはろばの所有者に銀を支払う。ただし、死んだ家畜は彼のものとなる。
出 21:35 ある人の牛が隣人の牛を突いて死なせた場合、生きている方の牛を売って、その代金を折半し、死んだ方の牛も折半する。
出 21:36 しかし、牛に以前から突く癖のあることが分かっていながら、所有者が注意を怠った場合は、必ず、その牛の代償として牛で償わねばならない。ただし、死んだ牛は彼のものとなる。
ここでもその財産として出てくるのは、牛です。ロバも出てきますが、主役は牛です。当時は牛は農耕作業の主役であり、今であれば車のようなものかもしれません。車も、生活になくてはならない重要な財産ですが、間違えば事故を起こして損害をもたらします。それと同じように、牛もまた重要ではあるが損害をもたらすものでもあったようです。
まず最初に出てくるのは、水溜を掘ったままにしてそれに蓋をしないでいたために牛やロバが落ちて死んだ場合のことのようです。牛もロバも泳ぐことはできますから簡単には死なないのでしょうが、この水溜が、まだ水が入っていないで深い穴だったり、この水溜が深くて井戸のようで、一度入ると出ることができないようなものだと、誰も助けないならば、そこで死んでしまうこともあったのだと思います。その場合、その水溜の所有者はその損害の銀を相手に支払って、その死んだ家畜を買い取るようにするということになります。
次のケースは、ある人の牛が隣人の牛をついて死なせた場合です。普通に考えれば、死んだ牛の償いの銀を支払って買い取るようにすればよいように思えますが、そうではないのです。角で突いて死なせた牛も、殺された牛も両方売って、その合計の金額をお互いに折半するというのです。これはその持ち主には責任がないので、痛み分けで両方亡くなったものとして、折半するという解決方法です。これが一番処理しやすい解決方法だろうと思います。
一方で、その牛に以前から突く癖のあることが分かっていながら、所有者が注意を怠った場合は、必ず、その牛の代償として牛で償わねばならない、となっています。所有者に過失がある場合には死んだ牛の代わりに、別の牛を与えなければならないということです。これは財力がないとできないことなので、結構難しかったのかもしれません。死んだ牛は、交換の牛と引き換えに引き取ることになります。多分これらの例は一つの事例として挙げられ、他のケースの場合はこれに準じて決められていったのだと思います。
結
イスラエルの民は何百万人もの群れとなって荒れ野を移動していたので、どこでどんな事故や問題が起こるかわかりませんでした。それを一律に裁いて行くためには、このような律法が必要だったのです。あらかじめ何が罪で、どんな賠償をしなければならないかが分かっていれば、裁判を起こさなくてもお互いに示談で処理もできただろうし、長老の仲介で裁いてもらうこともできたのだと思います。イスラエルの民は、このような律法を大切にして、それを守り、民族が平和に過ごすことができるようにしたのです。この律法は神様が、モーセを通して与えてくださった律法ですから、イスラエルの民もこの律法には信仰をもって守っていったのです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様。律法は人を縛る善くないものとのイメージがありますが、イスラエルの群れを正しく導いていくためには必要なことでした。このことにより統制のとれた社会が出来上がっていったのです。ですがそのもともとの意図を離れて、規則のための規則となった時にその弊害が現れました。そしてイエス様の新しい律法が与えられたのです。私たちはそのようなイスラエル民族の体験を通して、イエス様の新しい愛の法則を理解していくことができます。何が本当の神様の御心なのかをいつも思い起こして、イエス様の愛の教えを守っていくことができますように。
この祈りを、主イエスキリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(旧約聖書:◇出エジプト記)>>
■契約の書
◆(4)身体の傷害
出 21:18 人々が争って、一人が他の一人を石、もしくはこぶしで打った場合は、彼が死なないで、床に伏しても、
出 21:19 もし、回復して、杖を頼りに外を歩き回ることができるようになるならば、彼を打った者は罰を免れる。ただし、仕事を休んだ分を補償し、完全に治療させねばならない。
出 21:20 人が自分の男奴隷あるいは女奴隷を棒で打ち、その場で死なせた場合は、必ず罰せられる。
出 21:21 ただし、一両日でも生きていた場合は、罰せられない。それは自分の財産だからである。
出 21:22 人々がけんかをして、妊娠している女を打ち、流産させた場合は、もしその他の損傷がなくても、その女の主人が要求する賠償を支払わねばならない。仲裁者の裁定に従ってそれを支払わねばならない。
出 21:23 もし、その他の損傷があるならば、命には命、
出 21:24 目には目、歯には歯、手には手、足には足、
出 21:25 やけどにはやけど、生傷には生傷、打ち傷には打ち傷をもって償わねばならない。
出 21:26 人が自分の男奴隷あるいは女奴隷の目を打って、目がつぶれた場合、その目の償いとして、その者を自由にして去らせねばならない。
出 21:27 もし、自分の男奴隷あるいは女奴隷の歯を折った場合、その歯の償いとして、その者を自由に去らせねばならない。
出 21:28 牛が男あるいは女を突いて死なせた場合、その牛は必ず石で打ち殺されねばならない。また、その肉は食べてはならない。しかし、その牛の所有者に罪はない。
出 21:29 ただし、もし、その牛に以前から突く癖があり、所有者に警告がなされていたのに、彼がその警告を守らず、男あるいは女を死なせた場合は、牛は石で打ち殺され、所有者もまた死刑に処せられる。
出 21:30 もし、賠償金が要求された場合には、自分の命の代償として、要求されたとおりに支払わねばならない。
出 21:31 男の子あるいは女の子を突いた場合も、この規定に準じて処理されねばならない。
出 21:32 もし、牛が男奴隷あるいは女奴隷を突いた場合は、銀三十シェケルをその主人に支払い、その牛は石で打ち殺されねばならない。
◆(5)財産の損傷
出 21:33 人が水溜めをあけたままにしておくか、水溜めを掘って、それに蓋をしないでおいたため、そこに牛あるいはろばが落ちた場合、
出 21:34 その水溜めの所有者はそれを償い、牛あるいはろばの所有者に銀を支払う。ただし、死んだ家畜は彼のものとなる。
出 21:35 ある人の牛が隣人の牛を突いて死なせた場合、生きている方の牛を売って、その代金を折半し、死んだ方の牛も折半する。
出 21:36 しかし、牛に以前から突く癖のあることが分かっていながら、所有者が注意を怠った場合は、必ず、その牛の代償として牛で償わねばならない。ただし、死んだ牛は彼のものとなる。