家庭礼拝 2021年9月1日 出エジプト記 17:1-16 岩からほとばしる水
起
今日もまた水の問題が起こります。水がなくなればすぐに、死ぬのではないかと騒ぎ出します。そして騒ぎ出すとすぐモーセに、どうして私たちをエジプトから連れ出したのだと、文句を言います。それは本当は助けてくれない神様に文句を言いたいのですが、やはりそれは畏れ多いので、モーセに文句を言うのです。神様が必ず助けてくださるという信頼がないので、モーセに文句を言えば、何とかなるかもしれないという、人間的な思いが先立つのです。前の水の問題の時には、水はあったのですが苦くて飲めなかったのです。それで神様が示してくださった木を、水の中に投げ込むと甘くなって飲めるようになりました。今日の水の問題は、砂漠の中で本当に水がなくなったのです。さてモーセはここで何をするでしょうか。それを今日は学んでいきます。
今日のもう一つの小見出しは、アマレクとの戦いというのが出てきます。この戦いはイスラエルの歴史的な戦いになります。このイスラエルの民がエジプトから出てから初めて戦う戦いであり、エジプトを出てシナイ半島の砂漠を抜けて、カナンに入ろうとする手前で、このアマレク人たちがイスラエルが来るのを阻もうとしたからです。このアマレク人たちとはこれからも何世代にもわたって、何度も戦うことになるのですが、一つには、この出エジプトの時にイスラエル人をカナンに入れまいとして苦しめたことを、イスラエルの人々は代々教えられて、その仕返しをしようと考えていたからなのです。それでこの戦いは歴史的な戦いとなったのです。実はこのアマレク人というのはイスラエルとは無縁の部族ではありません。あのアブラハムの息子イサクの妻リベカが生んだ双子の兄弟エサウとヤコブのうちのエサウの子孫なのです。ヤコブはイサクの祝福を受けて、最後はカナンに戻ってイスラエルと名前を変えて生活しましたが、兄のエサウは死海の南の方のセイルの山々やシナイ半島の北側にも勢力を張っていて、そこに近づく者たちに危害を加えたりしていたのです。もともとエサウは狩猟の得意な人だったのでその一族も狩猟民族となり、勇猛な人々だったのです。そしてこのアマレクというのはエサウの孫にあたる人で、その子孫がアマレク人となったのです。すなわちアマレク人とイスラエルの民はその祖先がイサクに至るのです。そのようなアマレク人との戦いの話が、今日の聖書にしるされているのです。
承
それでは最初にどんな水の問題があったのか聖書から見てみましょう。1節から3節です。
出 17:1 主の命令により、イスラエルの人々の共同体全体は、シンの荒れ野を出発し、旅程に従って進み、レフィディムに宿営したが、そこには民の飲み水がなかった。
出 17:2 民がモーセと争い、「我々に飲み水を与えよ」と言うと、モーセは言った。「なぜ、わたしと争うのか。なぜ、主を試すのか。」
出 17:3 しかし、民は喉が渇いてしかたないので、モーセに向かって不平を述べた。「なぜ、我々をエジプトから導き上ったのか。わたしも子供たちも、家畜までも渇きで殺すためなのか。」
この水の問題の起こったレフィディムというところはシンの荒れ野を過ぎて、本格的にシナイ半島の中央部に移動しているときに宿営した場所です。シナイ半島は全体的に砂漠地帯なので水のあるところは少ないのです。しかも300万人はいるかと思われる人々ですから、その必要な水は家畜も含めたら、相当なものです。そのレフィディムに宿営したとき、そこには民の飲み水がなかったので、人々はモーセに不平を述べ始めたのです。人々はもうのどが渇いて、自分たちではどうしようもないのでモーセに文句を言うしかないのです。それで、また同じことが起こります。それは「なぜ、我々をエジプトから導き上ったのか。わたしも子供たちも、家畜までも渇きで殺すためなのか。」と言ってモーセを責めたのです。これは本当は神様を責めているのです。そしてこのようにモーセを責めれば、神様が水を与えてくれるかもしれないとも思っているのです。ですからそれは神様を試していることになるのです。人々がモーセに、「我々に飲み水を与えよ」と言うと、モーセは「なぜ、わたしと争うのか。なぜ、主を試すのか。」といったのです。これは、今まで神様の奇跡をいろいろ見てきたではないか、なぜ神様を信頼しないのかということです。葦の海での奇跡の海の道や、苦い水を飲めるようにしてくださった神様がいるのに、どうして、そんな文句を言って、神様が、水をくれないと言って文句を言うのか、本当に神様が与えてくれるかどうか試そうとするのかということなのです。
この時、モーセは神様に尋ねました。モーセだけが直接神様に願い求めることができたのです。ですから人々はモーセに文句を言うのです。神様はこう答えました。4節から7節です。
出 17:4 モーセは主に、「わたしはこの民をどうすればよいのですか。彼らは今にも、わたしを石で打ち殺そうとしています」と叫ぶと、
出 17:5 主はモーセに言われた。「イスラエルの長老数名を伴い、民の前を進め。また、ナイル川を打った杖を持って行くがよい。
出 17:6 見よ、わたしはホレブの岩の上であなたの前に立つ。あなたはその岩を打て。そこから水が出て、民は飲むことができる。」モーセは、イスラエルの長老たちの目の前でそのとおりにした。
出 17:7 彼は、その場所をマサ(試し)とメリバ(争い)と名付けた。イスラエルの人々が、「果たして、主は我々の間におられるのかどうか」と言って、モーセと争い、主を試したからである。
モーセは民の声を聴いて、神様にすぐに水を与えてくださいと願ったのではなく、モーセもまた民のことを不満に思い神様に訴えたのです。モーセは神様に、「わたしはこの民をどうすればよいのですか。彼らは今にも、わたしを石で打ち殺そうとしています」と言いました。モーセもまた民に対して怒り心頭に達しています。私はこの民をどうすればよいのですかというのです。もう放っておいてもいいですか、滅ぼしてもいいですかと言っているような気さえします。それもそのはずで、人々はモーセに文句を言いに来て、石で撃ち殺そうとしているような恐怖をモーセに与えていたのです。
神様はモーセの文句には取り合わないで、その解決策を与えました。それは、「イスラエルの長老数名を伴い、民の前を進め。また、ナイル川を打った杖を持って行くがよい。
見よ、わたしはホレブの岩の上であなたの前に立つ。あなたはその岩を打て。そこから水が出て、民は飲むことができる。」神様の示された方法は、ホレブの山の岩を、ナイル川を打った杖で撃て、そうすればそこから水が出てくるということでした。ホレブの山とはシナイ山ともいわれ、シナイ半島の中にある山ですが、3つくらい説があってどれかはわかりません。ここは神が住まわれる山なのです。その山の岩を杖で撃てというのです。この奇跡を起こすために、モーセはイスラエルの長老数名を連れて、人々の先頭に立って、そのホレブの岩の所まで行き、そこで神様が立っている前の岩を杖でたたいて水を出したのです。そこでは神様がその岩の上に立っていたのです。これでイスラエルの人々は水を飲むことができるようになりました。そこでその場所をモーセはマサ(試し)とメリバ(争い)と名づけました。イスラエルの民は、神様を信頼せずに、神様を試み、争ったからでした。でもこのようなわがままなイスラエルの人々にも願いの水は与えられたのです。
転
次はいよいよアマレクとの戦いの話ですが、ホレブの岩から水を得て、さらにカナンに近づこうとするとアマレクの人々が出てきて戦いとなったのです。アマレクの人々というのは先ほど言ったように、イスラエルの人々と同じアブラハムの子孫です。エサウの子孫なのです。ですがこの二つの部族はこれからもずっと敵対しあう間柄になってしまいます。この戦いに突然出てきたのがヨシュアです。モーセの後継者となる人ですが、これからはこの人が、モーセの兄アロンと共にモーセを支えていく重要な人となります。8節から11節です。
出 17:8 アマレクがレフィディムに来てイスラエルと戦ったとき、
出 17:9 モーセはヨシュアに言った。「男子を選び出し、アマレクとの戦いに出陣させるがよい。明日、わたしは神の杖を手に持って、丘の頂に立つ。」
出 17:10 ヨシュアは、モーセの命じたとおりに実行し、アマレクと戦った。モーセとアロン、そしてフルは丘の頂に登った。
出 17:11 モーセが手を上げている間、イスラエルは優勢になり、手を下ろすと、アマレクが優勢になった。
どうしてアマレク人はイスラエルの民と戦うことになったのでしょうか。アマレク人は大勢のイスラエルの人々がカナンに近づいてくるので、自分たちの領土を侵害されると思って、イスラエルを追い払おうとしたのだと思います。その時モーセはその戦いの隊長にヨシュアを選んで、「男子を選び出し、アマレクとの戦いに出陣させるがよい。明日、わたしは神の杖を手に持って、丘の頂に立つ。」と言いました。この戦いはモーセが望んだのではなく、ヨシュアや若い人々がアマレクの人々に我慢ができずに戦おうといったのかもしれません。それでモーセもそれほどいうならアマレクとの戦いに出陣しても良いと許可を与えたのだと思います。その時モーセは、私は神の杖を手にもって丘の頂に立つ、と言いました。この神の杖は前回の岩から水を出すときにも使われましたが、いろいろな場面で出てきます。この杖はモーセの信仰を表していると思われます。モーセが手を上げている間は、イスラエルは優勢になり、手を下ろすと、アマレクが優勢になった、と言いますから、モーセの信仰が強い時にはイスラエルは優勢になり、信仰が弱まってくると劣勢になるということかもしれません。
でもモーセもいつまでも手を挙げていることはできません。手がつかれて手が下りてしまうのです。それでは勝てなくなるのでアロンたちは工夫をして支えました。12節から16節です。
出 17:12 モーセの手が重くなったので、アロンとフルは石を持って来てモーセの下に置いた。モーセはその上に座り、アロンとフルはモーセの両側に立って、彼の手を支えた。その手は、日の沈むまで、しっかりと上げられていた。
出 17:13 ヨシュアは、アマレクとその民を剣にかけて打ち破った。
出 17:14 主はモーセに言われた。「このことを文書に書き記して記念とし、また、ヨシュアに読み聞かせよ。『わたしは、アマレクの記憶を天の下から完全にぬぐい去る』と。」
出 17:15 モーセは祭壇を築いて、それを「主はわが旗」と名付けて、
出 17:16 言った。「彼らは主の御座に背いて手を上げた。主は代々アマレクと戦われる。」
モーセが手を挙げるのに疲れて手が重くなるとアロンとフルは石をもってきてモーセの下に置いたと言います。この石にモーセは座り、アロントフルはモーセの両側に立って、彼の手を支えて下がらないようにしたのです。そのおかげでその手は陽の沈むまで、しっかりと上げられ、ヨシュアはアマレクを打ち破ることができたのです。
神様はモーセにこのことを文書に書き残して記念としなさいと言いました。そしてヨシュアに神様が、『わたしは、アマレクの記憶を天の下から完全にぬぐい去る』といった言葉を読み聞かせなさいと言いました。アマレクはこの戦いでヨシュアによって完全に滅ぼされることはありませんでした。ですがこの言葉は代々続き、アマレクを滅ぼす戦いが何度も行われるのです。アマレクとたたかったのは、ギデオンやサウル王やダビデ王なども戦いました。預言者サムエルはサウル王がアマレクを滅ぼしつくさなかったので、彼を王位から退けたほどなのです。サウル王はアマレクを滅ぼしつくしたつもりでいたのですが、滅ぼすには惜しいと思ったものは残しておいたのです。
戦いに勝ったモーセは祭壇を築きました。その祭壇を「主はわが旗」と名付けました。そして、「彼らは主の御座に背いて手を上げた。主は代々アマレクと戦われる。」といったのです。アマレクとイスラエルの因縁の戦いはここから始まったのです。
結
今日の話では、またしてもイスラエルは神様を信頼することなく、水のことでモーセに不満を語り、それはモーセを石で撃ち殺すほどの勢いでした。聖書の話は、神様を信頼するか、しないかという問いかけの話です。アダムとエバが禁断の実を食べ隠れたとき、神様からあなたはどこにいるのかと問われたのもまた、あなたは神を信頼するのかしないのかという問いです。どこに立つのかという問いかけです。アマレクとの戦いの話では、モーセはその信頼の上に立って、神の杖を掲げ続け、その勝利を勝ち取ることができたのです。あなたは神を信頼するか、これが聖書が問いかける問なのです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様。私たちが苦しい状況に置かれたときに、不満を言わず、ただ神様に信頼しゆだねることは難しいことです。ですが不満を言うことは決して解決にならず、ただ信頼することの中に本当の解決が与えられます。神様どうか私たちがこれから起こる様々な出来事に不満を見出すのではなく、信頼しゆだねることの中に本当の解決を見出していくことができますように。あなたの恵みと導きとが与えられますように。この祈りを、主イエスキリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(旧約聖書:◇出エジプト記)>>
◆岩からほとばしる水
出 17:1 主の命令により、イスラエルの人々の共同体全体は、シンの荒れ野を出発し、旅程に従って進み、レフィディムに宿営したが、そこには民の飲み水がなかった。
出 17:2 民がモーセと争い、「我々に飲み水を与えよ」と言うと、モーセは言った。「なぜ、わたしと争うのか。なぜ、主を試すのか。」
出 17:3 しかし、民は喉が渇いてしかたないので、モーセに向かって不平を述べた。「なぜ、我々をエジプトから導き上ったのか。わたしも子供たちも、家畜までも渇きで殺すためなのか。」
出 17:4 モーセは主に、「わたしはこの民をどうすればよいのですか。彼らは今にも、わたしを石で打ち殺そうとしています」と叫ぶと、
出 17:5 主はモーセに言われた。「イスラエルの長老数名を伴い、民の前を進め。また、ナイル川を打った杖を持って行くがよい。
出 17:6 見よ、わたしはホレブの岩の上であなたの前に立つ。あなたはその岩を打て。そこから水が出て、民は飲むことができる。」モーセは、イスラエルの長老たちの目の前でそのとおりにした。
出 17:7 彼は、その場所をマサ(試し)とメリバ(争い)と名付けた。イスラエルの人々が、「果たして、主は我々の間におられるのかどうか」と言って、モーセと争い、主を試したからである。
◆アマレクとの戦い
出 17:8 アマレクがレフィディムに来てイスラエルと戦ったとき、
出 17:9 モーセはヨシュアに言った。「男子を選び出し、アマレクとの戦いに出陣させるがよい。明日、わたしは神の杖を手に持って、丘の頂に立つ。」
出 17:10 ヨシュアは、モーセの命じたとおりに実行し、アマレクと戦った。モーセとアロン、そしてフルは丘の頂に登った。
出 17:11 モーセが手を上げている間、イスラエルは優勢になり、手を下ろすと、アマレクが優勢になった。
出 17:12 モーセの手が重くなったので、アロンとフルは石を持って来てモーセの下に置いた。モーセはその上に座り、アロンとフルはモーセの両側に立って、彼の手を支えた。その手は、日の沈むまで、しっかりと上げられていた。
出 17:13 ヨシュアは、アマレクとその民を剣にかけて打ち破った。
出 17:14 主はモーセに言われた。「このことを文書に書き記して記念とし、また、ヨシュアに読み聞かせよ。『わたしは、アマレクの記憶を天の下から完全にぬぐい去る』と。」
出 17:15 モーセは祭壇を築いて、それを「主はわが旗」と名付けて、
出 17:16 言った。「彼らは主の御座に背いて手を上げた。主は代々アマレクと戦われる。」