家庭礼拝 2021年8月25日 出エジプト記 16:23-36 マナ(後半)
起
今日も、前回と同じ天からのパン、マナについてです。先週はこの天からのパンが6日目には2倍の量を集めることができることまで語られましたが、それは次の日が安息日なのでそのことを考慮して、翌日食べる分まで集めることができるようにしてくれた、神様の配慮でした。そして今日はさらにそのことについて詳しく語られるのです。
こんな天からのパンのような不思議な現象が本当に起こるのでしょうか。しかも300万人はいるだろうと言われた、このカナンを目指す旅人たちに十分に食べる量が本当にあったのでしょうか。しかもこの旅の続く40年の間ずっとこのイスラエルの人々を養っていたのですから不思議です。こんな食べ物があれば、食糧難のアフリカの人々が、この食べ物に飛びつくはずですが、そのようなものが現在あるとはあまり聞いたことがありません。でも、聖書では、この食べ物をツボの中に入れて、神様の前に置き、代々蓄えていたというのです。それは後の人々がそのような食べ物のあったことを信じられないだろうから、荒れ野で食べたパンはこれであると見せるためのものであったというのですから。きっと本当にあった話なのだと思います。
とにかくこの荒れ野の旅で一番に必要なのは、水と食べ物なのです。この二つを神様の恵みによって与えられながら、この旅を続けることができたのです。神様は必要なものを与えてくださる神様なのです。
承
それでは、6日目の二倍の量のマナを集めることができたときのことからです。23節から26節です。
出 16:23 モーセは彼らに言った。「これは、主が仰せられたことである。明日は休息の日、主の聖なる安息日である。焼くものは焼き、煮るものは煮て、余った分は明日の朝まで蓄えておきなさい。」
出 16:24 彼らはモーセの命じたとおり、朝まで残しておいたが、臭くならず、虫も付かなかった。
出 16:25 モーセは言った。「今日はそれを食べなさい。今日は主の安息日である。今日は何も野に見つからないであろう。
出 16:26 あなたたちは六日間集めた。七日目は安息日だから野には何もないであろう。」
神様は安息日のための食事も用意してくださいました。モーセはこれは主が仰せられたことであると言って、その食事についてこう語りました。二倍採れたその天からのパンを、焼いたり、煮たりして、調理し、明日の安息日のために余った分を蓄えておきなさいと言ったのです。それまでは次の日まで残した食事は腐って虫がついて食べられなかったのですが、6日目に整えた食事についてはそうならなかったのです。人々はモーセが命じたようにして、朝まで食事を残しておいたのですが、大丈夫だったのです。モーセはその安息日の朝に、「今日はそれを食べなさい。今日は主の安息日である。今日は何も野に見つからないであろう。あなたたちは六日間集めた。七日目は安息日だから野には何もないであろう。」といったのです。7日目は、安息日なので天のパンを取りに行ってはいけないだけでなく、それは野にも何もなくなっていたのです。二日分とったので野には何もないというのです。
ところがそれでも、モーセの言葉と安息日の掟を守らずに、天からのパンを集めに野に出かけた人々がいいたのです。27節から30節です。
出 16:27 七日目になって、民のうちの何人かが集めに出て行ったが、何も見つからなかった。
出 16:28 主はモーセに言われた。「あなたたちは、いつまでわたしの戒めと教えを拒み続けて、守らないのか。
出 16:29 よくわきまえなさい、主があなたたちに安息日を与えたことを。そのために、六日目には、主はあなたたちに二日分のパンを与えている。七日目にはそれぞれ自分の所にとどまり、その場所から出てはならない。」
出 16:30 民はこうして、七日目に休んだ。
モーセが7日目にはないと言っても、その日が安息日であっても、それを信用せずに、きっとあるに違いないと自分のことのみを思う人々がいたのです。その何人かが天のパンを集めに行ったのですが、野には何もなかったのです。神様はそれを見ていて、モーセにこう言ったのです。「あなたたちは、いつまでわたしの戒めと教えを拒み続けて、守らないのか。よくわきまえなさい、主があなたたちに安息日を与えたことを。そのために、六日目には、主はあなたたちに二日分のパンを与えている。七日目にはそれぞれ自分の所にとどまり、その場所から出てはならない。」
モーセは、神様が安息日を与えたこと、必要なものはその前の日に二日分のパンを与えてくださることなどを語り、7日目には外に出てはならない。それぞれの場所にとどまって、安息日を守りなさいと諭したのです。このようなこともあって、人々は7日目には天からのパンを集めに行くこともなく、休むことにしたのです。イスラエルの人々は、このような荒れ野での旅の中でも、神様の与えた戒めを守り、安息日を守って、7日目を聖なる日としたのです。そしてその日には、安息を守る以外には何も得ることができないことを悟ったのです。
転
人々はその天からのパンに名前を付け、モーセはそのパンを少量を蓄えておきなさいと言いました。それはのちの人がそれを見ることができるように、信じることができるようにするためでした。31節から34節です。
出 16:31 イスラエルの家では、それをマナと名付けた。それは、コエンドロの種に似て白く、蜜の入ったウェファースのような味がした。
出 16:32 モーセは言った。「主が命じられたことは次のことである。『その中から正味一オメルを量り、代々にわたって蓄えよ。わたしがあなたたちをエジプトの国から導き出したとき、荒れ野で食べさせたパンを彼らが見ることができるためである。』」
出 16:33 モーセがアロンに、「壺を用意し、その中に正味一オメルのマナを入れ、それを主の御前に置き、代々にわたって蓄えておきなさい」と言うと、
出 16:34 アロンは、主がモーセに命じられたとおり、それを掟の箱の前に置いて蓄えた。
ここで初めて、天からのパンに名前が付けられました。それはマナという名前でした。このマナという名前の由来は、人々は「これは何だろう」と口にし、このことから「これは何だろう」を意味するヘブライ語のマナと呼ばれるようになったというのです。それはエコンドロの種に似て白いと言いますが、エコンドロというのは今でいうパクチーのことでその種のように白かったというのです。そしてその味は蜜の入ったウェファースのような味がしたと言います。ウェファースの元のものがどんなものかはわかりませんが、今でもウェファースというようなお菓子がたくさん売っています。とくに森永製菓
のマンナウェファーというお菓子は機能性食品でカルシウムが多く含んでいるお菓子ですが、これはこの聖書のマナとウェファースからとった名前だと思います。薄い板状のサクサクする触感の甘いお菓子です。
このマナという天からの食べ物が本当にあったのかということですが、これに似たものはほかの地域にもあってそれを集めて食べたり菓子を作ったりしていたそうです。それはカイガラムシの排せつ物が乾いて甘い味のする食べ物になるのでそれを使ったそうです。後世の西アジア遊牧民の民俗例でも、実際にこれを採取して食用にする事例が報告されています。イランでは、乾燥した甘露を採取した後、不純物を取り除いてギャズというヌガーのような菓子を作るのだそうですから、本当にあったと思われます。モーセは、このマナを一オメルを取って、代々蓄えよと言いました。一オメルというのは前にも言いましたが、2.3ℓの容量で、一日に集めることのできるマナの量でした。その一日分をツボに入れて代々蓄えておきなさいとモーセは命じたのです。それはモーセが命じることではなく、神様が命じることだと言いました。それはなぜかというと、神様が、あなたたちをエジプトの国から導き出したとき、荒れ野で食べさせたパンを彼らが見ることができるためである、ということなのです。証拠として残しておきなさいと言ってそれを実際に残しておいたのですから、実際に起こったことと言って間違いはないでしょう。モーセは主から命じられたとおりに、アロンに命じてそのマナを一オメルを壺に入れて、掟の箱の前に置いて蓄えたというのです。
そしてそれからずっと、イスラエルの人々はカナンに着くまでの間、この天からのパンであるマナによって、命をつないでいったのです。35節から36節です。
出 16:35 イスラエルの人々は、人の住んでいる土地に着くまで四十年にわたってこのマナを食べた。すなわち、カナン地方の境に到着するまで彼らはこのマナを食べた。
出 16:36 一オメルは十分の一エファである。
イスラエルの人々はカナン地方の境に到着するまで、このマナを40年にわたって食べ続けました。そしてカナンに着くと、その食べ物はなくなったのです。まさにイスラエルの人々をカナンまで導くための天のパンでした。イスラエルの人々はこのことを、神様の恵みとして、決して忘れることなく、語り続けたのです。
結
神様の天からのパンは約束通り、イスラエルの民に与え続けられました。イスラエルの民は、このパンによって生き延びることができたのです。神様に命じられたとおり、そのパンを壺に入れて、後世の人に神様が与えてくれたパンの奇跡を知ることができるように残しておきました。このパンは不思議なことに安息日には降ってきませんでした。安息日のパンはその前の日に2倍の量が取れたからです。神様はこのような荒れ野での生活の中にあっても安息日を守って生活できるように、備えてくださっていたのです。
(一分間黙想)(お祈り)
このイスラエルの民は荒れ野でどうして40年間も生き延びることができたのでしょうか。あなたの与えてくださった天のパン、マナがなければとても生きていくことはできなかったはずです。あなたはイスラエルの民がカナンに着くまでずっとそのマナでイスラエルを養ってくださいました。私たちにも天のパンが与えられています。この人生の旅路の間を、魂を養う天のパンが与えられています。そのことを忘れず、生かされていることを覚えて、いつも神様に賛美をささげることができますように。この祈りを、主イエスキリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(旧約聖書:◇出エジプト記)>>
出 16:23 モーセは彼らに言った。「これは、主が仰せられたことである。明日は休息の日、主の聖なる安息日である。焼くものは焼き、煮るものは煮て、余った分は明日の朝まで蓄えておきなさい。」
出 16:24 彼らはモーセの命じたとおり、朝まで残しておいたが、臭くならず、虫も付かなかった。
出 16:25 モーセは言った。「今日はそれを食べなさい。今日は主の安息日である。今日は何も野に見つからないであろう。
出 16:26 あなたたちは六日間集めた。七日目は安息日だから野には何もないであろう。」
出 16:27 七日目になって、民のうちの何人かが集めに出て行ったが、何も見つからなかった。
出 16:28 主はモーセに言われた。「あなたたちは、いつまでわたしの戒めと教えを拒み続けて、守らないのか。
出 16:29 よくわきまえなさい、主があなたたちに安息日を与えたことを。そのために、六日目には、主はあなたたちに二日分のパンを与えている。七日目にはそれぞれ自分の所にとどまり、その場所から出てはならない。」
出 16:30 民はこうして、七日目に休んだ。
出 16:31 イスラエルの家では、それをマナと名付けた。それは、コエンドロの種に似て白く、蜜の入ったウェファースのような味がした。
出 16:32 モーセは言った。「主が命じられたことは次のことである。『その中から正味一オメルを量り、代々にわたって蓄えよ。わたしがあなたたちをエジプトの国から導き出したとき、荒れ野で食べさせたパンを彼らが見ることができるためである。』」
出 16:33 モーセがアロンに、「壺を用意し、その中に正味一オメルのマナを入れ、それを主の御前に置き、代々にわたって蓄えておきなさい」と言うと、
出 16:34 アロンは、主がモーセに命じられたとおり、それを掟の箱の前に置いて蓄えた。
出 16:35 イスラエルの人々は、人の住んでいる土地に着くまで四十年にわたってこのマナを食べた。すなわち、カナン地方の境に到着するまで彼らはこのマナを食べた。
出 16:36 一オメルは十分の一エファである。