家庭礼拝 2021年7月7日 出エジプト記 12:29-51 初子の死
起
いよいよ過ぎ越しの日となります。神様がエジプトに降りてこられるのです。その時エジプト人の長子が皆死んでいき、死人の出なかった家は一軒もないというほどです。このことによって、イスラエル人はエジプト人から忌み嫌われて、早くエジプトから出ていくようになるということで、出エジプトが始まるのです。神様はこの声を待っていたのです。エジプトに10の災いがやってきたのは、実にこのことのためだったのです。ファラオの心を神様がかたくなにさせて、なかなかイスラエル人をエジプトから出ていくことを認めなかったのは、ファラオの許可のためではなく、エジプト人全体の思いが、イスラエル人は出て行ってほしいと思うためだったのです。ここまで来なくては、エジプト脱出は認められなかったのです。でもどうしてでしょうか。
それは、これからの旅路が、とても長く苦しいからでしょう。イスラエル人がその苦しい旅に疲れると、エジプトで過ごしていた、楽な生活を思い出して、またエジプトに帰りたいという思いを起こさせないために、エジプト全体から嫌われる必要があったのではないかと思います。
でもそのための代償は非常に大きいものでした。一家族から一人必ず死人が出るからです。長子が皆死に至るからです。それはファラオの家でも、牢屋につながれている捕虜の家族であってもみなその長子が死に至ったのです。そのためにエジプト全体が大きな悲しみに陥ったのです。
ファラオはその長男が死んだ悲しみの中で、もうイスラエル人はこりごりだと思ったのです。それで一切条件を付けずに、みんな連れてエジプトから出て行けと命じたのです。ですがその命令もいつまた変わるかもしれません。その気が変わらないうちに、イスラエル人たちはその日のうちに、食事をすぐに済ませて、それが過ぎ越しの食事ですが、家畜や財産をもって、エジプトから、出ていこうとしていたのです。持って行けない財産は、エジプト人と宝石など持って行けるものに交換して持って行ったのです。
エジプトを脱出したイスラエル人は男子だけで60万人、女、子供、僕などを入れれば少なくとも300万人はいるのです。この時エジプトの総人口はいくらくらいいたのでしょうか。500万人でしょうか1千万人でしょうか。いずれにしても国の人口が半分になってしまうような大きな人口の変化が起こるのです。しかもイスラエル人たちがやっていた仕事をする人々がいなくなるのですから、エジプトにとっては大打撃になってしまうのです。
いったいこの後はどうなってしまうのでしょうか、聖書を読んでいきたいと思います。
承
この過ぎ越しの日に、いったい何が起こったでしょうか。29節と30節です。
出
12:29 真夜中になって、主はエジプトの国ですべての初子を撃たれた。王座に座しているファラオの初子から牢屋につながれている捕虜の初子まで、また家畜の初子もことごとく撃たれたので、
出
12:30 ファラオと家臣、またすべてのエジプト人は夜中に起き上がった。死人が出なかった家は一軒もなかったので、大いなる叫びがエジプト中に起こった。
この日の真夜中に、主がエジプトに現れ、すべての初子を撃たれたとあります。この初子というのは、最初に生まれた子供ということだけではありません。これは男の子供に対してだけ言うのです。そして似たような言葉で長子という言葉もあります。長子というのは人間にだけ使われる言葉で、人間の長男です。それに対して初子というのは家畜などの動物にも人間にも使われる最初の男の子供ということです。なぜ初子が特別なのかと言えば、初子はすべて神様のものである、となっており、それを神にささげなければならないことになっているのです。この過ぎ越しの日に、神様が現れてエジプトの初子を撃ったというのは神様のものを連れて行ったということです。このことに関しては王様であろうと奴隷であろうと関係ありません。すべての家族の家でその長子が撃たれたため、ファラオも、大臣もすべてのエジプト人は夜中にその長男が突然死んだことを悲しんで、大きな叫びをあげたのです。
このような出来事が起こったので、さすがにファラオも動転しました。そしてこういいました。31節から33節です。
出
12:31 ファラオは、モーセとアロンを夜のうちに呼び出して言った。「さあ、わたしの民の中から出て行くがよい、あなたたちもイスラエルの人々も。あなたたちが願っていたように、行って、主に仕えるがよい。
出
12:32 羊の群れも牛の群れも、あなたたちが願っていたように、連れて行くがよい。そして、わたしをも祝福してもらいたい。」
出
12:33 エジプト人は、民をせきたてて、急いで国から去らせようとした。そうしないと自分たちは皆、死んでしまうと思ったのである。
ファラオはエジプトでどんな恐ろしいことが起こっているのかを知って、すぐにその日の夜のうちにモーセとアロンを呼び出しました。そして、このエジプトから出ていくがいい、羊も牛もみな連れていくがいいと言って、そのイスラエルの神に仕えるがいいと言ったのです。そして、不思議なことに、私をも祝福してもらいたいと言ったのです。これは本当にファラオもイスラエルの神様の力を信じたのかもしれません。自分だけはこの死から逃れさせてくれという意味かもしれません。この事態に動転したのはファラオだけではありません、エジプト人たちはみなイスラエル人を、早く国から出ていくように急き立てたのです。そうしないとみんな死んでしまうのではないかと思ったのです。
ファラオもエジプト人もみな、イスラエルの民がエジプトから出ていくことを願った時、イスラエルの人々はどうしたでしょうか。34節から36節です。
出 12:34 民は、まだ酵母の入っていないパンの練り粉をこね鉢ごと外套に包み、肩に担いだ。
出 12:35 イスラエルの人々は、モーセの言葉どおりに行い、エジプト人から金銀の装飾品や衣類を求めた。
出 12:36 主は、この民にエジプト人の好意を得させるようにされたので、エジプト人は彼らの求めに応じた。彼らはこうして、エジプト人の物を分捕り物とした。
イスラエルの民は、ファラオがすぐに気の変わってしまう人であることを知っているので、許可の下りた時にすぐにエジプトを脱出することを進めました。神様から過ぎ越しの時に用意するように言われた、酵母の入っていないパンの練り粉をこね鉢ごと外套に包んで、肩に担いですぐに出ていくようにしたのです。この時エジプト人からは金銀の装飾品や衣類をも求めたとありますから、決して略奪したわけではなく、神様がイスラエル人にエジプト人が好意をもって協力するように彼らの求めに応じさせたのです。それは餞別のような形で受け取ったのか、ほかの財産と交換したのかはわかりませんが、平和的に受け取って、それをエジプト人のものを分捕りものとしたのです。
このようにして、イスラエルの人々はついにエジプトを出発するのです。37節から39節です。
出
12:37 イスラエルの人々はラメセスからスコトに向けて出発した。一行は、妻子を別にして、壮年男子だけでおよそ六十万人であった。
出
12:38 そのほか、種々雑多な人々もこれに加わった。羊、牛など、家畜もおびただしい数であった。
出
12:39 彼らはエジプトから持ち出した練り粉で、酵母を入れないパン菓子を焼いた。練り粉には酵母が入っていなかった。彼らがエジプトから追放されたとき、ぐずぐずしていることはできなかったし、道中の食糧を用意するいとまもなかったからである。
イスラエルの人々はいよいよ出発するのですが、まずはラメセスというところからスコトというところに向かったのです。このラメセスもスコトもまだエジプトの中のゴシェン地方の町です。このゴシェン地方にイスラエルの人々が住んでいたので、まだエジプト脱出というわけではないのですが、とにかく動き始めたということです。ラメセスはまだナイル川のデルタ地帯にあり、スコトは今でいうとスエズ運河の近くでありそれを超えたところではありません。でもその辺はもうエジプトのはずれになっているのです。
この時移動した一行は壮年男子だけで60万人というからすごい数です。これに妻子や僕や親族などを入れて、300万人はいただろうというのです。これだけの人がエジプトから急にいなくなったら大変なことなのです。その仕事をやる人もいなくなるわけです。エジプトの人口が半分になるような感じかもしれません。その人々が、羊や牛や家畜もたくさん連れて出て行ったのですから、ものすごい行列だったと思います。人々は急いで出てきて、酵母を入れないパン菓子しか持ってこなかったので、それを焼いて食べたのです。それが種入れぬパンの祭りとして、記憶されていくのです。
その時のことで、イスラエルの人々にはこんな言い伝えがありました。40節から42節です。
出
12:40 イスラエルの人々が、エジプトに住んでいた期間は四百三十年であった。
出
12:41 四百三十年を経たちょうどその日に、主の部隊は全軍、エジプトの国を出発した。
出
12:42 その夜、主は、彼らをエジプトの国から導き出すために寝ずの番をされた。それゆえ、イスラエルの人々は代々にわたって、この夜、主のために寝ずの番をするのである
イスラエルの人々がカナンからエジプトに移住してきたのは430年前というのですから、日本でいうと関ヶ原の戦いの西暦1600年よりも少し前です。たとえば、そのような戦国時代に落ち武者として逃れてきた人たちが、またまとまって元の国へ戻ろうというような気の遠くなる話ですから驚きます。何よりもイスラエル民族というアイデンティティをその長い間、保てたのがすごいです。イスラエルの人々がエジプトの国から出発するとき、神様はその民を導き出すために寝ずの番をしていたというのです。その時を記念してこの夜は主のために寝ずの番をするというのです。このような気の遠くなるような時を超えて、一つの民族としてまとまることができたのは、その神を信じる信仰にほかなりません。これは人間の力ではとても考えることのできないことです。ただ神様だけにできることです。
転
イスラエルの民がエジプトから脱出する前に、神様はモーセとアロンに、過ぎ越し祭の守るべき定めについて次のように言われました。43節から47節までです。
出
12:43 主はモーセとアロンに言われた。「過越祭の掟は次のとおりである。外国人はだれも過越の犠牲を食べることはできない。
出
12:44 ただし、金で買った男奴隷の場合、割礼を施すならば、彼は食べることができる。
出
12:45 滞在している者や雇い人は食べることができない。
出
12:46 一匹の羊は一軒の家で食べ、肉の一部でも家から持ち出してはならない。また、その骨を折ってはならない。
出
12:47 イスラエルの共同体全体がこれを祝わなければならない。
まずこの過ぎ越しの祭りで定められたのは、過ぎ越しの犠牲を食べることのできるものはイスラエルの民だけであるということです。ですから、外国人は食べることができないし、同じ家の中にいても、滞在しているものや雇人も食べることができないのです。ただ、金で買った男奴隷だけは、割礼を施すならば食べることができるのです。なぜならば、この奴隷は金で買われて、イスラエル人のものになっているからです。ほかの人々はイスラエル人のものではないからダメなのです。
犠牲でささげる羊は一匹を一軒の家で食べて、その家から肉の一部でも持ち出してはいけないのです。すべて家の中で食い尽くさなければなりません。家の中で、聖なる犠牲として、大切に食べなくてはいけないのです。それは、自分たちの身代わりだからです。それを単なる食事だと思って家から持ち出してほかの人にあげたり売ったりしてはいけないのです。その骨もまた大切に扱い、折ったりしてはならないのです。そしてこれは一部の人がやるものではなく、イスラエルの共同体全体が心を合わせてこれを祝わなければならないと言いました。
そして、寄留者に対しても、詳しくその定めが与えられました。48節から51節です。
出
12:48 もし、寄留者があなたのところに寄留し、主の過越祭を祝おうとするときは、男子は皆、割礼を受けた後にそれを祝うことが許される。彼はそうすれば、その土地に生まれた者と同様になる。しかし、無割礼の者は、だれもこれを食べることができない。
出
12:49 この規定は、その土地に生まれた者にも、あなたたちの間に寄留している寄留者にも、同じように適用される。」
出
12:50 イスラエルの人々はすべて、主がモーセとアロンに命じたとおりに行った。
出
12:51 まさにこの日に、主はイスラエルの人々を部隊ごとにエジプトの国から導き出された。
ここで寄留者が過ぎ越しを祝う時のことが書かれているのですが、そもそも寄留者とはどんな人でしょうか。イスラエル人は寄留者を大切にするように定められていました。この寄留者とは旅人なのでしょうか。旅人ではなく、そのイスラエル人の家族と一緒に住んでいるものなのです。それは外国人なのでしょうか、先ほどの話で、外国人は過ぎ越しの食事を食べることはできないと言われているのですが、矛盾しないのでしょうか。寄留者とは一般には外国人です。ですがイスラエル人と一緒に住んでいる寄留者には、単なる外国人にはない権利も義務もあるのです。ですから、寄留者で割礼を受けたものは、イスラエル人と同じように、過ぎ越しを祝うことができるのです。ですが、無割礼のものはこの過ぎ越しの食事を食べることはできません。寄留者は割礼を受けることによって、イスラエル人になるのです。では先ほどの滞在者と寄留者はどう違うのでしょうか。多分滞在者は客分であり、寄留者は生計を共にするものだと思います。イスラエル人と生活を共にするものは割礼を行うことによって、イスラエル人と同じ権利が与えられるのです。
このように、神様は過ぎ越しについて定められましたが、この規定はその土地に生まれたものにも、寄留者にも同じように適用されると言いました。このことをイスラエルの人々がモーセとアロンから聞くとその命じられたとおりに行ったのです。そしてそのことが行われると、神様はイスラエルの人々を部隊ごとにエジプトの国から導き出されました。
結
神様は過ぎ越しの夜にエジプトに現れ、そこにいるエジプト人の初子を連れ去っていきました。それは死んでしまったということです。初子は神様のものだからです。イスラエル人はすでに神様のものになっているので連れ去られることはありませんでした。この出来事に恐怖を感じたファラオとエジプト人はイスラエル人がエジプトから出ていくことを強く求めたのです。イスラエルの人々は種入れぬパンとエジプト人から求めた金銀宝石をもって、その家畜たちと一緒にエジプトを出ることにしました。そしてその前に、神様はこの過ぎ越しについての定めを命じ、モーセとアロンを通じて、イスラエル人にそのことを徹底させたのです。このようにして、ついにイスラエル人はエジプトから出発し、自分たちの国を作るべく、カナンに向かって出発するのです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様。このエジプトで起こった壮大な話は、人の力ではとてもできるものではありません。ただあなたの導きのみが行えることです。ですがこのことが本当に起こったのだと思います。400年の時空を超えて、その神様の約束が実現しようとしているのです。このことを体験したイスラエルの民はどんな思いだったのでしょうか。このことは今の私たちに何を教えてくれるでしょうか。心を鎮め、あなたの御心に聞き、あなたの大いなる業を賛美し続けることができますように。人間の思いがいかに小さなものであるかを悟ることができますように。
この祈りを、主イエスキリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(旧約聖書:◇出エジプト記)>>
◆初子の死
出
12:29 真夜中になって、主はエジプトの国ですべての初子を撃たれた。王座に座しているファラオの初子から牢屋につながれている捕虜の初子まで、また家畜の初子もことごとく撃たれたので、
出
12:30 ファラオと家臣、またすべてのエジプト人は夜中に起き上がった。死人が出なかった家は一軒もなかったので、大いなる叫びがエジプト中に起こった。
出
12:31 ファラオは、モーセとアロンを夜のうちに呼び出して言った。「さあ、わたしの民の中から出て行くがよい、あなたたちもイスラエルの人々も。あなたたちが願っていたように、行って、主に仕えるがよい。
出
12:32 羊の群れも牛の群れも、あなたたちが願っていたように、連れて行くがよい。そして、わたしをも祝福してもらいたい。」
出
12:33 エジプト人は、民をせきたてて、急いで国から去らせようとした。そうしないと自分たちは皆、死んでしまうと思ったのである。
出
12:34 民は、まだ酵母の入っていないパンの練り粉をこね鉢ごと外套に包み、肩に担いだ。
出
12:35 イスラエルの人々は、モーセの言葉どおりに行い、エジプト人から金銀の装飾品や衣類を求めた。
出
12:36 主は、この民にエジプト人の好意を得させるようにされたので、エジプト人は彼らの求めに応じた。彼らはこうして、エジプト人の物を分捕り物とした。
◆エジプトの国を去る
出
12:37 イスラエルの人々はラメセスからスコトに向けて出発した。一行は、妻子を別にして、壮年男子だけでおよそ六十万人であった。
出
12:38 そのほか、種々雑多な人々もこれに加わった。羊、牛など、家畜もおびただしい数であった。
出
12:39 彼らはエジプトから持ち出した練り粉で、酵母を入れないパン菓子を焼いた。練り粉には酵母が入っていなかった。彼らがエジプトから追放されたとき、ぐずぐずしていることはできなかったし、道中の食糧を用意するいとまもなかったからである。
出
12:40 イスラエルの人々が、エジプトに住んでいた期間は四百三十年であった。
出
12:41 四百三十年を経たちょうどその日に、主の部隊は全軍、エジプトの国を出発した。
出
12:42 その夜、主は、彼らをエジプトの国から導き出すために寝ずの番をされた。それゆえ、イスラエルの人々は代々にわたって、この夜、主のために寝ずの番をするのである。
◆過越祭の規定
出
12:43 主はモーセとアロンに言われた。「過越祭の掟は次のとおりである。外国人はだれも過越の犠牲を食べることはできない。
出
12:44 ただし、金で買った男奴隷の場合、割礼を施すならば、彼は食べることができる。
出
12:45 滞在している者や雇い人は食べることができない。
出
12:46 一匹の羊は一軒の家で食べ、肉の一部でも家から持ち出してはならない。また、その骨を折ってはならない。
出
12:47 イスラエルの共同体全体がこれを祝わなければならない。
出
12:48 もし、寄留者があなたのところに寄留し、主の過越祭を祝おうとするときは、男子は皆、割礼を受けた後にそれを祝うことが許される。彼はそうすれば、その土地に生まれた者と同様になる。しかし、無割礼の者は、だれもこれを食べることができない。
出
12:49 この規定は、その土地に生まれた者にも、あなたたちの間に寄留している寄留者にも、同じように適用される。」
出
12:50 イスラエルの人々はすべて、主がモーセとアロンに命じたとおりに行った。
出
12:51 まさにこの日に、主はイスラエルの人々を部隊ごとにエジプトの国から導き出された。