家庭礼拝 2021年6月23日 出エジプト記 10:21-11:10 最後の災い

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起 

いよいよ今日で最後の二つの奇跡が起こります。この二つの奇跡は、今までの具体的な災いとは違って、非常に宗教的であり、象徴的な意味を持っているような災いです。最初は暗闇の災いです。三日間の間エジプトには暗闇がやってきました。その暗闇はまるで手でつかむことのできるような暗闇です。これは目が見えなくなるというよりも、目は見えるのだけれども真っ黒なものが自分たちの周りを包んで見えなくさせているといった感じです。この暗闇は、神に背くものの至る、最後の状態を表しているようです。互いに見ることも、自分のいる場所から立ち上がることもできないような状況です。音は聞こえるのだと思いますが、自分の体が、闇の中に包まれて、闇の中に浮かんでいるようなそんな状況の感じがします。神様という軸を失ったものが、自分の立つ位置を見失い、相手の存在さえも分からなくなってしまうような状況です。それが3日間続いたのですから、エジプト人たちは、自分たちが闇の中で、このまま死んでしまうのではないかという恐怖にとらわれたと思うのです。一方イスラエルの人々には光がありました。信仰の光が照らしているのです。その闇の恐怖に襲われたファラオは、モーセにエジプトを去って神様に仕えるがよいと言いましたが、財産である、羊と牛は残しておけと言いました。モーセは羊と牛もつれていくというと、ファラオは引き下がれと怒って言い、二度と私の前に現れるな、今度会ったら生かしておかぬとさえ言って脅かしたのです。

モーセも、二度とお会いしようとは思わないと言って去ったのですが、神様からもう一つの最後の災いを示されて、それをもう一度ファラオに告げに行くのです。その最後の災いとは、神様が、真夜中にエジプトの中を進まれる時に起こるのです。そしてその時、エジプトの国中の初子が皆死ぬというのです。それはファラオの子供であっても死ぬというのです。ついに決定的な災いを、神様自ら行うことになるのです。果たしてどうなるでしょうか。

それでは聖書を読んでみましょう。21節から23節です。

出 10:21 主はモーセに言われた。「手を天に向かって差し伸べ、エジプトの地に闇を臨ませ、人がそれを手に感じるほどにしなさい。」

出 10:22 モーセが手を天に向かって差し伸べると、三日間エジプト全土に暗闇が臨んだ。

出 10:23 人々は、三日間、互いに見ることも、自分のいる場所から立ち上がることもできなかったが、イスラエルの人々が住んでいる所にはどこでも光があった。

神様はモーセに9番目の災いを起こすように言いました。それはエジプト中に闇を臨ませよというものです。普通闇と言ってもどこかかすかには見えるものです。ですが神様の命じたのは人がそれを手に感じるほどのものであるというのです。闇を目で感じるのではなく体全体で感じるような闇なのです。多分手探りしなければ何もわからないような闇なのです。その闇をモーセに天に向かって手を差し伸べて、闇を臨ませよと命じたのです。モーセは今までは杖を使って奇跡を起こしていましたが、ここでは直接手を使ってこの災いを起こします。この闇は三日間起こりました。これは恐怖の三日間です。イエス様は死んで黄泉に降り三日後によみがえりましたが、このまま永遠に続くような暗闇の三日間だったでしょう。人々は互いに見ることも自分のいる場所から立ち上がることもできなかったと言います。今いる場所を立ち上がってしまえば、自分がどこにいるかわからなくなるからです。この闇は神様から隔絶された闇であり、人とのつながりがなくなり、自分の存在さえ分からなくなってしまった状態なのです。ところが一方イスラエルの人々が住んでいる場所にはどこでも光があったというのです。神を信じる信仰は光なのです。私たちはその信仰の光を受けて、自分を知り、相手を知って、世界を知るものとなっているのです。そこには希望と平安があるのです。

この闇は、ファラオにも非常な恐怖を起こさせたのでしょう。三日ののち、ファラオはモーセを呼び寄せて、もうエジプトから去っても良いと言ったのです。でもそれには条件がありました。24節から29節です。

出 10:24 ファラオがモーセを呼び寄せて、「行って、主に仕えるがよい。ただし、羊と牛は残しておけ。妻子は連れて行ってもよい」と言うと、

出 10:25 モーセは答えた。「いいえ。あなた御自身からも、いけにえと焼き尽くす献げ物をいただいて、我々の神、主にささげたいと思っています。

出 10:26 我々の家畜も連れて行き、ひづめ一つ残さないでしょう。我々の神、主に仕えるためにその中から選ばねばなりません。そこに着くまでは、我々自身どれをもって主に仕えるべきか、分からないのですから。」

出 10:27 しかし、主がまたファラオの心をかたくなにされたので、ファラオは彼らを去らせようとはしなかった。

出 10:28 ファラオが、「引き下がれ。二度とわたしの前に姿を見せないよう気をつけよ。今度会ったら、生かしてはおかない」と言うと、

出 10:29 モーセは答えた。「よくぞ仰せになりました。二度とお会いしようとは思いません。」

闇の恐怖を体験した後、ファラオがモーセを呼び寄せていったのはこうでした。「行って、主に仕えるがよい。ただし、羊と牛は残しておけ。妻子は連れて行ってもよい」と言ったのです。エジプトを去っても良いが、財産の羊と牛は残しておけといったのです。このような条件に対してモーセは、一歩も引きませんでした。そして自分たちの家畜も全部連れて行って、主に仕えなければならないと言ったのです。これを聞いて、せっかく譲歩してやったと思っているファラオは怒り出して、もうエジプトからは去らせない。引き下がれ、二度と目の前に現れるなといったのです。そして、今度会ったら生かしておかないとさえ言ったのです。そういうとモーセも、「よくぞ仰せになりました。二度とお会いしようとは思いません。」と言い返しました。いったいどうなるのでしょうか。

神様はついに最後の災いをモーセに語りました。そしてその災いの後、ファラオたちはあなたたちをここから去らせると言いました。1節から3節です。

出 11:1 主はモーセに言われた。「わたしは、なおもう一つの災いをファラオとエジプトにくだす。その後、王はあなたたちをここから去らせる。いや、そのときには、あなたたちを一人残らずここから追い出す。

出 11:2 あなたは、民に告げ、男も女もそれぞれ隣人から金銀の装飾品を求めさせるがよい。」

出 11:3 主はこの民にエジプト人の好意を得させるようにされた。モーセその人もエジプトの国で、ファラオの家臣や民に大いに尊敬を受けていた。

神様がモーセに言ったのは、もう一つの災いを下すとファラオたちはここからイスラエル人を去らせるというものでした。むしろここから一人残らず追い出すと言ったのです。だから、その準備として、イスラエルの民に、自分の財産を金銀の装飾品に替えて、持ち出していけるようにしなさいということでした。そしてこれが容易に行えるようにするために、神様はイスラエル人がエジプト人の好意を受けられるようにしてくださって、モーセもエジプト人のファラオの家臣や民たちから大いに尊敬を受けるようにしてくださったのです。ですから、モーセたちがエジプトを去るのを、エジプト人たちも応援していたのです。だから、エジプト人の好意により、イスラエルの民が自分の財産を金銀の装飾品に替えて出発できるようにしてくれたのです。

そして、モーセは二度と会わないと言っていたファラオにもう一度会って、最後の災いの宣言を語るのです。4節から8節です。

出 11:4 モーセは言った。「主はこう言われた。『真夜中ごろ、わたしはエジプトの中を進む。

出 11:5 そのとき、エジプトの国中の初子は皆、死ぬ。王座に座しているファラオの初子から、石臼をひく女奴隷の初子まで。また家畜の初子もすべて死ぬ。

出 11:6 大いなる叫びがエジプト全土に起こる。そのような叫びはかつてなかったし、再び起こることもない。』

出 11:7 しかし、イスラエルの人々に対しては、犬ですら、人に向かっても家畜に向かっても、うなり声を立てません。あなたたちはこれによって、主がエジプトとイスラエルを区別しておられることを知るでしょう。

出 11:8 あなたの家臣はすべてわたしのもとに下って来て、『あなたもあなたに従っている民も皆、出て行ってください』とひれ伏し頼むでしょう。その後で、わたしは出て行きます。」そして、モーセは憤然としてファラオのもとから退出した。

 モーセはファラオに面会して、神様の言葉を伝えたのです。モーセはこういいました。

「主はこう言われた。『真夜中ごろ、わたしはエジプトの中を進む。そのとき、エジプトの国中の初子は皆、死ぬ。王座に座しているファラオの初子から、石臼をひく女奴隷の初子まで。また家畜の初子もすべて死ぬ。大いなる叫びがエジプト全土に起こる。そのような叫びはかつてなかったし、再び起こることもない。』

 と言ったのです。神様は真夜中に、神様自身がエジプトに現れて、その中を進むというのです。その時、エジプトの国中の初子は皆死ぬというのです。初子というのは長男です。赤ん坊だけではありません。たとえ成人になっていても最初に生まれた子供は皆初子ですから、ファラオの長男も女奴隷の長男も家畜の初子もすべて死んでしまうというのです。そしてエジプト全土から悲しみの叫びが至る所に起きて、そのような叫びが二度とないほどのものとなるというのです。これは神様の初子であるイスラエルを殺そうとするファラオに対して、エジプトのすべての初子を殺すという報復なのです。これは本当に起こるのでしょうか。

モーセはさらに続けてファラオにこう言いました。7節と8節です。

出 11:7 しかし、イスラエルの人々に対しては、犬ですら、人に向かっても家畜に向かっても、うなり声を立てません。あなたたちはこれによって、主がエジプトとイスラエルを区別しておられることを知るでしょう。

出 11:8 あなたの家臣はすべてわたしのもとに下って来て、『あなたもあなたに従っている民も皆、出て行ってください』とひれ伏し頼むでしょう。その後で、わたしは出て行きます。」そして、モーセは憤然としてファラオのもとから退出した。

 神様がエジプトの中を進まれるときにすべての長子が死ぬのですが、イスラエルの人々には何も起こらないと言ったのです。犬ですらも人にも家畜にもうなり声を立てないというのです。これは神様がイスラエルの民とエジプトの民を区別して災いを下しているからなのだというのです。そして、ファラオの家臣たちは全てモーセのもとに来て、『あなたもあなたに従っている民も皆、出て行ってください』とひれ伏し頼むでしょう、と言いました。たとえファラオが許してくれなくてもファラオの家臣たちが来て去ってくれと頼むのならば、そのあとで出ていこうと言ったのです。こういうとモーセは憤然としてファラオのもとから退出したと言います。モーセが憤然としたのは、これほどの多くの奇跡災いを起こしてもさらに多くの人々が死ぬかもしれないことを告げても、ファラオが、お前たちの言うことは分かった、エジプトから去っても良いとは言わなかったからです。ファラオはまだ、イスラエルの神を信じていなかったのです。

モーセがファラオのもとを出て行った後に、神様はモーセにこう言ったのです。9節と10節です。

出 11:9 主はモーセに言われた。「ファラオは、あなたたちの言うことを聞かない。そのため、わたしはエジプトの国に大きな奇跡を行うようになる。」

出 11:10 モーセとアロンはファラオの前でこれらの奇跡をすべて行ったが、主がファラオの心をかたくなにされたため、ファラオはイスラエルの人々を国から去らせなかった。

神様がモーセに語ったのは、ファラオはあなたたち言うことを聞かない、ということでした。だから神様は、エジプトの国にさらに大きな奇跡を行うと言いました。この大きな奇跡とは、過ぎ越しの日に、神様が真夜中に現れて、エジプトのすべての初子を殺すという奇跡です。ここではまだ起こっていません。モーセとアロンは、ファラオの前でいろいろな奇跡をおこなったのですが、神様がファラオの心をかたくなにされたので、イスラエルの人々をエジプトから去らせなかったのです。それでついに過ぎ越しの奇跡とエジプト脱出が始まるのです。

ファラオの心はいろいろな災いの奇跡を見せられて、何度も心が揺らぎました。もうエジプトから去ってほしいとも思っていたのです。でも神様がこのファラオの心をかたくなにするので、去ってほしいと思いながらも、去らせないようなことを言って、次々に新しい災いを被ったのです。神様の御心に聞かないものは、自分で決断しているつもりで、本当は神様に操られているだけなのです。ですから神様にその御心を聞いて行うことが大切です。こんなにも多くの奇跡をおこなった神様がついにイスラエルの民をエジプトから脱出させます。このエジプトからの脱出というのは、私たちが罪の奴隷になっているところからの脱出ともたとえられるものです。ファラオに見せられた数々の奇跡は、私たちの目の前でも起こっているのかもしれません。それでも信じないファラオにならないように気をつけろということなのかもしれません。

 

(一分間黙想)(お祈り)

ファラオは結局、最後まで神様を受け入れることができませんでした。ですから、イスラエルの民を開放することもできませんでした。神様を信じる人は神様の御心に聞きます。神様を信じない人は、自分の力で決断していると思います。ですがそれは神様がその人を、そのように導いているだけです。良いことも悪いこともみな神様の御手の内にあります。神様どうかあなたを信じ、あなたの御心を行うものとなることができますように。あなたの御手の内にあることを喜び賛美するものでありますように。この祈りを、主イエスキリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン

 

<<聖書の箇所(旧約聖書:◇出エジプト記)>>  

◆暗闇の災い

出 10:21 主はモーセに言われた。「手を天に向かって差し伸べ、エジプトの地に闇を臨ませ、人がそれを手に感じるほどにしなさい。」

出 10:22 モーセが手を天に向かって差し伸べると、三日間エジプト全土に暗闇が臨んだ。

出 10:23 人々は、三日間、互いに見ることも、自分のいる場所から立ち上がることもできなかったが、イスラエルの人々が住んでいる所にはどこでも光があった。

出 10:24 ファラオがモーセを呼び寄せて、「行って、主に仕えるがよい。ただし、羊と牛は残しておけ。妻子は連れて行ってもよい」と言うと、

出 10:25 モーセは答えた。「いいえ。あなた御自身からも、いけにえと焼き尽くす献げ物をいただいて、我々の神、主にささげたいと思っています。

出 10:26 我々の家畜も連れて行き、ひづめ一つ残さないでしょう。我々の神、主に仕えるためにその中から選ばねばなりません。そこに着くまでは、我々自身どれをもって主に仕えるべきか、分からないのですから。」

出 10:27 しかし、主がまたファラオの心をかたくなにされたので、ファラオは彼らを去らせようとはしなかった。

出 10:28 ファラオが、「引き下がれ。二度とわたしの前に姿を見せないよう気をつけよ。今度会ったら、生かしてはおかない」と言うと、

出 10:29 モーセは答えた。「よくぞ仰せになりました。二度とお会いしようとは思いません。」

◆最後の災い

出 11:1 主はモーセに言われた。「わたしは、なおもう一つの災いをファラオとエジプトにくだす。その後、王はあなたたちをここから去らせる。いや、そのときには、あなたたちを一人残らずここから追い出す。

出 11:2 あなたは、民に告げ、男も女もそれぞれ隣人から金銀の装飾品を求めさせるがよい。」

出 11:3 主はこの民にエジプト人の好意を得させるようにされた。モーセその人もエジプトの国で、ファラオの家臣や民に大いに尊敬を受けていた。

出 11:4 モーセは言った。「主はこう言われた。『真夜中ごろ、わたしはエジプトの中を進む。

出 11:5 そのとき、エジプトの国中の初子は皆、死ぬ。王座に座しているファラオの初子から、石臼をひく女奴隷の初子まで。また家畜の初子もすべて死ぬ。

出 11:6 大いなる叫びがエジプト全土に起こる。そのような叫びはかつてなかったし、再び起こることもない。』

出 11:7 しかし、イスラエルの人々に対しては、犬ですら、人に向かっても家畜に向かっても、うなり声を立てません。あなたたちはこれによって、主がエジプトとイスラエルを区別しておられることを知るでしょう。

出 11:8 あなたの家臣はすべてわたしのもとに下って来て、『あなたもあなたに従っている民も皆、出て行ってください』とひれ伏し頼むでしょう。その後で、わたしは出て行きます。」そして、モーセは憤然としてファラオのもとから退出した。

出 11:9 主はモーセに言われた。「ファラオは、あなたたちの言うことを聞かない。そのため、わたしはエジプトの国に大きな奇跡を行うようになる。」

出 11:10 モーセとアロンはファラオの前でこれらの奇跡をすべて行ったが、主がファラオの心をかたくなにされたため、ファラオはイスラエルの人々を国から去らせなかった。