家庭礼拝 2021年3月31 出エジプト記 3:1-21 モーセの召命

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起 

第2章でモーセの赤ん坊の時から、結婚するときまでの経過が一気に語られましたが、今日はいよいよ出エジプトのための神様からの召命が与えられる時となります。召命とは神様から呼びだされて使命が与えられることです。神様の大いなる働きをする人にはこの召命があるのです。牧師や神父になるときにもこの召命体験が重要な問題となります。それは、この召命体験がないと、自分の力に頼ってせざるを得なくなり、最後には力尽き果ててしまうのです。一方召命体験のある人はいくら苦難に出会っても、そこには神様がいつもともにいてくださるとの確信があり、召命されたのだから、神様が責任をもって導いて下さるに違いないと考えることが出来るのです。ですから挫折することがないのです。

この召命が神様からモーセに与えられたのです。いったいどのような使命が与えられたのでしょうか。それはエジプトにいるイスラエルの民を導き出し、約束のカナンの地へ連れて行くようにという使命でした。モーセにはもともと虐げられたイスラエルの人々を何とか救い出したいという思いは強くあったのです。ですから若い時にエジプト人を殺してまで、イスラエル人を助けてやろうとしたのです。ですがそこでモーセは挫折したのです。自分こそイスラエルの民を導いていく人間だと思っていたのが、そのイスラエル人から、誰がお前を我々の監督や裁判官にしたのか、とその資格を問われたからでした。それに対して何も言うことが出来ず逃げ出したのです。この時の挫折はとても大きくて、その後何十年も立ち直れなかったのです。そしてひっそりとミディアンの地で羊を飼っていたのです。ところがエジプトを離れて50年ほどもしてから、突然神様からの召命があったのです。そしてイスラエルの民をエジプトからカナンへと導きだすように言われたのです。ですがモーセにはその自信が全くないのです。神様に、私は何者でしょう、どうしてイスラエルの人々をエジプトから導き出さなければならないのですかと、その戸惑いを訴えるのです。そしてどういう資格でその働きをしたらよいのかを、神様に尋ねるのです。モーセには人間的な思いで言えば全くイスラエルのリーダーになる資格はなかったのです。自分にはそんな資格も力もないと思っていたのです。ですが、神様がともにいてくださって、神様が命じているのだから、きっとそのことは成就するというのが召命の力なのです。モーセはこの召命の力をもってこの出エジプトを実現していくことになるのです。

この召命の出来事が起こったのは、全く普通のいつもの生活をしているときでした。特別に何かを求めていたわけではありません。モーセはミディアンの祭司のレウエルの娘ツィポラと結婚して、その家の羊を飼っていました。今日の聖書の個所では祭司であるエトロの羊の群れを飼っていたとありますが、出典の違いによって違う名前で呼ばれているようです。1節から3節です。

出 3:1 モーセは、しゅうとでありミディアンの祭司であるエトロの羊の群れを飼っていたが、あるとき、その群れを荒れ野の奥へ追って行き、神の山ホレブに来た。

出 3:2 そのとき、柴の間に燃え上がっている炎の中に主の御使いが現れた。彼が見ると、見よ、柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない。

出 3:3 モーセは言った。「道をそれて、この不思議な光景を見届けよう。どうしてあの柴は燃え尽きないのだろう。」

 モーセはエトロの羊の群れを飼って、神の山ホレブにやって来ました。このホレブ山という名前も出典によってシナイ山と書かれているものもあります。これはどちらも同じ山を意味しています。その山まで来た時に、芝が燃えているのが見えたのです。しかもその芝は火で燃えているのに燃え尽きないでいつまでも燃えているのです。その炎の中に主のみ使いが現れたのです。この主のみ使いというのも神様というのと同じことです。神様というのが畏れ多いので主のみ使いと言っているのです。モーセはその燃え上がっている火を見て、「道をそれて、この不思議な光景を見届けよう。どうしてあの柴は燃え尽きないのだろう。」と興味を持ったのです。そしてそこに近づいていきました。

 すると神様がモーセに呼びかけてきたのです。4節から6節です。

出 3:4 主は、モーセが道をそれて見に来るのを御覧になった。神は柴の間から声をかけられ、「モーセよ、モーセよ」と言われた。彼が、「はい」と答えると、

出 3:5 神が言われた。「ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから。」

出 3:6 神は続けて言われた。「わたしはあなたの父の神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」モーセは、神を見ることを恐れて顔を覆った。

神様はいったいモーセに何を言ったのでしょうか。それはまず、モーセの名前を呼び掛け、彼が答えると、ここに近づいてはならない、ここは聖なる土地だから足から履き物を脱ぎなさい、と言われたのです。そして、神様はモーセに自己紹介をしたのです。それは、「わたしはあなたの父の神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」と言われたのです。モーセはその言葉を聞くと、急いで顔を覆ったのです。神を見るものは死ぬと言われていたからです。

神様は続けて、なぜモーセの前に現れたのかを説明し、モーセにイスラエル人をエジプトから連れ出すという大切な使命を与えるのです。7節から10節です。

出 3:7 主は言われた。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。

出 3:8 それゆえ、わたしは降って行き、エジプト人の手から彼らを救い出し、この国から、広々としたすばらしい土地、乳と蜜の流れる土地、カナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の住む所へ彼らを導き上る。

出 3:9 見よ、イスラエルの人々の叫び声が、今、わたしのもとに届いた。また、エジプト人が彼らを圧迫する有様を見た。

出 3:10 今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ。」

 ここで神様は、モーセに使命を与える理由をまず説明します。その理由というのが、「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。それゆえ、わたしは降って行き、エジプト人の手から彼らを救い出し、この国から、広々としたすばらしい土地、乳と蜜の流れる土地、カナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の住む所へ彼らを導き上る。」と言ったのです。神様はエジプトにいるイスラエルの民の苦しみと痛みの声を聴き、それを見たのです。だから大切なイスラエル人をエジプト人の手から救い出すというのです。そのために神様は天からこの地に下ってくださって、イスラエル人をエジプトからカナンの地へと導きだすというのです。そしてその具体的な働きをするものとして、モーセを用いてファラオのもとに遣わして、エジプトから連れ出すと言いました。だから、神様はモーセを用いて、ファラオのもとに遣わして、イスラエルの人々を皆、エジプトから連れ出すようにと命じたのです。これがモーセに対する神様の召命なのです。

この神様からの召命に対して、モーセはどのように答えたのでしょうか、11節から14節です。

出 3:11 モーセは神に言った。「わたしは何者でしょう。どうして、ファラオのもとに行き、しかもイスラエルの人々をエジプトから導き出さねばならないのですか。」

出 3:12 神は言われた。「わたしは必ずあなたと共にいる。このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたたちはこの山で神に仕える。」

出 3:13 モーセは神に尋ねた。「わたしは、今、イスラエルの人々のところへ参ります。彼らに、『あなたたちの先祖の神が、わたしをここに遣わされたのです』と言えば、彼らは、『その名は一体何か』と問うにちがいありません。彼らに何と答えるべきでしょうか。」

出 3:14 神はモーセに、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言われ、また、「イスラエルの人々にこう言うがよい。『わたしはある』という方がわたしをあなたたちに遣わされたのだと。」

 モーセは神様からイスラエルの人々をエジプトから導き出すように命じられた時に、すぐに思い浮かべたのは自分が若い時に、ヘブライ人のために良いことをしたと思ってしたことが裏目に出たことでした。そしてそのヘブライ人から何の資格があって、そんな偉そうなことを言うのか、誰がお前を我々の監督や裁判官にしたのか、とその資格を問われたからでした。自分にはそんな資格はなかったのだと、その時のことがトラウマになって、神様からイスラエルの人々を救い出しに行きなさいと言われても「わたしは何者でしょう。どうして、ファラオのもとに行き、しかもイスラエルの人々をエジプトから導き出さねばならないのですか。」と答えたのです。自分にはその資格がないではないですか、と言いたかったのです。その時神様は、わたしは必ずあなたと共にいる。このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである、と言ったのです。すなわちあなたの資格は、私が必ずともにいる、ということなのだ、と答えたのです。そのことを聞いて、モーセは神様の命令に従ってエジプトに行こうと決心しました。ですが、それでもモーセは心配だったのです。以前のように、たとえ先祖の神様が私をここに遣わされたのだと言っても、イスラエルの人々から、そんなことを言ったのはいったい誰なのかと言われたら、どうしたらいいのですかというのです。すると神様は、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言われ、人々に名前を聞かれたら、『わたしはある』という方がわたしをあなたたちに遣わされたのだと答えなさいと教えたのです。このように、神様に従って、エジプトのイスラエルの人々を導き出したいと思っても、そのイスラエルの人々を前にすると心配でしょうがないことがどんどん出てきたのです。自信がなかったのです。モーセは何の恐れもなくパロと戦ったのではなく、このような恐れを持ち臆病なものが、神様とともにいることによって大胆に勇気をもって行うことが出来るようになったのです。

 さらに神様はモーセにこういわれました。15節から17節です。

出 3:15 神は、更に続けてモーセに命じられた。「イスラエルの人々にこう言うがよい。あなたたちの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である主がわたしをあなたたちのもとに遣わされた。これこそ、とこしえにわたしの名/これこそ、世々にわたしの呼び名。

出 3:16 さあ、行って、イスラエルの長老たちを集め、言うがよい。『あなたたちの先祖の神、アブラハム、イサク、ヤコブの神である主がわたしに現れて、こう言われた。わたしはあなたたちを顧み、あなたたちがエジプトで受けてきた仕打ちをつぶさに見た。

出 3:17 あなたたちを苦しみのエジプトから、カナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の住む乳と蜜の流れる土地へ導き上ろうと決心した』と。

 モーセに、神様はイスラエルの人々に、そしてイスラエルの長老たちを集めこう言いなさいと言いました。それはあなたたちの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である主がわたしをあなたたちのもとに遣わされた、と言いなさいと言ったのです。このことを2回も繰り返して言っています。それは、こういえばわかるはずだからということです。その神様が私、モーセに現れて、あなたたちが苦しんでいる出来事を見て顧みている。だから、あなたたちを苦しみのエジプトから、カナンの乳と蜜の流れる土地へ導き上ろうと決心したと言いなさい、と言ったのです。今度は自分の考えでイスラエルの人々を助けようとしているのではなく、神様自らがイスラエルの人々を助けようとしてくださっていて、自分はその神様に遣わされているだけだという立場に変わったのです。そしてそれがモーセの資格となったのです。

そして、イスラエルの人々があなたの言葉に従ったら、エジプトの王にこう言いなさいと、その次になすべきことも指示したのです。

出 3:18 彼らはあなたの言葉に従うであろう。あなたはイスラエルの長老たちを伴い、エジプト王のもとに行って彼に言いなさい。『ヘブライ人の神、主がわたしたちに出現されました。どうか、今、三日の道のりを荒れ野に行かせて、わたしたちの神、主に犠牲をささげさせてください。』

出 3:19 しかしわたしは、強い手を用いなければ、エジプト王が行かせないことを知っている。

出 3:20 わたしは自ら手を下しあらゆる驚くべき業をエジプトの中で行い、これを打つ。その後初めて、王はあなたたちを去らせるであろう。

出 3:21 そのとき、わたしは、この民にエジプト人の好意を得させるようにしよう。出国に際して、あなたたちは何も持たずに出ることはない。

出 3:22 女は皆、隣近所や同居の女たちに金銀の装身具や外套を求め、それを自分の息子、娘の身に着けさせ、エジプト人からの分捕り物としなさい。」

 神様の次の指示は、イスラエルの人々があなたの言葉に従ったなら、イスラエルの長老たちを連れてエジプト王のところに行き、『ヘブライ人の神、主がわたしたちに出現されました。どうか、今、三日の道のりを荒れ野に行かせて、わたしたちの神、主に犠牲をささげさせてください。』と頼みなさいと言ったのです。これは口実であり、実際は3日の道のりを往復して、犠牲を捧げる礼拝をすれば、戻ってくるまでに1週間はかかるので、その間にカナンに逃げてしまえばつかまらないだろうということなのです。でもそういってもエジプト王は簡単にはイスラエルの人々を生かせないことを神様は知っていると言いました。だから、神様はあらゆる驚くべき業をエジプトの中で行って、エジプト人を懲らしめるだろう、そうすると初めて、王たちはあなたたちを去らせるだろうと言ったのです。その時には、何も持たずに出るのではなく、近くの人から、金銀の装身具や外套を買い求めてなのか奪い取ってなのかはわかりませんが、それを息子や娘につけさせて、エジプトを出なさいといたのです。神様の指示はこのように具体的であり、モーセがそのとおり行えばよいようになっていたのです。

モーセは若い時にイスラエル人を助けようと思って、かえってお前は何の資格があってそんなことを言うのかと言われて、挫折し、その後はそのことを思うこともなく50年もミディアンの地で過ごしていました。ですが、神様が期が熟したのを見てモーセを呼び寄せ語り掛けてくださったのです。それはこれからエジプトに行きイスラエルの人々をエジプトからカナンの地まで導きだすという、大仕事でした。でもモーセにはそのような大それたことをする自信はありませんでした。それどころか、若い時の挫折がトラウマになって、むしろそれを恐れたのです。ですが神様は一つ一つの恐れを取り除いて下さいました。一番の問題は自分には資格がないということでしたが、それは神様が共におられるというのが一番の資格でした。そしてその資格を与えたのが、私はあるというお方、アブラハム、イサク、ヤコブの神さまであるということをはっきりと言えるようになったことです。そして具体的な脱出の方法まで教えました。それは長老達を連れて、エジプトの王に会いに行き、イスラエルの神様が現れたので、三日ほどの道のりのところで神様に犠牲を捧げにみんなで行かしてくださいということでした。でもエジプトの王はそれを聞かないだろうから神様が自らいろいろな業を行って懲らしめるから、結局皆で出かけることになるだろう。その時には金銀や外套を身につけて、出発しなさいと教えてくれました。モーセはこれで、迷いがなくなり、エジプトに行く決心をしたのです。でもまだまだモーセには心配事がありました。それも神様が解決してくださることを信じて、進んでいくのです。 

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様。神様はモーセがエジプトのことなど忘れてしまったような長い年月の後、モーセに現れました。そして、心配するモーセに対して、一つ一つ解決し、その使命を行えるようにしてくださるのです。私たちが自分の力でできることはほんのわずかです。ですが神様の召命によって行われる仕事には恐れがありません。大胆に神様の力を用いてできるのです。私たちももし神様の務めを果たそうとするなら、神様に出会い、その召命を得て、大きな働きをすることが出来るのです。私たちのなすべき力もどうか神様によって与えられますように。何時も神様に何をなすべきかを問いかけることが出来ますように。

この祈りを、主イエスキリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン

 

<<聖書の箇所(旧約聖書:◇出エジプト記)>>  

◆モーセの召命

出 3:1 モーセは、しゅうとでありミディアンの祭司であるエトロの羊の群れを飼っていたが、あるとき、その群れを荒れ野の奥へ追って行き、神の山ホレブに来た。

出 3:2 そのとき、柴の間に燃え上がっている炎の中に主の御使いが現れた。彼が見ると、見よ、柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない。

出 3:3 モーセは言った。「道をそれて、この不思議な光景を見届けよう。どうしてあの柴は燃え尽きないのだろう。」

出 3:4 主は、モーセが道をそれて見に来るのを御覧になった。神は柴の間から声をかけられ、「モーセよ、モーセよ」と言われた。彼が、「はい」と答えると、

出 3:5 神が言われた。「ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから。」

出 3:6 神は続けて言われた。「わたしはあなたの父の神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」モーセは、神を見ることを恐れて顔を覆った。

出 3:7 主は言われた。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。

出 3:8 それゆえ、わたしは降って行き、エジプト人の手から彼らを救い出し、この国から、広々としたすばらしい土地、乳と蜜の流れる土地、カナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の住む所へ彼らを導き上る。

出 3:9 見よ、イスラエルの人々の叫び声が、今、わたしのもとに届いた。また、エジプト人が彼らを圧迫する有様を見た。

出 3:10 今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ。」

出 3:11 モーセは神に言った。「わたしは何者でしょう。どうして、ファラオのもとに行き、しかもイスラエルの人々をエジプトから導き出さねばならないのですか。」

出 3:12 神は言われた。「わたしは必ずあなたと共にいる。このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたたちはこの山で神に仕える。」

出 3:13 モーセは神に尋ねた。「わたしは、今、イスラエルの人々のところへ参ります。彼らに、『あなたたちの先祖の神が、わたしをここに遣わされたのです』と言えば、彼らは、『その名は一体何か』と問うにちがいありません。彼らに何と答えるべきでしょうか。」

出 3:14 神はモーセに、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言われ、また、「イスラエルの人々にこう言うがよい。『わたしはある』という方がわたしをあなたたちに遣わされたのだと。」

出 3:15 神は、更に続けてモーセに命じられた。「イスラエルの人々にこう言うがよい。あなたたちの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である主がわたしをあなたたちのもとに遣わされた。これこそ、とこしえにわたしの名/これこそ、世々にわたしの呼び名。

出 3:16 さあ、行って、イスラエルの長老たちを集め、言うがよい。『あなたたちの先祖の神、アブラハム、イサク、ヤコブの神である主がわたしに現れて、こう言われた。わたしはあなたたちを顧み、あなたたちがエジプトで受けてきた仕打ちをつぶさに見た。

出 3:17 あなたたちを苦しみのエジプトから、カナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の住む乳と蜜の流れる土地へ導き上ろうと決心した』と。

出 3:18 彼らはあなたの言葉に従うであろう。あなたはイスラエルの長老たちを伴い、エジプト王のもとに行って彼に言いなさい。『ヘブライ人の神、主がわたしたちに出現されました。どうか、今、三日の道のりを荒れ野に行かせて、わたしたちの神、主に犠牲をささげさせてください。』

出 3:19 しかしわたしは、強い手を用いなければ、エジプト王が行かせないことを知っている。

出 3:20 わたしは自ら手を下しあらゆる驚くべき業をエジプトの中で行い、これを打つ。その後初めて、王はあなたたちを去らせるであろう。

出 3:21 そのとき、わたしは、この民にエジプト人の好意を得させるようにしよう。出国に際して、あなたたちは何も持たずに出ることはない。

出 3:22 女は皆、隣近所や同居の女たちに金銀の装身具や外套を求め、それを自分の息子、娘の身に着けさせ、エジプト人からの分捕り物としなさい。」