家庭礼拝 2021年3月17 出エジプト記 1:22-2:10モーセの生い立ち

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起 

出エジプト記は、モーセがイスラエルの人々をエジプトから脱出させる話ですが、モーセの生い立ちについてはごくわずかしか語られていません。先週はヤコブの子供たちがエジプトに移住した後、ヤコブもヨセフも亡くなりましたが、その子孫はますます増えていきました。そのうちヨセフを知らない新しい王が現れて、イスラエル人がどんどん増えていくのに不安を感じて、イスラエルの人々が増えないようにいろいろ過酷な重労働とか、助産婦に男の赤ん坊を殺させようとした、であるとかを企みましたがあまりうまくはいかなかったのです。

そのうちもっと激しい命令が出てきました。それは生まれた男の子は一人残らずナイル川に放り込めという、命令なのです。この命令は全国民に命じたとありますが、実際にはイスラエル人を狙った命令だったと思います。今度は男の赤ん坊がいると、見回りに来た兵隊たちに連れていかれて殺されるので、ごまかしようがないのです。

今日の聖書の個所は、そのモーセの生い立ちはこのような男の子を殺すように命令されていた中で、生まれたことが記されており、運良く、王女に助けられたという話が載っているのです。モーセの子供時代の話は実に、これだけなのです。2章の1節から10節までがモーセの子供時代の話で、11節からはもう成人しているのです。モーセがどのように育てられて、どのように信仰を培ったのかを知りたいところですが、それはだれにもわかりません。この本当に短いモーセの生い立ちについて今日は学んでみたいと思います。

このころ、ファラオの命令によって、生まれた男の子は全員殺すようにと命令されていました。そのような中でモーセは生まれたのです。その後どうしたでしょうか。1章22節から2章3節までです。

出 1:22 ファラオは全国民に命じた。「生まれた男の子は、一人残らずナイル川にほうり込め。女の子は皆、生かしておけ。」

出 2:1 レビの家の出のある男が同じレビ人の娘をめとった。

出 2:2 彼女は身ごもり、男の子を産んだが、その子がかわいかったのを見て、三か月の間隠しておいた。

出 2:3 しかし、もはや隠しきれなくなったので、パピルスの籠を用意し、アスファルトとピッチで防水し、その中に男の子を入れ、ナイル河畔の葦の茂みの間に置いた。

 ファラオの命じたのは、全国民に対して、「生まれた男の子は、一人残らずナイル川にほうり込め。女の子は皆、生かしておけ。」ということでした。イスラエル人だけでなく、全国民に言っているというのが不思議です。これはイスラエル人に対してだけ厳しく取り締まったのではないでしょうか。そして男の子の殺し方は、ナイル川に放り込んで殺せというやり方でした。ヘロデ大王の2歳以下の子供を、兵士が一軒一軒回って殺したのと比べればまだ穏やかなほうかもしれません。多くの親たちは、きっとここに書かれているように、パピルスの船に乗せて、静かにナイル川に流して、見送ったのだと思います。

モーセの親はレビ人の男とレビ人の女との結婚によって生まれました。ですからモーセもレビ人であり、祭祀の家系と言ってよいのです。母親は身ごもって男の子を生みましたが、その子がかわいくて、殺すことが出来ず、3か月の間隠していたのです。きっと泣き声が聞こえないように、姿が見えないように、隠していたのだと思います。ですが大きくなればなるほど泣き声も大きくなってきて、もう隠すことが出来なくなってきたのです。それで、パピルスのかごを用意して、それにアスファルトとピッチで、穴をふさぎ水漏れしないように、防水したのです。そしてその男の子を、そのパピルスの船に乗せて、ナイル川の河畔の葦の茂みの間に置いたのです。ここでも川の流れに流してしまうことにためらっている思いが伝わってきます。その葦の茂みに置いた赤ん坊の舟はいずれ、川の流れに押し出されなければならないのです。赤ん坊はその間泣き続けていたのです。

この時モーセの兄弟には姉と兄がいました。兄は後にモーセと一緒に人々を導くアロンです。姉は15章になって初めてその名前が出てきますが、その時は女預言者ミリアムとして出てきます。これはモーセが海の道を開いた奇跡を起こした後のことです。その姉のミリアムが子供のころ、このモーセを乗せたパピルスの舟を遠くからじっと見つめていたのです。この姉も、赤ん坊のことがかわいそうでしょうがなかったと思うのです。その後、どうなったでしょうか。4節から6節です。

出 2:4 その子の姉が遠くに立って、どうなることかと様子を見ていると、

出 2:5 そこへ、ファラオの王女が水浴びをしようと川に下りて来た。その間侍女たちは川岸を行き来していた。王女は、葦の茂みの間に籠を見つけたので、仕え女をやって取って来させた。

出 2:6 開けてみると赤ん坊がおり、しかも男の子で、泣いていた。王女はふびんに思い、「これは、きっと、ヘブライ人の子です」と言った。

 その姉が遠くからどうなることかとじっと見つめていると、ファラオの王女が水浴びをしに川に降りてきたのです。周りにはたくさんの侍女たちがいて行き来していました。その時モーセの入ったかごの舟から、赤ん坊の泣き声が聞こえたのです。王女はその泣き声のするかごを葦の茂みの中に見つけたので、侍女にそのかごを取りに行かせました。そしてそのかごを開けてみると赤ん坊が入っていたのです。この王女はその泣き声を聞いた時からこれはイスラエル人の子供がナイル川に流されたのだろうということは知っていたと思います。でもその泣き声を聞いて、知らぬふりをすることが出来ず、かごを取りに行かせて開けてしまったのです。そしてその中に泣いている男の子の赤ん坊がいるのを見ると、とても可愛そうになったのです。そして、「これは、きっと、ヘブライ人の子です」と自分に言い聞かせるように言ったのです。王女は知らずにこの赤ん坊を育てたのではなく、最初から、ヘブライ人の子であることを知って、それでもなおかつ自分の子のように育てたのです。それはこのような残酷な命令をファラオが下したことに対して、少しでも罪滅ぼしをしたいという気持ちがあったのかもしれません。

その王女の気持ちを見通したかのように、姉のミリアムが王女の前に飛び出てきました。きっと王女は泣いている赤ん坊をかわいそうに思って、この子に乳をあげる人はいないかと叫んだのかもしれません。7節から10節です。

出 2:7 そのとき、その子の姉がファラオの王女に申し出た。「この子に乳を飲ませるヘブライ人の乳母を呼んで参りましょうか。」

出 2:8 「そうしておくれ」と、王女が頼んだので、娘は早速その子の母を連れて来た。

出 2:9 王女が、「この子を連れて行って、わたしに代わって乳を飲ませておやり。手当てはわたしが出しますから」と言ったので、母親はその子を引き取って乳を飲ませ、

出 2:10 その子が大きくなると、王女のもとへ連れて行った。その子はこうして、王女の子となった。王女は彼をモーセと名付けて言った。「水の中からわたしが引き上げた(マーシャー)のですから。」

その赤ん坊を見て戸惑っているのを感じて、その姉は、王女に対し、「この子に乳を飲ませるヘブライ人の乳母を呼んで参りましょうか。」と申し出たのです。なんという機転の速さでしょうか。この姉が言ったヘブライ人の乳母というのは、だれかどこかの乳母ではなくて、その赤ん坊の母親のことを言っていたのです。王女は「そうしておくれ」と頼んだので、その姉は自分の母親を連れてきたのです。するとその王女はそのことを知ってか知らないでか、「この子を連れて行って、わたしに代わって乳を飲ませておやり。手当てはわたしが出しますから」と言ったのです。母親はその子を引き取って乳を飲ませ、その子が大きくなると、王女のもとに連れて行ったのです。乳離れするまでは自分の乳で、その子を育てたのです。なんという不思議でしょうか。子供を死なせようと思ってナイル川に流したのが、王女に拾われて、自分のところに戻ってきて、しかもその子を育てるのに、手当までもらって育てることが出来たのです。これは人が計画してできることではありません。ここには神様の計画があったとしか思えないのです。

この赤ん坊は、乳離れしてから、王女のもとに連れていかれて、王女の子となったのです。王女は彼をモーセと名付けました。それは水の中から私が引き上げたという意味のマーシャーをもじってモーセと名付けたのです。

モーセはもともとヘブライ人の子であったので、その名前には代々エジプトの王についている神を意味するラーとかトトとかいう神様を意味する名前がないのです。エジプト王にはラメセス、とかトトメスという名前のように、ラー、とかトトという字が用いられるのですが、モーセの場合にはそれがないので正式な王位を継げる名前ではないのです。もし正式な王女の子なら、ラモスとかトトモスという名前のようになったでしょうが、単にモーセという名前になって区別されていたのです。でもここで王女の子として立派に教育を受けて成長していくのです。

モーセの生い立ちと言っても、モーセが赤ん坊の時に捨て子となって拾われたということだけです。でもこれがとても不思議で、捨てられた赤ん坊が、王女に拾われたのです。そこには姉の機転によって乳母に本当の母親を連れてくることもできて、その愛情で育つことが出来たのです。ヘブライ人を迫害するファラオの王女が拾ったその赤ん坊が、エジプトの教育を受けて立派に育ち、その結果、ヘブライ人をエジプトの支配から解放するというのは、不思議な神様の御計画です。これはイエス様の言った、『家を建てる者の捨てた石、/これが隅の親石となった。これは、主がなさったことで、/わたしたちの目には不思議に見える。』の言葉に通じるものがあります。モーセも、イエス様も棄てられた石となりましたが、モーセはイスラエル民族の親石となり、イエス様は人類全体の親石となって教会をたて、人類を救うことになるのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様。モーセは生まれてすぐに殺される運命にありました。赤ん坊のモーセが川に流されて、絶体絶命の時に王女に拾われ、乳母として実母が与えられ、立派に成長することが出来たのです。これは復活を意味するものです。あなたの御計画は私たちの想像を超えるものがあります。どうか自分たちの思いであなたの御心をゆがめることがありませんように。ただあなたが不思議な業で私たちを導いて下さっていることを信じて、あなたにゆだねて生きていくことが出来ますように。

この祈りを、主イエスキリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン

 


<<聖書の箇所(旧約聖書:◇出エジプト記)>>  

◆モーセの生い立ち

出 1:22 ファラオは全国民に命じた。「生まれた男の子は、一人残らずナイル川にほうり込め。女の子は皆、生かしておけ。」

出 2:1 レビの家の出のある男が同じレビ人の娘をめとった。

出 2:2 彼女は身ごもり、男の子を産んだが、その子がかわいかったのを見て、三か月の間隠しておいた。

出 2:3 しかし、もはや隠しきれなくなったので、パピルスの籠を用意し、アスファルトとピッチで防水し、その中に男の子を入れ、ナイル河畔の葦の茂みの間に置いた。

出 2:4 その子の姉が遠くに立って、どうなることかと様子を見ていると、

出 2:5 そこへ、ファラオの王女が水浴びをしようと川に下りて来た。その間侍女たちは川岸を行き来していた。王女は、葦の茂みの間に籠を見つけたので、仕え女をやって取って来させた。

出 2:6 開けてみると赤ん坊がおり、しかも男の子で、泣いていた。王女はふびんに思い、「これは、きっと、ヘブライ人の子です」と言った。

出 2:7 そのとき、その子の姉がファラオの王女に申し出た。「この子に乳を飲ませるヘブライ人の乳母を呼んで参りましょうか。」

出 2:8 「そうしておくれ」と、王女が頼んだので、娘は早速その子の母を連れて来た。

出 2:9 王女が、「この子を連れて行って、わたしに代わって乳を飲ませておやり。手当てはわたしが出しますから」と言ったので、母親はその子を引き取って乳を飲ませ、

出 2:10 その子が大きくなると、王女のもとへ連れて行った。その子はこうして、王女の子となった。王女は彼をモーセと名付けて言った。「水の中からわたしが引き上げた(マーシャー)のですから。」