家庭礼拝 2021年2月10日 創世記 48:1-22 ヤコブ、ヨセフの子らを祝福する

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起 

先週はヤコブが死ぬ日が近づいたことを悟って、ヨセフに遺言を頼みました。それは死んだらエジプトには葬らないで、カナンにある先祖たちの墓に葬ってくれと言うことでした。そしてそのことを必ず行うように、ヨセフに誓わせたのでした。

これらの後で、しばらくして、ヤコブが病気になったと言う知らせを受けて、ヤコブがマナセとエフライムを連れてヨセフの見舞いに行ったときのことが今日の話です。マナセが長男で、エフライムが次男ですが、この二人はヤコブたちがエジプトに来る前に、ヨセフに与えられた子供たちなのです。この子供たちを、ヤコブはこの時、病床から起きて話をし、自分の養子にしたいと言うのです。自分の子供にして12部族にすると言うのです。でもすでに、ヤコブには12人の子供がいるのでこれでは数が合わないのではないかと思います。14人になってしまうからです。ですが12部族を呼ぶときには、ヨセフはその部族には入らないし、レビ族も祭司職なので、部族の中に入れないのです。ですから、マナセとエフライムを入れて、これでちょうど12部族と言うことになります。今日の話は、このマナセとエフライムをヤコブの養子とし、祝福するところが主題になっているのですが、祝福するときにわざわざ手を交差させて、右手をエフライムに左手をマナセに置くのです。右の手のほうが大きな祝福が与えられるので、ヨセフが長男はマナセですと注意するのですが、ヤコブはこれでいいのだ。エフライムのほうが大いなる部族になるだろうと言って祝福するのです。

この時代は長男のほうが家督の権利を持っているのですが、不思議に長男ではなくて、ほかの者がその祝福を受け継ぐことが多いのです。ヤコブ自身が次男なのに、エサウよりも大きな祝福を得ました。ヤコブの子供達では長男のルベンよりも11番目のヨセフが祝福を受け継ぎました。そしてヨセフの子供においても、長男のマナセよりも、次男のエフライムのほうが大きな祝福を得ると言う不思議なことが起こるのです。 

それでは、今日の聖書を読んでみましょう。話の導入部にあたるところです。1節から4節です。

創 48:1 これらのことの後で、ヨセフに、「お父上が御病気です」との知らせが入ったので、ヨセフは二人の息子マナセとエフライムを連れて行った。

創 48:2 ある人がヤコブに、「御子息のヨセフさまが、ただいまお見えになりました」と知らせると、イスラエルは力を奮い起こして、寝台の上に座った。

創 48:3 ヤコブはヨセフに言った。「全能の神がカナン地方のルズでわたしに現れて、わたしを祝福してくださったとき、

創 48:4 こう言われた。『あなたの子孫を繁栄させ、数を増やし/あなたを諸国民の群れとしよう。この土地をあなたに続く子孫に/永遠の所有地として与えよう。』

 これらの事とは、ヤコブがヨセフに自分の遺体は先祖の墓に葬ってくれと遺言したことです。その後に、何日か何か月か経った後で、ヨセフにヤコブが病気だとの連絡があり、ヨセフが二人の息子のマナセとエフライムを連れて見舞いに行ったのです。するとヤコブは病気で伏せていたのですが、力を奮い起こして、何とか寝台の上に座りました。そして自分に与えられた大切な神様の祝福について話をしたのです。そのヤコブが与えられた祝福とは『あなたの子孫を繁栄させ、数を増やし/あなたを諸国民の群れとしよう。この土地をあなたに続く子孫に/永遠の所有地として与えよう。』と約束してくださったことでした。そのことをヨセフにも知っておいて欲しかったのです。

そしてヤコブの本題を切り出しました。それは養子のことです。5節から7節です。

創 48:5 今、わたしがエジプトのお前のところに来る前に、エジプトの国で生まれたお前の二人の息子をわたしの子供にしたい。エフライムとマナセは、ルベンやシメオンと同じように、わたしの子となるが、

創 48:6 その後に生まれる者はお前のものとしてよい。しかし、彼らの嗣業の土地は兄たちの名で呼ばれるであろう。

創 48:7 わたしはパダンから帰る途中、ラケルに死なれてしまった。あれはカナン地方で、エフラトまで行くには、まだかなりの道のりがある途中でのことだった。わたしはラケルを、エフラト、つまり今のベツレヘムへ向かう道のほとりに葬った。」

 本題とは、ヨセフの子供二人をヤコブの養子としたいと言うことでした。これは、ヨセフがエジプトの宰相となっているためにヨセフを部族の長として残すことが出来ないので、ヨセフの代わりに、その子供のマナセとエフライムをヤコブの子供として、ヤコブの12部族の一員として子孫を残したいと言うことだと思います。そしてこれからヨセフに生まれる子供はヨセフの子供として、育ててよいと言いました。これはヤコブが、神様から約束された、この土地をあなたに続く子孫に、永遠の所有地として与えようと言った言葉を信じて、ヨセフの子孫としてはマナセとエフライムにその約束の土地を与えようと言うことなのです。

そして、ヤコブはそのカナンに対する思いを語り、そこにはヨセフの母である、ラケルを葬った場所もあることを語ったのです。そのカナンを、養子となるヨセフの子を含めて、ヤコブの子供達で、受け継いでほしいと言うことなのです。

 そしてここからはいよいよ、その養子となるマナセとエフライムに祝福を与える場面です。8節から12節です。

創 48:8 イスラエルは、ヨセフの息子たちを見ながら、「これは誰か」と尋ねた。

創 48:9 ヨセフが父に、「神が、ここで授けてくださったわたしの息子です」と答えると、父は、「ここへ連れて来なさい。彼らを祝福しよう」と言った。

創 48:10 イスラエルの目は老齢のためかすんでよく見えなかったので、ヨセフが二人の息子を父のもとに近寄らせると、父は彼らに口づけをして抱き締めた。

創 48:11 イスラエルはヨセフに言った。「お前の顔さえ見ることができようとは思わなかったのに、なんと、神はお前の子供たちをも見させてくださった。」

創 48:12 ヨセフは彼らを父の膝から離し、地にひれ伏して拝した。

 ヤコブの目は相当に悪かったようです。ほとんど見えていないような状態で、人が影のように見えるだけです。先ほど二人のヨセフの子供を自分の養子にしたいと言っていたのですが、その目の前にいてもそれが誰だか分らなかったのです。ヨセフが、自分の息子だと言ったので、ヤコブは「ここへ連れて来なさい。彼らを祝福しよう」と言ったのです。ヨセフが二人の息子をヤコブのもとに近寄らせると、ヤコブは二人に口づけをして抱きしめました。そして、ヨセフにこう言いました。「お前の顔さえ見ることができようとは思わなかったのに、なんと、神はお前の子供たちをも見させてくださった。」と言って喜んだのです。ヨセフもまた同様の思いでした、神様がヨセフを導いて下さり、自分の子供まで、父のヤコブに会うことが出来たことを、神様に感謝したのです。それで、ヨセフは子供たちをヤコブの膝から離して、地にひれ伏して、感謝と賛美を捧げたのです。

 そしていよいよヤコブが、二人の子供に祝福を与える場面です。13節から16節です。

創 48:13 ヨセフは二人の息子のうち、エフライムを自分の右手でイスラエルの左手に向かわせ、マナセを自分の左手でイスラエルの右手に向かわせ、二人を近寄らせた。

創 48:14 イスラエルは右手を伸ばして、弟であるエフライムの頭の上に置き、左手をマナセの頭の上に置いた。つまり、マナセが長男であるのに、彼は両手を交差して置いたのである。

創 48:15 そして、ヨセフを祝福して言った。「わたしの先祖アブラハムとイサクが/その御前に歩んだ神よ。わたしの生涯を今日まで/導かれた牧者なる神よ。

創 48:16 わたしをあらゆる苦しみから/贖われた御使いよ。どうか、この子供たちの上に/祝福をお与えください。どうか、わたしの名と/わたしの先祖アブラハム、イサクの名が/彼らによって覚えられますように。どうか、彼らがこの地上に/数多く増え続けますように。」

 ヨセフは自分の子供たちが、父のヤコブに祝福されるように、エフライムをヤコブの左手に、そしてマナセをヤコブの右手に向かわせました。これは右手にいるほうが長男で偉い人のいるところなのです。ですから、ヨセフと一緒にいた時はヨセフの右手に長男のマナセがいたので、左手で、マナセをヤコブの右手に向かわせ、反対に、エフライムを左手で、ヤコブの右手に向かわせたのです。すなわち立っている場所からクロスするようにヤコブのところに向かわせたのです。長男のマナセがどちらの場合でもその右手にいるようにしたのです。ところが、ヤコブは右の手をエフライムの頭の上に置き、左手をマナセの上において、両手を交差させたのです。これではせっかくヨセフがクロスしてヤコブのところに向かわせたのに、反対になってしまいます。ですがヤコブはその両手をクロスさせたまま、ヨセフを祝福して言いました。「わたしの先祖アブラハムとイサクが/その御前に歩んだ神よ。わたしの生涯を今日まで/導かれた牧者なる神よ。わたしをあらゆる苦しみから/贖われた御使いよ。どうか、この子供たちの上に/祝福をお与えください。どうか、わたしの名と/わたしの先祖アブラハム、イサクの名が/彼らによって覚えられますように。どうか、彼らがこの地上に/数多く増え続けますように。」ヤコブは神様を呼びました。それは、先祖のアブラハムとイサクの神様であり、自分を今日まで導かれた神様であり、自分をあらゆる苦しみから贖われた神様と呼んだのです。ヤコブにはいろいろ問題がありましたが、その信仰は確かなものだったのです。神様のことをよく知っていたのです。そして自分を何度も救い出してくださった神様を崇めたのです。その神様にヤコブはこう祈りました。どうかこの子供たちの上に祝福をお与えください、と祝福を祈ったのです。そして自分の名が、アブラハム、イサクに続いて、覚えられますようにと祈ったのです。そして、彼らがこの地上で数多く増え続けますようにと祈ったのです。この当時の祝福とは子孫が増え続ける事だったのです。

 ヨセフはヤコブが手をクロスして、長男と次男を間違えたように思ったので、直させようとしましたが、ヤコブはこれでいいのだと言います。17節から22節にこう書いてあります。

創 48:17 ヨセフは、父が右手をエフライムの頭の上に置いているのを見て、不満に思い、父の手を取ってエフライムの頭からマナセの頭へ移そうとした。

創 48:18 ヨセフは父に言った。「父上、そうではありません。これが長男ですから、右手をこれの頭の上に置いてください。」

創 48:19 ところが、父はそれを拒んで言った。「いや、分かっている。わたしの子よ、わたしには分かっている。この子も一つの民となり、大きくなるであろう。しかし、弟の方が彼よりも大きくなり、その子孫は国々に満ちるものとなる。」

創 48:20 その日、父は彼らを祝福して言った。「あなたによって/イスラエルは人を祝福して言うであろう。『どうか、神があなたを/エフライムとマナセのように/してくださるように。』」彼はこのように、エフライムをマナセの上に立てたのである。

創 48:21 イスラエルはヨセフに言った。「間もなく、わたしは死ぬ。だが、神がお前たちと共にいてくださり、きっとお前たちを先祖の国に導き帰らせてくださる。

創 48:22 わたしは、お前に兄弟たちよりも多く、わたしが剣と弓をもってアモリ人の手から取った一つの分け前(シェケム)を与えることにする。」

 ヨセフは、ヤコブが長男と次男を間違えたのではないかと思い、「父上、そうではありません。これが長男ですから、右手をこれの頭の上に置いてください。」と言いました。ところがヤコブは「いや、分かっている。わたしの子よ、わたしには分かっている。この子も一つの民となり、大きくなるであろう。しかし、弟の方が彼よりも大きくなり、その子孫は国々に満ちるものとなる。」と言ったのです。間違えたのではなくその通りになるからしたのだと言うのです。このことは後に、エフライムの部族が、12部族の中で最大の部族となることから分かるのです。そしてまた、後の人もエフライムとマナセのようにしてくださるようにと祈り、先にエフライムの名をかたるようになると言うのです。

 そして最後にもう一度、間もなく私は死ぬと言いました。そして、神様がお前たちと居て下さり、きっとお前たちを先祖の国に導きかえらせてくださると言うのです。このことは後にモーセによって実現することになります。このエフライムとマナセの土地は、カナンのエルサレムの北にヨセフの弟のベニヤミンの領地があり、その上にエフライムの領地、その上にマナセの領地となって、イスラエルの代表的な領地を示す地に住むようになるのです。そのエフライムの領地の中にシケムと言う土地があります。これが、ヤコブの言った私が剣と弓を持ってアモリ人の手から取った一つの分け前(シェケム)を与えることにすると言った、シケムの土地があるのです。

この様にして、ヤコブは遺言を語り、ヨセフの子供二人を養子にして、最終的な12部族の形を作り、ヨセフの子供二人のマナセとエフライムに祝福を与えるのです。そして自分が死んだら先に先祖たちの墓に眠り、エジプトに残るもの達には神様がともにいてくださって、きっとカナンに導きかえらせてくださるだろうと予言をするのです。これでヤコブのなすべきことは終わりました。ヤコブは神様に対して、わたしの生涯を今日まで/導かれた牧者なる神よ。わたしをあらゆる苦しみから/贖われた御使いよ、と祈り、生涯を通して導かれた神様に感謝をささげたのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

神様、ヤコブの波乱に富んだ人生は終わりました。その最後は12部族を完成し、神様にその人生を導いて下さったことを感謝して養子にした二人のヨセフの子供を祝福したのでした。ヨセフの人生は、神様がともにいてくださると信じて歩む人生でした。たとえ自分が罪あるものであっても、神様がともにいてくださって導いて下さる、と信じていつも神様とともに歩み続けた人生なのです。このヤコブの信じた神様を私たちも信じて歩んでいくものです。どうか私たちも神様とともに歩むことが出来ますように。この祈りを、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

 


<<聖書の箇所(旧約聖書:◇創世記)>>  

◆ヤコブ、ヨセフの子らを祝福する

創 48:1 これらのことの後で、ヨセフに、「お父上が御病気です」との知らせが入ったので、ヨセフは二人の息子マナセとエフライムを連れて行った。

創 48:2 ある人がヤコブに、「御子息のヨセフさまが、ただいまお見えになりました」と知らせると、イスラエルは力を奮い起こして、寝台の上に座った。

創 48:3 ヤコブはヨセフに言った。「全能の神がカナン地方のルズでわたしに現れて、わたしを祝福してくださったとき、

創 48:4 こう言われた。『あなたの子孫を繁栄させ、数を増やし/あなたを諸国民の群れとしよう。この土地をあなたに続く子孫に/永遠の所有地として与えよう。』

創 48:5 今、わたしがエジプトのお前のところに来る前に、エジプトの国で生まれたお前の二人の息子をわたしの子供にしたい。エフライムとマナセは、ルベンやシメオンと同じように、わたしの子となるが、

創 48:6 その後に生まれる者はお前のものとしてよい。しかし、彼らの嗣業の土地は兄たちの名で呼ばれるであろう。

創 48:7 わたしはパダンから帰る途中、ラケルに死なれてしまった。あれはカナン地方で、エフラトまで行くには、まだかなりの道のりがある途中でのことだった。わたしはラケルを、エフラト、つまり今のベツレヘムへ向かう道のほとりに葬った。」

創 48:8 イスラエルは、ヨセフの息子たちを見ながら、「これは誰か」と尋ねた。

創 48:9 ヨセフが父に、「神が、ここで授けてくださったわたしの息子です」と答えると、父は、「ここへ連れて来なさい。彼らを祝福しよう」と言った。

創 48:10 イスラエルの目は老齢のためかすんでよく見えなかったので、ヨセフが二人の息子を父のもとに近寄らせると、父は彼らに口づけをして抱き締めた。

創 48:11 イスラエルはヨセフに言った。「お前の顔さえ見ることができようとは思わなかったのに、なんと、神はお前の子供たちをも見させてくださった。」

創 48:12 ヨセフは彼らを父の膝から離し、地にひれ伏して拝した。

創 48:13 ヨセフは二人の息子のうち、エフライムを自分の右手でイスラエルの左手に向かわせ、マナセを自分の左手でイスラエルの右手に向かわせ、二人を近寄らせた。

創 48:14 イスラエルは右手を伸ばして、弟であるエフライムの頭の上に置き、左手をマナセの頭の上に置いた。つまり、マナセが長男であるのに、彼は両手を交差して置いたのである。

創 48:15 そして、ヨセフを祝福して言った。「わたしの先祖アブラハムとイサクが/その御前に歩んだ神よ。わたしの生涯を今日まで/導かれた牧者なる神よ。

創 48:16 わたしをあらゆる苦しみから/贖われた御使いよ。どうか、この子供たちの上に/祝福をお与えください。どうか、わたしの名と/わたしの先祖アブラハム、イサクの名が/彼らによって覚えられますように。どうか、彼らがこの地上に/数多く増え続けますように。」

創 48:17 ヨセフは、父が右手をエフライムの頭の上に置いているのを見て、不満に思い、父の手を取ってエフライムの頭からマナセの頭へ移そうとした。

創 48:18 ヨセフは父に言った。「父上、そうではありません。これが長男ですから、右手をこれの頭の上に置いてください。」

創 48:19 ところが、父はそれを拒んで言った。「いや、分かっている。わたしの子よ、わたしには分かっている。この子も一つの民となり、大きくなるであろう。しかし、弟の方が彼よりも大きくなり、その子孫は国々に満ちるものとなる。」

創 48:20 その日、父は彼らを祝福して言った。「あなたによって/イスラエルは人を祝福して言うであろう。『どうか、神があなたを/エフライムとマナセのように/してくださるように。』」彼はこのように、エフライムをマナセの上に立てたのである。

創 48:21 イスラエルはヨセフに言った。「間もなく、わたしは死ぬ。だが、神がお前たちと共にいてくださり、きっとお前たちを先祖の国に導き帰らせてくださる。

創 48:22 わたしは、お前に兄弟たちよりも多く、わたしが剣と弓をもってアモリ人の手から取った一つの分け前(シェケム)を与えることにする。」