家庭礼拝 2020年5月6日 創世記 26:15-35 井戸をめぐる争い 

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起 

 今日の話も、アブラハム物語の21章22節からのアビメレクとの契約の話とそっくりです。そこでは、アビメレクはアブラハムがどこに行っても繁栄しているのを恐れ、また尊敬して、神様があなたとともにおられるので、祝福されています。だから私たちと友好的に契約をしてくださいと言ってきたのです。この時、アブラハムはアビメレクにアビメレクの部下たちが井戸を奪ったことについて言うと、アビメレクは、「そんなことをしたものがいたとは知りませんでした。あなたも告げなかったし、私も今日まで聞いていなかったのです。」とアビメレクに悪意はなかったことを好意的に書いています。アブラハムはこの契約の後で、ヒツジ7匹(シェバ)をアビメレクに贈って、この井戸(ベエル)を掘ったのはアブラハムだということの証拠としてくださいと言ったのです。それでこの場所をベエル・シェバと呼ぶようになったというのです。

一方、イサクの場合はイサクが祝福され豊かになるとそれをペリシテ人たちはねたむようになり、アブラハムが掘った井戸を土でふさいで嫌がらせをし、そこに住めないようにしたり、アビメレクもあなたはあまりに強くなったのでここから出て行っていただきたいと言って、ゲラルから追い出したのです。アビメレクはすべてを知っていて、イサクをゲラルから追い出したのです。イサクはゲラルの豊かな土地から追い出され、ゲラルの谷に住むようになったのです。それでもイサクが繁栄したので、ゲラルの王様アビメレクは、「主が、あなたとともにおられることがよく分かりました。」と言ってイサクと友好の契約を結ぶことになるのです。その祝宴を共にしてアビメレクが帰った後で、掘っていた井戸から水が出ました。それでその井戸の名前をシブア(誓い)という名前にしたところからその町の名前が、べエル・シェバ(誓いの井戸)と呼ばれるようになったというのです。アブラハムの時には井戸はすでにありましたが、イサクの場合は契約の後で水が出たのです。

 いずれにしても、べエル・シェバという町の名前の由来は、ゲラルの王様アビメレクとアブラハム又はイサクとで水に関する争いがあり、ここで、アビメレクはアブラハムかイサクの信仰を認め主から祝福されたものと認めて、友好の契約を結んだということが、その名前の原因譚として伝えられていたものと思われます。ですが、それがアブラハムの時に起こったのかイサクの時に起こったのかよくわからなくなりそれぞれの原因物語ができたのだと思います。

 とにかく、この地域は水がなければ生きていけない乾燥地帯です。ですから井戸を埋められたり、奪われたりすることは生活の死活問題だったのです。ペリシテ人たちはアブラハムやイサクたちをその場所から追い出すためにそのようなことをしていたのです。ですがアブラハムもイサクも、ただ神様を信じて、争わず忍耐強く井戸を掘って、その繁栄が与えられたので、アビメレクもそれを神様に祝福された方と認めざるを得なかったのだと思います。そしてその契約をした場所が、ベエル・シェバという町の名前になって長く残ることになったのです。

それでは聖書の話を読んでいきましょう。15節から17節です。

創 26:15 ペリシテ人は、昔、イサクの父アブラハムが僕たちに掘らせた井戸をことごとくふさぎ、土で埋めた。

創 26:16 アビメレクはイサクに言った。「あなたは我々と比べてあまりに強くなった。どうか、ここから出て行っていただきたい。」

創 26:17 イサクはそこを去って、ゲラルの谷に天幕を張って住んだ。

 イサクがゲラルで農耕をすれば、まいた種の100倍もの収穫があり、多くの羊や牛の群れと、多くの召使を持つようになると、ペリシテ人はイサクをねたむようになったのです。そしてあの土地はもともと自分たちの土地ではないかと考え、そこで農耕すればあんなに収穫が得られるのだと考えたのだと思います。それで、ペリシテ人はイサク達を追い出すために、アブラハムが僕たちに掘らせた井戸をことごとくふさぎ土で埋めて、そこに住めないようにしたのです。そして王様のアビメレクも「あなたは我々と比べてあまりに強くなった。どうか、ここから出て行っていただきたい。」と言って、イサクを追い出すことにしたのです。イサクはそこで争うことなく、人の住まないゲラルの谷に天幕を張って住んだのです。イサクは自分が多くの収穫を得て豊かに暮らせるのは土地のせいではなく、神様に祝福されているからだと信じていたので、ペリシテ人やアビメレクと争うことなく、その土地から離れて、ゲラルの谷へと移っていったのです。

 アブラハム物語では、この井戸の争いのことはほんの少ししか書かれていませんでしたが、イサク物語では、かなり詳しく書かれています。ペリシテ人たちの嫌がらせは執拗に続いたのです。18節から22節です。

創 26:18 そこにも、父アブラハムの時代に掘った井戸が幾つかあったが、アブラハムの死後、ペリシテ人がそれらをふさいでしまっていた。イサクはそれらの井戸を掘り直し、父が付けたとおりの名前を付けた。

創 26:19 イサクの僕たちが谷で井戸を掘り、水が豊かに湧き出る井戸を見つけると、

創 26:20 ゲラルの羊飼いは、「この水は我々のものだ」とイサクの羊飼いと争った。そこで、イサクはその井戸をエセク(争い)と名付けた。彼らがイサクと争ったからである。

創 26:21 イサクの僕たちがもう一つの井戸を掘り当てると、それについても争いが生じた。そこで、イサクはその井戸をシトナ(敵意)と名付けた。

創 26:22 イサクはそこから移って、更にもう一つの井戸を掘り当てた。それについては、もはや争いは起こらなかった。イサクは、その井戸をレホボト(広い場所)と名付け、「今や、主は我々の繁栄のために広い場所をお与えになった」と言った。

 イサクたちが移り住んだゲラルの谷にもアブラハムの時代に掘った井戸がいくつかありました。ですがその井戸はアブラハムが死んだ後、ペリシテ人がそれらをふさいでいたのです。それは、よそ者はここには来るなということを意味しているのです。その古井戸をイサクはもう一度掘り起こして、アブラハムがつけた名前と同じ名前を付けたのです。ところがイサクの僕たちが谷で井戸を掘り、水が豊かに湧き出る井戸を見つけると、また妬んで、ゲラルの羊飼いは「この水は我々のものだ」とイサクの羊飼いと争ったのです。それでイサクはその井戸をエセク(争い)と名付けました。もう一つの井戸でも争いが起こり、その井戸の名前をシトナ(敵意)と名付けたのです。イサクたちはこのように争うまいとしても、敵意と争いに囲まれていたのです。ですが、神様はイサクを祝福し、井戸からは水がどんどん湧き出て、イサクたちは豊かになっていくのです。きっとゲラルのもといたイサクの土地は土地を奪われてからは実りが悪くなったと思います。それは神様の恵みによるものだったからです。

イサクたちはそれでも争わずにさらに誰も来ない別の場所に移って、井戸を掘り当て、その井戸をレホボト(広い場所)と名付けたのです。そこは広い場所であったのですが水が出ないので誰も来ていなかったのだと思います。そのような場所でもイサクは神様の恵みによって井戸を掘り当てたのです。このことは、アビメレクたちをも驚かせたのだと思います。この人たちはどこに行っても良い井戸を掘り当てて、豊かになっていくと思ったのです。

イサクはこのレホボトという名の井戸を掘り当てた時、神様に感謝してこういったのです。「今や、主は我々の繁栄のために広い場所をお与えになった」と言ったのです。それほどこの井戸を掘り当てることは奇跡的なことだったのだと思います。イサクはその奇跡を信じて井戸を掘り当てたのです。

イサクの活動はそれだけではありませんでした。当時はまだ名前もなかった荒れ地のべエル・シェバ迄上って行ったのです。そこもまた井戸が掘れるかどうかわからない荒れ地だったのです。その時、神様がイサクに現れたのです。23節から25節です。

創 26:23 イサクは更に、そこからベエル・シェバに上った。

創 26:24 その夜、主が現れて言われた。「わたしは、あなたの父アブラハムの神である。恐れてはならない。わたしはあなたと共にいる。わたしはあなたを祝福し、子孫を増やす/わが僕アブラハムのゆえに。」

創 26:25 イサクは、そこに祭壇を築き、主の御名を呼んで礼拝した。彼はそこに天幕を張り、イサクの僕たちは井戸を掘った。

 イサクはべエル・シェバの荒れ地まで来て、不安だったのかもしれません。その夜に神様がイサクに現れました。アブラハムの時は何度も神様がアブラハムに現れましたが、イサクの時はこの時が初めてなのかもしれません。神様は夜に、イサクに現れてこう言いました。「わたしは、あなたの父アブラハムの神である。恐れてはならない。わたしはあなたと共にいる。わたしはあなたを祝福し、子孫を増やす/わが僕アブラハムのゆえに。」まず神様は自己紹介をします。それは、私はあなたの父アブラハムの神であるというのです。私たちが神様を信じるとき、その神様はどんな神様であるかが大切なのです。イサクには私はあなたの父アブラハムの神であると言って現れましたが、私たちに現れるときには何と言って現れるでしょうか。それを知っておくことは大切です。それは、私は私の一人子、イエス・キリストの父なる神である、ということなのです。私たちの信じる神様はイエス・キリストの父なる神様だけなのです。そしてイサクに現れた神様は、そのあと、「恐れてはならない。私はあなたと共にいる。」と言ったのです。恐れるのは、神様のことを思わず自分のことだけを考えているからです。人間に知恵では及ばないことがありすぎるので恐れるのです。ですが神様がともにいてくださったら、それがどのような結果になったとしても神様に委ねればよいのです。ですから、恐れは消えて、かえって良い結果が生まれてくるのです。更に神様はこう言いました。「わたしはあなたを祝福し、子孫を増やす/わが僕アブラハムのゆえに。」と言いました。神様はイサクを祝福すると言ったのです。その象徴は子孫が増えるということです。イサクが祝福されるその源は、アブラハムの信仰にあるのです。それだけアブラハムの信仰は偉大なのです。イサクはただイサクのままで救われ祝福されているのです。私達もまた、イエス・キリストの愛と許しの故に祝福されているのです。イエス様もまた、私はあなたと共にいると言って励ましてくださる方なのです。私たちの信仰の故にではなく、イエス・キリストの愛ゆえに、私たちは神様からも許され愛されているのです。

イサクはその神様の声を聴いて、感謝し、そこに祭壇を築き、主の御名を呼んで礼拝しました。彼はそこに天幕を張り、イサクの僕たちは井戸を掘った、とあります。イサクは神様の声を聞いて安心しその荒れ地に井戸を掘ってここに住むという決心をしたのです。この井戸に水が湧かなければ生きていくことはできません。ですが、イサクは神様の声を聴いて信仰的な決断をしたのです。そして感謝と祈りとを捧げたのです。

 さて、このようにどのようにされても、神様の祝福を得て、豊かな生活をしていたイサクのところに、突然遠く離れたはずのゲラルの王アビメレクがやってきたのです。いったい何事が起ったのでしょうか。26節から29節です。

創 26:26 アビメレクが参謀のアフザトと軍隊の長のピコルと共に、ゲラルからイサクのところに来た。

創 26:27 イサクは彼らに尋ねた。「あなたたちは、わたしを憎んで追い出したのに、なぜここに来たのですか。」

創 26:28 彼らは答えた。「主があなたと共におられることがよく分かったからです。そこで考えたのですが、我々はお互いに、つまり、我々とあなたとの間で誓約を交わし、あなたと契約を結びたいのです。

創 26:29 以前、我々はあなたに何ら危害を加えず、むしろあなたのためになるよう計り、あなたを無事に送り出しました。そのようにあなたも、我々にいかなる害も与えないでください。あなたは確かに、主に祝福された方です。」

 アビメレクは一人でやってきたのではありません。参謀のアフザトと、軍隊の長のピコルと共にゲラルからやってきたのです。これだけのそうそうたるメンバーですからそれを護衛する、兵隊たちも何十人か一緒にやってきたと思います。これはアビメレクの思い付きでやってきたのではなく、参謀と軍隊の長を交えて相談し、イサクのところに行って、きちんと話をつけてきた方がいいと合意が得られたのだと思います。

 アブラハムの時は、アビメレクとその軍隊の長ピコルがやって来て、アブラハムと話をしました。軍隊の長の名前まで一緒なので、これはもともと同じ話なのだと思います。アブラハムの時には参謀のアフザトの名前は出ませんでした。

 この重々しい人たちの来訪にはイサクも驚いたでしょう。まるで戦争でも始まるのかと思ったのかもしれません。イサクは彼らに尋ねました。「あなたたちは、わたしを憎んで追い出したのに、なぜここに来たのですか。」イサクには彼らが来た理由が皆目見当がつかなかったのです。すると彼らはこう答えました。それは意外な話でした。それは、「主があなたと共におられることがよく分かったからです。そこで考えたのですが、我々はお互いに、つまり、我々とあなたとの間で誓約を交わし、あなたと契約を結びたいのです。以前、我々はあなたに何ら危害を加えず、むしろあなたのためになるよう計り、あなたを無事に送り出しました。そのようにあなたも、我々にいかなる害も与えないでください。あなたは確かに、主に祝福された方です。」こう言ったのです。ゲラルの王アビメレクたちは、神様がイサクとともにおられることがよく分かったというのです。それはイサクがどのようにあしらわれても、どこに追放されてもそこでは必ず、実りが豊かになり、井戸には水が湧き出たからです。そしてイサクのいなくなったところは又枯れてしまったのだと思います。しかも、レホボトのようなところにも井戸に水がわいたことには驚かされたのだと思います。これは神様がイサクと共にいるからに違いないと思い、イサクと争うのは決して勝ち目がないと考えて、参謀や軍隊の長とも相談して、友好の契約を結ぼうと考えたのです。むしろアビメレクたちはイサクたちがどんどん力をつけてきているので、その仕返しをされるのを恐れていたのです。だから、恩着せがましく、以前、我々はあなたに何ら危害を加えず、むしろあなたのためになるよう計り、あなたを無事に送り出しました。そのようにあなたも、我々にいかなる害も与えないでください。と言って、友好の契約、不戦の契約を結ぶことを提案したのです。もともとイサクにはそのような戦う意思はなかったので喜んでその契約に同意しました。

契約に同意した双方は、イサクの用意した祝宴の席でともに飲み食いをしたのです。30節から33節です。

創 26:30 そこで、イサクは彼らのために祝宴を催し、共に飲み食いした。

創 26:31 次の朝早く、互いに誓いを交わした後、イサクは彼らを送り出し、彼らは安らかに去って行った。

創 26:32 その日に、井戸を掘っていたイサクの僕たちが帰って来て、「水が出ました」と報告した。

創 26:33 そこで、イサクはその井戸をシブア(誓い)と名付けた。そこで、その町の名は、今日に至るまで、ベエル・シェバ(誓いの井戸)といわれている。

 次の日の朝早くに互いに誓いを交わしたとありますので、神様の御前で、誓約の儀式をしたのだと思います。そのあとアビメレクたちは安らかに去っていったとあります。これで、イサクたちの権利も守られ、平和に過ごすことができたのです。この場所にはまだ水は涌いていませんでした。イサクの僕たちが井戸を掘っていたのですが、アビメレクと誓いを交わしたその日のうちに、僕たちが帰って来て「水が出ました」と報告したのです。このイサク物語ではアビメレクとの契約が済んでから水が出たということが大きな違いになります。それでイサクはその井戸をシブア(誓い)と名付けたといいます。その井戸の周りにはいつの間にか町ができるようになり、その町の名はべエル・シェバ(誓いの井戸)と言われて今日まで至っていると伝えられています。

最後にエサウの妻の話が出てきますが、これはヤコブ物語に属するので、来週に回します。

この話はアブラハム物語の同様の話とそっくりなのですが、イサク物語の方が詳しく書かれています。べエル・シェバに関する大きな違いはアブラハム物語では、すでにある井戸の権利をアブラハムのものにするために契約の儀式をしているのに対して、イサク物語では、契約の儀式が終わった後で、この井戸に水がわいてきたということです。アブラハム物語では、この井戸の権利を主張していますが、イサク物語では、神様の奇跡を物語っています。

イサクはアビメレクやペリシテ人によって嫌がらせをされたり、追放されたりしたのですが、どこに行ってもイサクはうまくいくのです。これでもかと思ってイサクに嫌がらせをしても、イサクはそれに逆らうことなく、その争いから避けるようにして別の地へ行きそして井戸を掘り当てて、そこで豊かに暮らすのです。レホボトの井戸はまだ誰も定住したことのない地域での井戸の掘り当てでした。さらにはべエル・シェバでも井戸を掘り当てました。イサクに神様が現れて、恐れてはならない。わたしはあなたと共にいる、と語った言葉を信じて、神様に従ったのです。その祝福は敵対していたアビメレクたちにも明確にわかったのです。私たちも誰とも敵対する必要はないのです。ただキリストの恵みと祝福とを、自分たちの生活の中で表していくならば、そこから大きな恵みの泉が湧き出て、それを見た人たちが、主があなたたちとともにおられることがよくわかりましたと言って賛美し平和に過ごす提案をしてくるのです。ただただ、人と争うことなく、信仰によって生きることが祝福の元となるのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様、イサクは人と争うことなくただあなたの御言葉を信じあなたの祝福を信じて、新しい地を目指していきました。するとそこにはいつもあなたの恵みが湧き出てきました。私達もまた、イエス・キリストの恵みと祝福を信じつつ、いかなる場所においてもその恵みの泉を得ることができますように導いてください。そしてあなたの栄光が現れて、多くの人がこの人々には主がともにおられると驚くような御業が現れますように。

この祈りを、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

 


<<聖書の箇所(旧約聖書:◇創世記)>>  

◆井戸をめぐる争い

創 26:15 ペリシテ人は、昔、イサクの父アブラハムが僕たちに掘らせた井戸をことごとくふさぎ、土で埋めた。

創 26:16 アビメレクはイサクに言った。「あなたは我々と比べてあまりに強くなった。どうか、ここから出て行っていただきたい。」

創 26:17 イサクはそこを去って、ゲラルの谷に天幕を張って住んだ。

創 26:18 そこにも、父アブラハムの時代に掘った井戸が幾つかあったが、アブラハムの死後、ペリシテ人がそれらをふさいでしまっていた。イサクはそれらの井戸を掘り直し、父が付けたとおりの名前を付けた。

創 26:19 イサクの僕たちが谷で井戸を掘り、水が豊かに湧き出る井戸を見つけると、

創 26:20 ゲラルの羊飼いは、「この水は我々のものだ」とイサクの羊飼いと争った。そこで、イサクはその井戸をエセク(争い)と名付けた。彼らがイサクと争ったからである。

創 26:21 イサクの僕たちがもう一つの井戸を掘り当てると、それについても争いが生じた。そこで、イサクはその井戸をシトナ(敵意)と名付けた。

創 26:22 イサクはそこから移って、更にもう一つの井戸を掘り当てた。それについては、もはや争いは起こらなかった。イサクは、その井戸をレホボト(広い場所)と名付け、「今や、主は我々の繁栄のために広い場所をお与えになった」と言った。

創 26:23 イサクは更に、そこからベエル・シェバに上った。

創 26:24 その夜、主が現れて言われた。「わたしは、あなたの父アブラハムの神である。恐れてはならない。わたしはあなたと共にいる。わたしはあなたを祝福し、子孫を増やす/わが僕アブラハムのゆえに。」

創 26:25 イサクは、そこに祭壇を築き、主の御名を呼んで礼拝した。彼はそこに天幕を張り、イサクの僕たちは井戸を掘った。

◆イサクとアビメレクの契約

創 26:26 アビメレクが参謀のアフザトと軍隊の長のピコルと共に、ゲラルからイサクのところに来た。

創 26:27 イサクは彼らに尋ねた。「あなたたちは、わたしを憎んで追い出したのに、なぜここに来たのですか。」

創 26:28 彼らは答えた。「主があなたと共におられることがよく分かったからです。そこで考えたのですが、我々はお互いに、つまり、我々とあなたとの間で誓約を交わし、あなたと契約を結びたいのです。

創 26:29 以前、我々はあなたに何ら危害を加えず、むしろあなたのためになるよう計り、あなたを無事に送り出しました。そのようにあなたも、我々にいかなる害も与えないでください。あなたは確かに、主に祝福された方です。」

創 26:30 そこで、イサクは彼らのために祝宴を催し、共に飲み食いした。

創 26:31 次の朝早く、互いに誓いを交わした後、イサクは彼らを送り出し、彼らは安らかに去って行った。

創 26:32 その日に、井戸を掘っていたイサクの僕たちが帰って来て、「水が出ました」と報告した。

創 26:33 そこで、イサクはその井戸をシブア(誓い)と名付けた。そこで、その町の名は、今日に至るまで、ベエル・シェバ(誓いの井戸)といわれている。

◆エサウの妻

創 26:34 エサウは、四十歳のときヘト人ベエリの娘ユディトとヘト人エロンの娘バセマトを妻として迎えた。

創 26:35 彼女たちは、イサクとリベカにとって悩みの種となった。