家庭礼拝 2020年4月8日 創世記 24:50-67 イサクとリベカの結婚(3)

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起 

 今日の聖書の個所では、いよいよイサクとリベカが出会う場面となります。先週の場面では、この僕がリベカの父親の家に行って、その家族に、自分がどうしてここに来たのか、そしてどのようにして、リベカと出会ったのか。そこで神様がどのように働いてくださったのかを説明しました。そして、リベカをイサクの嫁に欲しいと言って、その答えを聞く前にこう言ったのです。

創 24:49 あなたがたが、今、わたしの主人に慈しみとまことを示してくださるおつもりならば、そうおっしゃってください。そうでなければ、そうとおっしゃってください。それによって、わたしは進退を決めたいと存じます。」

 このアブラハムの僕は、あなたがたの答えによって、自分はリベカをイサクの嫁にするため連れて帰るか、それとも縁がなかったものとして、カナンのアブラハムのもとにこのまま帰るかを決めたいと言ったのです。ほかに嫁の候補を探すとは言わなかったのです。なぜならば、リベカこそが、神様が導いてくださった、イサクの嫁であると信じていたからです。

 このようにして今日の話が始まるのですが、この話の聖書の個所を読んでいて、ちょっと両親の影がとても薄いことに気が付きます。なぜならば、父親ベトエルが話をするときは、ラバンとベトエルは答えた、とかベトエルが一人で何かを語ったとか行ったということはなく必ず、彼らは何何をした、となって、一人ではまるで何もできないような書き方なのです。母親の場合もそうです、母親一人が語ることはなく、リベカの兄と母は、何々と頼んだ、と言うように必ず、兄ラバンと一緒なのです。すなわち父親ベトエルが出てきても、母親が出てきても、必ず、ラバンと一緒に語ったり、行ったりしているということなのです。ですから、そのほとんどを実は兄のラバン一人で行っていると考えてもいいのです。ですが、妹の結婚の話なので、親が決めたような形をとるために、ラバンとベトエルがこういったとか、リベカの兄と母がこう頼んだとか書いてあるのです。しかもその書き方ではその名前は必ずラバンが前にくるのです。もし父親と母親の力がまだあるならば、ベトエルとラバンがとか、母とリベカの兄がとかのように親が前になり、ラバンが後になるはずなのです。それが必ずラバンが前にくるので、ラバンがこの家族の家長的存在であることがはっきりしてくるし、もしかすると、父親も母親ももう自分では何もできなくなっているのかもしれません。だからどこにでも兄ラバンが一緒に出てきて語っているのです。でもそれもそのはずかもしれません、アブラハムも140歳くらいになっており、サラもすでに死んだように、もう多くの人が死んでもおかしくない年なのです。ですから、アブラハムの弟の、この父親のベトエルと母親はもう亡くなっていてもおかしくなく、生きていても寝たきりになっていてもおかしくないのです。

 もう一つ奇妙に思うのはこの僕はアブラハムと約束して、イサクの嫁を探しに行って帰って来るのですが、アブラハムのところに連れて行ったのではなく、直接イサクのところに連れて行っているのです。この時アブラハムとイサクは同じ場所に住んでいなかったかもしれません。アブラハムはヘブロンのあたりで生活していたし、サラの墓もその近くでした。ですが、この僕がイサクのところに行ったのは、そのヘブロンを通り過ぎて、ネゲブと言う地方まで行ってイサクに出合わせるのです。もしかするとこの僕は使いを先に出して、アブラハムに報告し、その嫁をイサクのところに直接連れて行くように指示されていたのかもしれません。そしてそのことがイサクにも事前に伝えられていて、そのために、サラの使っていた天幕を用意して待っており、正妻として迎え入れる準備をしていたのかもしれません。

 このようにして、今日の物語は進行するのですが、一つ一つ聖書を読み解いていきましょう。

アブラハムの僕が、ラバンとベトエルにリベカを嫁に下さるかどうかをはっきりと言ってくださいと言い、その回答によっては潔く引き返しますと語った後で、ラバンとベトエルはこう答えたのです。50節と51節です。

創 24:50 ラバンとベトエルは答えた。「このことは主の御意志ですから、わたしどもが善し悪しを申すことはできません。

創 24:51 リベカはここにおります。どうぞお連れください。主がお決めになったとおり、御主人の御子息の妻になさってください。」

兄ラバンと父ベトエルの答えは、どうぞリベカをお連れくださいということでした。それはこの話が、神様の意志であるから、自分たちが善し悪しを言うような話ではないと信じていたのです。ですから、イサクの妻にさせてください、とはっきり言ったのです。父親のベトエルがはっきりと出てくるのは実はこの場面だけなのです。これから先は、ラバンと母親だけがその場にいるようです。それは不自然なことですから、もしかすると父親のベトエルはもう亡くなっているのかもしれません。

とにかく、父親と兄ラバンの答えを聞いて、この僕はどうしたでしょうか。52節から55節です。

創 24:52 アブラハムの僕はこの言葉を聞くと、地に伏して主を拝した。

創 24:53 そして、金銀の装身具や衣装を取り出してリベカに贈り、その兄と母にも高価な品物を贈った。

創 24:54 僕と従者たちは酒食のもてなしを受け、そこに泊まった。次の朝、皆が起きたとき、僕が、「主人のところへ帰らせてください」と言うと、

創 24:55 リベカの兄と母は、「娘をもうしばらく、十日ほど、わたしたちの手もとに置いて、それから行かせるようにしたいのです」と頼んだ。

この僕は、ラバンとベトエルが、娘リベカを連れて行ってもいい、イサクの妻にしてくださいと答えた時、彼は地に伏して願いが成就したことを神様に感謝したのです。そして金銀の装身具や衣装を取り出してリベカに送りました。これは婚礼衣装なのかもしれません。その兄と母にも高価な品物を贈ったとありますが、普通ならばその父親に結納を贈るのが普通なのですが、父親はここでは全く現れないのです。そのあと、僕と従者たちは酒と食事のもてなしを受けてそこに泊りました。お祝いの酒盛りをしたのです。このリベカの家も多くの僕を使っている金持ちのようです。ですから、この酒盛りは大勢の人たちでしたのだと思います。と言うのも、リベカが家を出るときには乳母や侍女たちをつけてやったのですから、何十人もの僕がいたのだろうと想像します。

次の日の朝、皆が起きてきた時、この僕は「主人のところへ帰らせてください」と言ったのです。一日も早く、アブラハムにこのことを知らせ、リベカを連れて帰りたかったのです。それを聞かされたリベカの兄と母は突然のことなので、「娘をもうしばらく、十日ほど、わたしたちの手もとに置いて、それから行かせるようにしたいのです」と頼みました。それもそのはずです、昨日突然来て嫁にくれと言い、今日は連れていきたいというのですから突然すぎます。せめて10日ほどは、一緒にいて名残を惜しみ、別れを覚悟して、送り出したいという気持ちなのです。自分たちの気持ちの整理がまだできていなかったのです。

 この僕はもしかすると、リベカをすぐに連れて帰りたいとまでは言っていないのかもしれません。むしろ、この兄と母が、この僕と共にリベカを送り出したいのだが、もう少しゆっくりと送り出したいと思っていただけかもしれません。とにかく、この僕はこの知らせを一日も早くアブラハムに知らせたかったのです。僕はどうしたでしょうか。56節から61節です。

創 24:56 しかし僕は言った。「わたしを、お引き止めにならないでください。この旅の目的をかなえさせてくださったのは主なのですから。わたしを帰らせてください。主人のところへ参ります。」

創 24:57 「娘を呼んで、その口から聞いてみましょう」と彼らは言い、

創 24:58 リベカを呼んで、「お前はこの人と一緒に行きますか」と尋ねた。「はい、参ります」と彼女は答えた。

創 24:59 彼らは妹であるリベカとその乳母、アブラハムの僕とその従者たちを一緒に出立させることにし、

創 24:60 リベカを祝福して言った。「わたしたちの妹よ/あなたが幾千万の民となるように。あなたの子孫が敵の門を勝ち取るように。」

創 24:61 リベカは、侍女たちと共に立ち上がり、らくだに乗り、その人の後ろに従った。僕はリベカを連れて行った。

 このリベカの兄と母があと10日ほど待ってくださいと言ったことに対して、この僕は「わたしを、お引き止めにならないでください。この旅の目的をかなえさせてくださったのは主なのですから。わたしを帰らせてください。主人のところへ参ります。」と答えました。娘が来なくても先に帰ろうとしたのかもしれません。ところが兄と母はリベカを呼んで、「お前はこの人と一緒に行きますか」と尋ねたのです。するとリベカは「はい、参ります」と即座に答えました。きっと主が結び合わせてくださったのなら、間違いはないはずだと思っていたのかもしれません。その答えを聞いて、彼らは妹であるリベカとその乳母、アブラハムの僕とその従者たちを一緒に出立させることにしました。その方が安心だからです。

 そしてその出発の時には兄ラバンはこのようにリベカを祝福したのです。「わたしたちの妹よ/あなたが幾千万の民となるように。あなたの子孫が敵の門を勝ち取るように。」その様に祝福しました。そして出発したのですが、前にはアブラハムの僕と従者たちが行き、後ろにはリベカがラクダに乗り、侍女たちと共に出発したのです。リベカには乳母と侍女たちがついていたようです。

 さていよいよ、リベカとイサクが出会うのですが、どのように出会ったのでしょうか。62節から67節です。

創 24:62 イサクはネゲブ地方に住んでいた。そのころ、ベエル・ラハイ・ロイから帰ったところであった。

創 24:63 夕方暗くなるころ、野原を散策していた。目を上げて眺めると、らくだがやって来るのが見えた。

創 24:64 リベカも目を上げて眺め、イサクを見た。リベカはらくだから下り、

創 24:65 「野原を歩いて、わたしたちを迎えに来るあの人は誰ですか」と僕に尋ねた。「あの方がわたしの主人です」と僕が答えると、リベカはベールを取り出してかぶった。

創 24:66 僕は、自分が成し遂げたことをすべてイサクに報告した。

創 24:67 イサクは、母サラの天幕に彼女を案内した。彼はリベカを迎えて妻とした。イサクは、リベカを愛して、亡くなった母に代わる慰めを得た。

イサクはネゲブ地方に住んでいたとありますので、死海の南側にある地域に住んでいたようです。そして、ベエル・ラハイ・ロイから羊を追いかけて連れてきたようです。このベエル・ラハイ・ロイいうのは前に一度出てきた地名です。それはなんとあのサラの女奴隷で、アブラハムの子イシュマエルを身ごもった女が、サラの嫉妬を受けて、いじめを受け、耐えられなくなってそこを逃げ出し、エジプトに行く途中の泉のほとりで、主の御使いとあった場所です。そこでハガルは主がハガルの悩みを聞いて顧みてくださっていることを知って、サラのところに戻る決心をしたところです。その泉のある井戸のところをベエル・ラハイ・ロイと呼ばれるようになったのです。それはエル・ロイすなわち私を顧みられる神、と出会った井戸、ベエル・ラハイ・ロイなのです。イサクはそのハガルが御使いと出会った井戸のところから、帰ってきたところだったのです。

そして夕方暗くなる頃、野原を散策していたところ、ラクダがやってくるのが見えたのです。一方、リベカの方からもイサクが見えたので、「野原を歩いて、わたしたちを迎えに来るあの人は誰ですか」と僕に尋ねました。すると、僕は「あの方がわたしの主人です」と答えました。するとリベカは当時の礼儀として、ベールを取り出してかぶり、顔を隠したのです。この僕は、これまでのいきさつをすべて、イサクに報告して、イサクはリベカを迎えて妻としたのです。イサクはイサクの母サラの天幕に彼女を案内し、正妻としての受け入れを行ったのです。

ここにはアブラハムは一度も出てきません。この僕はアブラハムの僕であったのですが、いつの間にか、イサクの僕となっています。筋から言えばアブラハムに第一に知らせるところなのですが、そのようなことは一切かかれておらず、まっすぐにイサクのところにリベカを連れてきています。たぶんアブラハムはサラの墓のあるヘブロンの近くに住んでいたのだと思います。そしてこの僕はそのアブラハムのいるところに立ち寄って、報告し、アブラハムから、そのままイサクのところに連れて行くように言われ、この僕もこれからは、イサクの僕となるようにと言われたのかもしれません。いずれにしても、リベカはこのようにして、イサクの妻となったのです。

アブラハムの僕のイサクのためのお嫁さん探しはこのようにして、達成されたのですが、そこには皆、神様の導きを信じる者たちがいたのです。このことは神様の導きだから、だれにも変えることはできないという思いがあったようです。この僕も最初は、その女が来るのが嫌だと言ったらどうしようという心配をしていたのですが、アブラハムに、励まされ、自らも神様に祈って導かれたのです。そしてそのことが成就されると知った時神様に心からの感謝を捧げました。イサクとリベカの結婚はこのようにして、多くの人々の信仰と神様の導きによってなされたのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

神様、イサクとリベカは不思議な神様の御手の業を経て導かれ、無事結婚に至りました。そこには人間的な迷いも入りましたが、でも神様が導いてくださるとの信仰をもってなされていきました。二人は導かれて、無事結婚に至りました。そしてこの二人は祝福されて、多くの人々の祖先となったのです。神様によって結び合わされた人々は祝福された人々です。この世の多くの人々もまたそのことを信じ、神様によって結び合わされて、祝福された人生を歩むことができますように導いてください。

この祈りを、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン


<<聖書の箇所(旧約聖書:◇創世記)>>  

創 24:50 ラバンとベトエルは答えた。「このことは主の御意志ですから、わたしどもが善し悪しを申すことはできません。

創 24:51 リベカはここにおります。どうぞお連れください。主がお決めになったとおり、御主人の御子息の妻になさってください。」

創 24:52 アブラハムの僕はこの言葉を聞くと、地に伏して主を拝した。

創 24:53 そして、金銀の装身具や衣装を取り出してリベカに贈り、その兄と母にも高価な品物を贈った。

創 24:54 僕と従者たちは酒食のもてなしを受け、そこに泊まった。次の朝、皆が起きたとき、僕が、「主人のところへ帰らせてください」と言うと、

創 24:55 リベカの兄と母は、「娘をもうしばらく、十日ほど、わたしたちの手もとに置いて、それから行かせるようにしたいのです」と頼んだ。

創 24:56 しかし僕は言った。「わたしを、お引き止めにならないでください。この旅の目的をかなえさせてくださったのは主なのですから。わたしを帰らせてください。主人のところへ参ります。」

創 24:57 「娘を呼んで、その口から聞いてみましょう」と彼らは言い、

創 24:58 リベカを呼んで、「お前はこの人と一緒に行きますか」と尋ねた。「はい、参ります」と彼女は答えた。

創 24:59 彼らは妹であるリベカとその乳母、アブラハムの僕とその従者たちを一緒に出立させることにし、

創 24:60 リベカを祝福して言った。「わたしたちの妹よ/あなたが幾千万の民となるように。あなたの子孫が敵の門を勝ち取るように。」

創 24:61 リベカは、侍女たちと共に立ち上がり、らくだに乗り、その人の後ろに従った。僕はリベカを連れて行った。

創 24:62 イサクはネゲブ地方に住んでいた。そのころ、ベエル・ラハイ・ロイから帰ったところであった。

創 24:63 夕方暗くなるころ、野原を散策していた。目を上げて眺めると、らくだがやって来るのが見えた。

創 24:64 リベカも目を上げて眺め、イサクを見た。リベカはらくだから下り、

創 24:65 「野原を歩いて、わたしたちを迎えに来るあの人は誰ですか」と僕に尋ねた。「あの方がわたしの主人です」と僕が答えると、リベカはベールを取り出してかぶった。

創 24:66 僕は、自分が成し遂げたことをすべてイサクに報告した。

創 24:67 イサクは、母サラの天幕に彼女を案内した。彼はリベカを迎えて妻とした。イサクは、リベカを愛して、亡くなった母に代わる慰めを得た。