家庭礼拝 2020年3月25日 創世記 24:1-21 イサクとリベカの結婚
起
イサクの物語は,イサクがモリヤの地で生贄として捧げられそうになってから、しばらく何も書かれていなかったのですが、その間にはナホルの子孫の話と、サラの死と埋葬の話がありました。それらが終わるといきなりイサクの結婚の話になります。サラがなくなった時サラは127歳でした。と言うことは10歳上のアブラハムは137歳と言うことになります。イサクはアブラハムが100歳の時の子供ですから、イサクはサラが死んだ時には37歳と言うことになるのですが、この結婚話が出た時には40歳以上になっていた勘定です。ですが、昔は結婚が早かったですから実際は15,6歳くらいではないかと思います。ここに少し矛盾が出ますが、そのままにしておきましょう。サラはイサクが成長し結婚する前に亡くなったということになります。一人残った年老いたアブラハムは自分の子孫を残すために、一人息子のイサクに嫁を取ることを考えていました。アブラハムはこの当時カナン地方に住んでいましたが、その周辺の人々はアブラハムたちとは違った人種でした。アブラハムは、自分たちの血統の純潔を守るために、自分たちの故郷の親族から、嫁を貰うことを考えていたのです。その故郷と言うのは、今日の聖書の個所ではアラム・ナハライムのナホルの町と書かれていますが、これはハランと言う町と同じ町です。アブラハムはもともとユーフラテス川河口のウルの地から出てきて、しばらくの間このハランにとどまり、そこからまた神様の声を聴いて、カナンの地へと移動してきたのです。このハランすなわちナホルの町は今でいうとシリアとトルコの国境付近の町ですが、当時は栄えていて、豊かな土地と文化に恵まれていたのです。アブラハムはその土地の親族から、嫁をもらってきてくれと僕に頼むのですが、このハランから見たら、カナンはずっと貧しい田舎の土地となります。その僕は果たしてこんなところに嫁が来てくれるだろうかと心配しながら、アブラハムの言いつけ道理に、イサクの嫁を探しに行くのです。今日はそこまでのいきさつを聖書から学んでみたいと思います。
承
さて、アブラハムがイサクに嫁を取るために信頼する僕に命じて言ったことは、次のようなことでした。1節から4節です。
創
24:1 アブラハムは多くの日を重ね老人になり、主は何事においてもアブラハムに祝福をお与えになっていた。
創
24:2 アブラハムは家の全財産を任せている年寄りの僕に言った。「手をわたしの腿の間に入れ、
創
24:3 天の神、地の神である主にかけて誓いなさい。あなたはわたしの息子の嫁をわたしが今住んでいるカナンの娘から取るのではなく、
創
24:4 わたしの一族のいる故郷へ行って、嫁を息子イサクのために連れて来るように。」
アブラハムは175歳で亡くなるのですが、この多くの日を重ねて老人になったというのは、140歳ころの話だと思います。神様はこのころは何事においてもアブラハムに祝福をお与えになったとあります。アブラハムの財産は増え、みんな元気に成長し、喜びに満ちていたのだと思います。アブラハムが家の全財産を任せている年寄りの僕と言うのですから、相当信頼のおける僕にこう言ったのです。「手をわたしの腿の間に入れ、天の神、地の神である主にかけて誓いなさい。あなたはわたしの息子の嫁をわたしが今住んでいるカナンの娘から取るのではなく、わたしの一族のいる故郷へ行って、嫁を息子イサクのために連れて来るように。」と言いました。アブラハムはその僕に誓わせるのですが、手を私の腿の間に入れ、天の神、地の神である主にかけて誓いなさいというのです。手を腿の間に入れることにはどんな意味があるのでしょうか。これは男性の性器のことを婉曲に言う時の表現なのです。すなわち、アブラハムの性器に触って、神様に誓えということなのです。なぜそんなことをするのでしょうか。これが私たちの理解を超えるところなのです。男性の性器とはそれほど神聖なものだということなのです。なぜならばそれは割礼をしているからです。割礼とは神様と契約したそのしるしなのです。新約の世界では、例えばアメリカ大統領就任式の時には、聖書に手を置いて、誓約をします。実はそれと同じことなのです。アブラハムの性器に手を置いて誓うというのは、今でいう聖書に手を置いて誓うのと同じなのです。そして誓わせたことは、イサクのための嫁を、カナンの娘ではなく、わたしの一族のいる故郷へ行って、嫁を息子イサクのために連れて来るように、と言うことでした。アブラハムにとって、血統を守ることが大切だったのです。その血統の中に、神様の祝福があると考えていたからです。ですからカナン人ではだめだったのです。
ですがそれはかなり難しいことだったのです。と言うのはアブラハムの故郷と言うのはナホルと言う町で、昔から文化的にも財政的にも栄えた町であったので、そんな都会から、こんな田舎に来てくれる人がいるだろうかと言う心配があったのです。それで僕はこういいました。5節から9節です。
創
24:5 僕は尋ねた。「もしかすると、その娘がわたしに従ってこの土地へ来たくないと言うかもしれません。その場合には、御子息をあなたの故郷にお連れしてよいでしょうか。」
創
24:6 アブラハムは答えた。「決して、息子をあちらへ行かせてはならない。
創
24:7 天の神である主は、わたしを父の家、生まれ故郷から連れ出し、『あなたの子孫にこの土地を与える』と言って、わたしに誓い、約束してくださった。その方がお前の行く手に御使いを遣わして、そこから息子に嫁を連れて来ることができるようにしてくださる。
創
24:8 もし女がお前に従ってこちらへ来たくないと言うならば、お前は、わたしに対するこの誓いを解かれる。ただわたしの息子をあちらへ行かせることだけはしてはならない。」
創
24:9 そこで、僕は主人アブラハムの腿の間に手を入れ、このことを彼に誓った。
この僕はとても賢くてしかも慎重でした。神様にかけて誓うのに軽はずみな約束はできないと思ったのです。ご主人の言いつけとはいえ、都会に住んで豊かな生活をしている娘を、カナンのような田舎で異邦人ばかりが住んでいるようなところへ、結婚相手も知らないのに連れてくるのはとても難しいということが分かっていたのです。ですからこの僕はアブラハムにこう言いました。「もしかすると、その娘がわたしに従ってこの土地へ来たくないと言うかもしれません。その場合には、御子息をあなたの故郷にお連れしてよいでしょうか。」この僕は、娘を見つけ出すことができても連れてくるのは難しいだろうから、反対にイサクをあなたの故郷の娘のところへ連れて行ってもよいかと尋ねたのです。カナンにではなくナホルの町で生活するようにしてもいいかと言ったのです。ところがアブラハムはその案にはとても強く反対してこう言いました。「決して、息子をあちらへ行かせてはならない。天の神である主は、わたしを父の家、生まれ故郷から連れ出し、『あなたの子孫にこの土地を与える』と言って、わたしに誓い、約束してくださった。その方がお前の行く手に御使いを遣わして、そこから息子に嫁を連れて来ることができるようにしてくださる。」と言ったのです。なぜアブラハムはそのように強く反対したのでしょうか。それはアブラハムがナホル、すなわちハランを出るとき、神様がどうしてそこを出るように言ったかと言うと、どこの都会でもそうでしたが、都会では自分たちの繁栄におぼれて、神様のことを忘れ、信仰を失っていたからでした。ですから信仰深いアブラハムがそこにいてはいけないと、アブラハムにそこから出るように言ったのです。そして、カナンの地を示して、『あなたの子孫にこの土地を与える』と言ったのです。そのようないきさつですから、その神様の御心を忘れて、またナホルにイサクを連れていくことは、神様に逆らうことになってしまうのです。アブラハムは、僕の心配するのもわかるので、私を導き出した神様がお前の行く手に御使いを遣わして、そこから息子に嫁を連れて来ることができるようにしてくださる、と言って安心させたのです。そしてさらにこうも言ったのです「もし女がお前に従ってこちらへ来たくないと言うならば、お前は、わたしに対するこの誓いを解かれる。ただわたしの息子をあちらへ行かせることだけはしてはならない。」アブラハムはその僕が神様とアブラハムに対する誓いを守れないかもしれないことを恐れているのを知って、「もしその女がお前に従って、こちらに来たくないというならば、この誓いを解かれるから心配しないでいい。ただわたしの息子をあちらへ行かせることだけはしてはならない。」と釘を刺したのです。この言葉を聞いて、やっと僕は安心し、僕は主人アブラハムの腿の間に手を入れ、このことを彼に誓ったのでした。
転
この僕はいよいよアブラハムの言いつけに従って、イサクの嫁になる人をナホルの町に探しに行ったのです。10節から14節です。
創
24:10 僕は主人のらくだの中から十頭を選び、主人から預かった高価な贈り物を多く携え、アラム・ナハライムのナホルの町に向かって出発した。
創
24:11 女たちが水くみに来る夕方、彼は、らくだを町外れの井戸の傍らに休ませて、
創
24:12 祈った。「主人アブラハムの神、主よ。どうか、今日、わたしを顧みて、主人アブラハムに慈しみを示してください。
創
24:13 わたしは今、御覧のように、泉の傍らに立っています。この町に住む人の娘たちが水をくみに来たとき、
創
24:14 その一人に、『どうか、水がめを傾けて、飲ませてください』と頼んでみます。その娘が、『どうぞ、お飲みください。らくだにも飲ませてあげましょう』と答えれば、彼女こそ、あなたがあなたの僕イサクの嫁としてお決めになったものとさせてください。そのことによってわたしは、あなたが主人に慈しみを示されたのを知るでしょう。」
この僕はラクダ10頭を連れて、高価な贈り物をもって、アラム・ナハライムのナホルの町に向かって出発しました。アラム・ナハライムとは二つの川のアラムと言うことで、ユーフラテス川の支流ハリフ川とハボル川の間に広がる地方をさします。アラムと言うのはアラム語と言う言葉あるように、広く流通していた言葉です。イエス様もアラム語を話していたのです。そのアラムと言うのは、とても肥沃な土地で、豊かで栄えており、文化も栄えていたのです。この僕はきっと一人ではなく、何人かの別の僕も連れて行ったと思います。そうしないと10頭ものラクダを連れていくことはできません。カナンからこのナホルまでは、何か月もかかったかもしれません。ですがそのことは何も書かれておらず、いきなりナホルの井戸の場面になります。この僕とラクダの一行は町はずれにある井戸のそばで、休んでいました。この僕には考えがありました。夕方になると娘たちが、この井戸に水を汲みに来ることが分かっていたからです。水をくむのは女の仕事でした。夕方にくるのは昼間は暑くて、そのような重労働には向かないからです。その井戸のそばで待ちながら、この僕は神様にこうお祈りしたのです。「主人アブラハムの神、主よ。どうか、今日、わたしを顧みて、主人アブラハムに慈しみを示してください。わたしは今、御覧のように、泉の傍らに立っています。この町に住む人の娘たちが水をくみに来たとき、その一人に、『どうか、水がめを傾けて、飲ませてください』と頼んでみます。その娘が、『どうぞ、お飲みください。らくだにも飲ませてあげましょう』と答えれば、彼女こそ、あなたがあなたの僕イサクの嫁としてお決めになったものとさせてください。そのことによってわたしは、あなたが主人に慈しみを示されたのを知るでしょう。」と祈ったのです。そこにはイサクの嫁になるための基準が語られているのです。それは容姿とか、金持ちとか、健康とかではなく、心根の優しい人でした。その基準を見分けるために、水を飲ませてくださいとお願いしたときに、どのように親切にしてくれるかでわかるとしたのです。その時、『どうぞ、お飲みください。らくだにも飲ませてあげましょう』と答えれば、彼女こそ、あなたがあなたの僕イサクの嫁としてお決めになったものとさせてください、と祈ったのです。そのように答えるのはその娘が優しいだけでなく、神様がその様に導いてくださったものであると判断できるとしたのです。
さてその結果はどうなるでしょうか。15節から21節です。
創 24:15 僕がまだ祈り終わらないうちに、見よ、リベカが水がめを肩に載せてやって来た。彼女は、アブラハムの兄弟ナホルとその妻ミルカの息子ベトエルの娘で、
創 24:16 際立って美しく、男を知らない処女であった。彼女が泉に下りて行き、水がめに水を満たして上がって来ると、
創 24:17 僕は駆け寄り、彼女に向かい合って語りかけた。「水がめの水を少し飲ませてください。」
創 24:18 すると彼女は、「どうぞ、お飲みください」と答え、すぐに水がめを下ろして手に抱え、彼に飲ませた。
創 24:19 彼が飲み終わると、彼女は、「らくだにも水をくんで来て、たっぷり飲ませてあげましょう」と言いながら、
創 24:20 すぐにかめの水を水槽に空け、また水をくみに井戸に走って行った。こうして、彼女はすべてのらくだに水をくんでやった。
創 24:21 その間、僕は主がこの旅の目的をかなえてくださるかどうかを知ろうとして、黙って彼女を見つめていた。
この僕がその祈りを祈り終わらないうちに、リベカと言う娘が水瓶を肩に載せてやってきたのです。この娘は、アブラハムの兄弟ナホルとその妻ミルカの息子ベトエルの娘で、際立って美しく、男を知らない処女であった、と書かれています。ここではじめて、リベカと出会うのですが、このリベカはアブラハムの兄弟ナホルの孫です。このことのために、22章の最後にナホルの子孫と言うことが書かれていたのですが、ここでも、ナホルはアブラハムの兄弟で、その息子ベトエルの娘がリベカであるということが書かれているのです。ナホルだけでも8人の子供を授かっており、それぞれがまた子供を産んでいれば、相当の親族がそこにいたのだと思います。イサクはアブラハムの子供ですが、リベカはナホルの孫なのです。アブラハムが年老いてからの子供だからそうなったのです。
この僕はこの娘を見た時に、きっとこの娘が神様が出合わせてくださった娘だと悟ったのだと思います。その僕はすぐに駆け寄り、彼女に向かい合って語りかけました。「水がめの水を少し飲ませてください。」すると彼女は、「どうぞ、お飲みください」と答え、すぐに水がめを下ろして手に抱え、彼に飲ませたのです。その娘は僕が水を飲むのを見ていて、何も言われないのに、「らくだにも水をくんで来て、たっぷり飲ませてあげましょう」と言ったのです。この僕が神様に祈った通りの答えが返ってきたのです。この井戸はつるべでくみ上げるのではなく、階段で深い下まで降りていき、その底にたまっている水を水ガメに汲んで持ってくるのです。ラクダの分もくんでくれたのですから、とても大変だし親切なことでした。この娘がラクダに水を飲ませているのを見ながら、この僕は神様がきっとこの旅の目的をかなえてくださるとの確信に満ちて、黙って彼女を見つめていたのです。そして神様が、明確な印を与えるのを待っていたのです。
結
今日の聖書の個所もドラマチックに展開するところですが、アブラハムの信仰が色濃く伝わってきます。この僕は思慮深く、注意深く心配して、いろいろアブラハムに言うのですが、アブラハムは、「神様がお前の行く手に御使いを遣わして、そこから息子に嫁を連れて来ることができるようにしてくださる。」と言う信仰を僕に伝えたのです。神様に信頼するアブラハムの信仰が伝わってきます。そしてそれを聞いた僕もまた、「主人アブラハムの神、主よ。どうか、今日、わたしを顧みて、主人アブラハムに慈しみを示してください。」と、アブラハムの神様に祈るのです。そして自分のためではなくアブラハムにいつくしみを示してかなえてくださいと祈るのです。そしてその様に成就することを信じて行ったのです。人間は疑えば疑うほど心配になって来て、何もできなくなってしまいます。アブラハムは、ただ神様が必ず、祝福してくださるとの確信をもって、僕を送り出すことができました。一人の人の信仰がこのようにして、多くの人を導いていくことを知ります。感謝です。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様、アブラハムはいつもあなたを信じてゆだねるので、あなたは何事においてもアブラハムを祝福しました。イサクの妻を得るに際しても、神様の御使いが導いてくださることを伝えました。神様を信じて従う人にはいつも奇跡が起こります。この僕もまた、アブラハムの言葉によってその信仰を高められました。一人の人の信仰がいかに大きな働きをするかを思います。どうか私たちの信仰をもあなたが導いてくださり、私たちの思いを超えて、あなたの良き業を行うことができますように導いてください。
この祈りを、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(旧約聖書:◇創世記)>>
◆イサクとリベカの結婚
創 24:1 アブラハムは多くの日を重ね老人になり、主は何事においてもアブラハムに祝福をお与えになっていた。
創 24:2 アブラハムは家の全財産を任せている年寄りの僕に言った。「手をわたしの腿の間に入れ、
創 24:3 天の神、地の神である主にかけて誓いなさい。あなたはわたしの息子の嫁をわたしが今住んでいるカナンの娘から取るのではなく、
創 24:4 わたしの一族のいる故郷へ行って、嫁を息子イサクのために連れて来るように。」
創 24:5 僕は尋ねた。「もしかすると、その娘がわたしに従ってこの土地へ来たくないと言うかもしれません。その場合には、御子息をあなたの故郷にお連れしてよいでしょうか。」
創 24:6 アブラハムは答えた。「決して、息子をあちらへ行かせてはならない。
創 24:7 天の神である主は、わたしを父の家、生まれ故郷から連れ出し、『あなたの子孫にこの土地を与える』と言って、わたしに誓い、約束してくださった。その方がお前の行く手に御使いを遣わして、そこから息子に嫁を連れて来ることができるようにしてくださる。
創 24:8 もし女がお前に従ってこちらへ来たくないと言うならば、お前は、わたしに対するこの誓いを解かれる。ただわたしの息子をあちらへ行かせることだけはしてはならない。」
創 24:9 そこで、僕は主人アブラハムの腿の間に手を入れ、このことを彼に誓った。
創 24:10 僕は主人のらくだの中から十頭を選び、主人から預かった高価な贈り物を多く携え、アラム・ナハライムのナホルの町に向かって出発した。
創 24:11 女たちが水くみに来る夕方、彼は、らくだを町外れの井戸の傍らに休ませて、
創 24:12 祈った。「主人アブラハムの神、主よ。どうか、今日、わたしを顧みて、主人アブラハムに慈しみを示してください。
創 24:13 わたしは今、御覧のように、泉の傍らに立っています。この町に住む人の娘たちが水をくみに来たとき、
創 24:14 その一人に、『どうか、水がめを傾けて、飲ませてください』と頼んでみます。その娘が、『どうぞ、お飲みください。らくだにも飲ませてあげましょう』と答えれば、彼女こそ、あなたがあなたの僕イサクの嫁としてお決めになったものとさせてください。そのことによってわたしは、あなたが主人に慈しみを示されたのを知るでしょう。」
創 24:15 僕がまだ祈り終わらないうちに、見よ、リベカが水がめを肩に載せてやって来た。彼女は、アブラハムの兄弟ナホルとその妻ミルカの息子ベトエルの娘で、
創 24:16 際立って美しく、男を知らない処女であった。彼女が泉に下りて行き、水がめに水を満たして上がって来ると、
創 24:17 僕は駆け寄り、彼女に向かい合って語りかけた。「水がめの水を少し飲ませてください。」
創 24:18 すると彼女は、「どうぞ、お飲みください」と答え、すぐに水がめを下ろして手に抱え、彼に飲ませた。
創 24:19 彼が飲み終わると、彼女は、「らくだにも水をくんで来て、たっぷり飲ませてあげましょう」と言いながら、
創 24:20 すぐにかめの水を水槽に空け、また水をくみに井戸に走って行った。こうして、彼女はすべてのらくだに水をくんでやった。
創 24:21 その間、僕は主がこの旅の目的をかなえてくださるかどうかを知ろうとして、黙って彼女を見つめていた。