家庭礼拝 2020年2月26日 創世記 21:1-21 イサクの誕生
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起
今日の聖書の話はイサクの誕生の話ですが、その前の話の「ゲラル滞在」の話とつながりがあまりよくありません。ソドムとゴモラの話もそうですが、今までのアブラハムと神様との話の流れからすると、少し不自然です。今日の21章のイサク誕生の話は、むしろ18章のイサクの誕生の予告からつながるとぴったりです。それも、15節の、『サラは恐ろしくなり、打ち消していった。「私は笑いませんでした。」主は言われた。「いや、あなたは確かに笑った。」』という言葉の後に、今日の21章1節の「主は約束された通りサラを顧み、先に語られた通りサラのために行われたので、彼女は身ごもり、年老いたアブラハムとの間に男の子を生んだ。」と言う言葉がつながるととても自然です。
それではソドムとゴモラの滅亡の話と、ロトの娘たちの話、そして、ゲラル滞在でのサラが召し入れられた話というのはいったい何なのでしょうか。たぶん別の伝承の話を、アブラハムの話の中に挿入したのだと思いますが、どうしてイサクの誕生の話の間に挿入したのでしょうか。これらに共通のことは主に信頼しなかったということです。ソドムとゴモラは主に逆らい、罪を犯して、滅ぼされた話であり、ロトの娘たちの話も、主に信頼することなく、自分たちで子孫を残そうとして不自然な行為を行ったことであり、ゲラル滞在でのアブラハムがサラを妹だといったのも、主を信頼せず、自分の考えで生き延びようと姑息な手段をとったことが語られています。そのような主を信頼しなかったことの話が、イサクの誕生という、主を信頼して起こった奇跡の話の間に挿入されているのです。それはこの誕生がいかに奇跡的なことであり、自分の力をより頼もうとする人間にとって難しいことであるのかを際立たせています。そこには人間の力によるものではなく、ただ主の導きの奇跡があったのです。
今日の聖書の個所にはイサクの誕生のことだけでなく、そのあとに起こった話も続けて語られています。それがハガルとイシュマエルの話です。サラはイサクを生むのですが、それでもハガルが産んだ子、イシュマエルのことでその関係が険悪になるのです。イシュマエルが生まれたのはアブラハムがカナンに移り住んでから10年後の86歳の時です。イサクが生まれるのはアブラハムが100歳の時ですから、イシュマエルとイサクとでは14歳も違います。もうこの時代ではイシュマエルは成人するころの年になっています。サラにとっては、このハガルの子が煩わしくなるのです。それでハガルとイシュマエルにきつく当たるようになります。そして、結局、ハガル親子をアブラハムの元から追い出すのですが、それはこれで2回目です。ハガルはサラとアブラハムに忠実に従ってきたのですが、サラにとってはライバルとなるアブラハムの子が他にいることに耐えられなかったようです。間に立つアブラハムは大変苦悩しますが、結局、主を信頼して、大きな決断をします。それが今日の聖書の中に書かれているのです。いったい何が起こったのでしょうか。聖書に聞いてみましょう。
承
さて、サラがアブラハムの子を産んだ次第は次のようになります。1節から5節です。
創 21:1 主は、約束されたとおりサラを顧み、さきに語られたとおりサラのために行われたので、
創 21:2 彼女は身ごもり、年老いたアブラハムとの間に男の子を産んだ。それは、神が約束されていた時期であった。
創 21:3 アブラハムは、サラが産んだ自分の子をイサクと名付け、
創 21:4 神が命じられたとおり、八日目に、息子イサクに割礼を施した。
創 21:5 息子イサクが生まれたとき、アブラハムは百歳であった。
1節と2節には主は、約束された通り、とか、神が約束されていた時期とか、約束という言葉が出てきます。ここには神様が約束される方であり、その約束はどんなに難しいことでも、必ず実現するのだということが強調されているように思われます。サラは、約束通り身ごもり、約束通りの時期に男の子を生んだのです。そしてアブラハムは、主から言われていたように、その子にイサクと名付けたのです。その意味は「笑う」ということでした。そしてこの前の年から、神様が、アブラハムとその子孫の間に立てた永遠の契約のしるしとして、割礼を施すようになっていましたが、生まれてきた息子イサクにも8日目に割礼を施したのです。この時アブラハムはちょうど100歳になっていたのです。
そして、子供を与えられ喜びに満ちたサラはこう語ったのです。6節から8節です。
創 21:6 サラは言った。「神はわたしに笑いをお与えになった。聞く者は皆、わたしと笑い(イサク)を/共にしてくれるでしょう。」
創 21:7 サラはまた言った。「誰がアブラハムに言いえたでしょう/サラは子に乳を含ませるだろうと。しかしわたしは子を産みました/年老いた夫のために。」
創 21:8 やがて、子供は育って乳離れした。アブラハムはイサクの乳離れの日に盛大な祝宴を開いた。
イサクが生まれた時、サラはこう言ったのです。「神はわたしに笑いをお与えになった。聞く者は皆、わたしと笑い(イサク)を/共にしてくれるでしょう。」イサクという名前の意味は笑うという意味ですが、アブラハムや、サラが主の御使いが語ったことを笑った時には、そんな馬鹿な、この老人に生まれるはずはないと思って、笑ったのです。そのために、その子供は笑うという名前に付けられたのですが、それは自分たちが笑ったことを忘れるなという意味でもあったと思うのです。ですが、ここではサラはそのイサク、笑うという意味を別の意味にとらえています。日本の子供の名前にも笑子と言って、笑う子と書く名前がありますが、サラはこのイサクという意味を私を笑わせてくれる子供という意味にとるようになったのです。だから、サラは、神は私に笑いをお与えになったと喜んでいるのです。さらにサラは、こうも言いました。「誰がアブラハムに言いえたでしょう/サラは子に乳を含ませるだろうと。しかしわたしは子を産みました/年老いた夫のために。」それは、とても信じられない奇跡であったのです。アブラハムのために子供をもうけることができたことをとても喜んだのです。アブラハムはイサクの乳離れの日に盛大な祝宴を開いて、サラもその喜びを大いに表したのです。
転
ですがそれもあまり長くは続きませんでした。サラの心には苦い思いが出てきたのです。それは先に生まれた、ハガルの子が疎ましく思われてきたのです。側室の子であっても、アブラハムの長男はハガルの子、イシュマエルなのです。アブラハムに何かのことがあって死んでしまったら、アブラハムの世継ぎはイシュマエルになってしまうかもしれません。ですからサラにとってはイシュマエルの存在は、危険な存在だったのです。
ある時こんなことがありました。9節から11節です。
創
21:9 サラは、エジプトの女ハガルがアブラハムとの間に産んだ子が、イサクをからかっているのを見て、
創
21:10 アブラハムに訴えた。「あの女とあの子を追い出してください。あの女の息子は、わたしの子イサクと同じ跡継ぎとなるべきではありません。」
創
21:11 このことはアブラハムを非常に苦しめた。その子も自分の子であったからである。
サラは、ハガルの子イシュマエルとイサクが遊んでいるのを見て、とてもいやな気持になりました。イサクの跡継ぎとしての地位を取られてしまうのではないかと恐れたのです。イシュマエルはこの時、正しく計算すると14歳になっていたはずなのですが、実はこの場面ではイサクよりもちょっと上くらいの年上の子に描かれているのです。ですから、イシュマエルがイサクをからかっているというのは大きな子が小さな子をいじめているというよりは、一緒になって戯れていると理解した方がいいのです。ですがそれでもサラにとってはそれが気に入らなくなってきたのです。サラはアブラハムにこう言いました。「あの女とあの子を追い出してください。あの女の息子は、わたしの子イサクと同じ跡継ぎとなるべきではありません。」サラから見れば、自分の奴隷であるハガルの側室の子と、正室の自分の子とが対等にしているのが、気に入らなかったのです。ですから、イシュマエルはあなたの跡継ぎになるべきではありません、だから追い出してくださいといったのです。とても身勝手な話です。イサクが生まれるまではイシュマエルしか世継ぎがいなかったのでみんなで可愛がったはずなのに、イサクが生まれてからは、すっかり疎ましく思ったのです。このことはアブラハムを非常に苦しめたのです。アブラハムにとってはどちらも自分の可愛い子供なのです。ですがこのまま置いておいたら、サラの不満がますます大きくなり、せっかく与えられた正室の子供に対しても悪い影響を与えると思ったのです。アブラハムはこの後どうしたでしょうか。
苦しんでいるアブラハムのもとに、神様が現れてこう言ったのです。12節と13節です。
創
21:12 神はアブラハムに言われた。「あの子供とあの女のことで苦しまなくてもよい。すべてサラが言うことに聞き従いなさい。あなたの子孫はイサクによって伝えられる。
創
21:13 しかし、あの女の息子も一つの国民の父とする。彼もあなたの子であるからだ。」
神様はたとえ女奴隷であってもその子供であっても、慈しみを忘れませんでした。また、ちょっと意地悪な気がする、サラに対しても愛情深く対しました。その間で苦しむアブラハムにはどのようにしたらよいのかを具体的に指示しました。神様はアブラハムにあの子供とあの女のことで苦しまなくていいといったのです。そしてすべてサラが言うことに聞き従いなさいと言いました。その様にしてもすべてが良い状態になることを保証したのです。そして、あなたの子孫はイサクに伝えられると言いました。アブラハムの子孫はイサクによって引き継がれ、その祝福が与えられるというのです。では、ハガルとその子はどうなるのかというと、その息子イシュマエルも一つの国民の父とすると約束してくれたのです。イシュマエルも神様の恵みから排除されるのではなく、その祝福にあずかるというのです。それは彼もまたアブラハムの子だからであるというのです。こうしてイシュマエルはアラブ人の先祖となったのです。そのアラブ人からはそののち、マホメットが現れ、イスラム教が起こります。イスラム教もまたアブラハムを讃え、モーセ五書をイスラム教の聖典としているのです。そして、イスラム教にとってはサラよりも、ハガルの方がよく思われており、聖母のような存在なのです。
神様からの言葉を受けて、アブラハムはどうしたでしょうか。14節から16節です。
創
21:14 アブラハムは、次の朝早く起き、パンと水の革袋を取ってハガルに与え、背中に負わせて子供を連れ去らせた。ハガルは立ち去り、ベエル・シェバの荒れ野をさまよった。
創
21:15 革袋の水が無くなると、彼女は子供を一本の灌木の下に寝かせ、
創
21:16 「わたしは子供が死ぬのを見るのは忍びない」と言って、矢の届くほど離れ、子供の方を向いて座り込んだ。彼女は子供の方を向いて座ると、声をあげて泣いた。
アブラハムは、神様が言った、サラの言うことに聞き従いなさいという言葉に従って、次の朝早く、パンと水の革袋をハガルに与え、背中に負わせて子供を連れ去らせたと言います。この時ハガルの気持ちはどうだったでしょうか。一度目の追放の時は、サラに恨み言は言わずに、ただ神様に顧みられたことを喜んで、アブラハムとサラのもとに帰りました。その時はサラのすることがつらいために自分から逃げ出したのですが、戻って許してもらうことができました。ですが、今度はアブラハムによって、出ていくように言われたのでもう戻ることはできません。絶体絶命なのです。
ハガルはどこに行こうとしていたのでしょうか。それは自分の故郷であるエジプトに向かっていたのです。その途中に、ベエル・シェバの荒れ野がありました。そこでハガルは道を見失ったのか、荒れ野をさまよっているうちに、革袋の水がなくなってしまったのです。ハガルは子供を一本の灌木の下に寝かせたとあります。ですからここでのイシュマエルは14歳か15歳のイシュマエルではなく、2-3歳くらいの小さなイシュマエルなのです。もう子供は暑さと渇きのために死にそうになっていたのです。ハガルは、「わたしは子供が死ぬのを見るのは忍びない」と言って、矢の届くほど離れ、子供の方を向いて座り込んだ。彼女は子供の方を向いて座ると、声をあげて泣いた、とあります。ハガルは、子供を抱いたまま死ぬのを見るのは忍びなかったのです。それで、灌木の下において、自分はそこを立ち去ろうとしたのです。ですがそこを去ってしまうこともできなかったのです。その灌木が見えるか見えないかのところまで来ると、それ以上そこから離れることもできなかったのです。そして子供のいる方を向いて、座り込み、そして声をあげて泣いたのです。まだ子供は生きていて、声をあげて泣いているのが聞こえたからです。ハガルは近寄ることも離れることもできず、死のうとしている子供を見て、泣いたのです。
するとどうしたことでしょうか、天からの神の使いの声が聞こえたのです。17節から21節です。
創
21:17 神は子供の泣き声を聞かれ、天から神の御使いがハガルに呼びかけて言った。「ハガルよ、どうしたのか。恐れることはない。神はあそこにいる子供の泣き声を聞かれた。
創
21:18 立って行って、あの子を抱き上げ、お前の腕でしっかり抱き締めてやりなさい。わたしは、必ずあの子を大きな国民とする。」
創
21:19 神がハガルの目を開かれたので、彼女は水のある井戸を見つけた。彼女は行って革袋に水を満たし、子供に飲ませた。
創
21:20 神がその子と共におられたので、その子は成長し、荒れ野に住んで弓を射る者となった。
創
21:21 彼がパランの荒れ野に住んでいたとき、母は彼のために妻をエジプトの国から迎えた。
ハガルが、子供から離れ、子供の方を向いて声をあげて泣いていた時、神様は子供の泣き声を聞かれたと言います。そして天から神の使いがハガルのもとに使わされたのです。そしてこう言いました。「ハガルよ、どうしたのか。恐れることはない。神はあそこにいる子供の泣き声を聞かれた。立って行って、あの子を抱き上げ、お前の腕でしっかり抱き締めてやりなさい。わたしは、必ずあの子を大きな国民とする。」と言ったのです。ハガルはこの時も、神様が、ハガル親子を顧みられておられることを知ったのです。すると、神様はハガルの目を開かれて、水のある井戸を見つけることができました。それはきっと荒れ野にある、ポツンと一つだけある、古い井戸だと思われます。ハガルは行って革袋に水を入れて、子供に飲ませました。神様はその子供イシュマエルと共におられて、守られたので、その子は成長し、荒れ野に住んで弓をいるものとなったといいます。イシュマエルはこの荒れ野の地方で、武力をもって支配するものとなって行ったのです。イシュマエルとハガルはエジプトに行くことなくベエル・シェバから少し戻った、死海の南のハランの荒れ野に住んでいました。そこで神様に守られて、力強いものとなって行ったのです。母のハガルはそのイシュマエルのために自分の生まれ故郷のエジプトから妻を迎えたのです。そして、その子孫は増えて行ったのです。その子孫が今のアラブ人だという話もあるのです。
結
アブラハムには、神様の約束通り、イサクが与えられました。そして祝福されてその子孫は繁栄します。一方ハガルの子イシュマエルも神様の祝福が与えられ、荒れ野で、力をつけて、大きな勢力となっていきます。アブラハムの子供たちは、神様の祝福によって繁栄していくのです。その源はアブラハムの信仰にありました。アブラハムは時として、サラを自分の妹だと言って命びろいをしようとしたりする間違いを犯しましたが、それでも神様が、アブラハムに子孫を与えるといった言葉を信じて待ったのです。とても信じられない約束でしたが、アブラハムはそれを信じたのです。それで神様はアブラハムを善しとして、その子孫に繁栄を与えました。神様は必ず約束を実現してくださると信じたのです。私たちはこのアブラハムの信仰を引き継いで生きるのです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様、アブラハムは人の思いでは信じられないような神様の約束を、必ず実現すると信じて待ちました。そしてそのことはもう誰が見ても無理だと思われる、100歳になって実現しました。そしてそのアブラハムの信仰によって、イサクもイシュマエルも祝福されるものとなりました。私たちも、神様を信じるものとして、その約束を信じ、神様の祝福のもとにあるものとなることができますように。そしてその祝福によって、子供たちも、孫たちも皆その祝福にあずかるものとなりますように。すべての者が御名をあがめ賛美するものでありますように。
この祈りを、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(旧約聖書:◇創世記)>>
◆イサクの誕生
創 21:1p 主は、約束されたとおりサラを顧み、さきに語られたとおりサラのために行われたので、
創 21:2 彼女は身ごもり、年老いたアブラハムとの間に男の子を産んだ。それは、神が約束されていた時期であった。
創 21:3 アブラハムは、サラが産んだ自分の子をイサクと名付け、
創 21:4 神が命じられたとおり、八日目に、息子イサクに割礼を施した。
創 21:5 息子イサクが生まれたとき、アブラハムは百歳であった。
創 21:6e サラは言った。「神はわたしに笑いをお与えになった。聞く者は皆、わたしと笑い(イサク)を/共にしてくれるでしょう。」
創 21:7j サラはまた言った。「誰がアブラハムに言いえたでしょう/サラは子に乳を含ませるだろうと。しかしわたしは子を産みました/年老いた夫のために。」
創 21:8e やがて、子供は育って乳離れした。アブラハムはイサクの乳離れの日に盛大な祝宴を開いた。
◆ハガルとイシュマエル
創 21:9 サラは、エジプトの女ハガルがアブラハムとの間に産んだ子が、イサクをからかっているのを見て、
創 21:10 アブラハムに訴えた。「あの女とあの子を追い出してください。あの女の息子は、わたしの子イサクと同じ跡継ぎとなるべきではありません。」
創 21:11 このことはアブラハムを非常に苦しめた。その子も自分の子であったからである。
創 21:12 神はアブラハムに言われた。「あの子供とあの女のことで苦しまなくてもよい。すべてサラが言うことに聞き従いなさい。あなたの子孫はイサクによって伝えられる。
創 21:13 しかし、あの女の息子も一つの国民の父とする。彼もあなたの子であるからだ。」
創 21:14 アブラハムは、次の朝早く起き、パンと水の革袋を取ってハガルに与え、背中に負わせて子供を連れ去らせた。ハガルは立ち去り、ベエル・シェバの荒れ野をさまよった。
創 21:15 革袋の水が無くなると、彼女は子供を一本の灌木の下に寝かせ、
創 21:16 「わたしは子供が死ぬのを見るのは忍びない」と言って、矢の届くほど離れ、子供の方を向いて座り込んだ。彼女は子供の方を向いて座ると、声をあげて泣いた。
創 21:17 神は子供の泣き声を聞かれ、天から神の御使いがハガルに呼びかけて言った。「ハガルよ、どうしたのか。恐れることはない。神はあそこにいる子供の泣き声を聞かれた。
創 21:18 立って行って、あの子を抱き上げ、お前の腕でしっかり抱き締めてやりなさい。わたしは、必ずあの子を大きな国民とする。」
創 21:19 神がハガルの目を開かれたので、彼女は水のある井戸を見つけた。彼女は行って革袋に水を満たし、子供に飲ませた。
創 21:20 神がその子と共におられたので、その子は成長し、荒れ野に住んで弓を射る者となった。
創 21:21 彼がパランの荒れ野に住んでいたとき、母は彼のために妻をエジプトの国から迎えた。