家庭礼拝 2020年1月29日 創世記 18:16-33 ソドムのための執り成し
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起
アブラハムの所に寄って、来年の今頃は子供が生まれることを予告した神様は、そのあとソドムとゴモラに行って滅ぼそうとされました。これがあの有名なソドムとゴモラの話です。なぜこの二つの町は滅ぼされてしまうのでしょうか。その時アブラハムはどうしたのでしょうか、そのことが今日の聖書の個所には書かれています。
神様はソドムとゴモラの罪は非常に重いと訴える人が多いので、行ってみて、そのことが事実ならば、神様はこの二つの町を滅ぼすことになることをアブラハムは知らされたのです。アブラハムはそのソドムの町に、甥のロトとその家族が住んでいたので、何とか彼らを救おうとしたのです。それで神様に必死になって、執り成しをするのです。アブラハムは、神様に、「あなたは、正しいものを悪いものと一緒に滅ぼされるのですか。あの町に正しいものが50人いるとしても、それでも滅ぼし、その50人の正しいもののために街をお許しにならないのですか。」と懇願するのです。神様は「街に正しいものが50人いればその者たちのために、街全部を許そう」というのです。神様は許してくださるのですが、アブラハムは自分の頼み方がまずかったかもしれない、もしかしてもっと少ないかもしれないと心配したのです。そして45人ならば許してくれますか、30人ならば許してくれますか、20人ならば許してくれますか、10人ならば許してくれますかと、お願いするのです。神様は10人でも許してくれるといったので、アブラハムは10人正しいものがいれば許してくれるというのだから、ロトたちが10人いれば、きっと許してもらえるだろうと、考えたのです。
その結果はどうなったでしょうか。街の人たちが、二人の主の旅人のいるロトの家に押しかけてきて、乱暴をしようとしたので、ロトと家族たちはこの街を捨てて、逃げることになったのです。残ったのは一人も正しいものがいない町でした。そして神様はこの街を硫黄と火を降らせて、滅ぼしてしまうのです。
このことは何を表しているのでしょうか。神様は正しいものを悪いものと一緒には滅ぼさないということです。ですから、この世に一人の正しい人でもいれば、神様はその世を滅ぼさないということなのです。私たちは世の中を救うために、世の中から悪を取り除いて、正しい人々を多くすれば世の中は救われると考えて、悪いことをする者たちを裁いて、正しいものだけが住めるようにします。そのように考えていたのは、ユダヤ人たちも同じでした。ユダヤ人たちは、厳しい律法をユダヤ人の社会全体で守るならば、きっと救い主がやって来て、ユダヤ人たちを救ってくれると考えていたのです。ですから、一生懸命、律法を守ると同時に、それを守らない人々を非難し、守れない弱い人々を排除し、何とか社会がみんな律法を守る社会となって、メシアが来られるのを待っていたのです。
ところが神様の考えはそうではなかったのです。みんなが正しければ救うと言っているのではなくて、一人でも正しいものがいたら救うと言っているのです。それを実現したのがイエス様なのです。実は神様は、人間が罪深くなってきたのでこの世をすべて滅ぼそうと考えていたのです。ですがそこに誠に正しい人、イエス様が現れたのです。そこで神様はこのイエス様のためにこの世を滅ぼさないことにしたのです。ですが、この世の罪は誰かが負わなければ、神様が正しい裁きをなさる方とはならなくなるのです。それで、イエス様が、その罪を背負って、身代わりに死んでくださったというのが、救い主イエスキリストへの理解なのです。
今日のソドムとゴモラの話は、一人も正しいものがいなくて滅ぼされたソドムとゴモラの町と、一人の正しい人がいて、この世の世界がその正しい人のために救われたということを表す物語なのです。そのような受け止め方で、今日の聖書の個所の話を聞いていきたいと思います。
承
それでは聖書の話に入ります。16節から19節です。
創
18:16 その人たちはそこを立って、ソドムを見下ろす所まで来た。アブラハムも、彼らを見送るために一緒に行った。
創
18:17 主は言われた。「わたしが行おうとしていることをアブラハムに隠す必要があろうか。
創
18:18 アブラハムは大きな強い国民になり、世界のすべての国民は彼によって祝福に入る。
創
18:19 わたしがアブラハムを選んだのは、彼が息子たちとその子孫に、主の道を守り、主に従って正義を行うよう命じて、主がアブラハムに約束したことを成就するためである。」
その人たちとは、アブラハムに来年の今頃、子供が与えられると予言し約束してくれた3人の旅人であり、主なる神様です。ここでは3人の旅人の姿は現れず、ただ主という言葉だけが出てきます。その旅人達がアブラハムのところをたって、行こうとしていたのはソドムとゴモラの町でした。神様がこれから行おうとしていることは恐ろしいことでした。そのことを神様はアブラハムに隠す必要があろうかと言われました。なぜならば、アブラハムにはまだ子供がいませんでしたが、これから子供が与えられ、その子孫は大きな強い国民になり、世界のすべての国民は彼によって祝福にはいるからです。そして、神様がアブラハムを特に選んだ理由を語りました。それは、「彼が息子たちとその子孫に、主の道を守り、主に従って正義を行うよう命じて、主がアブラハムに約束したことを成就するためである。」ということでした。アブラハムが、その子孫たちに主の道を守り、主に従って正義を行うように、命じることになるので、信頼に足るから、これから起こる恐ろしいこともアブラハムには話しておこうということなのです。
そして神様は、アブラハムにこう伝えたのです。20節から22節です。
創
18:20 主は言われた。「ソドムとゴモラの罪は非常に重い、と訴える叫びが実に大きい。
創
18:21 わたしは降って行き、彼らの行跡が、果たして、わたしに届いた叫びのとおりかどうか見て確かめよう。」
創
18:22 その人たちは、更にソドムの方へ向かったが、アブラハムはなお、主の御前にいた。
神様の語ったのは、ソドムとゴモラの罪は非常に重いと訴える叫びが実に大きいと言っているのです。その罪のために苦しめられ嘆いている人たちの声が神様のもとに届いたのです。それで神様は、それが本当かどうか天から地上に下って来て、確かめてみようということで来たのだと、アブラハムに語ったのです。そう語ってさらにソドムに向かって進んでいったのですが、アブラハムも見送りながら、心配で一緒についていったのです。
転
そして意を決してその前に進み出て、神様にこう言うのです。23節から26節です。
創
18:23 アブラハムは進み出て言った。「まことにあなたは、正しい者を悪い者と一緒に滅ぼされるのですか。
創
18:24 あの町に正しい者が五十人いるとしても、それでも滅ぼし、その五十人の正しい者のために、町をお赦しにはならないのですか。
創
18:25 正しい者を悪い者と一緒に殺し、正しい者を悪い者と同じ目に遭わせるようなことを、あなたがなさるはずはございません。全くありえないことです。全世界を裁くお方は、正義を行われるべきではありませんか。」
創
18:26 主は言われた。「もしソドムの町に正しい者が五十人いるならば、その者たちのために、町全部を赦そう。」
アブラハムが神様に言った言葉は、「まことにあなたは、正しい者を悪い者と一緒に滅ぼされるのですか。」という言葉でした。神様が正しいものを悪いものと一緒に滅ぼされるはずはないという強い信念があったのです。というのも、その滅ぼそうとしているソドムには自分の甥である、ロトの家族が移り住んでいたのです。もしソドムを滅ぼすならば、正しいロトの家族も滅ぼすのかという思いがあったのです。それでアブラハムはロトたちを含めて、ソドムには50人くらいは正しいものがいるだろうと思って、「あの町に正しい者が五十人いるとしても、それでも滅ぼし、その五十人の正しい者のために、町をお赦しにはならないのですか。正しい者を悪い者と一緒に殺し、正しい者を悪い者と同じ目に遭わせるようなことを、あなたがなさるはずはございません。全くありえないことです。全世界を裁くお方は、正義を行われるべきではありませんか。」と、神様に説教し、神様に強く訴えるのです。これで許してもらえれば、ロトと家族は助かるだろうと思ったのです。すると神様は、簡単にこう言いました。「もしソドムの町に正しい者が五十人いるならば、その者たちのために、町全部を赦そう。」アブラハムの気持ちの中には、50人もの正しい人がいるならば、神様は滅ぼさないだろうという計算が合ったのです。それが簡単に50人いたならば許そうと言われたので、もしかすると50人よりもっと少ないかもしれないという不安がよぎりました。ここでのアブラハムの間違いは、神様が、正しい人の数が多ければ許してくれるのではないかと考えたことです。その限界が50人だろうと思って言ったのです。ですが心配になって、もっと少なくても許してくれないだろうかと思い始めました。実は神様は一人でも正しい人がいたら許すつもりでいたのです。アブラハムにはそれが分かりませんでした。これと同じことがユダヤ人たちも行っていたのです。ユダヤ人たちは、国民全部が正しく律法を守れば、神様は救いにやって来てくれると考えたのです。ですから律法を守らない人には厳しい裁きを与え、あなたたちのために神様は来てくれないと言って非難したのです。そしてそのような人々を排除したのです。
さて、50人で許してもらったアブラハムはそれでも自信がなくなり、さらにこう言ったのです。27節から33節です。
創
18:27 アブラハムは答えた。「塵あくたにすぎないわたしですが、あえて、わが主に申し上げます。
創
18:28 もしかすると、五十人の正しい者に五人足りないかもしれません。それでもあなたは、五人足りないために、町のすべてを滅ぼされますか。」主は言われた。「もし、四十五人いれば滅ぼさない。」
創
18:29 アブラハムは重ねて言った。「もしかすると、四十人しかいないかもしれません。」主は言われた。「その四十人のためにわたしはそれをしない。」
創
18:30 アブラハムは言った。「主よ、どうかお怒りにならずに、もう少し言わせてください。もしかすると、そこには三十人しかいないかもしれません。」主は言われた。「もし三十人いるならわたしはそれをしない。」
創
18:31 アブラハムは言った。「あえて、わが主に申し上げます。もしかすると、二十人しかいないかもしれません。」主は言われた。「その二十人のためにわたしは滅ぼさない。」
創
18:32 アブラハムは言った。「主よ、どうかお怒りにならずに、もう一度だけ言わせてください。もしかすると、十人しかいないかもしれません。」主は言われた。「その十人のためにわたしは滅ぼさない。」
創
18:33 主はアブラハムと語り終えると、去って行かれた。アブラハムも自分の住まいに帰った。
アブラハムは、その50人よりも正しいものが少ないかもしれないと思い、へりくだって、「塵あくたにすぎないわたしですが、あえて、わが主に申し上げます。」と言って、45人だったら滅ぼしますかと神様に尋ねるのです。その答えは滅ぼさないでした。すると、アブラハムは重ねて言いました。「もしかすると、四十人しかいないかもしれません。」すると神様は40人でも滅ぼさないと言いました。アブラハムはそれでも心配になり、しつこくこう言いました。「主よ、どうかお怒りにならずに、もう少し言わせてください。」といって、30人ならば許してくれるか、と言いました。すると神様は許すというのです。それでもアブラハムは心配になったのです。もし29人しか正しいものがいなかったならば、ロトとその家族は滅ぼされてしまうと心配したので、アブラハムは更に言いました。「あえて、わが主に申し上げます」と言って、20人ならば許してくれますかというと、許すと言われました。そしてついに最後の10人をお願いすることになります。さすがにアブラハムも恐縮してこういうのです。「主よ、どうかお怒りにならずに、もう一度だけ言わせてください。もしかすると、十人しかいないかもしれません。」すると神様は、その10人のために、町全体を滅ぼさないというのです。もうこの10人というのはトロの家族の数です。ロトたちがその街にいれば滅ぼさないという言葉を聞いて、アブラハムはやっと安心するのです。この話を聞いていて、どうして、アブラハムは小出しに数を下げていって、いきなり10人と言わなかったのだろうかと思います。どうしてでしょうか。それは、アブラハムが、神様は正しいものの数が多い方が助けてくれると考えていたからです。いきなり10人しか正しいものがいなくても滅ぼさないでしょうかと言うと、そんな少ない人数では助けない、と言われそうな気がしたのです。ですが神様はそのような数で動く方ではありませんでした。一人でも正しい人がいたならば滅ぼさないのです。アブラハムは10人の正しい人がいたならば、その街を滅ぼさないといった神様の言葉を聞いて安心しました。これならばロトたちは助かると思ったのです。それで、アブラハムはそれ以上何も言わなかったのです。すると神様はそこを去ってソドムに向かい、アブラハムも家に帰ったのです。
結
今日の聖書の個所は、アブラハムと神様とのとても緊迫感のある問答でした。このアブラハムのお願いというのは、執り成しの祈りなのです。私たちの執り成しの祈りも、神様はこのように聞いてくださるのです。そのためには私たちが真剣に祈ることが必要なのです。その時に神様がどのような方であるかを知っておくことは大切です。アブラハムは、神様が、正しい者を正しくない者のために一緒に滅ぼすはずはないという、考えをしっかりと持っていたので、このように神様に何度も何度もお願いをすることができたのです。ですがアブラハムの考えの間違っていたのは、一人でも正しい人がいたならば神様はその街を滅ぼさないとは考えないで、大勢の正しい人がいたならば神様は滅ぼさないと考えてしまったのです。一人でも正しい人がいるならば、神様はその街を滅ぼさないのです。ですから私たちは、大勢の人が正しくなるように努力するよりも、自分自身がその正しい人になるように努めることが大切なのです。この世はそのたった一人の正しい人、すなわち、イエスキリストによって、滅ぼされずに済んだのです。その前は、ノアというたった一人の人のために、その家族だけが救われたのです。私たちは、自分が神様の御前に正しい人となるように、務めることが大切なのです。そのことが、家族を救い、世界を救うのです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様、神様はただ一人の人のためにその街を滅ぼさない方です。私たちはその一人となって、家族が滅ぼされず、その街が滅ぼされず、国が滅ぼされず、地球が滅ぼされないようにと願うものです。人がどのようにあろうとも、どうか自分自身が神様の御前に正しい人となることができますように、導いてください。この祈りを、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(旧約聖書:◇創世記)>>
◆ソドムのための執り成し
創
18:16 その人たちはそこを立って、ソドムを見下ろす所まで来た。アブラハムも、彼らを見送るために一緒に行った。
創
18:17 主は言われた。「わたしが行おうとしていることをアブラハムに隠す必要があろうか。
創
18:18 アブラハムは大きな強い国民になり、世界のすべての国民は彼によって祝福に入る。
創
18:19 わたしがアブラハムを選んだのは、彼が息子たちとその子孫に、主の道を守り、主に従って正義を行うよう命じて、主がアブラハムに約束したことを成就するためである。」
創
18:20 主は言われた。「ソドムとゴモラの罪は非常に重い、と訴える叫びが実に大きい。
創
18:21 わたしは降って行き、彼らの行跡が、果たして、わたしに届いた叫びのとおりかどうか見て確かめよう。」
創
18:22 その人たちは、更にソドムの方へ向かったが、アブラハムはなお、主の御前にいた。
創
18:23 アブラハムは進み出て言った。「まことにあなたは、正しい者を悪い者と一緒に滅ぼされるのですか。
創
18:24 あの町に正しい者が五十人いるとしても、それでも滅ぼし、その五十人の正しい者のために、町をお赦しにはならないのですか。
創
18:25 正しい者を悪い者と一緒に殺し、正しい者を悪い者と同じ目に遭わせるようなことを、あなたがなさるはずはございません。全くありえないことです。全世界を裁くお方は、正義を行われるべきではありませんか。」
創
18:26 主は言われた。「もしソドムの町に正しい者が五十人いるならば、その者たちのために、町全部を赦そう。」
創
18:27 アブラハムは答えた。「塵あくたにすぎないわたしですが、あえて、わが主に申し上げます。
創
18:28 もしかすると、五十人の正しい者に五人足りないかもしれません。それでもあなたは、五人足りないために、町のすべてを滅ぼされますか。」主は言われた。「もし、四十五人いれば滅ぼさない。」
創
18:29 アブラハムは重ねて言った。「もしかすると、四十人しかいないかもしれません。」主は言われた。「その四十人のためにわたしはそれをしない。」
創
18:30 アブラハムは言った。「主よ、どうかお怒りにならずに、もう少し言わせてください。もしかすると、そこには三十人しかいないかもしれません。」主は言われた。「もし三十人いるならわたしはそれをしない。」
創
18:31 アブラハムは言った。「あえて、わが主に申し上げます。もしかすると、二十人しかいないかもしれません。」主は言われた。「その二十人のためにわたしは滅ぼさない。」
創
18:32 アブラハムは言った。「主よ、どうかお怒りにならずに、もう一度だけ言わせてください。もしかすると、十人しかいないかもしれません。」主は言われた。「その十人のためにわたしは滅ぼさない。」
創
18:33 主はアブラハムと語り終えると、去って行かれた。アブラハムも自分の住まいに帰った。