家庭礼拝 2020年1月22日 創世記 18:1-15イサクの誕生の予告

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起 

 今日のイサクの誕生の予告の話は、17章で神様がアブラハムと契約したときの話とダブっているような気がします。今日の18章の話はイサクの誕生の予告ですが、この予告は17章で既になされているからです。17章の19節では「神は言われた。いや、あなたの妻サラがあなたとの間に男の子を生む、その子をイサクと名付けなさい。私は彼と契約を建て、彼の子孫のために永遠の契約とする。」と言っているからです。同じようなイサクの誕生の予告ですが、大きく違うのは17章では神様は、突然アブラムに現れて、私は全能の神である、というのです。そしていろいろな契約の話をし、イサクの誕生の予告もするのです。ところが、18章では神様は目に見える3人の旅人の姿をして現れます。ですが、神様とは名乗りません。しかもその旅人たちはアブラハムの接待を受け、一緒に食事をするのです。17章の神様は霊的な神様であり、18章の神様は人となられた神様とも言えます。この違いは伝承の出典の元が違うことによるのでしょうか。いずれにしてもイサクは神様によって予告されて生まれたということを表そうとし、そのイサクからアブラハムの子孫が大勢起こってくることが言われているのです。

 もう一つ気になることは、17章では神様の言葉が信じられず、「百歳の男に子供が生まれるだろうか、90歳のサラに子供が産めるだろうか」と言って心で笑ったのはアブラハムですが、18章ではその笑った人はこんどは妻のサラになっているのです。18章12節で、サラはひそかに笑った。自分は年を取り、もはや楽しみがあるはずもなし、主人も年老いているのに。と語っているのです。ですが神様から、「なぜ笑ったのか」と言われて恐ろしくなりサラはそれを打ち消したのです。アブラハムも信じられなくて笑ったのですから、サラも信じられなくて笑ったのだろうという風にも取れますが、こちらの方ではイサクという名については何も言っていないので、それぞれ別の時期にこのことが起こったと考えられます。このように、神様は二度イサクの誕生を予告したのだと思います。それほどこのことは大切なことだったからなのだと思います。

今日の、イサクの二度目の誕生の予告はどこでどのようになされたのでしょうか。1節と2節を読んでみましょう。

創 18:1 主はマムレの樫の木の所でアブラハムに現れた。暑い真昼に、アブラハムは天幕の入り口に座っていた。

創 18:2 目を上げて見ると、三人の人が彼に向かって立っていた。アブラハムはすぐに天幕の入り口から走り出て迎え、地にひれ伏して、

 とあります。主はマレムの樫木のところでアブラハムに現れたと記されていますが、ここはどこなのでしょうか。聖書関係の地図には、ここがマレムの樫木の場所ではないかというところが記されています。それは今のエルサレムよりも南に少し下ったところのヘブロンと言われるところの近くです。それは死海の西側の山岳地帯で、エルサレムは死海の北の端の緯度に相当する山岳地帯で、ヘブロンはその死海の中央付近の緯度に当たる西側の山岳地帯の中なのです。

その時アブラハムは天幕の入り口に座っていました。年を取ったアブラハムはこの天幕の入り口に座って、一日を過ごしていたのかもしれません。すると3人の旅人が彼に向かって立っているのに気が付いたのです。アブラハムはどうしたでしょうか。アブラハムはすぐに天幕の入り口から走り出て迎え、地にひれ伏したのです。アブラハムはこの三人が主であると気が付いたから地にひれ伏したのでしょうか。そうではないのです。アブラハムはこの3人が荒れ野を旅している、他国の人に見えたのです。当時はこのような旅人を厚くもてなすのが礼儀でした。それで、アブラハムはすぐに天幕の入り口から走り出て迎えたのです。そして地にひれ伏して、どうぞ私の家でお休みになってくださいというのです。これが当時のユダヤ人たちが旅人をもてなすやり方だったのです。

アブラハムはひれ伏して、こう言ったのです。3節から5節です。

創 18:3 言った。「お客様、よろしければ、どうか、僕のもとを通り過ぎないでください。

創 18:4 水を少々持って来させますから、足を洗って、木陰でどうぞひと休みなさってください。

創 18:5 何か召し上がるものを調(ととの)えますので、疲れをいやしてから、お出かけください。せっかく、僕の所の近くをお通りになったのですから。」その人たちは言った。「では、お言葉どおりにしましょう。」

 このように旅人をもてなすのが、当時は正しいことと考えられていたし、神様からも勧められていたことでした。でももしかすると、当時のような情報網のない時代にはこのような旅人から、世界の情報を聞くことがとても大切だったのかもしれません。アブラハムは三人の旅人を見ると、懇切丁寧に、「お客様、よろしければ、どうか、僕のもとを通り過ぎないでください。水を少々持って来させますから、足を洗って、木陰でどうぞひと休みなさってください。何か召し上がるものを調(ととの)えますので、疲れをいやしてから、お出かけください。せっかく、僕の所の近くをお通りになったのですから。」と言いました。普通ならば旅人の方が、自分たちは遠くから旅をしてきたものですが、どうか今晩泊めていただけませんでしょうか。できれば食事もいただけませんでしょうか、とお願いするのが普通なのです。当時は宿泊施設というものはほとんどなかったので、このような好意によって止めてもらって、旅を続けるので、聖書でもこのような旅人を見たならば、親切にもてなしなさいと教えているくらいなのです。ですがアブラハムはこのような願いを聞く前に、自分からどうか自分のところに泊まってください。食事も召し上がってくださいといったのです。するとその3人の旅人たちは、「では、お言葉どおりにしましょう。」と言って、アブラハムの厄介になることになったのです。

そのあとアブラハムはどうしたでしょうか。6節から8節です。

創 18:6 アブラハムは急いで天幕に戻り、サラのところに来て言った。「早く、上等の小麦粉を三セアほどこねて、パン菓子をこしらえなさい。」

創 18:7 アブラハムは牛の群れのところへ走って行き、柔らかくておいしそうな子牛を選び、召し使いに渡し、急いで料理させた。

創 18:8 アブラハムは、凝乳、乳、出来立ての子牛の料理などを運び、彼らの前に並べた。そして、彼らが木陰で食事をしている間、そばに立って給仕をした。

アブラハムはその旅人のために最上級のもてなしを準備し始めたのです。サラには、上等の小麦粉で、パン菓子をこしらえなさいと指示し、召使には、やわらかくておいしそうな子牛を選んで料理させ、それらの料理や、凝乳や乳なども用意して、彼らの前に並べて、アブラハムは旅人が木陰で食事をするのに自分からそばに立って、給仕をするほどだったのです。アブラハムはこの3人の旅人に何か特別のことを感じたのかもしれません。

食事をしながら、旅人はアブラハムと話を始めました。何の話でしょうか。9節から12節です。

創 18:9 彼らはアブラハムに尋ねた。「あなたの妻のサラはどこにいますか。」「はい、天幕の中におります」とアブラハムが答えると、

創 18:10 彼らの一人が言った。「わたしは来年の今ごろ、必ずここにまた来ますが、そのころには、あなたの妻のサラに男の子が生まれているでしょう。」サラは、すぐ後ろの天幕の入り口で聞いていた。

創 18:11 アブラハムもサラも多くの日を重ねて老人になっており、しかもサラは月のものがとうになくなっていた。

創 18:12 サラはひそかに笑った。自分は年をとり、もはや楽しみがあるはずもなし、主人も年老いているのに、と思ったのである。

 この旅人たちは食事をしながら、アブラハムに、「あなたの妻のサラはどこにいますか。」と尋ねたのです。するとアブラハムは「はい、天幕の中におります」と答えました。当時は奥さんはお客さんの接待はしないで、別の部屋に隠れているのが普通だったのです。すると彼らの一人がこう言いました。「わたしは来年の今ごろ、必ずここにまた来ますが、そのころには、あなたの妻のサラに男の子が生まれているでしょう。」ここでは、私たちはとは言わずに、私はとなっています。いつの間にか、3人なのに一人になっているのです。そして来年の今頃、必ずまた来ることを言い、その頃にはサラに男の子が生まれているでしょう、と言いました。不思議なことに、この男の子がイサクであるかどうかということは何も言っていないのです。これまでの、神様のアブラハムに対する子孫の予告は3段階にわたって行われました。最初は、あなたの子孫は星のごとく、海の砂のごとく増えるという言い方でした。次の段階では、あなたとサラの間に、イサクという男の子が生まれるという予告でした。そして今回の第三段階になって、その男の子は、来年の今頃生まれる、とだんだん具体的になっていくのです。

この時サラは、この食事をしている木陰の近くの天幕の中にいて、入り口近くでその話を聞いていたのです。サラにもどんな人たちなのかが興味があったのです。ですがこの旅人が来年の今頃にはサラが男の子を生むという話を聞いて、そんな馬鹿な、と思ってしまったのです。アブラハムもサラも多くの日を重ねて老人になっており、しかもサラは月のものがとうになくなっていたからでした。そしてサラはその話を聞いて、ひそかに笑ったのです。自分は年をとり、もはや楽しみがあるはずもなし、主人も年老いているのに、と思い、そんなことは起こるはずがないと思ったのです。前回はアブラハムが神様からイサクの誕生の予告を受けてその様に思いましたが、今度はサラでした。人間の常識ではとても信じられないことが語られたからでした。でもアブラハムは最後はそれを信じたのです。そして信じて契約をした証にアブラハムも家族も奴隷も皆割礼を受けたのです。果たしてサラはアブラハムのように信じることが出来たでしょうか。

サラがどのようにしたのかは、次の13節から15節に書かれています。どうしたでしょうか。

創 18:13 主はアブラハムに言われた。「なぜサラは笑ったのか。なぜ年をとった自分に子供が生まれるはずがないと思ったのだ。

創 18:14 主に不可能なことがあろうか。来年の今ごろ、わたしはここに戻ってくる。そのころ、サラには必ず男の子が生まれている。」

創 18:15 サラは恐ろしくなり、打ち消して言った。「わたしは笑いませんでした。」主は言われた。「いや、あなたは確かに笑った。」

 サラは、この旅人たちからは見えない天幕の中にいたはずなのですが、サラが笑ったことを知られてしまったのです。そしてこの旅人たちは最初3人で来ていたはずですが、それがいつの間にか私はと一人称単数になり、そしてここでは、主は、という言葉に変わっていくのです。その主が、見えないところにいるサラにも聞こえるように、アブラハムにこう言われたのです。「なぜサラは笑ったのか。なぜ年をとった自分に子供が生まれるはずがないと思ったのだ。主に不可能なことがあろうか。来年の今ごろ、わたしはここに戻ってくる。そのころ、サラには必ず男の子が生まれている。」ここではこの旅人が主であり、主の使いでもあるような不思議な書き方で書かれています。そして、アブラハムに対して、なぜサラは笑ったのかと言い、その理由を言い当てました。年を取っているので生まれるはずがないと思ったのだろうというのです。ですが、主に不可能なことがあろうかと言いました。その男の子が生まれるのは人間の力ではなく、全能なる神様の力によって来年の今頃には生まれると言いました。これを言われたアブラハムは、一瞬きょとんとしたと思います。この言葉はサラに対していっているからです。サラはその言葉を聞いて恐ろしくなったのです。その子供が生まれることを信じたというよりも、そのみ使いたちの権威ある言葉に怖れを感じて、天幕から飛び出して、「わたしは笑いませんでした。」と否定しました。ですが、そのみ使いは、「いや、あなたは確かに笑った。」と言ったのです。サラは信じたというよりも、怖くなって嘘をついたのです。それでも約束の男の子は予告されたように与えられるのです。 

 アブラハムに伝えられた、子孫繁栄の話はだんだん具体的になり、ついに来年の今頃には、サラは男の子を生むだろうと予告されたのです。その話を聞いて、サラは信じられなくてひそかに笑ってしまいました。ですがサラはみ使いに、なぜサラは笑ったのかという言葉を言われて、恐ろしくなり否定しました。私たちは常識で物事を判断してしまいますが、神様に不可能なことはないのです。私たちもサラのようになってはいけません。アブラハムのように、信じて神様と契約するものとならなければならないのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様、私たちも信じられないことでも全能の主の力を信じて受け入れていくことができますように。人間の小さな思いで、決めつけてしまうことがありませんように。サラのように信じないで、ごまかそうとするのではなく、アブラハムのように信じてすぐに実行するものでありますように。

この祈りを、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

 


<<聖書の箇所(旧約聖書:◇創世記)>>  

◆イサクの誕生の予告

創 18:1 主はマムレの樫の木の所でアブラハムに現れた。暑い真昼に、アブラハムは天幕の入り口に座っていた。

創 18:2 目を上げて見ると、三人の人が彼に向かって立っていた。アブラハムはすぐに天幕の入り口から走り出て迎え、地にひれ伏して、

創 18:3 言った。「お客様、よろしければ、どうか、僕のもとを通り過ぎないでください。

創 18:4 水を少々持って来させますから、足を洗って、木陰でどうぞひと休みなさってください。

創 18:5 何か召し上がるものを調えますので、疲れをいやしてから、お出かけください。せっかく、僕の所の近くをお通りになったのですから。」その人たちは言った。「では、お言葉どおりにしましょう。」

創 18:6 アブラハムは急いで天幕に戻り、サラのところに来て言った。「早く、上等の小麦粉を三セアほどこねて、パン菓子をこしらえなさい。」

創 18:7 アブラハムは牛の群れのところへ走って行き、柔らかくておいしそうな子牛を選び、召し使いに渡し、急いで料理させた。

創 18:8 アブラハムは、凝乳、乳、出来立ての子牛の料理などを運び、彼らの前に並べた。そして、彼らが木陰で食事をしている間、そばに立って給仕をした。

創 18:9 彼らはアブラハムに尋ねた。「あなたの妻のサラはどこにいますか。」「はい、天幕の中におります」とアブラハムが答えると、

創 18:10 彼らの一人が言った。「わたしは来年の今ごろ、必ずここにまた来ますが、そのころには、あなたの妻のサラに男の子が生まれているでしょう。」サラは、すぐ後ろの天幕の入り口で聞いていた。

創 18:11 アブラハムもサラも多くの日を重ねて老人になっており、しかもサラは月のものがとうになくなっていた。

創 18:12 サラはひそかに笑った。自分は年をとり、もはや楽しみがあるはずもなし、主人も年老いているのに、と思ったのである。

創 18:13 主はアブラハムに言われた。「なぜサラは笑ったのか。なぜ年をとった自分に子供が生まれるはずがないと思ったのだ。

創 18:14 主に不可能なことがあろうか。来年の今ごろ、わたしはここに戻ってくる。そのころ、サラには必ず男の子が生まれている。」

創 18:15 サラは恐ろしくなり、打ち消して言った。「わたしは笑いませんでした。」主は言われた。「いや、あなたは確かに笑った。」