家庭礼拝 2019年12月18日 創世記 15:1-21神の約束

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起 

 聖書の中で、人類は4段階の成長を遂げます。最初はアダムで、肉の人として、その子孫と共に欲望のままに動物的に本能的に生きた時代の人です。その中から、人間が欲望のままではなく、神様の御心に従って、人間らしく生きようとした人がいました。それがノアです。ですからノアの家族だけが生かされて、人間としての歩みをするようになります。すなわち人間は人間としての心を持つようになったのです。そして次の段階は、霊の段階です。アブラムは神様を信じる霊を与えられて、霊によって神様を知り、神様に従うようになったのです。そして最後は、救済の段階です。キリストを信じることによって、ありのままで救済される、新しい人間になったのです。

 今日はそのアブラムが、神様との新しい段階に入った場面になります。アダムと、ノアの時代までは、神様は一方的に、上から命じ、諭すような神様でしたが、アブラムに対しては、神様がおりてきてくださって、アブラムとまるで対等のように、契約を結んでくださるのです。それが実現したのは、アブラムの信仰を神様が善しとされたからです。神様がここに至って、人間の一人のアブラムを、自分と契約を結ぶに足る人だと認めたのです。

 一体神様はアブラムとどんな契約を結んだのでしょうか。聖書に聞いていきたいと思います。

では1節から3節です。

創 15:1 これらのことの後で、主の言葉が幻の中でアブラムに臨んだ。「恐れるな、アブラムよ。わたしはあなたの盾である。あなたの受ける報いは非常に大きいであろう。」

創 15:2 アブラムは尋ねた。「わが神、主よ。わたしに何をくださるというのですか。わたしには子供がありません。家を継ぐのはダマスコのエリエゼルです。」

創 15:3 アブラムは言葉をついだ。「御覧のとおり、あなたはわたしに子孫を与えてくださいませんでしたから、家の僕が跡を継ぐことになっています。」

 この個所では、初めの言葉が、「これらのことの後で」という言葉で始まっています。これらのことというのは何のことでしょうか。それは先週学んだ。アブラムが敵の手から、ロトたちを救い出してきて、帰ってくると二人の王が出迎えてくれたことです。その一人が、サレムの王メルキゼデクで、パンと葡萄酒を持ってきて、アブラムを祝福したのです。そしてアブラムは感謝して、すべての物の十分の一を贈ったという話がありました。神様はアブラムのその祝福に感謝する姿勢を善しとして、現れてくれたのではないかと思います。そして、これらのことの後で、主の言葉が幻の中でアブラムに臨んだのでした。幻の中でというのですから、はっきりと見えたのではなく、神様がそこにおられるという、感覚の中で、神様の言葉を聞いたのです。その言葉は、「恐れるな、アブラムよ。わたしはあなたの盾である。あなたの受ける報いは非常に大きいであろう。」という言葉でした。神様はなぜ恐れるなと言ったのでしょうか。敵がまた仕返しにやってくるかもしれないと恐れたのでしょうか。それとも、神様が現れると人々は恐れたので、まず恐れるなと言って安心させたのでしょうか。それとも、別の心配事があったことに対して、恐れるなと言ったのでしょうか。それは読み進めていくとわかります。神様は、私はあなたの盾である、と言いました。神様はいつもアブラムに盾となって守ってくださる方であるということです。それはアブラムもそのことを確信していました。そして、そのあとで神様は、「あなたの受ける報いは非常に大きいであろう。」と言いました。ここで語られる報いとは、贈り物のことです。アブラムがメルキゼデクに、祝福のお礼に惜しげもなく財産の十分の一を贈ったことに対して、神様はそれを喜び、あなたの受ける贈り物はそれよりももっと大きなものになるだろうということを言っているのです。

ですから、報いというのが贈り物だとすると、その次に語るアブラムの言葉が理解できるのです。アブラムはこう言ったのです。「わが神、主よ。わたしに何をくださるというのですか。わたしには子供がありません。家を継ぐのはダマスコのエリエゼルです。」アブラムは神様が、あなたの受ける報いは非常に大きいであろうといったことに対して、主よ、私に何をくださるというのですか、と答えるのです。その言葉には、私はもう何もいりません、これ以上財産を増やしても、何の益もありません、というニュアンスがあるのです。なぜならば、私には子供がありません。家を継ぐのはダマスコのエリエゼルですといった言葉に、アブラムの失望と、恐れがあるような気がします。もしかすると、アブラムは自分の子孫のいない将来に対して、不安を感じていたのかもしれません。神様が約束してくださったのですが、いまだに子供が与えられていないことに、神様に対する不信を持ってしまうのではないかという恐れを感じていたのかもしれません。そして、家を継ぐのはダマスコのエリエゼルです、と言いましたがどうしてでしょうか。これはこの当時、自分の子供がいないと、養子をもらって、その財産を継がせるという習慣があったのです。エリエゼルとはアブラムの僕の子ですが、養子になった人だと考えられます。もういつ死ぬかわからない年ですから、養子をもらって備えていたのだと思います。

そして、アブラムの本音がここで出るのです。こう言いました。「御覧のとおり、あなたはわたしに子孫を与えてくださいませんでしたから、家の僕が跡を継ぐことになっています。」この言葉には、神様が約束してくださったのに、神様は私に子供を与えてくださらなかったではないですか、私はこんなに年老いてしまったではないですか、ですから僕の者を養子にもらって、家の後を継ぐことになってしまったのです、と神様に愚痴を言っているのです。アブラムの恐れとはここにあったのではないかと思います。

 このように、少し頭が熱くなったアブラムに対して、神様はこういうのです。5節と6節です。

創 15:5 主は彼を外に連れ出して言われた。「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい。」そして言われた。「あなたの子孫はこのようになる。」

創 15:6 アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。

神様はアブラムを外に連れ出して、少し頭を冷やさせ、こう言うのです。「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい。」まじめなアブラムは、その星の数を数えようとしたかもしれません。数えているうちに気持ちが落ち着いてきたかもしれません。ですがとても数え切れるものではありません。神様はアブラムにその時、こう言うのです。「あなたの子孫はこのようになる。」すると、あれほど、神様に対して、約束を守ってくれなかったのでこうなったと言って、八つ当たりしそうになっていたアブラムは、冷静になって、神様を信じたのです。人間の力ではとても考えられないことだけれども、神様はきっと約束を守ってくれると信じたのです。そのことを神様は知って、それを、アブラムの義と認めたのです。ここで、アブラムは主を信じた、と書いてある、信じたという言葉は、クリスチャンが応答として答える、アーメンという言葉と同じ語源です。すなわち、アーメンという言葉は、主よ信じますということなのです。

ここの個所には二つの物語が、それぞれ違った人によって書かれています。先ほどの1節から6節までが一つの物語りとして完結していて、ここからの7節から21節まではまた違った物語なのです。ですから、書かれていることが重複しており、また多少前半と後半とでは矛盾が生じてくるところもあります。7節ではまた、神様が自分を紹介するところから始まります。7節から11節です。

創 15:7 主は言われた。「わたしはあなたをカルデアのウルから導き出した主である。わたしはあなたにこの土地を与え、それを継がせる。」

創 15:8 アブラムは尋ねた。「わが神、主よ。この土地をわたしが継ぐことを、何によって知ることができましょうか。」

創 15:9 主は言われた。「三歳の雌牛と、三歳の雌山羊と、三歳の雄羊と、山鳩と、鳩の雛とをわたしのもとに持って来なさい。」

創 15:10 アブラムはそれらのものをみな持って来て、真っ二つに切り裂き、それぞれを互いに向かい合わせて置いた。ただ、鳥は切り裂かなかった。

創 15:11 禿鷹がこれらの死体をねらって降りて来ると、アブラムは追い払った。

前半の話では、神様は、「恐れるな、アブラムよ、私はあなたの盾である。」と言って現れましたが、後半では、「わたしはあなたをカルデアのウルから導き出した主である。」と言って現れます。これはモーセ以降に、十戒にも出てくるように「私は主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。」と言う言い方とそっくりです。そしてその神様はアブラムにこう約束しました。「わたしはあなたにこの土地を与え、それを継がせる。」と言いました。ところがアブラムはそれをすぐには信じないで、証拠を見せてくださいと願うのです。すると神様は、「三歳の雌牛と、三歳の雌山羊と、三歳の雄羊と、山鳩と、鳩の雛とをわたしのもとに持って来なさい。」というのです。何のための牛やヤギや羊やハトなのかと思うとそれは、語ったことの契約として、もし自分がその約束を守らなかったら、この牛やヤギや羊や鳩のようになってもかまわないという印なのです。アブラムはそれらの動物を、真っ二つに切り裂き、それぞれを互いに向かい合わせておいたというのです。神様が約束を破ったらこうなるという印なのです。それほど、神様の約束は重いものであり確かだということなのです。前半の話とはずいぶん雰囲気の違った話になっています。

神様はその後どうしたでしょうか、11節から16節です。

創 15:11 禿鷹がこれらの死体をねらって降りて来ると、アブラムは追い払った。

創 15:12 日が沈みかけたころ、アブラムは深い眠りに襲われた。すると、恐ろしい大いなる暗黒が彼に臨んだ。

創 15:13 主はアブラムに言われた。「よく覚えておくがよい。あなたの子孫は異邦の国で寄留者となり、四百年の間奴隷として仕え、苦しめられるであろう。

創 15:14 しかしわたしは、彼らが奴隷として仕えるその国民を裁く。その後、彼らは多くの財産を携えて脱出するであろう。

創 15:15 あなた自身は、長寿を全うして葬られ、安らかに先祖のもとに行く。

創 15:16 ここに戻って来るのは、四代目の者たちである。それまでは、アモリ人の罪が極みに達しないからである。」

 アブラムが、その契約のための動物の死体を見張っていると、禿鷹がその死体を狙って降りてくるので、アブラムはそれを追い払いました。そうして日が沈みかけたころにはアブラムは疲れ果てて、深い眠りに襲われました。これは意識が全くなくなるような眠りであるということです。すると、恐ろしい大いなる暗黒が彼に臨んだといいます。神様はここで、アブラムに予言し約束するのですが、それはアブラムの深い眠りの中であり、恐ろしい大いなる暗黒の中でのことなのです。神様はこういったのです。「よく覚えておくがよい。あなたの子孫は異邦の国で寄留者となり、四百年の間奴隷として仕え、苦しめられるであろう。しかしわたしは、彼らが奴隷として仕えるその国民を裁く。その後、彼らは多くの財産を携えて脱出するであろう。あなた自身は、長寿を全うして葬られ、安らかに先祖のもとに行く。ここに戻って来るのは、四代目の者たちである。それまでは、アモリ人の罪が極みに達しないからである。」

 神様はアブラムに、「わたしはあなたにこの土地を与え、それを継がせる。」と約束したのですが、それはすぐに実現する話ではなかったのです。アブラムの子孫がエジプトで寄留者となって、400年間奴隷として仕えて、苦しみ、それからそこを脱出して、戻ってくるが、それは4代目の者たちである。というのです。神様の約束が実現するにはそれほどの長い時間と苦しみが必要だったのです。ただアブラム自身は長寿を全うして、安らかに先祖のもとに行くと言われました。

 神様がいよいよ自分の言葉が真実であることを証拠として示すために、アブラムの用意した動物の死体で、正式な契約を行いました。17節から21節です。

創 15:17 日が沈み、暗闇に覆われたころ、突然、煙を吐く炉と燃える松明が二つに裂かれた動物の間を通り過ぎた。

創 15:18 その日、主はアブラムと契約を結んで言われた。「あなたの子孫にこの土地を与える。エジプトの川から大河ユーフラテスに至るまで、

創 15:19 カイン人、ケナズ人、カドモニ人、

創 15:20 ヘト人、ペリジ人、レファイム人、

創 15:21 アモリ人、カナン人、ギルガシ人、エブス人の土地を与える。」

日が沈み、暗闇になったころに神様は、突然煙を吐く炉と燃える松明となって現れ、二つに割かれた動物の間を通り過ぎました。これが契約であり、もし契約を破ったなら、このように二つに割かれてもよいという約束なのです。それを神様自らが約束したのです。そして、神様はアブラムと契約を結んでこう言われました。「あなたの子孫にこの土地を与える。エジプトの川から大河ユーフラテスに至るまで、の土地を与える。」と約束したのです。ここではあなたにこの土地を与えるではなくて、あなたの子孫にこの土地を与えるに変わっています。そしてその土地の範囲が示されて、エジプトの川から、大河ユーフラテスに至るまでの土地を与えると約束したのです。大変広い土地です。この約束は実現したのでしょうか。ダビデの時もソロモンの時もこれほど大きな国ではありませんでした。今のイスラエルはもっと小さな国です。この範囲の国と言えばバビロン帝国です。この約束がバビロン帝国によって果たされたのか、又はこの先にまだ実現する可能性があるのかはわかりません。ですがイエス様が表れてからの世界は神の国の世界になるので、土地に縛られる世界ではありません。

 この神様がアブラムと契約した話は前半と後半では大きく違っています。前半で約束したのはアブラムの子孫が星の数ほどになると約束したことであり、アブラムはそれを聞いて信じ、神様はそれをアブラムの義と認めたという話です。後半の話は、神様はアブラムに、この土地を与えると約束したことであり、アブラムはそれを聞いても信じられず、その証拠を欲しがったのです。そして、動物を二つに割いて、神様がそこを渡り契約するという話なのです。どちらもアブラムと神様の大切な契約がなされたということは同じですが、その内容は大きく異なります。ですがユダヤ人たちはこのどちらの話をも信じ受け入れて、神様の契約の実現を待ったのです。

 アブラムが、信仰の祖とあがめられるのは「アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。」という言葉があるからです。とても信じられないようなことでも、神様の言葉を信じて受け入れる姿勢こそ、信仰の一番大切なことではないでしょうか。

 


(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様。アブラムは年老いてもう子供ができないという状況の中でも、神様が約束してくださった言葉を信じて受け入れました。神様の約束は必ず実現するとの信仰を持ったのです。あなたの約束は必ず実現するとの信仰を持って、私たちも歩んでいきたいと思います。何よりもあなたのみ言葉を第一にして、信じて歩ませてください。人間の目から見れば、信じられないような馬鹿げたような出来事の中にも、あなたの不思議な業がなされることを信じて歩ませてください。

この祈りを、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

 

<<聖書の箇所(旧約聖書:◇創世記)>>

 

◆神の約束

創 15:1 これらのことの後で、主の言葉が幻の中でアブラムに臨んだ。「恐れるな、アブラムよ。わたしはあなたの盾である。あなたの受ける報いは非常に大きいであろう。」

創 15:2 アブラムは尋ねた。「わが神、主よ。わたしに何をくださるというのですか。わたしには子供がありません。家を継ぐのはダマスコのエリエゼルです。」

創 15:3 アブラムは言葉をついだ。「御覧のとおり、あなたはわたしに子孫を与えてくださいませんでしたから、家の僕が跡を継ぐことになっています。」

創 15:4 見よ、主の言葉があった。「その者があなたの跡を継ぐのではなく、あなたから生まれる者が跡を継ぐ。」

創 15:5 主は彼を外に連れ出して言われた。「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい。」そして言われた。「あなたの子孫はこのようになる。」

創 15:6 アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。

創 15:7 主は言われた。「わたしはあなたをカルデアのウルから導き出した主である。わたしはあなたにこの土地を与え、それを継がせる。」

創 15:8 アブラムは尋ねた。「わが神、主よ。この土地をわたしが継ぐことを、何によって知ることができましょうか。」

創 15:9 主は言われた。「三歳の雌牛と、三歳の雌山羊と、三歳の雄羊と、山鳩と、鳩の雛とをわたしのもとに持って来なさい。」

創 15:10 アブラムはそれらのものをみな持って来て、真っ二つに切り裂き、それぞれを互いに向かい合わせて置いた。ただ、鳥は切り裂かなかった。

創 15:11 禿鷹がこれらの死体をねらって降りて来ると、アブラムは追い払った。

創 15:12 日が沈みかけたころ、アブラムは深い眠りに襲われた。すると、恐ろしい大いなる暗黒が彼に臨んだ。

創 15:13 主はアブラムに言われた。「よく覚えておくがよい。あなたの子孫は異邦の国で寄留者となり、四百年の間奴隷として仕え、苦しめられるであろう。

創 15:14 しかしわたしは、彼らが奴隷として仕えるその国民を裁く。その後、彼らは多くの財産を携えて脱出するであろう。

創 15:15 あなた自身は、長寿を全うして葬られ、安らかに先祖のもとに行く。

創 15:16 ここに戻って来るのは、四代目の者たちである。それまでは、アモリ人の罪が極みに達しないからである。」

創 15:17 日が沈み、暗闇に覆われたころ、突然、煙を吐く炉と燃える松明が二つに裂かれた動物の間を通り過ぎた。

創 15:18 その日、主はアブラムと契約を結んで言われた。「あなたの子孫にこの土地を与える。エジプトの川から大河ユーフラテスに至るまで、

創 15:19 カイン人、ケナズ人、カドモニ人、

創 15:20 ヘト人、ペリジ人、レファイム人、

創 15:21 アモリ人、カナン人、ギルガシ人、エブス人の土地を与える。」