家庭礼拝 2019年10月23日 創世記 9:1-28 祝福と契約

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起 

 今日の聖書の個所は、ノアの洪水が終わって水が引き、ノアたちによる新しい生活が始まったところから始まります。そして今日の聖書の個所の前半は、神様の言葉であり、後半はノアの言葉です。これまでノアは一言も言葉を発することなく、ただ、ノアはすべて神の命じられたように果たした、と書かれていたのです。ノアはまるで仙人のような雰囲気で、黙々として従ったのです。ところがこの章ではノアは突然人間臭さ丸出しの人となってしまいます。葡萄酒で酔いつぶれて、裸になって寝ていたのを息子に見つけられただけでなく、辱めを受けたと言う事で、その息子の子供すなわち孫をそのせいで呪うようなことをしているのです。いったいこれは何を言おうとしているのでしょうか。

 また神様は、この新しいノアたちの生活に先立って、ノアたちを祝福しました。この神様の言葉は二つに分かれていて、前半は祝福の言葉、後半は契約の言葉です。この当時の祝福とは、産めよ、増えよ、地に満ちよ、と言う事です。増えることこそが祝福なのです。今のように個人の幸せなどと言う事ではなく、群れ全体が増えていくことこそ祝福だったのです。そして後半は人間およびすべての生き物との契約の話ですが、それは二度とこの様な洪水で生き物たちを滅ぼすことはないという契約です。そしてその契約のしるしとして、虹を置いたと言う事です。8章にも、神様がこのようなことは二度としないと言う事を、御心に言われたと書かれていますが、その時は洪水で滅ぼすようなことはしないと言う限定はなかったのですが、9章では洪水によって地を滅ぼすことはしないと限定しているのです。神様の思いではどんな方法であれ、滅ぼすことはしないと決心し、人間に対しては、洪水で滅ぼすことはしないと言っているだけなのかもしれません。

 ノアと息子たちの話は、隠し立てのない一つの物語です。聖書のすばらしいところは、その登場人物を美化することなく、欠点も含めてみな正直に書いていると言う事です。新約聖書でも、ペトロの裏切りのような失敗談を色々書いていますが、このノアにおいても聖人ノアだけでなく、酔っぱらってしまって失敗をしてしまうノアまでそのまま書き記しているのです。そこには、大切なのは人間ではなく、神様の御心であるという考えが貫かれているのだと思います。そしてまた、再出発したノアの家族による人類の歩みもまた、人間の弱さが出て、又失敗を繰り返してしまうのかという、予感を漂わせる物語になっているのです。

それでは、最初にノアに対する神様の祝福の言葉から聞いてみましょう。1節から3節です。

創 9:1 神はノアと彼の息子たちを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちよ。

創 9:2 地のすべての獣と空のすべての鳥は、地を這うすべてのものと海のすべての魚と共に、あなたたちの前に恐れおののき、あなたたちの手にゆだねられる。

創 9:3 動いている命あるものは、すべてあなたたちの食糧とするがよい。わたしはこれらすべてのものを、青草と同じようにあなたたちに与える。

 神様はノアと息子たちを祝福してこう言いました。それは「産めよ、増えよ、地に満ちよ。」という言葉でした。この群れとして増え続けていくことこそ、当時の祝福だったのです。現代の個人的な祝福を願うこととは違うのです。そしてこうも言いました。「地のすべての獣と空のすべての鳥は、地を這うすべてのものと海のすべての魚と共に、あなたたちの前に恐れおののき、あなたたちの手にゆだねられる。動いている命あるものは、すべてあなたたちの食糧とするがよい。わたしはこれらすべてのものを、青草と同じようにあなたたちに与える。」神様は、この地上にあるすべての動物も植物も皆、人間の手にゆだねると言ったのです。そしてそれらをすべて人間の食料としてよいと許しを得たのです。ですから食べるものに清いものも穢れたものもないはずですが、いつの間にか、律法では清い食べ物と穢れた食べ物とが出来上がり、穢れた食べ物は食べてはいけないという風になったのです。その律法が否定されたのは、ペトロがヤッファで幻を見たときでした。そこでは天が開き、大きな布のような入れ物が、四隅で吊るされて、地上に降りて来て、その中には、あらゆる獣、地を這うもの、空の鳥が入っていたのです。神様はペトロに、それをほうって食べなさいと命じると、ペトロはとんでもないことです、聖くないもの、穢れたものは何一つ食べたことがありませんと言って拒否しました。すると神様は、「神が清めたものを、清くないなどと、あなたは言ってはならない」と言って、その入れ物を天に引き上げたのです。ですからそのことは、このノアの時代に言われたことと同じなのですが、いつの間にか、人間が勝手にいろいろな知識を作り出して、聖くないものは食べてはならないと言い出したのです。これが禁断の実を食べた後遺症なのです。ですが、ノアの箱舟に入った動物たちには清い動物が7つがい、清くない動物が1つがい入ったと言う事が書かれているのですから、動物たちには清い動物、聖くない動物と言う違いはあったのかもしれません。でもそれは食べてよいものと食べてはいけないものと言う事ではなく、神様に捧げられる動物と捧げられない動物と言う意味だったのかもしれません。それらを混同してしまったのです。

 そして、神様はその動物たちを食べるにあたって、一つだけ条件を付けました。それは血を含んだまま食べてはならない、と言う事でした。4節から7節です。

創 9:4 ただし、肉は命である血を含んだまま食べてはならない。

創 9:5 また、あなたたちの命である血が流された場合、わたしは賠償を要求する。いかなる獣からも要求する。人間どうしの血については、人間から人間の命を賠償として要求する。

創 9:6 人の血を流す者は/人によって自分の血を流される。人は神にかたどって造られたからだ。

創 9:7 あなたたちは産めよ、増えよ/地に群がり、地に増えよ。」

 なぜ血を含んだまま食べてはならないかと言うと、血は命だからです。命は神様のものだからです。そしてまた、その命の血が他のものによって流された場合、神様はその賠償を要求すると言いました。血の償いをさせるというのです。そして、特に人間から流される血については、その血を流させたものの命を賠償として要求すると言ったのです。人間の血の賠償は命なのです。このように、血とは命と同じくらい大切なことなのです。人は神にかたどって作られた特別なものだからなのです。このことを守るように言った後で、「あなたたちは産めよ、増えよ/地に群がり、地に増えよ。」と言って、すべてのものを祝福したのです。

これは私には神様が、アダムとエヴァを造られたとき、祝福する前に、園のすべての木の実を食べてもよいが、園の中央の善悪の知識の木の実だけは食べてはいけない、必ず死ぬからと言った言葉を思い出してしまいます。ノアの家族たちにも、祝福する前に、人の血を流してはいけない、人の血を流す者はその人間の命を賠償として要求する、と言われたにもかかわらず、人はその後も殺し合いの歴史を続けているのです。でも神様は人が心に思うことは幼い時から悪いのだと言って、そのことを認めたうえで祝福してくださっているのです。

そして神様は、人間と契約を立ててくれます。契約とは対等な者同士が約束を守ることを証明するために結ぶものですが、神様と人間はとても対等にはなれません。でも神様は人間のレベルまで降りてこられて、契約すると言ってくれるのです。これはなかなか信じることのできない人間に、これから語ることは必ず実現すると言う事を強調するために契約するというのです。9節から11節です。

創 9:9 「わたしは、あなたたちと、そして後に続く子孫と、契約を立てる。

創 9:10 あなたたちと共にいるすべての生き物、またあなたたちと共にいる鳥や家畜や地のすべての獣など、箱舟から出たすべてのもののみならず、地のすべての獣と契約を立てる。

創 9:11 わたしがあなたたちと契約を立てたならば、二度と洪水によって肉なるものがことごとく滅ぼされることはなく、洪水が起こって地を滅ぼすことも決してない。」

 その必ず実現させると約束した契約とは何でしょうか。それは人間に対して約束しただけでなく、地のすべての生き物とも契約したのです。その契約とは、「二度と洪水によって肉なるものがことごとく滅ぼされることはなく、洪水が起こって地を滅ぼすことも決してない。」という契約なのです。ですから私は人類も地球も滅びるはずはないという思いを持っています。ですがヨハネの黙示録にあるような終末の出来事は、すべてのものが地震や火や厄災によって、滅んでしまうことが描かれています。確かにそれは洪水ではないかもしれませんが、火と硫黄によって滅ぼされるのであれば同じことだと思うのです。ですから終末の出来事とはもっと別の形で来るのではないかと思っています。

そして神様はさらに言われました。それはその契約が結ばれた印とは何かと言う事でした。契約の証拠は何かと言う事です。12節から17節です。

創 9:12 更に神は言われた。「あなたたちならびにあなたたちと共にいるすべての生き物と、代々とこしえにわたしが立てる契約のしるしはこれである。

創 9:13 すなわち、わたしは雲の中にわたしの虹を置く。これはわたしと大地の間に立てた契約のしるしとなる。

創 9:14 わたしが地の上に雲を湧き起こらせ、雲の中に虹が現れると、

創 9:15 わたしは、わたしとあなたたちならびにすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた契約に心を留める。水が洪水となって、肉なるものをすべて滅ぼすことは決してない。

創 9:16 雲の中に虹が現れると、わたしはそれを見て、神と地上のすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた永遠の契約に心を留める。」

創 9:17 神はノアに言われた。「これが、わたしと地上のすべて肉なるものとの間に立てた契約のしるしである。」

 神様が人間と全ての生き物に対して立てた契約の印とは、虹であるというのです。神様は雲の中に虹が現れると、その契約を心にとめて、水が洪水になって、肉なるものを滅ぼすことは決してしないと確認するというのです。私たちもその言葉を信じ、虹を見るたびに神様が私たちとかわしてくださった、その契約を確認することができるのです。これほどはっきりした契約としるしはないでしょう。だから、私たちはその言葉を信じることができるのです。

さて、ここからはノアの話となります。ノアたちが箱舟から出て、どんな生活をしたかが書かれています。18節から20節です。

創 9:18 箱舟から出たノアの息子は、セム、ハム、ヤフェトであった。ハムはカナンの父である。

創 9:19 この三人がノアの息子で、全世界の人々は彼らから出て広がったのである。

創 9:20 さて、ノアは農夫となり、ぶどう畑を作った。

 最初にノアの息子のことが書かれています。息子はセム、ハム、ヤフェトであった、と書かれており、全世界の人々は彼らから出て広がったと書かれています。すなわちすべての人類はこの3人の子孫だと言う事です。直系のユダヤ人たちはセムの子孫で、セム族の一員です。ハムに関しては特にその子のカナンの父であると書いてあります。カナンとはどこかで聞いたことのある名前ですが、それはモーセが神様から約束の地を与えられて、目指していった土地がカナンです。すなわちその今のエルサレムのあるあたり一帯はカナンと呼ばれ、ハムの子のカナンの子孫が住んでいたのです。その土地に起こる特別の出来事があるので、わざわざここにその子のカナンの名前が載っています。その特別の出来事とはこれから語られます。その時、ノアは、農夫となってブドウ畑を造って、平和に過ごしていたのです。

ところがちょっとした事件が起こります。21節から23節です。

創 9:21 あるとき、ノアはぶどう酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になっていた。

創 9:22 カナンの父ハムは、自分の父の裸を見て、外にいた二人の兄弟に告げた。

創 9:23 セムとヤフェトは着物を取って自分たちの肩に掛け、後ろ向きに歩いて行き、父の裸を覆った。二人は顔を背けたままで、父の裸を見なかった。

 ある時ノアは葡萄酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になっていたというのです。信仰深く、なんでも神様に従う敬虔なノアにしては、ちょっとふさわしくない姿です。その姿をハムは見て、外にいた二人の兄弟に教えたのです。これはただ兄弟に教えたというよりも、自分の父親の裸になって酔いつぶれている姿をあざけって、軽べつするようにからかいながら、兄弟に教えたのです。ですが、セムとヤフェトは、神を信じる父親を尊敬していたので、ノアの上にかける着物をとって来て、2人で自分たちの肩にかけて広げて、後ろ向きに歩いて行って、父親の裸にかけてやったのです。二人は顔をそむけたままだったので父親の裸は見なかったのです。当時は、父親の裸を見るというのはとても罪悪感を感じるようなものだったようです。見てはいけないものを見てしまうという感覚でしょう。

このことが後で酔いがさめたノアに知れてしまうのです。24節から29節です。

創 9:24 ノアは酔いからさめると、末の息子がしたことを知り、

創 9:25 こう言った。「カナンは呪われよ/奴隷の奴隷となり、兄たちに仕えよ。」

創 9:26 また言った。「セムの神、主をたたえよ。カナンはセムの奴隷となれ。

創 9:27 神がヤフェトの土地を広げ(ヤフェト)/セムの天幕に住まわせ/カナンはその奴隷となれ。」

創 9:28 ノアは、洪水の後三百五十年生きた。

創 9:29 ノアは九百五十歳になって、死んだ。

 この息子のハムは末っ子の息子のようです。ノアはこの末の息子がしたことを知って、呪うのです。その呪いが、その辱めを与えたハムに対してではなく、その子のカナンに対して与えられているのが不思議です。ノアはどのようにカナンを呪ったのでしょうか。それはカナンは奴隷の奴隷となって、兄たちに仕えよ、と言う事でした。セムとヤフェトは正しいことをし、父親の裸を見なかったので祝福されました。そしてセムの神、主をたたえよと言い、カナンはセムの奴隷になれと言いました。そしてヤフェトも祝福して、土地を広げてセムの天幕に住まわせ、カナンはその奴隷になれ、と言ったのです。いずれにしてもカナンは、セムとヤフェトの奴隷になるのです。これはセムの子孫である、モーセ達がエジプトからカナンの地を目指してやってきて、最後にはカナンを征服して、そこに住んでいたカナン人を奴隷にしたことを言っているのだと思います。そしてヤフェトの子孫もセムの子孫のユダヤ人と一緒になって、エルサレム神殿で礼拝するものとなり、カナン人たちを奴隷に使ったと言う事のもともとの原因が、この父親であるノアの裸の姿を末っ子のハムがあざけったことによるのだということを語っているのです。

その後、ノアは洪水ののち350年生きて950歳で死にました。このように長生きしたのはノアまでで、それからはだんだんと寿命が短くなっていきます。神様が人間の寿命は120年にしようとしたので、そのようになっていくのです。

 ノアは箱舟から降り立って、神様から祝福を受けました。そして産めよ、増えよ、地に満ちよ、と言われ、それからの繁栄を約束されたのです。そして神様は二度と洪水によって、生き物を滅ぼすことはないと約束され、人間や生き物たちと契約を結びました。その印が虹だというのです。神様は虹を見るたびにその契約のことを思い起こすと言いました。私たちも虹を見るたびに、人間が一度、滅ぼされ浄められ、再出発が与えられたことを思い起こす必要があります。そして神様の慈しみによって、二度と滅ぼさないと約束されたことを知るのです。ですが、それからあとはノアの子孫が世界を作っていくのですが、まだまだいろいろな問題が起こります。ノアが生きている間に、ハムの行為によって、その子のカナンが呪われるような事態が起こりました。そしてまた、いろいろな災いを起こしてしまうのです。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様。この地はノアの信仰によって憐れみを与えられて、ノアの家族と生き物たちが残されました。そして祝福されて再出発を始めました。そこで神様はもう二度と洪水によって生き物を滅ぼすことはないと契約し、虹をその契約のしるしとしました。私たちはこのことの中に、イエスキリストの出来事を思い起こします。ノアによって人類が生き延びたように、イエス様によって滅びるはずの人類が生き延びることができました。それはイエス様が代わりに命を捧げてあがなってくださったからです。神様の契約のしるしの虹は、イエス様の十字架に変わりました。ノアが第二の天地創造だとすれば、イエス様は第三の天地創造と言う事になります。私たちはイエス様の箱舟によって救われたものです。私たちがノアの物語を知る時、同時にイエス様によって救われている事実をも知ることができますように。虹を見るときに十字架も見ることができますように。そして神様に感謝することができますように。

この祈りを、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン


<<聖書の箇所(旧約聖書:◇創世記)>>

 

◆祝福と契約

創 9:1 神はノアと彼の息子たちを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちよ。

創 9:2 地のすべての獣と空のすべての鳥は、地を這うすべてのものと海のすべての魚と共に、あなたたちの前に恐れおののき、あなたたちの手にゆだねられる。

創 9:3 動いている命あるものは、すべてあなたたちの食糧とするがよい。わたしはこれらすべてのものを、青草と同じようにあなたたちに与える。

創 9:4 ただし、肉は命である血を含んだまま食べてはならない。

創 9:5 また、あなたたちの命である血が流された場合、わたしは賠償を要求する。いかなる獣からも要求する。人間どうしの血については、人間から人間の命を賠償として要求する。

創 9:6 人の血を流す者は/人によって自分の血を流される。人は神にかたどって造られたからだ。

創 9:7 あなたたちは産めよ、増えよ/地に群がり、地に増えよ。」

創 9:8 神はノアと彼の息子たちに言われた。

創 9:9 「わたしは、あなたたちと、そして後に続く子孫と、契約を立てる。

創 9:10 あなたたちと共にいるすべての生き物、またあなたたちと共にいる鳥や家畜や地のすべての獣など、箱舟から出たすべてのもののみならず、地のすべての獣と契約を立てる。

創 9:11 わたしがあなたたちと契約を立てたならば、二度と洪水によって肉なるものがことごとく滅ぼされることはなく、洪水が起こって地を滅ぼすことも決してない。」

創 9:12 更に神は言われた。「あなたたちならびにあなたたちと共にいるすべての生き物と、代々とこしえにわたしが立てる契約のしるしはこれである。

創 9:13 すなわち、わたしは雲の中にわたしの虹を置く。これはわたしと大地の間に立てた契約のしるしとなる。

創 9:14 わたしが地の上に雲を湧き起こらせ、雲の中に虹が現れると、

創 9:15 わたしは、わたしとあなたたちならびにすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた契約に心を留める。水が洪水となって、肉なるものをすべて滅ぼすことは決してない。

創 9:16 雲の中に虹が現れると、わたしはそれを見て、神と地上のすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた永遠の契約に心を留める。」

創 9:17 神はノアに言われた。「これが、わたしと地上のすべて肉なるものとの間に立てた契約のしるしである。」

◆ノアと息子たち

創 9:18 箱舟から出たノアの息子は、セム、ハム、ヤフェトであった。ハムはカナンの父である。

創 9:19 この三人がノアの息子で、全世界の人々は彼らから出て広がったのである。

創 9:20 さて、ノアは農夫となり、ぶどう畑を作った。

創 9:21 あるとき、ノアはぶどう酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になっていた。

創 9:22 カナンの父ハムは、自分の父の裸を見て、外にいた二人の兄弟に告げた。

創 9:23 セムとヤフェトは着物を取って自分たちの肩に掛け、後ろ向きに歩いて行き、父の裸を覆った。二人は顔を背けたままで、父の裸を見なかった。

創 9:24 ノアは酔いからさめると、末の息子がしたことを知り、

創 9:25 こう言った。「カナンは呪われよ/奴隷の奴隷となり、兄たちに仕えよ。」

創 9:26 また言った。「セムの神、主をたたえよ。カナンはセムの奴隷となれ。

創 9:27 神がヤフェトの土地を広げ(ヤフェト)/セムの天幕に住まわせ/カナンはその奴隷となれ。」

創 9:28 ノアは、洪水の後三百五十年生きた。

創 9:29 ノアは九百五十歳になって、死んだ。