家庭礼拝 2019年7月24日 黙示録 20:1-14 千年間の支配
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起
今日の、聖書の個所は、黙示録の中でも有名な千年王国と、最後の審判について書かれています。最後の審判については、いろいろなところで書かれているので、黙示録特有と言う事ではありませんが、千年王国と言うのはこの黙示録特有の話です。ですが、この考え方はとても広まって、今でもそれを信じている人は多いのです。千年王国と言ってもよくわからない人でもミレニアムと言えばなんとなくわかります。西暦2000年を迎えた時に、盛んにミレニアムと言う言葉が飛び交いました。このミレニアムと言う言葉が千年王国なのです。
神様の一日は千年単位なのです。「主にあっては、一日は千年のようであり、千年は一日のようである。」と言うペトロ第二の3章に書かれている言葉にもあるように、千年が一つの単位なのです。これは実際に数学的に千年と言う事ではなく、とても長い時間と言う意味です。例えば、神様の作られた天使創造は6日間で行われて、7日目に休まれたのですが、こんなに早く神様が天地を作ったというよりも、神様の一日は千年なので、6千年かけて天地を作られた、と考える人もいます。そしてそのあと1日休まれるのですが、それが千年王国だと言う人もいます。このように、神様の時間はとても長いのです。この黙示録に書かれている時間もそのようなとても長い時間と考えた方が良いと思います。
この千年王国と言う信仰の在り方は、この黙示録に書かれているだけです。ですから、これが今までに、一度も教会全体の普遍的な信仰として認められたことはないのです。この信仰の背景は、キリスト教的であるよりはむしろ、ユダヤ教的なのです。そのようなことを考えつつ、この20章の千年王国と最後の審判について学んでいきたいと思います。
承
最初の20章1節から6節までの、小見出しにある千年間の支配と言うのが千年王国と言われる個所です。これは当時信じられていた信仰の在り方で、イエスキリストの教えとは直接結びつかないものです。ではこの千年王国がどのようにやって来るのかを見たいと思います。1節から3節です。
黙
20:1 わたしはまた、一人の天使が、底なしの淵の鍵と大きな鎖とを手にして、天から降って来るのを見た。
黙
20:2 この天使は、悪魔でもサタンでもある、年を経たあの蛇、つまり竜を取り押さえ、千年の間縛っておき、
黙
20:3 底なしの淵に投げ入れ、鍵をかけ、その上に封印を施して、千年が終わるまで、もうそれ以上、諸国の民を惑わさないようにした。その後で、竜はしばらくの間、解放されるはずである。
ヨハネは、一人の天使が底なしの淵のカギと大きな鎖とを手にして、天から降ってくるのを見たと言います。この底なしの淵と言うのは前にも出ています。それは7つのラッパを持った7人の天使が、ラッパを吹いて災いを起こした時です。9章の1節から3節にはこう書かれています。「第五の天使がラッパを吹いた。すると、一つの星が天から地上に落ちて来るのが見えた。この星に、底なしの淵に通じる穴を開くカギが与えられ、それが底なしの淵の穴を開くと、大きなかまどから、出るような煙が穴から立ち上り、太陽も空も穴からの煙のために暗くなった。そして、煙の中から、イナゴの群れが地上に出て来た。このイナゴには、地に住むサソリが持っているような力が与えられていた。」と書かれています。ここでは一人の天使のことを一つの星と言い、底なしの淵に通じる穴を開くカギが与えられました。この穴を開くと、煙とともに、イナゴの大軍が現れたのです。すなわちこの底なしの淵はイナゴの大軍の住処だったのです。ですがこの20章の個所ではその底なしの淵に、サタンを取り押さえて、縛り、底なしの淵に投げ入れ、鍵をかけ、その上に封印を施して、千年が終わるまで悪さをしないようにしていたというのです。ですが千年たったらまたそのサタンは解放される予定になっているというのです。
その千年の間の平和な時代が千年王国なのです。その時代はどのような世界であったのかをこのように記されています。4節から6節です。
黙
20:4 わたしはまた、多くの座を見た。その上には座っている者たちがおり、彼らには裁くことが許されていた。わたしはまた、イエスの証しと神の言葉のために、首をはねられた者たちの魂を見た。この者たちは、あの獣もその像も拝まず、額や手に獣の刻印を受けなかった。彼らは生き返って、キリストと共に千年の間統治した。
黙
20:5 その他の死者は、千年たつまで生き返らなかった。これが第一の復活である。
黙
20:6 第一の復活にあずかる者は、幸いな者、聖なる者である。この者たちに対して、第二の死は何の力もない。彼らは神とキリストの祭司となって、千年の間キリストと共に統治する。
ここで座と言われているものは、ただ座って居る椅子ではありません、裁きを行う人の座です。そこに座るのはイエスキリストの信仰を守り通して、首をはねられたもの、すなわち殉教した者たちであり、又殺されることはなくても、ローマの権力に屈することなく、皇帝礼拝で拝むこともなく、多くの苦しみと苦難を与えられて死んでいった人々たちが、復活の姿を与えられて、その座に座っていたのです。ローマに裁かれて、死んでいったもの、裁かれて苦しめられたものが、復活の場面ではそれを裁くものとなって、その座に座っていたのです。その裁くことが許されていたのです。これが第一の復活であり、この第一の復活にあずかる人たちには第二の死は何の力もないと言われます。このような幸いな人、聖なる人々は、復活したのち、彼らは神とキリストの祭司となって、千年の間キリストとともに統治するのです。これが千年王国です。
ほかの人々も復活しなかったわけではありません。ただ、千年たつまでは生き返らなかったのです。復活するにもこのような順番があると考えられていたのです。
転
この千年が終わると、又サタンが現れてきます。この千年とは、数えられる千年と考えない方が良いようです。とても長い年月と考えた方が良いのです。そうでないと、後から復活した人たちとサタンの復活とは同じ時期なのだろうかとも考えてします。それよりは、死んだ人たちの復活の後、サタンの開放が与えられたと考えるべきでしょう。なぜ、サタンは再び解放されたのかはわかりません。神と対立するものは、決して滅びることなくまた現れると言う事なのだと思います。その解放されたサタンはどうしたのでしょうか。7節から10節です。
黙
20:7 この千年が終わると、サタンはその牢から解放され、
黙
20:8 地上の四方にいる諸国の民、ゴグとマゴグを惑わそうとして出て行き、彼らを集めて戦わせようとする。その数は海の砂のように多い。
黙
20:9 彼らは地上の広い場所に攻め上って行って、聖なる者たちの陣営と、愛された都とを囲んだ。すると、天から火が下って来て、彼らを焼き尽くした。
黙
20:10 そして彼らを惑わした悪魔は、火と硫黄の池に投げ込まれた。そこにはあの獣と偽預言者がいる。そして、この者どもは昼も夜も世々限りなく責めさいなまれる。
イエス様と聖なるものたちが支配する時代が千年続いたのち、サタンが閉じ込められていた牢から解放されました。そして、地上のマゴク地方部族のゴクを惑わして、反キリストにし、彼らを集めて、聖なるものたちと戦わせようとしました。サタンはどんなに閉じ込められていても悔い改めることなく、必ず反キリストとなって戦ってくるのです。その軍勢は海の砂のように多く、聖なるものたちに攻め上って、その陣営と、都とを囲んで、滅ぼし去ろうとしました。その数においては、サタンの軍勢の方が優っていたのです。もうだめかと思ったその時、天から火が下って来て、彼らを焼き尽くしたのです。これが神様の業です。そして、そして彼らを惑わした悪魔は、火と硫黄の池に投げ込まれました。そこにはあの獣と偽預言者がいて、この者どもは昼も夜も世々限りなく責めさいなまれたのです。サタンは、イナゴの出て来た穴に閉じ込められていたのですが、千年たって解放され、天と戦って、又敗れて、今度はあの獣と偽預言者のいる、人硫黄の池に投げ込まれたのです。ここでは、昼も夜も、限りない苦痛が与えられたのです。
そして最後の審判が始まります。そこには大きな白い玉座がありました。白いというのは正しい裁きをなさる方の玉座と言う事です。どのような審判がなされたのでしょうか。11節から15節です。
黙
20:11 わたしはまた、大きな白い玉座と、そこに座っておられる方とを見た。天も地も、その御前から逃げて行き、行方が分からなくなった。
黙
20:12 わたしはまた、死者たちが、大きな者も小さな者も、玉座の前に立っているのを見た。幾つかの書物が開かれたが、もう一つの書物も開かれた。それは命の書である。死者たちは、これらの書物に書かれていることに基づき、彼らの行いに応じて裁かれた。
黙
20:13 海は、その中にいた死者を外に出した。死と陰府も、その中にいた死者を出し、彼らはそれぞれ自分の行いに応じて裁かれた。
黙
20:14 死も陰府も火の池に投げ込まれた。この火の池が第二の死である。
黙
20:15 その名が命の書に記されていない者は、火の池に投げ込まれた。
大きな白い玉座とそこに座っておられる方を見ると、天も地もその御前から逃げて行ったと言います。それはその裁きを恐れて逃げて行ったのでしょう。一方、死者たちが大きなものも小さなものも玉座の前に立って裁きを待っているのです。この死者と言うのは殉教者たちでしょう。逃げることなく真っ先にその裁きを受けようとしています。その裁きの時には、いくつかの書物が開かれたが、もう一つの書物も開かれた、と言います。この裁きでは、まず命の書に名前が書かれているかどうかを見ます。もしその名前が命の書に記されていなければ、サタンたちが投げ込まれた火の池に投げ込まれるのです。そこにはサタンも、獣も、偽預言者も投げ込まれましたが、死も陰府もそこに投げ込まれたと言います。この死や陰府は第一の死、すなわち肉体の死と、死んでから行く陰府です。すべてのものは裁かれて、もう死も、陰府も必要なくなったのです。この火の池に投げ込まれたものは第二の死であり、完全に消滅する死なのです。ですから、陰府も必要なくなったのです。そして命の書に書かれている者だけが、書物に書かれていることに基づいて、彼らの行いに応じて裁かれた、と言います。
海はその中にいた死者を外に出したとあります。この時代には、遺体のない死に方をしたものは呪われていると考えられていました。ですから海で死ぬことは恐ろしいことだったのです。ですが海で死んだものも、同じように、公平に裁きを受けることができました。死も陰府もその中にいた死者を出してそれぞれ同じように裁きを受けたのです。いつ死んだものもどこで死んだものもみな同じように神様の最後の審判の裁きを受けたのです。これが最後の審判なのです。ですが命の書に記されていないものは、論外で、火の池に投げ込まれたのです。
結
千年王国の後に、又サタンが解放されるのには驚きを感じます。なぜ又サタンが現れるのでしょうか。今の時代はどの時代に入るのでしょうか。今は、この千年王国の時代であると考えている人が多いのです。今の時代はイエス・キリストと聖なる者達が、この世を支配している時代です。すなわち教会の時代です。ですが、それでも、悪が存在し、苦しみが存在する状況の中で、又サタンが来るから誘惑に陥らないように気をつけろと言う意味なのかもしれません。
誰が命の書にその名を記されているのかはわかりません。ですが、イエス・キリストを信じる者には永遠の命が与えらえるという約束があります。それが命の書に名が記されたと言う事です。私たちはただ、素朴にイエス様が救い主であることを信じて、歩むだけです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様。私たちはあなたの恵みによって信仰を与えられ、御名をたたえて歩んでおります。その信仰は貧しいものかもしれませんが、取るに足らないものかもしれませんが、どうかあなたによって救われるものでありますように。この世の滅びに至るものを愛するのではなく、永遠にあるものを愛する事ができますように。どうかあなたの救いが、多くの人々の上にもありますように。私たちの親、兄弟、子供たち、仲間たち、世界中の人達の上にもありますように。
この祈りを、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(新約聖書:◇ヨハネの黙示録)>>
◆千年間の支配
黙
20:1 わたしはまた、一人の天使が、底なしの淵の鍵と大きな鎖とを手にして、天から降って来るのを見た。
黙
20:2 この天使は、悪魔でもサタンでもある、年を経たあの蛇、つまり竜を取り押さえ、千年の間縛っておき、
黙
20:3 底なしの淵に投げ入れ、鍵をかけ、その上に封印を施して、千年が終わるまで、もうそれ以上、諸国の民を惑わさないようにした。その後で、竜はしばらくの間、解放されるはずである。
黙
20:4 わたしはまた、多くの座を見た。その上には座っている者たちがおり、彼らには裁くことが許されていた。わたしはまた、イエスの証しと神の言葉のために、首をはねられた者たちの魂を見た。この者たちは、あの獣もその像も拝まず、額や手に獣の刻印を受けなかった。彼らは生き返って、キリストと共に千年の間統治した。
黙
20:5 その他の死者は、千年たつまで生き返らなかった。これが第一の復活である。
黙
20:6 第一の復活にあずかる者は、幸いな者、聖なる者である。この者たちに対して、第二の死は何の力もない。彼らは神とキリストの祭司となって、千年の間キリストと共に統治する。
◆サタンの敗北
黙
20:7 この千年が終わると、サタンはその牢から解放され、
黙
20:8 地上の四方にいる諸国の民、ゴグとマゴグを惑わそうとして出て行き、彼らを集めて戦わせようとする。その数は海の砂のように多い。
黙
20:9 彼らは地上の広い場所に攻め上って行って、聖なる者たちの陣営と、愛された都とを囲んだ。すると、天から火が下って来て、彼らを焼き尽くした。
黙
20:10 そして彼らを惑わした悪魔は、火と硫黄の池に投げ込まれた。そこにはあの獣と偽預言者がいる。そして、この者どもは昼も夜も世々限りなく責めさいなまれる。
◆最後の裁き
黙
20:11 わたしはまた、大きな白い玉座と、そこに座っておられる方とを見た。天も地も、その御前から逃げて行き、行方が分からなくなった。
黙
20:12 わたしはまた、死者たちが、大きな者も小さな者も、玉座の前に立っているのを見た。幾つかの書物が開かれたが、もう一つの書物も開かれた。それは命の書である。死者たちは、これらの書物に書かれていることに基づき、彼らの行いに応じて裁かれた。
黙
20:13 海は、その中にいた死者を外に出した。死と陰府も、その中にいた死者を出し、彼らはそれぞれ自分の行いに応じて裁かれた。
黙
20:14 死も陰府も火の池に投げ込まれた。この火の池が第二の死である。
黙
20:15 その名が命の書に記されていない者は、火の池に投げ込まれた。