家庭礼拝 2019年7月17日 黙示録 19:1-21 子羊の婚宴

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起 

 今日の19章を入れて、あと4章で、この黙示録も終わります。大淫婦バビロンが、前の章で完全に滅んでしまいました。ですが、多くの信者たちも、その女に殺されて殉教者となってしまいました。ですが今日の19章から、勝利と賛美の歌が聞こえてきます。これからの4章は、喜びの最終章と言う事になります。もう血なまぐさい、殺戮はありません。

 これから湧き起こる賛美は、賛美と言うものがどういうものであるかと言う事を考えさせられます。私たちも賛美をし、賛美歌を歌いますが、どうもそのような賛美とは本質的に違うような気がします。私たちの賛美は、神様を褒めたたえますと言い、賛美歌を歌って、賛美を捧げることによって、宗教的な良い気分に浸っているようなこんな気がします。賛美歌に合わせて、手を振り、体を揺らして、本当に喜びを表しているような賛美をする人もいます。でも私はなぜかしっくりこないのです。その様な人たちが、私はこんなに神様を愛し、賛美しているのですと、神様に主張しているような気がするのです。

 ですが、この黙示録の賛美を見ていると、賛美をして気持ちよくなると言うのとは全く違うものを感じます。この信徒たちは迫害され、圧迫され、拷問され、殺されたのですが、それでも信仰を失いませんでした。たとえこの身が滅んでも、その苦しみの中で、神様を賛美する、と言う賛美です。自分が死んだ後でも、必ず神様が勝利する時が来ると言う事を信じての賛美です。何が起こっても、どんなに苦しくても賛美すると言う賛美です。何か与えられるから賛美するのではありません。それは必ず神様の勝利の時が来ると言う事を信じることによって起こる賛美なのです。

 信仰を与えられたから賛美するのでもなく、正しいことをできるようになったから賛美するのでもなく、助けられたから賛美するのでもなく、恵みを与えられ祝福されたから賛美するのでもありません。神様が本当に居るのだろうかと言うような状況の中で、多くのものがとても苦しい悲惨な思いをして、死んでいったのです。ですが、どんなに苦しい状況の中でも、神様が最後には必ず勝利されると言う事を信じるから賛美するのです。だから信仰を持ち続け、正しいことを行い、どんなことにも恵みを見出し、祝福されたものとして、最後まで従って行ったのです。私たちがこのような賛美をしているとは思いません。もう一度私たちの賛美を振り返ってみる必要があるかもしれません。感謝するから賛美するのではなく、感謝できるようなことは何もなくても、最後の勝利を信じて賛美することによって、希望が生まれ、そこから感謝が生まれるのだと思うのです。その様な賛美の声を、これからの賛美の4章の中で聞いていきたいと思います。

大バビロンが滅んで、王たちと、商人たちと、船乗りたちの弔いの歌が起こり、力強い天使の弔いの歌が歌われた後、天では、大群衆の大声の様なものが聞こえてきたのです。1節と2節です。

黙 19:1 その後、わたしは、大群衆の大声のようなものが、天でこう言うのを聞いた。「ハレルヤ。救いと栄光と力とは、わたしたちの神のもの。

黙 19:2 その裁きは真実で正しいからである。みだらな行いで/地上を堕落させたあの大淫婦を裁き、/御自分の僕たちの流した血の復讐を、/彼女になさったからである。」

 この大群衆の大声と言うものは大変な迫力のある大音量で、後でも出てくるのですが、それは、大水のごうごうとした轟のようであり、激しい雷の音の様な響きなのです。それが天から聞こえてきたのですから、それは天使たちの大群衆かもしれません。その大声は、こう言っていたのです。それは、「ハレルヤ。救いと栄光と力とは、わたしたちの神のもの。その裁きは真実で正しいからである。みだらな行いで/地上を堕落させたあの大淫婦を裁き、/御自分の僕たちの流した血の復讐を、/彼女になさったからである。」と言っていたのです。それは勝利した神様を賛美する、賛美の声だったのです。その賛美は、まずハレルヤと言う言葉になって現れました。このハレルヤと言う言葉はヘブル語で、ハレルすなわち、賛美せよという言葉と、神様を表す、ヤーと言う言葉がくっついて、ハレルヤすなわち神をほめたたえよという賛美の言葉になったのです。今までも旧約聖書の中でこの言葉は出ていたのですが、いつもは「主をほめたたえよ」と訳されていました。ですが、このヨハネの19章になって、初めて原語がそのまま残って、ハレルヤと語られているのです。それは、クリスチャンが増え、その言葉が世界に知れ渡ってきたからだと思います。サンキューと言う言葉をいちいち訳さなくても世界中で分かるように、ハレルヤと言う言葉も世界中で、神様を賛美する言葉だとわかるようになったのです。このハレルヤと言う言葉が直接使われているのは聖書の中で、この19章に4回使われているだけなのです。ですが、この時にはこれがもう世界の標準語になっていたのです。

ハレルヤ、と賛美した後で言ったことは、【救いと栄光と力とは、わたしたちの神のもの、】と賛美したのです。神様とは、救いと栄光と力を持つ方なのです。それを本当に持つ方は、神様しかいないと言っているのです。そして、その裁きは真実で正しいからである、と続けました。神様は裁かれる方です。ですが私たちは時にして、神様の裁きが不公平ではないかと思うこともあります。神様はなぜあんな良い人を死なせて、悪い者達を生き永らえさせるのですかと、恨みを言うこともあるのです。ですが、神様は、人知を超えて、その裁きは真実であり正しいのだと賛美しているのです。なぜならば、「みだらな行いで/地上を堕落させたあの大淫婦を裁き、/御自分の僕たちの流した血の復讐を、/彼女になさったからである。」と知ることが出来たからです。その力と富とが強大で、この地上を堕落させるほどの力を持った大淫婦が、正しい罪のないクリスチャンたちを苦しめ、血を流させ、殺したその血の復讐を神様がしてくださったからなのです。それまでは、信者たちがどんどん殺されるのに、神様は何もしてくれないのではないかと、神様を疑う心も人の思いにはあったのですが、ついに最後には神様がその裁きを行ってくださった、と言うので賛美しているのです。信じていた神様が、信じられない方法で復讐してくださったと喜んでいるのですが、これはキリスト教と言うよりも、ユダヤ教に近い喜びと賛美です。

そして続けてこういいます。3節と4節です。

黙 19:3 また、こうも言った。「ハレルヤ。大淫婦が焼かれる煙は、世々限りなく立ち上る。」

黙 19:4 そこで、二十四人の長老と四つの生き物とはひれ伏して、玉座に座っておられる神を礼拝して言った。「アーメン、ハレルヤ。」

 ここでもハレルヤのオンパレードです。ここまでで3回ハレルヤが出てきましたが、聖書の中では、ハレルヤと言う言葉が出てくるのはこの章での4回だけなのです。同じようにヘブル語の言語がそのまま使われている言葉は、アーメンと言う言葉と、ヤハウェと言う言葉だけです。

ここでハレルヤ、と言っているのは大淫婦バビロンは永遠に焼き尽くされることを喜んでのことです。そして、二十四人の長老と四つの生き物とはひれ伏して、玉座に座っておられる神を礼拝して言いました。それは「アーメン、ハレルヤ。」と言う言葉でした。24人の長老と言うのは旧約のユダヤの12部族を代表する人たちと、新約を代表する12使徒です。すなわち、新約の人達も旧約の人達もそろって、神様を礼拝したのです。そこには四つの生き物もいましたがともに玉座に座っておられる神様を礼拝したのです。この四つの生き物はライオン、雄牛、人、わしで、最も勇敢なもの、最も強いもの、最も賢いもの、最も早いものを代表して、すべての動物たちを代表しているのです。

そしてそのハレルヤの後で、玉座と大群衆から声が聞こえてきたのです。5節と6節です。

黙 19:5 また、玉座から声がして、こう言った。「すべて神の僕たちよ、/神を畏れる者たちよ、/小さな者も大きな者も、/わたしたちの神をたたえよ。」

黙 19:6 わたしはまた、大群衆の声のようなもの、多くの水のとどろきや、激しい雷のようなものが、こう言うのを聞いた。「ハレルヤ、/全能者であり、/わたしたちの神である主が王となられた。

 まず玉座からの声が「すべて神の僕たちよ、/神を畏れる者たちよ、/小さな者も大きな者も、/わたしたちの神をたたえよ。」と言いました。これは玉座のそばにいた、4つの生き物たちが言ったのではないでしょうか。それは全てのものよ、神をたたえよという賛美でした。そしてそれに答えるように、大きな音が聞こえてきました。ここではその音が大群衆の声のようであり、大水の轟であり、激しい雷のような音だったとはっきりと書いています。そしてその大群衆の様な声は、「ハレルヤ、/全能者であり、/わたしたちの神である主が王となられた。」と言う賛美でした。この賛美が極まった時は、ハレルヤと言う言葉でしか表現できないものがあったのです。これで最後の四回目のハレルヤが出てきました。それは地上の王たちが滅ぼされて、全能者であり神様である方が、私たちの直接の王になってくださったと言う事を喜んで賛美しているのです。

そして、その喜びの中で、子羊の婚礼の準備をするのです。7節から10節です。

黙 19:7 わたしたちは喜び、大いに喜び、/神の栄光をたたえよう。小羊の婚礼の日が来て、/花嫁は用意を整えた。

黙 19:8 花嫁は、輝く清い麻の衣を着せられた。この麻の衣とは、/聖なる者たちの正しい行いである。」

黙 19:9 それから天使はわたしに、「書き記せ。小羊の婚宴に招かれている者たちは幸いだ」と言い、また、「これは、神の真実の言葉である」とも言った。

黙 19:10 わたしは天使を拝もうとしてその足もとにひれ伏した。すると、天使はわたしにこう言った。「やめよ。わたしは、あなたやイエスの証しを守っているあなたの兄弟たちと共に、仕える者である。神を礼拝せよ。イエスの証しは預言の霊なのだ。」

 花婿は子羊なるイエス様です。そして花嫁は聖なる教会です。花嫁は輝く清い麻の衣を着せられました。その衣は白く輝き、聖なるものたち正しい行いを表していました。これは大淫婦が紫と赤の衣を着て、贅沢と思い昂ぶりに満ちていたことと対照的に書かれているのです。

天使はこの状況をヨハネに書き記せ、と命じました。そして、この子羊の婚宴に招かれている者たちは幸いだと、感嘆し、「これは、神の真実の言葉である」とも言いました。ヨハネが書き記したのは、子羊なるイエスと教会が結婚をしたことです。一つとなったことです。この天使は、「これは、神の真実の言葉である」と不思議な言い回しで言いました。たぶん、これは神の言葉が真実であり、それが成就したものである、と言う事を言おうとしているのだと思います。このことのために、多くの殉教者が天に召され、邪悪なバビロンは滅んだと言う事だと思います。

この天使の言葉を聞いたヨハネは、その言葉に感動して、その天使を拝もうとしてその足元にひれ伏しました。するとその天使は、「やめよ。わたしは、あなたやイエスの証しを守っているあなたの兄弟たちと共に、仕える者である。神を礼拝せよ。イエスの証しは預言の霊なのだ。」その天使は自分を拝ませることはしませんでした。拝む方はただ一人神様だけであり、イエス様の証したものを信じる者は、預言者の霊となって、それを世に伝えるのだ、と言っているのです。この初代教会のころは、ユダヤ教と同じで、直接神様に祈ったり、賛美を捧げたりすることは畏れ多くて、天使を通してすることがあったのです。ですからヨハネもこの天使を拝もうとしたのですが、天使は自分もあなた達と同じ、神様に仕える者だから、それをしてはならないと、天使礼拝を禁じたのです。なぜならばその天使の代わりに、神様の仲保者として、イエス様が現れたので、直接イエス様に祈ったり、拝んだりすることができるようになったからなのです。天使礼拝禁止の根拠はここにあると言うのです。

ヨハネが天を見上げると、そこには白い馬に乗ったイエス様が現れたのです。白い馬とは勝利を表す馬なのです。そしてそのイエス様のことをこのように言い表しました。11節から16節です。

黙 19:11 そして、わたしは天が開かれているのを見た。すると、見よ、白い馬が現れた。それに乗っている方は、「誠実」および「真実」と呼ばれて、正義をもって裁き、また戦われる。

黙 19:12 その目は燃え盛る炎のようで、頭には多くの王冠があった。この方には、自分のほかはだれも知らない名が記されていた。

黙 19:13 また、血に染まった衣を身にまとっており、その名は「神の言葉」と呼ばれた。

黙 19:14 そして、天の軍勢が白い馬に乗り、白く清い麻の布をまとってこの方に従っていた。

黙 19:15 この方の口からは、鋭い剣が出ている。諸国の民をそれで打ち倒すのである。また、自ら鉄の杖で彼らを治める。この方はぶどう酒の搾り桶を踏むが、これには全能者である神の激しい怒りが込められている。

黙 19:16 この方の衣と腿のあたりには、「王の王、主の主」という名が記されていた。

この白い馬に乗ったイエス様の事を色々な表現で言い表しています。まず、「誠実」および「真実」と呼ばれて、正義をもって裁き、また戦われる方であると言いました。誠実も真実もそこには嘘がないと言う事です。そして正義を貫き通して、裁きそして戦う方であると言う事です。

目は炎のようであり、頭には多くの王冠があったと言います。頭の多くの王冠とは多くの国々の王となって支配していると言う事です。そしてこの方には自分のほかには誰も知らない名が記されていたとありますが、どうして誰も知らない名などが必要なのでしょうか。名前は知ってもらうためにありそうなものですが。この当時名前を知ると言う事はその正体を知ると同じようなことで、相手に対して影響力を持つことができると考えられていたのです。悪魔に対しても悪魔の名前を言って立ち去れと言えばその影響を受けるように、神様の名前を言って侮辱すればその影響を受けると思っていたのです。ですから誰にも影響されない誰も知らない名前を持っていたのです。ですが、この方は血に染まった衣を着て、その名を「神の言葉」と呼ばれていたと言います。これは誰も知らない名前ではなく、人々が呼ぶときの名前だと思います。ユダヤ人たちが、神様の名前を、直接呼ぶことはないが、ヤハウェと言う言葉で、神様を表していたようなものかと思います。

この方には、天の軍勢がついており、同じように白い馬に乗り、白く清い麻をまとっていました。この方の口からは鋭い剣が出ており、それで諸国を打倒し、鉄の杖で彼らを治めました。この方の衣と腿のあたりには、「王の王、主の主」という名が記されていた、と言うのです。どういう状況かはわかりませんが、衣の裾の方には、「王の王、主の主」と言う字が誰にも見えるように書かれていたものと思われます。この様な、姿を明らかにして凱旋したのです。

するともう一人の天使が太陽の中に立ってこういいました。17節から21節です。

黙 19:17 わたしはまた、一人の天使が太陽の中に立っているのを見た。この天使は、大声で叫び、空高く飛んでいるすべての鳥にこう言った。「さあ、神の大宴会に集まれ。

黙 19:18 王の肉、千人隊長の肉、権力者の肉を食べよ。また、馬とそれに乗る者の肉、あらゆる自由な身分の者、奴隷、小さな者や大きな者たちの肉を食べよ。」

黙 19:19 わたしはまた、あの獣と、地上の王たちとその軍勢とが、馬に乗っている方とその軍勢に対して戦うために、集まっているのを見た。

黙 19:20 しかし、獣は捕らえられ、また、獣の前でしるしを行った偽預言者も、一緒に捕らえられた。このしるしによって、獣の刻印を受けた者や、獣の像を拝んでいた者どもは、惑わされていたのであった。獣と偽預言者の両者は、生きたまま硫黄の燃えている火の池に投げ込まれた。

黙 19:21 残りの者どもは、馬に乗っている方の口から出ている剣で殺され、すべての鳥は、彼らの肉を飽きるほど食べた。

 この個所を読むと、黙示録では時間がまっすぐに流れるのではなく行ったり来たりしているような気がします。ここでは天使が、神の大宴会に集まれと、空高く飛んでいるすべての鳥に言ったとありますが、この鳥とは猛禽類の鳥です。その大宴会とは、王の肉、千人隊長の肉、権力者の肉、馬の肉、兵隊の肉、その他もろもろの人の肉を食べよと言っているのです。その大宴会とは、これから起こる、神の軍勢との戦いで、あの獣と、地上の王たちと、その軍勢と、預言者たちととらえられ滅ぼされるからその肉を食べよと言っているのです。ですが、すでにイエス様は勝利をおさめられて、白い馬に乗って凱旋しているのですから、この場面はその宴会に招かれた猛禽類たちに食べさせるために、時間を戻したという感じではないでしょうか。その獣や王たちは最後は鳥に食われ、又硫黄の火の池に投げ込まれたと言う事を言うための場面でした。

 今日の場面は、神様への賛美と、イエス様の凱旋の場面でした。そして、イエス様は教会と結婚をするというおめでたい場面でした。最後にはこうなる、それを信じて、信仰者たちはその信仰を持ち続け、どのような困難、災難、苦難にあっても神様を賛美し続けたのです。私たちもいつも平安の内にいるだけでなく、死に直面した時には苦しみを感じるかもしれません。その時に、神様は私を見放すのかと疑うのではなく、その様な中にあっても、神様の為さることは真実で正しいと信じて、それをも賛美し、最後まで信仰を貫くのが本当の賛美かもしれません。

 

(一分間黙想)(お祈り)

天の父なる神様。今日ハレルヤの言葉を聞きました。主を賛美せよとの思いが、極まった時、ただハレルヤとしか言いようのない喜びに包まれたのだと思います。それは、神様が最後には必ずその真実と正義とを成し遂げられたからでした。邪悪なものは滅びて、真実で清いものだけが残りました。私たちの賛美が、自分たちの喜びの賛美となるだけでなく、たとえ困難な状況の中にあっても、あなたがきっと良きことを成し遂げてくださると信じることの賛美でありますように。

この祈りを、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

 

<<聖書の箇所(新約聖書:◇ヨハネの黙示録)>>

 

黙 19:1 その後、わたしは、大群衆の大声のようなものが、天でこう言うのを聞いた。「ハレルヤ。救いと栄光と力とは、わたしたちの神のもの。

黙 19:2 その裁きは真実で正しいからである。みだらな行いで/地上を堕落させたあの大淫婦を裁き、/御自分の僕たちの流した血の復讐を、/彼女になさったからである。」

黙 19:3 また、こうも言った。「ハレルヤ。大淫婦が焼かれる煙は、世々限りなく立ち上る。」

黙 19:4 そこで、二十四人の長老と四つの生き物とはひれ伏して、玉座に座っておられる神を礼拝して言った。「アーメン、ハレルヤ。」

◆小羊の婚宴

黙 19:5 また、玉座から声がして、こう言った。「すべて神の僕たちよ、/神を畏れる者たちよ、/小さな者も大きな者も、/わたしたちの神をたたえよ。」

黙 19:6 わたしはまた、大群衆の声のようなもの、多くの水のとどろきや、激しい雷のようなものが、こう言うのを聞いた。「ハレルヤ、/全能者であり、/わたしたちの神である主が王となられた。

黙 19:7 わたしたちは喜び、大いに喜び、/神の栄光をたたえよう。小羊の婚礼の日が来て、/花嫁は用意を整えた。

黙 19:8 花嫁は、輝く清い麻の衣を着せられた。この麻の衣とは、/聖なる者たちの正しい行いである。」

黙 19:9 それから天使はわたしに、「書き記せ。小羊の婚宴に招かれている者たちは幸いだ」と言い、また、「これは、神の真実の言葉である」とも言った。

黙 19:10 わたしは天使を拝もうとしてその足もとにひれ伏した。すると、天使はわたしにこう言った。「やめよ。わたしは、あなたやイエスの証しを守っているあなたの兄弟たちと共に、仕える者である。神を礼拝せよ。イエスの証しは預言の霊なのだ。」

◆白馬の騎手

黙 19:11 そして、わたしは天が開かれているのを見た。すると、見よ、白い馬が現れた。それに乗っている方は、「誠実」および「真実」と呼ばれて、正義をもって裁き、また戦われる。

黙 19:12 その目は燃え盛る炎のようで、頭には多くの王冠があった。この方には、自分のほかはだれも知らない名が記されていた。

黙 19:13 また、血に染まった衣を身にまとっており、その名は「神の言葉」と呼ばれた。

黙 19:14 そして、天の軍勢が白い馬に乗り、白く清い麻の布をまとってこの方に従っていた。

黙 19:15 この方の口からは、鋭い剣が出ている。諸国の民をそれで打ち倒すのである。また、自ら鉄の杖で彼らを治める。この方はぶどう酒の搾り桶を踏むが、これには全能者である神の激しい怒りが込められている。

黙 19:16 この方の衣と腿のあたりには、「王の王、主の主」という名が記されていた。

黙 19:17 わたしはまた、一人の天使が太陽の中に立っているのを見た。この天使は、大声で叫び、空高く飛んでいるすべての鳥にこう言った。「さあ、神の大宴会に集まれ。

黙 19:18 王の肉、千人隊長の肉、権力者の肉を食べよ。また、馬とそれに乗る者の肉、あらゆる自由な身分の者、奴隷、小さな者や大きな者たちの肉を食べよ。」

黙 19:19 わたしはまた、あの獣と、地上の王たちとその軍勢とが、馬に乗っている方とその軍勢に対して戦うために、集まっているのを見た。

黙 19:20 しかし、獣は捕らえられ、また、獣の前でしるしを行った偽預言者も、一緒に捕らえられた。このしるしによって、獣の刻印を受けた者や、獣の像を拝んでいた者どもは、惑わされていたのであった。獣と偽預言者の両者は、生きたまま硫黄の燃えている火の池に投げ込まれた。

黙 19:21 残りの者どもは、馬に乗っている方の口から出ている剣で殺され、すべての鳥は、彼らの肉を飽きるほど食べた。