家庭礼拝 2019年6月5日 黙示録 13:1-18 二匹の獣
起
今日の13章はこの黙示録の中心ともいえる箇所です。ここには二匹の獣が出てきます。この獣こそが、信仰者たちを苦しめ、神様を冒瀆する、悪魔の使いです。ですがこの悪魔の使いが誰であるかを、明らかに言う事は出来ません。それは当時の権力者だからです。これに逆らえば、皆殺しにされてしまうのです。そうでなくても迫害され殺されていたのです。その権力者とはローマです。ローマ皇帝と言ってもいいかもしれません。この黙示録が書かれた時代のローマの治世下は、キリスト教にとってはとても苦しい時代でした。特にネロやカリグラの時代はひどかったのです。
イエス様が現れた時代はまだずっとましでした。新約聖書も、ユダヤ人たちの横暴に対して、ローマはまだ正義を貫こうとしていた気配があります。パウロの時代でも、ユダヤ人たちの裁判にかかるよりはローマの裁判を受けた方がよほど公平な裁判を受けられると考えているところがあります。むしろユダヤ人たちの暗殺から、ローマは自分を守ってくれると考えていました。このように、キリスト教が生まれたころには、ローマは世界中にローマの法律をいきわたらせ、そしてローマによる平和が、いきわたっていたのです。いわゆるパックスロマーナです。ローマに征服された地域では、戦争はなくなり、強盗や盗賊はいなくなり、芸術や文化、産業が発展したのです。ですから人々はローマをとても尊敬しあがめたのです。ある人々は、ローマの女神を造って祭ったり、ローマの皇帝を神として祭ったのです。ですが最初の頃はローマもローマ皇帝もそれを好みませんでした。ですが、ローマが大きくなるにつれて、この国をまとめるのにそのような宗教的な考えが役に立つことが分かり利用し始めました。ですが、それは必ずローマ皇帝だけをあがめなければならないと言うのではなく、ローマに忠誠を誓うならば、あとはどんな宗教を信じてもよいとしていたのです。ユダヤ人はそれでもローマ皇帝を神とする事は出来ないと突っぱねたので、ユダヤ人だけは大目に認められていたのです。
それがカリグラ帝になった時から、自分を本当に神と思い、自分をあがめなければならないと強いるようになったのです。いわゆる皇帝礼拝が始まったのです。そしてユダヤ人の神殿にも自分の肖像を置いて拝ませたりしたので、ユダヤ人は猛烈に反発して、大きな迫害に合うことになるのです。それに輪をかけて、ネロは自分がローマに放火して新しい街を造ろうとしたのですが、それをクリスチャンが放火をしたことにして、次々にクリスチャンをとらえ、処刑し、ライオンの餌食にしたり、生きたまま松明として火をつけられたり、大変な迫害を起ったのです。ですが最後にはローマの元老院からも見放されて、逃亡し、田舎で、自殺してしまったのですが、その恐怖が人々の心にずっと残って、あのネロが生き返ってきたという復活のうわさが絶えなかったのです。
この黙示録が書かれたのはそのようなクリスチャンの迫害の時代であり、とてもパウロのようにローマを受け入れることのできる状況ではなかったのです。ローマのことを語るにもその名前を絶対知られないように、暗号のようにして、人々に知らせたのです。そして、神様は必ず、最後にはその救いの計画を達成してくださるという、希望を与えるために、この黙示録を書いたのです。
承
それではこの13章でどんな物語が始まるのかを聞いてみましょう。1節と2節です。
黙
13:1 わたしはまた、一匹の獣が海の中から上って来るのを見た。これには十本の角と七つの頭があった。それらの角には十の王冠があり、頭には神を冒涜するさまざまの名が記されていた。
黙
13:2 わたしが見たこの獣は、豹に似ており、足は熊の足のようで、口は獅子の口のようであった。竜はこの獣に、自分の力と王座と大きな権威とを与えた。
ここでは12章で出て来た赤い大きな竜とよく似た10本の角と7つの頭を持った獣が海の中から上がってきました。この獣が、赤い竜と違っているのは赤い竜では頭に7つの冠をかぶっていたけれども、この獣は10本の角に王冠があったのです。そして頭には神を冒涜する様々の名が記されていました。この赤い大きな竜とこの海から上がった獣の関係はどうなっているのかと言うと2節にあるように、この赤い竜が海から上がったこの獣に、自分の力と玉座と大きな権威を与えたというのです。この赤い竜はもともと神様のもとにいた、サタンです。そのサタンが天国から投げ落とされて、地上に落ちてきたのですが、自分では直接行動することをやめて、この海から上がってきた獣に自分の力と権威を託して、自分の代行をさせるのです。この海から上がってきた獣とはローマのことで、その頭とは皇帝です。海の向こう側からやってきたので、海から上がった獣なのです。そして角とはその権力を握ったものたちです。この獣の頭には神様を冒涜する様々の名が記されていたとありますが、このローマの皇帝たちの名前は、自分を神のようにあらわす名前が多かったので、その名は神を冒涜していると言っていたのです。その力は実に強大で、この獣は、豹に似ており、足は熊の足のようで、口は獅子の口のようであった、と表現されています。そして、この獣に勝てるものはなかったのです。
その獣の頭のうちの一つに、特に悪魔的なものがありました。3節と4節です。
黙
13:3 この獣の頭の一つが傷つけられて、死んだと思われたが、この致命的な傷も治ってしまった。そこで、全地は驚いてこの獣に服従した。
黙
13:4 竜が自分の権威をこの獣に与えたので、人々は竜を拝んだ。人々はまた、この獣をも拝んでこう言った。「だれが、この獣と肩を並べることができようか。だれが、この獣と戦うことができようか。」
と言ったのです。この頭の一つが傷つけられて死んだと思われたというのは、皇帝ネロのことです。この皇帝はキリスト教徒を迫害しただけでなく、気に入らないものを次々に殺し続け、自分の幼い時からの家庭教師であった恩あるセネカをも自殺に追い込み、自分を皇帝にしてくれた母親アグリッピナをも殺害したのです。それで最後には元老院が立ち上がり、ネロをローマの敵であると宣言して、皇帝から追い落とし、ネロは逃げ回ったのちに、みすぼらしい家で自殺したのです。ですがこのネロが復活して、復讐しにやってくるとのうわさが起ったのです。ネロの復活です。この噂に人々は恐れをなしていたのです。このことがこの個所には記されています。死んだと思われたが、この致命的な傷も治ってしまったとあります。そして、「だれが、この獣と肩を並べることができようか。だれが、この獣と戦うことができようか。」と言って、この獣とその力を与えた竜を拝んだのです。これが皇帝礼拝です。この言葉はもともと神様に対してつかわれた言葉です。「だれが、この神と肩を並べることができようか。だれが、この神と戦うことができようか。」と言ってイスラエルに立ち向かう異邦人たちは恐れたのです。その言葉を今はこの獣すなわちローマに対して使っているのです。この獣の力がいかに強かったかを思わされます。
この獣の強さは次のような言葉でも表されます。5節から10節です。
黙
13:5 この獣にはまた、大言と冒涜の言葉を吐く口が与えられ、四十二か月の間、活動する権威が与えられた。
黙
13:6 そこで、獣は口を開いて神を冒涜し、神の名と神の幕屋、天に住む者たちを冒涜した。
黙
13:7 獣は聖なる者たちと戦い、これに勝つことが許され、また、あらゆる種族、民族、言葉の違う民、国民を支配する権威が与えられた。
黙
13:8 地上に住む者で、天地創造の時から、屠られた小羊の命の書にその名が記されていない者たちは皆、この獣を拝むであろう。
黙
13:9 耳ある者は、聞け。
黙
13:10 捕らわれるべき者は、/捕らわれて行く。剣で殺されるべき者は、/剣で殺される。ここに、聖なる者たちの忍耐と信仰が必要である。
この獣は、サタンの力を受けて、大言と冒瀆の言葉を吐く口が与えられたとあります。ここでもまた42か月の間、すなわち3年半の間その活動をする権威が与えられたとあります。ですが期間が区切られているところが、限界なのです。どんなに強いと思われるものにも限界があり期限があるのです。そしていつしか滅びるのです。ですからそれを待つ忍耐が必要なのです。獣は口を開いて神を冒涜し、神をも神殿をも神に仕える者をも冒瀆したのです。しかも聖なるものたちと戦い、これに勝つことさえ許されたのですから、すべての人々を支配する権威が与えられたのです。神様の群れでさえも立ち向かえないように見えたのです。これがまさにローマなのです。ヨハネはローマの権威はサタンから与えられたものであり、神を冒涜するものだと取っています。そして、地上に住むもので、イエス様の命の書に名前が記されていな者たちは皆、この獣を拝むだろうと書かれています。それは天地創造の時から記されていると言う事ですから、人間の運命は天地創造の時に、すでに定まっているという、予定説に基づいています。ですから、人間の努力をはるかに超えて、捕らわれるべきものは捕らわれ、剣で殺されるべきものは剣で殺され、すべては定められたように進んでいくというのです。このことに対して、耳あるものは聞け、と言います。この事実をどのように受け止めたらよいのか、心を静めてしっかりと聞けと言う事です。そしてそこには聖なるものたちの忍耐と信仰が必要であると言いました。聖なるものたちは何の力もありませんがただ忍耐と信仰のみが、聖なるものたちを強くするのだと言う事です。神様の定められた計画を、忍耐して受け入れていくことの中に希望が生まれ、信仰が生まれる、その強さが生まれると言う事なのです。
転
そしてこの海から上ってきた獣のほかにもう一匹の獣が地中から上ってくるのです。いったいこの獣は何を表しているのでしょうか。11節から14節です。
黙 13:11 わたしはまた、もう一匹の獣が地中から上って来るのを見た。この獣は、小羊の角に似た二本の角があって、竜のようにものを言っていた。
黙 13:12 この獣は、先の獣が持っていたすべての権力をその獣の前で振るい、地とそこに住む人々に、致命的な傷が治ったあの先の獣を拝ませた。
黙 13:13 そして、大きなしるしを行って、人々の前で天から地上へ火を降らせた。
黙 13:14 更に、先の獣の前で行うことを許されたしるしによって、地上に住む人々を惑わせ、また、剣で傷を負ったがなお生きている先の獣の像を造るように、地上に住む人に命じた。
この地中から上ってきた獣には、子羊の角に似た二本の角があって、竜のようにものを言っていたと言います。角とは力や権威を表します。子羊の角に似た二本の角とは、イエス様の権威をまねた、偽預言者の権威です。その権威をちらつかせて、竜のようにものを言っていたというのですから、イエス様のように、予言をしていたのだと思います。すなわち、この地中から上がってきた獣とは、皇帝礼拝をさせようとする強力な組織であったようです。
そのことが次の12節に書かれています。「この獣は、先の獣が持っていたすべての権力をその獣の前で振るい、地とそこに住む人々に、致命的な傷が治ったあの先の獣を拝ませた。」とありますから、ローマの皇帝と同じような権力を持って、世の人々に、皇帝礼拝を強制したのです。そこでは、魔術の様なものを使って、天から火を降らせたりして、人々を驚かしたのです。もしかすると、この天からの火とは、ローマを焼き尽くした火災を示しているかもしれません。そして人々を惑わせて、皇帝ネロの像を作って拝むようにさせたりしたのでした。この皇帝礼拝を強制する組織、それは皇帝に属する半ば宗教的な組織ですが、それは皇帝の力と同じくらいにクリスチャンたちには恐れられていたのです。信仰的にはこちらの方が直接的に迫害が多かったのです。
この第二の獣は、さらにその権力を用いて、横暴にふるまいました。15節から18節です。
黙 13:15 第二の獣は、獣の像に息を吹き込むことを許されて、獣の像がものを言うことさえできるようにし、獣の像を拝もうとしない者があれば、皆殺しにさせた。
黙 13:16 また、小さな者にも大きな者にも、富める者にも貧しい者にも、自由な身分の者にも奴隷にも、すべての者にその右手か額に刻印を押させた。
黙 13:17 そこで、この刻印のある者でなければ、物を買うことも、売ることもできないようになった。この刻印とはあの獣の名、あるいはその名の数字である。
黙 13:18 ここに知恵が必要である。賢い人は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人間を指している。そして、数字は六百六十六である。
この皇帝礼拝を強制する組織は、人々にその権威を示すためにいろいろなことをしました。その獣の像を造り、すなわち皇帝の像を造り、その像に息を吹き込み像がものを言うことさえできる様にし、像を拝もうとしないものがあれば皆殺しにさせたというのです。これをしたのがまさに皇帝ネロなのです。その実戦部隊がこの第二の獣なのです。そしてすべてのものに、その右手か額に刻印を押させたとあります。これは信者が額に刻印を押されて、神様のものとなったように、この右手か額に刻印を押されたものは、この第二の獣のものとなったのです。この獣の奴隷となって忠誠を誓わされたのです。その忠誠を誓ったものでなければ、物を買うことも売ることも出来ないようになったというのです。この刻印とはあの獣の名、あるいはその名の数字であると言いました。その名をはっきりと言いたいのだけれども見つかれば殺されるので暗号で互いに知らせあっていたのです。当時はアルファベットを数字に変換して、数字を言うことによって、人の名前などを表すことがあったそうなのです。そしてここでその獣の名を、666だと言うのです。これはいろいろな説がありますが、皇帝ネロを指しているというのが一番有力です。すなわち皇帝ネロは悪魔の使いで、このような邪悪なことをしていると訴えているのです。ちなみに、イエス様のギリシャ語での名前の数字は888で、その間にある777は完全数なのです。
結
このようにして、ヨハネは黙示を用いて、ローマがいかに悪魔の使いになっているのかを示して、この世の悪魔と妥協せずに、最後まで忍耐と信仰を持って貫きなさいと教えているのです。そして、神様には初めからの計画があって、その通り進んでいるのだから、最後には神様の世界が来るのだから、そのことを信じて歩みなさいと励ましています。それでも殺されるものは殺されるし、捕らわれるものは捕らわれるけれども、それもまた初めから神様の計画にあることだから、そのことを受け入れて、最後の神様の計画が実現することを信じて待ちなさいと教えているのです。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様、ヨハネはローマの権力を地に落とされたサタンの力として描きましたが、その力は聖なるものたちをもしのぐ者でした。ですから人々は絶望の淵に追いやられましたが、それでも、すべては定められたとおりに進んでいる。最後には神様の計画がなって、救いが与えられることを忍耐と信仰を持って待ち望みなさいと教えられました。私たちに必要なのは、この忍耐と信仰です。どんなに絶望的に見えようとも、神様どうかこの忍耐と信仰を持って歩ませてください。たとえ命が失われたとしても、神様はそれをもよみがえらせてくださる方です。そして、その時には私たちが、あなたのみ前で憩うことができることを信じさせてください。あなたの救いの恵みに感謝いたします。この祈りを、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(新約聖書:◇ヨハネの黙示録)>>
◆二匹の獣
黙 13:1 わたしはまた、一匹の獣が海の中から上って来るのを見た。これには十本の角と七つの頭があった。それらの角には十の王冠があり、頭には神を冒涜するさまざまの名が記されていた。
黙 13:2 わたしが見たこの獣は、豹に似ており、足は熊の足のようで、口は獅子の口のようであった。竜はこの獣に、自分の力と王座と大きな権威とを与えた。
黙 13:3 この獣の頭の一つが傷つけられて、死んだと思われたが、この致命的な傷も治ってしまった。そこで、全地は驚いてこの獣に服従した。
黙 13:4 竜が自分の権威をこの獣に与えたので、人々は竜を拝んだ。人々はまた、この獣をも拝んでこう言った。「だれが、この獣と肩を並べることができようか。だれが、この獣と戦うことができようか。」
黙 13:5 この獣にはまた、大言と冒涜の言葉を吐く口が与えられ、四十二か月の間、活動する権威が与えられた。
黙 13:6 そこで、獣は口を開いて神を冒涜し、神の名と神の幕屋、天に住む者たちを冒涜した。
黙 13:7 獣は聖なる者たちと戦い、これに勝つことが許され、また、あらゆる種族、民族、言葉の違う民、国民を支配する権威が与えられた。
黙 13:8 地上に住む者で、天地創造の時から、屠られた小羊の命の書にその名が記されていない者たちは皆、この獣を拝むであろう。
黙 13:9 耳ある者は、聞け。
黙 13:10 捕らわれるべき者は、/捕らわれて行く。剣で殺されるべき者は、/剣で殺される。ここに、聖なる者たちの忍耐と信仰が必要である。
黙 13:11 わたしはまた、もう一匹の獣が地中から上って来るのを見た。この獣は、小羊の角に似た二本の角があって、竜のようにものを言っていた。
黙 13:12 この獣は、先の獣が持っていたすべての権力をその獣の前で振るい、地とそこに住む人々に、致命的な傷が治ったあの先の獣を拝ませた。
黙 13:13 そして、大きなしるしを行って、人々の前で天から地上へ火を降らせた。
黙 13:14 更に、先の獣の前で行うことを許されたしるしによって、地上に住む人々を惑わせ、また、剣で傷を負ったがなお生きている先の獣の像を造るように、地上に住む人に命じた。
黙 13:15 第二の獣は、獣の像に息を吹き込むことを許されて、獣の像がものを言うことさえできるようにし、獣の像を拝もうとしない者があれば、皆殺しにさせた。
黙 13:16 また、小さな者にも大きな者にも、富める者にも貧しい者にも、自由な身分の者にも奴隷にも、すべての者にその右手か額に刻印を押させた。
黙 13:17 そこで、この刻印のある者でなければ、物を買うことも、売ることもできないようになった。この刻印とはあの獣の名、あるいはその名の数字である。
黙 13:18 ここに知恵が必要である。賢い人は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人間を指している。そして、数字は六百六十六である。