家庭礼拝 2019年5月22日 黙示録 11:1-19 第七の天使がラッパを吹く
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起
この黙示録も、今日の11章で前半が終わります。いよいよ第七の天使がラッパを吹きます。第六のラッパを吹くまでは大きな災いがやって来て、その後、幕間の話があっていよいよ最後の壊滅的な災いの話になるのかなと覚悟していると、そうではなくて、第七の天使のラッパは神の栄光を現すラッパでした。
先週の10章が第六のラッパと第七のラッパの間の幕間の話でしたが、この11章の前半もその幕間の話が続きます。そして第七のラッパが吹き鳴らされるのです。先週の幕間の話では、ヨハネは小さな巻物を受け取ってそれを食べ、すべての人達に神様の言葉を予言することを与えられました。その後に続くのが今日の話になりますが、そこには神様の救いと、イエス・キリストの十字架と復活を彷彿とさせる、黙示のイメージが出てきます。そしてその話が終わると第七のラッパが吹き鳴らされて、神の栄光があらわされるという筋書きになります。これがヨハネの黙示録の前半の話になるのです。それでは聖書を学んでいきましょう。
承
まずヨハネは、杖の様な物差しを与えられて、神殿と祭壇を測ることを命じられました。それは何を意味するのでしょうか。1節から3節です。
黙
11:1 それから、わたしは杖のような物差しを与えられて、こう告げられた。「立って神の神殿と祭壇とを測り、また、そこで礼拝している者たちを数えよ。
黙
11:2 しかし、神殿の外の庭はそのままにしておけ。測ってはいけない。そこは異邦人に与えられたからである。彼らは、四十二か月の間、この聖なる都を踏みにじるであろう。
黙
11:3 わたしは、自分の二人の証人に粗布をまとわせ、千二百六十日の間、預言させよう。」
ヨハネはつえの様な物差しを与えられるのですが、その物差しは長いものを測る時に用いられた物差しです。普通よく使われる物差しは、キュビトと言う単位です。これはひじから中指の先までの長さで、45㎝くらいです。この杖の様な物差しとはその6倍あるもので2m70㎝位です。そのような長い杖で、神殿と祭壇を測ったのですが、当時はすでに神殿も祭壇もローマ人によって、崩壊させられていたので存在しませんでした。ですから、これは本当の神殿や祭壇ではなく、イエス様があなたたちの体は神の神殿であると語ったように、信仰者たちや、教会を意味しているのです。そしてこの測ると言うのは、測られたものは神様の力によって守られると言う事を意味しています。それはイスラエルの信仰者たちが、額に刻印を押されて守られたと同じ事です。そしてこの杖と言うのは、モーセが神様の力をふるう時に使われた杖を彷彿とさせる言葉なのです。この杖で、神殿と祭壇とを測り、そこで礼拝している者たちを数えて、その人たちを守らせようとしたのです。当時はローマの迫害が激しくなっていましたから、この測られたものはそのローマの手も届かない所に置かれたと言う事を意味するのです。
ですが、神殿の外の庭は異邦人たちに残されました。そして彼らは42か月の間この聖なる都を踏みにじるだろうと言います。この42か月とは3年半です。次に出てくる1260日と言うのも3年半のことで、単純にしばらくして、と言う意味にもとれるのですが、イエス様の、活動期間での迫害と重ね合わせているのかもしれません。
そして天からの声はヨハネにこう言いました。「わたしは、自分の二人の証人に粗布をまとわせ、千二百六十日の間、預言させよう。」ここで、2人の証人とは誰で、1260日とはどういう日数なのかと言う事が問題になります。この後の黙示の話を見てみると、この二人とはいろいろな説はありますが、エリヤとモーセのようです。イエス様の山上での変容の時も、エリヤとモーセが表れて、イエス様と話をされましたが、エリヤは預言者を代表し、モーセは律法を代表する人なのです。その二人に粗布をまとわせたとありますが、これは預言者の一般的な姿です。そして1260日とは3年半です。これから出てくる言葉に、この三年半と、3日半と言う言葉が出てきます。これはイエス様が3年間活動されたことや、3日後に復活されたことに関連して、しばらくすると、大きな大転換が起こるぞと言うことを、予想させる言葉なのです。
先ほどの声は天からの声でしたが、ここからはそのことに対する、ヨハネの説明なのです。漫然と読んでいるとこれも天からの声が続いているように思いますが、天からの声は鍵かっこの着いた部分だけであることが分かります。ヨハネはなんと説明しているのでしょうか。4節から6節です。
黙
11:4 この二人の証人とは、地上の主の御前に立つ二本のオリーブの木、また二つの燭台である。
黙
11:5 この二人に害を加えようとする者があれば、彼らの口から火が出て、その敵を滅ぼすであろう。この二人に害を加えようとする者があれば、必ずこのように殺される。
黙
11:6 彼らには、預言をしている間ずっと雨が降らないように天を閉じる力がある。また、水を血に変える力があって、望みのままに何度でも、あらゆる災いを地に及ぼすことができる。
この二人の証人とは、地上の主のみ前に立つ二本のオリーブの木、また二つの燭台であると説明しています。この二人は、神様の前衛として、神様の前に立って、神様の威光を表すものであると説明されています。ですから、はっきり誰であるとは書かれているわけではないのですが、神様の代表となるべき人たちなのです。そしてこの二人に害を加えようとすれば彼らの口から火が出て、その敵を滅ぼすとあります。これはエリヤがカルメル山でバアルの預言者たちと対決したときに、「火をもって答える神こそ神であるはずである」と言って、神様の火を呼び求め、主の火が下って焼き尽くす捧げものや薪をなめつくした出来事を彷彿とさせます。そして、彼らには、預言をしている間ずっと雨が降らないように天を閉じる力がある、と言う言葉も、エリヤが干ばつをその国の王に予言し、私が告げるまで、数年の間、露も下りず、雨も降らないだろうと言った言葉と同じなのです。そして3年目にバアルの預言者たちと対決をするのです。
もう一つの力は、水を血に変える力があって、望みのままに何度でも、あらゆる災いを地に及ぼすことができる、と言うものですが、これはモーセがナイル川を杖でたたいて、血の川に変え、いろいろな災いをエジプトにもたらしたことを彷彿とさせるのです。ですから、この二人の預言者とはエリヤとモーセだろうと考えるのが一番妥当と思われます。
この二人の預言者は、神様の力に守られて、無敵であったのですが、その3年半の証が終わるととんでもないことが起こるのです。7節から11節です。
黙
11:7 二人がその証しを終えると、一匹の獣が、底なしの淵から上って来て彼らと戦って勝ち、二人を殺してしまう。
黙
11:8 彼らの死体は、たとえ/てソドムとかエジプトとか呼ばれる大きな都の大通りに取り残される。この二人の証人の主も、その都で十字架につけられたのである。
黙
11:9 さまざまの民族、種族、言葉の違う民、国民に属する人々は、三日半の間、彼らの死体を眺め、それを墓に葬ることは許さないであろう。
黙
11:10 地上の人々は、彼らのことで大いに喜び、贈り物をやり取りするであろう。この二人の預言者は、地上の人々を苦しめたからである。
黙
11:11 三日半たって、命の息が神から出て、この二人に入った。彼らが立ち上がると、これを見た人々は大いに恐れた。
二人の預言者が3年半の証の期間を終えると、2人は地獄からやってきた獣によって殺されてしまうのです。この底なしの淵とは地獄のことで、そこから出てくる一匹の獣がいるのです。その獣はなんと二人の預言者と戦って勝って殺してしまうのです。この獣は反キリストと呼ばれるものです。反キリストはサタンなのでしょうか。そうではないのです。サタンはもともと天使であって神様のもとにいたものです。ところがこの獣の反キリストは、天使ではなくて地獄にいたものなのです。キリストにことごとく反対するものなのです。それがこの二人の預言者を殺してしまった出来事は、イエス様が3年半の宣教の後に、ユダヤ人やローマ兵たちに殺されたことを意味しているのです。この予言者たちもその都で十字架につけられその主も十字架につけられたと書かれています。これはイエス様も、十字架につけられ、殺されてしまったことを示しています。
この二人の預言者とその主が殺されて、人々はどうしたでしょうか。9節と10節です。
黙
11:9 さまざまの民族、種族、言葉の違う民、国民に属する人々は、三日半の間、彼らの死体を眺め、それを墓に葬ることは許さないであろう。
黙
11:10 地上の人々は、彼らのことで大いに喜び、贈り物をやり取りするであろう。この二人の預言者は、地上の人々を苦しめたからである。
人々と言うのは、さまざまの民族、種族、言葉の違う民、国民に属する人々であって、ほぼ世界中の人々です。その人々は3日半の間、二人の預言者の死体を眺め、それを墓に葬ることは許さないであろうと書いてあります。これは3日半も死んだ状態であれば、決して生き返ることがないから、その間眺めて、監視していようと言う事です。イエス様の場合は3日間墓に入っていましたが、封印されていたので、同じように兵隊たちに監視されていたのです。地上の人々は、このことをとても喜んで、お互いにプレゼントをして喜んだとあります。地上の人々とは、この世に属する人々です。この世に属する人々にとっては、預言者の語る言葉は彼らを苦しめたのです。この世の快楽を好む彼らにとって、この世を捨てて神の国を信じなさいと言うのは耐えられなかったのです。このように、この世の人々は三日半の間、彼らの死体を眺めては喜んでいたのです。それはイエス様が殺されたときも、きっとパリサイ人や祭司長たちはそうしていたのだと思います。
ところが、どんでん返しが起こるのです。11節から14節です。
黙
11:11 三日半たって、命の息が神から出て、この二人に入った。彼らが立ち上がると、これを見た人々は大いに恐れた。
黙
11:12 二人は、天から大きな声があって、「ここに上って来い」と言うのを聞いた。そして雲に乗って天に上った。彼らの敵もそれを見た。
黙
11:13 そのとき、大地震が起こり、都の十分の一が倒れ、この地震のために七千人が死に、残った人々は恐れを抱いて天の神の栄光をたたえた。
黙
11:14 第二の災いが過ぎ去った。見よ、第三の災いが速やかにやって来る。
三日半たつと、命の息が神様から出てきて、この二人に入ったのです。すると2人は完全に死んでいたのに、生き返り立ち上がりました。人々はそれを見て大いに恐れたのです。これはまさにイエス様の復活のことを示しています。二人は天から「ここに上って来い」と言う声を聞いて、雲に乗って天に昇りました。この話はエリヤがエリシャと話をしているときに火の戦車が火の馬にひかれて現れ、エリヤは嵐の中を天に昇って行った話と関連付けられています。イエス様もきっとその様にして天に昇ったのだろうと言う事が、イエス様の昇天の話となっているのだと思います。そしてその時、大地震が起こり、都の十分の一が倒れ、多くの人が死にました。人々は恐れを抱いて天の神の栄光をたたえたとあります。イエス様が息を引き取った時にも地震が起こりました。また墓に収められていたときにも地震は起こりました。地震は大きな出来事が起こった時のしるしなのです。これで第二の災いが過ぎ去りました。第一の災いは封印された巻物を開いていったときの災いです。ですがこれで終わりではなく、第三の災いがやってくると予言されました。
転
そしていよいよ第七のラッパが吹き鳴らされるのですが、すでに第二の災いが過ぎ去ったと語られているように、第七のラッパは災いの到来ではありませんでした。これは神の国の到来のラッパでした。そして天ではこのように神様を賛美したのです。15節から19節です。
黙 11:15 さて、第七の天使がラッパを吹いた。すると、天にさまざまな大声があって、こう言った。「この世の国は、我らの主と、/そのメシアのものとなった。主は世々限りなく統治される。」
黙 11:16 神の御前で、座に着いていた二十四人の長老は、ひれ伏して神を礼拝し、
黙 11:17 こう言った。「今おられ、かつておられた方、/全能者である神、主よ、感謝いたします。大いなる力を振るって統治されたからです。
黙 11:18 異邦人たちは怒り狂い、/あなたも怒りを現された。死者の裁かれる時が来ました。あなたの僕、預言者、聖なる者、/御名を畏れる者には、/小さな者にも大きな者にも/報いをお与えになり、/地を滅ぼす者どもを/滅ぼされる時が来ました。」
黙 11:19 そして、天にある神の神殿が開かれて、その神殿の中にある契約の箱が見え、稲妻、さまざまな音、雷、地震が起こり、大粒の雹が降った。
第七のラッパが吹き鳴らされると、天では「この世の国は、我らの主と、/そのメシアのものとなった。主は世々限りなく統治される。」と言って賛美されるのです。もうすでにイエス様は勝利されて、この世の国を世々限りなく統治されると言うのです。神のみ前の24人の長老たちもひれ伏して、同じように賛美しました。そして死者が裁かれ、御名を恐れるものに報いをお与えになり、地を滅ぼす者が滅ぼされる時が来たと言って、あがめるのです。
そして最後に起こったことは天にある神の神殿が開かれて、その神殿の中にある契約の箱が見えたとあります。今までは、地の神殿でさえもごく一部の人以外には開かれていなかったのです。それが天の神殿も開かれたというのは、その神様の栄光が神を信じるすべての人々に開かれたと言う事です。誰もが、神様に近づくことができるようになったと言う事です。そしてその神殿の中にある契約の箱が見えたと言う事は、神様との契約が新約においても、旧約と同じように、しっかりと契約で結ばれていると言う事の証なのです。そしてその時、大きな出来事が起こった時の、稲妻、さまざまな音、雷、地震が起こり、大粒の雹が降ったのです。これはファンファーレの様なものです。このようにして、この地上での出来事はイエス様の勝利によって終了するのです。
結
今日の聖書の話は、イエス様の死と復活の話を別の物語で聞いているような、そんな話でした。イエス様の死と復活が、旧約の物語を引き継いで起こっていることを思わされる話でした。
そして、第七のラッパは、第二の災いが過ぎ去った後の、イエス・キリストの勝利を表す、賛美のラッパでした。ですがそれは、第三の災いが始まる予告のラッパでもあります。次は一体何が起こるのでしょうか。後半の黙示の話がまた続きます。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様、この地上での災いと反キリストとの戦いが終わりました。それは復活と言う形で決着がついたのです。どんなに抹殺しようとしても、神様の力はまた現れ最後には勝利するのです。これにはこの世の悪魔も反キリストも勝つ事は出来ないのです。私たちはこの神様の力を抱き、信じて歩むものです。この世の迷いの中に生きるのではなく、最後の勝利を信じて生きるものとさせてください。
この祈りを、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(新約聖書:◇ヨハネの黙示録)>>
◆二人の証人
黙 11:1 それから、わたしは杖のような物差しを与えられて、こう告げられた。「立って神の神殿と祭壇とを測り、また、そこで礼拝している者たちを数えよ。
黙 11:2 しかし、神殿の外の庭はそのままにしておけ。測ってはいけない。そこは異邦人に与えられたからである。彼らは、四十二か月の間、この聖なる都を踏みにじるであろう。
黙 11:3 わたしは、自分の二人の証人に粗布をまとわせ、千二百六十日の間、預言させよう。」
黙 11:4 この二人の証人とは、地上の主の御前に立つ二本のオリーブの木、また二つの燭台である。
黙 11:5 この二人に害を加えようとする者があれば、彼らの口から火が出て、その敵を滅ぼすであろう。この二人に害を加えようとする者があれば、必ずこのように殺される。
黙 11:6 彼らには、預言をしている間ずっと雨が降らないように天を閉じる力がある。また、水を血に変える力があって、望みのままに何度でも、あらゆる災いを地に及ぼすことができる。
黙 11:7 二人がその証しを終えると、一匹の獣が、底なしの淵から上って来て彼らと戦って勝ち、二人を殺してしまう。
黙 11:8 彼らの死体は、たとえ/てソドムとかエジプトとか呼ばれる大きな都の大通りに取り残される。この二人の証人の主も、その都で十字架につけられたのである。
黙 11:9 さまざまの民族、種族、言葉の違う民、国民に属する人々は、三日半の間、彼らの死体を眺め、それを墓に葬ることは許さないであろう。
黙 11:10 地上の人々は、彼らのことで大いに喜び、贈り物をやり取りするであろう。この二人の預言者は、地上の人々を苦しめたからである。
黙 11:11 三日半たって、命の息が神から出て、この二人に入った。彼らが立ち上がると、これを見た人々は大いに恐れた。
黙 11:12 二人は、天から大きな声があって、「ここに上って来い」と言うのを聞いた。そして雲に乗って天に上った。彼らの敵もそれを見た。
黙 11:13 そのとき、大地震が起こり、都の十分の一が倒れ、この地震のために七千人が死に、残った人々は恐れを抱いて天の神の栄光をたたえた。
黙 11:14 第二の災いが過ぎ去った。見よ、第三の災いが速やかにやって来る。
◆第七の天使がラッパを吹く
黙 11:15 さて、第七の天使がラッパを吹いた。すると、天にさまざまな大声があって、こう言った。「この世の国は、我らの主と、/そのメシアのものとなった。主は世々限りなく統治される。」
黙 11:16 神の御前で、座に着いていた二十四人の長老は、ひれ伏して神を礼拝し、
黙 11:17 こう言った。「今おられ、かつておられた方、/全能者である神、主よ、感謝いたします。大いなる力を振るって統治されたからです。
黙 11:18 異邦人たちは怒り狂い、/あなたも怒りを現された。死者の裁かれる時が来ました。あなたの僕、預言者、聖なる者、/御名を畏れる者には、/小さな者にも大きな者にも/報いをお与えになり、/地を滅ぼす者どもを/滅ぼされる時が来ました。」
黙 11:19 そして、天にある神の神殿が開かれて、その神殿の中にある契約の箱が見え、稲妻、さまざまな音、雷、地震が起こり、大粒の雹が降った。