家庭礼拝 2019年5月8日 黙示録 9:1-21 天使のラッパと災い
起
今日の話は、先週から続くラッパが吹き鳴らされた時に起こった出来事です。先週は第一のラッパから、第四のラッパまでが吹き鳴らされましたが、そのたびに火山が噴火するようなイメージの天変地異が起こりました。第一のラッパでは血の混じった雹と火とが降ってきました。第二のラッパでは、火で燃えている大きな山のようなものが海に沈んでいき、海の生き物の三分の一は死にました。第三のラッパでは、たいまつのように燃えた大きな星が落ちてきて、川と言う川の三分の一を破壊しました。第四のラッパでは、太陽、月、星の三分の一は損なわれ、昼も夜も暗くなりました。このときはまだ人間に対する危害は加えられていませんでした。海の生き物や川や天体の三分の一が損なわれました。
これらが四つのラッパがなった時に起きたことです。今日の聖書の個所は7つのラッパが吹き鳴らされるうちの第5と第6のラッパがなった時の出来事です。このときも天変地異が起こるのですが、今までの自然災害と言ったイメージではなく、悪霊が噴出してきて、世界を破壊していくという、という邪悪なイメージの破壊です。しかもその危害は人間を狙って起こってくるのです。そしてそこでは、イナゴの大軍の話が半分ほどを占めています。私たちには経験のないイナゴの大軍の恐怖と言うものがどういうものであるかを思わされます。このイナゴと言うのは日本にいるような小さなイナゴではなく2倍以上もある巨大なイナゴで、実際この地方にはこのようなイナゴの大軍が襲ってきて全ての緑を食い荒らしてしまうと言う事が起こっているのです。その恐ろしさは、私たちの想像を絶するものです。イナゴが緑を全部食い荒らすと、まず、家畜の食べるものがなくなり家畜は皆死んでしまいます。次には人間が食べるものが無くなって、餓死してしまうのです。近世においてもこのようなイナゴの被害が出て、その時には何十万人もの餓死者が出たそうです。ですから、その恐ろしさは、この地方の人々にはとてつもない恐怖なのです。簡単に考えると火を燃やして、煙で追い出せばよいではないかとか、大きな音で驚かせてやればいいではないかと思うのですが、実際にそのようにしてもこのイナゴには何の効き目もないのだそうです。何せ相手が多すぎるのです。大きな火を燃やしても、大砲の音で蹴散らそうとしてもこのイナゴの大軍は、何の意にも介さずに突き進んでくるのだそうです。その羽の音はまるで滝つぼに轟々と落ちる水の音のように聞こえるそうです。
今日はこの第五のラッパと第六のラッパがなった時の話ですが、第七のラッパがなった時の話は、次の10章ではなく、その後に出てくる11章の話になります。これは前の巻物の封印を解くときにも、第六の封印が解かれた後に、14万4千人が刻印を押された話と、白い衣を着た大群衆の話が挿入され、その後に最後の第七の封印が解かれる出来事が起こったように、第六のラッパの後は第七のラッパの出来事が続くのではなくその間に、別の話が二つほど挿入された後に最後の第七のラッパが吹き鳴らされるというような同じような構成になっています。
承
それでは、今日の第五のラッパの話と第六のラッパの話の出来事を聖書から聞いてみましょう。まず最初は1節と2節です。
黙
9:1 第五の天使がラッパを吹いた。すると、一つの星が天から地上へ落ちて来るのが見えた。この星に、底なしの淵に通じる穴を開く鍵が与えられ、
黙
9:2 それが底なしの淵の穴を開くと、大きなかまどから出るような煙が穴から立ち上り、太陽も空も穴からの煙のために暗くなった。
第五の天使がラッパを吹くと、一つの星が天から地上へ落ちてくるのが見えたとヨハネは言っています。この星と言うのは天使のことだと言います。私たちには天使とは、神様に従う良い使いとしか思えないのですが、このころの考え方では天使には良い天使と悪い天使がいたようです。霊にも良い霊と悪い霊、すなわち聖霊と悪霊があるように、天使にも聖なる天使と邪悪な天使がいたのです。その邪悪な天使の代表がサタンと呼ばれる天使です。サタンも元々神様に使える天使だったのですが、神様に逆らって天から落とされ、サタンとなったのです。別の言葉で堕天使すなわち堕落した天使と言います。これと同じようなことがこの星についても起こっているのです。この星はですからサタンの様なものなのです。この星には、底なしの淵に通じる穴を開くカギが与えられたと言います。ペトロには天国を開くカギが与えられたように、この星には底なしの淵に通じる穴を開くカギが与えられたのです。この底なしの淵には邪悪なものが閉じ込められていたので、その穴を開いたらその邪悪なものが世に出てきてしまうのです。そのカギを与えたというのですから、世の中がどうなってしまうかわかりません。ですがそのカギを与えたのは神様です。そして、ついにその鍵でその底無しの淵の穴を開いたのです。すると大きなかまどから出るような煙が穴から立ち上り、太陽も空も、穴からの煙のために暗くなったと言います。ここでも火山の噴火口のようなイメージが与えられています。その噴火口からモクモクと黒い噴煙が出てきて、太陽も空も暗くするほどだったというのです。
そしてその煙からは、イナゴの大軍が出てくるのです。3節から6節です。
黙
9:3 そして、煙の中から、いなごの群れが地上へ出て来た。このいなごには、地に住むさそりが持っているような力が与えられた。
黙
9:4 いなごは、地の草やどんな青物も、またどんな木も損なってはならないが、ただ、額に神の刻印を押されていない人には害を加えてもよい、と言い渡された。
黙
9:5 殺してはいけないが、五か月の間、苦しめることは許されたのである。いなごが与える苦痛は、さそりが人を刺したときの苦痛のようであった。
黙
9:6 この人々は、その期間、死にたいと思っても死ぬことができず、切に死を望んでも、死の方が逃げて行く。
煙の中からイナゴの大軍が出てきたのですが、むしろ煙に見えたのがイナゴの大軍だったのかもしれません。このイナゴは普通のイナゴではなく、サソリが持っているような力を持っていたというのです。そしてモーセの十戒に出てくるイナゴの大軍のように、地の草や青いものを食べつくすのではなく、そのようなものは損なってはいけないとされています。ただ額に神の刻印を押されていない人には害を加えても良いと言い渡されたというのです。すなわち、神様を信じない人間にだけかみつくようなイナゴの大軍なのです。そしてそのイナゴは、神様を信じない人間を襲うけれども殺してはならず、5か月の間、苦しめることだけが許されたのです。その苦しみはサソリが人を刺したときの様な苦痛だったというのです。この間人は死にたいと思っても死ぬことが出来ず、無間地獄の中にあったというのです。このようにして、ついに災いは人間に及ぶようになってきたのです。
このイナゴの描写はこれだけではすみません。まださらにどんなに恐ろしいイナゴであったかが書かれているのです。それほど当時の人々にとってこのイナゴの襲来は恐怖であり、抵抗しようのないものだったのです。7節から9節にはその姿が絵に描いたように描写されています。
黙
9:7 さて、いなごの姿は、出陣の用意を整えた馬に似て、頭には金の冠に似たものを着け、顔は人間の顔のようであった。
黙
9:8 また、髪は女の髪のようで、歯は獅子の歯のようであった。
黙
9:9 また、胸には鉄の胸当てのようなものを着け、その羽の音は、多くの馬に引かれて戦場に急ぐ戦車の響きのようであった。
黙
9:10 更に、さそりのように、尾と針があって、この尾には、五か月の間、人に害を加える力があった。
黙
9:11 いなごは、底なしの淵の使いを王としていただいている。その名は、ヘブライ語でアバドンといい、ギリシア語の名はアポリオンという。
このイナゴの姿は、戦争用の馬のようだったと言います。イナゴの顔は面長で、馬の顔に似ているのですが、戦争に使われる馬には防具としての仮面をかぶせたりするのですが、その様にイナゴの顔も仮面をかぶっているようであり、頭には金の冠の様なものがついていたというのです。しかもその顔は人間の顔のようだったと言います。イナゴには髪は生えていないのですが、馬にはタテガミがあります。そのようなものがイナゴにもついていて、その髪は女の髪のようであったと言い、歯はライオンの歯のように鋭くとがっていたと言います。戦争用の馬には鉄の胸当てをつけたものもあるのですが、このイナゴも鉄の胸当ての様なものをつけていたと言います。そしてそのイナゴの大軍がやってくるときの羽の音は、多くの馬にひかれて戦場に急ぐ戦車の様な轟音だったと言います。更にはサソリのような尾と針があって、人に害を加える力があったと言います。このイナゴは底なしの淵の使いを王としており、その名前をアバドンと言ったそうです。その意味は滅びと言う意味なのです。このイナゴの大群に襲われればみな滅んでしまうと言う事です。このように第5のラッパでは、大噴火による自然災害ではなく、神様に許されて、邪悪のサタンが手下の凶暴なイナゴの大軍を地上の人間に襲わせ、神様を信じない人間を苦しめるというようなものでした。このイナゴの襲来は5か月続いたというのですから、本当に死んだほうがましだと思ったに違いないのです。でも、死ぬ事すらもできなかったのです。
転
5か月も続いたこのイナゴの大軍の災いが過ぎると、その後にさらに二つの災いがやってきます。12節から14節です。
黙 9:12 第一の災いが過ぎ去った。見よ、この後、更に二つの災いがやって来る。
黙 9:13 第六の天使がラッパを吹いた。すると、神の御前にある金の祭壇の四本の角から一つの声が聞こえた。
黙 9:14 その声は、ラッパを持っている第六の天使に向かってこう言った。「大きな川、ユーフラテスのほとりにつながれている四人の天使を放してやれ。」
第六の天使がラッパを吹くと、神様の前にある金の祭壇の4本の角から一つの声が聞こえたと言います。この四本の角と言うのは祭壇の4つの隅に取り付けられている角のことだと思います。四隅と言うのは何か悪いものが出てこないように天使が、それを抑えている場所のようです。7章でも、大地の四隅に立っている天使が、そこから吹く悪い風を抑えて、地を損なわないようにしていたことを思い出します。ところがここではその四本の角の一つが、その第六のラッパを吹いた天使に命じるのです。それは、「大きな川、ユーフラテスのほとりにつながれている四人の天使を放してやれ。」と言う事でした。この天使も悪い天使です。当時世界の東側はユーフラテス川が一番端っこだったのです。その端につながれている4人の天使と言うのは悪さをしないようにつながれていた、サタンなのです。それを離してやれと言う事はこれから悪いことが起きると言う事です。それは一体何でしょうか。
15節から19節にその4人の天使たちの働きが記されています。それは人間を殺すために解き放たれたのです。ついに人間は殺されるのです。そこには、こう書かれています。
黙 9:15 四人の天使は、人間の三分の一を殺すために解き放された。この天使たちは、その年、その月、その日、その時間のために用意されていたのである。
黙 9:16 その騎兵の数は二億、わたしはその数を聞いた。
黙 9:17 わたしは幻の中で馬とそれに乗っている者たちを見たが、その様子はこうであった。彼らは、炎、紫、および硫黄の色の胸当てを着けており、馬の頭は獅子の頭のようで、口からは火と煙と硫黄とを吐いていた。
黙 9:18 その口から吐く火と煙と硫黄、この三つの災いで人間の三分の一が殺された。
黙 9:19 馬の力は口と尾にあって、尾は蛇に似て頭があり、この頭で害を加えるのである。
この天使たちは、この終末の滅びの時のために用意されていたと言います。それは人間の三分の一を殺すために解き放たれたのです。そしてその天使に使える騎兵が2億であると言います。この数字は無限と言ってもいいのです。その騎兵たちは馬に乗っており、炎、紫及び硫黄の色の胸当てをつけており、馬の頭はライオンの頭のようだと言うのです。そして胸当ての色と同じように、馬の口からは火と煙と硫黄とを吐き出していたと言います。この口から吐き出される火と煙と硫黄で、人間の三分の一が殺されたと言います。この場面も、火山から火と煙と硫黄が噴き出ているような情景が現れてきます。この馬には、蛇に似た頭がついている尾がついており、この頭で害を加えるとも書かれています。
このように人間には多くの災いがやってきます。それは神様が、人間の不信仰に怒りを抱き滅ぼそうとしているからです。でもその中でも、生き延びてきた人たちがいました。まだ三分の二の人達は何とか生きているのです。その人たちは一体どうしていたのでしょうか。20節と21節です。
黙 9:20 これらの災いに遭っても殺されずに残った人間は、自分の手で造ったものについて悔い改めず、なおも、悪霊どもや、金、銀、銅、石、木それぞれで造った偶像を礼拝することをやめなかった。このような偶像は、見ることも、聞くことも、歩くこともできないものである。
黙 9:21 また彼らは人を殺すこと、まじない、みだらな行い、盗みを悔い改めなかった。
このような災難にあっても、生き残った人間は悔い改めて、神様の下に帰ることなく、自分のために尽くしてくれる偶像を拝むことをやめなかったのです。しかも人を殺すことも、まじないも、みだらな行いも、盗みも悔い改めることをしなかったのです。人間のかたくなさはどのようにすれば、悔い改めるようになるのでしょうか。神様の災いはまだまだ続くのです。
結
今日も大きな災いが降りてきました。もう自然災害ではありません。神様の許しを得た邪まなサタンが人間を滅ぼしに来たのです。でもすべての人間を滅ぼすことは許されていませんでした。これが人間に対する哀れみでしょうか。その中で、額に神の刻印を押された、神様を信じる人々は災いを免れることが出来ました。でもこの人たちはこの世にあっては、多くの迫害と災いの中に生きてきた人たちでした。どこまでも続く、この終末の災いがどうなるのか、ヨハネの黙示を、最後まで聞いてみましょう。そして、私たちに本当に必要なことは何なのかを聞き取りましょう。
(一分間黙想)(お祈り)
天の父なる神様、悔い改めない人間にその災いは次々に襲い掛かります。それでも人間は悔い改めることをせず、自分のための偶像を拝んでいました。頼りにならないものにしがみつき、それが一番大切なものと思って拝んでいるのです。私たちにとって何が一番大切なものなのか、そのことを、この黙示録は私たちに告げようとしています。どうかこの黙示から、あなたが私たちに伝えようとしていることをしっかりと受け取ることが出来ますように。この祈りを、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン
<<聖書の箇所(新約聖書:◇ヨハネの黙示録)>>
黙 9:1 第五の天使がラッパを吹いた。すると、一つの星が天から地上へ落ちて来るのが見えた。この星に、底なしの淵に通じる穴を開く鍵が与えられ、
黙 9:2 それが底なしの淵の穴を開くと、大きなかまどから出るような煙が穴から立ち上り、太陽も空も穴からの煙のために暗くなった。
黙 9:3 そして、煙の中から、いなごの群れが地上へ出て来た。このいなごには、地に住むさそりが持っているような力が与えられた。
黙 9:4 いなごは、地の草やどんな青物も、またどんな木も損なってはならないが、ただ、額に神の刻印を押されていない人には害を加えてもよい、と言い渡された。
黙 9:5 殺してはいけないが、五か月の間、苦しめることは許されたのである。いなごが与える苦痛は、さそりが人を刺したときの苦痛のようであった。
黙 9:6 この人々は、その期間、死にたいと思っても死ぬことができず、切に死を望んでも、死の方が逃げて行く。
黙 9:7 さて、いなごの姿は、出陣の用意を整えた馬に似て、頭には金の冠に似たものを着け、顔は人間の顔のようであった。
黙 9:8 また、髪は女の髪のようで、歯は獅子の歯のようであった。
黙 9:9 また、胸には鉄の胸当てのようなものを着け、その羽の音は、多くの馬に引かれて戦場に急ぐ戦車の響きのようであった。
黙 9:10 更に、さそりのように、尾と針があって、この尾には、五か月の間、人に害を加える力があった。
黙 9:11 いなごは、底なしの淵の使いを王としていただいている。その名は、ヘブライ語でアバドンといい、ギリシア語の名はアポリオンという。
黙 9:12 第一の災いが過ぎ去った。見よ、この後、更に二つの災いがやって来る。
黙 9:13 第六の天使がラッパを吹いた。すると、神の御前にある金の祭壇の四本の角から一つの声が聞こえた。
黙 9:14 その声は、ラッパを持っている第六の天使に向かってこう言った。「大きな川、ユーフラテスのほとりにつながれている四人の天使を放してやれ。」
黙 9:15 四人の天使は、人間の三分の一を殺すために解き放された。この天使たちは、その年、その月、その日、その時間のために用意されていたのである。
黙 9:16 その騎兵の数は二億、わたしはその数を聞いた。
黙 9:17 わたしは幻の中で馬とそれに乗っている者たちを見たが、その様子はこうであった。彼らは、炎、紫、および硫黄の色の胸当てを着けており、馬の頭は獅子の頭のようで、口からは火と煙と硫黄とを吐いていた。
黙 9:18 その口から吐く火と煙と硫黄、この三つの災いで人間の三分の一が殺された。
黙 9:19 馬の力は口と尾にあって、尾は蛇に似て頭があり、この頭で害を加えるのである。
黙 9:20 これらの災いに遭っても殺されずに残った人間は、自分の手で造ったものについて悔い改めず、なおも、悪霊どもや、金、銀、銅、石、木それぞれで造った偶像を礼拝することをやめなかった。このような偶像は、見ることも、聞くことも、歩くこともできないものである。
黙 9:21 また彼らは人を殺すこと、まじない、みだらな行い、盗みを悔い改めなかった。